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181広島県・宮島・・・・・・・・・・・三景は安芸の宮島極まれり [2008年11月25日(Tue)]

日本三景の選定は江戸時代の儒学者によるのだそうで、21世紀人でさえ押し掛ける観光名所になっているのだからなかなか大した選定眼である。私個人としては、そんな基準に釣り上げられることは釈然としないのだけれど、広島まで来た「ついで」に、行き残していた1景「安芸の宮島」に渡ってみることにした。松島と天橋立が自然の造形美であるのに対し、こちらはその主要部がめくるめく人工美なのだった。
宮島は島という地の利のせいで、松島のような車の騒音と排気ガスはない。また天橋立と違って、観るべき要所が小さな島内にまとまっているから、観光地としては三景随一のロケーションといえる。私を含めた雑多な行楽客を除けば、島内はよく掃き清められているような清潔感がある。三景の中でも、宗教的臭いが最も強いからかもしれない。

本来が信仰の島であり、弥山(みせん=535メートル)を中心とした原始自然信仰がベースにあるのだろう。なぜこの島が人々の心を捕らえたのか、いまでは誰にも分からなくなっているのだろうけれど、時の権力者が深く帰依すると、厳島神社のような《美》を実現することになる。そしてこの神社がなければ、儒学者はここを三景に選びはしなかったに違いなく、その結果、宮島が世界遺産の対象になることはなかっただろう。

海上の大鳥居、水面に浮かぶ本殿、そして朱色と桧皮葺のコントラスト。どんなプロデューサーが図面を引いたのか。清盛にそこまでのセンスがあったとは思えない。必ずや当代一の芸術的才能が参画していたはずなのだ。いつの世にも、優れた審美眼が存在するものだと、私はそのことに感動した。

「町家通り」の喫茶店で一休みすると、江戸時代から続く町家を改装した堂々たる家屋だった。その通りより海側の土産店街は、近年の埋め立て地なのだという。信仰の島は平氏によって大きく改造され、その変化が観光という付加価値を生んで、海が埋め立てられて行ったのだろう。さすがの清盛も、後世、これほどにぎわう島になるとは、想像できなかったのではないか。

かつて新聞社が「日本百景」を募集したところ、各地の観光業者が競って投票し、新聞部数増に大いに寄与したという。ランク付けされると、人は「行って見なければ」という強迫観念に襲われるらしく、上位に選定されるかどうかは観光地の命運を決する。そんな基準で人々が押し掛けるとは、なんだか白々しい仕組みである。

帰路、JR宮島口駅から電車に乗って、それが山陽本線であることに気づいた。ということは、私は47年前にここを通過しているのだ。それで思い出した。

そのとき広島から、私の向かいの席に小柄なおじいさんが乗り込んで来た。娘の写真を見せたりして盛んに話しかけて来る。そして切符を取り出し、「ここに押してある印の意味が分かるか」と聞く。出所した者に渡される、帰郷先への片道切符の印なのだという。そして「にいちゃん、ハジキは持つなよ。宇部に行ったら港に近付くんじゃないよ」と忠告らしい台詞を吐いた。

夜行列車を乗り継いで来た私は眠くてたまらないのに、話は終わりそうにない。それは瀬戸内の港湾で、「仁義なき戦い」が続いていたころのことである。
(2008.10.23)
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