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3月へ逃げて逃げてよ春が来た [2019年02月28日(Thu)]

fumihouse-2019-02-28T17_51_23-1-thumbnail2.jpg2月が逃げる。1月はとうに行ってしまった。2019年の1月は逝ってしまって二度と帰らない。3月も去るであろう。脱兎の勢いで去り行くはずだ。

今週はじめから引き継ぎのために書類を整理している。どこに異動するかはわからない。どこに行くにせよ、立つ鳥跡を濁すわけにはいかない。かといって後任者に懸案全てを解決してから引き継ぐことなど出来はしない。現状をつまびらかにし、問題点を明らかにしておかなければならない。

明日は卒業式。新たな課題も生じてきた。忙しい日々が続きそうだ。健康でありたい、なければならぬ。

(忽然と咲くクロッカスとともに逃げていく2月。まんざら悪くない)
ケガに泣く現代古代ともに哭く [2019年02月27日(Wed)]

fumihouse-2019-02-27T17_40_51-1-thumbnail2.jpgきょうの聖教歌壇。ほんと気持ちはよくわかる。神経が細かい指先のケガがどんなに気に障るか。指先だけではない。一つ傷があったり病むだけで、気持ちは沈んでいくものだ。

 一ミリに満たぬ小さきアカギレに全神経が集中している
     山口県・西村佳子

『キングダム』の第32巻を読み終わった。函谷関の決死の攻防戦、秦国が5国の合従軍に攻め立てられて絶体絶命の危機をからくも脱するが、大きな痛手をこうむる。味方の武将の多くが討たれる。矢傷を負い、刀傷に苦しむ。化膿したであろう。漢方薬にどれだけのものがあったかは知らないが、抗生物質はない時代のことだ。輸血などすることもない。きれいな水がたっぷりあったとは思えない。症状を悪化させ敗血症で死んでいったことだろう。

それでも彼らは戦う(もちろん誇張ばかりだが)。肉を切らせて骨を断つ、さらに首を落として、勝ち名のりを上げる。恐ろしいまでの生命力である。医療が行き届き、清潔な環境に住む現代の私たちでは、とても生きていけない遠い昔のことである。私たちは幸せだと思う。
出来ることやってしまおう楽しもう [2019年02月26日(Tue)]

fumihouse-2019-02-26T07_40_59-1-thumbnail2.jpg あなたにできること、
 あるいはできると夢見ていることがあれば、
 今すぐ始めなさい

文豪ゲーテは書き記している。きょうは2月26日火曜日。きょうは再び来ることがない。出来ることはきょうのうちに、きょう一日を全力で(でも無理せず)楽しもう。

(スイートピーも出来ることをやっている。爽やかに咲いて自らを楽します)
出来たかい?それでも出来ないテストなり [2019年02月25日(Mon)]

fumihouse-2019-02-25T18_07_27-1-thumbnail2.jpg出雲工業高校では、期末試験真っ盛り。生徒に話しかける。「調子はどう?」と。反応は二種類。「全然ダメです」と「完璧です」だ。

前者は2通りあるだろう。もとより良い点をとるつもりがなくて全く勉強していないケース。少し投げやりな笑いを含んでいる。もう一つは頑張ったんだけど答案が思うにまかせなかったケース。試験でそこそこの点がとれる時はできなかった問題が印象に強く残る。たいていは他でとれているから大丈夫。

後者は嘘だ。完璧などまずはない。復習の定期テストであっても、軒並み100点をとられたら出題者は困る。引っかけ問題をつくる。全てできた!と考えるのはあまりにノー天気。そもそも表情にイタズラ心を感じるので、嘘だと思う。

かつて何十年も前に連日のテストに悩まされた経験から、そんなことを考えて、今こうして楽しんでいる。明日は学校はテストの中休み。諸君よ、せいぜい頑張って良い点をとってくれたまえ。

(薔薇の花はいいねえ。実に陰翳が好ましい)
侮るな人をコケにしなに嬉しい [2019年02月24日(Sun)]

fumihouse-2019-02-24T16_01_36-1-thumbnail2.jpg他人をコケ(虚仮)にする言葉にはいくつかある。相手を侮る度合いが低い方から書く(あくまで私の感覚)。

【冷やかす】相手が恥ずかしがったり当惑する冗談。善意を多分に含む。
【おちゃらかす】不真面目に茶化すので、子供じみた感じ。
【おちょくる】茶化す度合いが高まり、ばかにした感じ。
【いじる】強者の立場から弱い者をもてあそび困らせる。面白半分で強い悪意はなくてもイジメに発展。
【からかう】冗談を言ったりいたずらして、相手を困らせ怒らせる。そして楽しむ。軽いいじりから暴圧的な非難まで振り幅が大きい。
【いじめる】虐める、苛めると漢字で書くとおり、相手をとげとげしく攻撃し、屈辱感に陥れ愚弄する。心身への暴力行為。

山口・周南の高校生自殺事件を検証した結果、当の教員が、「いじられてうれしい人もいる」という認識を示したという。いじられることの苦痛はどれほどのものがあろうか。当人の苦痛を想像すらできなかったとは教職失格である。自らイジリに参加するとは言語道断。イジリ転じて、イジメをクラスメイトに公認したバカ者だと思う。

悪意でからかわれたり、いじられた人間が示す反応は3つあろうかと思う。

1 猛然と反撃し相手を叩きのめす。もしくは強く反論し相手の不正を質す。
2 せせら笑って無視して受け流す。
3 なすすべなく、力なく笑って許容する。

1は力関係で上位にいる者でないとできない。2もよほどの自信の裏打ちが必要だ。力で劣り無視されないまでも関わりがあるだけまし、と考える者ならば3しかありえない。諦めた笑いを嬉しいと解釈する鈍感さ。教師公認のイジリにさらされた生徒に立つ瀬はない。かわいそうなことをしたものだ。

(クロッカスが咲いて嬉しい、美しく咲く春が来たと喜べるのは、気持ちの余裕がなせるわざ)
統一や血と汗と泪の末に [2019年02月23日(Sat)]

fumihouse-2019-02-23T18_10_21-1-thumbnail2.jpg漫画キングダムを読み進めている。春秋戦国の混迷の時代が秦によって統一されるという司馬遷が記した基本史実を踏まえてはいても、フィクションである。刀を一閃すれば兵士の首が5つも6つも飛び、鎧ごと胴体が断ち切られる。そんなことあるわけはないが、血沸き肉踊る思いで読んでいる。こんなキャプションがあった。

 優れた武将の要素の一つに“声”がある
 弁をふるって隊の士気を上げるためには
 その弁を乗せる“声”の力が重要である
 そして信の声は不思議とよく通った
 聞き手には信の情熱がひしひしと伝わっていた
  『キングダム(原泰久)第19巻〜千人将』

主人公は信。戦災孤児の身から武功をたて将軍となって秦国の若き王の政を助け、初の中国統一を成し遂げた。2200年以上も大昔の設定ではあるが、信の声が鳴り響くような気がする。

(春の七草・ナズナ。別名ぺんぺん草。信や政の時代にもそこら辺に生えていたのに違いない)
顔パスとマイナンバーが合体す [2019年02月22日(Fri)]

fumihouse-2019-02-22T19_50_52-1-thumbnail2.jpg【顔パス】
地位の高い者が権力を利用して、正規の手続きを踏まず乗り物や娯楽施設を利用することである。懇親の顔馴染みが許されることもあるが、だいたいにおいて言葉のイメージは悪い。

顔パスでホテルを利用できるサービスが和歌山・白浜にあり、他の商業施設でも連携する取り組みが始まったという。ホテルのカードキーをなくし、客室入口の小型カメラから顔認証してドアを開ける。荷物で手がふさがっていてもカメラの前に立つだけでドアが開く。顔パスで支払いの決済もできる。素敵ではないか。

わたしは思うのである。顔パスとマイナンバーを紐付けることができないだろうかと。マイナンバーは全国民に振られてはいるが、カードの取得は遅々として進まない。ナンバーは一部の公共サービスを提供する公的機関と本人以外には知られてはならないから、ひた隠しにすべき個人情報なのである。となると利用機会は少なくなる。カードが広まらないのも当然だ。

だから、顔パス(顔認証や虹彩認識)とマイナンバーを紐付けることができれば、番号そのものを秘密にしなくてもよい。非公共のサービスにまできっと広がるだろう。暗証番号も加えれば鬼に金棒だ。難しい課題も多いが、なんとかならないものかなあ。
浦島はリュウグウ去って玉手箱 [2019年02月21日(Thu)]

fumihouse-2019-02-21T21_50_19-1-thumbnail2.jpg浦島太郎は竜宮城で遊び呆けた。帰ると実は幾十年、いや百年経ったのか。寂しさに耐えられず乙姫からもらった玉手箱を開いてのちはご存じのとおり。開けてはいけない!と忠告するくらいなら渡すなよ、と思う。浦島だって頑張れば新環境に慣れたろうに、ああ可哀想!

さて、昔話の玉手箱はひと抱えの箱だった。探査機はやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰る予定の宝物は砂塵である。わずか0.1グラム。しかし、地球に生命が誕生した起源の解明に役立つかもしれない。微少であっても宝の山だ。

地球から電波が40分もかかって届くところでのプロジェクトは困難を極めたことだろう。JAXAは今日の午後から1日、リュウグウへのはやぶさ2の降下を開始した。目当ては直径6mの平地で大変な精度が必要だ。時間差を考えると、はやぶさ2に任せるしかない。着陸は明日22日の午前の見込み。

宇宙への苦難の道、凱歌とどろく栄光へ。挑戦は続いていく。そして終わらない。

(白梅のむこうの曇り空を抜けると果てしない宇宙へつながる)
フキノトウ春一番とともに来た [2019年02月20日(Wed)]

fumihouse-2019-02-20T17_52_17-1-thumbnail2.jpgきのうから太平洋に低気圧や前線が進んで、関東甲信では春一番が吹いた模様。きょうは九州北部と四国でもそう発表された。

出雲でも風は強めだった。ただし、南寄りの風でもなく、風速8m以上とは思えない。きのうとの気温差もそれほどない。中国地方では発表はないだろう。しかし、こんなに変な天気が続いているんだ。このまま春一番はない!となるのも寂しいから、勝手に春一番宣言をしたいと思う。

立春過ぎて春一番が吹いたんだ。春は来たきた、春よもっと来い。雲連れ、花連れ、やって来た。ひとまず冬とはお別れだ。さっ、クルマのタイヤを替えようか。

(フキノトウがよい香り。青くさい春の匂い、汁に入れたら堪らない)
抵抗し勉強すれば成せて為る [2019年02月19日(Tue)]

fumihouse-2019-02-19T17_56_58-1-thumbnail2.jpg勉強はたいへんだ。同時に勉強することは楽しみでもある。新解さんこと新明解国語辞典第4版では、【勉強】をこう説明している。すでに故人とはなられたが、山田主幹の個性が出ている。

まずは、≪そうする事に抵抗を感じながらも、当面の学業や仕事などに身を入れる意≫と前置きしている。山田さん、きっと勉強が苦手だったんだろう。だが、これだけのベストセラー辞書を成してきた人が勉強が苦手だなんて考えにくい。まっ、好きこそ物の上手なれとも言うし、言葉を探究する勉強は、苦労でもなんでもなかったのだろうさ。

続いての説明は、@もAも順当で意外性はない。

≪@知見を高め(知識を深め)たり 時間を有効に使ったり 単位・資格を取得したり するために、今まで持っていなかった、学力・能力や技術を身につけること。
 A現在ストレートにありがたいとは言えないが、将来の大成・飛躍のためにはプラスとなる経験。≫

そう、山田主幹はがんばってきたんだよ、きっと。そして恵まれなくても懸命にがんばる人びとを、常に応援したいと考えてきたに違いないのだ。

(今夕はしとしと雨が降っているが、日曜夕方は気高い光が射していた。みんな頑張れ、春はすぐそこと。この冬は雪らしい雪を見ないうちに終わったようだ)
早すぎた春を楽しめキセキレイ [2019年02月18日(Mon)]

fumihouse-2019-02-18T18_10_13-1-thumbnail2.jpgキセキレイが2羽死んでいる。アスファルトの上に骸をさらした。頭が灰色、腹部が白と黄色でよく分かる。早すぎる春の訪れで番(つがい)になった2羽にちがいない(としておこう)。

暖ったかいね、気持ちいいね〜。君と僕とは出会って数日。君に会ったときピンときた。われわれ運命ともにする仲だって。

わたしもそうよ、そうなのよ。春陽に眩しくあなたがいたよ。出会うべくして出会った二人。添い遂げ、幸せになりましょう。

そうだそうだね。幸せだ。楽しい春となるものよ。二人の春を楽しもう。愛の巣つくり、子を育て、新たな時を跳んでいこう。飛べ翔べ、もっと自在に速く。雲の先まで飛んでいく。

待って待ってよ。用心よ。羽根がまだまだ慣れてない。危険を察知、慎重に!

何をおっしゃる、君と僕。春を喜べ、春を翔べ。世界はきっと二人のものさ。臆病、小心、何のその。この世の春を楽しもう。

そうね、わたしも喜ぶわ。はしゃいて楽しむこの春ね。暖かい冬といっても食べもの少ない辛い季節でしたもの。そうよそうよ、春なのよ。思いっきり飛び跳ねよっと。うれしい嬉しい春だもの。

かくて2羽は透明なガラス越しに森の木々をみて、まっしぐらに飛び急いだのにちがいない。哀れなり、恋するキセキレイ。ともに焼却炉の火に炙られるがよい。来世は幸せになるんだよ。

(花を手向けてキセキレイ。春を楽しめ、花のごと)
バリバリと豆を食うぞと節分後 [2019年02月17日(Sun)]

fumihouse-2019-02-17T14_15_44-1-thumbnail2.jpg豆を食っている。煎り豆だ。松江の南目製粉が製造した100g入り「福豆」。昔ながらのお豆さんと副題がつき、国産大豆100%と銘打たれている。

要するに節分豆なのだが、節分を過ぎると忽然と店頭から消える恵方巻と同様、煎り豆もなくなってしまうので、あらかじめ買い置く。この100g入りは節分翌日立春の日に半額で買い求めた品物だ。たくさん買ったので、今もこうして我が家ではおやつとして食べている。

昔ながらというだけあって、圧力鍋で柔らかく煎ったものではなく、おそらく火でそのまま煎りあげた噛みごたえのあるやつだ。ひと噛みするたびに大豆の味が広がって美味しく食べられる。歯の悪いひとには勧められないが、煎り豆をきょうもバリバリいわせながら食っている。
禁酒法陽気なギャングにワンスアポン [2019年02月16日(Sat)]

fumihouse-2019-02-16T20_36_22-1-thumbnail2.jpg4人のミニギャングが暗黒ビジネスで本物のギャングに育っていく。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』は100年ほど前、禁酒法時代のニューヨークの暗黒街を描いている。封切り時に見たものとは全く違う映画だった。そのはず、あのときは1920年代と60年代を描いていたが、このリニューアル版は、年を重ねた80年代の主人公ヌードルス(つまり本当に年取った今のロバート・デ・ニーロ)も追加していたからだ。

傑作映画と言われるが4時間11分。長さに辟易した。トンチ、ユーモア、哀愁も希望が描かれてはいても、基本は凄惨な殺しあいの世界。少年たちはのしあがるが、所詮は綱渡りの犯罪行為で悪党の勢力争いでしかない。かりそめの友情も裏切りによって失われる。

ヌードルスが阿片窟でヤクに陶然とする様子は、死んだ仲間たちを追悼するにふさわしいラストシーンだったのだが、今回加えられた筋書きで哀悼痛惜の感じが吹き飛んだ。銃社会アメリカの狂った歴史を思い知らされたような気がする。

儚い人生をギャングが狂気と抗争で終わらすのも、アメリカ・ファーストで歴史に学ばない狂気を振りかざすのも、大国アメリカの一つの姿だろうか、と考えさせられた。

年老いたヌードルスは幻影を見た。禁酒法時代の若者たちが陽気にどんちゃん騒ぐフォードが走り去った。それを古き良き時代のアメリカの夢、すなわち「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の象徴と見るかどうかは、人それぞれだ。わたしには全く感情移入できない映画だった。

(暗黒時代のアメリカ・ニューヨークの工場群ではない。出雲・ビッグハートの黒のホール天井だ)
統一の帝王生んだ中国の [2019年02月15日(Fri)]

fumihouse-2019-02-15T19_25_52-1-thumbnail2.jpg漫画『キングダム』を借りてきた。二千年以上も前の中国にあって、一度も統一王朝が出現していない大陸。そこで少年・信がいかに前代未聞の大業を為し遂げるのか。興味が尽きない。50巻を越える大著だ。できれば一気に読み進めたい。面白くて眠ることができなかったりして。まずは週末に6巻まで読む。

(大昔の中国にもこんなサツキの花が咲いていたにちがいない)
歩いても列車の中でも一丁なり [2019年02月14日(Thu)]

fumihouse-2019-02-14T18_36_34-1-thumbnail2.jpgわたしは歩きスマホで時折ブログを書いている。命がいくつあっても足りないので、街路や人混みでは歩いてスマホはしない。着信メールを確認したり、思いついたことをメモするためスマホをポケットから取り出したときには、道端で立ち止まってやる。

歩きスマホは家でやるのだ。足踏み器に乗ってギシギシやりながらスマホに文字を打ち込むから、歩きスマホなのだ。正確に言えば足踏みスマホだが、そんな言葉に市民権がない。

足踏みしながら文を書くのは存外にうまくいく。頭が整理できて、ずばりと表現が見つかる。肘を脇に付けておけば安定している。調べものをするには適さないが、ちょっとしたことならばネット検索でなんとかなる。テレビだって見ることもできるが、集中に欠けるので書くだけにする。

今は列車の中で書いている。これもなかなかのものだ。時間に制約があるから、下車までに間に合わそうと一所懸命になる。さてもうすぐ到着。書き終わった。チェックもした。一丁上がり!

(去年の春に咲いていたオアイヌノフグリ。道端や田んぼに見られるときが近づいた)
朗らかに笑うお茶目よ中学生 [2019年02月13日(Wed)]

fumihouse-2019-02-13T18_35_56-1-thumbnail2.jpgラジオを聞いていたら、ふと思い出した。中学二年の最初のころ、英語の授業だった。中年の男先生は声が大きい。抑揚をつけて激しく舞うように発音する。オーバーアクションもあるから、生徒は辟易していた。わたしは面白がっていたほうだったが、空気を読んで先生に追随することはなかった。あるとき思い立って、いっちょやってみた。

アメリカ家庭の日常会話の場面である。ママに対して、パパと息子がサプライズでラジオをプレゼントしたのだ(なんて時代がかった贈り物か)。

「 Oh, It's a radio ! 」とママが喜ぶ。わたしは抑揚をつけて茶目っ気たっぷりに訳した。「まあこれ! ラジオじゃない!」と。

男教師は喜んだ悦んだ、大喜びだった。クラスの連中もケラケラ笑って大ウケだった。そんなことを、ふと思い出したのだ。

(花は笑わない。でも朗らかそうに見えないかい?)
冬来ずと春の訪れ音にきく [2019年02月12日(Tue)]

fumihouse-2019-02-12T21_00_29-1-thumbnail2.jpg厳冬の二月である。
最低気温がマイナスに近く下がる。
最高気温がなかなか10℃を上回らない。

厳冬の二月である。
太陽の顔を拝みにくい当地の冬でも晴れ間が多い。
木枯らしほどでもないが冷風が手を凍えさす。

厳冬の二月である。
エルニーニョ現象の影響で寒気団が南下してこない。
北海道や東北、能登半島以北では氷と雪に苦しむ冬だ。

厳冬の二月である。
車のフロントガラスが降った雨で白濁する。
遠い大陸から黄砂が早くもやってくる。

どこが厳冬の二月?
寒波はゆるみっぱなしで、春の訪れか?
春の景色とともに風や鳥の声が「音連れ」る。
クロッカスが咲いた。異常な冬が終わる。
季節破りの春となりそうだが、やっぱり春はうれしい。

(池の水面には、ほわっとした雲が浮かび、涼やかな青空が映っている)
声を出し指差し確認頭痛する [2019年02月11日(Mon)]

fumihouse-2019-02-11T12_28_40-1-thumbnail2.jpg祝日ダイヤのバス。出雲工業高校近くのバス停で、わたし一人を乗せて走り出す。乗客はいない。島根大学医学部に停車。休診日に乗る人はおらず、空気とわたしを乗せてバスは出雲市駅に向かう。唯一の客として人助けをしたような気分になる。往路もそうだった。

なぜ休日出勤をしてるかって? 土曜日に所用で午前中仕事をした。戸締まりをして帰ったのだが、電気ポットの電源を切っていなかった、ような気がして心配になった。JRとバスを乗り継いでいつものように職場へ来たということだ。自動車を使えばいいのに、と言うなかれ。昨夜は飲み過ぎて酒が抜けていないのですよ( ̄▽ ̄;) 

結果は如何? 電気ポットはちゃんと電源を切ってあった。自分でやっていたのだ。指差し確認をしていなかった。「ポットよし!」「金庫よし!」「机の鍵よし!」と指を差し、声を出して耳で聞いて、作業を完了させていれば、何の心配もなく大酒の翌日をのんびり過ごせたはずなのだ。トホホの休日、頭が二日酔いで痛くなってきた。

(からだが冷えている。温かいココアを飲みたい気分)
心技体練習本番永遠に [2019年02月10日(Sun)]

fumihouse-2019-02-10T17_43_58-1-thumbnail2.jpg創価大学野球部に対し、創立者から贈られた永遠の指針がある。

  まず心で勝て 次に技で勝て
  練習は本番 本番は練習

この言葉は野球に限らない。負けまいという強い心。口でいうほど簡単ではない。相手との勝ち負けの前に自分の弱い心と闘争しないことには先へ進めない。相手との勝負はその次だ。しかも毎日、毎時、一瞬が自分との闘争。終わりがないことに気づいて、飽くなき挑戦を貫くことが肝心だ。

技を高める。先人に習って技術を修得するために努力する。まずは真似る。それだって簡単に出来るものではない。精度を高める。10回のうち7、8回ではダメ。9割10割に至るまでやるのは血の滲む努力が必要だ。やがて自分の特性も加わって個性が出てくる。オレ流の新しいアイデアが閃き、新技が生まれれば、体操のように名前がつくかもしれない。血の滲むどころか、血まみれにならないと獲得はできないだろう。

実践としてやるのが練習。練習にも様々態様があるが、やらされるままに体を動かすだけだったり、惰性の練習は精度が低い。精神的にも深まらない。一回一回の動作に工夫と振り返りがなくてはならない。

このひと振りは豪腕投手の球を打つ素振りなんだ・・観衆の中での最初のサーブをイメージする・・ステージに上がってギターを弾き始めた・・などと本番さながらの真剣勝負で練習に臨もう。自ずと質は深まる。大変に疲れるから、ダラダラ練習などやっていられない。

ゲーム当日、演奏会の当日、本番にあたって、いざいざ勝負!と肩に力が入り過ぎると、過緊張となって膝はガクガク、手はブルブルということになり、平常のプレイが出来ない。いわゆる「あがった」状態。ゴルファーがここぞという時のパッティングができなくなるイップス。ものを書くことを商売とする人が手が震えて文字が書けなくなる書痙が代表的だ。

練習のつもりでリラックスする。心も体もほぐして練習と同じく本番に対処する・・もちろん口でいうほど簡単ではない。しかし出来た人やチームだけが勝利の美酒を味わえるのだ。

(このサボテンが大きくなるのに、どれだけ時間と手間がかかったことか。石の上にも三年、そして水滴岩を穿つ。である)
おもてなし潰して元も子もないぞ [2019年02月09日(Sat)]

fumihouse-2019-02-09T20_54_58-1-thumbnail2.jpg『おもてなし』とは一般的に、対価を求めない心配りを意味する。義務ではないが、相手のためにわざわざ自発的に行うことだ。上下関係ではない、思いやりによって成り立つ関係だ。

一方『サービス』は、奴隷を語源にもつとおり、ご主人様に奉仕してほうびをもらうこと。明確な上下関係がある代わりに、対価が発生する。

日本においてサービスとは、無料とか、値引きを意味し、無理強いする顧客に困って疲れきる販売現場があちこちにある。その延長に、おもてなしを持ってくるから現場はさらに弱る。日本のおもてなしは、客に従属するサービスと化してしまう。客は感謝するどころか増長し、勤労者は心身のバランスを崩し離職する。

人手不足で売り手市場、外国人在留資格の新設などにより、勤労環境はこれから大きく変わる。客の立場からすれば、気持ちのよいおもてなしは受けたい。しかしサービス業従事者が疲弊しては元も子もない。

(ツワブキは繕わず、あるがままに咲く。そしてあるがままでワタボウシとなる)
暴力を趣味とする人おぞましや [2019年02月08日(Fri)]

fumihouse-2019-02-08T21_46_46-1-thumbnail2.jpg千葉・野田市で起きた小4少女の虐待殺人は痛ましい。父親は偽手紙や恫喝などの策をろうして、学校と児童相談所から娘を「取り戻し」、暴力という「趣味を楽しんだ」。

児相職員との面談で「お父さんとお母さんに早く会いたい、一緒に暮らしたい」と答えたのは、一面の真実である。あの優しかった父と母とともに暮らしたいのは当然の望みだ。機嫌をそこねると逆上して暴れまくる父の姿も真実だ。そのギャップに悩む少女を想像することはできなかったろうか。

判定会議では「虐待の再発が認められないこと等をふまえ、実父母宅に戻す」ことを決めたが、その場の空気を想像できるような気がする。児相職員ですら恐怖に支配され、目の前にいない父親の力に屈した。警察権も行使できる伝家の宝刀を抜かなかった軟弱な児相に、女の子は殺されたとも言えよう。

リスクは高いが、まあ何とかなってくれるだろう、実の親なんだからうまいことやるという希望的観測と、しばらく家に返して様子を見ようという事なかれ主義から来る悲劇であった。人事異動によって危機感を実感できる職員が減ったということもあったのではなかろうか。児相はきっと、恐怖のそのケースから手を引きたかったに違いない。

(女の子の目にはきれいな色も美しい形も感じられなかったかもしれない)
カワウソが魚並べて酒を飲む [2019年02月07日(Thu)]

fumihouse-2019-02-07T22_13_08-1-thumbnail2.jpg獺祭(だっさい)とは、山口・旭酒造が造る日本酒だとばかり思っていたが、カワウソ由来の言葉だとは知らなかった。そもそもカワウソを漢字で、獺もしくは川獺と書くなんて知るよしもない。

カワウソには獲った魚を岸辺に並べる習性があるという。祭祀で神仏への供物を並べるに似ているところから生れた表現だとか。転じて、机に文献を並べて調べるさまを例えた故事成語だそうだ。

旭酒造は、その獺祭と、会社のある岩国市・獺越にちなんで酒にも同じ名前をつけた。そんないわれがあるだけにこだわりのある酒造りをする。誰が飲んでも美味しい日本酒を目指す。

造る酒は純米大吟醸のみ。原料の米も山田錦しか使わない。720ccで3万円超の超高級酒から千数百円の手頃なものまで多彩なラインナップだ。伝統的な杜氏による酒づくりを止めて、できるところは機械化し、人手によるところも合理的に進める。その結果、品質の高さとコスパを両立させている。

一度だけ飲んだが、スッキリした味わいが印象的だった。海外展開も盛んにやっている。安倍首相もプーチンやオバマにプレゼントするなど宣伝に努めてくれている。近いうちにじっくりと飲んでみたいものだ。

(カワウソの毛なみ、ではない。苔だったか何だったか忘れた。撮影のタイムスタンプは昨年11月。わたしは何を撮ったのだろう)
チコちゃんよボッーと生きて悪いんかい [2019年02月06日(Wed)]

fumihouse-2019-02-06T21_44_29-1-thumbnail2.jpgチコちゃんは「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と大人を叱ってばかりだが、ぼーっとすることは悪いことなのか。そうではない。スケジュールに空きがないほどに忙しく、常にカリカリ生きるのは嫌だ。

ぼんやりしたあとはストレスが減る、能率も上がるはずである。水の音や風の音、雑沓の流れに耳を傾けるのもよし。目を閉じるうちに眠ってしまうのも気持ちがよい。ぼんやりするのは悪くない。日常空間はそのままにして、ぼやっとモードに切り替えることで気分が落ち着く。一時的に頭が空っぽになる。

わたしは昼休みに気の向くままに本を開き、足を投げ出しているうちに、目を閉じて眠る。午後の集中度は高まる。

ぼんやり=脳は休み、と思いがちであるが、意外に脳の活動は高まっているとか。脳内の情報が整理され、働き過ぎで偏った脳の状態をニュートラルに戻すのだという。知らぬ間に整理されるということは、記憶も定着して復元させやすい。うれしい頭の改善だ。

昔の言葉で言えば、忙中閑有り。四六時中ぼやっとしているのは論外だが、張りつめた状態からリラックスして仕事にメリハリをつけよう。

(島根県庁で働く人たちよ。リラックスしてますか? ボッーとする時間がありますか?)
出会うひとこれから何度会うかしら [2019年02月05日(Tue)]

fumihouse-2019-02-05T08_10_12-1-thumbnail2.jpg誰かに会う、久しぶりに出会う。第一声を考える。

 元気そうだね
 ああ、おかげさまで

 元気そうですね
 すっかり年とっちゃって
 そう? そんなふうには見えないですよ

ホントに元気そのものの人もいれば、やつれが見えて面影が変わった人もいる。前者には正直に反応し、後者はお世辞混じりに気づかう。

 じゃまたね
 それでは失礼します

と別れる。次に会うのはいつのことか。同窓会で再会するかもしれない、地域のコミセンでばったりもあるだろう。ショッピングモールの雑踏で顔を見つけるかもしれない。ひょっとしたらもう二度と会わないかもしれない。

人生は偶然と不思議な縁からできている。

(木漏れ日が反射する窓のそばで、きょうもあすも、どんなひとに出会うのだろう)
ぬめってる春は来た来たへんな冬 [2019年02月04日(Mon)]

fumihouse-2019-02-04T18_03_02-1-thumbnail2.jpgぬめりヌルッと 春が来た
どこに来た来た 春は来た
そこにあるのさ ああそこだ
雪は降ったか まあだだよ
北の国では厳しいが こちとらてんで冬がない
春が来た来た どこに来た
山に来たかも 雪は降らぬか
里に来たかも 零下は来ぬよ
野には来たぞよ 紅梅咲いてる いい香り
節分に荒れて風雪来ぬ ことし
きょうは立春 おかしいな
寒い空気にさらされて そこで立つはず春のはず
こんな冬季があるもんか
ホテルにて仮面で舞踏錯綜す [2019年02月03日(Sun)]

fumihouse-2019-02-03T16_09_38-1-thumbnail2.jpg映画『マスカレード・ホテル』は緊張感を保った。眠たくはならなかった。一つには超一流ホテルスタッフのキリッとしたたたずまい、豪華なエントランスに始まり、居心地のよい客室で厚いもてなしを受けている錯覚があったからであろう。気分が良ければ眠くならない。

二つ目は、ホテルの利用客は非日常の場で仮面を付けている。素性を明らかにせず、本性を隠し、本心を表さない。仮の姿で身を飾り、ある者は悪心に踊り、密会を楽しむ。それぞれの仮面舞踏会(マスカレード)が興味深く描かれていたからだろう。非日常で扮装すれば眠くはならない。

三つ目は、プロ意識に裏打ちされたプロの技がみられたからだろう。出会ったときから丁丁発止と火花を散らし、対立関係にあった刑事・新田とフロントクラーク・山岸だったが、職務精神や洞察力、技能に互いが舌を巻き合う。感銘を受ければ眠くはならない。

ホテル利用客は仮面をかぶっている。そのなかで仮面を被った予告殺人犯を捕まえることができるのか。新田は「客」の仮面を剥がそうとし、山岸は「お客様」の仮面を守ってさしあげたい。立場の違う二人は衝突してばかりだったが、尊敬の念から価値観を共有しあうようになる。

二人が真に信頼以上のもので結ばれるのは、事件の核心に至ったときだったが、ここまでにしておこう。原作小説とは違う設定に替えてあったが、その良さを十分引き出した映画であった。

(高級ホテルの日本庭園に設えられた石灯籠もまた高級な素材を使っていることだろう)
弾き切れて替えどき聴きどき楽しけれ [2019年02月02日(Sat)]

fumihouse-2019-02-02T22_42_43-1-thumbnail2.jpgギターの練習をしていたら第4弦がピチッと切れた。フレットに当たる部分は変色していたし、前回の交換から2か月。替え時だとは思いつつそのままでいた。とうとう切れた。細いスチールでコイル巻きにしてある、100本は越えるであろうマイクロナイロンの束が露出している。ネックの張力に耐え、わたしの打撃に耐えてきた、可愛いやつだ。

すべて新しい弦に替えた。音が違う。張りがある、伸びがある、よく響く。トレモロの粒がそろった。名曲・アルバンバラ宮殿の思い出が上手になったように思える。ひと前ではまだまだだが、クラシックギターって楽しいと思う。美しさにじんとくる。
誰のため何のためかと問い直す [2019年02月01日(Fri)]

fumihouse-2019-02-01T18_26_49-1-thumbnail2.jpg養老孟司氏はこう述べています。

(親孝行や滅私奉公といった)≪考え方を戦後は徹底的に否定しました。その結果、自分の人生は自分のためにある、という考え方が暗黙の前提とされました。その延長線上に、個性の尊重、自分らしさや「自己実現」といった考え方があるのでしょう≫(養老孟司著「自分」の壁/2014年,新潮新書)

そして、そこには誤解があると氏は言います。とにかく言うとおりにしろ、 文句をたれずにやってみろ、それが成功への近道だ、と理を説かない経験主義がはびこるか、または反対に他人の経験や自分の理解を超えたものを排除する極端な傾向が出てくるのです。

≪「お前はお前だけのものじゃないよ」という真の意味を教えるのではなく、「とにかく親を大切にしろ。問答無用だ」という押し付けになってしまう。これがこの手の古い考え方の問題点です≫

情けは人のためならずです。親の喜ぶ姿を見ることは自分の喜びになります。かといって親の言うことすべてに盲従すれば親孝行かというと、そうではない。要は極端に振れてしまうことが一番の問題ですね。

(水仙の花盛り。水仙は言葉は持たないけれど、そのDNAに多彩な情報を織り込んでいる)