CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

« 2017年07月 | Main | 2017年09月»
<< 2017年08月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
検索
検索語句
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新コメント
ふみハウス
心地よし父の胸にて寝入る子よ (02/05)
心地よし父の胸にて寝入る子よ (01/27) ふみハウス
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/26)
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/23) 駅伝ワクワクをとこ
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02)
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02) 食欲のをとこ
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (11/02) 正中館道場
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (10/28) 計算苦手をとこ
筋力と宇宙の闘い空間で (06/29) 計算する者
筋力と宇宙の闘い空間で (05/15)
http://blog.canpan.info/fumihouse/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/fumihouse/index2_0.xml
最新トラックバック
打ち上げの花火めぐって少年ら [2017年08月31日(Thu)]

fumihouse-2017-08-31T19_39_55-1-thumbnail2.jpg映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』。舞台となった千葉・飯岡町は九十九里浜の北端の町。旭市と合併して今はない。茂下駅は総武線の架空駅である。

なずな(声は広瀬すず)は典道(菅田将暉)とともに「もしも」の旅に出た。地名がもしも(茂下)、灯台の明かりのフィラメントは「if」に輝いている。魔法の玉が誘って二人は『if もしも』の世界に引きこまれる。最初は、もしもプールで50m競争に勝っていたら…。2度目は、もしも一緒に電車に乗っていれば…。魔法の玉は二人をおかしな時空に誘った。

タラ・レバだ。現実世界でタラ・レバはない。恋するかどうかも分からない二人だが、恋の奇跡をくり返す。夏の別れの一日に、花火が上がった一瞬に、後悔をくり返すまいと中学生二人は奇跡に乗じて時空を楽しんだ。

奇跡は、なにも恋だけではない。友達関係にしても家族にしても、勉強にしても部活にしても、後悔ばかりの毎日に奇跡を起こしたくなるもんだ。もう一度あのときに戻りたい。仮に○○だったらいいのにな〜と思うことが。

タラ・レバはある。魔法の玉は持てないけれども、くり返すに等しいほどの時間が少年たちには、たっぷりある。望みはかなう。きっとイメージのとおりに事は運ぶ。諦めなければ道は開ける。少年よ若者よ、期待せよ。タラ・レバを引き起こせ! そんなメッセージが聞こえてくる。タラ・レバ、それは未来にこそある。

文科省が8月17日付けで「平成29年度自殺予防週間の実施について」と題して通知を出した。18歳以下の日別自殺者数を過去40年間でみると、学校の長期休業開けやゴールデンウイーク等連休後に自殺者が多いことがわかる。なかでも9月1日が突出している。明日は9月1日。小中高すべてがこぞって始業式を迎えることは今ではなくなったが、夏休み明けは危険である。

タラ・レバでよい。時間はある。タラ・レバは未来だ。苦しくても今をしのいでほしい。若い君たちよ! そんなメッセージを映画に感じたのは私だけか?

(少年たちよ、見てみたまえ。下から見ても花火とは円弧を描くものだと分かるだろ? 円弧はすなわち球体。上から見ても横から見ても花火は丸いのだよ。もちろんこの世界ならね)
古の石見銀山世界変え [2017年08月30日(Wed)]

fumihouse-2017-08-30T21_21_09-1-thumbnail2.jpg世界遺産に登録されて10年を記念し『石見銀山展−銀が世界を変えた』が、古代出雲歴史博物館と石見銀山資料館にて開催中だ。ここでは展示の見方をかえてみた。下から見るのではなく、横から見たのである。まるで、映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』のようだ。

横から見るというのは、展示品だけパッと見るやすぐに下の説明書に目を移すことを止めて、まずは展示品をじっくり眺めるようにするというものだ。要は能書きにとらわれず、絵や文書を読みこんでみて、補足としてキャプションを読んでみようとの試みである。

結論から言えば、絵画などの美術品はともかくとして、丁銀や銀コイン、古文書、古い地図、銀製品などを説明書きなしに解釈していくのは難しい。順を追ってじっくり読み進めなければ、全体像がわからない。ただ疲れる。銀を手にとって、ためつすがめつ愛でてみなければ価値がわかるまいと思う。

銀は腐食しにくい。金ほどではないにしても、貨幣や共通の財産として価値が急速に高まり、世界的に需要が増えた。スペインやポルトガルを中心とした西洋のグローバル経済が浮上していった。すなわち大航海時代であり、中世から近世に時代が移る際の立役者が銀だったのではあるまいか。その中心的役割を石見銀山は果たした。今はひなびた中山間地になってしまったが、石見銀山には壮大なロマンがある。

それらを下から見るのがいいか、横から見るのがいいかは、銀山に関しては少々勉強が足らないことがよくわかったのが、収穫だったといえる。

(ミントの花も上から見るのと、下から見るのとでは違いがある。角度を変えて順序を変えると、新しい視点が生まれる)
将軍と日本をつなげる道なしや [2017年08月29日(Tue)]

fumihouse-2017-08-29T08_07_58-1-thumbnail2.jpg将軍様はおっしゃらなかった。今朝発射した弾道ミサイルのことを事前に国際機関や周辺各国、特に日本に通告せよと、おっしゃらなかった。

日本では大騒ぎだ。「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難して下さい」。Jアラートで日本政府が6時2分に茨城県から北の住民に避難を呼びかける。直ちに菅官房長官も「これまでにない深刻かつ重大な脅威」と声明を発表した。

将軍様は事前に通告するな!とはおっしゃらなかったが、通告しないとこんなに騒がれる。あとが心配だ。かといって通告したらしたで、グアム沖へ落とすと予告した時のように各国がこちらを威嚇してくることはもちろん、トランプ大統領も核の発射ボタンを今にも押しそうな気配を漂わせた。これもマズい。

今や将軍様の命令はもちろん言葉の端々まで、言われたとおりのことをするしかない状況だ。下手に忖度し、無謀にも注進しようものならば、その日のうちに家族もろとも粛清されかねない。私も外交筋の一員として心を痛める毎日だが、いかんともしがたいのだ。

写真はこの夏お忍びで訪れた世界遺産石見銀山の街並みだ。大森地区では観光客と地元の人が調和して穏やかな雰囲気をかもし出していい感じだった。隣国日本に大きな混乱をもたらしてはならないと思う。一衣帯水の両国が共に栄える道はないものか。

と、今朝は想像の物語。
テキサスに破滅的なる暴雨という [2017年08月28日(Mon)]

fumihouse-2017-08-28T19_12_20-1-thumbnail2.jpg大型ハリケーンのハービーが米国テキサス州に上陸し、大雨と洪水の大被害をもたらしています。ヒューストンでは取り残された人びとの救出作業が続いており、さらに雨は降り続くと予想されています。2005年にカトリーナが襲来したときニューオーリンズを中心に千人を超える死者がいたことを思えば、小規模ではありますが、被害に遭われた方々の悲しみや如何。お悔やみ申し上げます。

トランプ大統領が近々被災地を訪問するようですが、地球温暖化対策のためのパリ協定から離脱したトランプ政権です。この甚大な被害を目の当たりにして、温暖化問題の深刻さを実感し気持ちを入れ替えてくれないかと期待しています。

(南アメリカ原産の柳花笠 (やなぎはながさ)は春から今もずっと咲いている。米国南部の人びとも元気でありますように)
戦いの形を変えてより強く [2017年08月27日(Sun)]

fumihouse-2017-08-27T11_47_36-1-thumbnail2.jpg映画『トランスフォーマー/最後の騎士王』は今回が第5作。シリーズ第1作を見て以来なので筋書きは今ひとつわからないが、金属生命体が車や飛行機からロボット形に変身する過程にはぞくぞくする。

地球外の金属生命体の善玉と悪玉が、一方は人類を守ろうとし、かたや人類を滅亡させて支配を広げようとする。攻防の構図は同じである。今回は善玉の総司令官オプティマスプライムが悪玉のディセプティコンに心を支配されて敵方についており、人類の側もトランスフォーマーすべてを敵とみなして戦う部隊TRFがあったりして、少々様相が違う。

善玉たちと共に闘うのが主人公ケイド。そこにヒロインのヴィヴィアンが参入。彼女はオックスフォードの歴史学教授という設定で、アンジェリーナ・ジョリー似のグラマラスな美女。彼女もケイドと共に戦う。

アーサー王伝説が謎解きの鍵となり事態は収拾に向かう。有史以前からトランスフォーマーたちは人類の戦争に関わっていたという驚くべき設定だ。第二次世界大戦で連合国がドイツを撃退したことも金属生命体の助けがあったからだという。眠気をもよおすこともなく、娯楽を楽しんだ2時間あまりだった。

(トランスフォーマーの躯体ではない。上野動物園・爬虫類館のゾウガメの甲羅)
夏と秋空気が交代嬉しいな [2017年08月26日(Sat)]

fumihouse-2017-08-26T21_54_45-1-thumbnail2.jpg今夜は天頂に天の川が見えます。ひさしぶりに見るすっきりした星空です。夏の星座から秋へと移るのは9月半ば以降ですが、今日の昼間はムンと鼻を突く熱い空気を感じませんでした。西の空には三日月が見えます。数日前アメリカ合衆国で人々を驚喜させた日食を演出したあの月です。月はどんなに騒がれようとも粛々と運行を続けます。

某気象予報士さんが夏の終わりを宣言しました。西日本では(太平洋側を除く)、今日から空気がスッキリした秋のものに入れ替わったとのことです。まだ暑い日はあるようですが、その文章は確実に秋が近づく喜びにあふれています。

スズムシが鳴いています。エンマコオロギも涼やかな声を出しています。マツムシだってやがて鳴き始めるでしょう。明朝にかけての最低気温予想は21℃。風邪を引かないようにしなければなりません。

(日差しは強くても爽やかな空気が漂っていた今日の石見銀山。大田市・大森にて)
厳かにミンミンミンミンとくり返す [2017年08月25日(Fri)]

fumihouse-2017-08-25T19_18_47-1-thumbnail2.jpg今日は出雲工業高校の二学期の始まり。多くの生徒が賑やかな空気をかもし出してくれて嬉しく思った。始業式でのこと。体育館の外の森で忽然とミンミンゼミが鳴きだした。

いつもの当たり前のパターンではない。耳をそばだてた。「いつもの」というのは最初の「ミーン」をのばして次の「ミンミンミン」を3、4回。最後に長〜い「ミーン」を終えたら一瞬小休止して、同じことを繰り返すものだが、今朝のは違う。その日手始めの鳴きだったのだ。

「ミンミンミンミンミンミンミンミンミン・・・」と際限のないほどに同じリズムと小さめの声でミンを繰り返す。ゆったり粛々と鳴くのだ。わたしは回数を数えた。その厳かさがずっと続いてくれるよう願った。

ミンミンゼミは50回ほど厳粛なミンを繰り返してから止まった。そして「いつもの」のように鳴き出した。もちろん「いつもの」ヤツも好きだ。森や林の中で響いて外までよく聞こえてくる。ミンミンのひと声をとっても微妙な揺らぎがあって味わい深い。それでも今朝の初っぱなの鳴き声を十数年ぶりに聴き惚れてしまった。

いつもの鳴きが始まったとき、校歌斉唱が始まった。なんてステキなタイミング。わたしはセミのように朗々と校歌を歌った。宇宙を拓く工業の学びの道に励まなん、このフレーズがよく響いた。

(セキチクは大和撫子の仲間だが、長らく咲いている。梅雨のころから今もなお)
抗議して名付け親さん失礼な [2017年08月24日(Thu)]

fumihouse-2017-08-24T18_12_47-1-thumbnail2.jpgちょっとあんた! なんであたしのことを屁だの糞だのって言うんだよ! 無礼じゃないかい? 小ぶりの白花。メガホン形に深くえぐれた五つの花弁は白地だよ。内側には五角形で臙脂色の模様がある。いいだろ? 結構あたしゃ気に入ってんだよ、自分のことを。

誰だい、あたしを屁糞蔓 (へくそかずら)って名付けたのは? ホント失礼しちゃうよ。バッカじゃねえの? だいたいね、あたしを手にとって匂ってごらんよ。肉をたっぷり食べたあとの屁みたいに臭いかい? 道端で悪臭を放つ糞みたいに鼻をつまみたくなるかい? ちがうだろ? 少しはあたしを正当に評価してくれよ。

ツルを伸ばして夏に咲くから「夏伸び白蔓」はどうだい? つぼみが棍棒みたいだし朝露でも付いたらいい感じだから「朝露棒蔓」は? 今ひとつだな。まっ名前はともかく、昔はな、茶色い実の汁をシモヤケやあかぎれに塗ったもんだよ。あんたもやってみな。

それにしても毎日暑いじゃない。お盆のころ涼しくなったもんだから、そのあと暑さがぶり返して大変よ! しかも雨は二週間も降ってない。あたしゃ乾きに強いんだけどね、こうも雨の降る間隔あいてしまったんじゃ、さすがのあたしもお手上げだ。ひと雨欲しいね。
目標は大きにあわせ小さにも [2017年08月23日(Wed)]

fumihouse-2017-08-23T18_32_17-1-thumbnail2.jpg文豪ゲーテの言葉に、≪いつかは目標に通じる歩みを一歩々々と運んでいくのでは足りない。その一歩々々が目標なのだし、一歩そのものが価値あるものでなければならない(山下肇訳)≫がある。この文は、ひとが生き抜くことの大切さを示す箴言として、さすがゲーテ!と言いたくはなるが、少し斜めから考えてみたい。

マラソン選手が苦しい息を吐きながらロードで練習する際に、あの電柱まで走ろう、電柱に行き着いたら、次の電柱まで、その次はあのマウンドまで、と小さな目標に達したら一つずつ一つずつ、次の目標を目指していく。そうやって引き延ばしていくうちに、一定の練習をこなしていく。そんな話を思い出す。

わたしは風呂に入る前に腕立て伏せをする。80回くらいを目処にやる。始めたばかりでは80回は遠くにある。それを5回ずつ区切りを入れるのである。20回が過ぎたら次は25回、続いて30回・・・。そうすると80回は意外と早めにやってきて、100回くらいまでできることだってある。何事も小さな達成目標を見つけていくことが大事だと学ぶのだ。

(茄子だって夕日に茄子紺が映えるまで育つのに、少しずつ大きくなっていく)
老耄と惚けて呆けて鈍くなる [2017年08月22日(Tue)]

fumihouse-2017-08-22T17_50_33-1-thumbnail2.jpg【耄】という字を知った。音読みではモウ。耄碌(もうろく)・老耄(ろうもう)と使う。訓読みではオイボレ(老い耄れとも書く)。かつては70歳以上の高齢者を意味していたが、今や80歳どころか90歳でもシャキシャキの人は多い。

惚ける(ほうける)や呆ける(ぼける)と同じ読みで、「耄ける」とも書くから、五感が鈍くなりぼんやりする様子は昔から老人の特質として顕著だったわけだ。耄耄(もうもう)と重ねたら、耳元で大きな声を出してもらってやっと聞こえる程度ヨボヨボで歩くのは杖をついてやっとこさのお年寄りのイメージがわいてくる。

老の下の毛は単に音としてのモウを表すだけではあるまい。毛のように細く弱くなる足腰を示すのではあるまいか。などと、今夕は夢も希望もない話。せめて、つい今し方出雲の空に見えた虹でもご覧にいれましょう。
回想をハリーに注いで移し替え [2017年08月21日(Mon)]

fumihouse-2017-08-21T18_01_14-1-thumbnail2.jpgドラマでよくある回想シーン。主人公は回想を語り終わり、相手方はその記憶を寸分の狂いもなく理解する。視聴者は以前の場面を再確認し、そこにいる者すべてが認識を一致させて、ドラマは滞りなく進む。わたしはいつも憧れてしまうのだ。

まるで記憶データがダウンロードされたかのように、ダンブルドア校長が憂いの篩(ふるい)で記憶の糸をハリー・ポッターに注いだように、ある出来事や周りの状況が精確に伝わっていく。なんて素晴らしいんだ。

そんなことは決して有りえない。記憶は曖昧模糊として頼りない。記憶は脳に押し沈められて容易に現れてこない。勘違いもある。強烈な印象によって記憶が曲げられてしまうことすらある。その結果が「真相は藪の中」になるのである。

しかも記憶の中身を説明するのは本当に難儀だ。時系列で順を追って説明するのか、それとも核心部分に絞るのか。それによっても相手の受け取り方と理解度は違ってくる。記憶と事実。両者は永久に一致することなど有りえないのだ。

(この百日紅(サルスベリ)をどれほど長らく観察しても、記憶に頼って細部の色形を説明するなんて不可能だ)
草花かソーセージのどれがいい? [2017年08月20日(Sun)]

fumihouse-2017-08-20T06_59_44-1-thumbnail2.jpgアメリカンドッグを召し上がれ。ソーセージに串を刺し、衣をつけて油で揚げて、ケチャップとマスタードを付けて出来上がり。写真のやつも美味しそうだろ? それとも串に刺して焼いたフランクフルトソーセージかな?

美味しくないって? そうでもないと思うがね。よーく熟したらガマの穂を強く揉んでごらん。もくもく大量の綿毛が出現するからね。きっと楽しくなると思うよ。楽しいのと、美味しいのは違うって? 確かにそうだ。
人口を保つ努力は永遠に [2017年08月19日(Sat)]

fumihouse-2017-08-19T18_36_38-1-thumbnail2.jpg藤山浩氏(持続可能な地域社会総合研究所長)は、2060年の島根県の人口は秋田県を上回ると述べている(島根39万5千人、秋田37万6千人)。根拠は若い世代の女性の流出率では島根が相対的に低く、子育て世代が安定して推移するからだという。ちなみに現在は秋田が102万人、島根が69万人で33万人もの差がある。氏は隠岐島前地域のフィールドワークを重ねた結果、安定推移の理由として考えられるのが、他者への優しさがあり、地域ぐるみで(U・Iターン者を)支える意識が強みとなっているとのこと。さらに、「人間らしい暮らしの良さに気付いた人から田舎に帰る。女性の方が敏感に変化を感じ取」るから島根への回帰が進むのだと述べる。
【以上、「島根定住考・下」8月14日付け山陰中央新報より】

40年後は40万人か。寂しいもんだ。私が就職したころに79万だった。それが今や69万まで減って、さらに4割減になるなんて信じられないけれども、現実に統計学はそう突きつけているのだ。

さて「他者への優しさと地域ぐるみでUIターン者を支える意識」を考えてみる。多くの移住者を受け入れる島前地域や山間地の邑南町には確かにその意識は強い。だが、私の住む田舎を含めた田舎の人の意識はどうか。劣等感や優越感に裏腹の猜疑心や嫉妬心、面従腹背と憎悪が絡みあった現実の姿、集団化した時のあの異質な空気感、陰湿なイジメ体質・・・そうした暗い現実を見聞きすると、他者への優しさを期待することができるだろうか、と気持ちがしぼんでしまうのだ。

(水引草は上から見ると赤く、下から見ると白く見えるのを紅白の水引に見立てたとか。人口増加と維持は望めないにしても、せめて地域の存続を水引をもって祝おう)
ヒアリよりマダニが怖い君と僕 [2017年08月18日(Fri)]

fumihouse-2017-08-18T07_12_45-1-thumbnail2.jpg昨年夏、西日本在住の50代女性が、弱った野良猫を保護したときに噛まれて亡くなられたといいます。マダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)を発症したのです。マダニが直接吸血してウイルス感染したのではなく、哺乳類を介して感染し死亡した例は世界で初めてだそうです。

感染し発症すると、発熱や下痢、嘔吐、さらには意識障害や失語、出血症状、すなわちSFTSとなります。日本では2013年に報告されて以来、これまでに266人が感染し57人が死亡しています。致死率21%。殺人蟻と恐れられているヒアリよりずっと危険です。

マダニは人里離れて棲むだけではありません。庭先や裏山、畑、あぜ道にも多く生息します。野ネズミ、野ウサギ、鹿、猪から吸血してウイルスを感染させるので野生動物との接触はできるだけ避けよと厚労省は言っています。猫でもこうした例が出たとおり、散歩中の犬からも吸血するといいます。油断がなりません。小さい頃わが家で飼っていた猫にダニが食い込んでいたことがあります。指でつまみ取ろうとしても無理でした。赤黒くピチピチに膨らんでいたことを思い出します。

マダニが活発に活動するのは3月から11月。幼ダニ、若ダニ、成ダニの各ステージで1回ずつ、つまり生涯で3回吸血するのです。SFTSのワクチンを国立感染症研究所が開発中ですが、当面草刈りや薮、山に入る際には少々暑くても皮膚を露出しないよう気をつけなければなりません。

(野山にはマダニがたくさんいる。花火の火花の比ではない)
戦前に始まるラヂオ体操よ [2017年08月17日(Thu)]

fumihouse-2017-08-17T18_33_34-1-thumbnail2.jpg今朝のラジオ体操は長崎・大村市。講師に応えて来場者の明るい挨拶が響きわたり、ラジオ体操の歌がこだましていく。夏休みの間、講師やアシスタント、ピアノ伴奏者が全国各地を巡回する日本の夏を代表する行事。戦前から始まったものだそうだ。

子供の頃、この放送を毎朝聞いた。第1体操が終わると補助体操がある。首を中心とした体操でピアノ伴奏はアドリブも入って、今思えばオリジナリティあふれる工夫がいっぱいだったのに違いない。しかし私たち子供はタラタラして何もしなかった。そして第2体操。これもチンタラやって、終わりの音楽が流れ10分間は過ぎる。

主催する自治会の家の人が判子を押してくれて(毎夏持ち回りだった)、ラジオ体操カードのマスを今日も埋めた。マスが赤い判子で詰まっていくことだけを楽しみに眠いのをガマンしながら通ったものだ。だから体調不良で出られないのは屈辱ものだった。親戚に行っても当地で必ず出た。懐かしい子供のころの記憶。

(女郎花(オミナエシ)は秋の七草。でも7月初めから咲いている。小さな星形がかわいらしい)
クレームはいちゃもんじゃない違うもの [2017年08月16日(Wed)]

fumihouse-2017-08-16T07_05_28-1-thumbnail2.jpg先日クレーム対応研修を受けた。講師はソフトブレーン・サービス(株)の湯浅宗浩氏で、満足のいく研修だったことに感謝したい。

クレームという言葉について認識を改めた。クレームとは居座って高圧的に要求するイメージをもっていたが、いちゃもんを付ける(理不尽な要求)のと、クレーム(正当な要求)は違う。クレームとは、困ったこの状況をなんとかしてほしいと相手が訴えているのだと。確かにクレーム(claim)の訳語は要求や請求だ。無体なないものねだりとは区別しなければならない。目から鱗の落ちる思いがした。

大切なのはクレームを起こさない職場づくり。接客のマナーが悪く、態度や言葉が雑で乱れていると相手が不快に思う。それでなくてもイラつく相手の怒りに火をつけないように、身だしなみ(名札着用、立ち上がって応対、きちんとした服装)を整え、よい応対(うなづく、相づちをうつ)をすれば、クレームが倍加するリスクは低い。改めて公務のプロであることを肝に銘じようと思う。

詳細は記さないが、相手の感情に巻き込まれないで、冷静に事実確認をし、謝り方にも細心の注意を払うこと(事実確認ができていない段階では謝罪連発は危険)などを具体的に学ぶことができた。

特に私の場合、クッション言葉に使い慣れていない。相手の心情を逆なでしないように「ご足労をおかけしますが、」「恐れ入りますが、」「お手数ですが、」「差し支えなければ、」、これらをサラリと使えるように使用頻度を上げていきたい。備えあれば憂いなしだからね。

(オクラの花のように深い目で物事の深奥を眺めていきたいものだ)
先のこと未来指向し忘れまじ [2017年08月15日(Tue)]

fumihouse-2017-08-15T17_41_37-1-thumbnail2.jpg「先の」という言葉は、比較的近い過去をさし、以前のとか、前回の出来事を示す。「さっきの」としてしまうと、せいぜい数時間前のことになるが、「さきの」は遠い過去であっても感覚的には十分通じる。全国戦没者追悼式における天皇のおことばが典型であろうかと思う。すなわち、72年前に終わった前回の戦争、太平洋戦争を指すのである。

≪先の大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。(中略)ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民とともに、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります≫

陛下の万感を込めた挨拶のあと、安倍首相は式辞でこう述べた。

≪未だ争いが絶えることのない世界にあって、我が国は、争いの温床ともなる貧困の問題をはじめ、様々な課題に、真摯に取り組むことにより、世界の平和と繁栄に貢献してまいります≫

そのとおりである。日本にとっては、太平洋戦争&第二次世界大戦が未来永劫にわたって【先の大戦】であり続けなければならない。そして、世界の戦争が一刻も早く終わるよう私たちは努めなければならないのである。

(秋の七草の桔梗も全力を尽くして咲いている。本分に努めている)
雪の精なまめかしいのは雪女 [2017年08月14日(Mon)]

fumihouse-2017-08-14T18_44_10-1-thumbnail2.jpg吹雪が板戸を叩く。誰か来たのだろうか。待ち望む人にちがいない。去った恋人か、それとも死んだ愛しの人なのか。一緒に暮らすなど望むべくもない。けれど降る雪がひと時だけでも叶えてくれるならば私は幸せ。雪の精よ、叶えておくれ・・。

映画『雪女』はエロティシズムむんむんの映画である。主演は杉野希妃、監督も同氏。きれいなだけでなく、官能的で妖気あふれるたたずまいにゾクっとなる。ユキは小泉八雲の原作のように十人もの子は生まない。ウメを一人だけ生んで14年後も変わらず美しい。雪女とユキの眼差しがこの映画の肝だと思う。

一度は助けた巳之吉(青木崇高)に雪女は再び会いたいがため、長じた彼の仕事帰りを待っていた。上目遣いの妖艶な秋波を送られて、巳之吉は抗しがたかった。ユキ(杉野希妃)の横顔は神秘の光を放ち、大きな目の下の目袋は涙を溜めたかのように情深く見える。黒目がちの瞳はもちろん、雪のような白目も印象的だ。巳之吉は出自不明のユキに対し不安も覚えたことだろう。嫁にとり体を重ねる。血を交わして子供をつくることをどう思っていたのだろうか。

時代設定は大正から昭和の初期。舞台は山が迫る小さな町。自然に抱かれた人間の営みが静かに描かれている。であるから一層、巳之吉とユキが結ばれる初夜や露天風呂の交わりがエロチックだ。小ぶりな形良い唇と豊かな黒髪をもつユキが薄暗い湯船で悶える様子は、美の妖怪とでも言えそうだ。

見えないものがたくさんあるというセリフがあった。異質なもの同士が出会うとき、新しいものが交わり合い、生み出される。そこから世界は新しい展開を迎える。思いがけなく変化は生まれるのだ。ひとは誰もが、見えなくて知らないものに挑むとき、雪女と交わるのかもしれない。

小泉八雲・雪女には、なぜ人間を殺すのかは記してなかった。ともかく男に白い息を吹きかけて殺す。杉野・雪女は、殺したいから殺すのではない。生命の灯が絶える直前の人間を苦しませずに送ってあげて、あの世との架け橋となるように描かれていた。死とは、奪われるのではない、安らぎを与えられるのだといいたいのだろうか。雪の精か、死の妖怪か。正体を巳之吉に知られた雪女は消えた。理解不能なところもありはしたが、妖しくなまめいて心に残る映画であった。

(雪女ほどてはなくても、それなりにエロティシズムを感じさせてくれる白い薔薇)
移りゆく夏は秋へと確実に [2017年08月13日(Sun)]

fumihouse-2017-08-13T19_21_09-1-thumbnail2.jpg季節は移る。終わらない夏はない。穏やかで美しい秋よいらっしゃい。

 三日前にくつわ虫の金属音を始めて聞いた
 エアコンがいらない夜が二つ続いた
 昨夜の花火大会で斐伊川土手を渡る風がひんやりした
 今朝はヒグラシが鳴かない静かだった
 空港もショッピングモールも帰省客で賑やかだ
 雲がどことなく変わり、空の色が濃くなった
 桔梗や女郎花があちらこちらに咲いている
 ミンミンゼミとツクツクボウシが鳴きはじめた
 世界陸上で日本がリレー銅メダルをとった(米英もミスしていたら金メダル…)

(昨日12日夕方の宍道湖北岸から見た西の空。季節が移り変わる、そのいっときを感じる)
花火咲く出雲おろちの祭りにて [2017年08月12日(Sat)]

fumihouse-2017-08-12T22_17_01-1-thumbnail2.jpg花火咲く出雲おろちの祭りにて
くつわ虫ガチャガチャかしまし花火の日
爆音ののちに残って花火雲
極彩美北斗七星大輪の
爆発音パッと広がり腹響く
儚い火千紫万紅一瞬の
集中打歓声あがるクライマックス
瀬戸際の愛媛抜かして何になる [2017年08月11日(Fri)]

fumihouse-2017-08-11T22_38_52-1-thumbnail2.jpg北朝鮮がお得意の瀬戸際外交を無理強いしてくる。外交の体はなしていないから、瀬戸際戦術と言っておこう。緊張を高めることにより交渉相手に譲歩を迫る手法である。「このままでは戦争だぞ! こっちの要求を少しはのんでおけよ」と脅すのだ。以前も北朝鮮は核兵器開発を進めることで、アメリカに軽水炉の提供と重油の供給を認めさせたことがある。お得意なのだ。

北朝鮮軍はグアム島周辺へ中距離弾道ミサイルを着弾させる計画をきのう発表した。ミサイルは島根・広島・高知の上空を通過させてグアム島の周辺海域を狙い、無体なリスクを米国や韓国、日本に示そうとしている。トランプ大統領が強硬に臨めば、米国も瀬戸際状態を現出し、瀬戸際と瀬戸際が衝突してしまえば本当の戦争になりかねない。とても危ない。島根県民としては何とか穏便に済ましてほしいのが本音である。

ところで、ミサイルは島根・広島・高知の上空を飛ばせるというのだが、愛媛県はどこに行った? 北朝鮮の地図には愛媛が抜け落ちているのだろう。そこまで杜撰な国に精密機器や兵器が扱えるものだろうか。扱えないでほしいと念願する。

(病葉(わくらば)と化したヤマボウシの葉っぱ。暑さにやられて葉はボロボロ、金平糖状の実も色が悪い)
ひとは皆いつも冷静なれぬもの [2017年08月10日(Thu)]

fumihouse-2017-08-10T12_58_33-1-thumbnail2.jpg自分だけは大丈夫と思っている人は、思いがけなく足をすくわれやすい。正常化の偏見というやつである。自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりすることは誰しもあることだ。振り込め詐欺や売り付け詐欺があとを絶たない。高齢者にとどまらず、近頃はSNSを通じて若者の被害も増えている。自分には関係ないと思い込んだ結果の悲劇である。

警察庁は悪質商法に遭わないために、「う・そ・つ・き」を頭文字にして啓発している。

≪う≫まい話を信用しない!
≪そ≫うだんする!
≪つ≫られて返事をしない!すぐに契約しない!
≪き≫っぱり!はっきり!断る!

警察相談専用電話『#9110』も含め、早めに相談したい。周囲の人に、「こんな連絡があったけど…」と相談し、独りで抱えないようにすると冷静さを取り戻せる。違う角度からの視点を加えると、騙されたかもしれないと必ず冷静になれるだろう。わたしも心していきたい。

(6月に咲いていたヤマボウシ。冷静に観察すれば、変哲もないこの花の良さや面白みが見えてくる)
長崎に恒久平和の誓いあり [2017年08月09日(Wed)]

fumihouse-2017-08-09T21_16_00-1-thumbnail2.jpg今日は長崎に原爆が投下された日。恒久平和を願う一方で核武装の動きは止まらない。先月、核兵器禁止条約が採択された。核兵器の所持と使用を違法とする条約が初めて誕生したのである。もちろん核保有国と核の傘に頼る国(日本含む)が加盟していないので実質的な効力はなく、理想論を述べたにしかすぎないとの批判も強い。確かに核を持つ国々が一斉に廃絶しなければ意味はないかもしれないが、核廃絶への第一歩であることは間違いない。国連加盟国の6割を超える国が参加したことは大きい。

一方で、国連安保理決議を無視して核実験を繰り返し大陸間弾道ミサイルも発射して、着々と核武装を進める北朝鮮が世界の耳目を集め続ける。存在感を増し、大口をタタいて大国に並び立つ勢いだ。今各地で武力闘争をする国や地域、武装団体はこの姿をどう見ているだろうか。おそらく羨望の眼差しで見ているはずだ。彼らにとって核とは脅威ではなく、その≪価値≫が輝いて見えるであろう。

核兵器禁止条約の採択とはどんな意味を持つのか。核は力とする価値観を根本から崩そうというのが条約の主旨である。確かに不可能に見えるかもしれない。今や核兵器を一度使えば際限なく報復が繰り返され、双方の陣営ばかりか、地球全土が放射能汚染と核の冬に侵されて、人類全体が衰亡することは間違いない。人類が生き残るためにも、普遍の価値に向かって進むしかないのだ。

(核の冬にでもなれば、百日紅(サルスベリ)も愛らしい花を咲かすこともあるまい)
誘われてスクランブルと車と私 [2017年08月08日(Tue)]

fumihouse-2017-08-08T19_50_50-1-thumbnail2.jpg出雲市駅前のスクランブル交差点。歩行者用信号にタッチの差で間に合わなくて、ぼぉっと待っていた。よそから見たら何心ない様子で、私は放心しているように見えたかもしれない。信号が青になった。クルマが動き始めた。私も歩き出した。三歩歩いてから気がついた。クルマが迫っている。クルマのスピードがゆるんだ。やっと私はスクランブル交差点であることを思い出したのだ。元の位置に戻った。危ない危ない、気をつけよう。そこで今日の一句。

 誘われてスクランブルと車と私。

(早くもキバナコスモスが咲いた。金茶色がかった黄花の季節がやってきた。暑さもこのへんで終わってほしい。緑色の葉とのコントラストが見事)
上手くなれ上手くなれよと自著を読む [2017年08月07日(Mon)]

fumihouse-2017-08-07T17_40_00-1-thumbnail2.jpgプロの心意気。プロの矜持。すごいもんです。文筆で飯を食っている人の凄まじい根性です。そして謙虚です。人間こうあらねばなりませぬ。

≪小説は数を書けばうまくなるというものではない。デビューが遅かったせいで、そのことだけは承知していた。つまり、いかに努力を重ねようと、最もよいものはすでに書いてしまっているかもしれないのである。
 その恐怖から免れるために、自著を読み返す。今の自分には書けない一行もあれば、今ならこう書くと思う箇所もある。ただし訂正はしない。物を作り続ける限り、過去と現在と未来の自分は別人格だと思うからである。
 現在の自分は、未来の自分に恥じぬ仕事をしなければならず、またそう心得て仕事をしていた過去の自分に、敬意を持たねばならない≫(「作家の肖像」浅田次郎,SKYWORD,2017.8月号)

(マリーゴールドも台風5号がもたらした適度な雨を喜んでいる。涼しくなって私も嬉しい)
花火咲く大きなやつと小さなの [2017年08月06日(Sun)]

fumihouse-2017-08-06T19_59_22-1-thumbnail2.jpg昨夜は松江水郷祭の花火打ち上げ(私は行ってない)。宍道湖上に打ち上がった1万発の極彩美に誰もが息をのんだであろう。腹に響く爆発音にも圧倒されたことだろう。誰もが見上げる大舞台。遠くで見たとしても続けざまの千紫万紅は見応えたっぷりだ。儚い夏の一瞬が積み重なって、人びとは酔いしれる。大玉もいいが、線香花火も好きだ。昔から手牡丹と言っていた。

まずは≪蕾≫。火の豆玉が膨らんでいく。花の散り咲く前ぶれで気持ちも膨らむ。やがて≪牡丹≫。パッパッと強い火花が散り始め、葉脈のやうに枝分かれした火花が狭まって盛んになる。間髪おかずに≪松葉≫。元気よく火花が飛び出して生きているかのよう。これぞ最高潮、山場のお楽しみ。寂しくなって≪散り菊≫。徐々に弱まっていく。菊の花びらが散るのか、春から咲く春紫苑(ハルジオン)の花びらが散るようにも見える。

中国産に押されて日本のものは少なくなっている。それでも手仕事ニッポンの線香花火の質は随一だ。

(この花は春紫苑か、姫女苑(ヒメジョン)か。よく区別がつかない)
首にのり小さな顔のあんたかな [2017年08月05日(Sat)]

fumihouse-2017-08-05T08_03_24-1-thumbnail2.jpgあんたの顔、小せえな
面長の顔が首にちょこんと乗ってるぜ
その首も長げえ
正面から見るとモディリアーニの描く女みたいだ
でもな、今あんた、俺を見てるだろ
その丸い目でこっちを見んなよ
すくっと立ってるあんたは全然綺麗じゃないんだな
なんでそんなに自信たっぷりで立ってられるんだ?
石でも投げてやろうか
俺がふりして手を上げたらあんたは身構えた
まあ警戒すんなよ
おれは善良な人間だから、そんなことしねえよ
おぉ飛んでったな
あんたはアオサギ
アオサギといっても青くなんかありゃしねえ
黒や白もあるけど、ほとんど灰色だ
図体もでけえしな
あんたは綺麗じゃないけど、気になるな
冷やしても滅却しても暑い夏 [2017年08月04日(Fri)]

fumihouse-2017-08-04T18_26_05-1-thumbnail2.jpg心頭滅却すれば火も自ずから涼しいのか。狭い範囲の火であれば、そうした精神論がまかり通るかもしれない。さわやかで清清しい思いで熱い火をやり過ごすこともできるだろう。

ところが暑さはそうはいかない。周りはすべて暑い。暑い空気が皮膚を攻め立てて苦しめる。流れ出た汗がいっそう暑い気分をふさぎ込ませる。鼻孔の奥に毒々しい暑さを忍び込ませる。

先週の雨で涼しい夜が過ごせるようになって、秋の気配か?と喜んだ私は浅はかだった。灼熱地獄の猛暑日はこれからだ。耐えよ、負けるな、君と僕。

(清清しくサッパリと咲いてきた芙蓉の花に今朝気がついた。オミナエシも咲いている。桔梗も萩も咲いている。さわやかで気持がよい秋は必ずやってくる)
藪の中それぞれ違う同じこと [2017年08月03日(Thu)]

fumihouse-2017-08-03T20_28_56-1-thumbnail2.jpg『藪の中』は芥川龍之介の短編小説である。同じく『羅生門』とも融合させて黒澤明監督は映画『羅生門』を作った。

奥の山道、藪の中で男の刺殺体が発見された。検非違使に尋問された証人たちや死んだ当人(巫女の口を借りる)の証言は全く食い違っていた。真実はどこにあるのか。「真相は藪の中」である。証言が錯綜して真実はわからないというこの言葉は芥川の小説から生まれた。

盗っ人多襄丸が妻を強姦したうえ夫を殺したのか、辱めを受けた妻が夫を殺し自分も後を追うつもりだったのか、妻は盗っ人に心がなびき儚んで夫は自刃したのか。小説を読む者も映画を観る者も狐につままれたように首をひねる。

日常でもよくあることだ。同じ講義を聴いても人によってノートの内容は全く異なる。それぞれ大切だと思うところが違うからである。ある事象を複数人が経験していても、それぞれに視点が違い、記憶の内容も違い、印象として違うものが残る。聴き方にもよるが、同じ事柄なのに全く違うものとなってしまう。場合によってはAがBにすり替わることすらある。動かぬ真実はあるようでない。

(ハイビスカスの仲間の紅葉葵 (もみじあおい)。いかにも夏、鮮やかな赤い花びらが五裂して、基部のガクが白くのぞいていて鮮やか)
法要で思い出語る故人かな [2017年08月02日(Wed)]

fumihouse-2017-08-02T20_43_37-1-thumbnail2.jpg先日法要に参列した。故人の思い出を語り合ううち、聖教新聞〈名字の言〉にあった記述を思い出した(2016年11月18日付け)。

≪「人間の命の終わりは、いつだと思いますか」。小児科医の緒方高司さんが、小学生にアンケートを取った際、考えさせられる答えがあった。「人から忘れられたとき」▼その回答から緒方医師は、ある結論に達した。「その人の存在が誰かの心の中にある限り、たとえ肉体が失われても生き続けられる」「人の生死は、他者との関係性の中にこそある」≫

葬儀から時間が過ぎて、節目の法事がある。葬儀では悲しみいっぱいだったのが、時間が悲しみを薄めてくれる。法事では故人が話題にのぼり、思い出が語られる。その場に集った遺族が互いをいたわり、次に会う日を楽しみにする。共に高齢であればもう次はない、あるいは自分が送られる番だと覚悟を決めて日常に戻る。わたしがこの世を去ったときに、こうして皆はわたしを話題にして、追善回向の法会を開いてくれるだろう。それは有り難いこと。葬送の儀は死を荘厳に送り送られる人間にとって大切なもの。忘れない、君のことを。あなたの存在はわたしの心の中にあり続けるんだよ、と。

(龍の顔と縦長の胴体に見えた先日の雲と空。死者の生命は大宇宙にあって、あの大きな空を吹き渡っている)
上司像上と下ではブレまくり [2017年08月01日(Tue)]

fumihouse-2017-08-01T19_09_38-1-thumbnail2.jpg理想の上司ランキングが明治安田生命から毎年発表されます。もちろん芸能人や有名監督などに託して理想像を追うのですが、部下が求めているであろう上司像が想像できます。

直近調査の女性では、アナウンサーの水卜麻美が1位になりました。トップの座から落ちはしましたが天海祐希は2位。その他吉田沙保里、石田ゆり子、有働由美子、澤穂希など、手綱をしっかりさばきつつも、丁寧に指導してくれそうな親しみやすいタレントがあがっています。

男性上司では1位が内村光良、2位タモリ、3位池上彰と続きます。優しさや知的雰囲気がいいのでしょう。青山学院の原晋監督が結果を残す指導力を買われて躍進です。所ジョージ、イチロー、林修の顔ぶれも定番ですね。

上司とはリーダーです。その役割は、チームで結果を残し勝つことです。チームの和を大切にして波風を立てたくないとのほほんとしていたら勝つことはおぼつかない。売上高や契約数を増やし、顧客の理解を得て、期限内に目標達成できないと勝てないのです。

調査に出る顔ぶれを見ると、厳しく締めつけないとか、懇切丁寧に怒らずに指導してくれるとか、不満や不安を解きほぐしてくれるとか、常に明るいジョークで盛り上げるとかを、回答者は期待しているのではないかと思えるのです。

部下に色目を使い、部下からいい上司だと誉められる上司は結果を残せるでしょうか。おそらく傑出したものは難しいでしょう。組織全体としても成長がおぼつかないどころか、衰退に向かってまっしぐらです。

部下が誤っていれば厳しく指摘しなければなりません。業務のスピードを増して期日に間に合わせなくてはなりません。優しい物わかりのよい上司ではダメなのです。厳しくすれば上司は孤立するでしょう。部下からいい上司であると認められることは難しいことなのですね。

(ひまわりは朝の太陽を見据えている。決してブレない)