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依存して針の莚ぞおぞましい [2019年01月31日(Thu)]

fumihouse-2019-01-31T18_09_20-1-thumbnail2.jpgいろんな依存症がある。ギャンブル依存もその一つ。島根県心と体の相談センターが出したチェックリストに2項目以上当てはまれば、支援が必要な可能性があるという。
 
□負けた分を取り戻すために、またギャンブルをしたことがある。
□自分に賭け事やギャンブルの問題があると思ったことがあるか、その問題を人から指摘されたことがある。
□お金の使い方について、同居していた人と口論となった原因が、主に自分のギャンブルだったことがある。
□誰かからお金を借りたのに、ギャンブルのために返せなくなったことがある。
□ギャンブルのためか、ギャンブルによる借金を返すために、次のいずれかからお金を借りたことがある。[家計、サラ金・闇金、銀行・ローン会社]

心と体の相談センターは、島根ギャンブル障がい回復トレーニングプログラム(略してSAT-G)を発案し全国に広めている。毎月第4水曜日の午後にギャンブルのない生活を取り戻すことを目指して、多くの人がグループ活動に取り組む。

と知ったかぶりで書いたが、今朝のNHKおはよう日本で初めて知ったところだ。ギャンブル依存の結果、多くの問題をかかえる人々が、この島根方式でもって幸せになってくれるよう願う。
 
カジノ法と呼ばれるIR統合型リゾート施設整備法が成立し、ギャンブル依存症対策は喫緊の課題。自身の存在を懸けた一か八かの勝負は、一生に数回でよろしい。日常のギャンブルは絶って、自分らしい生き方を取り戻そう。

(一時逃れのストレス解消のつもりでも、繰り返すうちに針のむしろになりますぞ)
ゾフルーザ一か八かで根こそぎだ [2019年01月30日(Wed)]

fumihouse-2019-01-30T18_02_25-1-thumbnail2.jpgゾフルーザが人気だという。昨年からシオノギ製薬が販売するインフルエンザの新薬である。

リレンザとイナビルは吸入タイプで服薬が難しい。タミフルは錠剤だが1日2回を5日間続けなければならない。ゾフルーザは1回ですむことから利便性が高い。

ところが、耐性ウイルスが多く出現するという。1回で根絶させたつもりが、耐性をもってしまうと症状が長引き周囲に広まるおそれもある。ゾフルーザにはまだ未知のところが多い。

従来型はウイルスが人間の細胞内で増殖しても外に出られないように妨害する。一方でゾフルーザは増殖を抑える。つまりウイルスにとっては殺されることなのだ。

出歩くことを邪魔されるだけならまだしも、殺されるのは嫌だ。ヤツらも生きている。必死になって生き延びようと工夫する、進化を遂げる。かくて人間と感染ウイルスとの攻防戦は限りなく続いていく。

(十月桜が咲いていた。夕日を浴びて淡いピンクが好ましい。冬にかけて咲くことから、冬桜と呼ばれることも)
下手くそは心の綾を楽しめぬ [2019年01月29日(Tue)]

fumihouse-2019-01-29T17_41_06-1-thumbnail2.jpgボウリングで楽しんだ。たかが球転がし、されど球は思うにまかせない。ボウリングするのは心理の綾が面白い。いや、悔しい(≧口≦)ノ だから、正確に言えば楽しみ損ねたことになる。

スペアがとれなくて悔しい思いをかかえているときに、グループの誰かがスカッとピンを倒す。よくやった!とハイタッチしてたたえる。裏腹に軽い嫉妬の念が燃えていく。ちくしょう、俺だって次こそはストライクをとってやる!

別の誰かが失敗する。ドンマイ!と顔をしかめて残念の意を表す。内実は、いけないと思いつつ、ホッと安心する私がいる。

あそこを狙え、スパットを目標に、投げた、転がる、いい感じ。ところがなんと1ピン残る。クソッと気持ちを整理できないままに次も失投。スペアが取れなかった。

そんなところに調子よかった隣が失敗してしまう。今までどおりにやれば大丈夫だよ! 言葉と気持ちは正反対。ざまあみろ!とどす黒い感情も湧いている。不実の私は心が二重・・・。

結果はいかに? 心理の綾を楽しみ過ぎたのか、さんざんの成績だった。されど、それを他人は単なる下手クソと言う(≧口≦)ノ

(和傘の上を風で動く落葉のように、レーン上のボールは思うとおりには転がらない)
解散か嵐が起きてもちきりだ [2019年01月28日(Mon)]

fumihouse-2019-01-28T17_32_41-1-thumbnail2.jpg嵐が巻きおこった。昨夜からのトップニュースは「嵐解散」。内部分裂やSMAPのような制裁的措置ではないことを示すために、活動休止だと発表したが、2020年12月31日以降はそれぞれが独自の道を歩む。自ずと再結成の可能性は少なくなると思う。リーダー大野から1年半も前に持ちかけて、5人で決めたことだという。

大野は「この世界を離れて、今まで見たことのない景色を見てみたい」と思った。疲れたのか、飽きたのか。いずれにせよ、多彩な才能と善き人柄の青年たちに新しい世界が広がる。

わたしはどう思うかというと、別段感慨はない。しかしここまで書いたのだ。それなりにショックを受けているのに違いない。

(冬枯れの熊笹も春になれば新芽を出す。嵐のそれぞれは芽を出して、もっと大きくなるだろう)
無二の歌アリーとジャック永遠に [2019年01月27日(Sun)]

fumihouse-2019-01-27T16_17_57-1-thumbnail2.jpg映画『アリー/スター誕生』ではレディ・ガガの、存在感も含めた圧倒的な演技力を知った。彼女が全霊を注いで表現したのは、歌に思いを込めること。そして愛する人にいかに愛ある言葉を注ぐかということ。

二人を死が分かつ、別れのときがくる。最後の言葉をどうかけるのか。そもそも最後だなんてわかるわけはない。だから「じゃまた」と別れる。結果として最後になった言葉が不誠実なものであったとき、お座なりの言葉であったとき、後悔する。ましてや自殺だったとしたら悔悟は限りなく深い。今この時は二度とない、大切にせよと理性は命じても、感情が許さないときがある。

「君の歌は奇跡だ」と称賛するジャックと出会ったことは、アリーが破竹のスターダムに上るきっかけとなった。二人がかけがえのない関係になる始まりでもある。一方でジャックはアルコールや薬物依存に病んでいく。アリーへの嫉妬の感情も多分にあった。身を持ち崩すうちに、アリーへの負担が大きくなっていくが、複雑な思いを抱えつつもアリーは見捨てず励まし続ける。

だがジャックは死んだ。追悼コンサートでアリーが歌ったのは、彼が依存性の治療中に、ノートに残した歌詞を曲にしたものであった。「もう君しか愛すことはできない。君としかキスできない」と歌姫の歌声は悲しくも美しく聴衆の心を奪ったのであったた。

(砂岩のレリーフに描かれた神童たちは、どこかもの悲しい)
全豪で世界の女王誕生す [2019年01月26日(Sat)]

fumihouse-2019-01-26T20_57_59-1-thumbnail2.jpg全豪オープンで大坂なおみがチャンピオンとなる。チェコのクビトバを激闘の末に下して、日本人初の快挙。世界ランキングも1位だ。

≪スポーツも人生も「勝つか」「負けるか」。だが、それは偶然の産物ではない。日々「自分に打ち勝つ」という瞬間を積み重ねてこそ、何ものにも揺るがない自信が備わり、いざという時に、他を圧倒する力が出せる≫ (聖教新聞〈名字の言〉1月18日)

全米オープンに続いてメジャー大会での優勝。素晴らしい活躍で大坂は世界の女王となった。「スピーチのメモの内容を忘れたが、決勝で戦うことができて光栄」と勝利の弁。まさに自分に打ち勝った結果で世界の頂点まで上り詰めた。次からは追われる立場に転ずる。さらに強くなって他を圧倒してほしい。
犬畜生叩きのめすはイメージで [2019年01月25日(Fri)]

fumihouse-2019-01-25T22_06_55-1-thumbnail2.jpg『犬畜生』という言葉がある。犬が家族同然の方にとっては噴飯ものであろうが、犬は畜生なのである。獣を犬に代表させて、卑しいもんだと蔑む言葉だ。転じて不道徳やら吝嗇(りんしょく/どケチのこと)、冷酷など人を罵る語でもある。

近所に犬畜生がいる。飼い主はとてもいい人たちなのだが、犬はひどい。わたしが前を通るたびに暴れ狂って鎖を切らんばかりに荒れる。飼い主と散歩中にわたしと出会うと飼い主の制止も聞かず、綱を振りほどこうとして狂い回る。

いざというときに備えて身構える。襲いかかってきたら、傘やリュックで一撃を加え、怯んだすきに蹴りあげて飛び上がって踏みつけてとどめを差す・・・そんなイメージを作りながら注意を怠らない。

あの畜生はおそらく人間よりオレサマが偉いと思っているにちがいない。見知った不審な人間に牙を向け、飼い主には「お腹減ったよ」「散歩連れってよ」と、憐れなさまに声をあげて懇願する。その振幅は畜生そのものであると思う。

そんな犬畜生だが、元は狼、そうやすやすとわたしの一撃にのびてしまうとは思えないが、そのイメージをするたびに、わたし自身が犬畜生にも劣る奴となってやしまいかと、心配になる。家畜やペットとの付き合い、人類史に長く刻まれたこのお付き合い。改めて考え直してみたい。

(和傘のように円満に隙なくまろやかにいきたいものだが、そうは問屋が卸さない)
足で漕ぐ交互にわっしょい希望の灯 [2019年01月24日(Thu)]

fumihouse-2019-01-24T17_43_17-1-thumbnail2.jpgCOGY(コギー)という商標の車椅子があるそうです。「漕ぐ」から来た名称だと思うのですが、車椅子を漕ぐとはいかに? 車椅子は手で回すか電動車椅子に決まっています。なんと、足で漕ぐのだそうです。

この足こぎ車椅子は、人間が生まれながらにもつ原始歩行の機能を使います。脳梗塞などの脳血管障害により不自由になると、たいていは手で回す車椅子は使えません。片麻痺になる左右のバランスが崩れ、力も出ないのです。

ところが自転車と同じようなペダルがついたコギーでは、足を交互に漕ぐことができるのです。片麻痺では出来ないじゃないかって? ところが出来るんです。

ペダルを押して漕ぐと、感覚が脊髄に伝わり、脊髄反射がおこり、歩行中枢が刺激されるのだそうです。失ったはずの力が備わっていることに気づき、その人が喜び、諦めていた心に希望の火が灯ります。リハビリ意欲はきっと倍増します。

包括支援センターに相談すると介護保険の適用が出来て、月1,500円あまりの費用で借りることができると、今朝のNHKニュースで聞きました。朗報ですね。

(布地を選んでオシャレに着飾る。そんな楽しみもきっと出てくることでしょう)
懸命にいとわず他人に愛の手を [2019年01月23日(Wed)]

fumihouse-2019-01-23T17_55_27-1-thumbnail2.jpg先週「好」の字のことを書いた。手を重ねて膝まずく母親がわが子を抱く姿は喜ばしい象形から生まれたと。きょうは「愛」のことを書く。

上三分の一は、「頭を一生懸命巡らせる人」の象形である。真ん中の「心」はもちろん心臓。下には「足」がある。相手を大事に思い、気をつかう。相手のためなら足労をいとわず、手間暇かけて何かを与える。相手が理解するかしないはわからないが、相手に必ず作用は及ぶ。

先回りして相手に苦労させまいとする歪んだ愛や自己愛もあるにはあるが、部首は心偏であるとおり心が大切なのだ。

(あちらこちらに灯される愛の灯火だったらいいなぁと、松江・大根島の由志園のイルミネーション)
閉ざされて広い器であれかしと [2019年01月22日(Tue)]

fumihouse-2019-01-22T18_00_48-1-thumbnail2.jpgなんだかんだと道は行きどまる。閉鎖されるほどではないにしても、通りにくくて行く手を阻む。もっと早く、もっと確実にやりたいと思っていても、なす術なくて途方にくれる。思い悩んで鬱状態になるほどでもないから、まだましと言ってもいいだろう。明日は明日の風が吹くとノー天気、時間が解決してくれるかも、と淡い期待に夢をみる。

≪水がなみなみと入ったコップがある。少しでも揺らせば水はこぼれる。では、揺れても水がこぼれないようにするには? 答えは、コップの大きさを変えること≫ (聖教新聞〈名字の言〉 2018年11月22日付け)

揺れて不安定になるのは誰でも同じ、致し方ない。コップを大きくしていくのだ。あるときは耐えて大きくする。あるときは攻めて守って器を広げる。そのくりかえししかないのだ。

(宍道湖岸にいる来待石の狸くんは明るく手をふって見る者を楽します。が、彼にも悩みの種はたくさんあるかもね)
ときめいて秘めたる思い浮かべてる [2019年01月21日(Mon)]

fumihouse-2019-01-21T21_43_56-1-thumbnail2.jpgチコちゃんによれば、大人になってあっという間に1年が過ぎてしまうのは、トキメキがなくなったせいだと。

時間の絶対量は誰にも平等だが、感覚的時間は違う。日々主体的で充実した時間を過ごしていると、時間はたちまち過ぎていく。反対に不幸せを感じる時の苦しみは長い。

ジャネーの法則。年少者に比べて年長者は年月を短く感じるというものだ。時間の心理的長さは年齢に反比例し、5歳の子供の1日は50歳の大人の10日に相当する。50歳の10年は5歳の1年分でしかない。

苦が多いはずの年寄りの時間が早く過ぎるのと、前記の不幸せ時間が長く感じることは、真逆のような気もするけれど、まっいいだろう。

目にするもの、聞こえてくるもの、読み進める文章に好奇心を保って、二度目三度目でも新しい角度からときめく。そうしていくうちに、時間は何倍にもなっていく。素晴らしい!

(余裕がなければ、美しく咲く花もそうは感じられないものですよ)
恋してる寝ても覚めても何ものか [2019年01月20日(Sun)]

fumihouse-2019-01-20T11_44_51-1-thumbnail2.jpg【寝ても覚めても】
たいていは恋しい人が眼の前にいないとき、寝ているときも目が覚めたあとも、その面影を思い浮かべて心が離れない様子である。とても切ない状況だ。夢に出るほど熱中するのは恋愛にとどまらない。寝ても覚めても仕事、仕事中毒の人は今も多いし、◯◯依存性を患えば寝ても覚めても状態なのだ。

今の世でもっとも【寝ても覚めても】の地位にあるのはスマホであろう。老若男女を虜にし、風呂に入っていてもゲームの進行やSNSの投稿が気になり、運転中でも通知音があると確かめたくなる。グループ内の投稿にすぐに反射してくれないと気落ちし、便利なツールのはずが縛られて不自由になる。

そうした面は自分の責任でやむを得ないとしても、歩きスマホは大きな罪悪を犯す。電車のホームを踏み外したり、運転中スマホで誰かを傷つける。スマートなはずの機械が、今や人間を食いつぶす魔物と化してしまった。本来手段だったスマホが目的に転ずる。本末転倒である。

恋愛に興味のない若者が多いと聞く。寝ても覚めてもの世界を、恋して経験するのも悪くないけどね。

(寝ても覚めても、シクラメンの研究や栽培に没頭している人はいる)
火傷してナンデなんでと騒ぎ立て [2019年01月19日(Sat)]

fumihouse-2019-01-19T19_55_34-1-thumbnail2.jpg火傷したよ。ヒリヒリする。

なんで火傷したの?

なんで火傷したんだ。

だから、なんでなの?

なんでなんだ。

ナンデナンデ! 何回くりかえせばいいのよ!

だからね、なんで火傷したんだよ。

いい加減にして! ちゃんと答えなさいよ!

2枚目をインド人のウエイターが「熱いので気をつけてください」と持って来たんだけど、すでに遅く1枚目で指を火傷してたってわけだよ。わかった?

ナンってインドのあの平べったいパンのことね。やっとわかったわ。

引き伸ばして濡れた布地を巻いた石に広げて、竈の内側に貼りつけて焼くんだ。見てて面白かったよ。

まったくもう、最初から略さずに言ってちょうだい!
病菌に負けてたまるか白マスク [2019年01月18日(Fri)]

fumihouse-2019-01-18T19_47_38-1-thumbnail2.jpgインフルエンザの警戒情報が出ている。集団感染による学級閉鎖も散見される。わたしの周りでもちらほら患者が出た。

 純白のマスクを楯として会へり  野見山ひふみ

冬の季語はもちろんマスク。だが違和感があった。まじりけのない真っ白、汚れのない清らかなさまも意味するからこそ、花嫁衣装は純白が基調である。

ところがマスクは純白というのを感覚が許さない。汚れが見えなくても、雑菌や病原ウイルスにまみれている。吐く息をせき止め、外部の粉塵から防御する。つまり内も外も汚染されてしまうのだ。それだけではない。

 マスクして心隠せしごとくなる  北垣翠畝

若者に多いのが年がら年中マスクを掛けている輩。表情を探られたくない、周囲に気配を悟られたくない、できるだけ声も掛けられたくないのだと思う。スッキリしない暗さを感じてしまうからだろう。わたしにはマスクが純白に見えない。

 純白のマスクぞ深く受験行  岸風三楼 往来

明日からセンター試験。この句はまったく違う趣きだ。受験生諸君、健闘を祈る。

(白い小菊。これこそ純白だ)
引き際に言葉に力すすみ行け [2019年01月17日(Thu)]

fumihouse-2019-01-17T18_11_36-1-thumbnail2.jpg淀みなくとは言わない。去就する無念を胸に、言葉を絞り出すように語った稀勢の里。

≪横綱として皆さまの期待に沿えられないというのは非常に悔いが残りますが、私の土俵人生において一片の悔いもございません≫

新入幕までの順調な出世ののち怪我に泣いたが、根性で賜杯を抱いた。横綱昇進後は満身創痍で、こうして短命に終わる。

漫画・北斗の拳の名台詞「わが生涯に一片の悔いなし」が、ネットで話題だそうだ。稀勢の里はラオウの化粧まわしで土俵入りしたことがある。だから引用したのだろうと。

稀勢の里の言葉は借り物ではない、自分の言葉で会見に応じたと思う。立派な言葉使いをする相撲取りである。今後はその言葉力と猛稽古でつかんだ技量でもって後進を指導していくであろう。

きょうは初場所5日目。引退を横に淡々と土俵はすすむ。次に横綱を射止めるのは誰か。混戦模様で本命は見あたらない。大相撲の行く末について、わたしには皆目見当がつかない。

(出身地の茨城・牛久に行ってきたばかりだから、地元の方々の残念な気持ちがよく伝わってくる)
女と子あわさり好み広がって [2019年01月16日(Wed)]

fumihouse-2019-01-16T18_08_39-1-thumbnail2.jpg好ましいという表現をよく使う。不思議な字だ。「女」と「子」が合わさって「好」。女を好きなのは男か、それとも同性か。男の子ではどうなのか。そもそも「女の子」だから好きなのか・・。

文字のつくりとしては、「両手をしなやかに重ねひざまずく女性」の象形と「頭部が大きく、手足がなよやかな乳児」の象形が合わさった漢字のようである。母親がわが子供を抱く姿は、美しくて喜ばしい。そこから好ましいという漢字が生まれた。

美しい言葉ではあるが、手書きするには意外と難しい。美しい文字にはなりにくい。そうそう、だから好ましい存在になるには絶えざる努力が必要なのだよ。

(谷底からの高さ50mになろうかという山陰自動車道の橋脚は享受する者にとっては、むろん好ましい存在だ)
軍手とは軍人の手を覆うもの [2019年01月15日(Tue)]

fumihouse-2019-01-15T21_50_09-1-thumbnail2.jpg軍手をつけて作業した。ふと「軍手の軍とは何だろう」と思った。飾り気のないこの編み手袋は、作業にはもちろん防寒にも役に立つ。伸縮性に富み、長持ちする。ゴムの滑り止めがついているのはもっと重宝する。それ以上考えてみもせずに、ウィキペディアで調べた。

軍用手袋の略だという。旧日本軍の将兵が使ったことに由来している。幕藩体制の終わりごろに起源があるらしい。当時は手縫いだったが、今のように安く手に入るようになったのは、戦後自動織機が開発されてからのことだ。ニットによる全面編み上げで伸縮し、手首にゴム糸が織り込まれて今の形が完成した。スマートフォンに対応する軍手もあるとは、大したものだ。

百円ショップや作業服専門店では二束三文で売られている。こんなに便利なものがこんな安く売られていてもいいもんだろうか。いいことなんだけど、少し疑問に思った。

(松江城が大修理された昭和の頃も軍手が大活躍したにちがいない)
願いたしボールを集め背を高く [2019年01月14日(Mon)]

fumihouse-2019-01-14T20_34_54-1-thumbnail2.jpgひとというものは、どこまで闘う衝動を持っているものかと思い知らされた。むろん、サイヤ人など人類ではない架空のアニメ世界のものであるのだが。映画をうみ出したのは人間の理性と本能だ。

孫悟空はスーパーサイヤ人にして孤児。幼名はカカロットなのだそうだ。ドラゴンボールの基礎知識はあまりないが、『ドラゴンボール超ブロリー』を見た。その孫悟空を上回るサイヤ人がブロリー。孫悟空もブロリーも出自は不幸ではあるが、傑出した闘争力を持っている。

どんなにぶちのめされても倒れず反撃していく。とどめを差したと思っても相手は蘇ってくる。その応酬を見るうちに慣れっこになって眠くなるのが玉にキズではあるが、迫力ある戦闘シーンであった。

この物語の主題の一つが7つのドラゴンボールを集めること。7揃うとどんな願いも叶うという。ただし一つだけ。笑ったのは、女ブルマの願いは5歳ほど若返ること。10歳や20歳では目立っていけないのだそうだ。宿敵フリーザの願いは5センチ身長を伸ばすこと。巨大な身体になると周りに笑われるからと。

宇宙を滅ぼすほどの戦いを繰り広げて、詰まるところの願望がその程度のものだとは恐れ入った。笑った。ひとというものの境涯は、狭い範囲にしか及ばないのだと感じたところだ。

(遠い遠い星間宇宙の編み目ではない。牛久大仏のそば、アミ・プレミアム・アウトレットの店舗照明装飾)
反転し太陽よみから帰るとき [2019年01月13日(Sun)]

fumihouse-2019-01-13T15_48_27-1-thumbnail2.jpgあさっての1月15日になると朝の太陽が蘇る。反転攻勢してくる。大げさなことを言ったが、年末から14日まで7時17分だった松江の日の出が7時16分になる程度のことなのだ。でも少し気分は明るくなる。寒い上に暗いとどうもいけない。幸いに夕方はだいぶん明るくなった。12月初旬に比べて20分以上夕闇迫るのが遅くなっている。

冬であっても太平洋側、瀬戸内側だとカラッとして太陽が照りつける。湿度が低くて風が吹くと寒いけれども、日当たり良いのは七難隠す。苦にならない、インフルエンザにかかりやすくなるけれども。

一方で西高東低の気圧配置が続くと日本海側は曇りのあとは雨降り、時々雪になり、晴れ間が見えたかと思ったらたちまちに雲が空を覆う。いやになっちゃうぜ。それだからこそ、春の訪れが楽しみというものだ。

(すくすくと、ひたすら上り調子に爽やかに大きく強くなってくれたまえ、一の孫くんよ)
口の中甘味広がる待てぬまで [2019年01月12日(Sat)]

fumihouse-2019-01-12T09_32_13-1-thumbnail2.jpgチョコレートを食べる。口の中でとろけ、形を失い、やがてなくなる。最後までチョコの甘みを満喫する・・・それはできない相談だ。友人と意見が一致した。彼も彼女もわたしと同じく噛んでしまうと。

そうなのだ。溶けきって形がなくなるまで待てない。口に入れて直ちに噛むわけではないが、溶けはじめてドロッと広がり舌が甘味を感知すると、反射的に口が動きだす。歯茎を通して、これぞチョコという味わいが広がる。あー幸せなのだ。当然ながらひと欠片ではすまない。次々と口に放り込むことになる。

飴にしても同じことで、ガリボリと噛み砕いて跡形もない。どうして待てないのだろうか。何ものかを征服したいという願望が知らずとそうさせるのか。積もりに積もったストレスが為せる業なのか。わたしは謎を抱えて生きている。

(チョコレートではない。加茂岩倉遺跡の出土品の国宝・銅鐸は渦巻きと網目と山型の造形)
蜜柑色膿んで腐って食べられぬ [2019年01月11日(Fri)]

1546946746054~2.jpg買って一週間ほどたった段ボール箱から蜜柑を取り出して、傷んでいないかを確かめる。柔らかめを選り分けて優先的に食べる。残った蜜柑は天地逆にして置く。

簡単な方法は、箱の上を閉じて箱ごとひっくり返して上になった方を開く、とあとで教わった。要は同じ部分が箱の壁や他の蜜柑に触れ続けることが問題なのだ。圧力と空気を入れ替えてやらなければ傷みやすい。

寝たきりになって褥瘡ができるのと同じメカニズムだと気がついた。赤くなって、表皮に傷害をきたす。潰瘍が皮下脂肪や筋肉にまでおよび、骨が見えるようになると、もはや正視することはできない。

寝たきり予防は高齢社会に不可欠だ。褥瘡を予防し、できても早期に治療しなければ、幸齢社会はやってこないのだ。

(柔らかに布地でくるんだとしても、褥瘡は予防できない。動かして位置を変えて、本人の意欲も呼び覚ましていくしかない)
冬過ぎて真っ只中に春のひと [2019年01月10日(Thu)]

fumihouse-2019-01-10T21_27_08-1-thumbnail2.jpg私たちは四季まっただ中に暮らしている。いま真冬、寒い寒いと日々を過ごしている。昨日の朝、長野・菅平では零下23℃だったとか。それに比べれば0℃や1℃など大したことではない。

それはそうなのだが、やっぱり寒いのですよ((+_+)) 寒さは堪えるだ。百花繚乱の季節が早くやってこないだろうか・・こんなんなら夏の暑さがまだましじゃないか・・なんて、地獄で悪魔に魂を売ってしまう、あの殺人的酷暑を忘れた感情まで湧いてきたりする。これもまた寒さの為せる技かもしれぬ。

ともあれ、春がきてほしい。陽光きらめく春の道を歩きたい。マジックアワーの柔らかい光を浴びたい。きっと楽しいぞ!

(今朝も冷えて霜が降りた。小さな氷のトゲが寒い寒いと言っている)
正月に笑えや笑え楽しけれ [2019年01月09日(Wed)]

fumihouse-2019-01-09T18_06_20-1-thumbnail2.jpgあるお宅にうかがったら、高齢の4人姉妹が集まってお茶会をされていた。どうぞどうぞ、と手招きされてご相伴にあずかった。

各地に嫁にいかれて本家のお姉さんの元に集まっておられる。お茶会ではあるが賑やかである。お宅で用意されたお茶、飲み物、菓子に煮物あれこれ。持ち寄られたご馳走も合わせて、テーブルの上は大新年会の様相をていしていた。

よく笑うといったらありゃしない。思い出話に笑い、わたしが放つつまらぬジョークにも笑う。ひっきりなしにこちらも笑い転げて楽しさ倍増だ。

箸が転んでもおかしい年頃なわけはないが、十代の女の子でなくても、女性はよく笑う。笑えば免疫力が高まる。生命力は健康志向となる。「笑いは体の中にある宝物」とは、春雨や落雷師匠の言葉なり。笑う門には福来るとはよく言ったものだ。男に比べて女性が長生きする理由がよくわかるというもんだ。

(新年を愛でて天候は穏やかで、めでたしめでたし。よき正月を過ごした我が家のセンリョウ)
産後鬱パパよがんばれ負けるなよ [2019年01月08日(Tue)]

fumihouse-2019-01-08T07_40_16-1-thumbnail2.jpg産後うつというと、ママに起こることが定番である。ホルモンバランスの崩れや生活環境の急激な変化によって引き起こされる。それが、パパにも起こるのだそうだ。

イクメンが潮流となり、パパが家事や子育てに関わる度合いが増える。仕事にある面逃げることができなくなった。環境の激変はパパにとっても同様で、ストレスやプレッシャーは相当なものだろう。鬱屈とすることも多かろう。

一人が鬱を病めば、もう一方もつらい。二人そろって鬱となる恐れもある。世のパパたちよ。一人でかかえこむな、助けを求めよ。でも、いままで同様にママを助けなさい!(これこそプレッシャー(>_<)

(竜宮の美しい珊瑚ではない。大根島・由志園のイルミネーション)
仲よくて狼と山羊わかり合う [2019年01月07日(Mon)]

fumihouse-2019-01-07T18_10_32-1-thumbnail2.jpg元旦の全国紙で講談社はこう訴えました。

≪オオカミとヤギは親友になれた。ヒトとヒトは、どうですか?
(中略)絵本の名作『あらしのよるに』が、講談社から生まれて今年で25年。(中略)人間同士が仲良く暮らすには? この世界がいつまでも幸せに続くには?
 あたりまえだけど、大人がつい忘れてしまう大切なことを教えてくれる一冊です。いまの時代だからこそ、本から学べることって、まだまだあります。
 さぁ、2019年。本を読んで、新しい世界を知りませんか。新しい自分に出会いませんか。愛はきっと、本で育つ。≫

分断と独善主義が闊歩するいまの世界にあって、誰もが幸福に向かって歩むためには、相手を聴きとり話し合いを続ける粘り強さが必要です。みんな違うことをわかった上で寛大な心で受け入れることも必要です。

それらは多く本を読むことでつちかわれます。本を読もう、本で語ろう、想像しよう・・・きっと自分はかわり、人間関係を新境地にいたらせます。世の雰囲気がかわっていくでしょう。

(美しい牡丹の大輪も、粘り強さと愛なくしては咲かない)
短くてイッツショータイムと言わすべし [2019年01月06日(Sun)]

fumihouse-2019-01-06T09_00_00-1-thumbnail2.jpgたまに前を通るラブホテルに、ずっと以前看板が立った。『ショータイム』と書いてある。どんなショーが始まるのだろうと思っていると、やがて「ー」と「タ」の間にマジックインキの文字が加わった。看板屋が書いた整った字の狭い字間に貧相な『ト』の手書き・・・それを思い出すたびに、わたしはケラケラ笑ってしまうのだ。

まっ、二人だけの密室内にもショータイムはあるさ。互いに肢体や所作を見せ合うウオッチタイム、互いに声を聞き合うヒアータイム。心と身体で愛を感じ合うフィールタイム。それらすべてをひっくるめて恋人たちのショータイムなのだ。短い時間でもいい。ステキなショータイムを過ごしてくれたまえ。

(衣ずれのほのかな音、気配とともに、ショートタイムを過ごす)
エアコンで暑すぎたまふコート着て [2019年01月05日(Sat)]

fumihouse-2019-01-05T16_02_45-1-thumbnail2.jpg室内でコートやジャンパーを脱がないひとが意外に多い。わたしはと言えば、スチーム暖房がよく効く列車内はむろんのこと、暖房のある屋内や部屋では必ず脱ぐ。

体温調整をしておかないと汗が出る。風邪を引いて後悔したくないからそうしている。ファッションとして脱げないアイテムならば仕方ないかもしれないが(そんなお洒落などお見かけしたことはない)、外套や帽子は取るのが常識でもあるからだ。

要は脱ぐのが面倒くさいのだろう。よほど気温の変化に鈍感で暑さ寒さを感じにくいのか。反対にわたしが敏感過ぎるのか。ウオーム・ビズのご時世でもあるが、そんな気配は感じないし、室内は十分過ぎるくらいに暖められている。脱がないひとの意見を聞いてみたいものである。

(陽光眩しい正月の昼間。2日は雨が少々降ったが、風はなく穏やかな三が日だった)
恋しくて鉛筆は濃いしくしくと [2019年01月04日(Fri)]

fumihouse-2019-01-04T21_01_47-1-thumbnail2.jpg10Bや9Bの鉛筆をよく使う。文房具屋には売っていないので画材屋で買う。先日 チコちゃんに叱られる! で鉛筆に六角形が多いのは、転がって落ちないためと、持ちやすくするためだと聞いた。

人が鉛筆を持つとき親指と人差し指、中指の3点で押さえるので、3の倍数の角数がよいのだそうだ。三角形では鋭角過ぎて持ちにくく、六角形がちょうどよい。

書くうちに芯が目減りしていく。そこで鉛筆を回して一面だけが減らないようにしていく。それを自然とやっていくのだそうだ。

確かに回している。無意識にひと息つくたびに六分の一角を回していることに、使っているうちに気がついた。磨り減った分をカバーする動き。鉛筆ってすごい科学だと思う。

(鉛筆で描いたかのような白黒のクローバー)
知性派はパリの恋人つかみとる [2019年01月03日(Thu)]

fumihouse-2019-01-03T21_55_59-1-thumbnail2.jpgオードリー・ヘプバーンの『パリの恋人』。原題は「Funny Face」。おかしな顔とはなんと! 妖精オードリーの顔をこき下ろすとは、おかしな話。生意気という意味もあるようで、書店員ジョー(オードリー)の理屈っぽさが始めに非難されたことにも関係があるのかもしれない。

製作は1957年。「ローマの休日」が1953年で大ヒットしたのでなぞらえて「パリの」、永遠の妖精のイメージで「恋人」を邦題に入れた意訳であろう。

名所がこれでもか、と出てくるミュージカルだ。凱旋門、シャンゼリゼ、セーヌ河、ノートルダム聖堂、ルーブル、エッフェル塔。ジョーとカメラマンのディック(フレッド・アステア)がラブストーリーを演ずる。ダンスの名手アステアに合わせてオードリーが優美にして可憐に踊る。そしてジョーがトップモデルへと変身するシンデレラストーリーとなる。

知性がにじみ出る粋なセリフがある。
(ジョー)Why am I so happy?
    なんで私そんなに幸せなの?
(ディック)Because I say you are.
    僕がそう言っているからだよ

女たらしが発する単発の言葉ではない。ポーズをとる際にディックは、ジョーの魅力を引き出すために的確な言葉で指示を出す。年上ということもあるけれど、実に知的でかっこいいのだ。ジョーが恋に落ちるのは当然と思わせる。

当時最新のカラフルな映像と、ゴージャスな衣装に理知と可憐が合わさったオードリーの容姿。正月に見るにふさわしい映画であった。
平穏に務め果たして天晴れや [2019年01月02日(Wed)]

fumihouse-2019-01-02T08_26_31-1-thumbnail2.jpg元旦にショッピングセンターに行って、買い物を楽しむ、シネマコンプレックスで映画を見る。帰りにコンビニに寄って小物を買う。新聞元旦号が配達されている。今朝はJRで移動中、ダイヤどおりに列車が動いている。平穏な正月が過ぎていく。

当たり前のことかもしれないが、世の中が浮き足だってハレを楽しんでいる最中に、自分の務めを果たしている人たちがいる。この当たり前にして偉大なことに感謝を捧げたい。

(大晦日の夕暮れ。平穏な宍道湖に淡い夕焼けが広がった)
100万回幾度当てても喜ばし [2019年01月01日(Tue)]

fumihouse-2019-01-01T20_09_44-1-thumbnail2.jpg2019年の元日。幸いに多くの方々と会い、新年の挨拶を交わし、決意に満ちたスタートをきることができた。

≪生物学の観点からいえば、人間として生まれる確率は、当選金額1億円の宝くじを100万回連続で当てるよりも、まれである(中略)ならば、“その「大いなる奇跡」を経て、この世に誕生した人間同士の出会いとは?”と考えてみる。親友、夫婦、家族、同志、そして師弟――もはや、あらゆる尺度をはるかに超え、感動と感謝の思いしか湧かない≫ (聖教新聞〈名字の言〉2018年12月5日付け)

1億円宝くじ連続当選100万回の奇跡を得たこの身であるならば、慈しみ大切にしていきたい。感動の出会いに感謝し、かけがえのないものとしていく一年でありたい。

わが家の蠟梅(ろうばい)が咲いている。花の少ないこの時節に蝋細工のように咲いて好ましく、芳しい香りで幸せを感じる。花言葉は先導、先見。そんな一年を目指したい。