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太陽に感謝ささげて大暑かな [2018年07月31日(Tue)]

fumihouse-2018-07-31T21_12_23-1-thumbnail2.jpg≪少年部員に真顔で質問された。「太陽は、大きなお日さまなのに、なぜ『大』ではなく、『太』の漢字を使うの?」(中略)子どもの純粋な心に、大人は学ぶところが大きい≫(聖教新聞・名字の言2018年7月24日付け)

なるほど、そうだ。『太』ってなんだろう。【大】は大きいことを意味するだけだが、【太】のほうは、ふーんなるほど。。。。

・非常に大きい(例:太鼓・太洋)。
・程度がはなはだしい(例:太古・太平)
・最初の(例:太初・太祖)
・いちばん上の(例:太郎・太政官)

太陽とは、地球の直径の108倍、とてつもなく大きい。地球にとって甚だしく大きな存在だ。太陽系では最初にできた天体で大元となった。大気が動き植物や動物を育む最上位のものだ。だから、「大陽」ではなくて、「太陽」でしかあり得ない。

毎日暑い暑い、と太陽を恨みがましく眺めているが、太陽にもっと感謝しようではないか。そうすると、太陽さんも暑さの手綱を緩めてくれるのでは……と期待している。
汗拭ひ慈雨をもたらせ雲の峰 [2018年07月30日(Mon)]

fumihouse-2018-07-30T18_46_19-1-thumbnail2.jpg異例の台風12号は北上したのち小笠原諸島から東に旋回し、本州を縦断してから九州に入り、有明海に沿って南下しました。いま南海で停滞しています。四国や九州ではしばらく大雨に警戒が必要のようです。

一方出雲では暴風も大雨もありませんでしたが、三週間も雨を吸わず水を欲しがっている大地に慈雨とはなりませんでした。猛烈な暑さがぶり返しています。

ここまでくると「残暑」です。残暑お見舞い申し上げます、の立秋後の残暑ではなく(それも十分暑いですが)、残酷にも人を苦しめ、残忍なまでに草木を枯らし、残虐非道に社会に影響を及ぼす。この列島をおおう恐怖の暑さが「残暑」なのです。

地に凝り固まり累積した熱をひと雨降って冷ましてほしかった。期待はずれでした。その気持ちをあざ笑うかのように、きょうの空は澄んで山並みがくっきり見える。今夜は大接近中の火星がよく見えることでしょう。どうぞ御自愛ください。熱中症に気をつけて、お健やかな夜を…。

(合歓木(ねむのき)の花は干からびてしまいそうで、ちりちりになっている)
国旗には歴史と思いつまってる [2018年07月29日(Sun)]

fumihouse-2018-07-29T17_52_26-1-thumbnail2.gif『世界一おもしろい国旗の本』(ロバート・G・フレッソン著/小林玲子訳/河出書房新社)を読んで昔を思い出した。小学3年生くらいだろうか。世界中の国旗が描かれた本からノートに書き写したのだ。

定規と鉛筆で下書きをし、色鉛筆で塗りあげる。色とりどりの旗がそろっていくのを見てワクワクした。二色旗や三色旗など単純なデザインはすいすい書ける。しかし難物が多かった。アラビア文字をかたどったサウジアラビア、紋章をかたどった模様があるスペインやスリランカには困った。イスラムの三日月も曲線が難しかった。当時はフリーハンドで適当に描くほど融通がきかなかったこともあって、すべて写しとることはできなかった。

今はすでにない国旗もあるし、新たに加わった旗もある。その中で好きなのはブラジル連邦共和国。緑の地に黄色いひし形、ブルーの天球には州数の白い星。帯にはOrdem(秩序)とProgresso(進歩)が配置されている。一番はシンプルな美しさと歴史でもって、日の丸は随一と言えるかもしれない。
情念を軍艦の形に似せている [2018年07月28日(Sat)]

DSC_0643~2.JPG この町には
 耳をふさぎたくなるほどの静けさがある。

端島(はじま)は長崎市にあります。別名軍艦島。明治から昭和にかけて海底炭鉱で栄えた人工島です(周囲数百mの岩礁や瀬を埋めて拡大)。数千の人口を養った高層アパートが密集しており、海に浮かぶ軍艦に見えます。石炭時代の終わりとともに無人となり廃墟でしたが、2015年に明治日本の産業革命遺産の一群として世界文化遺産に登録されました。

冒頭の一文は廃墟の一画に落書きされた作者不明の詩の一部です。「静けさ」は、この島で生きて産まれて、病気で苦しみ、劣悪な労働環境を嘆き、朝鮮半島から連れてこられて故郷を懐かしみ儚んだり、落盤事故で死んでいった何千いや何万もの人々の苦しみを湛えているのだと思います。引き揚げ最後の頃の文人が書いたものでしょうか。

この詩はこう言っています(『THE ISLAND 軍艦島』佐藤健)。

 かつて我々のものだったこの町も
 今や君たちのものだ。

「君たち」とは誰でしょう? 世界遺産登録後、入島する観光客のことを想像しているとは思えません。鳥や植物、あるいは吹き込む風雨でしょうか。この島で死んでいった人たちを追悼しているのかもしれません。

(天然の植物は皆無だったという軍艦島にも、持ち込んだ向日葵が咲いていたことでしょう)
浜田にて希少な声聞くミンミンミーン [2018年07月27日(Fri)]

fumihouse-2018-07-27T17_25_48-1-thumbnail2.jpg今日7月27日はミンミンゼミの初日。うれしくなって欅の下で探したが、わたしの気配を察したようで黙ってしまった。離れた銀杏にも声が聞こえる。泊まった浜田で朝の散歩をした小高い住宅地・東光台でのこと。

 ミーン ミンミンミンミンミンミーーン

ミンミンの部分を何回繰り返してくれるのか、楽しめる。たいていは4回か5回。調子によって違うようだが、終盤はリズムが崩れがちだ。大きさは茶色いアブラゼミより一回り大きく、クマゼミよりは小さい。羽は薄く透いて体には緑の彩飾がある。クマゼミは羽が緑に染まっており体幹の色合いは地味。見た目はそうだが、声も図体もデカイ。

暑さに弱いといわれるミンミンゼミ。キングオブ夏だったミンミンゼミは駆逐されつつある。だから鳴くとうれしくなる。出雲に帰ったら声を聞かせてくれるだろうか。

(歩兵第二十一聯隊の跡地にできた島根県立浜田高校にあるメタセコイヤ。秋になると黄やレンガ色に紅葉して美しかろう)
温暖化セミは世につれ歌につれ [2018年07月26日(Thu)]

fumihouse-2018-07-26T22_09_12-1-thumbnail2.jpg昨日7月25日はクマゼミの初日。出雲市駅前で鳴いていた。いや、騒いでいた。一匹でもジュワジュワジージと姦しい(女3つでかしましい。女性の皆さん、私には罪はないですぞ)。

かつては夏の王者だったミンミンゼミは鳴かない。暑すぎて地上に出て歌えないのか。それとも絶滅寸前なのか。盛夏はミンミンゼミとともにあり、ツクツクボウシが夏休みの終盤を感じさせた幼い頃が懐かしい。今は南国の蝉だったクマゼミが侵食して蝉の世界が変わった。

「歌は世につれ、世は歌につれ」をもじって言えば、「セミは世につれ、世はセミにつれ」。温暖化する地球の夏が変化する、蝉の歌がそれを表す。蝉の変化によって世の中もきっと影響を受けるのだろう。

(屁糞蔓(へくそかずら)という不名誉な名前を与えられた花。枝や葉をもむと悪臭があるというが、それほどでもない)
人あれば羊と鋼の森なれば [2018年07月25日(Wed)]

fumihouse-2018-07-25T20_09_17-1-thumbnail2.jpg映画「羊と鋼の森」。物語はラの音で始まり、ラの音で完結する。調律のベースは音叉が響かす440ヘルツの音。それを基準に音階を合わせる。メロディとハーモニーを奏で、聞く人の琴線に触れる。

冬の北海道、ある高校に調律師が訪れた。ピアノの鍵盤を開き、最初の一音がラ。外村(山ア賢人)は響きに引かれた。板鳥調律師(三浦友和)の所作にも魅了された。卒業後、調律師の門をたたく。

温かくも厳しい、後輩思いの柳(鈴木亮平)に指導を受けながら、外村は調律師として腕をあげていく。だが、客に安心感を与えるほどのハッタリも説得力もなく、つねに忸怩(じくじ)たる思いで自分の力不足に恥じ入っていた。その彼に転機がきた。佐倉姉妹(上白石萌音と上白石萌歌の実姉妹が共演)に頼られたのだ。

佐倉姉が柳の結婚披露宴でピアノを演奏する。スタッフが祝宴の準備を始めた途端、音が響かなくなった。騒然たるホール内の隅々まで音が届くよう外村は懸命に音を追う。開宴まで時間はない。外村は満腔の思いで調整を終えた。どうだ?!と出した音がラ。自信のこもったラだった。彼はコンサートチューナーを目指すと宣言した。

板鳥が外村に、小説家、詩人の原民喜の文を紹介する。

≪明るく静かに澄んで懐しい文体、少しは甘えてゐるやうでありながら、きびしく深いものを湛へてゐる文体、夢のやうに美しいが現実のやうにたしかな文体≫ (「沙漠の花」より)

文体を調律に言い替えて彼らは精進する。演奏者が求める音をイメージ化し、言葉に出して伝え、キャッチボールを繰り返して理想の音を追う。裏方仕事の真骨頂と言えるだろう。

原民喜はさらにこう表現する。心が大事だよと。

≪……私はこんな文体に憧れてゐる。だが結局、文体はそれをつくりだす心の反映でしかないのだらう≫

ピアノは羊毛でつくったフェルトのハンマーが金属弦をたたく。だから「羊と鋼」。それが良質の木材で包まれて「森」の響きを生む。観る人だれもがピアノを造り、調律し、演奏する人々の心に思いを馳せ、音楽っていいなと思うにちがいない。

(深い森のように白を湛えたカスミソウの束)
偽物と本物の境どこにある [2018年07月24日(Tue)]

fumihouse-2018-07-24T18_08_09-1-thumbnail2.jpg島根県立美術館で開催中の「東京藝術大学クローン文化財展〜甦る世界の文化財」。法隆寺の釈迦三尊像を鋳物で複製した富山・高岡の職人の映像に見入った。完成お披露目でのこと、釈迦像に手を合わせる見学者がいた。その映像を見て思った。なぜ人間は神仏の偶像を造るのだろうと。

そもそもクローンとして造った美術品や仏像は偽物。偽物に価値はないと初めは思っていた。しかし、匠の魂魄が留められた仏像には手を合わせたくなる力があったのだ。本物も偽物もない、良き物の不思議な本物感。

イスラム原理主義タリバンはバーミヤンの大仏群を爆破した。偶像崇拝は許さないイスラムの教えを他宗に強制する。神の足下にひれ伏す人間が神の姿に似せて像を造るなんて、とんでもないという発想だ。

一方でキリスト教は認めている。数々の絵画、彫刻、鋳物、音楽、工芸、書に至るまで。だからキリスト教文化では、芸術が花開いた。神に対して畏怖や祈願の気持ちをいだいて具体的なモノに向かって礼拝したいという発想。美しく神々しいものを求めた結果、至高の芸術が産まれた。人間の想像力には限りがある。偶像もある面必要なのではないかと感じた。

敦煌の莫高窟(ばっこうくつ)などを再現した壁画も印象深い。1500年以上も前、像法の時代に仏道修行として造営された石窟。東西交易の要衝として栄え、様々な文化、宗教が融合した仏教芸術のひとつだが、すでに仏法はない。シルクロードの栄華を感じるために敦煌へ行ってみたくなった。

ゴッホの自画像クローンは照明の新技術によって揺れた。ゴッホの揺れ動く自画を表象するかのように。写楽や広重の浮世絵は匂いをかいだり、アニメ化されて、当時絵師が見た原像を想像して楽しむこともできた。偽物クローンだってまんざら悪いものではないと思った。

会場から出ると山陰中央新報の2年目記者にインタビューを受けた。写真も撮られた。わたしのしゃべったことがどこまで文章化されるかはわからないが、楽しみにしておこう。
炎熱の災いいつまで続くやら [2018年07月23日(Mon)]

fumihouse-2018-07-23T23_01_32-1-thumbnail2.jpg二週間前には思ってたやろ? そやろ、違うん? もう雨なんてこりごりだって。あんたの気持ちに応えて、毎日こうして晴らしてやってるんや。わかるやろ? 俺の情けを。晴々していいよな、お天道さんをいつも拝めるんやで。喜ばんかい。晴れや晴れ、大好きやろ、あんた晴れるの好きやんか! 埼玉・熊谷で観測史上最高の41.1℃を出してやったのは、あんたへのご祝儀代わりやで! 暑すぎるのもイヤだって? ワガママなヤツやでぇ。ならな、今度の日曜日にうんと早く起きたらええわ。夜明け前の皆既月食でも見て涼んだらええやん!

てな感じで、天は命に危険が及ぶ猛暑を続かせているのかもしれない。この天災を乗り越えよう。無理をせず、水分と塩分を補給し、休息を十分に取って。でも、関西弁になるのは、なんでだろー (^-^;
 
灼熱の暑さに疲れおやすみを [2018年07月22日(Sun)]

fumihouse-2018-07-22T22_29_49-1-thumbnail2.jpg連日出かけた。
昨日は島根県立美術館で開催中の『甦る世界の文化財』を鑑賞するために。
今日は映画『羊と鋼の森』(主演:山ア賢人)を観るために。
昼寝もした、夜も十分寝た。
しかし眠いので感想は明日以降。
おやすみなさい (-_-)zzz

(フィンセント・ゴッホの自画像。これもなかなか生きたゴッホを感じさせるクローンだった)
月火木金土とそろって星並び [2018年07月21日(Sat)]

fumihouse-2018-07-21T21_49_35-1-thumbnail2.jpg今日は歩数計のカウントが少ない。しばらくやってなかった夜のウオーキングに出かけた。思いのほか空は澄んでいる。

上弦を一日過ぎた半月が明るくて天の川は見えないが、月のすぐ横にある木星は変わらず明るい。その西の蠍座アンタレス、乙女座スピカ、さらに西に転ずると宵の明星が煌々と輝く。月の東には土星が目立っている。西南からは火星が上ってきた。金星並みに赤く存在を主張している。地球に接近中、火星は元気だ。

月火、水が抜けて木金土。日も抜かす。曜日に充てられた月、火星、木星、金星、土星がそろい踏み。圧巻の惑星探査だ。1日の歩数はしめて6086歩。不足ぎみだが、よしとしよう。道路の温度表示は30℃。熱中症になっては元も子もない。

(暑さにはびこる葛(くず)の弦。大きな葉の下には豆科の花が咲いている)
暑い日に●と○めぐって白黒つける [2018年07月20日(Fri)]

fumihouse-2018-07-20T17_33_46-1-thumbnail2.jpg宿泊一覧表を見ると、ある人には●、別の人には○が付いている。世話役さんに尋ねたら、こんな返事。

 スペシャルな部屋とそうでない部屋です(嘘)
 禁煙と喫煙です

とのこと。なるほどなるほど。

 ●は、お先真っ暗な不健康部屋
 ○は、少なくとも目の前に暗闇はない部屋
 ですな

と返信したら、当の事務長は気前よく座布団を5枚くれた。桂歌丸師匠なら1枚がいいところだが、景気のいい話である。

気温は35℃を大きく超えた。高温注意情報を出して気象庁は注意を呼びかける。執務室のドアを開けただけで熱気が身を包む。日射しを浴びればたちどころに体は沸騰しそうだ。そんな午後のひとときだった。

(ほんの一坪ほどに植えてある落花生に花が咲いた。出雲工業高校の近くの畑)
喫煙はとにもかくにもしたくない [2018年07月19日(Thu)]

fumihouse-2018-07-19T22_14_48-1-thumbnail2.jpg改正健康増進法が成立しました。主たる目的は受動喫煙対策の強化。人が多く集まる建物内を禁煙にする初の法律で、東京五輪前の2020年4月に施行されます。

客席100u以下で小規模経営の既存店では喫煙可能ですから、緩すぎるとの非難もありますが、新規開店は全面禁煙です。小規模店であっても8割の非喫煙者のために全面禁煙にすることもできるのですから大前進です。

2割の喫煙者に対する差別でしょうか? 善良な納税者への不当な扱いでしょうか? いやいや、明らかに時代の流れですね。喫煙者とて、店の外へ出て肩身を狭く吸うのはふつうの光景になりましたし、本人たちもやむ無しと考えるでしょう。飲食以外のサービス業は原則禁煙になりますから、よしとしましょうかね。煙もくもくのパチンコ屋はどうするんでしょうね。

受動喫煙をさせることは傷害です。本人の意図に反し病気を招きます。煙草吸いの自傷も含めて喫煙の害を改めて考えたいと思うのです。

さらに、三次喫煙の恐れもあるというではないですか。以前にその部屋で吸われた煙草の煙の残留物(副流煙残留物)が潜んでいて知らずと吸ってしまうのです。わたしは煙草を止めて30年近く、あの臭いが大嫌いになりました。

(露草に露すら付かない灼熱の夏は、スカイブルーの空が懐かしい。どことなくミッキーマウスに似ている)
悠々と堂々として年をとる [2018年07月18日(Wed)]

fumihouse-2018-07-18T18_01_41-1-thumbnail2.jpgゲーテは言った。年をとれば取るほど、がんがん何でもやれってさ。そこまで彼は断定してはいないけど、活動をやめるなんて、つまらないじゃないか。

 人は一生のうちにしばしば述懐する。
 色々なことに手を出すのを避けなければならない、特に、年をとればとるほど新しい仕事につくことを避けなければならない、と。
 だが、そんなことを言ったって、自他を戒めたって、だめだ。
 年をとるということが既に、新しい仕事につくことなのだ。
 すべての事情は変わって行く。
 われわれは活動することを全然やめるか、進んで自覚をもって、新しい役割を引受けるか、どちらかを選ぶほかない。(ゲーテ格言集・高橋健二訳)

(伊豆半島と駿河湾のむこうに富士が頭を出している。悠々とゲーテのように、堂々と富士山のようにやろう)
注意せよ高温脱水熱中症 [2018年07月17日(Tue)]

fumihouse-2018-07-17T17_43_35-1-thumbnail2.jpg  暑猛暑酷暑高気圧二個残酷残虐極夏
  厳暑暑            暑残中
  大暑暑猛暑酷暑高温注意虐極暑夏
  極暑厳            気避暑
  暑中大暑暑猛当分暑暑残酷残忍残虐極
        厳暑暑 避暑
 中大暑暑猛暑酷高温注意忍残虐極暑
      史暑暑気避
暑猛外出自粛冷房使用残偏西風蛇行極暑残
    夏極暑厳暑
   暑気避暑
 中大暑暑 猛暑酷暑厳重警戒残虐
忍残  救助         気避暑
   厳暑暑         気避暑
   暑中大         暑暑猛
   暑自発活動家熱中症注意夏極
   暑厳暑         暑気避
   暑暑中         大暑暑
   猛暑酷         極暑夏
   極暑厳避暑暑中命守於熱中症

(暑い盛りの夾竹桃くんよ 少しは暑さを冷ましておくれ)
顔がある懐かしき顔いい顔よ [2018年07月16日(Mon)]

fumihouse-2018-07-16T19_46_04-1-thumbnail2.jpg六本木の国立新美術館へ
『ルーブル美術館展〜肖像芸術〜人は人をどう表現してきたか』
この展覧会の顔は16世紀ヴェロネーゼの『美しきナーニ』
満たされた幸福感にも祈りと悲哀がつまっている
もうひとつの顔、グロの『アルコレ橋のボナパルト』
27歳若き将軍が勇壮にフランス軍の指揮をとる躍動感
その他古代から近代に至るまでルーブルの顔が来日した

昨日は創価大学へ
9期生大会にて同窓生たちが東京・八王子に集う
社会人として奮闘する様子が各人の顔に表れ
生活の苦労も楽しみも懐かしい笑顔に表して
旧交を暖めて半日あまり、大いに語り合った
健康に生き抜き、負けずに励まし合いの輪を広げ
いい顔で再会しましょうぞ
絶体にお上に守ってくださんしぇ [2018年07月15日(Sun)]

fumihouse-2018-07-15T23_57_33-1-thumbnail2.jpgお上とは貴人や主君への尊称でした。なかでも最上位の権力者をカミと称してきました。殿上人は庶民にとっては雲の上の人。古には「神」に通ずる言葉だったのかもしれません。妻のことを指す「カミさん」も自嘲的に派生したものだと思います。

お上は転じて、公権力や行政一般のことを示します。苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)に年貢や税を取り立てる冷血な代官や徴税官を恨んだり、お役所仕事に対する揶揄的な言い回しです。日本人がいかに役所(気象庁も含む)を頼るかを証明したのが、今回の西日本大豪雨でした。

防災無線の避難誘導放送が聞こえなかった、命を守る行動をと言われても具体的指示がなかったから動かなかった、危機感が伝わるような警報が出されなかった、避難指示が夜中だったのでためらったなど、避難勧告は気象の特別警報に相当し、もうあとがない絶体絶命状態にあるにもかかわらず動かなかったのです。避難できない相当の理由があるケース(寝たきりで動けないなど)に責めを負わすのは酷ですが、ノー天気だったと言われても仕方ありません。

役所の言うことを聞かなかったから、「役所に頼る」と断定するのは誤りでしょうか。そうでもないのです。正常化の偏見という災害心理用語があります(正常性バイアスとも)が、このせいで被災した多くの人が動かなかったのです。

こうあって欲しいという願望が、当然かくあるべしと変化し、やがてそうであるに違いないと断定するに至る心理です。誰でも都合の悪い情報は過小評価したいものですから。

絶体絶命な状態であることはわかった。それでも、じゃあ、どうすればいいのか。自分に対して指示を待っていたというのが正解でしょうか。刻々と状況が変わる最前線にある行政に個々の家庭ごとに指示をさせるというのは酷というものでしょう。自分でどうにかする前に、答えを誰かが教えてくれると思ってる人が多いのです。

いつでも災害は、行政に頼る心理と正常化の偏見が積み上がって起こることが多いように思うのです。

(どこか原初の森を感じさせる奥入瀬渓流。散策道のすぐ横をバスが行き来できる道路が走っている)
逃げる水尾籠に恥だが役に立つ [2018年07月14日(Sat)]

fumihouse-2018-07-14T11_16_31-1-thumbnail2.jpg尾籠だが書く。尾籠でも誰にもある生理的なことだから書く。

温水洗浄機を使い終わって、紙で拭くと再びもよおす。残りが出る。またウオッシュレット。終わったと思ったら、おやぁ?まただ。繰り返す。噴出する水に刺激されてしまうのだ。なんとなくすっきりしたようなしないような感じでトイレを出る。

「誰にでもある生理的なこと」と冒頭に書いたが、ほんとに誰もそうなんだろうか? 家人にはしばしば何でそんなに長いの!と非難されていることを申し添える。

(水仙の一種。水洗ではない。穏やかだった春の日が懐かしい)
リデュースで脱リサイクル優等生 [2018年07月13日(Fri)]

fumihouse-2018-07-13T20_42_15-1-thumbnail2.jpgペットボトルはリサイクルの優等生と言われます。飲み終えたら洗浄し細かく砕いて再生フレークにする。それを原料にシートや容器、繊維製品をつくる。言うことなしと思いきや、そうではありません。8割は集荷されても残りの2割は廃棄されます。数えきれないペットボトルが海に流れ込んでマイクロプラスチックになる。海洋環境を崩します。

それに加えて中国ショックが出現しました。半年前に中国政府は突然、資源ごみの輸入を禁止したのです。国内のリサイクルでは追いつかない日本にとって中国頼みだっただけに、日本中でペットボトルごみが行き場を失っています。

中国はなぜ輸入を禁止したのか。仕分け、汚れを薬品で洗うときに河川を汚染することに政府は業を煮やしたのです。自分のところでも便利なペットボトルは爆発的に増えている。他国の分まで面倒見切れないこともあるでしょう。

ペットボトルに10円程度のデポジット料金を上乗せする手もあります。飲んだ後に店に持って行って返金してもらう(もちろん自動で)。回収率は高くなるでしょう。が、再資源化にも膨大なエネルギーを要します。そもそも、使わない、何度でも使うという選択が必要なのです。

リユース(再使用、または修理して使う)、リデュース(使うこと自体を減らす)が求められます。便利だからと使い過ぎてしまうのが問題なのです。循環型社会がどうあるべきなのか。中国ショックを機会に考えてみたいものですが、あまり大きく取り沙汰されている様子はありません。わたし自身がペットボトルに囲まれた生活をしています。脱ペットボトル、大変な難儀になりそうです。

(出雲工業高校のウツボグサ(靱草)。新校舎整備でかき回したのでダメになったと思っていたが、片隅に生き残っていた。気持ちのよいライラック色)
初蝉が時雨となって降る盛夏 [2018年07月12日(Thu)]

fumihouse-2018-07-12T22_16_13-1-thumbnail2.jpg2018年夏。6月29日がわたしにとっての初蝉。ニイニイゼミの声がきこえてきたのだ。前日からの大雨洪水警報で夜は屋根を叩く轟音に眠れなかった日の夕方に、初鳴きは来た。

7月9日はヒグラシの初日。西日本大豪雨をもたらした雨が落ち着き、暑さがぶり返した月曜日。日が暮れるころに数匹が、カナカナと鳴き出した。鎮魂の調べ。異界からのささやき声であった。

7月12日の今夕はアブラゼミを聞いた。日中の強い日差しが少し静まり雲が薄くかかった。真夏の使者がやってきた。ただの一匹がジージーと鳴く。蝉時雨になると極めて暑苦しい。

やがて、聞いているだけで酷暑まっただ中に投じられるクマゼミがやってくる。かつては真夏の雄であったミンミンゼミが夏の終わりを感じるころに、ツクツクボウシと同じ時季に鳴き出すだろう。身体もぼちぼち暑い夏に慣れつつあるようだ。しかし油断大敵なり。

(八甲田山に咲いていた銀竜草 (ぎんりょうそう)。別名を幽霊茸といい、白装束で怨めしく祟る幽霊に見えて涼しい)
降るよ降る雨が降る降るオノマトペ [2018年07月11日(Wed)]

fumihouse-2018-07-11T21_23_04-1-thumbnail2.jpg讀賣新聞の編集手帳はきのう、雨のオノマトペを紹介し、この西日本豪雨で亡くなられた方々を悼み、気候の大変動について思案していた。

≪しょぼしょぼ/しとしと/ぽつぽつ/ぱらぱら/ばらばら/ざあざあ…と勢いを増していく。辞書をさがしまわっても、それ以上の強い表現は見つからない。ざあざあでは足りないだろう。どれほど暴力的な降り方だったのだろう。≫

なるほど、確かに雨の擬音語はなかなか見当たらない。日本語は擬音語、擬態語が豊富なはずなのだが…。あえて探してみる。

「ぽつりぽつり」だと、ぽつぽつよりもまばらに降る感じ。「はらはら」とすると、細かな雨粒が顔にあたって滴る雰囲気が出る。「じとじと」とすれば、湿気が強くて長々と降る梅雨の感じになる。いずれも雨足は弱い。

「ザンザン」は、ざあざあより激しい。「じゃんじゃん」としたらどうか。激しくはあっても、むしろ明るいムードをかもし出してしまう。あの数日、西日本を襲った雨を表わすには、どんなオノマトペが相応しかろうか。

 ドドドドドドドドドドド
 ボボボボボボボボボボボ
こんな単純なやつでも迫力がある。

 ズドンズドンドドン
 ゾガガガッゾガーン
 バグズズンゴグズドン
 ゴゴゴガガガゴゴゴガガ

漫画で使われるオノマトペ並みの荒唐無稽さがあっても悪くない。何せ従来の日本語の概念にはない降りようなのだから。

(夏本番の花グラジオラスが咲いた。別名は唐菖蒲(とうしょうぶ)。その名のとおりアヤメ科)
澄んだ朝猛き暑さよ負けるまい [2018年07月10日(Tue)]

fumihouse-2018-07-10T07_21_57-1-thumbnail2.jpg澄んだ朝の空
この青空は被災地につづいている
広島、岡山、愛媛・・多くの府県に
梅雨明けの眩しく痛いまでの太陽が照りつける
真夏日か猛暑日か
わたしたちは今日も汗を流すであろう
汗を流すというと
爽快なスポーツの汗
快い労働の一汗を思い浮かべる
そんなものではない
悔し涙を含んだ辛い汗
消防や警察、自衛隊員にとっては
固く締まった土砂を取り除く熱中症寸前の汗
癒えることのない悲しみ
皆さまの無事と健康を祈る
50回ファーストキスの得難さよ [2018年07月09日(Mon)]

fumihouse-2018-07-09T22_18_41-1-thumbnail2.jpg『50回目のファーストキス』では、長澤まさみが彫像のように美しく光る。お茶目なところも人間味があってよろしい。コメディでも笑わせてくれる。

ハワイ・オアフ島に住む瑠衣(長澤まさみ)は、交通事故によって高次脳機能障害を患っている。翌朝になると昨日のことを一切覚えていない記憶障害だが、事故以前のことは覚えている。父と弟は腫れ物にさわるように同じ生活を繰り返していた。

瑠衣に一目惚れした大輔(山田孝之)は猛然とアタックし、二人は恋に落ちた。残念ながら一晩眠ると赤の他人に戻って元の木阿弥。大輔は一計を案じた。瑠衣に毎朝、事故以後をふり返るDVDを見せるよう仕組んだのだ。二人の仲は急速に進み、瑠衣は「ファーストキスって最高!」と、キスをするたびに感激する。

初めての体験。何事もそうなのだ。未知への扉が開く未体験ゾーン。ドキドキしてめくるめく快感がある。ただ慣れてくると、新鮮さは薄れて当たり前のこととなる。楽しむことができず、感謝がなくなり、不満など持つようにもなる。しかしそれが失われてしまうとき、得難い貴重なことであったのがわかる。日々のルーティンを大切にしよう。何気ない会話だって宝物なのだと思う。

(八甲田山の沼地に生えるゴゼンタチバナ。山法師に少し似ている)
学習しスポーツマンよ清々し [2018年07月08日(Sun)]

fumihouse-2018-07-08T18_11_14-1-thumbnail2.jpg本田圭佑がベルギー戦を振り返って心境を語った。

 まあ、今はすごく、何というんですかね、
 きよきよしいというか。

テレビのキャプションを見て、わたしは「きよき・よしい」と読んでしまった。「清き・良しい」という言葉があるんだと思った次第だが、なわけはない。

わたしは清清しいを、「せいせいしい」と読みそうになる。なかなか「すがすが」と読みが浮かんでこない。口に出して読むときには、特に「せいせい」とか、「きよきよ」と言わないようにしなければならないな。

若い頃、激論したり、大口を開けてしゃべり続ける様を「口角(くちかど)泡を飛ばす」と言ってやんわりと注意されたことがある。そうとばかり思っていたのだ。もちろん「こうかく」が正しい。

さて、本田はTwitterで次のようにツイートした。

 お恥ずかしい。漢字が苦手で。
 でも、もうしっかり覚えました。

それこそ、すがすがしく進化し続けるスポーツマンの姿である。

(八甲田山に清々しく咲いていた岩櫨(イワハゼ)。別名は萼が赤いので赤物)
大雨を避けて青秋しとしと雨 [2018年07月07日(Sat)]

fumihouse-2018-07-07T21_23_16-1-thumbnail2.jpgこの旅行中晴れたのは、飛行機が雲の上空に達したときだけ。しかも帰りは、羽田空港から出雲行きが飛び立つ条件として、視界不良のため引き返すか他の空港に降り立つこともあり得ると提示された。

秋田空港から日本一深い田沢湖へ。田沢湖高原温泉に宿泊後、森吉山の高山植物を楽しむつもりだったのに風雨と寒さでゴンドラ駅から一歩も外へ出なかった。青森・大鰐温泉ではワイナリーで試飲してぐっすり眠り、翌朝は十和田湖から流れる奥入瀬渓流をガイドさんの案内で散策した。降る霧雨がオニグルミやブナ、カツラといった大木からしたたり落ちて雨カッパが手放せなかった。秋田の山岳近郊ではニセアカシアが爆発的に増えていると聞いた。花の季節は終わったが、丸い豆系の葉っぱの群落が確かに多い。ロープウェイで上がった八甲田山ではカッパこそ着たままだったが、山の小花が面白かった。三日目の温泉は鰺ヶ沢温泉。日本海を見下ろし、津軽のありようを決めてきた岩木山を見上げた。最終日の世界自然遺産・白神山地を歩いた。ガイドさんの津軽弁を理解できないところもあったが、雨を集めて木肌を雨水が流れ落ちるのを初めて目にした。ブナ林のふかふかの腐葉土の上を歩くのは気持ちがいい。バスは一路青森空港へ。羽田経由で出雲へ向かった次第。

10キロ以上の上空にもかかわらず高層雲が太陽を隠していた。着陸が近づいて降下すると雲が晴れた。下空には一面の雲海。しばし沈もうとする太陽と追いかけっこするフライトを楽しんだ。さらに下降し雲に入る。揺れる、機体が軋む。雲の層を過ぎたが、別の雲の層が控えている。いよいよ着陸時間が迫っても雲は晴れない、下界が見えない。見えたと思ったら滑走路は目前だった。おかげで無事に出雲空港に降りて、私の夏休み旅は終わった(広域で大雨の被害。被害に遭われた方、犠牲になられた方にお悔やみ申し上げます)。
東北で西南日本の無事祈る [2018年07月06日(Fri)]

fumihouse-2018-07-06T21_19_43-1-thumbnail2.jpg観光地へ行く。仕事で行ったついでに観光する。たいていは一回だけのことが多い。お気に入りの場所だったり、遠足などの定番であったりすれば何度も行くことはあるけれども、多くは一回だけ。

昨日は青森・大鰐温泉に泊まった。「おおわに」と読む。日本にアリゲーターやらクロコダイルはいないから、鮫の古名のワニである。内陸部への流通が不便だった昔は鮫の肉が重宝された。それ由来の地名だろうか。

大鰐温泉は二度目である。何十年も前に冬場に来たことがある。深い雪が一階部分を覆い、地上と屋根がつながっていた。暗闇にしんしんと雪が降り積もり街灯が照らしているのを、不安な気持ちで眺めたことを思い出す。それでもなお宴会は続き、翌日はカラリと晴れたことを思い出す。

二回目の今回はツアーで来た。飛行機を乗り継ぎ、旅行社のバスに乗ってあちらこちらを巡る気楽な旅をしている。景勝地に加え、人情や食べ物でもって東北の風情を感じる。ただし雨はしとしと、若しくは霧雨が続いている。

テレビをつけると各地で大雨特別警戒が発令されているではないか。福岡、佐賀、長崎、広島、岡山、鳥取。状況が刻々と伝えられる。これ以上大雨が続かないことを祈る。

(八甲田山に咲くアオモリトドマツの松ぼっくり。高貴な紫色)
勝負とは栄光一つに敗者決め [2018年07月05日(Thu)]

fumihouse-2018-07-05T21_02_36-1-thumbnail2.jpg敗者がいれば勝者がある
勝者は、勝って兜の緒を締めよ
敗者は、臥薪嘗胆、今に見よ
負けるときもあれば勝つときもある
祇園精舎の鐘の声、盛者必衰の理をあらわす
禍福は糾える縄のごとし

人生は勝負の連続
人生が終わるまで続く
ひとはなぜ飽くことなく、勝負に挑むのか
そこに勝負があるからだ
勝つために、負けて悔しさを晴らすために
自分の目標を完遂するのだ
何らかの世の動きに貢献したいと願うのだ

FIFAには211の国と地域が加盟する
その場でもってベスト16とは恐るべき実績
でも負けたのは心残りだ
あれだけリードしたがゆえに
ベスト8の次は準々決勝、準決勝
決勝で最後の敗者が決まる
そう、戦いとは210の敗者を決める過程なのだ
1チームの栄光の影に210の涙の一群があることを忘れまい
ヨロシクと四苦と八苦で路をいく [2018年07月04日(Wed)]

fumihouse-2018-07-04T12_08_24-1-thumbnail2.jpgよろしくお願いします、の「よろしく」を漢字で「世路四苦」と書くことをご存じだろうか。この世にある道は四苦八苦に満ちており縁起でつながっているというのが語源だ。

まだ王子だった釈尊の有名な故事、四門出遊。城の東門から出ると老人を見た。南門では病人と会い、西門を出ると葬儀を目撃した。ひとが生きるとは老いや病、死に直結すると感受性の強い王子は悩んだ。生老病死の四苦である。北門を出ると清らかな足どりで歩く出家者に感動し、自分も出家しようと決意した。それが語源となった世路四苦である。

んな、わけはない。単に形容詞「よろし」の連用形。相手に配慮を期待して使う、けっこう軽い挨拶語になってしまったが、もとはと言えば甚深の意味を込めていたはずだ。しかし今となっては耳を通りすぎる記号でしかない。

(凌霄花(のうぜんかずら)があれよというまに乱れ咲く。私を暑苦しくて淫靡な花だ、なんておっしゃらないでいただけますか。どうぞヨロシクお願いいたします、と言っている)
あめつちの日本の起源古事記より [2018年07月03日(Tue)]

fumihouse-2018-07-03T18_34_03-1-thumbnail2.jpgJR西日本が導入した新型観光列車「天地」。「あめつち」と読む。鳥取駅と出雲市駅間を一日一往復する。山陰は自然豊かなところに加えて神話や酒、歌舞伎、相撲といった日本文化のルーツとなった原風景の持ち味もある。名付けてネイティブ・ジャパニーズ。「古くて新しい日本の発見の旅を演出」するのだそうだ。

土日プラス月曜日の運行で朝9時に鳥取駅を発って、のんびりと4時間近くかけて出雲市に到着する。帰りも午後2時前の出雲市駅発で、ゆっくりと鳥取に向かう。主な停車駅ではイベントが催されることだろう。

2両編成で定員は59名、料金は片道4540円で、天地御膳2500円とスイーツセット2000円を加えたらそこそこの値段とはなるが、紺碧の海とコバルトブルーの空を眺めつつ旅を満喫できるだろう。

車窓からはなかなかの景色が楽しめるはずだ。日本海と大山のコントラスト、山々が宍道湖と空にはさまれる構図、出雲平野を貫く斐伊川はスピードを緩めてもらって絶景を楽しもう。写真撮影は期待しないほうがいい。ファインダーをのぞいているうちに過ぎてしまのは愚かだ。目にしっかと焼き付けよう。

ロゴのデザインは、漢字の天地(あめつち)を取り合わせ、太陽から放射する陽光。これがまるで後光のように神々しい神の国をイメージさせる。地には広大な海が横ラインであしらわれている。シックで高級感のある天地の車内から、豊かなミニ旅を楽しんでもらいたいものだ。
サンズイを零に掛けたらどうなるの [2018年07月02日(Mon)]

fumihouse-2018-07-02T18_09_37-1-thumbnail2.jpg台風7号が接近中。そのせいか、南海の湿って暖かい空気が運ばれてここ数日暑過ぎる。台風一過後、関東甲信並みに一気に梅雨明けを迎えるのだろうか。

夏といえば水。川や湖、海での行楽が楽しい季節。【澪】という漢字がある。「みお」とは、水尾、または水緒。水が流れて筋を引く。船が通った跡に残る泡や水の筋。「澪を引く」と表現しただけで、幼い頃の記憶の断片がつながっていき、恋人たちは愛の航跡を思い浮かべるのだ。

澪はサンズイに零。零(ゼロ)に大きな数を掛けてもゼロのまま。水をかけたらどうなるか。地球始まって以来の大叙事詩があらわれる。だから私たちは海にロマンを感じるのだ。もちろん悲劇もあわせもって、海はあらゆる生物の母であり父である。

(夏の花アガパンサスが咲いている。出雲弁で過ぎるほど沢山のことを、アバカンという。時折間違える、アバカンとアガパンサス)
家族とはニセと本物どちらいい [2018年07月01日(Sun)]

fumihouse-2018-07-01T13_23_09-1-thumbnail2.jpg他人には愛想よくふるまっても家内では子供を虐待し憂さを晴らす本物の家族よりは、擬似家族のほうがいい。姉をないがしろにし可愛い妹だけをえこひいきする実の両親よりは、ニセ家族のほうがまし。

カンヌ映画祭の最高賞を受賞した『万引き家族』は家族のありようを考えさせてくれる。血のつながりだけが家族の条件ではない、そうした当たり前のことをつきつける。

一つ屋根の下で生活するが血縁はない6人の擬似家族。バアちゃんの年金、トオちゃんの日雇仕事、カアちゃんのパートで暮らしている。夕飯はトオちゃんとムスコが万引きしてきたカップ麺。ムスコは小学校には通っていない。住民票などないからだ。ファッションヘルスで働くネエちゃんもおり、のちにムスメも加わった。

みんな仲がいい。家族以上の絆で結ばれている。海水浴に行って楽しんだ一日がカゾクの最高潮のとき。むつみ合う姿がほのぼのと幸せそうだった。

絆が強いといっても、全力で互いを守り合うわけではない。バアちゃんが死んだ。葬式はしない。死亡届も出さずに、軒下に埋めた。ムスコが飛び降りて入院した。犯罪がばれそうになって他の者は夜逃げしようとした。その程度の絆だ。

ムスコがごまかしに気づくところがある。「家で勉強できないヤツが学校に行く」「店で誰かが買うまでは誰の持ち物でもない」。彼が迷ったことがきっかけになってカゾクは崩壊を始める。

カゾク解消の段になって、トオちゃんは「もう、おじさんに戻る」とムスコに伝える。バスが発車して後にムスコの口が開いた。「お・と・う・さ・ん」と。帰るべき実の家族はないが、心地よかった日々が懐かしい。ほとぼりが冷めたら、再び擬似家族に逃げ込もうとするかのような雰囲気で映画は終わった。どんなに毎日が薄氷を踏むような危うい毎日であっても、彼らは仮りそめの絆を頼って生活することになるのだろうか。

(下野の国で最初に見つかったという花。下野にちなんでシモツケと名付けられた。紫陽花の額部分に似ている)