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咲イタ咲イタ桜ガ咲イタ [2017年03月31日(Fri)]

fumihouse-2017-03-31T18_51_30-1-thumbnail2.jpg咲イタ咲イタ花ガ咲イタ
寒ノ戻リデ震エタ昼間
ソレデモ咲イタ染井吉野ガ二輪三輪
冬ノ名残ニ襟ヲ立テツツ
明日ハ晴レルヤモット咲ク
開花宣言アルダロウ
一月ハ行ッテシマッタ二月ハ逃ゲタ
ソシテ三月オマエマデ去ルノダナ
明日カラ年度ノ替ワリニテ
去ル人アレバ出会ウ人モアル
春ノ訪レ喜ボウ

(この花は水仙の花。松江イングリッシュ・ガーデンは場内に咲いた西洋スイセンで明るくなっていた)
宇宙には人間がいて意味がある [2017年03月30日(Thu)]

fumihouse-2017-03-30T20_27_18-1-thumbnail2.jpg人は誰でも自分を認めてほしい。自分の能力を、自分の容姿を、自分の影響力を周囲に認めてもらいたい。誰かが言葉や態度に、自分の良さを表してくれたなら喜びに震える。喜んでも長続きはしないが、人は再び認めて欲しくて虜になる。マズローの言うところの承認の欲求にうち震えるのだ。

どうも宇宙にも同じ欲求があるようなのだ。宇宙は美しい。際限なく広くて、ダイナミックに景観を創り、飽くことなく変化をし続ける宇宙。万有の法則に貫かれて一分の隙もない。醜くて怖い要素も含めて宇宙は自身の美に自信を持っている。

しかし、その美を認識し証明する何物かがいなければ、美は美として意味がない。存在しないと同じことなのだ。だから宇宙はヒトという知的生命体を誕生させた。認めてくれよ、感じてくれよ、感動してくれよ! 人間たちよ! と宇宙は言っている。これは、人間原理の宇宙論と呼ばれる。人間は宇宙のためにある。宇宙は人間のためにある。

(大根の花は地味だが、宇宙を体現して美しい。何が体現してるかって? 全てだよ。宇宙即大根の花。大根の花即宇宙)
ハウツーで手直に成果求めても [2017年03月29日(Wed)]

fumihouse-2017-03-29T19_40_53-1-thumbnail2.jpg新聞の書評を読む。姜尚中著『逆境からの仕事学』(山陰中央新報)。書評氏云く。≪変化が激しく、先の見えない現代。だからこそ著者は、ビジネスパーソンはハウツーより古典や歴史などの「人文知」を学ぼうと呼び掛ける。それは複眼的な視点を持つことを養う≫と。

ならば決めた。この本は買うまい、読むまいと。なぜならこれもハウツー本。それを読む暇があったら古典を読もう。何を読もうかと、近頃読書量が減っている私は考える。

(白木蓮が空に向けて咲いている。4日前のことだから、今日は満開になっていることだろう)
春色の幸せにのって移ろって [2017年03月28日(Tue)]

fumihouse-2017-03-28T23_41_14-1-thumbnail2.jpg春は幸せに似ている。とても似ている。

風や空気は春に柔らかくなる。肌を刺した北西風が東から吹く。暖かい空気に誘われて外に出る。冬から季節が移ろう様子を鋭敏に感じ取って私は喜ぶ。木や草の緑が刻一刻と膨らみ、緑色の度を増す。野にも花壇にも花は咲き乱れて花繚乱の春がやってくる。山は笑ってほんわりとした立体感が出て、空も海もまぶしく輝く頃になるとソメイヨシノはもうじきだ。

それでも寒の戻りがあり、春の雨は意外と冷たい。暖かい日は照っていても寒さに震える時もある。春とは思えない強風にコートの襟を立てることもある。気持ち良い天気は長続きせず、花だってそう易々と咲き乱れるわけでもない。右を向いても左をも、すべてが春爛漫とはいかぬもの。何がしかの不満を抱えたまま、時は過ぎ去る。ふと気がつけば夏の声が聞こえてくる。夏がひたひたと押し寄せて暑さにうだる日々がくる。ああ春よ!おまえはどこへ行ったのだ。

思うにまかせぬ春の日は、あれよと言う間に暮れていく。満面すべてが春ならざれども、少しずつの春を楽しもう。「春」を「幸せ」に置き換えてみたらどうなるの? 比喩として春は幸せ表すよ。

≪決して仰々しくはない小さなことにも、大きな幸せの因は宿る。それを知り、感謝できる人が、本当の幸福を手にする≫(聖教新聞「名字の言」3月25日付け)

(水菜の花が咲いた。冬場は鍋に水菜は大活躍していたが、その役目を終えてこうして可愛らしい菜の花となる)
気をつかい忖度させて糟糠の妻 [2017年03月27日(Mon)]

fumihouse-2017-03-27T21_55_01-1-thumbnail2.jpg大げさに言えば、安倍昭恵・内閣総理大臣夫人は糟糠(そうこう)の妻である。糟糠とは酒糟(さけかす)と糠(ぬか)。つまり粗末な食べ物で窮乏を忍んだ夫婦の仲をいう。

安倍夫妻は貧乏など経験したことはないだろうが、かつて追い詰められて総理大臣を辞任した。潰瘍性大腸炎という難病があったとはいえ、メンタルの弱い政治家だと憶測されて、もう二度と総理の目はないと思われた。起死回生して自民党総裁選に臨んだものの、党員投票では石破さんに水をあけられた。が、国会議員投票で逆転を果たし総理大臣に返り咲いた。並大抵の苦労ではなかったと思う。苦しさの極みにあった安倍さんを昭恵夫人は懸命に励まし支えたはずである。糟糠の妻と言っていい。

いま森友学園問題で揺れる安倍夫妻。総理大臣の妻が夫の名代として動き、各地で講演を重ね、多くの公的な場に登場する。偏向思想の小学校の名誉校長にもなっていたファーストレディには役所の担当者も常に付き従っている。そのビップウーマンが、大阪の国有地の件はどうなの?と尋ねれば、周囲が夫人の心中を推し量ろうとしないはずはない。あら、そうなの残念ね!と返答されれば、拡大解釈して意に添うように働きかけもするだろう。「総理大臣の妻」が表舞台に立つとは、そういうことなのだ。昭恵夫人は度を超している。

男は外、女は内なんて古臭い儒教のようなことを私は主張しない。男女共同して社会に参画すべきだと思う。しかし「安倍昭恵」という個人で立ち位置を占めることなく、「総理大臣の妻」を肩書きにしている。総理の妻には権力の匂いが立ちこめて周囲にいらぬ配慮をさせる。それが忖度(そんたく)というやつなのだ。

ラジオパーソナリティを務めた経験から外連味がある、子供がいなくて自由に動ける、東京にいることが多い夫に代わって選挙区で動く・・・・政治家の妻としては申し分ないだろう。しかし、総理大臣の妻という肩書きで動く限りは、夫の七光りの下での活動であり、周囲は忖度し続けることだろう。

(アマリリスの紅色が辺りを彩る。昨日は松江イングリッシュ・ガーデンに鉢植えられた多くの品種を楽しんだ)
逆転の優勝のあと救急車 [2017年03月26日(Sun)]

fumihouse-2017-03-26T21_20_38-1-thumbnail2.jpg稀勢の里が執念で呼びこんだ奇跡の逆転優勝。感涙のインタビューをニュースで見た後にウォーキングに出た。救急車の音が聞こえてきて、私を追い越して近くの旅館前に止まった。隊員が飛び出して屋内に向かうのが見えた。旅館のお客さんか従業員か。それとも家族なのか。大事でないことを願う。間もなく私はサイレンを止めた救急車を追い越して、いつものコースを向かっていった。

折り返してふたたび救急車のもとへ。動きはなく静かである。ハザードランプと警告灯を点滅させ、前照灯は点けたままだ。救急車が見えなくなるまで変化はなかった。振り返り気にしつつも無事に家に帰れたことを喜んだ。稀勢の里の優勝劇に共感できることを、家族で大河ドラマを見る余裕があることを嬉しく思う。

(なにかしら面白い花、木五倍子(きぶし)。ぶどう状に花房が垂れて摩訶不思議な眺め)
さらすのか知ってほしいか確かめて [2017年03月25日(Sat)]

fumihouse-2017-03-25T22_25_02-1-thumbnail2.jpgひとは誰しも、さらし者にはなりたくない。屈辱の究極はさらし首であろう。首を打たれ、台座に乗せられて罪状を記した木札とともに人通りの多い公衆に苦悶の死にざまをさらす。死に至るまでではなくても、人前で知られたくない自分の姿や情報を白日の下にさらされることは耐え難い。

一方でひとは誰も、自分のことを知ってほしい。自分の思いを誰かに吐き出し、自分しか知らない情報を相手に与えて少しの優越を感じたいとも思う。

面と向かって相手に対するのは問題ない。もちろん相手が第三者にその内容をベラベラしゃべったら大問題だから、もちろん相手は選ばなければならない。これがSNSとなると問題は複雑になる。

軽い気持ちで飲み会の様子をアップする。盛り上がって楽しんで、この様子を知ってほしいとごく当然のように思う。しかし同席の人が同じ気持ちだとは限らない。公衆に顔を出したくないと考える人も多いはずだ。そこにいることを他人には知られたくない場合もあるかもしれない。

あなただけに話す、と言われた内容をSNSに投稿するとどうなるか。名前は書かなくても、その前後の情報から秘密がバレることもあり得る。知らぬ間に拡散してしまえば目も当てられない。

SNSでなくても、ポロッと誰かに話してしまう失態はよくある。口伝てに情報漏洩するのが最も多いという。「知ってほしい」は時に「さらし者にする」ことに直結しかねない。くれぐれも注意しなくてはならないね。

(アネモネは春風に吹かれるのが似合う。美の神アフロディーテが美少年アドニスの死を悲しんで流した涙がアネモネになった)
寒桜送別会の宴あと [2017年03月24日(Fri)]

fumihouse-2017-03-24T23_57_19-1-thumbnail2.jpg寒桜送別の宴うたい踊り
 酔い醒め歩き玉造かな
春風とひとと併走さあイコか [2017年03月23日(Thu)]

fumihouse-2017-03-23T18_06_16-1-thumbnail2.jpg広めの広場でひとに併走してクルマを運転した。ひとはゆっくり歩いて時速2キロメートル。早足でも時速4キロだ。アクセルを踏まなくても付いていける。ハイブリッド車であればとろとろと掃くように音もなく並んで進む。

雨風でもあればクルマは快適だ。しかし視界が狭い。目線が低い。歩くのが気持ちがよい。暖かい太陽の光を浴びて、春の空気を吸い(花粉には注意)、萌え始めた木や草の緑を全身に感じながら歩くのは嬉しい。季節の息吹に気分が高まる。

春風さわやかな時は長続きしない。雨風に当てられ歩くにはつらい時には、クルマが一番だ。ぬくぬくとエアコンを効かせて快適に移動できるというもんだ。身体と道具、うまく使い分けなくちゃあね。

(サンシュユの黄色がかわいらしい。花房から小さな花弁が飛び出し火星人のような角を生やす。桜が満開になると存在感は薄くなる。今のうちだよ)
幸せに湯船で眠るこのわたし [2017年03月22日(Wed)]

fumihouse-2017-03-22T23_14_38-1-thumbnail2.jpgわたしは湯船に入る前に体を洗う。洗髪してすっきりすると心おきなく湯船につかる。眼を閉じる。すると眼の疲れが抜けていく。血行が良くなって脈動が眼の奥を刺激する。ドクドクと眼底をたたくたびに疲れがとれていく。

膝が伸びて足先が壁を打つ。深い眠りに落ちる瞬間だが、足が当たって目が覚める。おっといかん、歯を磨かなくては。湯船でゆっくり歯を磨く。歯磨きは一日一回。10分ほどかけてゆっくり磨く。磨き終わって目を閉じると眠けが押し寄せる。気がつくと、口を開けたまま上を向いて寝ている。

だらしなさに気落ちせず、湯船を飛び出してシャワーの水を出す。膝下から太ももにかけて冷たさをガマンする。左右の腕に水をかける、肩にかける、背中にかける、胸にかける。合わせて20秒ほど。冷たさに反発して体内から熱が発する。

これで湯冷めもせず、風邪知らず。いやいやこの一年で3回も風邪を引き、水掛けの神通力も衰えた。ただし熱も出ず寝込みもしないのはその効力かもしれないな。

(なんと色合いの良いヒアシンスだろうか。花の巻き具合も申し分ない。ソメイヨシノが咲いたら霞んでしまうから、今のうちに目立っておくんだぞ)
何のため教育理念考えて [2017年03月21日(Tue)]

fumihouse-2017-03-21T23_24_10-1-thumbnail2.jpg森友学園問題が安倍内閣の屋台骨を揺るがす気配をみせるが、それは置く。この学校では教育勅語を児童に暗唱させているという。戦後全面的に否定されたものを基軸にしていることに驚いた。

朕を主語にして語りかける。忠誠を尽くし國體を発展せしめよと。臣民が守るべき徳目は次の事柄。親孝行を一番にきょうだいは仲良くし、夫婦は仲むつまじくしよう。友は互いに信じあい、自分の言動をつつしもう。他人に広く愛の手をさしのべて、勉学と仕事に励もう。才知を伸ばし、人格の向上につとめて、世のため人のためになろう。社会の秩序に従って、国のため真心を尽くす。

まんざら悪くはなさそうだが目的は何か。「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」。永遠なる天皇家を中核として国を富ませようというものだ。こうした皇国史観で子どもを導こうとしたこと自体が問題であり、皇国に忠義を尽くすのを教育の根本としたところに日本が敗れさった遠因がある。森友学園はそれを教育理念にしている。きな臭い、イヤな感じを覚えてしまう。

教育は何のためにあるのか。何のために英知を磨くのか。労苦してもなお求めるべき財は何なのか。天皇家や國體のために教育があるという目的観に根本的な誤りがある。教育は子どものためにある。教育は子どもを幸福にするためにあるのだ。

(馬酔木(あせび)は壷形の小さな花をいっぱいつける。枝や葉には有毒成分があり危険。馬が食べると酔って足がなえるという)
花桃の桃色映えて春の空 [2017年03月20日(Mon)]

fumihouse-2017-03-20T22_55_10-1-thumbnail2.jpg桃栗3年、柿8年。ところがこれは花桃で、美味しい実にはなりません。わが家の花桃咲いたのさ。桜と同じ薔薇科です。梅も同じで薔薇科でも、趣き違う花なのです。桃の節句の雛祭り。も少し早く咲けばいい。ピンクの色は桃色で桃の花から生まれたよ。桃から生まれた桃太郎。不思議な力怪力だ。桃はやっぱり霊木よ。青い春の日桃の日だ。今日は一日いい日和。
西洋のルネッサンスなり油絵で [2017年03月19日(Sun)]

fumihouse-2017-03-19T21_37_23-1-thumbnail2.jpg東京富士美術館に行ってきた。『とことん見せます!富士美の西洋絵画〜日本最大級の西洋絵画コレクション、全貌公開!〜』。おっと、このキッパリしたストレートな表現。お高くとまることなく親しみやすさ満載だ。

東京富士美術館は開館から33年。イタリア・ルネサンス絵画以降、西洋の絢爛たる美術史をたどる収蔵品を誇る。その西洋絵画コレクション275点を一気に見せるのが今回の展覧会。1点1点綿密に見ていたら何日も通い詰めなくてはならない。気が向いた肖像画だけをじっくりと鑑賞した。

肖像の目に惹かれた。シュールレアリスムや現代ポップアートまでいくと違うのだが、西洋画には目の力がある。強靭さ、鋭さ、たくましさ、風格、雄大な夢、慈母の優しさなど様々に想像することが可能だ。制作者の魂魄を留めた描写が目にあらわれている。

どの絵を見ても、周囲の景色や光、調度品、衣服や顔の細部を稠密に描いてある。しかし眼の光や表情がしっかりと描かれなかったならば、それぞれの絵は完成しないのだろうと感じた。西洋絵画の人物画において、目の肥えた注文主を満足させるのは「目」なのだと思う。目は口ほどにものを言うのだから。もちろんその絵は眼が飛び出るほど高価なものだったに違いない。

(何ものにも動じない強さを感じさせる『クロザ夫人の肖像』。ジャック・アヴェとその工房により18世紀に制作されたもの)
それぞれの卒業のひと富士が見る [2017年03月18日(Sat)]

fumihouse-2017-03-18T23_47_56-1-thumbnail2.jpg雄渾の卒業の日や富士仰ぐ
苦闘したスクーリングや卒業す
学努め妻の手にある卒業証
卒業のつぼみ膨らむ桜かな
卒業の小鳥鳴く日には暖かき
卒業生となり父母あり安堵顔
卒業のドラフト投手はにかんで
  以上、ふみはうす

 校塔に鳩多き日や卒業す
  中村草田男

(豆桜か、おかめ桜か。東京富士美術館の敷地内に咲いている。春の日を浴びて創価大学卒業式を演出してくれた)
君の名を月の名前に置き換えて [2017年03月17日(Fri)]

fumihouse-2017-03-17T21_29_48-1-thumbnail2.jpg山陰中央新報についている週刊さんいん学聞の記事に興味深いものがあった(3月8日号)。

月の形には名前がある。新月から半月を経て満月へ。三日月もある。これは3日目の月でなくても細めであればおおまかに三日月と呼ぶ。ところが≪半月と満月の間の少し太った月は何と呼べばよい≫かと問う。十日余りの月とか十三夜の月という言い方はあるが、≪誰もがイメージできる、わかりやすくて短い呼び名があると≫便利だから、読者にネーミングしてみてほしいと。楽しそうだから私も考えた。

形からアプローチするか、それとも日数でカウントする際に工夫するかだが、まず形から。

□半月以上満月以下の状態は、ジャガイモのようだから【芋月】。レモンに似たようでもあるので【レモン月】。
□半月に向かって膨らんでいくから【膨月】。あるいは、満月みたいに真ん丸でないから【紙風船月】。
□満月までの月は一部欠けているから【Gの月】。なんとなく感じが出ている。
□満月に向けて膨らんでいくから【凸月】。

次に日数の度合いで。
□三日月以上半月以下を【前半月(まえはんげつ)】、半月以上満月以下を【後半月(うしろはんげつ)】。半月をプラスマイナスする発想だ。漢字にすると「ぜんはんつき」「こうはんつき」と読まれそうで紛らわしい。
□満月は十五夜。ティーンエイジャーからの連想で【ティーン月】

なかなか名案は浮かばない。名前付けは難しい。

(上野の西郷どんの腹は満月か。維新達成後に病的に太ってしまわれたと見える)
安全に夜道を歩く方法は [2017年03月16日(Thu)]

fumihouse-2017-03-16T19_57_08-1-thumbnail2.jpg街中の夜道を歩いて気がついたことがある。点々と街灯がともる住宅街はめったに人も通らないし、寂しくて暗い。住宅の屋外灯が道を照らしてもわずかな明かりだ。明るくはない。クルマや自転車も少ないし、足元を照らすこともない。

一見すると危なげに思えるが、意外とよく見えるのだ。雨でも降ったりして道路が一面に濡れていなければ、だんだん暗さに目が慣れて懐中電灯を持たなくても十分に歩ける。

ところがどうだ。街路樹がびっしりと植えられて、低木の植え込みもある大きな道を歩くのは心もとない。クルマもたくさん往来し、歩道に自転車も人も多く通って安全なように感じられるのだが、実はそうではないんだ。

クルマの対向車の前照灯で目がくらんでしまう。しかも高速で通り過ぎる影で足元が見えにくい。地面の微妙な凹凸がわからなくて危ない。懐中電灯がないといけない。自転車もこちらの存在に気づきにくいように思う。

暗い夜道は住宅街が良さそうだ。何かあればどこかの玄関をたたいて逃げ込むこともできるはず。もちろん遅くに歩き回ること自体がそもそも危険だね。

(辺りを明るくしてくれるような白い梅。桜が咲くまでは梅花が主役の座を譲らない)

【追記2017.5.10】白梅だと思っていたのだが、今朝写真に撮った木を見るとサクランボがたわわに実っていた。とんでもない間違いだった。
マエストロ冬眠終えて●をかく [2017年03月15日(Wed)]

fumihouse-2017-03-15T20_55_07-1-thumbnail2.jpg草野心平の詩だ。


  冬眠
       ●


たったの一文字、いや文字ではない。記号化された『冬眠』という詩。「●」にはどんな意味がある? 記号化どころか、記号しかないのだ。

心平が得意とする蛙が題材なのかもしれない。蛙が冬眠している穴の中。深くて暗い土の●。蛙の口を開けたら奥には暗黒が横たわっている。土も暗いし口も暗い。挙げ句の果てに蛙の目の玉まっ黒け。

行く末の不透明感の●なのかもしれない。世の中に蔓延する不安感。1980年代後半に亡くなった詩人にとって何だったのだろう。ソ連崩壊前の世情の不安があったのか。バブル崩壊を予見させる兆しを恐れたのか。

紙に印字した黒●と周囲の白□とのコントラストを強調したのかもしれない。黒と白、対比して世を二元論で見る。何百倍に拡大すれば紙の印字はかすれてマダラになる。グラデーションで楽しめる。なおかつ形は無限大。縮小すれば点になり、さらに見えなくなっていく。宇宙に消える不思議な点よ。

詩人の頭の中はうかがい知れないが、ひょっとして若いころ創作に疲れて苦し紛れにやってみたら、意外と評判を呼んで有名になったのかもしれない。いやいや、そんなの天才への冒涜だ。ここは素直に鑑賞してみようかね。

(暗い水の上に●がいっぱい。いやいや単なる水草だ)
遊ぼうか遊ぼうよっと交わしあう [2017年03月14日(Tue)]

fumihouse-2017-03-14T18_03_22-1-thumbnail2.jpg 「遊ぼう」っていうと/「遊ぼう」っていう。
 「ばか」っていうと/「ばか」っていう。
 「もう遊ばない」っていうと/「遊ばない」っていう。
 そうして、あとで/さみしくなって、
 「ごめんね」っていうと/「ごめんね」っていう。
 こだまでしょうか、/いいえ、誰でも。

ご存じ、金子みすゞの『こだまでしょうか』です。こだまのようにひとは呼びかけあい、仲良く睦みあうものです。こだまのようにひとは対立し、仲たがいして憎みあうものです。同じことなら、心安らかなほうがよいですね。言うまでもなく。

春色のこだまは何色でしょうか。薄緑か、淡い桃色か。それとも空色かもしれません。木々が芽吹いて花を咲かせ、草花は土から顔を出し、人々を楽しませてくれます。こだまはひょっとして木霊? ともあれ、いい春になりますように。

(わが家の寒アヤメが咲いています。清涼感があふれる薄い青紫色。インフルエンザや風邪、花粉症で苦しむことなく、皆が春を楽しめますように)
高座にて笑って躍る楽しんで [2017年03月13日(Mon)]

fumihouse-2017-03-13T06_54_54-1-thumbnail2.jpgワシな、笑うの苦手やねん。特にテレビではあかんなあ。バラエティはお笑い芸人のオンパレードやろ。おもろいこと言うてるやん。けどなワシ、へらっとしか笑えへんねん。口角がちらっと上がるくらいかな。女性は男の10倍、笑うって言うけと、確かに嫁はんや娘いうたら、ホンマそうなんや。大口あけて高笑いやで。見とって気持ちええで。でもなワシでけへんねん。

けどな、大笑いすることもあるねんな、ワシでも。寄席なんか行くと、これがよう笑えるねん。お客は笑うために来てるやろ? 笑いの臨場感ってやつやろな。おもろいこと待ってんねん。ワシもつられて笑うねんな。芸人さんもな、乗ってくるとますますおもろくなるんよ。即妙のアドリブも出てええなぁ、ますますおもろくなってくる。ワシもな、火がついたように笑いが飛び出しよんねん。こんな時代だからこそもっと笑わなあかんなぁ

そんでな、このまえ「あったか寄席」っていうのに行ったんや。露の新治師匠の御一行のな、人権高座。部落問題やら人権の話っていうたら敷居が高いもんと思うやろ。違うんや。よー笑うた。思わず手たたいたよ。それでいて新治師匠の熱い気持ち、差別したりイジメるもんへの怒りが伝わってきてな。ようツボにはまるんよ。ウイットとユーモアにあふれた話聞いてて光が射すようやったわ。

そんでな落語のほうや。『紙入れ』有名な古典やな。貸本屋の新吉が出入り先のおかみさんと浮気する噺。腹の皮がよじれたわ。よう笑うた笑うた。顔がシワだらけになった。

おかみさん、色っぽかったなぁ。ホンマ色目使いだけやのうて、全身から色香が漂ってきよったわ。そんで間男になった新吉。この小心ぶり、うぶなところがよう出とったわ。感心するどころやない。ホンマ腹の底から笑うたわ。

会場の加茂教育集会所はな、満員になってええ雰囲気やった。スタッフの皆さんもようガンバリはった。ホンマおおきに! よかったで! 内容も濃いしなー、よー笑って。みんながニコニコしとる高座はええなぁ。これぞホンマ、タメになる講座やで。

(ちいっとお高くとまったお雛さんも、あそこおったら大笑いやでー)
花に酔い春に揺られてヨーイヨイ [2017年03月12日(Sun)]

fumihouse-2017-03-12T14_48_19-1-thumbnail2.jpg花といえば桜。なかでもソメイヨシノに心躍らせる。開花予想が出て(今年の松江は早くて3月28日)、つぼみが膨らむと桜木の小山にほんわり灯がともる。そして一斉に開花する。葉っぱの緑は花の後だから虚と実のコントラストが著しい。

桜はなぜこんなに慕われるのだろう。誰しも開花を待ち受け、マスコミが経過を報じ、期待を高めて待ち遠しく思う。

卒業や入学、入社。人生の大切な節目に咲くのは大きな要因だ。祝ってくれるかのように咲いて深い印象を残す。

一帯で揃って口裏を合わせたようにして開花するのも不思議だ。枝の先の先まで花が咲き、幹からもボリュームたっぷりに咲く。こんなデラックスな花は少ない。

染井吉野は淡い薄ピンクが柔らかで幽玄な雰囲気を醸し出す。青空の下では花が匂いたつように輝く。曇天であっても辺りを明るく照らしていく。

満開とともに散りはじめてハラハラと風に乗るのが日本人の美意識にあっている。花吹雪となって散り乱れると、私たちの気持ちもかき乱れる。それがまた妖艶でもある。清楚な様を見せながら実は妖美なところに心引かれるのだ。

あっという間に過ぎた正月からの3ヶ月を振り返り、新学期や新年度の新生活に期待し(不安を含め)、来るべき夏に思いを寄せるのである。桜は日本人の原点だ。

 さまざまの 事おもひ出す 桜かな
           松尾芭蕉

(桜ではない。春の代表選手フキノトウ。見ては爽やかに春を歌い、汁物に入れると香り高い)
浮き雲はフワフワ見るのは気持ちよし [2017年03月11日(Sat)]

fumihouse-2017-03-11T14_56_51-1-thumbnail2.jpg原作は小説「浮雲」林の芙美子『浮雲』白黒映画なり
意訳するなら「ある男ある女」
はたまた「真(まこと)の男と女」
映画のエンドに流れたる字幕は不似合い違うぞよ
「花のいのちは短くて苦しきことのみ多かりき」
いやいや女死ぬときは幸せ絶頂美しき
男はすべてが真実で刹那に思った真を述べる
女は虚ろであるを知りながら今度こそはと裏切られ
男は色目で女追う並みいる女はイチコロよ
女は悲しみ泣き崩れ別れなくてはなるまいと
幾度も決めて去りなむとそれでもくらっと魅せられる
かりそめ優しい柔男どうせ根拠はないといえ
毛筋の一本信じようあんな男のどこ好きなのか
ニヒルで無常の諦観念知るのは女の奥深く
今輪の極み幸せに男の心独占し
女を苦しめ涙した私とあなたああひとつ
遠い南国死出の旅それでもひとつ嬉しかろ
関わる女すべてをぞ不幸にしたのはある男
男の真実何もかも女の人生引きはがし
浮雲の男と女いくばくの生活交わし嗚咽した

≪富岡は、まるで、浮雲のやうな、己れの姿を考へてゐた。それは、何時、何処かで、消えるともなく消えてゆく、浮雲である≫(林芙美子著『浮雲』より)

(フワフワっとした綿の実。木綿になる前も気持ち良さそうだ)
おからだの具合たずねて陽が落ちて [2017年03月10日(Fri)]

fumihouse-2017-03-10T18_35_19-1-thumbnail2.jpgからだの具合いかがです?
 インフルエンザで熱ボーボー
 風邪でだるいよアーツアツ

からだの具合いかがです?
 花粉が飛んでチカチカと
 おまけに鼻水ズールズル

からだの具合いかがです?
 転勤ストレスガーンガン
 終わらぬ仕事ズルズルと

からだの具合いかがです?
 あったか春は楽しみで
 浮かない春もあるものさ

(菜の花咲いてるルンルルルン。羽を広げたモンキチョウ)
イジられて切羽詰まってどこへ行く [2017年03月09日(Thu)]

fumihouse-2017-03-09T18_07_08-1-thumbnail2.jpg自殺対策基本法は平成18年につくられた。毎年3万人を超える方々が自殺する現状を打開するために、「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指し」た。対策が功を奏したか、平成24年以降3万人を割った。とはいっても昨年も2万2千人弱が自ら命を絶った。交通事故死が昨年は4千人弱。交通事故死の5倍以上という驚くべき数字である。交通事故はいわば突然死だが、自殺は悩み抜いて八方ふさがりの結果選択される死だ。ご本人の苦しみや、肉親の悲しみたるや計り知れない。

原発事故により福島から横浜に避難してからイジメを受けた中学1年の男子生徒が手記を公表した。この生徒は小学生当時の手記も公開している。「いままでなんかいも死のうとおもった。でも、しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」と。いたいけで涙を誘う。根拠のない差別は理不尽だ。

バラエティ番組の影響は大きいと思う。ドタバタで笑わすのみならず、ドツく、タタく、強要する。言葉でイジリ倒して低くおとしめて笑いをとる。このパワハラを見て不快に感じる人も多かろう。いたいけな子どもがそんなギャグを学習し続ければ先は見えている。イジる、イジられる関係。芸人ならばその特異なキャラを笑い飛ばし、頭を小突いていればよい。彼らは仕事なのだから。

子どもはそうはいかない。何をイジるかいうと、差異である。ふつうの子と違った何か。福島県から逃げてきたという状況は格好のネタになるのかもしれない。最初は軽い気持ちでも、やがてエスカレートしていく。集団意識も手伝って、人権無視の振る舞いとなり、あとには引けなくなる。助ける人が周りにいなければ切羽詰まるのは道理だ。

文科省は学校に対して、早期発見の取り組みを促す。特に長期休業後に多い自殺に神経をとがらせる。24時間子どもSOSダイヤルなど相談窓口を用意し、ネットパトロールにも予算を相当割いている。3月は自殺対策強化月間で各省庁、地方自治体、関連団体が一丸となって自殺予防に取り組んでいる。

それでなくてもストレスの多い子どもたちの現実。卒業、入学、進級など環境が激変する春3月。子どもたちよ、無事であれ!
冬過ぎて季節は巡る気持ちよし [2017年03月08日(Wed)]

fumihouse-2017-03-08T18_05_49-1-thumbnail2.jpg立春が過ぎ大雪に戸惑った。それもおさまって雨水の頃は春の訪れを喜んだ。啓蟄には、冬に籠もっていた虫が這い出してきそうなほど気持ちのよい季節となった。

ところが冬将軍は再び私たちを襲ってきた。雪が舞い散り山の上は白く染まって、季節は後戻りした。マフラーをきっちり巻き、コートのファスナーを首まで上げなくてはならない。

それも明日までだ。明後日からは太陽と仲良くして、新たな季節を感じよう。花粉症の人は要注意だが、絢爛たる花の季節はもうすぐやってくる。その先駆けを楽しもう。

(オオイヌノフグリの瑠璃色は美しい。見たことないが、実は犬のフグリに似た丸みがあるらしい。イヌの金玉とはこれ如何に)
此の花はサクラと言うの極上の [2017年03月07日(Tue)]

fumihouse-2017-03-07T20_13_00-1-thumbnail2.jpg木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は、それはそれは美しい女神でした(神話時代の美意識は不明ですが)。日本神話に登場します。天照大神の孫の妻で、海幸彦と山幸彦を生みました。

彼女の夫はニニギノミコト。天上界から地上に降りました。天から天照大神の孫が降りたから、天孫降臨なのだそうです。降りるやいなや、木花咲耶姫に一目惚れします。姫の父オオヤマツミはそれを喜んだのですが、姉のイワナガヒメも一緒に嫁入りさせたのです。姉はとても醜かった。ニニギノミコトは姉を送り返し、美しい妹だけを妻にした。当然ですよね、好きになった人は木花咲耶姫ですから。

オオヤマツミは怒りました。姉の力で永遠の命となり、妹の力で木の花が咲くように繁栄するはずだったと。命が永遠でなくなれば、花ははかなく散るほかない、と残念がったのです。今のように一人の人格が分かたれていた時代ではなかったのでしょうが、ひとまず置いておきます。

木之花咲耶姫は美しい花の種を富士の高嶺からまいたのだそうです。「さくやひめ」の名前を縮めて「さくら」になったと。「この花のように美しい姫」とも。この花はもちろんサクラ。さくやひめは桜の花の精だったのかもしれませんね。

(寒桜が咲いている。コノハナサクヤヒメは淡いピンク色がお好きなようで)
原石を集めて見せよ発表会 [2017年03月06日(Mon)]

fumihouse-2017-03-06T17_56_32-1-thumbnail2.jpg『原石』
原料となる岩石や鉱石。なかでも、磨けば宝石となる美を秘めた石。まだ加工されていないとはいっても、そこはかとなく漂う大きな可能性……。

うたい文句は「これから磨かれていく原石たちのありのままのきらめきをお届けします」。出雲工業高校の文化部が合同で発表会を行います。対外的に合わさって発表するのは初めての試みですので、お手すきならばお出かけください。入場は無料で、駐車場チケットも無料処理される予定です。

【とき】3月12日(日)10時オープニングで16時まで
【ところ】ビッグハート出雲(JR出雲市駅南口付き)
【対象の文化部】吹奏楽部、放送部、美術部、新聞部、生徒会執行部

(出雲工業高校の近くに咲いた沈丁花。いい匂いだ。赤いのとは少し違う春の品格。明日は全県下で一般入学者選抜学力検査。いわゆる高校入試。ガンバレ受験生!)
アフリカを遠く離れて悲しんで [2017年03月05日(Sun)]

fumihouse-2017-03-05T07_33_44-1-thumbnail2.jpg『愛と哀しみの果て』は1985年の映画で、舞台は英領東アフリカ(今のケニア)の第一次大戦のころ。主演はメリル・ストリープ(カレン)とロバート・レッドフォード(デニス)。

祖国デンマークを離れて東アフリカに伴侶を求めて渡ったカレン。そこは英国人を中心とした貴族社会で身の置き場がない。ところが夫ブロアは浮気性なばかりか、農場の経営もやる気がない。カレンは一人苦労して農場を切り盛りする。やがて出て行った夫に代わる恋人がデニスである。

よくありそうなストーリーなのだが、映像が素晴らしい。ケニアのサバンナに目を奪われる。草原が広々と果てしなく続き、灌木帯は野生動物の宝庫である。遠くを眺めればキリマンジャロの雪の頂に、青い空が果てしなく広がる。

原題は『Out of Africa』。なぜ、アフリカの外へ、なのか。コーヒー相場が下がって経営が難しい中で、カレンは加工場を火事で失って全財産を失う。彼女はアフリカを出て故郷に帰る。それだけではない。

デニスとはウイットに富んだ会話でもって食事を楽しみ、食後は物語を紡ぎ合って満足感にひたる。そして愛欲もともにする。カレンはそれだけでは満足できなかった。結婚してともに農場を経営し、生活共同体を作りたかったのだ。が、彼は束縛を嫌ってアフリカの大地に自由に生きることを望んだ。それも、アウト・オブ・アフリカなのだ。

カレンはコーヒー農園を切り盛りする過程で異人種の現地人たちを受け入れ、彼らの将来にまで心を砕いてきただけに、アフリカを去ることにたまらない寂しさを感じていた。これも残念なアウト・オブ・アフリカである。挙げ句の果てにデニスは自身が操縦する複葉飛行機の事故を起こし帰らぬ人となる。カレンはアフリカにある「自分」のすべてを失ったと言っていい。美しくも悲しいアフリカの物語であった。
快諾し笑顔の返事気持ちよし [2017年03月04日(Sat)]

fumihouse-2017-03-04T17_06_37-1-thumbnail2.jpg他人から何かを頼まれて承諾するときの表情を考えてみます。反省を込めてなのですが、チッ面倒だなと少しでも思ってしまうと、顔に出てしまうのです。中には露骨に不快を顔に出す幼い心根の者もいますが、多くの人は顔や態度に出さないように努めます。

しかし、抑えたつもりでも隠せないのが真実。快く承知する心の準備をいつもしておきたいですね。快諾の秘訣は常に上機嫌であること。反省を込めてそう思います。

新明解国語辞典第4版は【快諾】をこのように名解釈しています。「相手の・申し出(申込み)を、「はい、承知しました」と言って、その場で引き受けること」。少し笑えます。何かをお願いされたときの様子はこうでなくちゃいけません。相手もお願いした甲斐があったというもんです。

(「はい、承知しました。春をここにお持ちします」と言わんばかりのクロッカスの花)
デスクには仮想の世界ビッグバン [2017年03月03日(Fri)]

fumihouse-2017-03-03T19_20_45-1-thumbnail2.jpgすごいシステムである。サイバー攻撃から全体のシステムを守ってくれる。最近わたしたちが使い始めたシステムのことだ。仮想デスクトップにログイン。それで始めて外部のインターネットに接続できる。「インターネット分離」と称する。凄いセキュリティだ。

外部から添付ファイル付きのメールが送られてきたときも今までのように受信フォルダからすぐにファイルを開くことはできない。あらかじめ準備したアカウントの仮想環境にログインして、これもまたアカウントを準備したメールシステムにログイン。その仮想環境でのみ内容が確認できる。添付ファイルは一元的にチェックされ、ウイルス攻撃がないことを確認したもののみ見ることができる。凄いセキュリティだ。

さらに、仮想環境から通常使う行政システムにファイルを送ってはじめてファイルを他へ転送したり、系統的に保存もできるようになるので、仮想環境上のファイル転送のシステムを使って、通常の行政システムに転送する。さらに、行政システムのファイル転送システムでもログインして受け取って完成だ。幾重もの障壁を乗り越えて、悪魔たちの攻撃をかわして使用できる算段となる。なんと凄いセキュリティだ。

どんなにシステムが凄くても、DVDやUSBメモリでウイルスに感染する恐れは十分あるので、手順を守らなければならない。また、電子機器以外にも電話や盗み見によっても大切な情報は漏れる。油断禁物である。セキュリティレベルを高く保つことは並大抵のことでは出来ないが、実に凄いシステムで守りを固めるのだ。

私たちは個人にあっても組織にあっても常に狙われている。悪いヤツらから身を守るには頑丈な鎧が必要なのだ。その象徴が、仮想デスクトップの濃いオレンジ色であろう。まるでビッグバンを想起させる(見たこともないくせに)。そしてわたしはいつもボヤいている・・・・めんどくせーと。
アドラー読み光の香り希望咲く [2017年03月02日(Thu)]

fumihouse-2017-03-02T18_48_55-1-thumbnail2.jpg≪「信用」するのではなく「信頼」するのだ。
 「信頼」とは裏付けも担保もなく相手を信じること。
 裏切られる可能性があっても相手を信じるのである≫

信用とは、何かしら裏付けるものを担保にして相手を信じることですから、条件付きです。疑うことが先に立ちます。心理学のアルフレッド・アドラーは共同体感覚を大切にします。そのベースとなるのが「信頼」。無条件で信じてはじめて共同体感覚は高まり、幸福になれるのだとアドラーは説きます。

共同体感覚は、他者に対して無条件に貢献し、結果として周囲から感謝され支援される。そこに居場所はできてその感覚が強まるのです。アドラーは、幸せとはそれだと説きます。もちろん感謝されることを条件にしたら幸せにはなれません。

≪自分だけでなく、仲間の利益を大切にすること。
 受け取るよりも多く、相手に与えること。
 幸福になる唯一の道である≫

アドラーの考えによれば過去に呪われてはいけないのです。過去は過去。しかし未来は今現在にかかっています。未来は自己決定できるのです。

≪人は過去に縛られているわけではない。
 あなたの描く未来があなたを規定しているのだ。
 過去の原因は「解説」にはなっても
 「解決」にはならないだろう≫

仏法の現当二世に通じます。現在世という「今」、当来世という「未来」。過去世という「過去」において宿縁を通じて今の人生が形作られたことは確かですが、未来は今の一点にあるのです。未来は今の一念で一転します。それが現当二世です。

引用は『アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉(小倉広,ダイヤモンド社,2014年)』より。

(沈丁花の花が甘酸っぱい香りを漂わせてきた。春の夕日に照らされると光の匂いとなる。爛漫の春がもうじき来る)
うららかに卒業の徒よ幸あれと [2017年03月01日(Wed)]

fumihouse-2017-03-01T21_08_31-1-thumbnail2.jpg卒業の季節。就職試験や入学試験という波涛を乗り越えて(まだ結果の出ない受験生も多いが)、青年たちが船出していく。

今日はうららかな春の陽気。風は少々寒いけれども、出雲工業高校でも卒業式が行なわれた。親御さん、来賓、在校生、教員に見送られて彼ら彼女らは行く。

校長は、学び続ける人であれ! 協働しともに喜べる人生たれ! と卒業生にエールを送った。学び足りないところ、教え足りないところは多かろう。それでも、その場で教わったという空気が目には見えなくても将来の成長につながる。切磋琢磨の痕跡が明快に見えなくても信じる力に後押しされて彼らは自ら光っていくだろう。

 塩冶ヶ丘にそそり立つ 白亜の学舎光あり
 宇宙を拓く工業の 学びの道にいそしまん

この校歌を思い出し、もっと学んでおけばよかったとホゾを噛むこともあるかもしれない。しかし、そこからが勝負だ。負けないで成長の証を示してくれるのを祈っているよ。

(出雲工業高校の卒業式に使った花飾り。艶やかに、かつしとやかに)