2月の不登校の勉強会終わりました。[2012年02月10日(Fri)]
2月の不登校の勉強会が終わりました。
今回も新しい方を交え、ついつい時間をオーバーしてしまいました。
毎回よく話すことがあるなあと思うのですが、不登校に関しては学校・教育委員会・各種行政などの職員の方々が真逆な情報をせっせと振りまいていらっしゃるので、一つ一つ丁寧に「それは、こういうことです」と説明することが多くなります。
今回の勉強会で、思ったことは、一番「不登校」について勉強してほしいのは、学校の先生や教育委員会・子どもに関係する行政職員、そして民間の自称・他称フリースクールのスタッフ、民間相談機関の相談員の方たちだということ。
いつも上から目線で親御さんに「勉強してください」と投げて来られるのですが、一番わかっていないのは、行政職員の方であり、不登校支援を名乗っている方々であると思ったりします。
親御さんが自分のお子さんの不登校でどうしていいかわからず相談した先で、適切な情報をもらっていれば、そのあとで散々悩む必要は無くなります。
大概は相談した先でもらった情報によって振り回され、不登校をしている子どもたちはどんどん追いつめられていきます。
「不登校は悪いこと」と固く思い込んでいる方に、どうやって説明していいか正直わかりません。
子どもたちには、自分の意見を大人に聞いてもらう権利(意見表明権)があること、誰からも虐待・体罰などの暴力を受ける筋合いはないこと、自分のことは自分で決めていいことなど、一人の人間として尊重されなければいけません。
いちいちそんなこと本で読んだり誰かに聞いたりしなくても、感覚的にわかることが「人権感覚」です。
子どもたちは、なんとなくいやだと思ったり、話したい人にだけ自分のことを話したり、自分の身を守るために知らず知らずのうちに様々な行動をとります。
その自然な行動の一つがは「不登校」です。
今まで話されてきたこと、信じていたことと、何が違うのか、その違いがわからないと「不登校」は理解できないままだろうと思います。
世の中わからないことだらけです。
でも、わからないことがあって当然で、わかると思い込んでいることから間違いが始まるのかもと思います。
子どものことはわからないから、子どもにきいて、その都度確認する。
子どもが話さないのであれば、話したくない・話せないことを受け止める。
善意のおせっかいで、ずかずかと相手に入り込むことはやめましょう。
今回も新しい方を交え、ついつい時間をオーバーしてしまいました。
毎回よく話すことがあるなあと思うのですが、不登校に関しては学校・教育委員会・各種行政などの職員の方々が真逆な情報をせっせと振りまいていらっしゃるので、一つ一つ丁寧に「それは、こういうことです」と説明することが多くなります。
今回の勉強会で、思ったことは、一番「不登校」について勉強してほしいのは、学校の先生や教育委員会・子どもに関係する行政職員、そして民間の自称・他称フリースクールのスタッフ、民間相談機関の相談員の方たちだということ。
いつも上から目線で親御さんに「勉強してください」と投げて来られるのですが、一番わかっていないのは、行政職員の方であり、不登校支援を名乗っている方々であると思ったりします。
親御さんが自分のお子さんの不登校でどうしていいかわからず相談した先で、適切な情報をもらっていれば、そのあとで散々悩む必要は無くなります。
大概は相談した先でもらった情報によって振り回され、不登校をしている子どもたちはどんどん追いつめられていきます。
「不登校は悪いこと」と固く思い込んでいる方に、どうやって説明していいか正直わかりません。
子どもたちには、自分の意見を大人に聞いてもらう権利(意見表明権)があること、誰からも虐待・体罰などの暴力を受ける筋合いはないこと、自分のことは自分で決めていいことなど、一人の人間として尊重されなければいけません。
いちいちそんなこと本で読んだり誰かに聞いたりしなくても、感覚的にわかることが「人権感覚」です。
子どもたちは、なんとなくいやだと思ったり、話したい人にだけ自分のことを話したり、自分の身を守るために知らず知らずのうちに様々な行動をとります。
その自然な行動の一つがは「不登校」です。
今まで話されてきたこと、信じていたことと、何が違うのか、その違いがわからないと「不登校」は理解できないままだろうと思います。
世の中わからないことだらけです。
でも、わからないことがあって当然で、わかると思い込んでいることから間違いが始まるのかもと思います。
子どものことはわからないから、子どもにきいて、その都度確認する。
子どもが話さないのであれば、話したくない・話せないことを受け止める。
善意のおせっかいで、ずかずかと相手に入り込むことはやめましょう。




