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途上国の障害者情報と千葉の日常・思いつきなどをつづったブログです。
This Blog provides information of Persons with Disability (PWDs) in Asia and my daily activities
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マラソンのあとは地元を満喫[2012年05月23日(Wed)]
大会の翌日は、朝から金環日食見て、清里の牧場行って、諏訪湖でうなぎ食べて帰ってきました。でもこれまで体験した事がないような筋肉痛ちっ(怒った顔)。ミシミシ・・・っと。昨晩合流した嫁に運転を任せて、ホテルを出発。

すると嫁が直ぐに「あれなんだ?」

びっくり市の写真

っと怪しい店を発見。

入ってみると地元野菜が豊富な八百屋さん。朝から早速お買い物。

コシアブラ

行者ニンニク

白ブナしめじ
これは「白ブナしめじ」です。真っ白で美味しそう。

買い物のあとは気分よく八ヶ岳の雄大な景色を見て、

八ヶ岳の景色

再び出発車(セダン)

清里の清泉寮へ。

清泉寮の景色

ここで取れた牛乳でできた自慢のソフトクリームを食べて、るぶぶにも紹介されていたパン屋さん「JERSEY FARM」へ。

清泉寮のパン屋さんJERSEY FARM

実は俺パン好きなんです。
美味しそう、なんだけど、ちょっと高いな・・・・。

美味しそうな食パン

売れ残りのミルクパン(半額品)を購入し、

ミルクパン

再び出発

道の駅に立ち寄って、諏訪湖にうなぎを食べに行きました。

うなぎです
俺はうな重、嫁はうな丼。計4000円弱

そして諏訪大社へ。下社秋宮の大縄を見ようと参拝するも、修繕中でこれがない・・・。でも「日本中の気が集まってきてるから!」という嫁の言葉を信じパワーを貰った。

その途中に、おしゃれな車を発見!
あまり見た事ないけど、珍しく夫婦で車の好みがあった。
3年後に買おうってことで同意。

Cross Polo

とこんなのんびりモードで帰宅しました。
マラソン大会で遠征したら、地方も楽しむ。
温泉に行けなかったのが唯一の心残りです。
なかなか上手く行きません・・・[2012年05月22日(Tue)]
5月20日、第18回野辺山ウルトラマラソンに参加してきました。
残念ながら結果は79キロでリタイヤもうやだ〜(悲しい顔)
これでウルトラは1勝2敗の負け越しです。。。。

それなりに練習もでき、いちおう、完走できると思ったのですが・・・。

以下、当日の様子です。

スタートは早朝5時。朝焼けが少しまぶしい野辺山駅近くの会場に4時20分頃着。前日に登録を済ませていたので、荷物をA地点(42キロ)とD地点(87キロ)に預けるトラックへ、手荷物は会場へ。思ったより暖かく、たぶん10度(?)くらい。上は長袖シャツとTシャツ、下はランニングタイツのミドルと軽装でも少し寒いくらいでほぼ問題なし。富士五湖100キロはスタートが1度とかだったから、それに比べれば天国。あとはトイレを済ませ、さて出発。

スタート前の様子


0〜5キロ(34:08)
野辺山は高低差がキツイ(コース図)、と聞いていたので最初はのんびり。体は思ったより体は軽い。新しいシューズもいい感じ。まだまだ最初だし気持ちを抑え、景色を楽しみ、清々しい朝。地元の人も朝早くから応援してくれました。サンクス!

5〜10キロ(36:34 計1:10:43)
ちょっとのんびり行き過ぎか?っと思ったけど、たぶんこんなもんで大丈夫だろう、と焦らないように。ここで上りに少々差し掛かる。野辺山名物の林道トレイルはまだかな〜・・・と思っていたら10キロ直前くらいから林道に。

10〜15キロ(42:29 計1:53:12)
「おお〜、上ってるな〜」っと関心するような坂道が続く。砂利道は思ったより走りやすく足が捕られる事もなかった。トレイルシューズの方が良いかも、とパンフレットに書いてあったけど、天気もよく道も乾燥していたので、このコンディションなら普通のランニングシューズの方が良いと思う。キツイ上りは無理せず歩く。まだまだ前半の前半と心を落ち着かせる。

15〜20キロ(36:05 計2:29:18)
19キロくらいだったか(?)、本コースの最高所1908メートルを通過。記念撮影をするランナーも。ここまで思ったより楽だったので、「これは行けるかも手(チョキ)(ニヤリ)」っと甘く見たのが行けなかった・・・のかな〜。最高所からの下りは気分よく走る。まだ砂利道なので、転ぶと危険。それはだけは注意。

20〜25キロ(34:40 計3:03:59)
下りの砂利道を少し押さえ気味に、でもなんか気分よく小走りに走ってみる。やっぱり下りは楽だ、とか思う。確か23キロくらいで砂利道が終わる。35キロでまた登りなので、それまで体力を温存しよう。っとエイドでもしっかり止まって、水や梅干しなど補給。ここまではホントいい感じ。

25〜30キロ(33:06 計3:37:05)
少し下って、少し上っての繰り返しだけど舗装路なのでマラソンという感じ。でもまだまだ山の中。景色はいい。35キロの坂道ってどんなんだ、っとキツイと聞いてる坂を想像しながら走る。

30〜35キロ(37:50 計4:14:57)
35キロ直前のエイドでお汁粉を食べる。これが美味い。そしてここで休憩。34キロ過ぎから既に上りが始まった。エイドでしっかり休み、さて出発。でも急な坂道なので無理せず歩く。3分ほど上ったら35キロの表示があって、休憩いれて37分なら上々だな、っとホント好調。

35〜40キロ(32:06 計4:47:03)
36キロ過ぎ(?)まで上り。思ったより長くなく、意外と、前半の上りはこなしちゃったな〜っと、軽い気持ち。あとは50キロまで下りだし、ちょっと疲れてきたけど、まぁ、行けそう。軽く下ろう、っと普通に走っていると、なんか下りが長い。ず〜〜〜っと下ってる。さすがに膝と太ももの付け根が張ってきた。これってどうなんだろう??と思う。

40〜45キロ(45:39 計5:32:43)
ここもずっと下り。だから快調に走る。も・・・42キロの着替えで何となく疲れていたので10分以上休む。長袖を脱いで、ヴォームゼリーなんか飲んで栄養も補給。う〜ん、ちょっとバテタ?? でもまだ42キロだし。気のせいだよな〜っと、走るも休憩がひびき45分台に。

45〜50キロ(33:00 計6:05:43)
まだまだ下りなので、足が張っててもそれなりに走る。50キロのエイドまで快調に走ったのでまた33分に戻る。うんうん、まあまあ、坂だったし、と思いつつ足がパンパンに・・。兎に角、そば食べて。ここのエイドは手打ちそばだし、これが美味い! あ〜っ、やっぱり固形物の栄養補給は元気出るわ!っと気を取り直して後半戦へ。でも、ここからが苦労の連続でした・・・。

50〜55キロ(50:24 計6:54:07)
でた! 5キロ50分。来ちゃいましたね。50キロのエイドでまたも10分以上休んでいたので、実際は38分くらいかな(?)。でも、走れたのは最初の3キロくらい。あとは、のらりくらりと既に早歩き状態。この辺りから腿がちょっとイタイ。

55〜60キロ(1:06:36 計8:02:44)
やっちまった。5キロ1時間オーバー! こうなるともう笑えなくなる。59キロの着替えポイントが遠い遠い。さっきまで一緒に走っていた人が折り返して逆車線を走って行く。あれ、さっきまで俺もあそこに居たのに・・。この着替えポイントでグッチーと出会う。グッチーは普段もっと速いんだけど、今日は調子が悪いとのこと。グッチーを見送って、15分くらい休んで59キロを出発。休み過ぎ?

60〜65キロ(49:21 計8:52:05)
もう走ってないな・・・。かろうじて早歩き。足が上がらない。キロ10分っす。でも65キロまでは緩やかな下りが多く、本来、走りやすいところ。ここで走れなかったら、後半の上りはどうなるのか・・・。

65〜70キロ(1:00:19 計9:52:25)
出た! 5キロ1時間オーバー再び。マラソンどころか、競歩の遅歩きって感じかな〜。大きく腕を振って、イッチニーイッチニー。徐々に上り坂に差し掛かる。でも後半のメインポイントはこれから。

70〜75キロ(1:06:05 計10:58:30)
もう1時間オーバーにも慣れた。歩くのにも慣れた。71キロの関門は15分前に通過。歩いても通過できるんだな〜、というか前半やっちゃったのかな〜とこの辺りで少し後悔。でももう遅い。一歩も走れない体で野辺山100キロ名物の馬越峠へ。73キロから急激な坂道が・・・。

75〜79キロ(52:48 計11:51:18)
この坂ホントキツイや。ビックリした。おかげで峠のテッペンは景色が最高! 素晴らしい! と気持ちは切り替わるも、足は全然言う事を聞かない。なんとか歩く。兎に角、頂上目指して歩く。それだけ。79キロの第四関門で制限時間を15分オーバー。時間切れリタイヤ。

思えば、59キロの着替えからずっと歩いてた。20キロ歩くって言うのも、なかなか乙、というか。。。

リタイヤしたみんなでバスに乗ってゴールまで。「野辺山キツイっすね〜トークで盛り上がる」。そして走ってるみんなをみて「羨ましい・・・」と。ゴールではウルトラランナーが続々と戻ってきて、見てるだけでも辛い。この儚さは、富士五湖でリタイアしたときと似てるな〜。

暖かいそば食って、着替えて、グッチーのゴールを見て、ホテルに戻りました。
大会関係者のみなさま、ありがとうございました。
そして、ゴールされたみなさま。すごいっす!

さて今後は、また走れるように練習します。まずはフルをしっかり。それと夏に向け、オープンウォーターもあるし。なんと言ってもマラソンは普段の練習ですからね。
ラオスからの嬉しい連絡[2012年05月18日(Fri)]
修士論文のフォローを兼ね、6月上旬にタイに行く予定です。
タイではNGOや政府を再び訪問し、修論で抜けているタイ障害者運動の情報を仕入れるつもりです。現在、何をどう調べようか検討中です。

また今回は、久々にラオスに足を運ぼうかと思っています。
というのも、退職の折、昔JICAでお世話になったTさんからメールで「もしくる事があれば連絡ください」と暖かい言葉をかけて頂いたのです。今回、お言葉に甘え、障害者団体の調査もかねTさんとお会いできればと思っています。

今日、早速メールしたところ、直ぐに返信頂きました。
本当に感謝。
6月の様子は、現地からまたメールします。

あと、今日は。

国際開発学会の「障害と開発」研究部会の今年度の実施も、ようやく、目処がたちました。まだ日程等決まっていませんが、東日本大震災における障害者支援の発表と僭越ながら私の修士論文の発表を名古屋で実施する予定です。決まり次第こちらも連絡します。
「障害と開発」研究部会のブログはこちらです

千葉

あと、一応走ってます[2012年05月17日(Thu)]
最近、ランネタが少なくなってますが、また3月から徐々に走ってます。
例えば大会だけでも、

3月18日 板橋Cityマラソン 
4月8日  パラカップ
4月15日 かすみがうらマラソン

昨年の大阪マラソンで燃え尽きる・・・、ほどでもなかったんですが、修士論文に追われて2月頭まで練習できませんでした。で、3月は退職と重なり。

練習不足で望むとフルマラソンは疲れますね。
かすみがうらでなんとか4時間13分。
でも4月と5月は時間もあったんで少し走りました。

かすみがうらマラソンの様子。ゴール前です

そしていよいよ5月20日は野辺山ウルトラマラソンです。

のんびり、とは言っても・・[2012年05月16日(Wed)]
4月はのんびり、と言いましたが、若干、仕事というか活動もしています。例えば、

書籍の和訳

Creating Changeというアショカの本を和訳してます。障害関連なんで、
http://www.ashoka.org/story/6495
これに絡め11月にはアショカジャパンとセミナーを企画中。

あと、修士論文の発表

このあと、博士課程も念頭に置きながら、ひとつは、関西学院大学の研究会で、もう一回がアジア・ディスアビリティ・インスティテートの勉強会(http://www.asiadisability.com/~yuki/)で発表しました。次は、国際開発学会「障害と開発」研究部会で発表予定です。そろそろ、本論文の発表にも慣れてきましたが、まだまだいろんなところで発表できれば、という気持ちです。

で、国際開発学会の「障害と開発」研究部会を名古屋の日本福祉大学で企画しておりまして、その調整もしています。一応、部会の事務局なんで。

また博士課程に進学する上で、修士論文のフォローアップもようやく始めました。読み返せば読み返すほど、抜けてる所もあって、あと、他国の障害者運動も調べたいので・・・。だから6月は再び訪タイ予定です。

ふ〜

自宅の作業場の様子
とりあえず、iMac買いました[2012年05月16日(Wed)]
最近何してるの?っと飲み会の度に聞かれるようになったので、少し日頃の様子を報告します。
4月は少しのんびりしてましたが、独立に向け、まず自宅にワーキングスペースを作ろうと部屋を改造していたのですが、その前に、iMacを買いました。

段ボールを開封したところ

箱ごと机に置いてみたところ

独立に向け、手足となるべくマシーンをずっと考えていたのですが、結局Macに。
これでiPhone、iPad、iMacとiばかり。

机に載せたiMac

これ使ってブログも頑張りす。


修士論文掲載にあたり[2012年05月15日(Tue)]
本原稿は、日本福祉大学大学院、国際社会開発研究科、国際社会開発専攻修士課程(通信教育)において、千葉が2010年〜2012年にかけて書いた「修士論文」です。タイトルは「タイにおける障害者運動の展開 – 「障害の社会モデル」受容と政策関与に注目して −」。タイの障害者運動について1970年代〜2008年まで整理し、タイの障害観についても分析しています。

(いつも通り)締切ギリギリに提出したので、いま読み直すと修正したくなる箇所が多数ありますが、既に提出し受領されてしまったので、未熟な文章はそのままに、電子版として必要最低限の誤字脱字だけ修正し、最後に正誤表を添付させて頂きました。ご了承ください。また本稿とは別に、「修士論文概要」も添えておきます。

論文を書き上げて、自分がタイ障害者運動について、タイの障害者の現状について、知らない点が多々ある事を改めて実感しました。この歳になってまで修士課程に入学して、本当によかったと、知らないままにしておかなくて良かったと、感じた次第です。今後も、タイだけに限らず、アジアの知られざる障害者運動の実績や障害者の活躍、障害者の現状などを探求し発信して行きたいと思います。

本稿に対する意見や感想、間違いの指摘など、メールなどで送って頂けましたら幸いです。
hisao.c@gmail.com

最後に、論文指導に根気よくお付き合い頂いた、日本福祉大学の穂坂光彦先生に感謝申し上げます。あと、同ゼミ・同学年・同学部の多くの仲間へも。

千葉寿夫

修士論文(電子版).pdf
論文概要(電子版).pdf
ブログについて(2012年5月〜)[2012年05月01日(Tue)]
2012年5月からブログに少し変更を加えました。

日本財団を3月に退職したので、まずプロフィールを変更。
そしてアジア途上国の国別に記事を整理し、カテゴリーを変えました。

今後も、アジア途上国の障害者情報を掲載するとともに、千葉の普段の活動・趣味(スポーツ)などを配信して行きます。またブログと平行して、障害者情報のデータベースとなるようなウェブサイトの開設も考えています。本件は、ある程度目処が立ったら、また報告させて頂きます。

千葉
社会福祉法人ゆうのゆう デーセンター夢飛行にお邪魔してきました[2012年04月09日(Mon)]
3月30日、宮古市でのボランティアを終え、大阪に向かいました。そこで、社会福祉法人「ゆうのゆう」さんにお邪魔してきました。宮古でボランティアをしてるとき、「ゆうのゆう」さんからもボランティアさんが来ていて、「大阪に行く用事があるので、できれば見学させて欲しい」とお願いしたところ、快諾頂きました。当日「ゆうのゆう」で対応頂いた、O事務局長、Tさんお忙しいところ本当にありがとうございました。

タイで障害分野に関わり始めた自分は、正直、日本の特に現場の現状はほとんど知らないのです。だから宮古のボランティアも今回の見学も大変参考になりました。

「ゆうのゆう」さんは、1991年に大阪市西成区で作業所として誕生し、92年にデーセンター「夢飛行」を設立。その後、「モモの家」「ゆうのゆう」とデーセンターを3カ所に拡大。最初は無認可小規模作業所でしたが、事業の拡大にあわせ、NPO法人W・I・N・G-路をはこぶ、グループホーム「もくもく」なども立ち上げ、今後さらに二つのデーセンターを開所予定ということです。

本センターは、重症心身障害者を対象とした通所施設で、障害者が地域で暮らせるように、また家族の大きな負担にならないように、という思いのもと活動しているそうです。見学していて、なによりも利用者さんとの人間関係を大切している様子が感じられました。ちなみに、重症心身心身障害者を専門に通所施設としてケアしている団体は、大阪はもちろん、日本にも少ないそうです。

またここの大きな特徴は、ワーキングホリデーの、つまり海外の若者を雇用していることです。訪問時は、ドイツ人と韓国人の方しか見つけられませんでしたが、これまでオーストラリア、香港、デンマーク、ドイツ、フランス、イギリス、韓国、カナダ、ニュージーランドから、総勢110名以上の方が働いたそうです。ここのウェブサイトをみても8カ国後に対応しています。オーストラリアでワーキングホリデーを経験している私としても、こんな職場で働けたらよかったな・・・、と思いました。何よりも日本の文化、生活、仕事を学ぶことができると思います。

スタッフのTさんは、各家庭からデーセンターまでの通所はうまく進んでいるが、センターから地域活動への参加がまだ限定されている。もっともっと障害者が地域社会の活動に参加できるように事業を発展させたい、と仰っていました。私も全く同感です。そのために、彼らが街を歩いていても、その光景が普通に受け入れられる社会になるように、社会の意識を変える必要があることを改めて感じました。

また事務局長のOさんからは、助成財団の審査スピードと現場の事業実施スピードに大きなずれがある、という率直な指摘を受けました。現場では3ヶ月先、長くても6ヶ月先を見て活動するのが精々で、審査に1年、準備もあわせると1年以上の歳月を経ると、助成を受けられても、その時点ではすでに次の課題に取りかかっていることも多い、ということです。助成機関と事業実施団体の間に常に存在する「間」ですが、改めて現場の緊迫性を感じました。

「ゆうのゆう」さんの活動に感心させられながら、昼近くに失礼させて頂きました。今後も、可能な限り現場に足を運びレポートを続けられればと思います。「ゆうのゆう」の皆様、改めまして今回はありがとうございました。

社会福祉法人ゆうのゆう


*「デーセンターモモの家」のリサイクルショップは2010年度にGOOD DESING賞を受賞したとのこと。そしてここはなんと日本財団の助成金で改修したそうです。元職員としても嬉しい情報です。
新しいスタート[2012年04月01日(Sun)]
2012年4月1日。ひさ〜〜〜〜〜〜〜しぶりに、「無職」になりました。思えば、前回の無職は大卒後の就職先から退職した1996年9月だったと思います。あれから16年か、長いな〜。前回は、兎に角、国際的な仕事がしたい、という漠然な思いだけで、いつか国連とかで働けたらいいな〜と夢見て、取り急ぎ英語と学位を取らなきゃと海外留学を決めました。

それから1年半後に豪州の大学院に入学し、国際関係を学び、国連でインターンをして、、、、そのときに障害分野に出会いました。あの時は、これを一生の仕事にするとは思わなかったな〜〜。アジア太平洋地域のさまざまな障害をもつリーダーと出会ううちに、すっかり彼らの実力に魅了され、気がついたらこの世界にどっぷりとハマってました。と言っても、まだまだ・・・・・という感じですが。

結局、留学から10年海外で過ごし、久しぶりに日本に帰国して日本財団に勤めることになりましたが、障害分野の知識がまだまだ足りないことを実感し、日本福祉大学の修士課程へ。おかげさまで、本年3月で修了することができました。修士ではタイの障害者運動についてまとめたのですが、長らく現場にいながら、知らないことが多かったことをさらに実感し、ますますアジア途上国の障害者分野に取り組みたいと思いました。おそらく、タイの障害者運動のこと、アジアの障害者運動のことは日本語でも英語でも情報発信が少なく、あまり多くの人に知られていないと思います。まあ、この分野に関係のない人なら知らなくていい情報なんですが、「障害と開発」、特にアジア途上国を対象とするならば、知っておくべきことがまだ十分に文書化されてないように思います。

今後、アジア途上国、また日本の障害者に関する情報発信や障害者の社会的なイメージを変えることを仕事にできればと思っています。
などと思いつつ、無職初日は、自宅内作業環境の整理などして家でのんびり過ごしています。

千葉寿夫
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