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会心の買い物上手うらやまし [2019年06月30日(Sun)]

fumihouse-2019-06-30T12_35_46-1-thumbnail2.jpgショッピングセンターに入ると、どうぞごゆっくりお買い物をお楽しみくださいませ、とアナウンスが聞こえる。「買い物を楽しむ」、なるほどね、楽しむんだね。

○○が欲しくて売り場を目指し一目散。時間がなければなおさら急ぐ。目的を達したら駐車場まで一直線。楽しむ余裕など、どこにもない。

漠然と□□が欲しい、でもはっきりこれといって決まった商品はない。欲しいものを絞れていないことは多い。ディスプレイを見て、おおこれだ!と気持ちが決まってすぐに買えればそれでよし。そうでなければあれかこれか迷う。買うべきか買わぬべきか迷う。ほかの店に足を伸ばして吟味すべきか否か迷う。必要の度合いと金額など条件をあれこれ考えて迷う。

一期一会でエイヤッと買う。ときには支払う段になっても迷っていたりして、覚悟を決めかねる。のちにほかの店で、良さそうな安い同等品を見つけて後悔したりなどする。会心の出来はむしろまれなこと。買い物とは、意外と楽しめないものだ。迷うとは、別名苦痛なり。そんなこと、ないですか?

(出雲名産のぶどう・デラウェア。これを見て買うか買わぬか迷う人もいることだろう)
口角をキュイっと上げて上機嫌 [2019年06月29日(Sat)]

fumihouse-2019-06-29T15_36_51-1-thumbnail2.jpg上機嫌でいることは素敵なことだ。その効用は計り知れない。自分にとっても他人にとっても、それは同じこと。

笑顔が伝染して周囲を明るくしてくれる。自身も連鎖反応して少々不快なことだって、何のことはない。美しいもの、感動的なことが素直に心に響いてくる。60兆個の全身の細胞に作用して、病気の発現を防いでくれるだろう。いいアイデアもたくさん生まれる。不機嫌から生まれる考えが創作を刺激する芸術があるかもしれないが、ふつうの人にとっては下手な考え休むに似たりである。明るく静かに布団に入れば、深くて快適な眠りを得られるにちがいない。

いいことずくめではあるが、そうは問屋が卸さない。縁に触れて私たちの生命は大きく振幅する。いつも上機嫌ではいられない。それでも口角をキュイっと上げて笑顔のふりでもしてみよう。少しはいい展開になろうというものさ。

(上機嫌にニコニコしていそうなバラの花。見て不快なひとはいないだろう)
美はここに心開いて見るがいい [2019年06月28日(Fri)]

fumihouse-2019-06-28T18_26_56-1-thumbnail2.jpg哲人ゲーテはいいました。心開けや、諦めてはいけないよと。

  こころが開いているときだけ
  この世は美しい
  おまえの心がふさいでいたときには
  おまえは何も見ることができなかったのだ

世界はうつくしい。見る者を柔らかに別世界へいざなってくれる。心の目がふさいでしまえば存在しないと同じこと。境涯を広げよ、努力を怠るな、理想に恋し続けよ、とゲーテは私たちを励ましてくれるのです。

(雨に濡れる紫陽花がまた美しい。入梅したばかりだが、今日の午後は梅雨明けしたのように暑く、空が澄んでいた。入道雲も見事な出来ばえだった)
あれやこれやらずもがなに日が暮れて [2019年06月27日(Thu)]

fumihouse-2019-06-27T18_54_06-1-thumbnail2.jpgやらずもがなの苦労。ひょんなことで背負い込む仕事、ほかの誰かの無責任が原因で降りかかる災難、自らの不運が巡りめぐって膨大な手間になる、何の因果か困ったものさ・・・よくある話だ。

考えてみれば、安穏に過ごしたいと誰もが思っている(波乱万丈、混沌が大好きな人もいようが)。そこに突発的に起こるトラブルに巻き込まれて往生する。やらなくてもいいこと、感じなくてもいい痛み、聞かなくてもいい話・・・。

全てはやらずもがなの苦労かもしれない、と思われてくるのだが、果たしてそうだろうか。その面倒さに音をあげて、こんなの嫌だとやりきれなく思って、言わずもがなの失言をして、窮地に陥ってしまう恐れもある。じっと辛抱するんだよ。必ずや因果の理法が作用して、よき展開が巡ってくるにちがいない。今の苦労に意味はある。きっと使命だったんだ。

いまこの時に苦労している人よ。もちろん一概には言えないけれど、そう思い切って覚悟を決めようよ。

(元気印の黄色の花、ゴーヤの花が咲いている。暑い夏にゴーヤを食べて元気になってと花が咲く)
恵みあれ体は生きる資本ぞな [2019年06月26日(Wed)]

fumihouse-2019-06-26T17_46_35-1-thumbnail2.jpg【恵体】という言葉ができたそうな。「めぐたい」と読むそうだよ。あるいい体格のプロ野球選手を称して誰かが使ったのが始まりだそうだが、なんだか卑猥な印象だよ。恵まれた体格や体型、見事なプロポーションを持つ男女に使われるネット言葉だそうだ。

語源が気分的な言葉だけに、読みも適当。「えたい」や「けいたい」と読む場合もあるとのこと。きょうはホント、適当で得体のしれない投稿で、すんませんなあ。

(きょうは適当に、ドクダミの花でも見といてけれや)
酸っぱくてヤマモモの種吐き出すぞ [2019年06月25日(Tue)]

fumihouse-2019-06-25T19_05_42-1-thumbnail2.jpg街路樹にヤマモモの実。赤銅色に紅を混ぜて炙ったかのようないい色に染まる。美味しそうだ。一粒とって口に入れる。表面のつぶつぶが舌に心地よいが、甘みを感じる前に、口内には酸っぱさが広がる。でも甘いことは甘い。やがて渋みが出てきた。もっと熟せば甘くなるものか。そうはいくまい。やっぱり渋くて酸いのだ。

ここは幹線道路のすぐ脇の街路。排気ガスがこびりついてはいないのか。道路管理者が害虫駆除のため農薬を振り撒いてはいないのか。いろんな危うさがあるはずだ。もうガジガシ噛んでしまって、種があらわになっている。危険だと思わないのか? と自問自答。まったまにはいいか!
リハビリとスポーツつなげて希望あり [2019年06月24日(Mon)]

fumihouse-2019-06-24T20_28_06-1-thumbnail2.jpg  失われたものを数えるな
  残っているものを最大限に生かせ

とは、神経学者のルードヴィヒ・グットマン博士の名言です。この方、パラリンピックの父と称されます。第二次世界大戦後、傷痍軍人のリハビリテーションの手段として始められた障碍者スポーツ。身体のリハビリのみならず、精神面でも大いなる希望につながりました。

「失われたもの」はもうない。つらい現実を忘れるのではない。「残っているもの」を見据えることで、希望を見いだした当時の軍人たち。言葉は博士の思想のほんの一部しか伝えていませんが、精魂込めてパラリンピックの基礎を築かれた博士の温かさが伝わってくるようではありませんか。

(イソトマの花もあるがままに咲く。形がいいもの悪いもの、様々あるが、天然のままに咲く)
虚構なり令和生まれのアンケート [2019年06月23日(Sun)]

fumihouse-2019-06-23T18_27_17-1-thumbnail2.jpg若い世代が将来に対して悲観的で、こんな職業につきたいという考えすら持っていないという調査結果が新聞に掲載されました。

年金生活では2千万円が赤字になるとか、引きこもり100万人時代を迎えたとか、人工知能でひとの仕事が奪われるとか、景気が良いといっても実感できないとか、夢の持てる話題が少ないとは思いますが、若い世代は夢を捨てたのでしょうか。

民間のある調査会社が今月、令和生まれの男女500人を対象に「大人になったらなりたい職業」を尋ねる記入式のアンケート調査を行ったそうです。ところが、全ての男女がアンケート用紙を空欄で提出したばかりか、「無回答の理由」についても全員が回答しなかったと。新聞記事は、「将来の夢を持たない令和生まれが浮き彫りになった」と結論づけています。

うん? 令和生まれ? まだ生まれて2か月もたってないじゃないか! ということで、虚構新聞の嘘ニュースでした。たまに読むと笑えます。

(埋もれてしまいそうなヤマボウシの花。これはフェイクニュースではありません)
不審あり烏賊のお寿司で撃退す [2019年06月22日(Sat)]

fumihouse-2019-06-22T21_58_56-1-thumbnail2.jpg『いかのおすし』は、子どもたちに浸透しています。「(ついて)いかない」「(車に)のらない」「おおごえを出す」「すぐ逃げる」「しらせる」。この5項目の頭文字です。

不審者とおぼしき大人(たいてい男)が、声をかけてくる。こんにちは! 学校はどこ? 何年生? おうちは近く? きみ一人? 車で送ってあげようか・・・・。ここまでくれば誘拐を意図しているのは明らかですが、ふつうの声かけは(99%以上は)親しく話しかけただけなのだと思います。

島根県警が発行する「みこぴー安全メール」で、強盗や傷害の犯人が逃げたから注意して! というのがたまにはありますが、どこそこで不審者がいた、服装や特徴は◯◯・・・たいていはこんな感じです。

その不審者が何をしたか? けっこうな率であるのが声かけです。君はどこそこの子かい? もう小学生かい、早いねえ! そんな声かけです。ふつうなら不審事案にはならないはずですが、声をかけられたと子どもが家に帰って報告する。親が交番に通報してしまう。そこで、みこぴーメールです。善意で声をかけたら不審者に間違えられた。警戒のし過ぎです。でも、安全でなくてはならない。難しい時代になったものですね。
朝のバス譲れるものなら譲ろうや [2019年06月21日(Fri)]

fumihouse-2019-06-21T19_11_18-1-thumbnail2.jpg朝のバス。座る席があるのに立つのは嫌だ(先日書いた)。二人掛けの空いた席に座っていたら、次のバス停で70代半ばとおぼしき男性が乗ってきた。よろしかったらどうぞ、と声をかけた。次は空くからいいです、と応じられた。

次のバス停で2つある優先席はどちらも空かなかった。私は立って譲ろうとしたが、その方にとっては席の位置が高すぎたようで遠慮された。

次の次でやっと優先席が空いた。専門学校生だろうか、バスカードを手に持って立ち上がった。もう一つの優先席には30前後の勤め人女性が何の気なしに座っている。あのおじいさんが立っていることに気がつかなかったはずはない。無視を決めこんだか、譲ろうという感覚自体に欠けているのかはわからない。困ったものである。

でも、内部障碍があるかもしれない。配慮できないという知的な障碍があるかもしれない(もちろん普通は障碍と言わない)。そういう人はまれだろうが、人間の内実はうかがいしれないものだ。

(島根県庁にある泰山木の花。直径で20センチ以上の巨大花。花が開く前には中の様子はうかがいしれない)
昼長の梅雨の入り間にクチナシよ [2019年06月20日(Thu)]

fumihouse-2019-06-20T19_45_10-1-thumbnail2.jpgきょう6月20日の日の入りが19:26で、23日に19:27となると最高潮。6月初旬まで19:27が続く。長い夕方を満喫できる季節だと思いきや、梅雨のシーズンだからふだんは明るさをそれほど感じないものだが、今年は違う。中国地方に梅雨入り宣言が出ない。とても昼間が長く感じてしまう。

ただいま7時36分で日の入りから10分。あと20分くらいは明るいだろう。この梅雨は、この夏はどうなるのだ。気象庁の気温予想が7日間から12日間まで長くなるという。低めであっては困るが、高くなり過ぎないように願っている。

(雨模様も少しはないと梔子(クチナシ)も風情がないものだよ。香りもしっとりしてこない)
日常はあたりまえではないのだよ [2019年06月19日(Wed)]

fumihouse-2019-06-19T12_11_05-1-thumbnail2.jpg日常は同心円に広がる。静かな水面に投じた波紋のようにはいかず、軸のズレや模様の歪みは多少ある。それでも平坦に日々は過ぎる。旅に出たり、新しいことを始めれば日常は変わる。それは意図して望んだものだ。楽しみとして変化を受け入れる。

事故に遭った、大病が見つかった、誰かが入院した、事件にまきこまれた・・・。日常ではいられない。地震もそうである。山形沖を震源にして新潟で震度6強の地震。夜が明けて、各地で揺れの爪痕があらわになっている。

ふだん日本海側の地震は注目されないが、日本海東縁ひずみ集中帯があるという。北米プレートとユーラシアプレートが押し合って地震が起こりやすい。1964年の新潟地震、83年に秋田で津波による死者があった日本海中部地震、93年に200人を超える津波犠牲者を出した北海道南西沖地震、2007年の能登半島地震、中越沖地震と枚挙にいとまがない。

今回の地震では海面上昇ですんだようであるが、被害に遭われた方々の苦しみはいかばかりか。お見舞い申し上げます。そして日常が早く回復するよう祈っています。

(満開の合歓木(ネムノキ)に目を奪われるのも日常があってのこと。あたりまえでいられることに感謝する)
平成の年度替わりに令和する [2019年06月18日(Tue)]

fumihouse-2019-06-18T20_06_18-1-thumbnail2.jpg言うまでもなく、会計年度は4月に始まり、3月に終わる。したがって、2019年の4月に平成31年度が始まった。あたりまえならば、来年3月まで平成31年度は続くのだが、5月になって令和元年が始まるやいなや、雪崩を打つように「令和元年度」を使うようになってきた。もう平成は終わり、新しい時代がやってきたと、皆が思いたいのだと思う。来年になったら、令和元年度の4月、なんていう表現がまかり通っているかもしれないな。

(ヒルガオは昼間の顔だ。早朝には咲いている。令和元年度も早々に咲いたかのよう)
しっぽりと夏の椿の朝なれば [2019年06月17日(Mon)]

fumihouse-2019-06-17T18_29_18-1-thumbnail2.jpg夏椿が咲いている。花や葉の形は椿に少し似ていなくもないが、咲く時季が違う。椿はまだ寒い早春で、夏椿は梅雨時分。椿の花びらは厚いが、夏椿は薄く、ちりめん状で好ましい。照葉樹の椿の葉は照り輝くが、夏椿は薄くて紫陽花のようだ。ついでに、夏椿の幹はサルスベリのようにすべすべして気持ちよい。

夏椿は沙羅双樹とか、沙羅の木とも呼ばれるが、釈尊が亡くなった場所近くに生えていたという沙羅双樹は、全く別の熱帯樹。花はこんなに優美ではない。儚く見える夏椿を見ていると、諸行無常を感じないでもない。

  祗園精舎の鐘の声
  諸行無常の響きあり
  娑羅双樹の花の色
  盛者必衰の理をあらはす
  おごれる人も久しからず
  唯春の夜の夢のごとし
  たけき者も遂にはほろびぬ
  偏に風の前の塵に同じ(平家物語の冒頭)

(今朝撮影した夏椿。花びらがしっぽりと濡れた感じなのはもちろんだが、蕾もまた細やかな雰囲気を醸し出す)
人混みに立つか座るかバスの中 [2019年06月16日(Sun)]

fumihouse-2019-06-16T15_58_30-1-thumbnail2.jpgバス停で待つうちにバスが来る。バスに乗る。バスは不安定で揺れるから座る。次々と客が乗ってくると邪魔になるから座る。本を読んだりスマホをいじりたいから座る。まっ楽だから座る。

座らないひとがいる。立ち続けることで鍛練するつもりのひと。まだ十分若い、年取ったように見られたくない年寄り。おしゃべりを二人で楽しみたい学生。二人がけの席で隣に他人が座ってほしくないひと(そんなひとが座ると、たいていは隣に荷物を置いて他人を妨害する)。

バスの狭い通路に立たれると困るんだなあ。特に雨の朝は鬱陶しい。濡れた傘が邪魔である。無理してでも座ってほしいものだ。幸いあしたは晴れそうだ(ところで、いつになったら梅雨入り宣言があるのだろう)。

(カモミールならば、立ちっぱなしでも不自然ではなく、凛々しい。カモミール・ティーはとても香気があって美味しい)
払うのか打つかどうかの今昔 [2019年06月15日(Sat)]

fumihouse-2019-06-15T20_29_14-1-thumbnail2.jpgメールは「打つ」ものだった。

パソコンのキーボードをタッチして(人によっては叩く)、メール文を作り、送り先に【送信】ボタンをクリックして送る。そのタッチを「打つ」という。

ガラケー(かつては携帯電話と呼ばれた。今も名残でそう称するときもあるが)でメールする。1はあ行、2はか行、3はさ行、以下順に0のわ行まで。あ行を5回押して「お」、は行1回で「は」、や行3回で「よ」、あ行3回で「う」。合わせて「おはよう」。確定ボタンを押すなり、スライドさせて漢字やカタカナ変換、予測表示もしてくれる。高速でボタンを押す作業は「打つ」というにふさわしい。

今やスマートフォンの時代。ガラケーと同じトグル入力を使う人は少ないだろう。画面を擦って払うフリック入力が主力だ。なんと言っても速いから。

メール文をフリックしてつくる。打つという動作はない。しかし、今でもメールは「打つ」ものだ。

(マツバギクの細い花びらは、払ったように滑らかに広がる)
想像で足を運んで鈍い朝 [2019年06月14日(Fri)]

fumihouse-2019-06-14T22_11_30-1-thumbnail2.jpg信号機の赤で止まる。歩行者用信号で待つ。右足を引いて膝を少し曲げる。左の膝も少しだけ曲げる。体重は心もち右にかけておく。

信号を凝視して、青信号になったと同時に左指を踏ん張り右足を蹴る。走りはしないが、山縣亮太のスタートダッシュの世界に入り込んで、ずんずん歩く。きっとサニブラウンの世界が垣間みえるはずだ・・・。

てなわけには、いかなかった。右足を蹴ろうとしても反応が遅い。左足をずんと前に持っていくつもりが、山なりに鈍い足の運び。スプリンターの世界は遥かに遠い。

(ラベンダーのように伸びやかに足を運ぶことはできない。まして、走って9秒台でゴールするなんて)
マルベリー口に頬張り赤紫よ [2019年06月13日(Thu)]

fumihouse-2019-06-13T20_18_34-1-thumbnail2.jpg桑の実を食べた。英語名はマルベリー。丸々と可愛らしいベリーではある。よく見れば、花の名残を引きずってトゲトゲがある。

摘まんで食べるのに支障はないので、いくつか口に放りこむ。いちご並みに赤いうちは甘くない。赤黒に変わるとおいしくなる。

甘味にあふれた今では大したごちそうではないが、子供のころは頬張ってたんまり食べた。蚕を飼う農家は多かったから、桑畑がたくさんあった。好きなだけ食べたものだ。

2つ食べただけなのだが、指が濃い赤紫色に染まった。これが服に付くと大変だ。なかなか落ちやしないのさ。初夏にわずかの楽しみがある。

(桑の実も花もないので、紅花をどうぞ)
眠くても眠りはどこへ働けや [2019年06月12日(Wed)]

fumihouse-2019-06-12T18_00_26-1-thumbnail2.jpg眠たかった。資料作成で、この数日ほぼ徹夜状態だった。地元説明会の場で眠気に負けるのも、冷静になって考えれば当たり前のこと。上司が説明するから私の出番はないが、細かい質問に備えて同席を求めたから出席した。結果として、うとうと舟を漕いだのを参加者に見つかって厳しく糾弾された。悪いことはわかっている。出なければよかったと悔やんでも、あとの祭り・・・・防衛省の居眠り担当者はそう悩んでいるかもしれない。

防衛大臣が「緊張感を欠いた不適切な行為。二度と起こさないよう徹底する」と謝罪したが、ミサイル迎撃システムのイージス・アショアに関する地元説明会は、ミサイルを迎撃するだけに、“空中分解”しそうな気配である。

(この時計草が指し示す時間は、11時20分で目覚ましタイムが6時かな? 大事な会議の前は万難を廃して眠っておかなければならない)
無常でも明日はまた来る信じてる [2019年06月11日(Tue)]

fumihouse-2019-06-11T21_41_35-1-thumbnail2.jpg2週ほど前のことだが、名画『風と共に去りぬ』の長丁場を乗りきった。我慢しての上映4時間ではない。あれよという間に中休みが来て、退屈する間もないほどの4時間だった。

お馴染みの主題曲がオーケストラの変奏となって続いていく。あるときは短調に悲しくスカーレットの絶望を表し、別の場面では明るく転じて彼女の喜びと一体となる。場面転換に応じた登場人物の心理を表し、運命の行く末を暗示してくれる。

南北戦争の動乱で大切なものすべてを無くしたスカーレット。でも私にはサラがある。南部ジョージア州のここサラで生きると決めた彼女は強かった。スカーレットは強くても、戦争は悲惨な爪痕を残し、アメリカが第一次世界大戦のヨーロッパ戦線に参加しなかったのもわかる気がする。国際連盟にすら紛争との関わりを恐れて参加しなかった。強国アメリカは第二次世界大戦を経て出来上がったのだ。

ジョージアの大地に今やスカーレットも淑女も農夫も奴隷たちも、全ては亡くなって存在しない。儚い思い出となって風と共に去りぬ・・。そんな詩がうたわれる。諸行無常の響きは儚いけれども、明日はまた必ず来る。

(スカーレットのドレスになりそうな明るいオレンジ色、ザクロの花が咲いている)
勝ち負けは瞬く間なり君と僕 [2019年06月10日(Mon)]

fumihouse-2019-06-10T18_26_01-1-thumbnail2.jpg【瞬】の字は、目の象形と小箱に入った火が反対方向に向く足の象形なのだそうだ。そこから、きわめて短い時間やまばたきを意味する漢字になった。

「瞬(まじろ)がぬ目」と表現すると、まばたきをせずに対象を一心に見つめる真剣さを思う。そして困難を前にして落ち着きを失わない中にも、躊躇せず果敢に挑む様子を思い浮かべる。

ときに勝負は一瞬である。瞬時の判断で死命を決する時だってある。その瞬間を瞬がず、戦い切りたい。

(栴檀(センダン)も盛りを過ぎたが、紫青色の小花がたくさん咲く。建築材としては白檀と呼ばれ、品のいい香りがある)
呻吟し音のありかを探しけり [2019年06月09日(Sun)]

fumihouse-2019-06-09T08_36_58-1-thumbnail2.jpgギターに呻吟している。弦楽器は高低を受け持つ複数の弦を使うだけに、同じ高さの音であっても異なる弦で表現できる。そこがピアノや管楽器と違うところだ。弦ごとの音色の違いやポジション移動のしやすさを求めて、奏者は工夫する。

ギターは左右の4本ずつの指を駆使して和音を奏でるだけに、押さえるべきフレットの組み合わせが多い。3オクターブあまりの音域に2つか3つの同音があるのだから難しい。楽譜に記してない場合も多い。

弦を移るのか、同じ弦でポジション移動するのか、彷徨する気分で楽譜を読んでいる。手に負えないと思うこともしばしばだ。レッスンの時に教わったはずなのに、忘れることもあってもどかしい。

それでもやり方がわかって(記録しておかないと忘れて元の木阿弥)、定着して弾けるようになって、暗譜して、難しいパッセージも高い確率で弾けると嬉しくなる。楽しい、そしてそれなりに美しい。ギターは小さなオーケストラ、とベートーベンが言ったとおりになる。

(まつ毛は美女の必要条件ではないが、美女柳はまつ毛の長い美女なのか。金糸梅と似ていても、雄しべの長さは圧倒的に違う)
焼肉に幸せ物質たっぷりと [2019年06月08日(Sat)]

fumihouse-2019-06-08T16_06_46-1-thumbnail2.jpg焼肉を食べると幸せになると、チコちゃんから教わった。肉に含まれる脂肪酸のアラキドン酸がいいのだそうだ。

アラキドン酸は脳内でエタノールアミンとくっついてアナンドマイドとなり、快感中枢を刺激する。アナンドマイドは別名、至福物質。焼肉を好きなひとは多いが、肉を食べたときに「幸せ!」と感じるのはアナンドマイドが原因だ。ということで、きょうの昼御飯は外で焼肉を食べた。

アナンダマイドが幸福感や高揚感をもたらすとしても、それは一時的なこと。真の幸せは脳内物質だけに負うのではない。小さなことに感動し、日常の当たり前に感謝し、日々幸福をつくりだそうと努力する私たちの中にある。たっぷりとある。

(今の時季、健康的に咲いている金糸梅 (きんしばい)。鮮やかな黄が街路を染める)
人により楽しいことって違うんだ [2019年06月07日(Fri)]

fumihouse-2019-06-07T12_50_58-1-thumbnail2.jpg松江市営バスに乗るとアミューズメント会社のコマーシャル動画が流れており、二カッとしながら楽しんでいる。

「県境瞬間移動」が面白い。外回り営業の待ち時間に、何か楽しいことないか? と課長氏。島根鳥取瞬間移動しませんか? と部下。ハイッ島根、ハイッ鳥取!と県境線を一足に横飛びをくりかえす社員。若いから軽々と跳ねる。課長は息も絶え絶えに、これ楽しいか? そしてコマーシャルの主は「楽しいって、何だろう?」と投げ掛ける。

「無重力遊び」もいい。次のアポまで時間がある、何か楽しいことないか? と部長氏。無重力ごっこしません? と部下。ガラス張りのビル壁に半身を隠して、出した半身をガラス面に写して体が浮いているように見せかける。スマホで部下に写されながら、これ楽しいか? と部長氏。そして「楽しいって、何だろう?」。

企業が顧客にアミューズメントを提供する。楽しさは人それぞれだが、顧客は満足する、あるいは不満に思う。娯楽だけではない。仕事も勉強も話し合いも、参加者が受け身ならば、面白くない。アイディアを出して他人の意見を引き出し、達成感を得られれば必ず楽しくなる。楽しいって、面白いものだ。

(ごきげん顔の子どもがいる。描いた人もさぞや楽しかろう)
為したことせぬこと天秤かけて寝る [2019年06月06日(Thu)]

fumihouse-2019-06-06T19_50_08-1-thumbnail2.jpg≪人は多くの場合、「したこと」よりも「しなかったこと」を悔いるもの。御書には「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」と≫(聖教新聞5月30日付け〈名字の言〉)

今日やるべきことをやったろうか・・・よし、やったぞ、悪戦苦闘ながらもやった (もっとやりたかったけど)。悔いがないと言えば嘘になる。やりようはあったかもしれないが、朝には戻れない。

今列車の中で何をするか(もちろん寝るという選択肢もあり)、今夜はどう過ごすのか、そしてよき眠りを経て明日はどうするのか・・・そこにかかっているのだ。

(さつきの花も悔いなく咲いて、今時分は乾燥してしまって骸をさらす)
夕暮れにこども危ない道の脇 [2019年06月05日(Wed)]

fumihouse-2019-06-05T07_26_13-1-thumbnail2.jpg夕暮れてライトを点ける。道路脇にこどもがいるのが見えた。突っ立っている。あっ、道に飛び出した。距離はあるが危ない! スピードを緩める。このまま、こどもは通り過ぎてくれるだろう。ところが道の真ん中で止まってしまった。目が合った。観念したか、うずくまってしまった。こちらは急ブレーキを踏む。なんとか轢き殺さずにすんだ。子猫はスルスルっと私の目の前から消え去った。

(子猫のしっぽは、カラーの雌しべ)
靴を履き苦痛に苦闘ヒール嫌 [2019年06月04日(Tue)]

fumihouse-2019-06-04T18_39_52-1-thumbnail2.jpgハッシュタグ【#KuToo】で発信する女性が多いそうだ。

・・・パンプスなんて履きたくない/ヒールの高いのはうんざりだ/就活で面接があるけれど踵が痛くてえぐれそう/ストッキングが血まみれになることもある・・・。ツイッターには切実な声が寄せられている。

人間は#KuToo【靴】を履かなくては生活できない。それは確かでも、こんな#KuToo【苦痛】は願い下げ。なんとかしてほしい。自分はそう思っていても、顧客に対するマナーとして必要だとか、女性はヒールの高いパンプスが美しいに決まっているとか、我慢して履くのが当然だとか、世間の声が女性たちを縛る。男だけではない。反対する声を上げる女性たちもいるとか。

【#MeToo】のもじりでもある。私もセクハラ受けた、パワハラだって大変だと、ひと頃アメリカで大流行していた(日本はそれほどでも)。

舞踏会に履いていく正装用のパンプスは中世フランスで生れたものだろうか。当時のパリは下水道はない、糞尿処理もおぼつかない。街中には家から撒き散らしたウンコがあちこちに落ちていた。それを踏んでもスカートの裾が汚れないように高いヒールをつけたという(靴は汚れるやないか)。

確かに角度をつけたヒールは綺麗だ。ヒップは上がって背は高くなり見事なプロポーションが出来上がる。服や装飾品と合わさって、ファッションは靴で決まると言ってもよい。

それでも見るからに爪先立ちになって足が痛そうだ。不安定で危険でもある。ヒールが好きな人も多いだろうが、長時間履くのは体によくない。声を上げた女性たちの#KuToo【苦闘】が、実を結ぶよう願っている。

(優美なバラだが、パンプスは履いていない。ただありのままに美しい)
真実を求めてコナンそこにあり [2019年06月03日(Mon)]

fumihouse-2019-06-03T18_26_37-1-thumbnail2.jpg『名探偵コナン/紺青の拳(フィスト)』では、コナンが初めて海外に出た。変身状態でパスポートも使えない身だから、特殊スーツケースに忍んでの違法出国だ。かわいそうなコナン。ともあれシンガポールで大事件は起こり、コナンはアクション付きの大活躍をした。

伝説の宝石・ブルーサファイア紺青の拳を狙うのは怪盗キッド。今回はその悪党と組んだコナンが多くの命を救う。しかもキッドは銃で撃たれるケガを負うのだが、奇術のように治してしまったのが驚きだ。マリーナベイを舞台に近代海賊の一派とコナン・警察組が激突する。そこに思わぬ伏兵がいて座を混乱させるが、コナンは先刻承知。鮮やかな推理で事件は解決となる。

工藤新一が江戸川コナンになって既に四半世紀。物語ではまだ数年しかたっていない。未だに結末は見えないのに、人気は高い。今回も楽しめた。映画館の画面からはみ出しそうなほど迫力がありますよ!

(金魚草は英語名はスナップドラゴン。群がる蜜蜂を呑み込むドラゴンのイメージ。マーライオンはドラゴンではないが、伝説の獅子ということで竜に近いかも)
6月に蛍ながめて眠り入る [2019年06月02日(Sun)]

fumihouse-2019-06-02T21_51_14-1-thumbnail2.jpg今夜は蛍初日。現れた初めての日というわけではない。私がその気になって今年初めて見に来た、というだけなのだ。この初夏は雨が少ないのが幸いしてか、いつもの年に比べて多い。

おっホタル! と思いきや、夜灯が自動車の角に反射して光っていただけなんて、よくある勘違いだが、今夜は正真正銘、蛍が乱舞している。草の繁った小川の辺や木々の間に飛んでいる。ゆっくりと点滅するゲンジボタルである。ライムグリーンの柔らかな灯りは目に優しいかもしれないよ。今日も蒸す1日だった。ゆったりした気分で深い眠りに入れそうだ。
守り神ゴジラとモスラに唄がある [2019年06月01日(Sat)]

fumihouse-2019-06-01T17_04_02-1-thumbnail2.jpgゴジラには歌がある。モスラにも唄がある。その2体がタッグを組んだ。エンドロールでモスラの唄が流れ、笛の二重奏に目頭が熱くなった。メドレーは次いでゴジラ・ソング。伊福部昭の原曲に忠実な編曲に、背中がゾクゾクし涙がこぼれそうになった。低音の管楽器と男性コーラスの掛け声が加わって迫力満点である。

『ゴジラ/キング・オブ・モンスターズ』には、日本版ゴジラへの尊崇が感じられた。昔のゴジラ映画にあった怪獣の組み合わせ、モスラが鱗粉でゴジラを癒すところ、モスラの哀愁を帯びた甲高い声、1954年初代ゴジラに登場したオキシジェンデストロイアー、初代からずっとゴジラの演技を続けた故中島氏への哀悼などオマージュの要素がたくさんあった。

『アベンジャーズ』に通じるテーマもあった。サノスが全宇宙の生命のうち半分を消滅させたのは、人間をはじめとして力を持ったものたちが宇宙のバランスを崩したから正常に戻すという理屈だった。

『ゴジラ』では人間が覇権の王となって自然の摂理を乱したから、太古の地球で覇権を争った怪獣たちが再びよみがえってきたという設定であった。幸いにゴジラとモスラは人間の味方だが、地球環境がさらに危機に陥ったときに、地球人を守ってくれるだろうか、と。ゴジラよ!どうか私たちを助けてくれたまえ。

(青い熱線を噴射するゴジラ。一方で赤いのはキングギドラ。両者の対決は如何なる結末になったのか)