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新緑が山駆け上がり春紅葉 [2017年04月30日(Sun)]

fumihouse-2017-04-30T07_38_57-1-thumbnail2.jpg錦繍に粧った山はやがて眠る。冬枯れて精彩を失っていた(時折は雪化粧)山に灯がともる。生命力が呼び覚まされて山笑う。芽吹いた木々がふくらみ華やかになっていく。そして世界の中心、桜に気を取られるうちに山は萌えている。若葉の盛りとなった。

若葉の山は筋骨隆々のボディビルダーに似て、容積を増す隆起が活きている。新緑が尾根を駆け上がり山全体が春もみじ。淡黄色、浅黄色、若葉色、若芽色、若竹色、青竹色、赤茶系の珊瑚色、淡紅色、撫子色。新緑とりどり色とりどり。GWを過ぎると、ギラつく初夏の濃深緑へと移る。

(キリシマが花盛り。サツキと同じく漏斗のような小さな花を咲かせる。違いは時季で両者とも躑躅の一種)
安全と安心求め日々暮らす [2017年04月29日(Sat)]

fumihouse-2017-04-29T18_00_02-1-thumbnail2.jpg安全安心というふうに使われることから、安全と安心はよく混同されます。安全かどうかを話し合っているのに、議論が安心にすり替わって話がまとまらないこともあります。

新明解国語辞典4版を見てみます。
【安心】心配が無くなって気持が落ち着く様子
【安全】身・(組織体)に危険を、物に損傷・損害を受けるおそれが無い・状態(様子)

なんとなくわかってきました。「気持」と「おそれ」がカギになりそうです。安心は、字のままに心が安らぐことが条件です。気持ちの問題であり、主観に左右されます。安全は「おそれが無い」、すなわち可能性が極めて低ければよいのです。客観的な判断なのですね。

どんなに確率的には安全だと断言されても、重箱の隅をつついて不安の種を探し出し安心できない人もいます。安全であることの根拠を丁寧に説明され、納得できてはじめて安心できるのかもしれません。

今朝早く北朝鮮が弾道ミサイルが発射され、爆発したと報じられました。失敗したから安全なんでしょうか。安心していいものでしょうか。これを踏み台にして技術を高めるでしょう。日米韓(中国も?)が合同して圧力を高め、あちらはますます居丈高になって実戦的な動きを強めるでしょう。今日本は、安全な状態でもなく、安心もできない情勢です。

(チューリップの季節も終わり。風に揺れるこの花を見ていると心が安んずる)
天つ風雲の通ひて乙女さん [2017年04月28日(Fri)]

fumihouse-2017-04-28T19_13_36-1-thumbnail2.jpg 天つ風雲の通ひ路吹き閉ぢよ
  をとめの姿しばしとどめむ
         僧正遍照

風よ、天に向かう風よ。雲間を閉ざして天女の通り道を閉ざしておくれ。この世のものとは思えない舞い姿を(天女だから当然だ)しばし眺めさせてほしいのだよ。

地上に舞い降りて遊んだ天女が帰ろうとすると帰り道がなくなった、どうする? 意図的に行く手を阻むのは、パワーハラスメントじゃあないか。歌の詠み手は上司ではないからセクハラか?

可愛らしい天女のような若い女性を見た(想像した)年上の男が、悪戯心もあったのだろう、ちょっかいを出して女の子の邪魔をした。中世にあっては何ら問題になることではない。しかし現代では、可愛いねえ(^_^)と表現するだけでも危うい。ハラスメントになる可能性が少しでもあれば避けて通るのが正しい。文学とはほど遠くなってしまうけれども……。

(天女の踊りのように優雅な曲線をみせる白いハナミズキ)
花の名と人の名前を覚えたし [2017年04月27日(Thu)]

fumihouse-2017-04-27T19_02_38-1-thumbnail2.jpgFacebookである人から以前コメントをもらった。毎度載せる花の「名前を書いてくれるとありがたい」と。知っている花の名は載せるけど知らなければそれまで、と応えたことがある。

日本語をはじめとして各言語で名付けられた花の名前。世界共通となるラテン語の学名もある。花には新発見種でもない限り、必ず名前がある。「名もなき雑草」という言葉があるけれど、そんなことはない。有名な花かどうか、興味を持っているかどうかがカギだ。私たち日本人にとっては人生に喩えるほど重要な位置を占める桜。これも知らない人にとっては名もなき花なのだ。

同じことが人の名についても言える。人の名を憶える。呼びかけて友達になる。交流が深まるにつれかけがえのない存在になっていく。始まりは名を記憶することからなのだ。

辞任したあの男は東北をマス(集合体)としてしか認識していなかったのだろう。仙台の佐藤○○さん、釜石の田中○○さん、浪江町の中村○○さん……と個々の顔が見えていたならば顔が浮かぶ。あんな発言はできなかったはずだ。面と向かって名前を知って短時間でも深い心情を交わしあって友誼を結ぶこともなく、表面だけをなぞる復興大臣だったのに違いない。

(雨水のしたたる良い感じ、ヤマボウシが可愛げに咲いている。これも知らなければ丸っこい木花でしかない)
軽はずみ復興の勢いをそぐ愚か [2017年04月26日(Wed)]

fumihouse-2017-04-26T18_23_55-1-thumbnail2.jpg今村復興相がまた墓穴を掘りました。穴掘りがよっぽど好きなんでしょうね。懲りない人です。昨日の派閥パーティの講演で、東北地方を冒涜したのです。更迭されました。事実上の罷免です。どうしてこうも自民党議員は内輪のパーティで気が緩むんでしょうか。その場で笑いをとるために軽口をたたいた結果、非難されることの繰り返し。

≪(多くの人が亡くなり、社会資本の損害も大きかったが)まだ東北で、あっちの方だったから良かったけど、これがもっと首都圏に近かったりすると、莫大な甚大な被害があった≫

真意はわかりますよ。首都圏が直接揺れたならば、というときの引き合いとして東北の名前を出すなんて酷い言い草ではないですか。さすがに重大なことがわかったか、パーティの場で発言を取り消しました。しかし遅い。

前回は記者から挑発されてカッときて、「自己責任」と言って穴に入りました。今回はさらにヒドい。想像力に欠ける軽はずみな発言でした。政治家として墓に入る可能性もある重大な更迭劇です。

(シャガの花は軽はずみには咲かない。自然の摂理にしたがって、根を広げ、茎や葉を伸ばし、その時が来たら必ず花開く)
香りありきれいに使って月桂冠 [2017年04月25日(Tue)]

fumihouse-2017-04-25T12_15_35-1-thumbnail2.jpg公共施設や飲食店では「トイレをきれいに使ってほしい」のが切なる願い。定時に掃除することはしても、雑でひどい使い方で汚されてしまうと始末に負えない。そこで登場するのが張り紙である。どう書くかが、管理者の悩みどころだ。

柔らかい要求。「きれいに使いましょう。従業員が掃除はしますけど、お客様が汚されますと次の方に不快な思いをさせてしまいます。掃除する者も嫌ですから労務管理からしても大変になるんですよ。汚したら拭いてくださいね。お願いしますね!」

なんて書いたらもう二度と来店してもらえない。最初の一文だけにして、あとは含みを持たせて要求するのだが、それだけでは月並みでインパクトに欠ける。

次は禁止。「汚してはいけません」、よくある表示。「汚すな!」、厳しすぎてためらってしまう。「汚すのはルール違反です」、あんたは俺を罰するのか?とすごまれそう。効果のほどはクエスチョンマークである。

マナーに訴えかける。「次の人に迷惑にならないよう…」、これも軽くあしらわれそうだ。「見られてますよ、あなた自身に」、ふんだって言われそう。

近頃よく見かけるのが、先立ってお礼を言ってしまうパターン。「いつもきれいにお使いいただきありがとうございます」、こう書かれると汚せなくなる。感謝されて嬉しく思わない者はいない。使ってもらってないのに感謝されるなんてバカバカしいと思うあまのじゃくもいるとは思うが、その回りくどさに意表を突かれて、思わず言うことをきくことになりそうだ。

(綺麗に使ってくれた人には、もれなく編み込んだ月桂冠をさしあげます)
厳重に組織犯罪処罰する [2017年04月24日(Mon)]

fumihouse-2017-04-24T22_40_15-1-thumbnail2.jpg組織犯罪処罰法改正案が国会で審議中です。論点の最重要課題は「共謀罪」の当否。凶悪なる組織的犯罪集団が、共謀し→犯罪行為を準備し→行為に及ばないようにするが法案の目的です。犯行を完遂しようが、未遂に終わろうと重い処罰が課されるのは当然として、共謀するだけで犯罪になるのです。

共謀というと「凶暴」を思い浮かべてしまい、よっぽど悪辣な巨悪を考えてしまいますが、単に想像するだけでいいのです。共謀とは共同謀議の略。すなわち共謀罪とは、複数人が共同で悪いたくらみを相談(謀議)するだけで処罰できるという罪なのです。

政府は今までなかった組織的な犯罪の共謀に対する罪を新設する意図として、国際組織犯罪防止条約に加入して東京五輪に備え、我が国を国際組織犯罪から守ると言います。

現行の刑法には「共謀共同正犯」というのがあります。複数人が犯罪を共謀し、そのうち一人でも犯行に及べば、共同の意思にもとづいたとして全員が正犯として処罰されるというものです。これで黒幕を逮捕して重く処罰することもできます。政府は組織的犯罪集団が関与する重大な犯罪を取り締まれないと言いますが、合点がいきません。

政府は一般国民に対して危険はないと断言します。いかがなものでしょうか。一般国民と犯罪集団との境はありません、捜査機関にとって全ては疑わしいものなのです。凶悪な団体の構成員は一般市民と区別のつかない顔をしており、目立ちはしません。犯罪に至る危険性が高いかどうかを判断するのは困難です。疑わしきは追及し諜報活動の対象としたほうが無難だと捜査機関は考えるでしょう。

捜査の対象となってしまったら大変なことになります。裁判で無罪になればよし、ではないのです。捜査機関によってプライバシーは丸裸にされます。誰にだって触れられたくない恥ずかしい行為や経歴はあるものですし、周囲との関係も崩れます。丸裸にされてしまったら元には戻れません。裁判に訴えて損害賠償を勝ち取ったとしても、膨大な時間と経費がかかります。

捜査機関の恣意的な動きに任せてしまったら、とんでもないことになるような気がします。警察は市民を守る役目があり、現にその恩恵に浴しているのは確かですが、フリーハンドの権限を与えてしまうことには不安を感じるのです。さらに怖いのは誤って通報されたり、意図的に虚偽のタレコミで捜査対象にされてしまうことです。盗聴よりも怖いといえるでしょう。

(山葵菜の花。葉っぱは軽めの山葵の辛さ。見た目は可愛らしい菜の花)
絢爛な春爛熟し灼熱へ [2017年04月23日(Sun)]

fumihouse-2017-04-23T11_48_58-1-thumbnail2.jpg鋭敏で爽やかな花クロッカス。「承知しました。春をここに連れてまいりました」と言わんばかりにすくっと立って、紫や黄色でもって一足早い春を告げる。

桜、なかでも染井吉野で胸が高鳴る。春が来た来た上を見よ。桜花爛漫、その名のとおり桜花が満開。妖気に満ちてデラックスな春に心奪われる。

豪華絢爛、躑躅(ツツジ)が咲いて春は完成する。躑躅という髑髏(ドクロ)に似たこの字。萌え立つ若葉の生命力を存分に吐き散らし、色とりどりに豪奢に躑躅が咲いて爛熟した春は相成る。そして腐乱した灼熱の空気に向かってまっしぐら。

あくまでも私の感覚。それぞれに春はあり、ひとそれぞれに季節の好悪はあるものだ。それでも春が百花繚乱の艶やかな季節であることは間違いない。

(たわわに花を「実らせた」八重桜。爛熟した春を存分に感じられるこの週末だ)
タラレバに男と女が躍り出す [2017年04月22日(Sat)]

fumihouse-2017-04-22T09_00_15-1-thumbnail2.jpg人生はタラレバだらけです。もしも○○だったら、そうなれば……。映画『ラ・ラ・ランド』では、ミアとセバスチャンの人生を通してタラレバも面白いと思ったのです。

敗れて、間違って、落ちて……結果、過去に惑溺して後悔の念に沈んでしまうのは精神衛生上よくありませんが、敗れても間違っても落ちても諦めず未来に向かい、勝ったらば、正しくできたならば、合格したならば、と考えて再び挑戦するのは希望の道へ通じます。

オーディションに落ちてばかりだった女優の卵ミア(エマ・ストーン)は、ふと入ったバーでピアニストのセバスチャンと出会います。すれ違い対立しあう仲から、いい仲に発展するのですが、最終的にはミアは大女優となり、セバスチャンは自分のジャズバーを持ちます。葛藤と戦い苦労を乗り越え夢を叶えていくのです。

オープニングの壮大なダンスシーンに、おっミュージカル!と期待したのですが、意外と歌って踊るシーンは少なくて、いいね!と思えたのは、高台の駐車場で二人が掛け合うシーン、ミアが成功する機縁となったオーディションでの独白シーンくらいでしょうか。全編をミュージカルで埋め尽くして欲しかったというのは私のタラレバです。

観客としては、恋人同士から別れてそれぞれの道を歩み、偶然に出会った。そこで再び結びあうのを期待したのですが、もう二度と会うこともない。寂しさの残るタラレバでしたが、まっそれもいいか。物語は物語として、悔いのない生き方をしたいものです。

(提灯ブルマーのような灯台躑躅(どうだんつつじ)。これにもタラレバがたくさん詰まっている。おっと危なげな発言か)
挨拶は接近するの意味があり [2017年04月21日(Fri)]

fumihouse-2017-04-21T21_13_17-1-thumbnail2.jpg誰かに挨拶をする。同じやるなら、気持ちよく挨拶したいものですね。たいていはお辞儀をしますが、仲のいい関係だったり、目下の場合はお辞儀をせず、声だけかけるケースもよくあります。清朝の皇帝にたいしてする叩頭の礼や、軍人がする敬礼もありますが、それらを除けば挨拶には3種類あります。お辞儀しながら(会釈を含む)声を出して挨拶、声だけで挨拶、会釈だけで挨拶の3つです。

お辞儀をする場合はさらに2種類に分かれます。「同時礼」と「分離礼」です。同時礼はお辞儀と同時に声を出す。分離礼は声を出してからお辞儀するというものです。

「おはようございます」と言いながら頭を下げる同時礼は、声が通りにくく相手に聞こえづらい欠点があります。「おはようございます」と言ってからお辞儀すると、落ち着いた物腰で丁重な印象を与えることができます。分離礼は改まった場に行う上級の挨拶といえるでしょう。

いずれにせよ、どうせ挨拶するなら、笑顔もしくは微笑みをもって、気持ちを盛り立てる張りのある声を出したいものですね。それができれば上質の一日をスタートできるでしょう。

(芝桜があちらこちらに咲いて、地面から春を彩る。季節のステキな挨拶だ)
チアダンス元気つけるは福井県 [2017年04月20日(Thu)]

fumihouse-2017-04-20T18_55_03-1-thumbnail2.jpg映画『チア☆ダン』は、福井県下のチアリーダー部が起こした快挙を描いた実話です。アメリカで行われるチアダンス選手権で優勝、すなわち世界制覇。傍目には奇跡としか見えませんが、高校生の彼女らがたどった汗と涙の達成過程には必然性がありました。

映画のつくりはオーソドックスな学園もので、青春スポ根です。湿っぽくならないのは、顧問教師役の天海祐希が徹底したスパルタ教育で軸がぶれないところにありますが、ひかり役広瀬すずの笑顔が満載されていることも大きいのです。

単にノー天気で天真爛漫なニコニコではありません。悲しくても笑顔、友を勇気づけて笑顔、母の思い出にひたって笑顔、ふざけて笑顔、照れて笑顔。ひかりの笑顔が周りも笑顔にしていくところですね。いろいろな場面で涙腺がゆるんでしまいました。

彼女らのテーマは「自分を超える」。昨日より今日、今日より明日を見据えて着実に進歩していく。ケガをして練習ができなくても負けじ魂で前進する。輝いていく彼女たちの笑顔が見る者も笑顔にしてくれます。切れの増す彼女たちのダンスにワクワク感が高まります。映画っていいな!と思えますよ。

(八重山吹は、ただの山吹と違って実はならないが、色はまさに真生の山吹色)
八倍に水潤して田をつくり [2017年04月19日(Wed)]

fumihouse-2017-04-19T21_37_47-1-thumbnail2.jpg八田與一(はったよいち)。明治の中ほど1886年に生まれ、亡くなったのが戦時中の1942年。水利技術者として日本統治下の台湾で働き大きな貢献をした人物である。私にとって未知の人だった。

常に干魃の危機にあった台湾南部の広い田畑に渓谷から隧道で水を引き、ダムによって平野を潤した。その烏山頭ダムは公園として整備され、八田さんの銅像と墓、八田顕彰記念館があるという。

この地域は大穀倉地帯となり、台湾経済を大きく支えている。井戸を掘った人に感謝しつつ水を飲むとする「飲水思源」の思想そのままに、李登輝・元総統は『台湾の大恩人』と八田さんを称えた。

先日、八田さんの銅像が破壊されてしまった。日本統治時代への反発が強い大陸派の元議員の仕業だったようであるが、八田さんの功績は消えることがない。日本ではほとんど知られていない日本の偉人。日本人も台湾人も分け隔てなく接し、ことさらに業績を誇示することもなかった偉人。八田與一氏を誇らしく思う。

(烏山頭ダム公園には草木や花がきれいに咲きそろっているに違いない。マグノリアもまた)
議員とは借金取りで活動費 [2017年04月18日(Tue)]

fumihouse-2017-04-18T18_38_38-1-thumbnail2.jpg富山市議会議員が政務調査費を不正受給して、軒並み糾弾されたのは記憶に新しい。島根県議会でも出た。昨日、民進党県連代表が140万円もの政務活動費を不正に受け取ったことを認め観念した。議員を辞職する。

出雲市のコンサルティング会社社長に350万円を長らく貸しており、その返済の意味合いで140万円の架空領収書を発行させたという。バイオマスエネルギーに関する調査委託という名目である。公私混同で実にお粗末だ。

島根県議会のホームページには議員から提出された政務活動費の収支報告書が貼り付けられている。昨年4月の選挙後、5月以降の11ヶ月分が一人297万円。一ヶ月27万円と、なかなかの金額だ。37人の議員中13人から返還があるが、残りの24人は全額受け取って残余ゼロで報告しているわけだ。議会事務局から振り込まれてしまうので、一度もらったお金を返すのがもったいなくなる心理が働くのだと思う。制度が悪い。

報告書の内訳は調査研究費のほかに、研修費、広聴広報費、要請陳情等活動費、会議費、資料作成費、資料購入費、事務所費、事務費、人件費があり、支出額と概要を書くようになっている。

当の議員の報告書の調査研究費欄には、自家用車燃料代及び同リース代に加えて「調査委託料」が載っている。たいていの議員はここに県政諸課題の情報収集のための交通費や宿泊費、燃料費、駐車場料金を掲載しているので、この議員は目立つのだ。

ネット上には領収書等の細かい資料は掲載されていない。NHK松江放送局は情報公開請求をして中身を調べ、当のコンサルティング会社に直撃した結果、今回のスクープとなったものであろう。NHK松江もなかなかやるねえぇ。

(木瓜(ぼけ)も盛りを過ぎたようだ。白と薄桃色が混在した私の好きなタイプ。きれいな花には痛いトゲがある。どこからか、この大ボケめが っ!って声が聞こえそう)
シュレーゲルひとの名前を冠してカエル [2017年04月17日(Mon)]

fumihouse-2017-04-17T21_48_24-1-thumbnail2.jpgシュレーゲルアオガエルの初鳴きを聞いたのが3月の末。日を追うごとに合唱は大きくなる。彼らは愛らしく鳴く。「コロコロ、ココロ」と舌を回すように、良質のウッドブロックのように澄んで響く。心地よいリズムに歩みが軽くなる。

やがてニホンアマガエルが夜の田んぼを制覇する。数の力でシュレーゲルを圧倒する。彼らはたゆまず鳴きうるさい。余韻はない。「ジーコゲーコ」と板と板を乱暴にこするように鳴く。ともかくうるさい。

今夜はひどい雨。降りしきる雨を喜んでカエルたちは道路に跳ね出す。そして轢かれる。明日の朝、カエルたちは骸(むくろ)をさらす。雨の饗宴をカエルたちは後悔しない。明日も鳴いて騒いで恋をする。あるものは結ばれ、あるものは骸になる。それが自然の摂理。

(スミレもまた自然の摂理のままに咲く。道端に咲いて何かを訴える)
奔放に桜切るバカ操られ [2017年04月16日(Sun)]

fumihouse-2017-04-16T18_31_15-1-thumbnail2.jpg桜切るバカ梅切らぬバカ、とは昔からの諺。桜は切り口から腐りやすいので剪定は避ける。梅は傷を受けても回復が早いので見栄えをよくするため剪定が欠かせない。

桜の木は幹や枝を自由奔放に広げたほうが見事に花を咲かせる。木そのものが小山となって、下から見てもよし、遠くから視点におさめてもよし。群生した桜は淡いピンクの連山となって、この世のものとは思えない。その姿に私たちはしばし狂う。だから桜を切って小さく収めてしまうのは避けたいものだ。桜切るバカとは、大きくしてやらないことを言っているのではないか、とは私の想像。

梶井基次郎は『桜の樹の下には』で、花咲く頃の不安や憂欝、空虚さの原因は木の下にあると断ずる。

≪桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!
 これは信じていいことなんだよ。何故つて、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことぢやないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だつた。しかしいま、やつとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる。これは信じていいことだ。
(中略)
 この爛漫と咲き乱れてゐる桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まつてゐると想像して見るがいい。何が俺をそんなに不安にしてゐたかがお前には納得が行くだらう≫

死体があるかどうかは別にして、先週まで桜の異様な魔力に私たちは狂ってきた。これは人間が桜を意のままにしようとして、剪定してきたことへの仕返しかもしれない。私たちは桜にたぶらかされ操られてきたのだ。

さあ、今週は正気に戻ろう。そして、春の花々を楽しもう。新緑が恋する鳥たちとともに微笑みかけてくる姿に目をこらそうではないか。

(レンギョウは鮮やかな黄色で目を引く。ソメイヨシノと同じく葉が出る前に花を咲かす)
タンポポは春を信じて咲き誇る [2017年04月15日(Sat)]

fumihouse-2017-04-15T22_59_18-1-thumbnail2.jpg千葉・松戸の小学3年生を殺し、遺体を遺棄した事件で逮捕されたのが、保護者会長であったことが、ショックをまき散らしています。児童の見守り活動もしていたようで、「誰も信じられない」と多くの親が言っていると報道されます。これでまた、PTA役員のなり手がなくなりそうで心配になります。

一定の確率で病的な変質者、無体な狂信者は出るものです。教師だって警察官だって公務員だって犯罪者になることがあります。多くの責任ある者は懸命に職責を果たそうと努めても、千人に一人のそうした輩が出てしまうことで、周囲からの信頼が一度に崩れるのです。実に恐ろしい。

反対に十把ひとからげに疑ってかかることも愚かです。人間が社会に生きる限りは、何かを信じ、誰かに信頼を置かなければなりません。全てを疑ってしまえばどうなるでしょう。階段は施工不良で崩れるかもしれないし、クルマは暴走して突っ込んでくる。道行く人が突然ナイフを振りかざすことになるでしょう。もう外には出られません。

家の中に居続けても同じです。親は子供を虐待するかもしれませんし、家庭内暴力で子供が親を金属バットで殴るかもしれません。常にビクビクしていては心身ともにもちません。生きることは不可能です。

信頼を前提にした日常にあって、保護者会長にさらわれて殺されたあの子は不運でした。可哀想な目に遭ってしまいました。冥福を祈ります。

保護者会というのは、PTAとは違うのですね。知りませんでした。各県のPTA連合会や日本PTA全国協議会には属さないのだと知りました。教員が入らない組織のようです。上部団体に属さないことで負担金は納めなくてすむでしょうし、ブロック単位の活動に役員が刈り出されることもない。面倒なことに巻き込まれたくないという世の中の流れに沿ったものかもしれませんが、教師と親が協力して子供たちを守る・育てる・信じるという態度を示し続けなければ、子供は良い大人になりません。大部分の善良な大人が子供たちに発すべきメッセージは、「ひとは信ずるに値する。善につけ悪につけ、敏感であれ」でなくてはなりません。

(子供たちがタンポポのように、元気にたくましく育ってほしい)
小綺麗な花の図鑑をつくりましょ [2017年04月14日(Fri)]

fumihouse-2017-04-14T18_01_49-1-thumbnail2.jpgそこのけそこのけ桜が通る ソメイヨシノに盛りが過ぎて 百花繚乱春の陣 桜に隠れてなるものか 花の図鑑を作りましょう

赤紫と白に染まったジンチョウゲ 春の匂いのトップバッター 小さな太陽かかえたミツマタに 卒業シーズン感じたよ 辛夷の白にハクモクレンの象牙色 さらに続いて紫色の木蓮本番

雪柳に小手毬も 桃はいまでも元気よく ミツバツツジはピンクが可憐 固いアスファルトの隙間から 菫の花咲くたくましい パンジーとビオラを植えた鉢いっぱい いんげん豆にエンドウ豆が実りの夏を待っている

チューリップが咲き始め デージーぎざぎざ真ん丸で にょきっと立ったフリージアの黄と紫 ストック花屋に華々し オオイヌノフグリは今も薄紫で 馬酔木やムスカリや仏の座は健在だ

ヒアシンスは力を落として終わりかな フキノトウから蕗の花 誰からも見向きもされずに寂しかろ ラナンキュラスは華やかな金鳳花 ローズマリーはごわごわ咲いて騒々しい

花ニラは薄紫と象牙色 シャガは意外と綺麗なもんだ 木瓜はぼけっと長く咲く 赤に白に薄桃色に サイネリアは鉢で花咲くいろはにほ 樒(しきみ)は仏前だけでなく 葉っぱと同じで長持ちだ

タンポポが黄色の元気振りまいて レンギョウ同じく羽根の形 黄のスイセン艶やかで ペチコート水仙優雅なり 葉牡丹の茎が伸びてる黄の花が クロッカスの早春もう昔

次は八重咲く八重桜 桜はやっぱり話題の中心 ゴールデンウイークへ向かいゆく 花々咲いては散りゆくが 季節をこの目に収めたし 花の図鑑を作りましょう

(花蘇芳(ハナズオウ)。マメ系のこの花は染井吉野と同様に葉が出る前にショッキングピンク色をかためて咲かせる。怪獣が開けた口のよう)
ほっといて忘れて投げて困ったな [2017年04月13日(Thu)]

fumihouse-2017-04-13T22_29_55-1-thumbnail2.jpg大切な予定を忘れていた。忘れていたというか、そもそもその予定があること自体を認識していなかった。

書類をもらって中身を確かめもせず、ポイッと棚の上に。そのまま置いたことすら忘れて、今夜になって電話を受けて慌てた次第。その用事は不十分ながらもこなして、とりあえず形だけは整えたけれども、面目ないというか、棚も机の上も頭の中も、ゴチャゴチャに整理されないままになっていることは誠に不甲斐ない。

整理しよう、整頓しよう、きれいにしよう、少しは何とかしようと思う。課題が生じたときにまずは着手して、山登りの五合目までは持っていくようにしたいものだ。

(白い花桃が今朝の空に映えている。なんて爽やかな空色、なんて清々しい白色)
力込めダム式バンザイ天をうつ [2017年04月12日(Wed)]

fumihouse-2017-04-12T19_15_16-1-thumbnail2.jpg尾原ダムに立つと鶯の清らかな鳴き声が何重にも聞こえてきました。管理所の展示室で面白いものを見つけたのです。『ダム式バンザイ』があると知りました。

ダムの気持ちになってやることがポイントです。まず、≪自分自身を尾原ダムと思い込む≫のが第一段階です。続いて、足を肩幅に広げ、安定勾配の135°を爪先の角度で表します。腰を深く落とし膝を90°に曲げる。これで、ダムにとってもっとも重要な地盤をイメージするのです。

実際やってみるとキツいです。云く。
≪ダムを作るということは大変な事であり、今を耐えることで、素晴らしいダムが完成する≫と。そして、参加者が悲鳴を上げるまで引き延ばすといいのだそうですね。恨まれそうですが、足腰の負荷に耐えた≪気持ちを一気に放出!≫することが大事なのです。

いよいよバンザイです。単なるバンザイは「お手上げ」で縁起が悪いため、手のひらを上に向け体全体で天を持ち上げるようにして、「バン、ズァーイ。バン、ズァーイ。バン、ズァーイ!」と三唱します。展示氏云く。≪日本のみならず発展と世界平和と河川の未来を祈念して! さあ!皆さんもダム式バン、ズァーイ≫

飲み会の締めで繰り返される一本締め(実は一丁締めが正しいらしい)に飽き飽きした向きには、新鮮で楽しめそうですね。

(ソメイヨシノの降る花びらを一つ一つ眺めてみれば、色合いがみんな違うことに気づく。たおやかだが、力強いこの花は素晴らしい。散り果てて絵になる桜ひと心)
乗客が母船を救う物語 [2017年04月11日(Tue)]

fumihouse-2017-04-11T21_55_48-1-thumbnail2.jpg映画『パッセンジャー』を見ると、人間って何だろうと考える。ひとは一人では人間たりえない。ひとが人間になるためにはひとが必要なのだ。原題は『Passengers』と複数形にして、二人の物語をズバリ表していたが、日本版では「乗客5000人/目的地まで120年/90年も早く2人だけが目覚めた/理由は1つ…」と説明書きが長々しい。

新世界に向かう途中でジムは孤独に目覚めた。あと90年眠ったのちに起きて新惑星での生活を始めるはずだったのに独りきり。遅れてオーロラが冬眠装置から目覚めて複数形になるのだが、独りでいるうちは着るものや容姿には一切かまわない。他人の目があるだけでひとは変わる、心も体も変わる。ましてや、人知れず恋したならばなおさらだ。

一度目の宇宙遊泳は宇宙の絶望的な広さと遠さに彼は圧倒された。涙で黒い時空を眺め、孤独を思った。宇宙服を着ずに再び外へ出て死のうとする。寸前で思いとどまったものの苦悩に沈んだ。二度目はオーロラと一緒だった。宇宙船は彼らにとって頼もしい母船であり、宇宙の広さと美しさは自分たちのためにあることを思い、二人は心身ともに一体化した。

蜜月はずっと続くと思われた。知らない者どうしが知り合って親しくなり、かけがえのない存在となる。人間らしい恋する経過である。しかし大きな裏切りが発覚した。そのときの彼女の憤怒の顔。奥底から憎しみを発しジムを糾弾した。やむにやまれずとはいえ、禁断の絆づくりの結果、彼は再び孤独になった。

期せずして再び歩み寄り、さらに深い関係を築く機会がきた。ジムとオーロラは、超大型宇宙船アヴァロン号のアダムとイブになったのである。

絶体絶命の危機を乗り越える際、アンドロイドのアーサーを救うシーンがある。自ら顔を打ちつけて自壊しようとしていたアーサーの動きを二人は止める。彼は機械でしかないし融通はきかないが、アーサーは大切な相棒だ。

ジムとオーロラだけの関係にあっては硬直化しやすい。緊密過ぎると同調圧力を高め、逃げ出す場はなくなる。二人だけの人間関係では不安定になりやすい。アーサーは二人に微妙に揺らぎを生じさせ、癒やしとなる存在であることに、二人とも気がついていたのかもしれない。人間とは不思議な存在である。

(スズラン水仙は神々しい。特に朝の空気をさらに清澄にしていくような)
瞑想し迷走状態脱したし [2017年04月10日(Mon)]

fumihouse-2017-04-10T22_37_50-1-thumbnail2.jpg脳は疲れる。疲れさせないためには意志決定を少なくする。人間の集中力には限度があって、一日にできる意志決定の総量は限られる。エネルギーを使い切ると、脳は理性ではなく欲望で行動し、マイナスの強い感情が生じやすい(先日の復興大臣は疲れていたのかも)。

疲れさせないのが第一だが、鍛える方法もあるようで、瞑想がいいのだそうだ。怠けるのとは違う。前夜のうちに明日着る服を決めておくとか、三種のスーツをかわりばんこに着る、通勤の道のりをルーティン化するとかも立派に脳を疲れさせない方法だ。

瞑想ってどうするか。毎日5分やるだけで心が穏やかになる、免疫力が高まる、集中力が高まるという。さらに瞑想は脳の機能を鍛える。かつては脳は衰える一方だと思われてきたが、訓練すればするほど構造まで変わることがわかった。

目を閉じてゆったりと何も考えない。これが瞑想だ。何も考えないのはとても難しいから、無理しなくてよい。雑念が湧けば心にまかせればよろしい。数分間瞑想的なことをするだけで、頭はすっきりし疲れが取れる。ネガティブな感情が縮小し、ストレスが減少する。無理せずに試してみようかな。

(菜の花畑はまっ黄色。元気で暖かい色、パワーがあって輝かしい色で脳の疲れが取れるかも)
鳥さわぐにぎやかに春よろこんで [2017年04月09日(Sun)]

fumihouse-2017-04-09T10_42_14-1-thumbnail2.jpg四十雀(シジュウカラ)は中年の星。自分は四十まで生きられない分、軽快な鳴き声で中高年を励ます。「四十からが人生本番」と。

雀(スズメ)は地味でも清々し。幸せなんて雀の涙と嘆くなかれ。地道に地面をついばんで、きっと幸せ富豪になるものさ。

燕(ツバメ)は勤勉楽しげに。空を意のまま飛び回り、虫をついばみ土を運んで働き者の真骨頂。機嫌よく笑う赤子が微笑んで、朗らかなる日を求めてる。

郭公(カッコウ)は格好つけろと人に言う。だらしない格好、気持ちが荒んでく。キリリと締めれば背筋が伸びて格好いい。

不如帰(ホトトギス)帰るに如かず、時鳥。過去には返れない、過去は変えられない。未来をつくるのこれからだ。今の一瞬燃焼せいと時鳥。

目白(メジロ)落ち着け冷静に。多くのスケジュールが目白押しとなっても、パニックになることなく気を静め、一つずつ片付けていくように教訓する。メジロのように快活に鳴けよ語れよと。

鵯(ヒヨドリ)群をなす。樹間に暮らし、朗らかに声を立てれば襲われず、団結すること大切だ。義経の鵯越えの如く、不可能を可能にせよと教えてる。

鶯(うぐいす)はあちらこちらに飛び回る。鶯の谷渡りの如く、枝から枝へ飛び渡る。フットワーク軽やかに爽快な声で周囲を明るくせよと説いている。

磯鵯(イソヒヨドリ)は天使の声よ。節を回して自在に鳴く美声に耳をそばだてる。遠き昔に魔法にかかり姿を変えた極上の歌姫よ。

(李(スモモ)の満開は染井吉野の直前にくる。空色に映えて、しなやかで清々しい花)
カッときて損得勘定忘れたり [2017年04月08日(Sat)]

fumihouse-2017-04-08T10_37_29-1-thumbnail2.jpgカッカと頭にきてしまうのは損です。後悔の念で傷つくのはまだしも、善良な関係者の心の傷に塩を塗るようにして奈落の底に落とす。カッとするのは損得を超えて、害悪です。

一方で、ずるがしこくて頭の切れるヤツだと思います。執拗に言葉尻を捕まえて揚げ足を取る。狡猾な物言いで相手をカッカさせる。問題発言を引き出して、さあどうだ!と畳みかける。挑発に乗るほうはバカですが、引っ掛けるほうもたちが悪いですね。

記者「帰れない人はどうするんでしょうか」
復興相「どうするって、それはもう本人の責任でしょう。本人の判断でしょう」
記者「自己責任だとお考えですか」
復興相「自分はそうだと思いますよ」
記者は「あ、そうですか。わかりました。国はそういう姿勢なわけですね。責任を取らないわけですね」

復興相としては、決められたルールに従ってきた経過を説明する場に突然乱入してきた「無礼者」一人を叱るつもりだったのでしょうが、故郷に帰ろうとしても帰れない被災者全体を敵に回す結果になったのです。

記者は責任を持って回答せよ!と弓を射て、復興相は何を無礼者!と演台を叩いて鉄砲を撃つ。ここで勝負ありです。暴力的な言辞や素行をしたほうが負けです。要はキレてはいけないのです。事務方が会見終了の幕を引いてくれたのに、引き際で追い討ちをかけられて応酬するバカ。記者の思う壺でしたね。

「自己責任」は10年あまり前の新語流行語大賞となりました。自分の責任で危険に向かうことが元々の意味ですが、イラクの武装グループによる日本人人質事件から意味が変わりました。政府の勧告を無視してイラクに入ったのだから自業自得であり、政府に責任はないと主張されたのです。殺された彼らがイラクで起こっている人権侵害や子供たちの窮状を報道したいと考えたことは無視され、死者にムチ打つ言論が多かったように思います。中東和平に何らの貢献をしなかった日本政府の責任は見事に忘れ去られたのです。

「(被災地に帰るかどうかは)本人の判断」との復興相の言葉に、記者が「自己責任か?」と聞いたことに、そうだと応答するのは、冷静になれば意味が違うとわかります。自己責任と自己判断とは違うのです。しかし、興奮して判断を狂わせました(多分)。見事に記者にハメられましたね。もちろん、私が復興相の立場にいたら同じように逆上していたでしょう。多くは狡猾な挑発者に乗せられやすいものなのです。

(可憐なペチコート水仙でも見て、心を落ちつけましょう)
おしゃべりでマスクがズレる気持ち悪り [2017年04月07日(Fri)]

fumihouse-2017-04-07T07_23_53-1-thumbnail2.jpgマスクをつけたまま話すのは、日常でよくある光景です。

聞く立場からは聞こえにくくて困ります。声がまっすぐに届いてこないのです。そりゃ当然で、幾重にもなった不織布で声が吸収されてしまいます。ゴムでもって口元や唇か引っ張られますから、口の開閉にも支障があり滑舌も悪くなるでしょう。

物理的な面だけでなく、心理的な理由もあります。声が布で反射したり、皮膚経由で骨に響くのか、自身には声が大きく感じられます。ですから、むしろ声を落としてしまうのです。こちらには聞こえにくくて始末が悪い。

しゃべるうちにズレてくるのも不快な点ですね。作業で体を動かすときにもズレやすい。しゃべるとか活動する場面には、マスクは不向きですね。なんといっても、マスクを装着する目的は、ウイルスや細菌の防御や発散防止にあるわけですから。

(花ニラの盛り。アイボリーをベースに青紫のラインがポイントとなって綺麗)
結婚か未婚か決める理由かな [2017年04月06日(Thu)]

fumihouse-2017-04-06T17_20_52-1-thumbnail2.jpg生涯未婚率が史上最高、とはショッキングな話。もちろん感覚的にわかってはいたが、数字を示されて社会の行く末を考えると不安だ。男が23%で女性は14%。50歳まで一度も結婚したことがない人の2015年の割合。先日国立社会保障・人口問題研究所から発表された。男は1970年、女性は1960年まで未婚率1%台が続いたというから驚きだ。そこまで結婚しない状態に拍車がかかっているとは。

なぜ「結婚しない」のか。結婚資金や住居の確保ができない上に非正規労働で将来の保障がない、草食系男子が増えて出会いのチャンスを生かしきれないなど様々に言われているが、「結婚しなくてもよくなった」のと、「結婚できなくなった」のが理由だとわたしは思う。

かつての女性の多くは社会的にもお金の面でも苦しい立場にあった。今は経済的に独立したひとが増えた。だから新たなイエや主人に仕えるという選択肢はとらなくてもよい。社会的な圧力も減じて、結婚しなくてもよくなったのだ。自分にとって最適なひとが現れれば結婚するが、無理して独身を解消する必要はないと考える。

男は違う。昔は仲介役となるお節介さんがたくさんいた。釣り合いのとれそうな適齢期の男女を結びつけ、両者も適度に妥協して結婚が成立した(もちろん多くは幸福なカップルになったが)。今はそんな親切なひとはほとんどいない。出会いの縁も自分でつくり出すしかない。かくて、男は結婚できなくなるのだ。

(うねる五つの花びらの群れ。ユキヤナギが可憐に咲いて、春の女王サクラの登場を待っていた。そして今すでにバトンタッチ)
さあ行こう粘り強くと島根っ子 [2017年04月05日(Wed)]

fumihouse-2017-04-05T21_54_39-1-thumbnail2.jpg平成29年度をスタートするに当たって島根県教育長が職員にあてメッセージを出しました(4月3日付け)。印象深く読みました。

≪主体的に課題を見つけ、様々な他者と協働しながら、答えのない課題にも粘り強く向かっていく力≫が、島根の子どもに身につけてもらいたい学力であると。思考力を高め、他人と共感をもってコミュニケートすることが生徒たちに可能となるよう、事務職員も教育職員とともに頑張ってほしいという意味だと受け取りました。

≪今年度も大いに議論しましょう。そして我々自身が「主体的に課題を見つけ、様々な他者と協働しながら、答えのない課題にも粘り強く向かっていこう」ではありませんか≫と、教育長は訴えます。教育の魅力を高めるほどに地方創生の力は高まるとも説いています。

そうです、議論です。ついつい私たちは上位者に決めてもらえばいいと、丸投げしがちです。理を尽くすよう努め、感性のアンテナも張りめぐらして考えて行動していきたいものですね。

さて、来週はいよいよ入学式を迎えます。新入生が希望に満ちた門出になるよう、週末の雨にも負けずソメイヨシノが満開状態を保ってくれますように!

(クリスマスローズはまだ元気。やがて満開を迎えてチヤホヤされる桜など気にもかけず、自分は自分!と咲き続ける)
四半期にドラマチックにテレビ見て [2017年04月04日(Tue)]

IMG_20170301_225101.jpgドラマとは面白いもの。戯曲が舞台化されて演劇となる。脚本がテレビや映画の劇となる。劇的状況など滅多にない日常にあっては(頻繁にあっては困るし、できるなら安穏であってほしい)、ドラマを見ることで劇的要素を擬似体験できる。

フィクションたるストーリーをつくりだす。言葉にしたり、構成を紐解くには混沌とした現実がある。ドラマはその混沌を理解しやすく伝えてくれる。シナリオという設計図をベースに劇化する。

民放であれば、テーマとプロットを企画書にした段階でスポンサー企業を探してからが実質的なスタートとなるのであろう。シナリオに散りばめられた、魅力的な登場人物たち。気の利いた台詞の数々。それなくしてはドラマの成功はない。脚本家がいかに重要かは言うまでもない。

予算を組み、スタッフやキャストが決まる。ロケ場所でもドラマの話題性が出る。セットや美術にも金はかかる。撮影に多くの人手と手間をかけて公開にこぎつけた時には大きな満足感があるに違いない。

かくて私は各四半期ごとのドラマを楽しむ。2016年度の第3・四半期には「逃げ恥」と「校閲ガール」を、第4・四半期では「嫌われる勇気」「東京タラレバ娘」「カルテット」。新年度の第1・四半期では『でも、やっぱり結婚したいっ!』の1回目を見た。週一のリズムができて生活は少しだけドラマチックになる。

(あと数日でサクラは満開。野も山も緑色に彩られる季節は近い。写真は緑色のチェック柄)
輝いてまばゆい4月新年度 [2017年04月03日(Mon)]

fumihouse-2017-04-03T17_32_00-1-thumbnail2.jpgまぶしい朝だった。まばゆく輝く新年度が始まった。本当に輝くかどうかは、わたしの意志と行動にかかっている(^o^)

ところで、2017年度は略して17年度。新聞ではそう表記することが多いが、平成では29年度。両者はけっこう紛らわしいのである。

現在形で進む今はまだよい。十年、二十年と経ったときに、手書きのメモや印刷した紙だけで残った文書を見たときに間違えることがないのか、不安になる。でも中央政府部内では重要な機密文書は1年以内に廃棄するようなんで、まっいいか!

(ムスカリが花盛り。三角形の小さな花束でにょきにょき頭を出している)
春告げてウグイスの鳴く花の町 [2017年04月02日(Sun)]

fumihouse-2017-04-02T21_17_31-1-thumbnail2.jpg出雲平野の田園風景には雲雀(ひばり)の鳴き声が似合います。空高くピチュパチュピチュパとさえずる春の鳥です。今日の出雲には、雲雀以上にウグイスが賑やかでした。花見鳥と称せらる鳥の鶯ではありません。ウグイス嬢の声なのです。

今日は出雲市長と出雲市議会議員の選挙が告示されました。キャッチフレーズは「この一票 私が選ぶ 出雲の未来」。市政を担う人を選びます。一票を無駄にしないよう選管は、投票しようと訴えます。

選挙カーが動き回り、候補者が声を枯らして演説し、ウグイス嬢が支援を訴えかけます。風は少々肌寒い一日でしたが、晴天の下、いい告示日和でした。昨日4月1日はこちらでもソメイヨシノの開花が宣言されました。選挙本番、春本番。鶯の谷渡りで鶯が枝から枝へ飛びわたる如く、選挙カーが動き回る一週間となります。

この四年、議員として十分に働いた人も、地位にアグラをかいてた人も、必死に投票日まで全速力で走りきることでしょう。

(杏(あんず)はカラモモ大陸の、種子は杏仁生薬で、杏仁豆腐で美味しかろ。淡紅色の花開き、春の季語なり梅に似て、大きな花びら夕日に映える)
エイプリル米国凛々しフールでも [2017年04月01日(Sat)]

fumihouse-2017-04-01T04_33_21-1-thumbnail2.jpgアメリカの連邦選挙委員会は米国東部時間の4月1日(土)0時を期して重大発表を行う(日本時間1日13時)。先の大統領選ではクリントン氏が勝者であったという衝撃事実である。

テキサス州の票を再集計したところミスが見つかり、共和党が獲得していた大統領選挙人38人は民主党のものとなった。大統領選挙人の獲得総数は共和党が306人から268人へ、民主党は232人から270人となり、クリントン氏の逆転勝利となる。世紀のどんでん返しである。

ミスの中身は票数の数え間違いというごく初歩的なものであり、選挙委員会は多重のチェックが機能しなかったことを大いに恥じている。発覚したときには就任式が終わっていたため、きまりが悪くて発表しそこねたという。アメリカの威信を守るため極秘裏に葬る考えもあったのだが、共和党の良識派からの強い意見で発表することとなった。転んでもただでは起きないのがアメリカらしい。奇抜なアイデアを実行した。

政権交代は4月1日まで待つ。そしてトランプ氏には選挙中の公約どおり、過激な発言で注目を集めてもらう。貧困格差に不満をもっている白人層にも配慮してTPPから離脱するそぶりを見せる。対象国とは個別に交渉を行い、トランプ氏お得意の恫喝で世界からひんしゅくを買い、独りよがりな米国第一主義を世界に知らしめる。理不尽にも国名を名指ししてイスラム教徒の入国を禁じる大統領令を連発する。そして連邦裁判所との対立構造を深めるように見せかける。メキシコ国境に壁を作って不法移民を排除し、経費もメキシコに払わせるとして失笑ものの政策を大真面目に推進する・・・。

クリントン政権へ交代するまでに、こうした荒唐無稽の政策を演じることによって反面教師となる。アメリカは狭量であってはならない、偉大であり寛容でなくてはならない、という気持ちを米国民に盛り上げていくことを目的とする。ひいては世界にパックス・アメリカーナ(米国による世界の安定)も再来させようとする意図もある。エイプリルフールを期して国内外に発表することで、やっぱり世界のリーダーはアメリカでなくちゃいけないと多くの人に感じてほしいのだ。

クリントン陣営はこのことを承知しており、クリントン氏は影の大統領府をすでに立ち上げている。優秀なスタッフによる模擬的政策は遂行されているので、4月1日から直ちに政権交代しても十分に対応できるということだ。

トランプ政権のスタッフには抵抗する向きも多かったが、トランプ氏が粘り強く説得した。さすがにディールに優れているトランプ氏だけある。アッパレだ。そうした文化が下地にある偉大な国アメリカの壮大なウソに感動した(もちろん票の数え間違いはいただけないが)。ビバ・アメリカ!