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喫煙か禁煙かその決めかねて [2017年09月30日(Sat)]

fumihouse-2017-09-30T13_26_51-1-thumbnail2.jpg喫煙率を県別でみると、ビリは北海道(国民生活基礎調査2016年)。ここでいう順位は、健康にとって最悪で周囲にも害悪を及ぼすばかりか、煙を撒き散らし不快感を炎上させるという意味である。疫学的な研究でもストレス解消効果を打ち消して余りある害をもたらす。タバコ税を上回る医療費がかかることも明らかだ。

北海道が24.7%でビリだが、意外と少ない。禁煙の流れは確実に浸透しつつあるともいえる。ケツから2番目は青森23.7%。次の低クラスが岩手で22.6%。続いて低いのが福島の22.3%。低ランキングの次が群馬と栃木のお隣同士で21.9%となっている。東日本である。

一方で上位は西日本だ。トップの座は奈良にあり17.1%。2位が鹿児島の17.4%、京都が3位で17.5%、香川と島根が17.7%で4位という順位である。それでも2割近い人が吸い、男だけでみれば3割近いのである。全国平均が19.8%。男31.1%、女9.5%という数字が報告されている。

テレビや映画ではカッコイい男や女が煙をくゆらす。憧れる者も多いであろう。受動喫煙を防ごうとする健康増進法の改正案はつぶれた。法で縛れば効力は高いのに残念だ。二十代の半ばまで私も吸っていたが、今はタバコの煙が苦手だ。道端で吸う人がいれば息を止めて通り過ぎる。もう一歩二歩と禁煙の方向が定まってくれたらありがたい。

(秋の七草・ススキ。秋を満喫しよう。空気と食欲を満喫するためには、喫煙で汚れては美味しくないからね)
行く季節小さい秋をみいつけた [2017年09月29日(Fri)]

fumihouse-2017-09-29T23_14_16-1-thumbnail2.jpg小さい秋みつけた キンモクセイの芳香
育っていく秋みつけた 淡いピンクのミゾソバ
短い秋みつけた 夏は長かったが秋はきっと短いだろう
ツルベ落としの秋みつけた 陽はあれよという間に沈み暗くなる
内省の秋みつけた 深まる空気に物思う
読者の秋みつけた もっと読みたいもっと知りたい
体動かしたい秋みつけた 歩くのズンズン走ればバンバン
熱燗うまい秋みつけた 飲み過ぎて最終便を逃すまい

(まもなく満開が近い溝蕎麦 (みぞそば)。秋のはじめに群生する淡いピンクの米粒のような花。可愛いねぇ)
生徒会選挙レベルの国政か [2017年09月28日(Thu)]

fumihouse-2017-09-28T07_30_29-1-thumbnail2.jpg島根のある中学校では生徒会選挙、大激戦だってね。13人の役員ポストに候補者は41人。すごいよ。なり手がなくて困ってるのがふつうだから。そういうあたしの学校も大変なのよ。

あたしのグループは新興勢力。主流派を抑えて夏にあった委員会の選挙では大勝ちしたわ。勢いづいてこの秋生徒会の本選挙に臨むんだけど、自分で言うのもなんだけど、人気あるわけよ。ただし、人材面と政策面で少し不安があるんだ。役員候補の数が十分じゃないし、公約も漠然としていておぼつかない。だから主流派にコブみたいにくっついている人たちに秋波を送って波風起こそうとしたんだけど、彼らの気持ちは動かなかったみたい。

でも昨日ね、いっしょにやろうって申し出があったんだ。主流派に挑むんだけどいつも足元にも及ばなくて苦杯をなめ続けてる非主流派から。そこのリーダーが目指すのはただ一つ。主流派にこのまま権力を握らせてはいけない。引きずり下ろすんだってこと。でもね、彼らも何年か前の先輩たちがリーダーシップをとったんだけど、まっひどいもんだったらしいよ。今でも人気ないし、造反者が次々と離れていく状態なの。

それでリーダーはこう考えたらしいのよ。選挙で負けるのは見えている、バラバラでは主流派に対抗できない、ならば人気のある彼女たちと組んで主流派を追い落とそう、自分のグループの名前も無くしてしまうって。彼女ってあたしのことよ。大逆転の発想よね。絶体絶命、窮鼠猫を噛む。驚いたわ! 政策面ですり合わせも必要だけど、あたしの気持ちも動いているわ。ここは一丁、やってみようかしら。面白くなるかもよ。でもね、風に乗るって怖いよ。あとでツケが回ってくるから…。

(蕎麦の花が満開。やがて実になり収穫を迎える。解散総選挙が終わると新ソバが食べられる? いやまだ早い)
仲間でもみんなちがってみんないい [2017年09月27日(Wed)]

fumihouse-2017-09-27T20_53_10-1-thumbnail2.jpg オレが大足広げたら
 ちっとは早く走れるかも
 ギターが弾けないあいつでも
 好きになったら弾けるはず
 勉強できないオレでさえ
 やればあいつのように出来るはず
 あいつもオレも同んなじ仲間
 違っていいはず、ないじゃんか
 こいつも奴も仲がいい
 毎日ラインで数百件、お互いさまで忙しい
 あいつと、こいつと、そしてオレ、
 みんな同んなじ、だからいい。

むろんのこと、金子みすゞの『私と小鳥と鈴と』のモジリである。差異を認めない。同じことを考えて、同じ空間にいて、SNSもずっといっしょ。狭い世界で限定的に生きている。それ以外の事柄に想像が及ばない。歯車が狂って排除されたら一巻の終わりとあきらめる。あとで考えれば何のこともないけれど、そのときは世界の終わりが来たかのように嘆く。

平等と公平の違いがわからない。強い者が弱い者を見下し、イジるイジメる破壊する。無名な者が有名な者を妬む。わずかな落ち度、ちょっとした不祥事をことさらに騒ぎ立てて世間の耳目を集めさせて引きずり落とす。20年30年前には笑ってすまされたことが今やコンプライアンスと言って糾弾の元となる。これもあれも、みんなが同じがいい、というメンタリティのあらわれだ。

  あいつと、こいつと、それからオレ、
  みんなちがって、みんないい。

そんなふうに、誰もが大らかに朗らかに生きる日本にしてみたい。

(秋の七草・フジバカマ。傍目には同んなじように見えてても、それぞれ個性があるものさ)
シャンシャンと大きくなって楽しませ [2017年09月26日(Tue)]

fumihouse-2017-09-26T18_30_24-1-thumbnail2.jpgしゃんしゃん
鈴なりの鈴が揺られて鳴る。多いほどに響きが重厚になって空気が震える。祭りや何かの喜びごとに人の気持ちが奮い立つ。

しゃんしゃん
手を打って事が無事に決着したことを喜ぶ。ただし周りに流されて納得いかないままに、しゃんしゃんと手打ちはいけませんぞ。

しゃんしゃん
精神的にも肉体的にも健康で元気のよいさま。湯が盛んに沸きたつ様子を昔はしゃんしゃんと言ったようだが、そこからお年寄りが元気なさまを表すようになったのだろう。

シャンシャン
香香(しゃんしゃん)は上野動物園の赤ちゃんパンダ。生後100日、無事育つ。甘え、愛され、人気者になって長生きしてくれや。

(しゃんと立って元気な黄色をふりまいている菊芋(きくいも)。根の先には芋があって糖分を多く含んでいるという)
やってきた秋の匂いの到来だ [2017年09月25日(Mon)]

fumihouse-2017-09-25T18_32_07-1-thumbnail2.jpgそいつは先週末金曜日の夜にやってきた
暗闇にまぎれて姿は見えない
もちろん音もない
ただ甘い匂いがあるだけ
この秋初めてのキンモクセイの香り
息を大きく吸いこんで秋の香りを楽しむ
街灯を頼りに闇に目を凝らす
在りかは知れず
土曜日がきた 町中を歩いて香りの主を探す
オレンジ色の小さな風車が見えるときもある
匂いしか判らずにあきらめるときもある
近づいて匂いを嗅ぐよりもそこはかとなく漂うほうが芳しいのはなんでだろう
今月いっぱいは金木犀と銀木犀の香りを楽しもう
秋の日のバトンつないでああ歓声 [2017年09月24日(Sun)]

fumihouse-2017-09-24T19_38_36-1-thumbnail2.jpgリレーは花形 運動会の掉尾を飾る トラックを回る 砂塵が上る
抜きつ抜かれつ 傾いた秋の日ざしを浴び 躍動する肉体
シンクロした美しい走りを眺めるのは楽しい
胴体と手足がリズム一体となる 自分もできそうに勘違い
小学生が必死に走る 青年が歯を食いしばる
もつれるのをこらえて足を運ぶ中高年
応援に熱がこもる 歓声、悲鳴、拍手、バンザイ 今夜は酒がうまいぞ

(コスモス満開。運動会全開。秋の日和の幸福な一日)
ダニエルは所得保障をブレイクす [2017年09月23日(Sat)]

fumihouse-2017-09-23T21_17_01-1-thumbnail2.jpgダニエル・ブレイクはいけ好かない奴だった。腕のいい職人だったが、心臓を煩って働けなくなった。所得保障を申請した。小難しくて皮肉が先に出るタイプだったもので、査定員の質問に対して斜に構えてちゃんと答えない。結果として福祉の恩恵にあずかることはなかった。やむを得ずダニエルは失業保険を申請した。働けないのに求職を続けるという矛盾。ダニエルにとっては耐えがたかった。救いの存在となったのが、シングルマザーのケイティと子どもたちだった。

私は関係ない、さっさとどっかへ行って!と言わんばかりの役所の窓口。不誠実でぞんざいな担当者。書類が足らない、書いてない、担当部署はここじゃないとたらい回しにされたダニエル。書類はウェブでどうぞと言われても、ダニエルにはネットを使うことは高い壁だった。不運なつまづきがあると、あれよという間に貧困に陥ってしまう現代の危うさを描きたいという制作者の意図はわかる。ただ、ダニエル・ブレイクには共感できなかった。映画が発する「生活弱者が複雑で無慈悲な制度の前になすすべなく、貧困と困窮に落ち込んでいく苦悩」というメッセージを素直に受け取れないでいた。

やがて、ケイティ一家と助け合い、寄り添いながら前へ進もうとするダニエルを見ているうちに、わたしの気持ちは変わっていった。しかし、ハッピーエンドはなかった。悲しかった。それでも「私はダニエル・ブレイクだ。自分は自分、生き方を貫くぞ」と、決意をこめた落書きをして快哉を浴びる。少し気が晴れた。『わたしは、ダニエル・ブレイク』はそんな映画である。

(清楚なモナ・ラベンダー。淡い紫色がまるで造りもののようだが、これも現実だ)
献血を顕彰されて巡りゆく [2017年09月22日(Fri)]

fumihouse-2017-09-22T21_32_39-1-thumbnail2.jpgわたしは輸血をされたことがない。血液製剤を使う手術や治療も同様だ。入院したこともないのが幸いだ(幼児の頃グミの実を食べ過ぎて腹をひどく下して一晩泊まりしたことはある)。

わたしは献血する。血をあげるばっかりだ。最初に献血したのは高校生だったか、大学のときかは覚えていない。26才のとき、東京に住んでいるころだったが、妻が目黒に用事があったので付いていった。時間待ちが長く、目黒駅前で献血車に乗った。200ccから400ccへの過渡期でわたしは始めて400ccを提供したのだが、終わって妻と合流したころに気分が悪くなった。血を取り過ぎた副作用だった。

やがて成分献血が始まると、そればっかりになった。時間はかかる。受付して自己申告のチェックを受けて血を採り検査をして血圧測定も含めた問診がある。医師の診断を受けて水分をたっぷり取りトイレをすませて順番を待つ。リクライニングのベッドに横になって太い針を刺されて血が機械に入っていく。採っては必要な成分を濾過して溜まったら体に戻して再び血を採って4回か5回繰り返すのだ。終わると血圧を計って異常がないかを確認し止血する。初期は図書券やテレホンカードをもらっていたと思うが、売血に相当するということでなくなってからは記念品をもらうようになった。スポンサーから提供された米や歯ブラシセット、レトルト食品などがあった。血液センターの行き帰りはタクシーチケットを使わせてくれた。拘束時間は長くてもお茶を飲みテレビを見たり本を読む。昼寝をするのも自由だ。約1時間半の休息時間が楽しみだった。

昨日は出雲保健所で「厚生労働大臣表彰状及び感謝状、島根県献血推進協議会功労者表彰伝達式」に出席してきた。わたしは100回以上の個人として県表彰を受け、奇しくも出雲工業高校は厚生労働大臣感謝状を受けた。長い間生徒と教員が献血推進をしてきた功労による。その他いくつかの団体が表彰を受けられた。個人で受けた人の中に200回以上の猛者がおられたのには驚いた。アッパレ!である。

(血のような赤さではないが、今日は赤い曼珠沙華。これは彼岸花と表現したほうが、しっくりくる)
大好きと言われたつもりデレデレと [2017年09月21日(Thu)]

fumihouse-2017-09-21T21_55_00-1-thumbnail2.jpgいつの間にか、谷田部みね子は有村架純になっていた。お休みの日、ヒデと初デートしたみね子は告白し告白されて、恋人どおしとなった。肩の荷を下ろしてヒデがベンチで照れて頭を抱え込んだ。その姿に向かってみね子が、「大好き…」と。カメラ目線で、「大好き…」。有村架純が私に向かって、「大好き…」。世のおじさんたちも大好き…とつぶやいたかも。録画して見た今日の朝ドラ『ひよっこ』。得も言われぬ終わりの5分間。ケラケラ、ニコニコ、でれでれしながら見た。

(谷田部みね子か有村架純か。可憐にして清楚な白い曼珠沙華。象牙色に淡い上品さが光る)
混然と薮の中にて直接話法 [2017年09月20日(Wed)]

fumihouse-2017-09-20T20_07_19-1-thumbnail2.jpg田舎の人と話すときには翻訳が必要だ。方言の問題ではない。相手が親族ならば来歴やら幼い頃からの経験で誰かの噂話をされても内容がわかるが、ベースが違う人だとまるでわからない。○さんの頭に屋号(出雲弁ではカド名という)がついて、屋号だけで話が進むこともあるものだから、具体的にその人を知らない場合は想像のしようがない。

しかも田舎の人は、自分が思っていることは当然として、他人がしゃべる内容も直接話法で話す(私の母が典型)。直接話法の定義のように、ある人が述べたり書いたりした内容を引用符に入れて直接的に正確に伝えてくれたらいいのだが、あたかもその人が乗り移ったがごとくに生き生きと成り代わって話す。自分の思いや過去の言葉、目の前にいない人の言葉も、思いも、態度までも一緒くたにして直接話法で喋るものだから、聞いているこちらは判別不能。誰が言った言葉なのか、思っていることなのかわからないのだ。

何かを論証したり、順序だてて説明してもらわないといけない場合にはとても苦労する。ほかの第三者がその場にいる時は言い換えてわかりやすくしてあげないといけないし、私も言葉を遮って「今のは誰の言葉?」と聞き直さないといけない時が多い。どうしても円滑さに欠けてしまう。喋るって、聴くって難しい。

(ヤマボウシの実がなっている。六角形が集まったサッカーボールのような形。むいて口に含むと中身は甘い)
街中が煙に巻かれて煙霧かな [2017年09月19日(Tue)]

fumihouse-2017-09-19T18_30_55-1-thumbnail2.jpg煙霧です。高台の出雲工業高校から見ると視界は2キロあまりで、JR出雲市駅より遠いところは霞んで見えませんでした。気温は25℃ほどですが、もわっとした空気が一帯を包んで蒸し暑い。街路を歩くとごく薄いベールに覆われたような印象です。煙霧とは、乾燥した小さな塵埃が空気中に増えた状態ですから、霧とはひと味違います。小さな塵芥ということは、PM2.5ですか? 油断できませんね。

煙霧とは特殊な気象現象かと思っていましたが、快晴や雨と同じように天気を表す言葉であることを知りました。特に珍しい現象ではないようです。気象庁が発表する気象情報には15種類あるそうですが、煙霧はその一つです。ほかには次の14種類あります。

快晴、晴れ、薄曇、曇り、砂塵嵐、地吹雪、霧、霧雨、雨、霙(みぞれ)、雪、霰(あられ)、雹(ひょう)、雷

さてさて、あした天気にな〜ぁれ! です。

(明るい花ブーゲンビリア。南国を彩るブーゲンビリア)
恋人か魔物か如何目が曇る [2017年09月18日(Mon)]

fumihouse-2017-09-18T12_48_43-1-thumbnail2.jpg遠く離れた村の祭りで、娘は若者と恋に落ちた。

 しかし、まつりが
 おわってみれば、
 むすめと若者はあうこともない。
 むすめは、ぼんやりと
 山をみている日が
 おおくなった。
 あの山さえ
 なかったら……
  (絵本『つつじのむすめ』より)

娘は山を5つ越えて走った。胸は苦しく膝はふるえ足がもつれた。愛しさをエネルギーにひたすら走った。朝まで睦まじくすごす二人は幸せだった。愛しあう若い二人が毎晩のように密愛し翌朝も当たり前に仕事をすれば異変は起こる。痩せて青白くなった若者を見て仲間は心配した。

 そりゃ、魔ものだ、魔性のものだ。
 人間の女じゃあねえぞ。

若者の心に疑いが生じた。愛おしさがいとわしさに変わった。娘の言葉が信用できなくなった。ある夜、若者は山で待ちぶせした。髪をふり乱し風のように走る娘は、月光に照らされて魔性のものに見えた。若者の目は曇ってしまったのだ。

 おのれ 魔ものめ、おもいしれ!

娘は真っ逆さまに崖から転落した。哀れな娘の血がしたたって真っ赤な躑躅(ツツジ)が咲き乱れるようになったとさ。

松谷みよ子作の絵本『つつじのむすめ』は悲しいお話だ。正視眼で物事を見ることの大切さを訴える。絵本の教訓。何ものかを評価する際に必要なのは、隣人の評判ではない。自分を全開にして五感を働かせることなのだ。

(日日草は新しい花が次々に咲き代わって、この夏も日照りのなかで元気に咲いていた。娘の血はもっと赤かった)
楽しいか悲惨なことか判りかね [2017年09月17日(Sun)]

fumihouse-2017-09-17T14_57_48-1-thumbnail2.jpg人だかりには何か楽しいことがある。思いがけない出会いがある。人混みは好奇心を刺激するけれども、危険な目に遭うおそれはある。騒がしい広場では通り魔事件が起こっているかもしれない。爆発物によって人泣かせに不慮の災難が降りかかっては人生台無しだ。好奇心はひとまず置いて、君子危うきに近づかずである。やたらと野次馬根性を発揮してはならない。その分損することもあるだろうがやむを得ない。

弾道ミサイルが某国から発射されるとJアラートが発動する。15日朝は襟裳岬の上空までわずか7,8分ほど。着弾したり破片の落下まで時間はない。ただちに頑丈な建物に避難して窓から離れる。広い場所ならば地面に伏せて頭部を守る。意外と難しい。自分は大丈夫と考える人も多い。核攻撃以外ならば被害の確率は低いけれども、武力攻撃に対しては心の備えが必要だ。テロ、突然の暴力、事故や災害など不慮の出来事は日常的に起こりうる。これも心していかなければならない。

(アベリアは道路脇にある低木。日本名は花園衝羽根空木(はなぞのつくばねうつぎ)。甘く淡く香る)
恋したり悪戯をして思春期前 [2017年09月16日(Sat)]

fumihouse-2017-09-16T19_18_48-1-thumbnail2.jpgフランスのある小学校を舞台にして、何げないエピソードがいくつも描かれる。思春期前の小学生たちは、可愛くもあるし小憎らしくもある。『トリュフォーの思春期』の監督と脚本はフランソワ・トリュフォー。子供への温かい眼差しがある。

パトリックはローランのママに恋した。思いはつのり、小遣いをはたいて薔薇の花束をプレゼントしたのだが、一言「お父さんによろしく」と。恋は終わり夏休み。パトリックは気をとりなおし新しい恋をした。林間学校でとびきりの女の子マルチーヌと相思相愛になったのだった。

子供たちの群像劇である。危険やいじめ、とりとめもないエピソード(本人にとっては大事件)が描かれる。子供はみずみずしい。優しくもあり残酷でもある。明るくてたくましい。ときには寂しさに耐えられず、悲しい感情をぶちまける。生き生きとして描かれた子供たちの周りで、大人もまた幸せだ。市井の人びとが自然に描かれている。ヌーベルバークの巨匠の映画ではあるが、肩肘張らずに自然体で眺める映画であった。
そびえ立つ壁を乗り越え平和へと [2017年09月15日(Fri)]

fumihouse-2017-09-15T22_28_18-1-thumbnail2.jpg壁はそびえ立つ 土壁 岩壁 石垣 コンクリート壁 ひとの壁
記録の壁を破った 100m10秒の壁 日本陸上界の夢 9秒98
大きな一歩 偉大な進化 悲願を成し遂げた
故障の壁と闘い 重圧の壁と戦う この夏の失意の壁も乗り越えた
次なる壁を突き破り 世界のファイナリストに残ってくれよ 桐生に続く男は誰なりや

破れないのは核の壁 核廃絶への道は遠い
北朝鮮だけが悪いのか さにあらず
万を越える核弾頭を持ち 地球を震撼させている核兵器大国たちよ
アメリカと核の相合い傘に入る 悦にいってる日本でいいのかい
核兵器禁止条約を認めよう 核兵器は悪魔 それを使う者はサタン

(カボチャの花が元気いっぱい咲いている。核の恐怖を植え付けられては元気でいられない)
授業料無償にしてもエエやんか [2017年09月14日(Thu)]

fumihouse-2017-09-14T19_42_31-1-thumbnail2.jpg高校の授業料は無償とならない、のが大方の流れとなりそうです。大阪地裁は原告勝訴の例外的判決を出したものの、東京と広島地裁では朝鮮学校への就学支援金(授業料相当分)は支給しないと決めた国の判断が正当だとしました。審理中の2地裁もダメの判決を下すような気がしています。

朝鮮総連とつながりが深く、北朝鮮信奉者のための教育機関は高校にあらずという考えです。拉致問題が未解決の現状では国民の理解が得られない、核ミサイルが不安視される状況にあってはとんでもない!という発想です。朝鮮学校が朝鮮総連と一体的なのは間違いありません。資金も北朝鮮に流れているでしょう。

国連が束になって制裁を科す今は、中国とロシアも北朝鮮への支援の道を狭めるしかありません。アメリカは完璧な兵糧攻めを目論んでいます。窮鼠猫を噛んだらどうしよう。日本と韓国の惨状は想像すらできません。

わたしは思うのです。君らの同胞が日本にいるんだ、よもや攻めてくることなどあるまいね? と外交カードに使えばいいんです。歴代の独裁者を至上として敬っていようが構いませんよ。投入する税金だって大した金額ではないのです。安全の担保として就学支援金を利用したらどうでしょう。

(韮(にら)の花盛り。私は好きだが、独特の臭いを「においきらう」人も多い。略してニラと変化したという説。北朝鮮をにおい嫌うのはそれぞれだが、安全保障の背に腹は代えられない)
間違えてまた間違えて憶えらる [2017年09月13日(Wed)]

fumihouse-2017-09-13T18_27_17-1-thumbnail2.jpg名前を間違ったまま憶えていることがある。橋田さんなのに橋本さん。これは勘違いか、読み違いからくる。同音の多い日本語にあっては端本を橋本に、なんてこともよくある。フクダさんなのか、フクタさんか。濁音が入る入らないも大きな問題だ。

人だけでなく、物事の名もそう。大昔わたしは公務員の給与比較に使うラスパイレス指数を、ライパレス指数と憶えていたことがあった。友人に指摘され直したが、以降も「ライパレスでなくてラスパイレスだ」と心中で確認してからでないと口に出せなかった。最近ではアナフィラキシーショック。死ぬこともある印象からか、アナフィ「キラ」シーと憶えていたのだ。

日々膨大な情報が目や耳から入ってくる。インプット情報がすべて頭に残ることはない。それでも記憶に残しておきたいものはある。残念ながら残らない。努力して口に繰り返し、目で見て文字に書いて憶えようとする。忘れても諦めずにまた憶える。なんとか記憶の端に残ってくれると嬉しいものだ。だから記憶違いもたまにはあるんですよ。そりゃしょっちゅうですけどね。

(薮蘭が花盛り。やがて葡萄のようにして黒褐色の実がなる)
現代にギリシャの神々戦って [2017年09月12日(Tue)]

fumihouse-2017-09-12T22_31_22-1-thumbnail2.jpgギリシャ神話の世界で神々は戦います。そして異性を見初めたら見境なく略奪します。日本のゲス不倫など足元にも及びません。映画『ワンダーウーマン』の主人公のプリンセス・ダイアナも恋をします。ただしきれいな正統派の恋。しかもとてつもなく強い。戦っても戦っても少々打ちのめされても、頬にかすり傷ひとつつきません。なんと言っても大神ゼウスの子供なのですから。

冒頭に桃源郷のような古代社会が出てきてびっくりしました。そのアマゾン族全てが大神ゼウスの子供たちというではありませんか。しかも女だけの社会。ゼウスの子アレスは戦いの神。荒ぶる暴虐の神です。世界を滅亡させる機をうかがっています。それに備えてアマゾン族は戦闘訓練を怠りません。

アレスは思いがけないところにいたのですが、わたしには何か象徴的に思えたのです。アレスはどこにでもいる。人間誰もの心に潜み人々を恐怖のどん底に突き落とす。アレスだけが諸悪の根元ではなく、人間すべてに悪の命が巣くうと感じました。

北朝鮮の核弾頭攻撃が目下の大問題です。元はといえば、ソ連がコントロールを誤ったからです。さらに原因を探れば南北を分断統治、さかのぼって日本が朝鮮を植民地にしたのが悪かった。中国の歴代王朝が朝鮮を属国化していたからです。地勢学的な観点に当地の文化や人々の心理条件が重なって、今の北朝鮮国家が出来上がっています。北朝鮮体制が正しいとはとても言えませんが、北朝鮮だけをアレスとみなして叩いても、別の何かが次々と頭をもたげていくでしょう。

ダイアナは人間には悪の側面のほかに善もあると悟りました。それを頼みに人間を救いたいと感じます。ダイアナは21世紀の現代も年をとることなく生き続け(神の子ですから)、人間社会に留まっています。シリーズの次回が楽しみです。

主演女優はガル・ガドット。天然系の笑顔に魅せられました。心を許した人への人なつっこい笑顔が素晴らしい。長身でスタイル抜群、筋肉ムキムキの一歩手前まで鍛え上げた肉体。あわせて走りが美しいこと。それでいてかすり傷すら出来ないほど強い。だからラブシーンがたまらなく愛おしいのです。

(ダイアナにはハイビスカスのような鮮やかな色がよく似合う)
昼下がり脱兎のごとく飛び出して [2017年09月11日(Mon)]

fumihouse-2017-09-11T21_22_01-1-thumbnail2.jpg日曜日の昼下がり、電車で私の隣には20代前半の女の子。若いけれども学生ではない。若いビジネスウーマンが休日のレジャーを楽しむ風情のファッション。路線は都営地下鉄・大江戸線。凛として淑女然として座る姿は好ましく映る。珍しくスマホをいじる様子はなかった。やがてウトウトしだして左に揺れる。そのたびに私の右肩を髪や頭がかすめる。別に不快ではないが(むしろおじさんは愉快)、結構乗客が多い車内でどうなることかと案じていた。

六本木駅に着いた。車内アナウンスが流れ、ゆっくり車両が止まって乗り降りする乗客が多かった。隣の彼女はというと、数秒前までコクリコクリやっていたにもかかわらず、目覚めたかと思うと脱兎のごとく駆け出して、閉まるドアからタッチの差で飛び出していった。駆ける姿は淑女にあらず。バタバタとした歩みで幼い印象を受けた。地が出たのかもしれない。都会人の瞬発力に驚いた。

(東京・信濃町の街路に咲くピンク色のムクゲ。蒸し暑い午後だった)
あと一回過保護のカホコどこにいく [2017年09月10日(Sun)]

fumihouse-2017-09-10T21_31_45-1-thumbnail2.jpgヒロインのカホコ(高畑充希)は、全ての行動を母親任せにする超過保護。世間知らずで思い込んだら猛進するがうまくはいかない。そのカホコが正反対の性格の青年・麦野はじめ(竹内涼真)と出会って恋をして人生が一変する。初めて自分って何?と目覚めた。この夏のシーズンでは水10の民放ドラマ『過保護のカホコ』を楽しんでいる。

初体験の出来事があるたびに、それが喜びであろうと不安であろうと、カホコは興奮して「私こんなの初めて!」と叫ぶ。カホコの誉め言葉はワンパターンだ。だが、「スッばらしい」と言うたびに相手には思いがけない化学反応が起こって新たな局面が展開していくのが楽しい。

私は3人の男に注目してきた。父と、父方と母方の祖父である。父は母の言いなりで意見が言えない気弱さだ。父方のおじいちゃんは「また明日」が常套句で先送りばかり。母方のじいじは、ばあばの庇護のもと不甲斐ない日々を送っている。この3人がどう変わるのかが、物語の鍵になるのではないかと想像してきたのだ。

父は一度は反抗してみたものの不発に終わりくすぶっている。父方のおじいちゃんは、今やると変化が見られた。でもまだまだだ。先週は母方のばあばが病気で死んだ。この一族を束ねる要の存在だったにも関わらず死んでしまった。

来週水曜日が最終回だという。3人の男たちはどうなるのか、母を筆頭とする3人姉妹はうまくやっていけるのか、それぞれの家族模様も収まっていくのか、母に大反対されているカホコの恋は成就するのか、非行に走る従姉妹の糸は戻ってくるのか…。これをあと一回でどう収めてくれるのか。興味が尽きない。

(街路にあって目を引く瑠璃茉莉 (るりまつり)。水色のくっきりした5弁花が素晴らしい。東京・練馬にて)
霧霞む夏から秋へ移るとき [2017年09月09日(Sat)]

fumihouse-2017-09-09T18_05_30-1-thumbnail2.jpg宍道湖の上には黒い雲がかかっており遠くは見渡せない。松江方面は霧が深いのだろう。霧も雲も混然となって辺りは日の出を待っていた。簸川平野は昨日に続き今日も霧がかかった。霧には濃淡がある。車で走ると波のように流れを感じる。収穫を終えた田んぼにドヨンと霧が乗っている。粟など雑穀が混じった稲穂の群落には白い靄が入り込んでいる。手入れのよくない大豆畑にも霧は差し込んでいる。霧は日の出とともに消え去った。朝は17℃。動いていないと寒かった。昼間には29℃。駐車していた車は暑さで蒸した。ツクツクボウシやミンミンゼミが鳴いている。夏の名残はたくさんあるが秋は今ここにある。

(背の高い大きな花、ジンジャー。深緑の葉っぱに清い白色。香りはクチナシを弱くしたよう。霧の朝に似合う)
詩人とは悲しみも美も粗にしない [2017年09月08日(Fri)]

fumihouse-2017-09-08T18_53_05-1-thumbnail2.jpg評論家の小林秀雄は詩人について、こう論じている(美を求める心『読書について』中央公論新社)。詩人は表現者である。そして分解する人であるとともに、統合する人でもある。そして普通の人が思いもしなかった事と事、物と物をつなげて新しい地平を見せてくれる。詩人は、思うにまかせぬ悲嘆にくれる弱きを助け、傲慢な強きをくじくのだ。

≪詩人は、自分の悲しみを、言葉で誇張して見せるのでもなければ、飾り立てて見せるのでもない。一輪の花に美しい姿がある様に、放って置けば消えて了う、取るに足らぬ小さな自分の悲しみにも、これを粗末に扱わず、はっきり見定めれば、美しい姿のあることを知っている人です。(中略)これを読んで、感動する人は、まるで、自分の悲しみを歌って貰ったような気持ちになるでしょう。悲しい気持ちに誘われるでしょうが、もうその悲しみは、ふだんの生活のなかで悲しみ、心が乱れ、涙を流し、苦しい思いをする、その悲しみとは違うでしょう。悲しみの安らかな、静かな姿を感じるでしょう。≫ 

(詩人とはこの無粋な花、アメリカ・ノウゼンカズラですら、ありのままに描くだけでなく、隠れて思いがけない美も暴き出していくのかもしれない)
日常は刻々光景かえていく [2017年09月07日(Thu)]

fumihouse-2017-09-07T17_35_27-1-thumbnail2.jpg日常があり、非日常がある。時折、クライシスに神経をすり減らし、有頂天に喜び躍ることもあるだろう。

日常は繰り返す。微細な違いはあっても同じようなことを繰り返すのに意味がある。それは安定の別名であるからだ。時折、ふだんとは違う非日常がやってきて、ドギマギしたり楽しんだり知恵を絞ったりする。これも必要なことだ。

危機に襲われることがある。突然のケガや病気、不慮の事故もあるかもしれない。自分に起こることもあれば、家族や縁者に襲いかかることもある。クライシスにどう対処していくかが、危機管理のいろはでもある。来てほしくない出来事ではあるが、想定しておくに越したことはない。ピンチはチャンスとも言うとおり、そこでの動きが後々局面を変えていく。事態が好転するよう全力を尽くしたい。

魔は天界に棲むという言葉がある。物事が成功裏に終わり、周囲からも絶賛される状態になると人は有頂天になって冷静さを失いがちだ。チャンスに隠れてピンチは暗躍する。

日常的な安穏な生活は望ましい。しかしそうは問屋がおろさない。時折骨休めをしながらも、懸命にそして賢明にもがいていこう。

(古の人がもがいて苦しんで、かきむしった泥壁…ではない。石見銀山・大森のメインストリートにある群言堂本店の壁。庄屋屋敷を再生したステキなショップ・ギャラリー&カフェだ)
少年が糸を吐き出し成長す [2017年09月06日(Wed)]

fumihouse-2017-09-06T21_26_35-1-thumbnail2.jpg映画『スパイダーマン ホームカミング』は、成績優秀だがパラノイア的にしゃべくりまくり、頭に何か浮かんだらすぐさま動きだし、無謀にも単独で相手を懲らしめようとする少年が主人公だ。しかも反省なく同じことをくり返す。見ているうちに私はだんだん不快になってきた。それを諫める大人が、アイアンマンのトニー・スターク。幸いに最後はスパイダーマンも成長し、次回作に乞うご期待!で終わった。いわば少年の成長譚である。

激しいアクションの連続だった。思わず息を止めてしまうほど目を見張る動きに圧倒されはしたが、所詮は空想的技術(21世紀初頭の今は、という意味)を描いているわけで、疲れるほどのことはなかった。もちろん映画はうまく収まってくれるわけだから。

ソニー・ピクチャーズとマーベルが相互契約を結び、スパイダーマンは見事にアベンジャーズのキャラクターに参入した。次回の「アベンジャーズ」はもっと楽しく派手になることだろう。さらに「ワンダーウーマン」まで参加することになったら、もっともっと素敵になるだろうな。

(仮にスパイダーマンがゴジラに挑んだら、どちらが勝つだろうか。そもそも挑む必要などないか)
行政に対する暴力対抗し [2017年09月05日(Tue)]

fumihouse-2017-09-05T23_05_45-1-thumbnail2.jpg行政暴力対策責任者を対象にした講習を受けたので備忘録として。講師は県警のその道のプロ。さらに暴力追放県民センター(略称暴追センター)からも歴戦の講師が赴いてくれた。

暴力的で不当な行為は暴力団に限ったことではないが、平成4年に暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律が施行され、暴追センターが発足した。島根県でも平成23年度に暴力団排除条例を施行した。現在も暴力団構成員と準構成員を加えると全国で4万人弱。金づるを(いわゆるシノギ)求めて反社会的勢力は蠅のようにたかってくる。不当な要求は断固拒否しなければならず、警察や暴追センターとの連携が重要だ。

■単なるクレームか、暴力的不当要求かを判断するポイント(1つでも当てはまれば不当要求といえる)
 1/大声で暴言を吐き、威嚇する
 2/攻撃的で一方的、説明を聞かず、侮辱する言葉を吐く
 3/揚げ足をとり、言葉尻をとらえる
 4/その場で即答や約束を迫る
 5/最初に住所・氏名・電話番号を確認しようとすると嫌がる(こちらは名刺は渡さず名札で確認させる)
 6/上位指向。「話にならない上司に代われ」と要求する
 7/粘着質でしつこい。長時間電話、感情の浮沈

■反社会的勢力への‘べからず7箇条’
 1/奥に座るべからず(相手より多い人数で対応し湯茶は出さない。ドアは開けたまま)
 2/相手を説得しようと思うべからず(堂々巡りになったら帰ってもらう。不満ならば公正な第三者に訴ええるべしと開き直る)
 3/曖昧な態度をとるべからず(検討するは禁句)
 4/恐れるべからず(冷静に)
 6/不用意にうなずくべからず
 7/相手から視線を外すべからず

■録音について
 ICレコーダーについて、無告知録音をしても違法ではない。雑音防止のために下にタオルを置くとか、ハンカチで包んでポケットに入れる工夫がクリアな証拠を生む。

(夏の青空に映える瑠璃柳(るりやなぎ)のようにみんな綺麗でいてくれたらいいのに…)
香っても茂る葉と茎ジャマになる [2017年09月04日(Mon)]

fumihouse-2017-09-04T18_30_27-1-thumbnail2.jpg大きなスペード型の葉っぱ。ツルを伸ばして、あれよという間に一面を覆いつくすのが葛(くず)です。かつては葛餅の葛粉を根からとったり、風邪をひいたときに発汗や鎮痛のため使っていたといいます(生薬の葛根湯はひき初めに効く)。茎は強靭ですから、カゴを編んだりロープとして使っていましたが、今はほとんど使われません。

林と草地、林と畑の境目あたりに陣取って根と茎を広げ木や他の草にも絡みつき、ずんずん侵食しますからやっかいな存在ではありますが、葛は別名「森のマント」と呼ばれます。暑さ寒さを和らげ、湿気も適度に保つのです。マントの奥には多くの生物が棲んで食の連鎖も盛んです。花に蜜と花粉を求め、虫や蝶、カエル類を求めて鳥がやってきます。

花がこのとおり、案外にきれいなんです。藤の花に似ています(同じマメ科)。しかもいい香りがします。クチナシほどとは言いませんが、癒される甘い匂いです。明治の頃にアメリカに輸出されたそうです。園芸用に持っていかれたといいますから、繁茂する葉の陰で密やかに香る姿が好まれたのかもしれません。でも今では、アメリカでも外来迷惑種として、バッサバッサと切られているようですね。
珈琲とケーキと外食満足し [2017年09月03日(Sun)]

fumihouse-2017-09-03T15_10_45-1-thumbnail2.jpg珈琲を飲む。ホットコーヒーがいい。舌に熱さを感じ、苦味が唾液と混じって舌を通って喉へと流れ胃におさまっていく。口中に苦味とともに食べ物が残す旨味が、淡い甘味となって感じられる。珈琲の甘さでもあろう。

漆黒ではない茶系の黒。黒鳶色とでも言うべきか。カップ内側に茶色の泡が張りついている。湯気が珈琲の表面をなぞり立ち上る。磁気の器と皿。絵と釉薬の具合がおもしろく、少し凹凸がある。

ミルクを入れた。表面に残り渦を巻く一方で、勢いよく注がれた白い濁りは底から持ちあがって混ざる。熱さの対流で白と茶色が渦を巻く。グラデーションが刻々動くのは見飽きない。スプーンでかき回す。一気に単色になるかと思いきや、完全には混じらない。

ミルクが入り味は変化した。口中で甘味を感じ、余韻に苦味が出る。ブラックのときとは反対だ。歯ぐきに入った汁が唾液とともに喉を下っていく。デザートのケーキに手を伸ばす。スポンジもクリームもぐっと甘く感じる。珈琲の甘味とは異質の甘さ。

グラス入りの冷水を飲む。珈琲とケーキが洗い流される。するとまた別の甘味がやってくる。水って美味しいな、氷の音がカラコロ鳴って涼しげだ。おいしかった食事と珈琲の余韻を残して、あの日の外食は終わった。ああ、満足した。

(夏の終わりに咲く落花生の花。かわいらしく涼やかだ。そして地に根を張って強い。花が終わると柄が伸びて地面にもぐり実が生るという。今年は観察しよう)
お茶目にてオシャレな泥棒オードリー [2017年09月02日(Sat)]

fumihouse-2017-09-02T17_38_12-1-thumbnail2.jpg『おしゃれ泥棒』はオードリー・ヘプバーンが30代中盤の映画である。題名を巡って意外な展開が度々ある。ニコル(オードリー)が泥棒かと思いきや、泥棒は深夜忍び込んできたハンサムな男。この男シモン(ピーター・オトゥール/アラビアのロレンスの主演)がおしゃれなのか? 確かにタキシードは着ていたが、そんなはずはない。オードリーの下着姿も含めて、シーンごとに変幻する衣装に目を引かれる。白、赤、黄、黒、紺など多くの色を駆使したオシャレさんであった。ジバンシーのデザインなのだろう。

ニコルはやがて危ない橋を渡る。シモンとともに厳重に警戒された美術館に泥棒に入るのだ。父親が美術品贋作の作家兼ディーラーとして逮捕されるのを防ごうとする孝行娘。だから泥棒さんの協力を得ようとした。シモンが美術鑑定士兼探偵であることも知らずに…。

カネの力にあかせて札束を振り回すアメリカ人美術収集家を揶揄していた。原題は「How to steel a million」。百万ドルの盗み方という題のとおり、欲深いアメリカ人から100万ドルをせしめるよう話は進む。

a millionには「素晴らしい」という意味もある。すなわち可憐にして美の化身、お茶目にしてクリクリ動く大きな目のいたずらっ子。好きになった途端に情熱的なキスで迎え入れるニコルに捧げられる題名であり、オードリーへの賛歌なのだ(多分…)。値段のつけられない素晴らしいニコルの心を盗んだシモンがうらやましい。

(どんな艶やかな花だってオードリーの前では添え物でしかなかったことだろう。)
政令で定められたる大都市よ [2017年09月01日(Fri)]

fumihouse-2017-09-01T19_49_46-1-thumbnail2.jpg政令指定都市というのがあります。現在20都市が指定されています。私はかつて厚生省で仕事をしていたことがありますが、そのころ指定都市は10しかありませんでした。

1956年に制度が始まり、戦前からの五大都市が最初に指定されています。名古屋市,横浜市,京都市,大阪市,神戸市。続いて、
 北九州市(1963年)、
 札幌市,福岡市,川崎市(72年)、
 広島市(80年)。
これで10都市です。

しばらく間をおきますが、
 仙台市(89年)、
 千葉市(92年)、
 さいたま市(2003年)、
 静岡市(05年)、
 堺市(06年)、
 新潟市,浜松市(07年)、
 岡山市(09年)、
 相模原市(10年)、
 熊本市(12年)。
これで、20都市になりました。

もともと政令指定都市というと100万都市のイメージです。規定上は50万人以上でも可能なのですが、実際は静岡市が70万人で最小です(ちなみに横浜市は373万人のメガ都市)。なんと全国民の2割が政令指定都市に住んでいるんだそうです。東京都も入れると3割以上。これでは一票の格差が大きくなりますね。

(桃花色がさわやかな花虎ノ尾 。政令指定都市とは全く関係はございません)