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こちらは、東京・新宿にある乳児院と保育園を中心に調布、小平に児童養護施設、保育園を持つ社会福祉法人二葉保育園のいまを伝えるブログです。創業110年以上(創業1900年)の歴史を持つ草分け的な子ども福祉一筋の二葉。この二葉のいま、そしてこれからを余すところなく、たのしくお伝えしていきます!
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野口幽香賞応募者を大募集  [2019年10月16日(Wed)]

社会福祉法人二葉保育園は2020年1月に創設120年を迎えます。その記念として創設者を顕彰して「野口幽香賞」を創設しました。今日の社会福祉の制度的な基盤は明治時代に見ることができますが、今日の保育園に繋がる事業が、野口幽香とその仲間たちによって120年前に産声をあげました。以来、わが国の保育制度は発展し続けています。
 社会福祉の歴史の中で顕著な働きをした先駆者を記念し、顕彰して、その名前を冠した「賞」がいくつかあります。「石井十次賞」「糸賀一雄記念賞」、「賀川豊彦賞」等があります。この方々が取り組んだ事業は、さまざまな社会的、経済的状況の変化にあっても、人間の命と生活を守り、豊かな人生を切り開いてくうえで普遍性を持った事業であったのです。ゆえに、この方々の興した事業は時代の変化と共により充実し、発展を続けています。野口幽香の働きもこれと同じ意味を持つと思われます。ここで野口幽香の生涯とそのはたらきを松本園子先生が記されたものを紹介します。

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野口幽香の生涯とそのはたらき

 野口幽香(ゆか)は1866(慶応2)年2月1日、明治維新の動乱期、現在の兵庫県姫路市で生まれた。新しい時代を前向きに生きた父と、明るくおおらかな母は、娘が広く知識を吸収し学問することを望んだ。小学校卒業後は男子ばかりの姫路中学校に進学したが継続できず中退、19歳で東京女子師範学校(後,東京女子高等師範学校)に入学した。寄宿舎で同室の上級生尾藤初子から「自分は東洋のフレーベルになる」という夢を聴き,親しく語り合う中で,幽香もまた保育者となる夢を抱いた。
 幽香は在学中父と母を相次いで亡くした。失意の彼女は級友に誘われキリスト教会に通うようになり、23歳のとき洗礼を受け,熱心なクリスチャンとして生きることとなる。
 1890(明治23)年,東京女子高等師範学校を卒業した幽香は,母校の附属幼稚園に勤務したが、4年後、華族女学校(後、学習院女学部)に幼稚園が創設されるにともない転任し、以後長く勤務することとなる。華族女学校幼稚園の同僚、森島峰は米国で貧民幼稚園について学んだ人であった。二人は麹町に住まい、永田町の華族女学校幼稚園に通った。通勤の途中、朝も夕も往来に放任された貧しい家の子どもたちの姿をみかけ、この子たちにこそ幼稚園が必要だ、自分たちの手で幼稚園をつくろうと夢が膨らんだ。   
 番町教会の宣教師ミス・デントンの協力も得て、慈善音楽会を開催して開設資金を準備し、1900(明治33)年1月、麹町下六番町(現在の千代田区六番町)に小さな家を借りて、近所の6人の子どもを集めて幼稚園を始めた。 
 その後、二度の移転を経て、1906(明治39)年3月、当時貧困者が多数居住していたスラム街四谷鮫ケ橋(現在の新宿区南元町)に園舎を新築し,ここで本格的な,いわば社会事業的幼稚園の実践が展開された。
二葉は幼児の保育だけでなく、貧困ゆえに学校に行けない子どもを受け入れる事業、幼い子どもをかかえて困窮する母子のための「母の家」等々、時代の必要に応じて多様な取り組みを行い、二葉は枝葉をのばして成長していった。日露戦争(明治37~38年)の後,広がる社会矛盾への対応として,国は救済事業の奨励に着手した。二葉幼稚園も貧困家庭とその幼児のためのモデル事業として,1909(明治42)年より内務省の補助金を受けることとなった。そして,1916(大正5)年,文部省管轄下の幼稚園から内務省の保育事業に切り替え,名称も「二葉保育園」と改めた。
 幽香は日本の近代化における幼児教育、特に貧民のための幼児の教育と生活を守るためのこれらの事業の中心的な担い手であり、指導者であった。幽香の生涯はキリスト教精神に貫かれ、その事業は一人ひとりの子ども、親を大切にする優しさ満ちたものであった。この実践は今も二葉に継承され、枝葉となって茂み続けている。幽香は1955(昭和25)年84歳で天に召された。
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 野口幽香のはたらきは今日にも脈々と受け継がれています。そして、全国にもこのはたらきに類した活動が多くあるのではないでしょうか。それらをご推薦いただき、励ましと、顕彰をしたいと思います。
Posted by 社会福祉法人二葉保育園 at 10:22
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