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シャーシャーとデカイクマゼミ参戦す [2019年07月31日(Wed)]

fumihouse-2019-07-31T22_18_17-1-thumbnail2.jpgまたもや蟬のことを書く。夏は彼らの季節、彼女らの世界だからだ(人間界には関係ない?)。私が初鳴きを聞いた日だ。

 ニイニイゼミ/7月8日
 ヒグラシ/7月10日
 アブラゼミ/7月19日

ここまでは以前に書いた。彼らは主張しており、ここに生きている意味を示すために鳴く、とも書いた。

 クマゼミ/7月26日
 ミンミンゼミ/7月29日

土曜日の27日には大阪へ行った。新幹線の乗り換え・岡山でも、大阪・上本町の街路樹でもシャーシャーと大合唱がビルに反射して鳴り響いた。出雲のクマゼミは単独で鳴くから、ジュワジュワッと鳴く。やがてお盆のあたりにはツクツクボウシが仲間に入る。これで蟬の夏は完成する。

(命短い蟬たちよ。薔薇の寝床でやすらかに眠りたまえ)
少年よ柳は緑花紅 [2019年07月30日(Tue)]

fumihouse-2019-07-30T19_32_26-1-thumbnail2.jpg松江の住宅街を歩いていた。歩道のない道路の右側を歩いていると、向かいから少年が自転車に乗って走ってくる。その20メートル後ろからは2トントラックがやってくる。

重なって危ない、やだな、と感じた私は、右手にある住宅の駐車スペースに入り込んで歩き続けた。少年がすれ違いざまに、「すいません」と言うではないか。おっとアッパレ、松江の少年よ、できるなお主! 

そういう私は、予想もしなかったその言葉に対して一言も発することができなかったのです。あれまあ、トホホ。

(松江の住宅街に割いていた柳花笠。少年よ、君を称して、柳は緑花は紅、というのかなあ。んなことはない。気のつく礼儀よい子なんだねえ)
木曜と土曜の夜は星眺む [2019年07月29日(Mon)]

fumihouse-2019-07-29T08_08_09-1-thumbnail2.jpg暑い日が続く。夜になってもエアコンがなくては汗だくだ。それでも夜空を見上げると涼しげに感じる。昼間の熱で靄がかかっているために天の川はハッキリしないが、夏の星座が輝かしい。

ベガ、アルタイルの七夕組に白鳥座の尾っぽのデネブを合わせて夏の三角形。銀河の中心に向かって射手座には土星がいる。さそり座には明るい木星がおり、1等星のアンタレスも霞んで見える。この夏は賑やかな星空が楽しめる。
市松と五輪に染まれ東京よ [2019年07月28日(Sun)]

fumihouse-2019-07-28T22_30_31-1-thumbnail2.jpgオリンピック一色に染まる東京、と報道機関は言うが、田舎にいるとそんな感覚はない。今月始めに東京へ行ったとき、市松模様からイメージしたエンブレムを使ったポスターをたくさん見たのは見たが、溢れている印象はなかった。きのう行った大阪にはオリンピックはない、G20をやったばかりだし。ともあれ、1年後7月24日には東京五輪が開幕する。

マスコットは十分知れわたってない。「ミライトワ」は藍と白の市松模様が使われる未来的なデザイン。未来と永遠を合わせた良い名前だ。「ソメイティ」はピンクと白の市松模様。染井吉野と英語のso mightyからとられたという。両者とも申し分のないデザインと名前だと思う。

JTBが450万円で開会式からの17日間で16競技を観戦するという豪華版ツアーを売り出したそうだ。応募するのはどんな人だろう。わたしはたぶんテレビ観戦かなあ。
踏み荒らし部屋には象がタブーなり [2019年07月27日(Sat)]

fumihouse-2019-07-27T08_22_23-1-thumbnail2.jpgアメリカには「部屋の中の象」という慣用表現があるそうです。像ではありません。動物の象です。There is an elephant in the room. と使います。よほど大きな屋敷でないと入らないではないですか。そんなものいてもらっては困る、だから見て見ぬふりをするのが、部屋の中の象です。

この喩えは、構成員にとっては常識なのに口にしない、できない大きな問題を意味しています。難しくて解決できなかったり、話題にすることが不愉快だから、あえて触れない暗黙の了解があるわけです。

アメリカ人というのは、ストレートで何でも議論する印象がありますから、面白いですね。彼ら彼女にも日本人的な空気を読むところがあるのです。

私たちの組織や集団にも「その問題」があるはずです。そこを突っつき過ぎて嫌われても困りますが、リーダーであれば、問題を放置したままではいけません。部屋の中に今いる象というタブーに挑戦していきたいものです。

(古代バビロニアで生れたてというペイズリー。よ〜く見ると面白い。近ごろネクタイの柄として返り咲いてきた)
タラレバをタイムマシンで検証す [2019年07月26日(Fri)]

fumihouse-2019-07-26T17_29_56-1-thumbnail2.jpgタラレバがある。誰にでもある。ああだったらよかったのに、こうすればもっとましだったのに・・・。毎日はタラレバの連続だ。人生はタラレバでできている。

仮にタイムマシンで何十年か前に返ったとしよう。私の人生は順風に帆を満々と張って、自由自在の生活となって今に至るのか(他の人へ与える影響は無視する)。

意外とそんなことはないような気がする。さかのぼって違う選択をしたとしても、毎日は選択の連続だ。一瞬一瞬が選択と言ってもよい。行くか行かぬか、歩くかクルマか、定食にするか八宝菜にするか(今食べたい)、トイレに行くか我慢するか・・・。その連続で1日が終わり、1年10年と経っていく。

その人がもつ生命の傾向性というものは本質的にはそう変わらない。さかのぼったときには大違いの人生が開けても、いつの間にかおんなじようなところに収まっていくんじゃないだろか、と思うのだ。もちろん検証はできない。

(検証可能な梅雨明け、きのうの空)
分断と統合の境いまここに [2019年07月25日(Thu)]

fumihouse-2019-07-25T19_59_39-1-thumbnail2.jpg山陰中央新報の元旦号の社説にこうあった(もう7月も経ってしまったか)。

≪分断ではなく統合の思考、さまざまな立場の声をくみ取る姿勢、いまほど多様性を受け入れる「寛容さ」が求められている時はない。居心地の良さに安住するばかりではなく、時には離れてみることも必要だ≫

この言葉は、トランプ政権に言われたのかと思っていた。あるいは暴言と嘲りを繰り返すヘイトスピーチの主に対しての論考だとも思った。それだけではなかった。

日韓請求権協定は、日本が韓国に多額の経済支援を行ったので両国間での請求権は完全に解決したとする内容ではあるが、個人の請求を否定するものではない、とする対立意見もある。

徴用工の未払い賃金や非人道的な扱いに対する補償、軍人・軍属への恩給裁定の不備、在韓被爆者問題や従軍慰安婦問題の見逃しなど、個人の請求権は協定対象外だとする考えである。

安倍首相はハンセン病家族の訴訟を敗訴のまま確定させ、いま話し合いが始まったところだ。同様に、他国の人びととも胸襟を開くときではないだろうか。たとえ、強制徴用ではなく自主応募者であったとしても、戦後に日本国民としての資格を失っていたとしても、強制的な慰安婦ではなかったとしても、あの日本に軸足を置いて苦しんだ当事者であることは間違いないからだ。メモリや携帯ディスプレに欠かせない化学製品の輸出規制強化もその延長にある。やるならもっと国際社会にもわかるよう、日本は丁寧に説明しなくてはならない。

(ルドベキアはアメリカ原産。大きな黄の花びら8枚で真ん中がこげ茶色だが、たまに中まで黄色のがある)
経年の劣化恐ろしもったいない [2019年07月24日(Wed)]

fumihouse-2019-07-24T19_36_26-1-thumbnail2.jpg電気製品などが経年劣化すると危ない。特に高齢者にとって事故の危険が増す。そんな提言を経済産業省の有識者会議が出している。

電気製品やガス・石油機器は使ううちに劣化する。当然のことだ。まだ使えるのにもったいない、今の使用状態でなんら不満はない、新機能満載の機械は使いこなせないなどの理由で買い替えをしないうちに事故が起きる。高齢者世帯が増えるにつれて危険率は高まる。

提言はこう述べている。
≪モノを長く大事に使うことは美徳です。そうした観点から、消費者は一般に、耐久消費財を壊れるまで使い続ける場合が少なくありません≫

耐久消費財という言葉を久しぶりに聞いた気がする。私たちはすぐに買い替えるようになった。そう踊らされているかのように。でも、もったいないという美徳は忘れたくない。

重大な製品事故には、製品そのものに起因する場合、施工不良の場合、誤使用・不注意があるが、購入から15年以上たつと割合が15%程度になるそうだ。さらに20年を越えると30%を超える。

町の電器屋さんがあるところはよいが、量販店しかないようなら、修理はできない。残念だが買い替えるしかないようだ。もったいないと言っていたら元も子もなくなる。

(花は経年劣化する。経年どころか、数日で盛りを越えて、萎びて、落ちていく。だから美しい。この草花、調べたけれどわからない、何だろう)
読みかけの本を進めて栞落つ [2019年07月23日(Tue)]

fumihouse-2019-07-23T20_23_20-1-thumbnail2.jpg読みかけの本に栞を挟んで目印とする。時間切れで挟む場合もあれば、眠たくなって本を置くときもある。

「栞」は枝折る(しおる)の連用形から転じたもの。漢字の成り立ちは、平らに削られた二本の竿と木の象形から出来上がっている。

山道に迷うことがないよう道端の木の枝を大きめに折ると、帰りの目印になる。山登りというやつは往路と復路では景色がまるで違う。ふと間違って遭難しないための工夫である。

本を読む、新しい世界に出会う、意味が解せなくてしんどい思いもある、ある程度まで進むと展望が開ける・・・そうした遭難防止のガイドとなるのが、栞というわけだ(しょっちゅうなくすけど)。

本をゆっくり読みたいなあ。寝る前と列車に乗ったとき程度で、まとまって集中して読むことがない。本の世界にどっぷり浸かろう。たまには声を出して読むのもいいもんだ。途中の景色、登りきった展望も最高にちがいない。

(ビオラを本に挟んだら、いい感じの栞ができるかも)
空気にも真夏の到来休み来た [2019年07月22日(Mon)]

fumihouse-2019-07-22T19_22_17-1-thumbnail2.jpg多くの学校で夏休みに入った。部活があったとしても通勤・通学列車に乗る生徒は少ない。座れないときもあった先週までに比べると、席には格段のゆとりがある。町中にもゆとりがある。小学生が列を作って登校していないことが原因だ。静かで道が広い。

きのうは蒸し暑さを感じた。冷房の効いたショッピングセンターから駐車場に出ると、蒸した空気が鼻腔を包んだ。この夏初めてのことだと思う。夏らしい夏がやってきた。どうか穏やかであってくれよ。

学生にとって解放される夏休み。ハメを外して介抱されるようではいけないが、快方も早かろう。たまには試験の解法にでも取り組んで頭の体操しようじゃないか。夏の活動をしっかり記録に取って秋に会報を充実させる(何の?)。それとも良い知らせ、快報かな?

勤め人にとっては暑さに呻吟する季節だとしても、少しは夏休みがある。若い頃の開放感も思い出して、ウキウキしてこないかな?

(花の色やら形から鬼百合とは、これいかに? 暑い夏にますます暑さを感じさせるのは確かだ)
めぐり逢う人と別れて悲しけれ [2019年07月21日(Sun)]

fumihouse-2019-07-21T18_02_27-1-thumbnail2.jpg感謝状が授与されても拍手はない。授与される当の君に代わって、失意の奥さまが受け取られた。悲しくて酷い、島根県知事からの感謝状。今となっては空しいが、君が職員として全力で生きた軌跡。偉大な価値がある。

君はもういない。最近撮ったものだろうか。集合写真から切り取った遺影。迫りくる病魔に負けまいと歯を食い縛り、口角を懸命に上げているように見える。

式前に流れるBGMはアンドレ・ギャニオンのピアノ曲「めぐり逢い」。君は多くの人とめぐり逢った。わたしとも出会ってくれて、ともに仕事をしたことに感謝の気持ちが湧く。悲しい旋律が肺腑をえぐる。それでいて安らかになる優しいピアノの音色。

君は喜怒哀楽すべての想い出を抱えて今世を去る。生命は宇宙に溶け込んで縁をもって再び生をなす、という永遠の生命論からすれば、君はいずれ誰かとめぐり逢う。どうか、君よ幸せであってくれ。
君づけし松陰先生空気変え [2019年07月20日(Sat)]

fumihouse-2019-07-20T12_05_43-1-thumbnail2.jpg衆議院議長が国会で議員を『君』づけするのは衆議院規則と先例録に定められているのだそうだ。参議院もそれにならう。

始まりは伊藤博文。初代総理大臣のルーツは松下村塾にある。塾内の身分差を解消するために、吉田松陰は敬称を君(くん)に統一。二人称であなたのことを、君(きみ)とした。そして分け隔てなく議論ができるように環境を整えた。以上、週刊現代7.13\20号の「今週のへえ〜、そうなんだ」より受け売り。

私たちが使う「くん」や「きみ」が吉田松陰(山口・萩の人は松陰先生と言うが)に起源があると初めて知った。ちょっと遠慮のある同級生や同期生に使う「くん」。目下の男性に使う「くん」。同格か少し目下の男女に使う「きみ」。なるほど、おもしろいことを知った。

(ムクゲと呼ばれるこの花。韓国の国花。両国政府が火花を散らすが、日本は木で鼻をくくるような説明に終始するのではなく、韓国国民に届く丁寧なアピールを繰り返すべきだ。でなければ、永久に恨まれたままになる)
蝉時雨真夏の使者よここにあり [2019年07月19日(Fri)]

fumihouse-2019-07-19T19_19_32-1-thumbnail2.jpg7月8日はニイニイゼミの初鳴き。昨夏以来の鳴き声は懐かしい一方で、蝉時雨とともに暑すぎる真夏が来たのにはうんざりもする。

蜩1号は7月10日だった。ヒグラシだ、魚の鯛ではなく、カナカナゼミを聞いた。深山に立ち入った趣で日本の夏!っていう感じ。数は少ないが聞き入った。

きょう7月19日はアブラゼミの初日。ウルトラマンに登場する悪者星人が発する攻撃光線のように、絶え間なくジージーと音を出し続けるマメなやつだ。

彼らは何のために鳴くのか。自分を主張している。私はここにいる。ここに生きている。単にメスを求めて鳴いてるんじゃない。生きる意味を自分で見いだしたい・・・と主張するかのように、いやきっとそう思っているにちがいない。

(暑い真夏はパイナップルでも食べる?)
健康は心と体の相互作用 [2019年07月18日(Thu)]

fumihouse-2019-07-18T21_01_58-1-thumbnail2.jpgまあそう気にするなよ。気に懸けてくれるのは嬉しいけれど、気に病むほど心配したら毒だよ。もて余すことはひとまず置いて、別の楽しいことを心置きなくやろうや。

でも確かに頓着しない人は増えたよ。少しは気兼ねして気を遣えやと苦言を呈したくなるもんだ。屈託ないという表現が似つかわしいのは幼児までだね。

あまり世を悲観して若い世代を案じると、年寄りの冷水と取り越し苦労されてしまうね。きっと心臓にはよくないだろうから。まずは自分の将来のことを思案に暮れて憂慮するのがいいのかも。

かといって下手な考え休むに似たり。怖れても杞憂に終わるんだ。少々ピンチはあったとて、最後は胸を撫で下ろしてなんとかなると思いたい。ときには危惧があたって困り果て、苦渋の決断ということもあるかもしれないが、行き詰まったら原点に帰ろう。みな誰もが自分が拠り所にできる元気の源があるでしょ? 

窮すれば通ずるものさ。手詰まったように思えても必ず一手は見つかる。どうしようもなく手を焼く案件が出てきたら肩の荷が降りるまで、ひとまずガンバることだね。それでも往生したらどうするって? 往生際が悪いと言われても、じぶんなりにやってみるだけなのさ。

(言葉も使いようで気にも病む。ひまわりのように明るく咲きたいね)
望んでも苦労したくないけれど [2019年07月17日(Wed)]

fumihouse-2019-07-17T18_20_47-1-thumbnail2.jpgさまざまな苦悩がある。
望みもしないのに勝手に招かれる苦悩。
蒔いた種ではないけれど押し寄せてくる苦悩。
自らがおびき寄せた苦悩。
自己責任とも、自業自得という名の苦悩。
身から出た錆という言い方もある。
いずれにせよ、当人にとっては苦悩そのもの。
苦労とは眼前にそびえ立つ山。
自分の中に望んでつくる苦労もある。
艱難辛苦とは言えない小さなものであっても、
乗り越えた喜びは大きい。
そんな楽しみでもって、
気高い自身を築くことができるだろう。

(楽しげに咲いているアサガオにも苦労はつきないことだろう)
燃え尽きて天の国にて会えるのか [2019年07月16日(Tue)]

fumihouse-2019-07-16T21_04_23-1-thumbnail2.jpg『天国でまた会おう』は美しくも残酷、そして少し笑えもするフランス映画だ。舞台は第一次大戦で独仏が対峙した塹壕の中。そして戦いに勝って繁栄するパリ市内。

年配の元仏兵士アルデールは、同じ部隊だった若いエドゥアールと大博打を打った。エドゥアールに宿った類いまれな絵の才能。戦没者記念碑の建設巨費をだまし取る計画を二人は成功させた。騙した相手はエドゥアールの父だった。

戦死を偽装していたエドゥアールは、確執して別れた父を二重に騙した。エドゥアールが絵の道に進むことを許さなかった父と彼は相容れない。袂を分かった父子だったが、父は息子が生きていると知る。二人は抱き合い和解した。しかし、息子は「天国で会おう」と言い残して命を絶った。

傷痍軍人となったエドゥアールには鼻から下の顔がない。言葉も失った。身体と精神がそろっていない彼にとって、自分は自分でなくなった。どんなに絵の才能が際立っていても彼は彼として完結しなかったのではないか。顔がないことがどれだけの悲惨をもたらすか、私には想像できないのだが、エドゥアールには生きる希望が残されていなかったのだと思う。

彼はアルデールと少女と三人で暮らした。二人がいたからエドゥアールは生きた。大きな存在だったと思う。でも、それは自分の喪失感を埋め合わせるのには足らなかったのだろう。そこに、父との相克でぽっかり空いていた穴が埋まった。父と和解して最上の幸福感を得てしまったエドゥアールには、もう喪失は考えられなかった。だからそこで、ジ・エンドとしてしまったのだろうか。幸せでお腹いっぱいになったようにも思う。生きよ!生きて喜びを絵で表現せよ!という声が聞こえたのかもしれないが、彼は燃え尽きた。

(エドゥアールは燃えて真っ白になってしまった。カスミソウは燃えて灰になったわけではないが)
風切って風から逃げて月がある [2019年07月15日(Mon)]

fumihouse-2019-07-15T22_37_03-1-thumbnail2.jpg雲を切って月が走る
湿った空気と風をもたらす低気圧
それと一緒に雲がやって来た
満月を覆い隠そうと雲が走る
月は逃げる
雲なんかに捕まってたまるか
逃げろや 逃げろ
わたしは捕まらないよ
そんなふうに見える満月前の今夜の月と雲

(ダリアの花も走るだろうか。たぶん配送のトラックとともに走る)
傾聴の心をのせて隠し預金 [2019年07月14日(Sun)]

fumihouse-2019-07-14T08_08_09-1-thumbnail2.jpg真剣に相手の話を深く聞く、すなわち傾聴するためには、心意気のほかに技術も必要だ。自分が聞きたいことだけを聞くのではなく、丁寧に耳を傾けるからこそ、傾聴という字が当たっている。共感的態度で受容することができれば、心は開かれて、来談者は答えを自ら見いだしていく。

【聴】の字を分解してみよう。<耳>をまっすぐにして、<目>を見開く。目が吊り上げられて横になっているということは固定観念を打破せよと訴えているのか? <心>を開いて下支えにして受ける。

傾聴には、かくしよきん が必要なのだそうだ。不正会計ではない。関心を言葉に表して共感しよう。

 <か> 関心を持つ
 <く> くり返す言葉
 <し> 質問して話を深める
 <よ> 要約する
 <き> 共感する
 <ん> 意見は最後に述べる

(心を目と耳にのせて相手に届けよう。郵便を使うという手もある。松江市内のポスト)
合いの手に相手愛して駆け抜けて [2019年07月13日(Sat)]

fumihouse-2019-07-13T17_05_51-1-thumbnail2.jpg「自分のペースではなく、愛いてのペースに合わせながら話をするのは難しい」というワープロ変換ミスがありました。実にいいじゃないですか。

「愛いて」は「愛い手」。合の手を入れながら相手を見て睦み合いながら二人でペースをつかんでいく。困っていたら愛の手を差し伸べて、調子に合わせて掛け声を差しはさむ。手ごわい難敵には手ぬるい対応ではなめられます。手拍子とって勇気を鼓舞するときもありますね。

働き手が足りないとき、難局に手が余るときは、お互い手を貸し合いましょう。手厚いケアで助け合いましょうぞ。手広くやるのもよし、一瀉千里に一手を定めて駆け抜けるもよし。ともあれ、長すぎる文章は嫌われますよ。どうぞ、手短に!

(ランタナだって季節を合いの手にして徐々に色を変えていく)
夏なれば上着が必須手放せぬ [2019年07月12日(Fri)]

fumihouse-2019-07-12T21_00_08-1-thumbnail2.jpgクールビズだからポロシャツ、通気性のよいパンツに加えて薄手の上着を着ている。暑ければ脱いで手にもつのだが、いま時分上着が欠かせない。冷房対策のためである。

列車やバスの吹き出し口が間近にあると時折寒い。運行者の考えによっては、冷やすのが良い顧客サービスだと心得違いをする場合もあって、上着は手放せない。カーディガンを羽織る女性は日焼け対策も含めて必須アイテムかもしれない。

会議に出席した場合は膝掛けとしても必要だ。膝に乗せてちょうどよい。寒ければ普通に羽織る。どうしようもなければ、主催者に願って設定温度を上げてもらう。風邪をひいてはつまらない。夏風邪ほど辛いものはないからね。

(涼しげな千年ハス。荒神谷遺跡公園の田んぼ池に咲く群落だ。今年は気候の具合か、花の数が少ないようだ)
ティーバーで笑い堪えずバスの横 [2019年07月11日(Thu)]

fumihouse-2019-07-11T19_50_09-1-thumbnail2.jpgバスの横の席に座った若い女性の体が揺れている。首を傾けて様子を見る。イヤホンを付けたスマホを右手に、左手は口を押さえている。笑いを必死にこらえているわけだ。こらえきれなくて、クスクスと声も漏れている。バラエティ番組だ。たぶんティーバーで、見逃した番組でも見てるんだろうね。

笑う門には福来る。笑え笑え、愉快に笑えや。音が出ないように声を出さないように、礼節は備えている。笑い過ぎて体が揺れて息が漏れるのは、娘さんの愛嬌だよ。

笑いは免疫力を高める。一回笑って効果3時間だという。演技で笑ってもよし。はっはっはっと笑おうよ。笑いは体の宝なり。あの娘さんは巧まずして笑いで健康になっていく。さて俺も笑おっと!

(風に吹かれてネジバナも揺れ動いている。これもまた愉快なことなり)
働いて精魂込めてよき加減 [2019年07月10日(Wed)]

fumihouse-2019-07-10T18_46_17-1-thumbnail2.jpg人間とは不思議なもので、働くことに精魂込めていくほどに充実感を味わえるが、それが過ぎると疲れてしまう。ちょっとしたつまずきで精神的な失調をおこすこともある。過ぎたるはなお及ばざるが如しと言う。

反対に働かないとどうなるか。小人閑居して不善をなすと言うとおり。暇をもて余す。第一、カネが回らなくて個人も社会も経済的に困る。充実した毎日を過ごすためには、学業なり仕事なり、打ち込むものが絶対に必要だ。

精神的病いが多いという。みんな疲れているんだ、きっと。仕事のやり過ぎで、身を粉にしてまで働き過ぎで燃えつきてしまうのは残念なことだ。精魂尽きるほどやってはいけませんよ! みなさん、少しは休んでくださいね、と自戒を込めて述べておく。

遊ぶことも大切なこと。一生が一回限りなのは誰しも同じこと。病気をするかもしれない、不慮の事故に遭うかもしれない。先行き不透明な人生にあって一期一会のひとときを大切にしましょうぞ。たまには、気の合う友人とバカ話に興じて、乾杯するのもいいじゃないか。

(アメリカ・ノウゼンカズラの黄色いのは珍しい。黄は映える色、元気の出る色だ)
自転車を押して歩くは壊すもと [2019年07月09日(Tue)]

fumihouse-2019-07-09T17_38_11-1-thumbnail2.jpg自転車に乗らず、押して歩く人を見かける。朝の通勤、リュックスタイルの中年男である。なぜ自転車を押すんだろう、想像してみよう。腹は少々出ており、革靴を履いている。

・・・・去年人間ドックへ行ったんだ。メタボを解消するよう指導されたんだがねえ。少々運動しても腹は引っ込まない。一晩呑めば元の木阿弥さ。まっいいか、と思っていたんだ。そしたらこの冬狭心症だよ。胸が締め付けられて経験したことのない痛みがあった。青白くなって冷や汗も出る。病院で検査してもらったら狭心症だって。本気で痩せようと思ったよ。ジム通いも続かないだろうし、通勤で歩こうかと。職場までは5キロ、これは遠すぎるね。じゃあと思いついたのが自転車だ。歩いて歩いて、辛くなったら乗ってペダルをこげばよい。そんなんで自動車通勤を止めてちょうど3ヶ月経ったところだよ・・・・

自転車で押して歩くのはバランスが悪い。右手がグッと前に、左手はちょこん。肩の張りが左右で違う。ペダルが足に当たるのが嫌だから体の軸は右に傾いて、たぶん肩こりがひどくなる。腰痛だって出てくるにちがいない。バスに乗って停車場の3つ前くらいで降りて歩くとか、リュック持ってるんだからスニーカーにして、徹底して歩く覚悟を決めたらいかがかな?

(アガパンサスが乱れ咲いている。スカイブルーの爽やかな色合いは涼しげだ)
セミ1号使者が来たなり夏始め [2019年07月08日(Mon)]

fumihouse-2019-07-08T16_38_59-1-thumbnail2.jpgセミ第1号である。私が聞いた初鳴きニイニイゼミは、松江の街路で何匹かまとまって多重に奏でていた。昨夏は6月29日、2017年が7月2日だったことからすると、7月8日は少々遅い。

6月後半は暑かったのに、九州中南部に大雨をもたらした線状降水帯が冷たい空気を運んできたのだろうか。この一週間は冷え気味で、セミが外界へ出るのをためらったのかもしれない。

今週末は海の日を含んだ三連休。それから学生たちは夏休み。夏は駆け足でやってきて、あれよという間に過ぎ去っていく。夏よ、適度な暑さであれ。適度に雨を降らせよ。災害を起こすなよ!

(夏の使者・ノウゼンカズラ。たわわに咲くようすは艶かしいが、一輪だけだと程よく品がある)
挑戦と決意の末に活路あり [2019年07月07日(Sun)]

fumihouse-2019-07-07T16_58_08-1-thumbnail2.jpg天才と言われる人がいる。スイスイと上手に楽器を演奏し、新しい概念を簡単に使いこなし、スポーツでもあれよと言う間に玄人の域に達する。傍目には、努力や練習を重ねなくてもできてしまうように見える。凡人には、うらやましく思える。

≪何事も、最初から、うまくいく人などいない。努力を重ねても、なかなか思うようにいかないのが現実だろう。そんな時は、浮き足立たずに「何のため」という原点に立ち返る。心新たに、再び行動を開始する。何度も決意し、何度も挑戦を繰り返す中で人生の活路は開かれる≫ (聖教新聞〈名字の言〉 2019年7月2日付け)

天才とは努力の人であり、丹念に飽かず繰り返す愚直の人であろう。他人には努力の痕跡を見せないところが、天才たる所以である。そして「原点に立ち返る」ことのできる人。思い定めて決意と挑戦を繰り返せば、誰でもなにがしかの天才になれるに違いない。

(天才はある面、目配りや心づかいの天才。自分の持つ資源を一点突破させて状況を開き、人心も収攬して目的を達する。千年ハスの種は面白い)
絶滅の危惧をかかえて各技術 [2019年07月06日(Sat)]

fumihouse-2019-07-06T16_43_59-1-thumbnail2.jpg人口減少時代です。多くの団体や組織が縮小傾向にあり、存続が危ぶまれるものも増えました。危ういことは技能や技術も同じです。継承させて次代に伝えていかなければ、やがて絶えます。過去のものとなって技術は死んでしまうのです。

古代ローマ時代のコンクリート技術もそのようです。現代の石灰と砂と水によるコンクリートはせいぜい百年ですが、ローマのものは千年というではありませんか。が、技術は絶えました。

知識はどうでしょう。知識を紙に文字情報として残したから、人類は知識を幾何級数的に増やして、いま繁栄を謳歌しています。では全てを文字情報や映像によって継承できるでしょうか。意外とこれが難しい。知識を実地に生かそうとしても、コツや微妙な間合いといった情報が意外にも重要になってきます。師弟関係など人から人への丹念な伝承行動がなければなりません。

世の中に消えてしまった技術は山ほどあります。絶滅危惧種は生物の世界だけにあるのではなく、人間社会も例外ではありません。

(飛行機を整備し、操縦し、管制し、席を配置する技術も全てが継承されなければ、二百年後には飛行機は博物館入りしてしまうでしょう)
家と冢二つ並んで分けられぬ [2019年07月05日(Fri)]

fumihouse-2019-07-05T17_14_29-1-thumbnail2.jpg【塚】という字が気になった。墓である。土を盛り上げて墓標とする。転じて、土が小高く盛り上がっている場所や目印のために土を高く盛り上げたものをさす。古墳は両者の意味を兼ねる。古代豪族の墓であり、かつ一族の権力を誇示する象徴となった。

左の「土」は、土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形だという。右の「冢」は、人が腕を伸ばして抱えこんだ象形と足を縛った豚の象形。生けにえの豚を供えたわけだ。

【冢】と【家】は似ている。部首のひら冠、う冠の違いである。家には煙抜きの煙突がある。大きな家や2階建てのない昔は、遠くから見るときっと人家と塚の区別がつきにくかったのだろう。煙突らしい棒が立っているのが【家】。無いのが【塚】というわけだ(これは私の想像)。生きているうちは家におり、死んだら塚(冢)に入る。入るのはおんなじようなものだ。

東京に来ている。東京にも【塚】がある。京王線の笹塚駅、丸ノ内線の新大塚駅など。どんな塚があったのだろうか(^o^;)

(高度九千メートルを超える空、若狭湾上空。大雨を九州にもたらした梅雨前線を避けて、きのうはいつもと違う飛行ルートを通った)
元気出せ心の底から元気出せ [2019年07月04日(Thu)]

fumihouse-2019-07-04T18_00_13-1-thumbnail2.jpgマスコミがよく使う句があります。【元気をもらった】です。感動的な場面に立ち合った人がインタビューに答えてこう言うのも普通になりました。新聞には【感動をありがとう】と見出しがつきます。

元気をもらったり、あげたりできるものでしょうか(あまのじゃくに考える)。元気は受け身の態度でもらうものではないと思います。誰かに会って嬉しく思い、互いを思いやり、縁に触れて刺激を受けて、楽しさを分かち合って、エネルギーを湧き立たせるんです。それが元気だと思います。元気とは受動的ではなく、能動的な精神活動の発露です。

見たり聞いたりした素敵なことに刺激されて、相手が頑張る姿に触発されて感動したのであれば、そう表現すればよい。 元気を“もらった”ような気がしても、心の底からやる気が湧いて出てこない限りは、その場だけのことに終わってしまいそうです。元気や感動は自分の命の底から湧いてくるものです。

(カボチャの花を見て元気になる人は少なかろうが、実を食べると健康になる)
あってほしい希望の観測役立たず [2019年07月03日(Wed)]

fumihouse-2019-07-03T19_48_30-1-thumbnail2.jpg危機管理すべき時が迫っている。いや来ている。九州南部に降り続く記録的大雨によって鹿児島・宮崎では96万人もの人が避難指示を受けている。

大雨が降っているし、予報官がさらに降ると警告しているけれど、快適な家を離れて避難所に移るのは面倒だ。まわりに気を遣うし、着くまでにびちょびちょの道のりを不安なまま進まなければならない。今は小康状態だし、大丈夫じゃあないかい?

そうした希望的観測を誰もがとりがちだ。リスクを最小限に見積もってはならないのだが、そうあってほしくないという“根拠のない希望”が大きくなる。甘い目論見を天災は崩していく。正常化の偏見に惑わされて、こんなはずではなかったとホゾを噛んでも遅いのだ。

≪「かくありたい」という願望は、人の心の中で「かくあるべし」と変化し、一瞬ののちには「かくある」と断定されてしまう≫ (浅田次郎『真夜中の対話』SKYWARD December 2015)

被災しそうな皆さん、どうか無事に逃げおおせてください。避難が空振りしてもいいじゃないですか。
タラレバで爆弾並みの低気圧 [2019年07月02日(Tue)]

fumihouse-2019-07-02T18_57_16-1-thumbnail2.jpgシナノ企画が1977年に製作した映画『八甲田山』は、同作の『砂の器』に次ぐ名画と言ってもいい。軍隊というもの、日本における組織のあり方について考えさせてくれる。心構えを万全にして事前の準備がいかに大切かを思い知らされる。八甲田山雪中行軍で二百人近くの軍人を失った実話に基づく事件を、新田次郎が小説に描いた。

東北とはいっても雪の怖さを知らない太平洋側に生れた青森連隊の将兵たち。兵卒によっては遠足気分だった。それを率いる将校も一部は軽い気持ちで厳冬期の山岳に入ろうと考えていた。一方で弘前連隊の徳島中隊長(高倉健)は二十数名の少数精鋭主義をとった。遭難することもあり得ると悲壮な覚悟をもって双肩に責任を担った。将兵は日本海側に生れた者ばかりで雪には多少慣れているが、冬の八甲田山は決して人を寄せつけない(犠牲者はゼロ)。

青森連隊の指揮命令は神田中隊長(北大路欣也)に執らせるといいつつも、日露戦争の開戦を控え(実際2年後)監察と称して山田大隊長(三國連太郎)が伴っていた。彼は気まぐれな命令を連発し、結局はほとんどを死地に追いやった。指揮官としての神田中隊長は有能であったが、不運が重なり過ぎた。小回りのきかない大人数、上司への遠慮、引き返す勇気を持てなかった悲劇、複数回の判断ミス、超弩級の低気圧帯が通過したこと。タラレバを考えたらきりがないが、残念でたまらない。

(今朝松江駅でもらった、自衛官募集キャンペーンのティッシュ。現代の軍隊・自衛隊は隊員の命を大切にしてくれよ)
誠実に多様な未来示してよ [2019年07月01日(Mon)]

fumihouse-2019-07-01T17_33_46-1-thumbnail2.jpgきのうのサンデーモーニングで、薮中三十二氏(元外務事務次官)がトランプ大統領の性格を軸にして政策を解説していた。特徴として次の4つがあるという。@サプライズ、A個人的な好き嫌い、B直感と思いつき、C平気でウソ。この4つはトランプ劇場と言われる一端を示してくれる(ふつうの劇場ならとうに潰れているが)。

二期目の選挙態勢に入って自国選挙民の歓心を買おうと、昨日金正恩朝委員長と面会したのもその一つ。ツイッターで呼び掛けたというから極めつけの思いつきだ。米大統領として初めて軍事境界線を越えたのは悪くないが、その軽薄さは薄氷を踏むようだ。

金正恩との個人的関係を築くことで得点を稼ぐ。プーチンとも長い付き合いがありそうだし、習近平とも恫喝も含めて個人的つながりで乗りきろうとしているようにも見える。

アメリカファーストだから、古くからの同盟関係は軽視している。カネ次第、交渉で自国有利に持ち込む豪腕さで利益を得る。人権や民主主義にはとんと無関心。軽薄だから人気取りは考えても出口戦略がない。常に出たとこ勝負だから、不安がつきまとう(周囲には)。

この大統領、いったいどうなってるんだろう。早いとこ民主党は候補者を一本化して、強力な対抗馬が登場してほしい。

(花の世界に多様性がなくなったらさぞかしつまらない。写真は爽やかな夏の睡蓮)