熊野からの帰り道では天気が良くなってきて安心してました。
ここが、旧42号線の矢ノ川峠への入り口です。普通の車では絶対に無理です。

ハイキングとしても訪れる人がいるみたいです。私はバイクですが、バイクと言っても、オフロードバイクとは言えません。リヤのスイングアームをロングにし、リヤもフロントもフェンダーなんて無いような物だし、マフラーも下タイプだし、タイヤもオンロードタイプのシティ派バイクなんですわ(笑)。
案の定、荒れ馬に乗ってる感じのオフロード。振り落とされそうになります。
何よりこの道は、熊出没の話しもたくさんありますね。
かなりの冒険(笑)。
若い頃ならオフロード大好きで、民宿風帆の大将とよく走った私ですが、今はあかん。カンがもどらん(笑)。
いきなり、素掘りの怖〜いトンネルが…。いや、風情あるトンネルが。

またトンネルが。

またトンネルが。

またトンネルが。

トンネルを4っつ抜け、ちょっとオフロードに馴れてきた頃、カーブを曲がると、ギャッ!!となる私。
熊ではありません。おじさんが一人歩いておりました。
おじさんには、バイクの近づいて来る音でわかるでしょうが、私にはまったくわかりません(笑)。
バイクを停めて、おじさんと少し話ししました。
峠まで行けますか〜?。行けるよ〜との事。おじさんは日曜日に予定が入らない限り毎週一人で峠まで歩いているとの事。おじさんの速いテンポで、峠まで二時間ぐらいで歩くわれ〜と自慢しておりました。
熊なんか大丈夫ですか〜?と聞くと、おるわれな〜と、尾鷲弁で教えてくれました。
恐るべし、おじさん!でした。おじさんにとれば熊なんて友達みたいなものなのでしょうか。
もう一つトンネルあるから、そこで丁度半分ぐらいや!と教えてくれました。
ありゃ〜まだ半分も来てないんかい〜と愕然とした私。
はい。最終のトンネルはこれまでより一番長く、気味悪さ一番でした(笑)。なんたって私のバイクのライトの暗い事。水は上からバタバタ落ちてくるしでマジで真剣になります。

矢ノ川隧道の文字が読み取れます。

はい。トンネルを抜けると突き当たり〜です。

25年程前に私と風帆大将はこの道を走ってるのですね。地図なんか必要なしで、土地勘から私には右折しか頭になかったのでした。
標識も見ずに迷いなく右折しました。

するとこの風景。私がキス釣りによく行く三木里です。この写真を撮った直後にゴロゴロ〜とカミナリ様が…そして、すごい突風と雨雲で急に暗くなり、嵐の予感を感じ、私はキャンプインにいる、まりちゃんに電話しました。

そっち雨降っとるかれ〜?と聞くと、今にも降りそう〜との事。なんかあったら助けに行くから連絡してよ〜と言ってくれた優しいまりちゃんですが、まりちゃんには助けに来れるはずがない(笑)。
やっぱり私はあほたん。ここまで来て引き返すのは残念だと思い、もうちょっとバイクを進めたら、バタバタバタと、どでかい雨粒が落ちて来たので、あきらめ引き返す事にしました。
本当にあほたんやで〜雨具は持っていない私なのでした。ともかく、急変の天候にはびっくりでした。
道には木々がかぶさっているので、降り始めは意外と濡れませんでした。
すると、ドッカーンとカミナリ様が私の頭の上に落ちたぐらい響きしました。
それで、こりゃ絶体絶命のピンチやじょ〜と、トンネルへ逃げ込み、リュックに入れていたパーカーを着てアタフタ逃げ帰りましたね。
真っ青、半泣きの私だったかな(笑)。
う〜ん矢ノ川の山にはカミナリ様と言う魔物が居るなぁでした。
いや、ちゃいます。私の右折は間違いで、矢ノ川峠の茶屋跡は左折だったのですね。
それを止めてくれたカミナリ様だったのだと都合よく解釈した次第。
あのまま進んでいたら、カミナリ様にブチ撃たれて、どこそまでまくれ落ちていたかもしれません。
と…、普通の人間ならここで終わるのですが、私は終わりません。まあ長くなりますが、聞いてあきれ反ってくださいませ。
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ずぶ濡れドブネズミのような私はやっとの事、国道42号線まで逃げ帰ってきました。
国道ももちろん土砂降りです。
リヤフェンダーの無い私のバイクは、水のはね上げが素晴らしい…。それだけでもビショビショ(笑)。
どひゃ〜と尾鷲のマックまで来たら道が濡れてない…。そう雨は局地的だったのですね。
とりあえず、キャンプインまで逃げ帰った私でした。
それで、キャンプインで所用なんかをしていたら、天気は暖かく素晴らしくなってきて、ズボンが乾いてきたから、止めるまりちゃんを振りきり、また矢ノ川峠を目指した私でした(笑)。
時間にしてその時、3時半過ぎ…。
暗くなるまでは帰って来れるやろと判断しました。
二度目の林道は、暴れる相棒をうまく乗りこなしてましたね。さすが私と言った感じ(笑)。また、二度目と言うのは、早く感じるもの。
分岐点まで来て、またも右折。バカバカバカ〜(笑)。
そして崩れにより断念…。

行けるよ〜と聞いていたのになぁ…とは思いましたが、私の気持ちは晴々としていました。
今日、やれるだけの事はやったしね。一度であきらめてたら、悔いが残ると言うもの。時間がまだあったからね。
帰り道、林の中の道はもう暗くなりかけてましたが、差し込む日差しは素晴らしいかったです。
道はこんな川になってたところもありました。
もちろん、リヤフェンダーの無い私のバイクはシートに水がはね上がり、尻だけ冷めた〜となっていたのは言うまでもありません(笑)。

はい。この後は私は尾鷲市にある焼鳥屋の大吉に行きました。
大吉のマスターは矢ノ川峠にとても詳しいのです。
あんた〜左折やで〜とこの時初めて間違いを知ったのでした(笑)。
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今回の矢ノ川峠行きを考えたのは、この連休に私の職場で、たまたま寄ってくれたお客さまが、矢ノ川峠の茶屋に縁のある人だったのです。
偶然とは言え、素晴らしい出会いだと思います。
なんとか、想いに期待に応えたいものです。
まずは、道の状況を自分の目で確かめたいもの。
今週の日曜日も天気よければ、バイクでリベンジする予定です。
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私がこれ以上やんちゃをしないように〜と、こんな素敵な冊子が、まるちゃんより送られてきました。

これを少し読んでいくと。
熊野古道の八鬼山越えがありますが、江戸時代は尾鷲から熊野に抜けるには、海側の八鬼山越えをしていましたが、明治13年に、三重県は従来の八鬼山越えから矢ノ川峠越え(山側)に路線変更し…とあります。
そして明治21年に改修が完了したと…。
そして、昭和11年に矢ノ川峠に茶屋ができ、昭和34に鉄道(国鉄)が全通。昭和43年、現在の国道42号線が開通となります。
道ができ、茶屋ができ、道を守る人、茶屋を守る人、バスを運行する人。昭和43年に廃道になるまでのその長い年月、険しい矢ノ川峠には壮絶な苦労があったのですね。
現在、矢ノ川峠茶屋跡には、茶屋を守り抜いた、おばさんの碑が建てられています。
冊子には…。
想像を絶する厳しい茶屋は、昼間の人影が去ると、鹿、猪、うさぎ、狐、…時には熊まで、「動物はちっとも恐ろしゅうなかったが、人間が一番怖かったね」と(おばさんが)おっしゃっていた…と。
そんなおばさんの碑に会いに行きます!!。
by 理事長