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景色あり空気がひとが味わいを [2017年06月30日(Fri)]

fumihouse-2017-06-30T22_37_29-1-thumbnail2.jpg故郷に四つの要素があります。「景色」と「味」と「人」、そして「空気」です。

生まれて育ち学校に通う。親戚のおばちゃんがいてうるさく思う。道草を食って虫の好かん奴と喧嘩をする。なぜか仲良くなって仲間になる。恋をして感傷にうち沈む。進学や就職で故郷を離れて帰ってみたら故郷は輝いて見えた。景色がほとほと美しい。変哲もない眺めがかけがえのない宝物に思える。当たり前に食べてきた郷土料理やお袋の味に希少な文化を知る。人と景色と味と。故郷の骨格をなすものです。

空気を自分自身が吸いながら、この景色の中で育ち、これらの美味しいものを食べて、家族や友と泣き笑い怒る。すべてを統括して自分を包み込むのが空気です。その空気とともに私たちは故郷に暮らします。むろん生まれ育ったところでなくとも、土地になじむほどに離れがたい空気が生まれると、そこは故郷になるのです。

(暑い夜だ。退職されるある人を囲んでにぎやかに熱い夜を過ごした。帰る道すがら空気が熱波となって押し寄せた。ハイビスカスのように)
小さいが火蟻にヒヤリ注意せよ [2017年06月29日(Thu)]

fumihouse-2017-06-29T17_15_19-1-thumbnail2.jpgヒアリは火蟻。刺されたときの激しい痛みが業火に焼かれる様をイメージしたのでしょうか。アナフィラキシーショックで死に至る確率も高いといいます。

南米アマゾン原産、赤茶色で小型のこのアリはスズメバチと同等の猛毒を持っています。ハチは一刺しですが、こいつは何回も続けて刺すことができる別名殺人アリです。作物を食い荒らしたり、磁気に引き寄せられて電気設備を破壊します。家畜の被害もおびただしい。

アマゾンにはノミバエという火蟻の天敵がいるのですが、他の地域にはそれがいません。無敵の状態で繁殖するために北米やアジア各国で広がってきて、とうとう日本に運ばれました。中国からの貨物船に紛れていたようです。

文明社会はやっかいな奴らをはびこらせましたね。ヒヤヒヤしてヒアリに対処しなければなりません。

(菊の仲間のルドベキア。別名は松笠菊。中央のふくらみがどことなく松ぼっくりを思わせる。明治時代にアメリカ大陸から渡来したという。夏に咲くから向日葵と間違う)
忍びあい甲賀と伊賀がイガみあう [2017年06月28日(Wed)]

fumihouse-2017-06-28T21_40_00-1-thumbnail2.jpg今朝伊賀市と甲賀市が観光連携するため協定したとするニュースを聞いた。へー今さらかと思った。忍者の里に残る忍びにまつわる文化財が日本遺産に認定されたことが機縁となった。甲賀は滋賀県、伊賀は三重県で県境をまたぐとはいえ山一つを隔てた隣り同士なのに、なぜ?という気分である。忍者という同業者が協力できなかったのはなぜだろう。

「忍者ハットリくん」では、伊賀のハットリくんのライバルはケムマキ。甲賀忍者であった。甲賀は悪役で両集団は対立している。伊賀は善玉のイメージが定着している。調べてみると両者には不幸な歴史があるようなのだ。

まずは織田方が伊賀の里を包囲して攻撃をした際に、甲賀方が寝返って伊賀を攻めた。豊臣と徳川が争う世になると、伊賀は徳川について豊臣を牽制し、甲賀は豊臣側から徳川を見張った。やがて伊賀は服部半蔵によって徳川の世を泳ぎまわる。

両者が天下統一の代理闘争をめぐって血を流した歴史はあるだろう。もう400年も前のことなのだ。大平の時代となって武力が不要となると忍びも用なしになる。忘れられて姿を消したもの同士なのである。確執があるというのが不思議だった。150年前に維新を戦った会津側が長州に心を開かないこととは違うと思うのである。

ともあれ、伝説化した忍術が科学技術と社会科学の力によって解き明かされてほしいと思う。でも忍びのように私の生活が監視されてしまうとしたら恐ろしい。

(忍者のように一株から違う色の花を咲かせ、時の移ろいとともに色を変えるランタナ)
漫然と夏のオレンジ夏を染め [2017年06月27日(Tue)]

fumihouse-2017-06-27T21_11_16-1-thumbnail2.jpg傲然カズラが咲いている。夏はわが季節と、肩そびやかし傲り高ぶっている。
陶然カズラが咲いている。自分の咲きぶりにうっとり酔って、また酔って気持ちよい。
決然カズラが咲いている。思い切ってパッと一時に花開く。今は私の咲くときぞ!
愕然(がくぜん)カズラが咲いている。あまり盛んに咲くさまにひどく驚く。
忽然(こつぜん)カズラが咲いている。昨日までつぼみしか見えなかったのに、突如として咲き出した。
騒然カズラが咲いている。がやがやと騒がしい、不穏に咲き乱る。
超然カズラが咲いている。高く抜きん出た咲きっぷりを誰もが賛嘆する。
艶然カズラが咲いている。しなやかな笑みの女性の肌に浮いた血管。
猛然カズラが咲いている。勢い激しく攻めかかる。花で空を覆っていく。
悠然カズラが咲いている。ゆったりと暑さを楽しんで急がない。大雨降って雷落ちても平気だよ。

ノウゼンカズラ(能然かずら、いやいや凌霄花)はオレンジ色の派手な花。つるが他の木にまといつき、絡んでどんどん伸びていく。平安時代に中国から渡ってきたそうな。
離れゆくキズナかホダシか分かれゆく [2017年06月26日(Mon)]

fumihouse-2017-06-26T19_08_39-1-thumbnail2.jpg毎度通勤で出会う光景がある。中学生を送り出す父の姿。去年まで少年は小学生であった。家を出て道を歩きながら二人は長々話をしている。父と子の微笑ましい光景。

ところが違うのだ。話しかけるのは父親のみ。子はウンウンうなずくだけだ。やがて父は止まる。子はきびすを返して道を真っ直ぐ向かう、のではない。しり足を踏んで父を見たまま後ずさる。父が発する言葉に応えている。

その間20mほど離れて父がさぁ行け、と合図を送ってはじめて子は前を向いて歩き出す。素直な子だ。いやいや、父親に支配される素直過ぎる子だ。おそらく反抗期には達していないのだろう。父の絆し(ほだし)にがんじがらめにされている。

≪教育は、子どもをコントロールするためにあるんじゃない。不条理に抗う力、たやすくコントロールされないための力を授けるためにあるんだ──≫ (『みかづき Crescent Moon』森絵都著)

反抗期とは、考えることの異名。自分の立ち位置を離れる最初の一歩。親の庇護を去り自分の足で立つ前段階だ。彼に早くその時がきてほしいと思う。もちろん父親にとっても子離れの試練がやってくる。

(ラベンダーがすくっと天を向いて咲いている。さわるとハーブのいい匂い)
モローの美男二人を翻弄し [2017年06月25日(Sun)]

fumihouse-2017-06-25T17_40_32-1-thumbnail2.jpg原題は『ジュールとジム』。邦画題『突然炎のごとく』は1962年の仏映画。情愛深くかつ気まぐれのカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)をともに愛したジュールとジムの物語である。

衝動的で多感な彼女に2人は翻弄される。ジムはジュールにやめとけと言うが、ジュールは聞かず彼女に求婚する。子供までできたのだが、やがてジムも思いの丈を行動にうつし彼女と愛し合う。なんと三人は(子供入れたら四人)、一つ屋根の下に生活する不思議な三角関係となった。ジュールはカトリーヌの愛が冷めてしまっても、ジムが彼女と愛し合ってくれていれば、彼女を失わないですむとして、二人がくっつくことを許す不思議な関係。カトリーヌは美しい。生活の色はなく、いつまでも魅力的だ。ジムもジュールも嫉妬することなく満足しているのが、なんとも理解不能であった。

トリュフォーという有名な監督がつくったフランス名画。わたしにとっては、感情移入できるわけでもなく退屈な映画であった。それでも居眠りすることがなかったのは、ジャンヌ・モローが着飾ってはもちろんのこと、老眼鏡をかけても化粧っ気がなくても十分鑑賞に堪えたからである。

(ジャンヌ・モローのように端然としたクチナシの花。その芳香は妖艶でもある)
人口は日常大事にあらざれど [2017年06月24日(Sat)]

fumihouse-2017-06-24T14_33_09-1-thumbnail2.jpgある試験を主宰した際に面接で、島根県の人口はいくら?と受験者に問うた。わからないと正直に答えた者に、20万、70万、130万人の三択を示したが間違えられた。意外に知らないことに驚いた。しかし、現に島根に住んでいるとはいえ、5万人だろうが100万人だろうが生活に関係はない。新聞にたまに載るとはいっても(読まないかもしれんが)、68万人の数字を知るのは行政関係者と県全体の動向が業績に影響する企業くらいかもしれない。日本全体で人口減少が問題になってはいても、日常的な重大事ではないのだ。

さて、島根県の人口はこの5月1日現在の推計で685,541人。住民票は残していても転出している大学生もいれば、住民登録とは無縁の人もいるだろうから、あくまで推計であるが、膨大な数だと思う。下から数えて全国2番目の小さい県。世界で74億人の数値に比べれば塵ほどでしかない68万人だ。

しかし考えてみよう。全員を仮に一列に並んでもらったとして、カウンターで一押しずつ数えたらどうなるか。1秒間に2人として順々に移動しながら数えていく。途中交代したとしても、94時間かかる計算になる。これを膨大と言わずして何と言おうか。しかも、68万人それぞれに人生があり人間模様がある。その膨大さの上に成り立っている日々の暮らし。大事にしたいと思う。

(ミントの葉っぱと花の蕾に日があたっているのも、なかなか見所がある)
ホンモノを本物にして故郷かな [2017年06月23日(Fri)]

fumihouse-2017-06-23T20_40_05-1-thumbnail2.jpg 出雲には本物がある。

ご≪縁≫の国しまねのポスターは、漆黒のバックに白地の大きな明朝体でど真ん中に、「本物がある」と。たたら侍とEXILEとのコラボレーションで、他のポスターではEXILEのAKIRA、劇団EXILEの青柳翔、EXILE三代目J Soul Brothersの小林直己が、三人とも口髭をたくわえて(たたら侍のまま)、こちらを射すくめるように厳しい視線を向けている。ただ厳しさはこちらに向かうのではなく、自身の内面を厳しく見つめるといった風情である。温かい厳粛さとでも言おうか。

確かに「出雲には本物がある。」。もちろん島根全体もそうだ。では他の地域には本物は無いのか? いや、そんなことはない。旭川のラーメンだって、富士の白糸の滝も、鹿児島の薩摩揚げも、下関の巌流島だってすべては本物だ。そもそも偽物のほうが少ないじゃあないか。偽物といえば、○○銀座とか、□□小京都くらいかもしれない。これだってその地域だけの○○、□□をとってみればそこにしかないかけがえのないもの。これだって本物なのだ。

どこにも本物があふれている。じゃあ、違いもなにもないのか。そうは思わない。本物をホンモノとして誇りをもって好きであること。そこでホンモノははじめて本物となる。かけがえのない本物の価値を認識しよう。分かると好きになる。好きになると良さがさらに分かってくる。分かれば嬉しい。そんな人がたくさんいる所が本物なのだ。

(造花のように見えるかもしれないが、これも本物のカラー)
菓子パンをさらっとおさめて夜の会 [2017年06月22日(Thu)]

fumihouse-2017-06-22T17_37_11-1-thumbnail2.jpg菓子パンが好きだ。炭水化物と砂糖、クリームばかりで栄養価は偏って体には良くないが、たまにはいいと食べている。今夕は会合があるので学校にとどまって食事中。

ちぎり苺ジャム&ホイップ。柔らかめの三段重ねで大きいパンだ。熱量は470キロカロリーでかなり多め。夏期限定と銘うったカルピス蒸しパン。カルピスの酸味と甘味のバランスがとれて好ましい味だ。323キロカロリー。飲み物は500ccのフルーツ牛乳、285キロカロリー。しめて1088キロカロリー。

腹の保ちは大したことなさそうで、夜食が食べたくなりそうなのだが、普通の一食をはるかに超えるオーバーカロリー。毎日こんな食事をしていたらさぞかしデブデブになるだろうと思う。たまには、いいか。

(ストイックな雰囲気をもつドクダミの花。漢字では毒痛み。別名は十薬(じゅうやく)。10種の効能があるという)
しとしとと紫陽花濡らしていい雨よ [2017年06月21日(Wed)]

fumihouse-2017-06-21T18_32_05-1-thumbnail2.jpgしとしと降る雨
昨夕から夜中にかけて雨が降りました
十日ぶりの雨はいい音です
瓦をたたく音、地面をたたく音、木々をたたく音
雨樋からしたたり落ちる音、葉を震わせる音、水たまりに同心円を広げる音
すべてが合わさって雨の音となる
しとしと雨、そぼ降る雨はいい音です
篠突く雨程度の雨ならば音の違いを感じます
乾いた大地に水がしみとおります
地面ばかりか心までも潤します
待望の雨が降る、まさに慈雨
恵みの雨音に耳を澄ましてみましょうよ
昨夜は雨に聞き惚れました
紫陽花が色鮮やかに乱れることでしょう
ところが警戒を抱くほどの大雨になると話はちがいます
同じ雨でも恐ろしい音なのです
恐怖の足音が世界を揺らすのです
ひと筋の情緒もありません
だからしとしと降る雨はいい音なのです
直虎がもじって楽し日曜日 [2017年06月20日(Tue)]

fumihouse-2017-06-20T19_50_31-1-thumbnail2.jpg大河ドラマ『おんな城主直虎』が面白い。柴咲コウのぶっちぎれた演技が楽しいのみならず、高橋一生が演ずる小野政次に味があり、矢本悠馬の中野直之も興味深い。それ以上に毎回題名に遊び心があってとってもいい。

第1話『井伊谷の少女』と2話『崖っぷちの姫』は、「アルプスの少女ハイジ」か、「崖の上のポニョ」か。「風の谷のナウシカ」もあるな。それともフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」をもじったのか。3話『おとわ危機一髪』は映画「007危機一発」に違いない。4話『女子にこそあれ次郎法師』は、「女にこそあれ次郎法師」(梓澤要著)という本があるそうな。読んでみたくなってきた。

5話『亀之丞帰る』は菊池寛の戯曲「父帰る」、6話『初恋の別れ道』はチャン・ツィイーが抜群に素敵だった中国映画「初恋の来た道」だ。7話に「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」をもじってこのドラマの人気絶頂を期して『検地がやってきた』と。

8話『赤ちゃんはまだか』は?だが、9話『桶狭間に死す』は映画「ベニスに死す」。10話『走れ竜宮小僧』は太宰治の「走れメロス」。11話『さらば愛しき人よ』はレイモンド・チャンドラーのハードボイルド「さらば愛しき女よ」である。

12話『おんな城主 直虎』はそのまんま。直虎が井伊家の当主になったとはいえ、これも遊び心満載だ。13話『城主はつらいよ』は、もちろん寅さん「男はつらいよ」。14話『徳政令の行方』は何だろう?

15話『おんな城主 対 おんな大名』は「ゴジラ対メカゴジラ」とか、「ゴジラ対モスラ」のもじりだ。16話『綿毛の案』はシャレっけたっぷりで思わずにやける「赤毛のアン」。

17話『消された種子島』はわからない? 18話『あるいは裏切りという名の鶴』の元の仏映画「あるいは裏切りという名の犬」は見たことがないけれども、19話『罪と罰』はそのまんまドストエフスキー。ラスコーリニコフに相当するのは盗賊の頭か? こっちがずっと可愛げがあるな。

映画をもじって20話『第三の女』は「第三の男」、21話『ぬしの名は』は「君の名は。」だ。22話『虎と龍』の元漫画「虎と狼」は読んだことがない。

23話『盗賊は二度仏を盗む』は知らない。24話『さよならだけが人生か?』は井伏鱒二の名訳を思い出す。「この杯を受けてくれ/どうぞなみなみ注がしておくれ/花に嵐のたとえもあるぞ/さよならだけが人生だ」

そして来週は『材木を抱いて飛べ』。間違いなく高村薫のサスペンス「黄金を抱いて翔べ」をもじっている。次回の予告編を見るのが楽しみになってくるというもんだ。

(ちょこんと咲く睡蓮。見た目は涼やかだが、水中では根が暑苦しくからまっている)
空梅雨に夕暮れ時の急行よ [2017年06月19日(Mon)]

fumihouse-2017-06-19T22_25_52-1-thumbnail2.jpgトワイライトエクスプレス瑞風の初日、大阪をたった私は京都を経て城崎温泉に着いた。沿線であれほど多くの人々が手をふり旗をふり、カメラを構えているとは想像もしなかった。瑞風の人気ぶりが知れる。しかも城崎の方々の歓迎が手篤かったことといったらない。古い温泉街の風情を満喫した。食事が豪華なことは言うまでもないが、品の良い調度品が過不足なく配置されて、クルーたちの笑顔とおもてなしに感動した。コバルトブルーに輝いていた日本海に太陽が沈もうとしている。水平線から黄金の帯がまっすぐに伸びた。光の固まりは濃いオレンジ色に変わり、水平線上で太陽は扁平に崩れていく。表面張力で張り詰めた海面に太陽がとけ込んだ。みるみるトワイライトは進み闇の底に沈んでいく。ここは出雲と石見の境目あたり。切り立った海岸線に爪を立てるようにして線路が築かれている。だから海に飛び出すようにして景観美を満喫することができるのだ。明治の先人たちの苦労が忍ばれる。エクスプレスといいながら、ゆっくり運行されて騒音も振動も少ないのがありがたい。漁り火がポツポツと見える。あれは北極星、星空ともあいまって幻想の世界。切り絵のようなシルエットだった島根半島はすでに見えない。空に残照が消えると、燃え尽きた地球が最後の一呼吸をしたかのように漆黒の闇がきた。北斗七星がひしゃくを下に向けているのを見るうちに眠りについた。翌朝萩では松下村塾に立ち寄り吉田松陰と維新の志士たちの思いに感じ入り、下関に終着した。我が故郷を含め山陰海岸の素晴らしさを改めて知った豪華な旅だった。

ということで、今日はウソ日記でした。

(下野(しもつけ)の花。小手毬の花をピンクに染めてたくさんの触手をつけたかのよう。瑞風が立ち寄った観光地にも咲いていたことだろう)
総選挙ホントの選挙を追い越して [2017年06月18日(Sun)]

fumihouse-2017-06-18T10_37_34-1-thumbnail2.jpgAKB48グループの総選挙。80位から上位にむけて発表され順にスピーチする。辛酸があり、栄光がある。雌伏のときがあり、発揚のときがある。10代後半から20代半ばまでの女性たち(少女というにはあまりに大人びている)が年に一度の勝負の結果を喜び、悲しむ。競争相手とはいえ多くの苦労をともにした者が、同志として強く結束している。今回もトップを座を守った指原莉乃の言葉は、業界全体を担うという責任感にあふれたスピーチだった。

会場となるはずだった沖縄・豊見城市のビーチでのイベントは大雨の影響で中止され、観客のいないホールでの開催に代わった。しかし、これからも彼女たちの人気は沸騰していくであろうし、アイドルを取り巻く毀誉褒貶もまた延々と続いていくであろう。

(ホットリップス。赤一色から白一色まで。赤白の混じり合いもあって、AKBのように艶やかだ)
売り上げがカールして落ち込んで [2017年06月17日(Sat)]

fumihouse-2017-06-17T08_11_02-1-thumbnail2.jpg明治製菓がカールの販売をやめる。正確に言えば、愛媛工場だけで生産し中部から東での販売をやめる。半世紀にわたり人気を誇ったカールが食べられなくなるというので今は品薄だが、理由は売り上げの激減で、最盛期の三分の一にまで減っているという。

海外から原料のトウモロコシを輸入しているために為替相場や海外の需給動向に影響されてコスト高になること、大袋を広げて食べる菓子類はスマホ操作の際に油が画面につくため敬遠されることが主な原因のようだ。そもそも新商品が目白押しで目新しいおやつに押されてカールに手を伸ばさなくなったからに違いない。

昨年北海道に降った大雨の被害でジャガイモが減収になった。昨年来ポテトチップスが品薄になったことが話題になっている。ジャンクフードと蔑まれることも多いが、スナック菓子はおやつの定番としてこれからも食べられていくことだろう。人気の菓子であっても栄枯盛衰はある。時代は流れは確実に変わっていく。

(よその家の庭先に実る枇杷は豊作のようだ。美味しそうだが、種ばかり大きくて食べるところは少ない)
ハンカチをそっと手渡しやさしくね [2017年06月16日(Fri)]

fumihouse-2017-06-16T19_26_28-1-thumbnail2.jpgハンカチをポケットからさっと取り出し、涙する相手にそっと差し出す。テレビでしばしば見かけるシーンである。

私にはとうていできない。パンツのポケットに入れたハンカチは使うたびに濡れて乾けば皺になる。しわくちゃのハンカチを渡すことなどできない。ではハンカチを自分では使わない? それも無理だろう。上着のポケットに入れておけば皺はよりにくいけれども、使用済みのものを手渡すのは気が引ける。そもそも上着をいつも着ているわけではない。用意周到な男ならばパンツのポケットに一枚、上着に一枚入れておくだろうが、私にはできそうにない。

今朝ご飯を食べながらそんな話をしたら、妻はこう言った。若い頃、汚れてるかもしれないけれどこれ使って、とハンカチを渡されたことがあったらしい。私にもそんな気を張った時期があったなんて思わなかった。すっかり忘れていたし、聞いてもやっぱり思い出せないのはご愛嬌。

(小薔薇のように優美なふる舞いはなかなかできるものではありません)
田も畑も雨が欲しいの空梅雨や [2017年06月15日(Thu)]

fumihouse-2017-06-15T18_02_40-1-thumbnail2.jpg今夕の季語は「空梅雨」で、20分限定のひとりハチャメチャ句会なり。

 空梅雨や日陰に入りてヒヤッとす
 湿り気味天気予報はカラの梅雨
 一週間仰いで恨めし空梅雨や
 のど乾く歩いて感ず空梅雨に
 瑞々し緑消えたよ空梅雨に
 前線が北上せよと空の梅雨
 雨はまだ誰も愚痴言う空梅雨に
 空見れば雲一つない空梅雨や
 空梅雨に雨が欲しいかソラやるぞ

(空梅雨に乾いて縮む夏椿)
薄命に白い美人が消え入りて [2017年06月14日(Wed)]

fumihouse-2017-06-14T21_31_01-1-thumbnail2.jpg佳人薄命という言葉が浮かんだ
澄んだ初夏の空にふっくらした月が浮かんでいる
あと二日ほどで下弦の月となる
別名は下つ弓張(しもつゆみはり)
弓に見たてた半月の弦を下にして沈みゆく
ほかの星が太陽光に圧倒されて消えるなか
月が自らを主張するその強さ
もちろん源は太陽にあるのだが
月は日の光に負けず白い丸みを地球に向ける
朝型の月の光は消え入りそう
白みがかかる空色に白骨の色をした月
月の海(暗いところ)は空に同化して消え入る
なぜか儚い薄幸の美女を思う
かといって不幸せというのではない
傍目に見えるだけで十分幸せかもしれない
佳人は薄命にあらず
佳人は佳き人、命を尊ぶ

(昼咲き月見草は品のいいピンクの筋が立っている。放物線を描くパラボラアンテナのように宇宙を向いている)
東京に家族ありやと混同す [2017年06月13日(Tue)]

fumihouse-2017-06-13T19_58_33-1-thumbnail2.jpg山田洋次監督は、小津安二郎の『東京物語』(1953年公開)のオマージュ作品として『東京家族』(2013年公開)をつくった。小津作品を現代に置きかえた悲劇である。

さらに監督は『家族はつらいよ』(2016年公開)をつくった。これは東京家族のスピンオフというのでもない、主なキャストをそのままにして違う内容の喜劇にしたのだった。テーマは熟年離婚。誕生日プレゼントにお母さん(吉行和子)は離婚届が欲しいと言った。周造(橋爪功)の驚いたことといったらない。よく笑った。そして不覚にも泣いた。家族の真実に心打たれた。寅さんへの郷愁にも心弾んだ(言うまでもなく寅さんは山田監督)。

そして今回の『家族はつらいよ2』。ワンマンで三世代家族が腫れ物にさわるように接しているのは同じだが、周造もだいぶん老いた。盛大な同窓会のあとに突如訪れた友の死と葬送の儀。自惚れてわがままな周造もさすがにこたえた。語らなくても気持ちは伝わる!と思っていた周造にも年貢の納めどきが来たのか。

橋爪功という人は日本映画にはなくてはならない逸材だ。息子が覚醒剤使用で逮捕され、端役で出ていた映画が自粛して上映中止になろうとも(再編集して17日から再開すると今日の報道)、息子はあくまで息子。この人にはずっと邦画を守っていってほしいと思う。台詞はとうぜんのことだが、目で語り背中にペーソスを漂わすあの重鎮を失ってはならない。

ところで、小津・東京物語から山田・東京家族、さらに家族はつらいよの1と2を見てくると、中身が混同してわからなくなることがある。まっそれもいいか。

(未央柳 (びょうやなぎ)。別名は美女柳で、長いまつげの美女のようだけれども、色合いと咲き乱れる様子は金糸梅にそっくりだ)
何もない帰るみちみち枯渇して [2017年06月12日(Mon)]

fumihouse-2017-06-12T18_30_07-1-thumbnail2.jpg帰るみちみち、今夕は何を書こうかと考える。アイディアが降ってくることもある。ためておいた材料をどう調理しようかと頭をひねることもある。ところが今日は何もない。少し疲れているのかもしれないと考えて今宵はここまで……てなことを言いながら、こうしてブログのページを埋めて、それをFacebookに投稿するのであった。

(朝まだ浅い太陽光に染められた金糸梅。黄金色が別世界)
巨人軍むかし常勝いま哀れ [2017年06月11日(Sun)]

fumihouse-2017-06-11T22_26_40-1-thumbnail2.jpg巨人が弱い。かわいそうなほど弱い。5月25日の阪神戦以来13連敗。屈辱の球団ワースト記録である。9日に日本ハムに勝ったものの、今日のデイゲームでも負けて2連敗。借金は11になった。

巨人ファンではない。むしろアンチ巨人だった。テレビでナイター中継が全盛のころに、見たい番組が試合延長のために見られなくなった。スポンサーのご好意に云々というMCが流れるたびにプロ野球を呪った。番組を奪う当事者となった巨人軍が負ければいいと思った。かといって、ひいきのチームが他にあるわけではない。アンチ巨人という逆説的な巨人ファンだったのだと思う。

巨人軍が常勝だった時代は大昔だ。ちやほやされる部分もまだあるが、今やトレードの補強に頼り若手も育っていない状態が続いている。若手が台頭して新旧のバランスがとれないと厳しい。日替わりでヒーローが登場するチームは好循環でリズムに乗っていける。どのチームも強くなってくれるとプロ野球はもっと面白くなるはずだ。

(スモークツリーに入り込んだように、巨人軍には勝利が見えなくて、煙に巻かれているかのようだ)
清濁を合わせ呑んだりイブちゃんは [2017年06月10日(Sat)]

fumihouse-2017-06-10T14_38_49-1-thumbnail2.jpg映画『イブの総て』は、イブがブロードウェイの新進演劇スターとなり、栄誉ある賞を受けるまでを振り返る劇であった。実力も運も、駆け引きも脅しも、ブロードウェイには人間の喜怒哀楽の全てが存在する。イブは持つ力のすべて賭けて大博打をうつのであった。

イブは謙虚な女性で、際だつ美貌というわけではないが、若く凛として利発なたたたずまいで周囲の目を引いた。ある日、劇作家の妻カレンに目を留められた。毎日舞台に通って大女優マーゴの演劇を見ていることに気がついたカレンは、イブをマーゴの下に導く。計略は端緒についた。

大女優の付き人を満点の出来でこなして周囲はイブを賛嘆する。ただマーゴだけはイブに油断のならない不快さを感じた。40代に入って不調ということもあり、マーゴはとうとう舞台を欠かす。そこで満を持してイブが代役を勤めた。これが絶賛されてイブはスター街道を突っ走る。

ブロードウェイは未知の新星の登場を大騒ぎした。イブはわずか数ヶ月で不動の地位を築き、大賞を受賞したのだった。虫すら殺せないように見えた彼女は、魑魅魍魎(ちみもうりょう)のブロードウェイで自分も化け物として地位を確立したのだった。

映画の舞台はもっぱら部屋の中。ホテル、劇場、豪邸などで対話や会話のシーンが多い。昨夜は焼肉パーティで食い過ぎと飲み過ぎ、さらに睡眠不足だったため、つい目を閉じることもあったが、眠りこけることはなかった。イブという一介の女性が清濁併せ呑んで夢を掴む過程に、おぞましさも含めて逞しさを感じたからだと思う。1950年の古い白黒映画ではあるが、作品としての力を感じる。

(イブ以上に逞しい花、大金鶏菊。明治時代に鑑賞目的で持ってこられた北アメリカ原産種。繁殖力が強すぎることから特定外来生物として嫌われている。でも綺麗だ)
ボンボンが映画を捨てて台無しに [2017年06月09日(Fri)]

fumihouse-2017-06-09T23_03_00-1-thumbnail2.jpg世間知らずのボンボンの身勝手ですべてが台無しになる。映画と現実がリンクした。覚醒剤使用の罪を犯した映画の端役が逮捕されたことで、『たたら侍』は今日をもって上映を自粛した。

映画の主役もボンボンだった。武装して村を守ろうという気持ちを悪徳商人に操られて、至高の技を伝承するたたら村をズタズタにした。かけがえのない人材をどれだけ失ったことか。ラストで成長の証を伍介(青柳翔)は表情で語る。幾度も青柳のアップ。錦織良成監督はよっぽど好きなんだと思う。でも犠牲は大きい。

古来出雲地方が持っていた玉鋼(たまはがね)というブランド力は強みだ。上質の日本刀は強くてしなやかという実用性にとどまらず、洗練された価値をもつ。その原材料を製造・提供していたのが出雲である。

たたら製鉄の製造責任者が村下(むらげ)で、跡継ぎとなる伍介は度々襲われる村の富を守るためには完全武装しかないと思い詰めた。侍になろうと村を出奔するが、一度の会戦で彼は故郷に逃げ帰る。武士として戦うどころか、ただの一度も抜刀することすらできなかった。村に帰って伍介は村の改造に着手する。革命というには静かだったが、村下や村長、刀匠の長、炭焼の長など長老の反対を無視して若者たちは村の仕組みを変えた。要塞化し自前で製造した鉄砲で武装したのだ。これを革命と言わずして何と言おうか。

脚本が悪い。歯の浮くような台詞、手垢にまみれた陳腐な台詞に耳を疑った。…あるがままに生きていく…わたしは生かされている…本当の強さとは何か…憎しみの連鎖…。玉鋼の製造工程であるたたら吹きを本物にこだわって撮影したわりには、時代考証やつじつま合わせに難がある。そもそも当時の先端技術の鉄砲を、山の刀鍛冶が自前で製造するというのは不自然だ。たたら吹きには3昼夜もの時間がかかることが知らされない。たたら村に逃げ帰る逃避行がまるで新幹線&特急やくもで帰省したかのように、旅の汚れや疲れもなく戻ったのも変に思った。

殺陣が中途半端だ。尼子真之介(AKIRA)と用心棒の決闘で、相手の切っ先が二度も胸元に突きつけられたにもかかわらずズルズルと間を開いた。なまなかな殺陣を残念に思う。伍介が背中を切られた後に介抱されていたのが、尼子残党の陣地というのも不思議だった。落ちぶれた残党というには立派すぎる屋敷だったのは不自然だ。「信長様はたたらの村の伝承を途絶えさせることなどせん」と真之介に言わせ、一方で悪徳商人の一味は秀吉一派だったと臭わせた。この歴史の新解釈も判然としない。

錦織良成監督は本物に対するこだわりを持っていた。山を開いてたたら村のオープンセットを丸ごと建設し、日本の原風景をとどめる出雲・雲南の美しい風景において存分にカメラを回した。それだけに残念な映画である。結末は、過剰な配慮で上映中止としたが、コンプライアンスをそこまで求めるのか? ネット上で叩かれてボロボロになることを恐れたのだろうか。そもそも観客は嫌だと思えば映画館に足を運ばない。それだけの話だ。出演者○○の逮捕は遺憾とエンドロールで流すだけで十分である。

作品としての力がない。制作者たちも自信をもてなかったのだろう。10億円もかけたわりには評判は散々で利益は望めない。惨状があからさまになる前に損害が最小限になるよう自粛を名目にして打ち切ったと、私は憶測した。EXILEグループの面々のいい演技があったのに、大物俳優も起用したのに、あーもったいない。

(雲南の里山にも泰山木の花が咲くであろう。これは島根県庁の前庭に咲く大輪の泰山木)
助け合い隣三軒両隣 [2017年06月08日(Thu)]

fumihouse-2017-06-08T23_27_53-1-thumbnail2.jpg出雲市隣保館で人権同和問題の研修を受けてきました。わずか5年ほど前にあった事例が紹介されました。

同和地区に生まれた青年が恋をしました。相手の女性とは困難があろうとも添い遂げようと互いに心を決めています。ところが女性の父が反対しました。はじめは応援する姿勢を見せていた彼女の母と姉ですが、やがて反旗をひるがえします。父が不穏になったからです。口も聞かず、ろくに食べもせず、眠ることも絶ち、見る間に痩せていったそうです。

もともと父のDVに悩む一家でしたが、そうなっては元も子もないと思い、母と姉は白旗を揚げたのです。挙げ句の果てに、彼女も気持ちが揺らいで青年とは袂を分かったのでした。いまだにこのような部落差別と苦悩の現実があるのです。

人間は縁によって変わります。確たる自分があるというのは錯覚で、周囲の縁が因となって思考が進み行動を起こします。差別はいけないという教育を受けたから差別をしなくなるのでしょうか。いえ、そうした縁が生じてはじめて、差別をするか否かが試されます。ですから、寝た子を起こすなという反動的な思考に染まることなく、起こして起こして、ホントにあなたがその立場になったらどうするの?と心を揺らしてやらなければなりません。

ところで「隣保」です。なぜ隣保館と名付けたのか、聞いてみました。田舎では隣保は今でも生きた言葉です。隣り三軒両隣といって自治会の最小構成を形作っています。かつて戦争中は変な思想に染まったり行動を起こさないよう、監視する運命共同体でもありました。

隣保館は、英国で組織化されていたセツルメントを参考にしたということでした。セツルメントとは、宗教家や学生が都市の貧困の生活向上のためにする社会福祉事業のことを言います(さっき調べました)。これを大正期に隣保事業と訳したのです。今では同和対策事業に限定されたイメージですが、もとはそうした経緯を踏まえていたのです。目から鱗が落ちました。

(清楚な西洋ナデシコ系の花。何事も偏見の目を捨てて見ていかなければならない)
梅雨入りて雨の滴が落ちる昼 [2017年06月07日(Wed)]

fumihouse-2017-06-07T21_37_47-1-thumbnail2.jpg雨の音で目が覚めた。2時間後、出勤のときパラつく程度ではあったが傘をさした。通勤のバスは水しぶきを飛ばしながら走った。雨脚は午後になってもとどまることなく、そぼ降る時間があったり、篠突く雨の時間帯もあった。

本降りの時間帯に外に出た。風はなくほぼ真上か刺さる雨の矢が地面をたたいて、靴とパンツの裾はびしょびしょになった。そして夜9時を過ぎて雨はやんだ。雲間から空が見える。空気は爽やかだ。明日は晴れの予報なり。

昨日は九州で梅雨入り。今日は中国、四国、近畿、東海、関東でいっせいに梅雨入りした模様。先週まで雨が欲しいとボヤいていたくせに、丸一日降っただけで鬱々と陰雨が何日も降ったかのような気分になる。その身勝手ぶりは置いといて、豪雨や暴風によって被害のないことを祈りたい。

(紫陽花の季節。島根県農業技術センターが手塩にかけて開発し、生産者が販売している万華鏡。花びらの枠が三重になって中心角を取り囲む爽やかな水色)
月齢に望み託して黄色なり [2017年06月06日(Tue)]

fumihouse-2017-06-06T21_22_04-1-thumbnail2.jpg今夜の月齢は13。小望月(こもちづき)と昔言われた満月前夜の月です。明日は雨予報で、すでに夕方から曇っていますから月は見えません。

今夜の月は「待宵の月(まつよいのつき)」とも言うそうです。明日の満月を楽しみに待つ、望月(もちづき)を待つ希望の夜なのです。

たかだか月に、なぜ望みを託せるかって? それはそうでしょうよ。照明のない昔は夜になれば真っ暗闇です。提灯や行灯はほんの数メートルを照らす能力しかありません。懐中電灯はなく、街灯など夢にも望めない時代にあっては、月明かりは頼みの綱でした。それを望みと言わずして何と言えるでしょう。夜這いするにしても、明かりが無くては恋人が我が家まで安全にたどり着くことはできません。さぞかし月に恋を託したことでしょうよ。

待宵と言えば待宵草です。月見草ともいいますが、名前からして純日本産かと思いきや、さにあらず。アメリカ大陸の原産なのだそうです。夕方、宵になるのを待つように咲くから待宵草。今宵は今の季節どこにでも咲いている待宵草をご覧あれ。淡い黄色のシースルー。地味ですが好きな黄です。
休み明けけだるく朝を迎えるか [2017年06月05日(Mon)]

fumihouse-2017-06-05T20_45_50-1-thumbnail2.jpg週休2日制が始まった頃、土曜朝に起きるとドキドキした。今日は休みで、明日も休める。まる2日間が無限の長さでもって目の前にあった。あれをしよう、これもしたいと胸がふくらんだ。思いのほか時間が過ぎるのは速くて、やり残してばかりだった。

それでも大きな期待をもって土曜日を迎えた。花金という言葉が使われるようになった。そうだ花の金曜日。「花ある金と思ひけり」、いや違うか。お楽しみは金曜日から始まる。楽しみ過ぎて夜更かしすると、土曜日に寝坊して1日は短くなった。

それより昔、土曜日出勤の朝はワクワクした。半日仕事をすれば解放される。買い物もした。映画館にも入った。茶店で読書三昧もした。長い手紙を書いたときもある。半ドンは喜びだった。その後贅沢な4週6休があり、週休2日になった。

無限に時間があると思うのは錯覚で、あれよと言う間に手指からこぼれ落ちてしまう。嘆かわしいがそれは真実。休みを大切にしよう。そのためにも心おきなく仕事をしておこう。気持ちの片隅に心配があると楽しめないからね。

(金鳳花 (きんぽうげ)。別名は馬の足形。光沢のあるレモン色の花びらが春先からかわいい咲きぶりだ)
広報に文を記して写真のせ [2017年06月04日(Sun)]

fumihouse-2017-06-04T20_25_20-1-thumbnail2.jpg山陰中央新報製作センター社長の河野徹夫氏から「広報紙(誌)の作り方・新聞の楽しみ方」と題してお話をうかがう機会があった(荘原コミセン専門部会研修会)。

新聞人としての経験から広報の効果的な見せ方・読ませ方を具体例でもって示されて、私は何度もうなずいた。一見するとふつうのオジサンなのだが(失礼)、新聞の魅力や教育的効用も提示され、新聞っていいな!と思わせてくださった。

氏が新聞へ愛情を吐露されるのは当然としても、新聞の現状に対する冷徹な目もお持ちである。情報取得やコミュニケートをするツールが多様化して新聞は危機を迎えている。新聞離れはますます進む。よーし、新聞の良さをもっと体験していこう。

写真の掲載について、私たちが陥りがちな平等思考に釘をさされた。行事参加者すべてが写っている必要はない。表情のある良い写真を強調して載せるべきである。意図をもって撮影しよう。動きを感じさせる人に背景や前景を添えて、あるいは高所や下から視点を変えて撮ることによって写真は生きる。およそヤラセのない写真はないのだ。よーし、私の考えと一致するところもあるぞ。

取材については事前学習をして記事の構成をイメージしておくことが大事。特徴はどこにあるのか、何に注目してほしいかを聞き取って記事にするとキラリ光る記事になる。相手から想定外の発言や反応が出るときがある。そんなときは聞き手も心が動く。いい記事になるチャンスだ。よーし、私も触発されて思考を深めよう。

うまい文章とは何か。文が短くて体言止めがない。美しい、見事だ、感動したで終わらせず、なぜそうなのかを読み手にわからせる表現を工夫しなければならない。一つの文章にへそは一つにとどめるべし。たくさん書き記したい欲は捨てて、十を聞いて一を書く。よーし、私も記事を深めよう。

質問も含めて講義の時間は1時間45分。もっと話を聞きたかった。毎日右から左へ流れていく新聞をもっと大切に扱おうと思った。世はネットの時代だが、新聞もいいな!

(セロリの花は小さい小さいミニサイズ。最初に見つけたとき感動した。セロリに花が咲くなんて)
どちらかな大人の針と子供の針よ [2017年06月03日(Sat)]

fumihouse-2017-06-03T21_30_24-1-thumbnail2.jpg高村光太郎は『新緑の頃』で歌った。エネルギーに満ちた青葉を、その集まりとしての山野を。少年少女たちへの期待にかけて歌ったのだと思う。

 青葉若葉に野山のかげろふ時、
 ああ植物は清いと思ふ。
 植物はもう一度少年となり少女となり
 五月六月の日本列島は隅から隅まで
 濡れて出たやうな緑のお祭。
 たとへば楓の梢を見ても
 うぶな、こまかな仕掛に満ちる。
 小さな葉っぱは世にも叮寧に畳まれて
 もつと小さな芽からぱらりと出る。
 それがほどけて手をひらく。
 晴れれば輝き、降ればにじみ、
 人なつこく風にそよいで、
 ああ植物は清いと思ふ。
 さういふところへ昔ながらの燕が飛び
 夜は地蟲の声さへひびく。
 天然は実にふるい行状で
 かうもあざやかな意匠をつくる。

わたしには、自然とともに成長していく人間社会の息吹を歌っているように思える。ところが時代は変わり、今日の新聞は報じた。昨年生まれの赤ちゃんは100万人を切って97万7千人まで落ちたと。合計特殊出生率も1.44まで落ちた。長生きしてこられたお年寄りも亡くなり始め、130万人もの死亡者がいる。なりふり構わぬ政策でもって少子高齢社会、人口減少と戦っていく時代が来てしまった。

(時計草のオトナの針はどれ? コドモの針はどれ? 私にはわからないけれど時計草は知っている)
おもてなし神の遣いじゃありません [2017年06月02日(Fri)]

fumihouse-2017-06-02T22_01_30-1-thumbnail2.jpg日本のサービス業の労働生産性は低い。その理由に「おもてなし」があるんじゃないかと以前に書いた。労苦に報いて客から笑顔が返ってくればウインウインの関係になれるが、勘違いして神様気どりの客に当たると目も当てられない。精神的に大きなダメージを受ける。

神とは人間を超越する能力を持ち、人に禍いも福も施すとされているが、お客さんを神として祀る必要はない。従業員が人間ならば客も人間。仕事で客に足蹴にされた職業人が、ところ変わって尊大なお客さま面をすることもあるだろう。とんでもない悪循環だ。

ひどい客にはキレてしまっちゃおう。もう来なくて結構、あなたのせいで従業員が辛い思いをして燃え尽きて病気になりかねない、あなたは神様ぶってさぞ気持ちがいいでしょうよ、でもあんたの満足と引き換えに店の者は泣いてるんだ、従業員はおまえの奴隷じゃないんだよ、今後は取り引き一切無用!と断ち切る蛮勇を奮ってもいいのではなかろうか。その客を失う損失と従業員を失う損失、どちらが大きいのか。

再考の余地ありと思いませんか。それとも客商売をしない公務員にそんなこと言われたくはないさ、とおっしゃいますか。

(歌人の藤原定家にまつわるという定家葛 (ていかかずら)。スクリューの形でいい匂いがする。松江にて)
朝起きて眩しさ過ぎて雷雨呼ぶ [2017年06月01日(Thu)]

fumihouse-2017-06-01T20_41_18-1-thumbnail2.jpg目覚ましの音で起き出す。明るい。窓ガラスやカーテン越しに太陽を感じながら身仕度をする。駅に向かう。玄関を出る。明るい外の光を浴びる。まぶし過ぎる。

暑い。昨日の雨はお湿り程度で大地も空気も冷ましてくれなかった。風はあってもヌメリとして心地よくはない。厚い雲からは容赦なく熱が降りそそいでいる。

竜巻注意報が出た。積乱雲が近づいて暗くなったら頑丈な建物に避難せよと警告された。一天にわかに掻き曇り、夕方なのに闇がきた。冷えた空気が流れ出す。雷鳴が耳をつんざき、千匹の竜王が風呂桶を投げつける。打ちつける雨が恐ろしい。

20分後明るくなった。闇は過ぎた。雷王もいなくなった。西空は淡い雲に後光がさしていた。穏やかな夜がやってくる(と思ったが大雨・洪水警報がまだ出ている)。

(紫露草は品格あふれた紫色だ。この雷雨にさぞや叩かれたことだろう。それでも品よく夏に向かう)