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2018年10月18日

島大学祭で考えたこと

ご無沙汰しております。
藤井です!

この度島根大学では、10月7・8日に学祭が催されました。
行政学ゼミは、「研究室公開」として、毎年出店をしております。
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研究室公開、というと博物館のように研究成果を展示しているところが普通だと思います。
行政学ゼミでも、研究を模造紙にまとめ、展示しています。
しかし他とは一味違い、私たちは研究発表に加えて商品販売も並行して行っています。
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この、商品販売ですが、テキトーに商品を選んで販売、というものではございません。
あくまで研究室公開ですから、研究に関するものでなければなりません。

研究発表と、商品販売を並行させて行うわけですから、当然準備も多くなります。
模造紙の下書きは何度も書き直し、商品選びはなかなか理想に近い物が見つからず難航し・・・
と言った具合です。

「こんなことで本番に間に合うのか!?」という苛立ちにも似た不安を感じながら、なんとか本番を無事に(?)終えたのでした。
概要はゼミFBをご覧ください。(https://www.facebook.com/shimadaigyouseigakuzemi/
めでたしめでたし・・・


では終わらないのが行政学ゼミの研究室公開でございます。
以下で、若輩者が考えたことをつらつらと書いていこうと思います。
お付き合いいただければ幸いです。

上に書いた通り、少なくとも私にとって、学祭準備はとても大変なものでした。
準備が深夜に及ぶこともあり、体力的にも当然しんどかったのですが、それはまだ良いのです。
問題は、精神的にしんどい方です。

原案(発表の下書きや商品案)を、真剣に考え、準備し、「これならいけるだろう!」とドヤ顔でゼミ全体に提出するのですが、これが面白いように(気分的には全く面白くない)通らないのです。

その理由に関して全く反論の余地はなく、ただただ「その通りです・・・」となるばかり。
自分はなんて無能なんだ、、、と自己嫌悪。

自己嫌悪に陥る理由は案の提出にとどまりません。
スケジュール管理能力、文章力、感情のコントロール、論理的思考力などなど。
準備を進めていくうちにボロボロと根拠のない自信が剝がれ落ち、無能という肉がさらけ出され、自尊心がだらだらと流れ出ていく感じです。(ちょっと詩的っぽい?笑)

盛大に落ち込み、やる気も底をつきました。
周りの方々に引きずられるようにしてなんとか学祭完了へとこぎつけたわけですが、今になって考えてみると、非常に申し訳ない気持ちと同時に、不謹慎かもですが良い経験をしたなと思うのです。

落ち込み期間中に、私は活路を求めて、アドラー心理学の某ベストセラー本を購入しました。
それを読むことで、自分は問題から逃げるために、「落ち込んでいる」と理由付けて立ち止まっているのだ、と考えるようになりました。

失敗したから落ち込んでいるのではなく、
問題から目を背けることを目的として、その言い訳として落ち込んでいる、と言う考え方です。

もっと良くするにはどうすれば良いか、と成長するために考えることや、指摘を素直に受けることは時として痛みを伴います。
反省を伴う行為ですから、傷口をえぐるような苦しみがあります。

苦しんで得た「策」を実行に移してみて、直せるところを見つけ、再び実行。
というサイクルを回していく行為が成長へとつながるのだなと今では思えます。

この度の学祭では嫌という程失敗し、人に迷惑をかけまくったわけですが、この失敗を失敗で終わらせず、もっと良くするにはどうすれば良いか考え、次に活かしてこそ成長できるのだと思います。
今回の経験で学んだことが、「自分の無能さ」ではあまりにお粗末で無意味ですよね。

このブログ更新も成長の一環とさせていただいています。

学祭準備で学んだことは上に書ききれるものではありません。
たかが学祭準備、されど学祭準備です。
私はこんなに大変だとは思わなかったし、これだけ学びのあるものだとも思っていませんでした。

また、今まで知ることができなかった学友の嫌な一面・すごい一面・優しい一面・成長の瞬間や、怖くて話しかけられなかった先輩の意外な一面など、かけがえのないものをたくさん知ることができました。
なぜ知れたかと言うと、学祭の準備が私一人の手に負えるものではなかったからです。
学祭は私にとって素晴らしい経験となりました。

まだまだ書きてぇ・・!と思う気持ちをぐっと堪えここら辺で終えておきます。
お付き合いいただきありがとうございました!
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posted by 島大行政学ゼミ at 04:58| Comment(0) | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)

2018年07月20日

小さな額の 思いは届く 今頑張ってる あなたのもとへ

こんにちは!
気になっているコに、汗臭いと思われているんじゃないかとビクビクするのが最近の日課の
藤井ですexclamation

我が行政学ゼミでは、7月18日から20日までの3日間、西日本豪雨災害への募金活動を行っておりました。
詳細はFBをご覧ください!
https://www.facebook.com/shimadaigyouseigakuzemi/photos/a.167055673462785.1073741827.151290145039338/1032387953596215/?type=3&theater

3日間で集まった金額は43378円で、寄付してくださった方は133名となりました。
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寄付してくださった方々に尋常でなく失礼なことは承知で綺麗事抜きで言わせていただくと、
額としては、大企業や、有名人の方々の寄付と比べると、明らかに0の数が少ないです。
西日本の豪雨によって受けた損害に対しては限りなく無力に近いと僕は考えています。

ですが同時に、募金活動をし、実際にお金を箱に入れていただく瞬間に立ち会うと、そういった「事実」は事実でないと感じるのです。

募金はその性質上、小さなお金が集まって大きなお金になるというものですから、額が小さくても全く問題ない。
というのはもちろんとして、
上記の133人というのは、そのほとんどを学生が占めているのです。

それがどうしたって感じですよね。

では皆さんの学生時代を思い出して(思って)いただけたらと思います。
どうでしたでしょうか?
みんながやっていないことをやることは恥ずかしくありませんでしたか?

そんな学生にとっては、募金というのは決して身近ではないのです。

僕たちが募金活動をしている間、ほとんどはこちらを向こうとはしませんでした。
「みてはいけないもの」のように。
こちらをみても、気まずそうに目をそらすのです。

みんな募金がいいことであるのはわかっているのです。
ですが、募金という行為が、「善すぎる」のです。

有名人が募金をすると、必ずと言っていいほど、「売名行為」「偽善」という言葉が飛び交います。
それは募金というのが、お金を出しても、リターンが何もないからだと思います。
(実際に募金すれば、リターンがないなんて嘘であることはわかるのですが・・・)

逆に「善すぎて」やりにくいのです。
そんななか、勇気を出してお金を入れてくれた方々には感謝しかありません。


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僕には何ができるのかを考えました。
そこで思いついたのがこちらのブログによる宣伝です。

島根大学の学生(教職員含む。)の、いろいろな精神的障壁を超えた「思い」は企業や、有名人、お金持ちの莫大なお金の中に埋もれて見えなくなっていきます。

でも、学生たちの「思い」は確かに存在したのだと私は言いたい!
そして、今から僕たちの「思い」が届く被災地の方に言いたい!


僕たちの気持ちです!額は小さいし、もはや、大きなお金の中で見えないくらい小さくなっています!でもそこに含まれる思いは決してどこにも引けを取りません!応援しております!島根大学からのお金が最大限皆様の元気につながればとお祈りしております!image1532083400317.png
posted by 島大行政学ゼミ at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)

2018年06月28日

悲しみの果てに何があるのか・・・・

「自分に置き換えて考えてみなさい」
って小さい頃よく言われませんでしたか?

僕は小学校の時先生によく言われましたね。
「君が同じことされたらどう思う?」とよく聞かれました。

政治についても、他人事としてではなく、「自分ごと」として考える。という取り組みが島根大学で行われました。

詳細は島根大学行政ゼミFBをご覧ください。6月25日のやつです。
https://www.facebook.com/shimadaigyouseigakuzemi/

僕は「原発」を「自分ごと」として考える機会を得ました。
最初は、「原発事故が身近に起こった時を考えるのか」と考えていたので、「怖いなあ」という気持ちだったのですが、他の人の意見を聞くと、意外と推進派が多かったのです。

僕は驚きました。
自分ごと化できてないやん!と。

でも少し考えると、彼らとの着眼点の違いに気づきました。

今回のテーマは「原発事故」を自分ごととして考えるのではなく、「原発」を自分ごととして考えているのだと。

原発事故が起きて、親が右往左往して、サイレンがなって・・という状況をイメージすればそれは間違いなく怖い。
しかし、事故を経験しておらず、原発を「リスクはあれど我々に利益をもたらすツール」として考えている人間が原発を自分ごととして考えると、どうなるでしょう。
「守るべき」となりませんか?

サッカーの日本対セネガルを例にとって考えましょう。
注意して欲しいのは日本人がセネガル人の立場になって考えるということではなく、サッカーに興味のない日本人がサッカーを自分ごととして考えるという構図です。
そうすれば、セネガルに勝って欲しいとはならず、日本が勝つという価値を守ろうとしますよね。
自分をセネガル人に置き換えて考えているのではないのですから。

そもそも自分に置き換えて考えてみる、ということは、つまりそれが自分の利益(不利益)であるとすればどうアクションするか、という思考実験であり、利益だと考えているのであれば、よりその利益を確固たるものにすべくアクションを取ることになるのです。

とすると、それぞれの経験、現在の職業等からおのずと立場は決定され、そこから、興味のなかった事象を自分ごととして考えることによって、自分の立場との関係性が見えてくることで守るなり、なくすなりといった自分の意見が発生します。

東日本大震災は確かに日本全国に大きな影響を与え、「原発事故」を自分ごと化した人たちであれば反対を唱えるようになった人たちが多いでしょう。
しかし、「原発」を自分ごと化するとすれば結果は大きく変わります。あくまで、原発事故はどこまでいっても自分では経験していないのです。(正常性バイアスってゆうやつらしいです。)

実際に被害を被った人たちは少数。実際に被害を被っておらず、利益を受けていると感じている人は比較的多数なのです。
民主主義においては多数決こそが正義です。
多数の利益が少数の不利益より優先されます。

しかしこれではあまりにも少数派が不憫であるし、健全な社会であると言えるのでしょうか。

僕は、個人個人が自分の利益を守るために行動し政治に働きかけるというような社会では原発問題は解決しないと思います。

いくら自分ごと化したところで、自分の利益だから賛成、自分のリスクたりうるから反対というように、より賛成派反対派の亀裂が深まるだけだと思うのです。

そうなった時、健全で「大人な」議論が今の日本でできるでしょうか?
テレビ、ネットで大人気ない人格攻撃をし合うのが関の山です。

人生ゲームのように自分がどれだけ紙切れを集めたかで競争するような社会ではなく、
人が人のために生き、個人が社会の幸福を考えてアクションを取れるような社会の構造があればいいのに・・・・と思うばかりです。(社会主義っぽい?)
ユートピアなのでしょうか・・。

ただ、人は学ぶべきです。悲しみがあれば笑えるように改善していくべきなのです。
犠牲を無駄にはしてはいけないのです。

今回はテンション低めでしかもわかりづらくお送りしました藤井です。
だってテーマが難しすぎるぜ!!


駄文の上、生意気な長文の読破、ありがとうございます。
島根大学行政ゼミにご興味を持たれましたらぜひFBの方フォローよろしくお願いいたします。
posted by 島大行政学ゼミ at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)

2018年05月30日

人は皆悩みの中、あの鐘をならすのはNPO(?)

こんにちはexclamation×2
藤井です!

今回は5月26日・27日に開催されたイベント「忍者、参上! 国宝松江城の巻」のレポートをしたいと思います!

これは、NPO団体の「ほっと・すぺーす21」さんが主催で、運営(?)は同じくNPO団体の「アフタフ・バーバン」さんが行う、という形で実施されていました。ほっと・すぺーすさんは裏方として動いていらっしゃった印象です。

内容としては、一言で言うと、松江城で子供たちと一緒に忍者修行をするというものです。ぴかぴか(新しい)子供たちが忍者修行をするのを「見守る」のではなく、一緒に遊ぶというのがポイントですね。

では以下に思ったことを書いていきたいと思います。

参加してみて、やっぱり最初に思ったことは子供がかわいいということです。
体がちっちゃくて、なんか、笑顔で見上げてくる感じ、たまらんです笑



って書くとあなたは満足ですか?(唐突にゴメンナサイ)

もちろん子供はかわいいです。上に書いたことは紛れもなく僕の本心です。でも子供は(と言うより人間は?)そんな単純なものではありません。
子供の成分表示をよく見てみましょう。きっとそこには「かわいい」だけではなく、数え切れない成分が含まれています。そして、正直一個だけをみると商品棚に戻してしまいたくなるような「暴力的」や「残酷」「排他的」と言う文字もあるかもしれません。というかあるのが普通だろうと僕は思います。

子供たちと初めて会って、「お兄ちゃん名前何てゆうん?」って聞かれたらメロメロです。しかし、そうやっておしゃべりして距離が近くなってくると、急に暴力をふるい始めたり、わがままを言ったり、最近覚えたであろう汚い言葉をまるで知識を披露するかのように投げかけてきます。

そういった行為を「無邪気」という言葉で片付けてしまい、天使の側面だけに焦点を当てることを「大人」というのは僕は間違っているのではないかなと思いました。

僕は26・27日、2日間とも参加しました。それだけでもヘトヘトです。ではこれを毎日続ける親御さんたちは何者なのでしょうか?

僕は子供がいませんからわかりません、子供が生まれたら人は電話ボックスに入ってまた別の存在へと進化するのかもしれません。わかりませんが、僕の感想で言うと正直疲れてしまうこともあるのではないかなと思います。

だから、虐待とか育児放棄などが発生するのではないかなと思います。正当化するつもりは全くありませんが。

では、上記のような問題を防ぐために、親御さんたちをサポートするために、誰が何をできるのでしょうか。行政に託しますか?行政はきっと「お金が足りない、人が足りない、責任が取れない」というんじゃないかなと思います。
では民間に頼みましょうか?例えば、ディズニーで二日ぐらい預かってもらいましょうか?子供は超happyでしょうね!でも一体いくらかかるのでしょうか?また、地理的に遠い人はどうやって連れて行きましょうか?

そこでNPOの出番なんじゃないかなと思うわけです。
NPOは行政に比べ規模的に全く及びません。正直あまりたいしたこともできないでしょう。
また、NPOは民間に比べ資金面で圧倒的に及ばないし、技術的に難しいことや刺激的なこともできないでしょう。NPOはジェットコースターを作れないし、ネズミの着ぐるみを作ることさえかなわないのです。

では、NPOの強みとはなんでしょうか。それは、上記の言い換えです。弱点がNPOの強みなのです。
NPOは規模が小さい局地的なものしかできません。(全国規模でやってらっしゃる団体もあります。)しかし、だからこそ、その地域にあった、その地域にしかできないことができるのです。
どういうことかというと、例えば
松江だけだからこそ、松江城でできるし、
松江だけだからこそ、将来中学校で再会するかもしれない近くの小学校の友達と会えるし、
松江だけだからこそ、自分を大切にしてくれる人が「近く」にこんなにいるんだということを知ることができる、というわけです。

これが全国規模で、「じゃあ、みんな東京に集合ね!」というイベントでこういったことが感じれるかというと、そうではないですよね。

また、お金がないというのも、お金がない中で思いっきり楽しめることをNPOの「プロ」が考えてくれるから、貧富の差は関係なく楽しめます。

上記の経験はきっと「記憶」には残らないでしょうが、曖昧になって「経験」という形で残っていくと思います。きっと参加した子達は僕の名前を覚えてないけど、松江城で変なメガネと一緒に遊んだような気がするという経験は心のどこかに残るわけです。松江城が「良い経験をした場所」として、プラスの感情を思い起こさせるプラットフォームになるのです。
これって、重要なことだと思いませんか?「松江=愛着があって自分を大切にしてくれる可能性がある人が少なくとも一定数必ずいる」というのはこれから生きていく上で自分を支える重要な要素となりえますよね!

是枝監督の「誰も知らない」とか、呉美保監督の「きみはいい子」を見て、「感動した」とか「泣いた」とか言っても実際、育児放棄とかの「可能性」(事実ではない)を発見した時一体何人が動けるのでしょうか。僕の個人的な見解ではほとんど動けないんじゃないかなと思います。

でもそれって批難できないことなんだと思います。実際そんなことに巻き込まれたら、一体いくらの時間、精神的ダメージ、体力的ダメージを負うのでしょうか?「それを目撃した」と言うだけで、この忙しい現代社会でそのデメリットを担わなければいけない責任を負わされるのは正直辛いのではないでしょうか?

個人では難しいけど、団体でならできそう、そして、やるべき。そういったところにNPOの存在意義の一部があるのではないかと感じました。


長々と書いてきたんですが、
子供って本当にかわいいんですよ。もちろん嫌な面もあるのですが、それ含めての可愛さなんです。
挨拶しても全然返してくれない、言うこと聞いてくれない、目を合わせてくれない子に、帰り際恐る恐る聞いてみたんです。「今日、楽しかった?」って。
そしたら無言で小さな頭でコクッと頷いた時は本当に抱きしめたくなりました。こんなエピソードこのイベントにいくらでも転がっています。

まだまだまだまだ書きたいこといっぱいありますが画面の向こう側にいる人の関心が離れていってる感じがするので、このぐらいで筆をおきたいと思います。

実際に参加してみればわかります。めちゃめちゃお勧めします。
一人でも、コミュ障でも、全然大丈夫です。参加されているみなさん本当にいい人ばかりで何も心配いりません。一人でコミュ障なのに参加した僕が保証します。また、子供の扱いとかわからないとか、全然問題ありません。なぜなら私たちは監視役とか、先生として参加するのではありません。人生の先輩ががっちりサポートしてくれます。ただ僕たちは一緒に友達になって遊ぶだけなのです。正直僕は大人と遊ぶより楽しかったかも・・・笑
この経験はあなたの人生の宝物になるはずです!


拙い長文を全部読んでくださってありがとうございます。
絶対に子供たちの不利益になることは避けたいので写真は、僕たちを見守ってくれた(ような気がする)松江城だけにします。

この活動は全国各地でなされているそうなので、ぜひご参加ください
「アフタフ・バーバン」で検索してみてください。

ありがとうございました!
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posted by 島大行政学ゼミ at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)

2018年05月22日

市役所と市民と私、愛する松江市のため・・・

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こんにちわexclamation
島大行政ゼミの藤井です。

今日は松江NPOネットワークさん主催の、
「松江市総合計画・総合戦略の進捗管理システム「かんなび」から 松江市の施策や事業を知る」
という勉強会に参加してきました。
勉強会にはNPO団体の代表の方々を中心に様々な方達が参加しておられ、松江市役所の担当の方が、演壇に立たれて「かんなび」を含めた松江市役所の取り組みを教えてくださいました。

まず、かんなびというのは松江市役所で実際に行なわれている事業について、「目的」や「課題」などの項目についての報告がインターネット上で閲覧できるシステム、というふうに僕は理解しました。(曖昧でスミマセンふらふら
このかんなびのメリットとしては、住民が事業内容について、詳しく知ることができ、市役所の業務についての透明性を高めることができるというのはもちろん、事業の引継ぎがより容易にできたり、市役所内の他部署の人が事業を知ることができたりというメリットがあります。

このかんなびの項目の一つに、「共創の状況」というものがあり、これで、より行政が官のものだけではなく、民も含めた市全体で行われるものになるという狙いがあるそうです。

そうなれば、市民全員が市のことを考えるようになり、もっと松江に興味を持ち松江を好きになることができそうですねわーい(嬉しい顔)

今回の大きなテーマとして、民間と市役所の協働があるように感じました。
松江市は人口減少、財源の不足という大きな問題に立ち向かっています。
その解決の糸口として、松江市民がもっと松江に関わり、松江を好きになり、松江に自信を持ち、そして、民間が得意なことは民間にお願いし、市役所は市役所の得意なことに専念するというのがあります。そのためのかんなびなのです。

このようにかんなびは今後の問題解決に向けた非常に重要なツールです。
ですが、我がゼミの師であらせられるぴかぴか(新しい)毎熊先生ぴかぴか(新しい)はこう警鐘を鳴らされます。

「できただけでは何にもならない。使っていかないと。」と。

人生にも通じそうで、心に沁み渡ります。もうやだ〜(悲しい顔)

かんなびはあくまで便利なツールであり、それをどう使うかが問題なのです。生かすも殺すも、松江民次第。

松江市はおそらく人口減少、財源の不足という問題の最前線に立っているのでしょう。
そして、この問題はいずれ全国へと戦線を拡大していきます。

僕は今、松江市が日本の全市町村に先立ってこの戦線への反撃を始める狼煙を上げているのを見上げているのかもとか思ったり思わなかったりします。


僕は来る就職戦線と梅雨前線に立ち向かえるよう頑張ります。るんるん
何を頑張るかは未定です。

長々と申し訳ありません!最後まで読んでいただき感謝感謝です。ではexclamation
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posted by 島大行政学ゼミ at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)

2018年05月19日

初投稿−FB&インスタ紹介

 久々にゼミブログ開設。
 さしあたり、FBとインスタ(←こちらも始めたばかり)のご紹介まで。
■FB:https://www.facebook.com/shimadaigyouseigakuzemi/
■インスタ:https://www.instagram.com/gyousei_zemi/?hl=ja
posted by 島大行政学ゼミ at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)