今日の琉球新報のひと・暮らし面の中に、1月9日(土)にうるま市芸術劇場で行われたシンポジウムについての記事が載っています。
このシンポジウム自体は3月に行われるある集会のプレシンポジウムです。
うるま市で開いたのは、11月に起きたうるま市での中学生による集団暴行事件をきっかけとしていると主催者側が説明しています。
シンポジウムのタイトルは「誰がこの子らを救うのか?〜今、子ども達に起こっている現状と課題〜」です。
誰がどのように考え話すかというのはそれぞれの自由ですから、どうこう言うことはないのですが、ちょっと一言。
今回のパネリストは2003年に北谷町で起きた中学生による集団暴行事件当時行政職についていた方達ですので、北谷町の事件について話されていました。
そこまではいいとしても、シンポジウムのコーディネーターの人やパネリストがしきりに「北谷町での取り組みをうるま市でも実行してみてはいかがでしょう」と言っていたことがひかかります。
このことは琉球新報の記事の中には載っていませんので、会場にいらっしゃった方たちだけが聞いていることです。
うるま市での集団暴行事件についての正しい情報・詳細はまだ公表されておらず関係者以外はわからないはずです。
1月7日に家裁の審判が降りるまで、学校は事故報告書を作成して提出することができないだろうということは想像できます。
なぜなら、審議途中で情報が外部に出てしまうと審議に支障が出る恐れもあるからです。
ということは、1月9日にシンポジウムで話す人たちがその短い時間でうるま市の事件についての情報を得ていたのかということになりますが、ちょっとそれはあり得ないと思います。
で、あれば、うるま市の事件の詳細がわからないので原因や背景もわからず、北谷町の事件と似ているのか違っているのかもわからないと思うのです。
ですが、シンポジウムで発言される人たちはしきりにうるま市に対して「こうしたらどうでしょう」と言われていたことに違和感を感じます。
パネリストの話を聞いた後、会場から意見や感想を数名の方が発言されました。
その中から抜粋されたものも琉球新報の記事の中に入っていますが、そのうちの女性の発言として
「うるま市の事件では事故調査報告書も出ておらず、どういう構造で事件が起こったのか分からない」と載っています。
発言内容を省略された形で載っているので、これだけ読むと、あたかも学校や教育委員会が事故報告書をまだ出していないということを非難されているかのように見えるかもしれません。
決して学校や教育委員会をかばうわけではありません。
でも、この女性の方の発言の意図は学校や教育委員会がまだ事故報告書を出していないということを追求しているのではなく、「シンポジウムのコーディネーターやシンポジストの人たちは正式な事故報告書が出されていない段階で何を話し合おうとしているのか焦点が定まっていない」と発言されたのです。
つまり、女性の方はシンポジウムのコーディネーターやシンポジストに突っ込みを入れていたんですね。
学校や教育委員会の肩を持つわけではありませんが、情報を正しく共有した上で話をしないと間違った対応になってしまうので、情報収集は大変重要になります。
間違った情報を基に話しても何にもならないので、あくまでも冷静に判断し、そして必要があれば意見を出すという方法に徹しないとただの妄想になってしまいますので、気をつけましょう
