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知は光り学は闇を払うもの [2017年12月31日(Sun)]

fumihouse-2017-12-31T20_35_53-1-thumbnail2.jpg【無学】には2つの意味がある。ひとつは仏教言葉で、煩悩を断ちつくして学ぶことのなくなった境地。わたしも含めて普通のひとには縁のないことだ。

もうひとつは、学問・知識のないこと。知識が多くても活用する智恵がなくても無学だ。さらにどんなに知識と智恵があったとしても、利己的な使い方であれば意味はない。読み書きができない無学文盲の人はこの地球上にあまたいる。

「誰も置き去りにしない」を理念としているのは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)。2030年までに地球上から貧困をなくし、地球環境を保ち、人類の平和を実現するためには、無学という闇を振り払っていかなければならない。利他のための知が光る2018年になるよう願っている。
たんぽぽと星が歌うや冬の空 [2017年12月30日(Sat)]

fumihouse-2017-12-30T13_17_01-1-thumbnail2.jpg今夜は星が見えるだろうか。晴れたと思って心踊らせると、たちまち曇る。ちらちら雪が舞ったり、霧雨が眼鏡を濡らしたりする。あ〜あ、気を紛らすうちにやがて雲間から太陽が顔をのぞかせる。西高東低、出雲の冬はこんなもの。

写真はタンポポではないが、陽光のもと鈍く光る臘梅。金子みすゞは歌った。ならば私も歌おう。大晦日前、30日の青いお空の底深く、見えぬようでもあるんだよ、心澄まして見てごらん、きっと見えるにちがいない。


   星とたんぽぽ
          金子みすゞ
  青いお空の底ふかく、
  海の小石のそのやうに、
  夜がくるまで沈んでる、
  晝のお星は眼にみえぬ。
   見えぬけれどもあるんだよ、
   見えぬものでもあるんだよ。
何もかも焼夷弾の雨焼き尽くせ [2017年12月29日(Fri)]

fumihouse-2017-12-29T22_42_29-1-thumbnail2.jpgNHKドキュメンタリー『日本はなぜ焼き尽くされたのか』を見た。日本全土の都市のほぼ全てを焼夷弾で絨毯爆撃したアメリカ軍。B29の大編隊で10万人もの非戦闘員を殺戮した東京大空襲。さらに広島、長崎への原爆投下。これらを戦争犯罪として裁かなかったのは、勝てば官軍という明らかに誤った思想であると私は思う。

米空軍が陸軍から独立したのが戦後1947年だそうだ。つまり太平洋戦争時は航空部隊は陸軍の一部局でしかなく、空軍が独立して作戦を自在に展開するということが彼らの悲願であった。日本軍から制空権を奪取し、決定的ダメージを与えることが至上命題であった。

当初はピンポイントで、軍事拠点や重要産業施設を攻撃した。日本爆撃用にB29を開発し、1万メートルの高度から精密装置を使って爆撃したが、日本の上空に吹き荒れる偏西風(ジェット気流)のせいで命中率は極めて低かった。

B29の目的は変った。焼夷弾を大量に積み無差別爆撃という非人道的作戦を遂行してしまったのだ。「過激なことをやる」と空軍幹部が意図したとおり、40万人もの民間人を殺した。原爆も同じだが、終戦を早めるとどんなに屁理屈をつけても、非理な行いの償いはできない。戦争を楽しむという魔物に取りつかれたとしか思えない。

戦争は今も続いている。戦いに勝つという魔に人類が魅入られる限り、地球の未来は暗い。価値観の違いを乗り越えて、対話と寛容の高い精神性が求められている。
ワンダフルハッピなイヌにイヤイヤと [2017年12月28日(Thu)]

fumihouse-2017-12-28T23_23_14-1-thumbnail2.jpg干支はあと4日で酉から戌へ。酉年は、なんと(とり)こぼしの多い年で一石二(鳥)とは相成りませんでした。それでも(とり)返しのつかないほどのことはなかったように思います。来年は、鬼の(いぬ)間に頑張って、(ワン)ダフルなり人生は!と歳末に言える一年をめざします。んっ?鬼って誰だ? まあまあ追究しないで。己心の魔、天気や状況の邪魔、すべての魔物です。

一所(懸)命、(健)闘し、(ワン)さと良いこと起こすんだ。運を天に任してジャン(ケン)ポン、勝っても負けても(去ぬ)ことなし。(ワン)ランクアップのハッピ(イヌ)ーイヤーを迎えましょう。

仕事納めの今夜は、入場料が(ワン)コインとはいかないけれど、出雲高校の吹奏楽部演奏会。2年生を中心にこの一年頑張った集大成。吹奏楽全国大会への(ワン)チャンスを逃したのは残念ですが、(堅)実な演奏、(健)康的な笑顔が魅力的な高校生たち。しかもエンターテイ(ワン)ト満載の演奏会。途中で(いぬ)る客は誰もいません。お楽しみの(ワン)ダーランドと化した出雲市民会館大ホールでした。(ワン)マンでなく、チームワークの協働作業。天晴れな夜でした。
瑞風を蒸気機関が牽引す [2017年12月27日(Wed)]

fumihouse-2017-12-27T18_31_05-1-thumbnail2.jpgトワイライトエクスプレス瑞風を蒸気機関車が牽引したら、どんなふうになるでしょうね。濃い緑の車体、硬質だが流線型のフォルム、広い窓からは高級感のある室内調度品がのぞいている。機関車はもちろん瑞風の車体に一体化させたデザインで、大きな車輪とシリンダーをつなぐクランクからは重厚な摩擦音が響き渡り、ボイラーから発した蒸気が警笛とともに周囲を圧します。新作の映画『オリエント急行殺人事件』を見ていたらそんなことを思ったのでした。

迫力ありました。蒸気機関車の迫力、イスタンブールからヨーロッパを南から北へ。アルプスの山岳地帯を越えて行く。真冬の凄まじい雪に加えて雪崩の迫力。さらに探偵ポアロが頭脳戦だけでなく、アクションでも迫力満点の見せ場をつくってくれるとは驚きでした。

イスタンブールでポアロが乗車したのはオリエント急行でした。休暇中だったにも関わらず、そこで殺人事件が起こります。筋書きはご存じのとおり言うまでもないですが、映像的な迫力にとどまらず、ポアロの心が大きく揺れるのも、迫力満点でした。真実を追求することが果たして正義なのか。犯人群が抱いた深い悲しみは理解できた、しかしそれを最後まで守ってあげるべきなのか。ポアロは揺れました。そして自らの死を賭して彼らの善なるものを引き出したのです。

ポアロに電報が来ました。エジプトへの来訪を要請するものでした。アガサ・クリスティ「ナイルに死す」が続編となる前触れです。

主演はケネス・ブラナーでした。『ハリー・ポッターと秘密の部屋』でのロックハートは、嘘八百の頼りない魔法学校の先生でした。『ダンケルク』で演じた撤退作戦の指揮を執る海軍将校は最高にカッコよかった。この映画はどうかと期待していました。しかも監督ですから。自前だという二重のカイゼル髭が立派です。これだけでも従来のポアロ像を変えました。見るに値する映画です。
狂気とは笑顔の中にもあるもんだ [2017年12月26日(Tue)]

fumihouse-2017-12-26T20_16_49-1-thumbnail2.jpg北野武は笑顔でもって狂気を表すのに長けた俳優である。以降監督として狂気を描くことになるが、わたしは彼の映画を怖くて見ることができない。1983年の『戦場のメリークリスマス』では、太平洋戦争の日本軍集団が演じた狂気を、ビートたけしの無邪気な笑いが見事に表現したと思う。当時のたけしは演技がひどいと滅入ったというが、あの不気味さはなんとも言えず恐ろしい。

故大島渚監督の残した反戦映画である。舞台は英国空軍部隊捕虜たち数百人を収容したジャングルの中。たたき上げの軍曹だったハラ(たけし)がC級戦犯として死刑執行される前日独り言つシーンがある。「私は日本軍人がしていた普通のことをしただけだ」と。死の覚悟はできてはいても、死刑になる理由に納得していない。空気で動き、異国人でも異分子の存在を許さない日本人集団。さらに国家神道を狂信していた集団に毒されていた人には分からなかったかもしれない。

坂本龍一演じるヨノイ所長(大尉)は武道の達人であり教養もあった。ジュネーブ条約など捕虜への人道的扱いを知らなかったはずはないが、彼も狂気の中にあった。大尉は作戦失敗のため捕虜となったジャック・セリアズ少佐(デヴィッド・ボウイ)を彼の反抗的態度にもかかわらず守ろうとする。最初はヒューマニズムのある軍人だと思わせられた。実はヨノイはホモセクシャルな魅力をセリアズに感じて狼狽していたことが後にわかる。

ヨノイはやがて異常な指揮をとるようになる。英国人捕虜からはもちろん、軍内部からも不審の念をもたれる。ホモセクシャルだけが原因ではない。彼は大尉。敵方とはいえ、相手が少佐という上級階級にあったことも錯乱の理由だと思う。明治以降日本人が欧米人に対して抱いたコンプレックスもそれに拍車をかけた。英国軍人にもかつて日英同盟で日本を教え導いてきた誇りや世界制覇のエリート意識も重なっていたのだと思う。

異常な状態が当たり前となる戦乱。狂気が正当だと評価される戦闘。戦争はなくさなければならない。しかしその戦争は今も続いている。

(狂気ではない。花は落ち着け落ち着けと言っている)
どう生きる大上段に語る叔父 [2017年12月25日(Mon)]

fumihouse-2017-12-25T18_18_47-1-thumbnail2.jpg吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』が本屋に平積みになっています。教条主義的なきらいはありますが、何のために勉強するのかという視点、人類が獲得してきた技術や知識を次代にいかに伝えるという点で、得るところの多い書物です。

コペル君こと本田潤一は十五歳。戦前の旧制中学校に通っています。ものの見方を叔父さんはコペル君に教えます。大学を出てまだ間もない法学士ですが、深い教養の持ち主です。

社会科学への眼を開いていくコペル君を通して著者は青少年へ啓蒙するのです。弱肉強食の生の資本主義へ警鐘を鳴らします。戦前にあって社会に矛盾を見つけることは即、社会主義や共産主義に眼がいくわけですから、当局はこの著者を警戒していたことと思います。特高(特別高等警察)が眼を光らせている頃です。こんな文章を書くなんて危険極まりない。さぞ勇気のいることだったでしょう。

多感で聡明なコペル君は亡くなった父の弟たる叔父さんに、信頼して何でも話します。本の構成は叔父さんがコペル君に語る「ノート」が中心です。その明晰で崇高なこと、誰にでも分かりやすく言葉も選ばれています。

≪子供のうちは、どんな人でも、地動説ではなく、天動説のような考え方をしている。(中略)人間がとかく自分を中心として、ものごとを考えたり、判断するという性質は、大人の間にもまだまだ根深く残っている。いや、君が大人になるとわかるけれど、こういう自分中心の考え方を抜け切っているという人は、広い世の中にも、実にまれなのだ。(中略)たいがいの人が、手前勝手な考えにおちいって、ものの真相がわからなくなり、自分に都合のよいことだけを見てゆこうとするものなんだ。(中略)自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに知ることが出来ないでしまう。大きな真理は、そいういう人の眼には、決してうつらないのだ。≫
(『君たちはどう生きるか』吉野源三郎著,岩波文庫,1982年)

叔父さんはさらに語っていきます。
・人類の英知の継承と勉強する意義について
・貧富をはじめとした社会階層の差について
・リンゴが落ちたという事実から万有引力まで想像を押し広げることについて
・ナポレオンを題材に人生を切り開くと同時にいかに権力を使うかについて

とても興味深い内容ばかりです。多くのひとに読んでほしいと思いました。
クリスマス遠い日本を席巻す [2017年12月24日(Sun)]

fumihouse-2017-12-24T20_15_10-1-thumbnail2.jpg今日はクリスマス・イブ。イエスが生まれる前の晩だったといっても、クリスチャンでなければ特に関係のないことなのだが、キリスト教の影響力たるやすごいもの。なかでもサンタクロースは世界を席巻した。

4世紀の聖ニコラウスの伝承が元。極貧の家族を助けるため、真夜中に窓から金貨を投げ入れたところ暖炉横に吊るされていた靴下の中に入り、おかげで娘を身売りしなくてもすんだという伝説からサンタクロースの話が生まれた。

ホッホッホーと笑い、赤い服とナイトキャップ姿で白ヒゲの太った老人。大きな白い袋には良い子の枕元に置くためのプレゼントが満載されて、8頭立てのトナカイが引くそりで夜中に秘かに回る。ふだんは北極圏に暮らす‥‥。こうしたイメージは19世紀にできたという。

イブの家庭にはきらびやかなツリーが飾られ、皆は「メリークリスマス!」と祝福しあいながら七面鳥を食う。音楽も多彩である。クリスマスソングたるや数えきれない。恋人たちの聖夜もあいまって、日本でもクリスマスソングは多趣多様、華やかだ。数日後にはハレの新春を迎える。この二つは厳冬期の憂さを晴らしてくれるものだ。

日本でクリスマス商戦が盛んになり、習俗として定着したのは高度成長期であろう。続いて日本が取り入れたのがバレンタインデー、続いてハロウィーン。11月最終金曜から週末にかけてブラック・フライデーを取り込む動きもある。それでも、たくさんの買い物客で街が賑わい、たくさんの笑顔が交わされるのは、何といってもクリスマスが一番だ。
窓を拭き賀状印刷歳末に [2017年12月23日(Sat)]

fumihouse-2017-12-23T23_13_04-1-thumbnail2.jpgホースをシャワー状にして窓ガラスに水をかける。洗剤が入った水をスポンジに含ませて洗っていくのがよいのだが時間が惜しい。スクイージーを上から下に滑らせると水とともに汚れが流れていく。縦に5列6列と流していくとキレイになるのがよくわかる。

今日は見えるところだけにして、見えないところは適当にすますつもりだったが、やるうちに本気になってくる。刷毛を使ってサッシの溝から砂ぼこりを掃き出す。窓枠や横溝は濡れタオルを使って汚れを掻き出した。時折死んだカメムシの臭いがしてくるのはご愛嬌。

年末に向けての準備、第二段は年賀状づくり。かつては構図を決めて下書きをしてプリントごっこで一枚ずつ慎重にプレスしたものだ。さらに宛名は墨をすって手書きをしていたものだったが、今や違う。ネットから無料台紙をいただいて写真と気の効いたフレーズを考えて2018年戌年の年賀状はできた。あとは印刷して、宛名を筆まめソフトで打ち出して、ひと言ペンで書き添えて、投函して完了。これでもまだ丸一日かかるけれども、昔に比べれば楽になったもんだ。
夕星に季節移って春よ来い [2017年12月22日(Fri)]

fumihouse-2017-12-22T18_07_45-1-thumbnail2.jpg冬の入りともに厳しい寒さ。寒さだけなら我慢もできるが、天気が悪いのはいただけない。その点瀬戸内や太平洋側の冬場がうらやましい。

長らく星空を見ていない。昨夕は久しぶりに星を見た。御者座のカペラ。黄みがかった主星が煌々としていた。前回見たときよりも高くなっていることに、季節の移りを知る。

もちろんずっと雨や雪、雲っていたわけではないが、わたしが外を歩き回るころに雲がかかっていただけのこと。それでも晴れ間が続かないと気分が晴れない。

今日は冬至。これから太陽が復活し始める。寒さが究むのはこれからではあるが、日は確実に長くなっていく。春に向かって前三後一。早く春よ来い。
徒然につれない日々を暮らしゆく [2017年12月21日(Thu)]

fumihouse-2017-12-21T20_11_55-1-thumbnail2.jpg「つれない」という言葉を使う人がいた。古風で新鮮な感じを受けた。

思いやりがなく冷淡なさまを示す。こちらの期待に反して、つれなく断られたらショックを受ける。「なんて、つれないひと!」と嘆くのはかつては女と決まっていたが、近頃は男だってつれなく無情な相手に泣かされることもあろう。

知った人に出会って声をかけて、つれなくされたらば辛い。こちらを記憶していないのはまだしも、そしらぬ顔をしてよそよそしく振る舞われるのは悲しい。そんな人は時と場合によって平然と顔を使い分けるのに違いない。

日々は過ぎる。順風満帆であるとは限らない。思うにまかせない時を過ごす。意のままにならない状況を呪う。 つれないは、連れない。連れがなくて寂しい。つれないは、釣れない。思うにまかせず相手と心が通じない。つれないは、吊れない。意に反して手の内に収まらない。それでも諦めず、かつ徒然なるままに暮らしましょうぞ。
ランナーと陸の王ななり足袋屋さん [2017年12月20日(Wed)]

fumihouse-2017-12-20T20_27_05-1-thumbnail2.jpgテレビドラマ『陸王』を毎週楽しみに“新鮮な”気持ちで見ている。回を追うごとに視聴率が上がるようで人気のほどがよく知れる。

老舗の足袋製造業のこはぜ屋。暖簾は古くても吹けば飛ぶ零細企業が大企業寡占のランニングシューズ業界にあえて参入するのだ。足袋製造で培った技術を生かして、「陸王」は良いシューズになりそうなのだが思うにまかせない。メインバンクや大企業を相手に奮闘するチーム陸王は、私にとって“新鮮な”存在だ。

困難を乗り越えるたびに新たな障壁があらわれてドン底に落ちる。それでも粘って歩いて脳ミソを絞り出すようにして、今度こそと勝負に臨む。ものづくりの匠たちが精魂を尽くして諦めない姿に熱いものが込み上げる。かつ人を財として大切に扱う姿にも心が動く。

いよいよ次の日曜は最終回。こはぜ屋は再生するのか。陸王はランニングシューズとして成功するのか。“新鮮な”気持ちで楽しみにしている。

池井戸潤の原作『陸王』は読んだ。本屋大賞の候補だったから読んだのだ。しかしドラマの展開がわからない。最後はハッピーエンドになるという印象しか残っていない。

要は、筋が面白いから早く続きを読みたい。文を味わうこともなく、台詞の裏にある真意を想像することもなく、前のページを振り返ったり先を予測することもなく、登場人物を自分に引き当てて生きる指針にするのでもない。ひたすらに目の前の物語に没入していたことの表れだろう。

没入といえば聞こえはいいが、ただただ考えずに読み進んでいただけなのだ。だから読み終わったらキレイさっぱり忘れてしまった。本の読み方も考えなければいけないなぁと思っている。
ニョキニョキィいろはキャベツに春はくる [2017年12月19日(Tue)]

fumihouse-2017-12-19T18_04_21-1-thumbnail2.jpg写真は葉牡丹。冬の色ものの典型であり、重なった葉が牡丹の花のように美しいとして葉牡丹と名づけられた。紅白の色合いがめでたいので、江戸時代から正月に飾られてきたという。

アブラナ科でキャベツの仲間。だから葉っぱがキャベツにそっくりで、食欲をそそる(私にとってという意味)。暖かくなると中央からニョキニョキっと茎が伸びていき、菜の花を咲かせる春の風景が待ち遠しい。

薄紅、白、薄緑など、脱色した冬にあっては貴重な色合いを出してくれる葉牡丹であるが、花の王とされる牡丹に比べたら地味過ぎる。私にはキャベツにしか見えず、花キャベツという別名もあるくらいだ。私は新しく『いろはキャベツ』と名づけたい。色葉に加えて、色は匂えど散りぬるを我が世誰そ常ならむ〜と諸行無常を詠ったいろは歌に掛けて、いろはキャベツ! いかがかな?

ふん、くだらぬ!と言われようとも、葉牡丹の花言葉に掛けて許していただきたい。花言葉は、物事に動じない。
物事に清々したか清々しいか [2017年12月18日(Mon)]

fumihouse-2017-12-18T19_32_50-1-thumbnail2.jpg清清しいとは、さわやかで気持ちがよいさまを表している。物事にとどこおりがなく、すらすらと躊躇のないことも意味する。

ところが私は、すがすがしいを「清清(せいせい)しい」と読みそうになる。「あー、もうせいせいした!」と言うと、嫌なこと、胸につかえてきたことが済んでしまってホッとする様子もあるから、私が「せいせいしい」と、読み違えるのもわかってもらえると思う。

「清々する」は「晴晴する」とも書くから、晴れ晴れとわだかまりがなくなった様子が感じられるではないか。一般的には「くそっー、あの野郎せいせいしたぜ!」みたいな使われ方をするので、「すがすがしい」と「せいせいする」のは、大分違う。プラスの使い方とマイナスの使い方の両端に分かれる。

清いとは、水が澄みきって気持ちがよいさま、きれいに整理されたさまを表しているとおり、「清清」のほうも出来るだけプラスに使う機会が多いといいと思う。

(すがすがしい春の花。まだ冬は始まったばかりだが、早く春よ来ておくれ)
当たり前そうでないのと感謝して [2017年12月17日(Sun)]

fumihouse-2017-12-17T19_50_14-1-thumbnail2.jpgつい先日の午後、この冬初の大寒波で山陰線は一時完全ストップした。強風が吹き荒れて運行ができなかったのだ。翌朝いつものように通勤できたのは嬉しい。

非常時のことを考える。大雪が降る、大嵐となる。大雨が降る、洪水がおき土砂が崩れる。水道が止まる、電気が消える。耐性は、人によって地域によって違うが、一定程度をこえると非常事態となる。長時間になればなるほど生活は混乱し、大きくほころぶ。

当たり前であることは当たり前ではない。うまくいくことがどんなに多くの方々のおかげで成り立っているかを普段は忘れがちだ。世界の多くの地域ではインフラが破壊され、人材を教育する余裕もない。負のスパイラルでますます貧していく。そんな世界の常識的な現状を考えると、日本でこうして当たり前を享受できることは、当たり前ではない。そのことに感謝しよう。

昨夜から再びシベリアの寒気団が張り出してきた。ラニーニャ現象によって蛇行しているという偏西風が寒気を連れてくる。この冬は寒さが何度もやってくるらしい。用心用心。

(今朝の我が家の積雪具合は、少し凍みて少し積もった程度。一日中降ったり止んだり晴れたりを、目まぐるしく繰り返した)
自転車のエネルギーたるやすごいんだ [2017年12月16日(Sat)]

fumihouse-2017-12-16T12_02_05-1-thumbnail2.jpgながらスマホの電動自転車の女子大生が、歩いていた高齢女性を殺したのは川崎でのこと。左手にはスマホ、右手には飲み物を持ち、しかも耳にはイヤホン。あまりに無体なルール無視である。「ぶつかるまで気付かなかった」そうだが、それだけ集中力を欠けば、見えないのも当然だ。

横浜でも男子中学生が犬と散歩していた高齢女性を殺した。スマホではないが、脇見が原因だ。周囲に街灯はなく暗かったというが、暗ければ暗いなりの注意義務がある。

自転車はクルマに比べれば遅い。死亡事故だってめったにない。しかし、ゆるゆると運転していたとしても、人を殺すのに十分な運動エネルギーを持つことが今回の事故でもよくわかる。歩行者であるときは、ゆめゆめそれを忘れてはならない。

冬はそれでなくても地味な暗い色の服装になりがちだ。歩行者であるときは、特に夜は反射タスキに小さめの懐中電灯は必須だ。なおかつ、周囲には気を配ることが自衛手段となるだろう。

(冬の暗い夜にはキレイな山茶花だって見えやしないのだから、回りに注意したいもの)
バランスで仕事と人生カエテみよ [2017年12月15日(Fri)]

fumihouse-2017-12-15T17_30_01-1-thumbnail2.jpg(株)ワーク・ライフバランスでは、働き方を見直しワークライフバランスを実現していくために、『カエル会議』を唱えています。

カエルには、早く「帰る」、仕事のやり方を「変える」、人生を「変える」という三つの意味が含まれています。三つを実現するために会議を刷新します。単に業務の進捗を確認するのではなく、メンバーの合意のもとチームのなりたい姿を描き、どのようにたどり着くのかを議論していくのだそうです。

内閣府の『カエル!ジャパン』とも呼応しています。ひとつ「働き方」を変えてみよう!というキャッチで、仕事の生活の調和を目指してキャンペーンが始まったのが6,7年前でしょうか。

カエルには、自分や周りが囚われている思考の固さを「換える」ことも含まれると私は想像します。さらに、生まれ変わって本物の自分に「孵る」ことにもつながるのではないでしょうか。

今日はわたしの事務所の忘年会。終業時間と同時に職場を出ました。今夜は、まっ、ワークライフ云々も忘れて飲むことにしましょうかね。もちろんセクハラ、パワハラには十分注意です。

(松江城の石垣は野面積み。大小の石が組み合わさって見栄えはよくないが、強靭だという。強く、かつ柔らかに仕事をしたいもの)
幸せの青い鳥かな夢をみて [2017年12月14日(Thu)]

fumihouse-2017-12-14T19_44_20-1-thumbnail2.jpgメーテルリンクの『幸せの青い鳥』を読んでみます(童話しか読んでない)。場所を変える→達成できなくて失望を味わう→幾度か繰り返す→価値観の革新が起こる。外の世界で酸いも甘いも経験することで多様な価値観を知り、自身の考えに変化が起こる。すると、故郷やホームグランドにかつては思ってもみなかった魅力があることに気がつく。すなわち青い鳥が目の前にいることを知るのです。

理想を求めて転職を繰り返し、新しいものに手を出す。単にこらえ性がないだけなのに、自分は悪くないと強弁するのを青い鳥症候群と言うそうですが、今いる場所にこだわり過ぎて外を見ないのも反対に問題です。少しは青い鳥を探してみるのもいいことです。ときには冒険をして、思い出の国や幸福の国、未来の国へと短い旅に出てみるのもいいでしょう。きっと良い体験になるでしょうね。
日が落ちて冬は至るか落ち込むか [2017年12月13日(Wed)]

fumihouse-2017-12-13T17_25_05-1-thumbnail2.jpg闇を迎える時間が遅くなる。冬至のころには、夕方の太陽は回復して闇夜がほんの少し短くなる。帰宅の時間帯に近い17時前後に明るくなるのは嬉しい。

一方で朝はつらい。今日13日、松江の日の出は7時08分。さらに遅くなって大晦日から1月14日の2週間は7時17分で、闇夜の延長戦は続く。寒さの本番はこれからだけに、ふとんから飛び出るのは大変だ。

冬季の鬱がある。季節性情動障害というが、天候、暗さ、寒さに起因するのだろう。無気力感に襲われ人づきあいがおっくうになる。また日中に眠気が強く、集中が続かないという。光の刺激が低下するとセロトニン(神経伝達物質)が減って脳の活動が低下することが原因と言われている。

もしもクリスマスや正月という賑わいがなく、淡淡と冬が過ぎていくとしたら、もっと多くの人が精神的に病むことになるのかもしれない。これも先人の知恵なのだろうか。

(ひたる気分にはなっていないが、店頭のクリスマスツリー)
姿勢よく歩いていいのは良い天気 [2017年12月12日(Tue)]

fumihouse-2017-12-12T17_41_38-1-thumbnail2.jpg姿勢よく歩こうとすれば、背を伸ばし、頭をまっすぐにして、歩幅をなるべく大きくとることだ。荷物を持つのはせいぜい片手だけにして、手を振って歩く。下を向いて足元を見ながら歩くのは、周囲の状態に気づけないことがあるから危険だ。1キロ先を眺めるつもりでいくのが良いと聞く。

昨日から寒波が襲来し、真冬の寒さとなった。日本海側の各地では積雪があり、出雲の平野部でも今朝は、霰の上に粉雪が積もって1センチほどになった。クルマはのろのろと用心して進み、私も慎重に歩みを進めた。

こんな朝は姿勢よく歩いてはいけない。背を丸めて、頭は傾げて、歩幅を小さくとることだ。手を振って歩いてはいけない。せいぜい2メートル先を見て歩こう。踵から着地してはいけない。危険を避けて歩きたい。明日も大荒れが続くという。クルマは追突に警戒を! 歩行者は転倒にくれぐれも注意を!
着信音じっと我慢の赤を待つ [2017年12月11日(Mon)]

fumihouse-2017-12-11T17_59_40-1-thumbnail2.jpg運転中にメールの着信音。もちろん出られない、出てはならない。信号待ちになったら手を伸ばす(道路交通法で停止中は可)。セキュリティを解除して、着信マークをタップして、メールを読む。返信しようと文字キーをいじり始めると、もう青信号。もう少し時間がほしいと思う。ときには信号がかわったのに気がつかなくて、後続車からクラクション。慌てて発進。

通常の運転時、信号が青から黄色に。突っ込むのははばかられる。止まる。すると思う。なんて信号待ちって長いんだ、と。ところがスマホをいじる時には全く違う時間の流れがある。浦島太郎のように短い。不思議だ。

いずれにせよ、運転中はじっと我慢の子で、スマホはいじらないことだ。メールやSNSを確認したり、書き込みしよう思うならば、道路脇の広い所か駐車場に停車して、心置きなくすることにしたいね。
アメリカへ二刀使って23歳 [2017年12月10日(Sun)]

fumihouse-2017-12-10T11_12_50-1-thumbnail2.jpg【二刀流】とは、宮本武蔵の二天一流から出た言葉である。両手に一本ずつ刀を握って戦う。他流試合で道場破りを多くした武蔵は、恨まれた末に大勢に囲まれてやむにやまれずスペアの剣(脇差か?)を左手にも持って戦った。吉川英治の「宮本武蔵」で読んだと思う。喧嘩殺法の行きついた先だと言えよう。

二刀流は転じて、チョコや饅頭を肴にする辛党のことも言う。異なる手段でもってことにあたること、二つを同時に行うことを意味するようにもなった。両刀使いという使い方もあったが、バイセクシャルを示すことが増えたので、大谷翔平には使えない。

二刀流と呼ばれ、投手として野手としても一流の域にある日本ハムの大谷翔平が、大リーグのエンゼルスに入団することになった。起用の考え方や選手陣容が大谷の思いに合ったようだが、球団側の誠意や相性が通じたのだと思う。

二兎を追う者は一兎をも得ず、ではなくて、一挙両得あるいは一石二鳥となって、大谷翔平には世界の話題となってほしい。
一番の寒さは序の口歳末へ [2017年12月09日(Sat)]

fumihouse-2017-12-09T21_49_39-1-thumbnail2.jpgこの冬一番の寒さに震える。クルマの表示温度は3℃(雪国・北国ではなんてことないが)。初冠雪があった。もっとも、島根半島に屏風のようにして連なる出雲北山の上四分の一に冠雪があるだけで、地上には積もってはいない。山並みに目を引かれる。フロントガラスに残っていた霰をこすり落としてクルマを出した。

高台の出雲工業高校からは白銀の雲や鈍色の雲が北山に見える。クッキングパウダーをまぶしたような山肌に時折日が射してくる。ねじれた雲、たなびく雲、山に絡みつく雲とあいまって辛い冬ではあるけれど、キリッとした冬場の美しさがある。目を下に転ずると紅葉の名残があって、頂上付近とのコントラストが面白い。日が当たったり、陰ったり、刻々と移り変わる冬の色を楽しめる。

(秋の日に実った山椒の実が赤かった。あの頃は夕暮れもずいぶん遅かったのに)
夏が過ぎ秋もなくなる冬本番 [2017年12月08日(Fri)]

fumihouse-2017-12-08T18_03_47-1-thumbnail2.jpg大きな夏 死にそうな夏
 燃えすぎた夏 遥かに夏忘れそう
小さい秋 中ぐらいの秋
 燃える秋 萌えて飽きもせず
終わって秋 来たよ冬
 冷たい雨 いっそ雪が好き
濡れた手 凍えてかじかむ指
 夕映えもなく 暗くなる夜 寂しかろ

(神無月柿を食うなり夕映えや)
ひとはみな綱紀を正し正当に [2017年12月07日(Thu)]

fumihouse-2017-12-07T19_12_24-1-thumbnail2.jpg年末となった。島根県の人事課や教育委員会では、職員の綱紀粛正について心を砕く。特に年末年始が近いのでなおさらだ。全体の奉仕者として自覚を保ち、公正な職務を誠実に執行して、県民の信頼に応えなければならない。

車の運転にあたっては事故や違反を起こさないよう、特に飲酒運転等の悪質行為をしてはならないし、利害関係のある事業者との会食、贈答品の収受、遊技は禁止されている。李下に冠を正さず(スモモの樹下で冠をかぶり直すと実を盗んだと疑われる)で、県民から疑惑を招いてはならないという考えである。

私が思うに、かの一団は李下に冠を正さずどころか、実った瓜の畑でしゃがんでは靴をはき直し盗みを働いたと疑われても仕方がない。君子は疑われるような行為をしてはならないという中国先人たちの言葉を、お隣のモンゴルでは学ばないのだろうか。

廃業した日馬富士の暴行事件を巡って大相撲では激震が続いている。モンゴル出身力士が異国での寂しさを紛らわすという側面はあるにしても、親しき仲に礼儀あり、本場所で対決する力士同士は節度をもってつきあわねばならない。

それどころかメールやSNSで自在にやりとりして、互いの情を慈しんでいるのだろう。勝ち越しがかかった取組に際し、負けをプレゼントするなどの情実が入らないとも限らない。疑われる可能性は高いと想像しないのであろうか。貴乃花親方の大人げない対応に与するわけではないが、モンゴル大相撲互助会は大きな問題だ。

(バラ園では、大きな鞄とハサミを持ち歩いてはならないのは言うまでもない)
平成は次なる時代へ移りゆく [2017年12月06日(Wed)]

fumihouse-2017-12-06T21_44_39-1-thumbnail2.jpg平成は30年で終わるものとばかり思っていた。昭和から平成への換算が面倒なだけに(明治、大正もそうだが)、新年号は1月1日から開始されて計算の手間を省いてくれると期待したのに残念だ。

平成天皇は平成31年4月30日で退位し、皇太子に移譲されることが皇室会議で決まった。4月30日退位、翌5月1日に新天皇の即位の儀を執り行うとしても、改元とは切り離してくれればよいのに、と思う。

まっ、1月7日で終わってしまった昭和64年に比べれば少しましだが、平成31年度が1か月分付け足されるのは、事務的に煩雑になるのが残念だ。
赤十字ハートとともにヘルプせよ [2017年12月05日(Tue)]

fumihouse-2017-12-05T21_19_18-1-thumbnail2.jpgヘルプマークは、内部障害や難病をもつ人、義足や人工関節を使う人、妊娠初期の人など、外見では分からない障害や不自由さを周囲に知らせて、援助を受けやすくするためにある。東京都がつくったものが広がった。公共の場や街頭でこのマークを見かけたら、電車で席を譲ったり、さりげなく「お手伝いすることはありますか?」と聞いてみるのがよい(私はお目見えしたことがない)。

一方で人の考えにはいろいろあり、 妊娠を自慢するな!とか、みんな疲れている!などと反応する人もいるようで、独りよがりの無手勝流とも闘争していく必要もありそうだ。

反対に、妊娠もしていない、障害もないのに、電車内で座れるからといってマークを付ける不届き者もいるようだが、過渡期にはそんな馬鹿が出てくるのはやむを得ない。おおらかにいくとしようか。自分の利益しか考えない悪人はどこかで罰を受ける、と長い目で見ておくことにしよう。

(ヘルプマークは赤いハートと赤十字が並べられた図案。写真はヘルプマークではない。小さめのアイビーが紅葉している)
日が暮れて神が去る夜いずくにか [2017年12月04日(Mon)]

fumihouse-2017-12-04T22_16_53-1-thumbnail2.jpgサンレイクでは痛い目にあった。懇親会を終わり気分よく寝入って5時間ばかり。トイレに起きた。布団に戻る直前、テーブルの脚で左足のつま先をしこたま打った。一日以上たった今も薬指は充血している。

足をかばいつつ、バスを降りて仕事帰りの列車に乗った。トランクと大きめのハンドバッグを持った30過ぎの女性が前に座り(私の年齢推定はあてにならない)、松江に行きますか?と聞いてきた。神在祭を目指して来た旅行者である。二泊三日のこの旅について楽しげに笑顔で話をしてくれた。出雲は二回目だという。

美保神社の神事を見学し、3日間フリーパスの電車・バスで昨日今日て大社を巡った。何を願って東京・品川から出雲に旅したかは知らないが、満足のいく一人旅だった模様。今日の午後は神等去出祭だったということで、私が聞いて今初めて知ったと言うと、地元の人でも知らないんですね、と彼女は意外そうだった。知る人ぞ知るとはこのことだ。

八百万の神々は斐伊川の近くにある万九千神社に立ち寄って別の縁を結ぶというイリュージョンがあると教えると、彼女は初耳だったようで感心していた。出雲にはとても魅力があると言われて嬉しい。今夜米子空港から羽田へ帰るという彼女に別れを告げ、私は列車から降りて日暮れた家路を急いだ。

(冬に咲くヤツデの花は地味だが、私には小宇宙を感じられて好きだ。)
朝焼けて夕焼けも好きサンレイク [2017年12月03日(Sun)]

fumihouse-2017-12-03T21_59_54-1-thumbnail2.jpg青少年の家「サンレイク」にて研修を行いました。青少年育成アドバイザー養成講座&青少年育成市町村民会議活性化セミナーです(青少年育成県民会議との共催)。

青少年育成アドバイザーとは、青少年の健やかな成長に寄り添い、支援するための知識や技術を学んだ上で、各人が得意とするそれぞれの分野で活動を担う人たちの集団です。現役アドバイザーに加え、志ある参加者から熱い視線が講師に注がれ、活発な話し合いやワークショップが行われました。

サンレイクは公立の研修施設。宿泊室には寝間着はない、歯ブラシもありません。風呂に行ってから気がつきました。タオルを忘れていたのです。風呂場にはタオルがあるような錯覚にとらわれていました。

やむを得ず、下着のシャツで風呂上がりの体を拭き、頭をゴシゴシやりました。朝のひげ剃り後のタオル代わりもシャツでした。研修会は大成功でしたが、ちょっとドジを踏んだ週末でした。

(12月2日の夕方、サンレイクからの夕景。三瓶山がくっきり見えた。今朝は大山が見事な朝焼けをバックに見えた)
ひとにより十人十色の話し方 [2017年12月02日(Sat)]

fumihouse-2017-12-02T07_03_49-1-thumbnail2.jpg自分のことは棚に上げて言うが、不快なしゃべり方がある。講演者、スピーチする人、対話者、いろんなしゃべり手がいるが、私にとって不快なもの言いは次のとおり。

○〜させていただく、の多用。丁寧なようで何を考えているのかわからない。「君は来なくてよろしい!」「いえ、行かせていただきます」。こんな場合にだけ、使うのがよろしい。

○〜ですね?!、と語尾を強めるのも嫌だ。「わかってるでしょ?まだわからない?じゃあ判るまでくり返し話すよ」。そんなニュアンスがある。

○要するに、を多用する人はなぜか、かいつまんで説明できない人ばっかりだ。説得力がありそうで、使いたいんだろうな。

○組織に「さん」を付けるのは、仰々しくて目の前にいる当のその組織人を、ないがしろにしているようで嫌だ。私は組織は呼び捨てにして、相手の名前を呼ぶようにしている。

○えー、あのー、が多いと、そればっかりが耳について離れない。肝心の中身は馬耳東風になる。こんな人は語尾が弱くて聞き取りにくい。原稿見てもいいから無駄なくしゃべろう。

○甲高い声、必要以上に大きな声、しかも早口でまくしたてるのには、耳をふさぎたくなる。生理的に受け付けない(うるさい居酒屋での大声は許す)。

○言葉尻をヘラッと笑っておさめる。多分に照れがあるが、自信のなさのあらわれ。見ている方は嫌になってくる。どうせやるならちゃんと話そうよ。

(島根県庁玄関ホールに飾ってあるシクラメン。別名、篝火花。かがり火をたいているように見えなくもない)
忖度しインスタグラムに映えたいな [2017年12月01日(Fri)]

fumihouse-2017-12-01T20_49_17-1-thumbnail2.jpg今年の新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれたものを、aからdの中から選んでみましょう。答えは言うまでもないですね。

【問1】
a インスタ萌え(いんすたもえ)
*インスタグラムが好きで好きでたまらない状態。アップされた写真が好きなのか、その向こうにいる人物に萌えるのかは不明。
b インスタ映え(いんすたばえ)
*投稿したSNS上でひときわ映えるよう写り具合を気にしてばかりいること。
c インスタ燃え(いんすたもえ)
*インスタ写真に何気なくコメントした一言が炎上し、ズタズタに攻撃されること。
d インスタ蠅(いんすたばえ)
*インスタに写りたがるある種の蠅がいるらしい。

【問2】
a 損得(そんとく)
*損になるか得するか。損得尽くで行動するばかりの人は他人から信頼されません。
b 忖度(そんたく)
*首相と夫人の意図をどこまでくみ取るか。便乗して忖度まんじゅうを販売し、大儲けした会社があるらしい。
c 尊宅(そんたく)
*他人の家を尊敬して言う。尊堂とも。
d 村落(そんらく)
*村里のこと。村落の共同体は前近代的に思えるが、隣人同士が助け合う絆でもある。

(ごく普通の山茶花。八重の淡いピンクが清々しい)