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266北海道・札幌・・・一極に人満ち満ちて野辺哀し [2010年02月08日(Mon)]


夕張に向かうため小樽での予定を早めに切り上げ、札幌で高速バスに乗り継ごうとしたら、2時間余の待ち時間が生じてしまった。夕張へのバス便はそれほど少ない、ということだが、それはともかく、どうしたものかと思案したあげく、手軽な選択としてJR札幌駅の駅ビル探検を試みることにした。札幌にはこれまで何度か来ているものの、駅はいつも通過するだけだったから、再開発された評判の駅ナカを未だ体感していないのだ。
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265島根県・出雲・・・天を衝くオオクニヌシの館なり [2010年01月26日(Tue)]


呪力とは「超自然的・非人格的な力の観念」を意味するらしいが、響きだけで何やら呪力を感じる地名がある。例えば「出雲」あるいは「伊勢」「三輪」がそれだ。そして偶然か必然か、この3地点はあたかも日輪の運行ラインであるかのように同一線上にある。記紀神話や出雲国風土記の戯作者による、見事な「国産みマジック」だなぁ・・・などと、とりとめのない想念に囚われながら、私は出雲大社に向かうバスに揺られている。
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264愛知県・蒲郡・・・なよやかな海を眺めてクロワッサン [2010年01月20日(Wed)]


藤原俊成という名前はもちろん知っている。ずっと昔の雅な時代、偉い歌詠みの中の大きな名前として教わった。そして息子は、さらに高名な藤原定家ではなかったか。しかしこの程度の知識しかないものだから、その俊成さんが蒲郡の海辺で、沖合を見つめていたのには驚いた。平安時代の終わり近く、三河の国司になった俊成は、蒲郡の開発に当たったと『吾妻鏡』に書いてあるのだそうで、そのことに感謝する840年後の住民たちが建立した像だという。
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263新潟県・胎内・・・くそうずの黒光りする街にして [2010年01月18日(Mon)]


上越新幹線を新潟駅で「特急いなほ」に乗り継ぐと、37分で中条駅に着いた。新潟県北部の街・胎内市。私の記憶では中条町という旧町名の方が据わりがいいのだけれど、黒川村と合併して胎内市になった。晩秋の午後7時近くだから、日はすっかり落ちている。それにしても街の「暗い」こと! 上弦の月が懸かっているものの、月光は地上に届く前に闇に吸い摂られ、むしろ「漆黒」を際立たせている。懐かしくなる「街の暗さ」である。
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262愛知県・名古屋・・・大いなる田舎を誇れ400年 [2010年01月18日(Mon)]


街と個人に《相性》はあるだろうか? 住人にしてみたら愚問であろうが、行きずりの旅人にとっては《ある》のかもしれない。私の場合、名古屋はどうもいけない。何度行っても長居をする気分にならず、街歩きを楽しんだことがない。そこで、今度ばかりは意を決し、中心部(と思われる)あたりを歩いてみる。熱田神宮(写真・下)にご挨拶し、地下鉄に乗って名古屋城(写真・上)へ行き、大通りを下って栄町界隈を探検したのだ。さて・・・。
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261東京都・丸の内・・・ビル街を木枯らし抜けて松の内 [2010年01月18日(Mon)]


丸の内とは「お城の本丸の内側」のことだから、たいていの城下町ではありふれた地名なのであろう。しかし多分、どの城下町にしても、その名がつく街は特別な一角に違いない。それが「丸の内」というものだ。そして今日、私がいるのは東京・丸の内。まだ松の内だから行き交う人も少なく、丸ビルショッピングモールは閑散としている。丸の内マンは年賀回りで忙しいのか、あるいは深刻な不況で買い物どころではない、という世の中なのか。
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260島根県・松江・・・落陽と向き合いて知る今日の意味 [2010年01月18日(Mon)]


しばらくは昼の名残りを保っていた蒼穹が、一気に黄金の輝きを増し、水面に光りのプロムナードを延ばして来た。「シナバー角度」とでも言おうか、光の屈折が、世界を朱に染める太陽の高度があるらしい。この絨毯を歩いて行ったら、どこに行き着くのだろうと、惚けたように眺めていた私は、いっとき自分がいる場を忘れた。私はいま、山陰の都城・松江にいて、宍道湖のほとりで落陽と向き合っている。
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259北海道・釧路・・・忘れ得ぬ川風受けて四季の像 [2010年01月18日(Mon)]


街と美術館について、まだ考えている。そして思い出しているのは釧路のことだ。私がこの「夏なお寒い」霧の街を訪ねたのは8月下旬。啄木ではないから、駅に降りても「さいはての駅に下り立ち雪あかりさびしき町にあゆみ入りにき」などとは詠わなかったが、「ステーション画廊 最後の展覧会」という看板を見かけ、寂しい思いになったのは啄木と似た気分だったかもしれない。私は初めての街で、はからずも美術施設のレクイエムに遭遇したのである。
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258香川県・丸亀・・・城郭と現代美術のコラボかな [2010年01月18日(Mon)]


美術館の街をもうひとつ。私は美術の才はないけれど、観ることはめっぽう好きだ。だから美術館巡りを旅の大きな楽しみにしている。どこの街に行っても大なり小なり美術館という名の施設がある今日、私のようなものにとっては、この国に流行したハコもの行政はまんざらでもない恩恵を残してくれたことになる。今年もそうやって多くの美術館を訪ねたが、なかでも心地よかったのは香川県丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館だった。
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257東京都・深川・・・下町や前衛の風粋に吹き [2010年01月18日(Mon)]


東京にはいったい「美術館」がいくつあるのだろう。ネットで検索すれば一覧表はすぐに見つかるけれど、余りに多くて数えるのが億劫になる。「ちょっと歩けば美術館に当たる」という暮らしができることは現代の恩恵の一つであって、このことに限って言えば東京は恵まれた生活環境の街ということになる。ただそれぞれの美術館と自分がうまく感応し合えるかどうかは別の話。今日は江東区にある東京都現代美術館(MOT)にチャレンジしてみる。
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