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いそいそと急ぐ先には何がある [2016年11月30日(Wed)]

fumihouse-2016-11-30T17_38_36-1-thumbnail2.jpgいそいそ急ぐ、忙しい師走。明日から12月だ。だからというわけではないが、やけに早口でしゃべってしまった。言葉が口から離れ切れないうちに、次の言葉が口を突いて出る。地に足が着かずに走ると言ってよい。

ヒアリングの場では、間を十分にとらないから今ひとつ説得力に欠ける。久しぶりに会った元の職場の先輩や同僚との話が弾みはしたが、時間を取って仕事のジャマになっては申しわけないとか、次のあの人とも話をしないとなと目移りするうちに、早口になり口が走る。

とりあえず用は済ませてバスに乗り、今こうして反省しているところ。

(クリスマスも近い。年末年始も含めて年間最大の商戦に事業者は躍り、消費者は踊る。わたしは何を買おうかな)
紙製のテープに包んでそっと姫 [2016年11月29日(Tue)]

fumihouse-2016-11-29T20_58_15-1-thumbnail2.jpgカメムシの話題が出た。臭い虫の撃退法はないものか?と。結論はムリ。ただ一途に紙製のガムテープで後ろから忍び寄り、背に当ててひっつけて、素早く四隅から折りたたんで密封し、ゴミ箱行きにするしかないと。布製ガムテープがよくくっつくのではないかと尋ねられれば、否と応える。なぜなら、思わぬところにひっついて取り逃がしたり、包み損ねて臭いの攻撃を受けるから。紙製だと一回では背中に粘着せず二度目の挑戦を要することもあるが、丹念に背中をさすることだ。カギ足がカーテンの布目にかかって付いてこないときは諦めるのがよろしい。しつこいと“臭”撃される。

カメムシは地方によって呼び名が違うらしい。へくさむし、へこきむしなどある。津和野ではホウムシと言うし、京都ではお姫さんと呼ぶと聞いた。まじないを唱えながら捕まえるとよいらしい。「お姫さんみ〜つけた」とささやきながら、そっと包み込んで捕まえるのだそうだ。姫を優しく扱うようにして。そうすれば、ガムテープで封をしなくても、ティッシュで十分だと。ちょっとそこまでは信じがたい。

晩秋はもう終わったようだ。ヤツらはどこで冬を越すのだろう。暖房の効いた家の中だと、いつヤツに遭遇するかわからない。だからガムテープは必需品。何度も書くが、紙製のやつがよろしい。

(カメムシとは違いみずみずしい香りのブルーベリー。まだ熟していない初夏の頃、色も香りも淡かった)
凹凸と傾き感じ地球にて [2016年11月28日(Mon)]

fumihouse-2016-11-28T18_37_17-1-thumbnail2.jpg道には勾配がある。効率よく排水したり、一定方向にものが倒れないようにといった目的がある場合もあるし、街路樹の根が張りすぎて傾斜ができてしまったり、クルマの往来が激しくて陥没したという望まぬ場合もあるだろう。

落水して足首を痛めて、先週までおずおずと歩いていたのだが、勾配というヤツは思った以上に傷んだ足にダメージを与えることがわかった。少し体重を乗せた足の角度が傾くだけでチクッと痛む。わずかな凹凸によって歩いていこうとする気持ちが萎えたものだ。

年をとったり、障碍をもつということの重みが少しはわかった気がする。幸いに回復した。歩くことを楽しもう。

(サボテンの表面は、傾きと凹凸と棘で出来ている)
水素には宇宙原始の香りあり [2016年11月27日(Sun)]

fumihouse-2016-11-27T14_17_20-1-thumbnail2.jpg私たちの体には水素があります。酸素と混ざった水として。あるいはタンパク質や脂質、炭水化物も水素が混じった化合物です。宇宙で最も豊富にあるのが水素だそうですから、当然ですね。

その水素ですが、138億年前ビッグバンの時のままなのだそうです(正確に言えばビッグバンから38万年後に宇宙は、電子と陽子のカオス状態から水素原子に整ったとか)。水素原子は陽子一個に電子一個がくっついた単純なものですから、磨耗することなく今の今まで続いています。ある時はどこかで星の燃料として輝き、またある時は暗闇の中で雲として漂ってきて、今日があるのです。つまり究極のリサイクル物質が水素です。

星の燃焼によって水素はヘリウムやリチウムといった、より複雑な組成の原子に生まれ変わり、炭素や鉄など重い原子が生まれることによって地球もできました。人間も同様です。元はといえば水素なのです。それでもなお膨大な水素が宇宙には満たされています。水素さまさまですね。

(水辺の薔薇も水草も元はといえば水素。138億年の成果物である)
そうアハンすとんと落ちて喜んで [2016年11月26日(Sat)]

fumihouse-2016-11-26T11_25_06-1-thumbnail2.jpg「アハ体験」という言葉がある。わからなかったことが理解できたとき英語圏で「a-ha」と声を出すことに由来する。既存の知識を総動員して考えたり、誰かの話を聞きながら「なるほど、そうか!」と納得できたとき嬉しくなるものだ。学ぶことは何事につけ楽しい(思うに任せないことも多いが)。

≪何かを「わかった」と理解した時、脳の中では快感神経が働きます。ところが、そこには弊害があります。それは「わかった」と思うことによって、知的好奇心が衰退し、学習意欲が妨げられてしまうという弊害です。また、一度「わかった」つもりになってしまうと、実際にはすべてをわかっていないにもかかわらず、知らない状態を想像することが難しくなってしまうという“知識の呪縛”に陥ります≫ (池谷裕二・東京大学薬学部教授「脳の反射力を鍛えて人生をより良く生きる」第三文明11月号)

そう、アハ体験をしたからといって満足してはいけないのだ。池谷教授の言葉によれば、腑に落ちないこと、合点がいかないことを調べて考え続けるのが大切だ。

(柚子が実っている。冬の陽光に黄が映える。スマホで一度写真を撮ってしまうと、それ以上花や実を観察しようとしなくなるのも同じことかもしれない)
見上げたら宇宙のかなた星乱舞 [2016年11月25日(Fri)]

fumihouse-2016-11-25T20_35_24-1-thumbnail2.jpg勤労感謝の日は第33回出雲市民合唱祭「みんなで歌う コーラスコンサート」で楽しんだ。時間の都合上、どの市民合唱団も親しみやすい曲を選んでいる。なかでも私の印象に残ったのは、『見上げてごらん夜の星を』(作詞:永六輔)である。

 見上げてごらん 夜の星を
 小さな星の 小さな光りが
 ささやかな幸せを うたってる

 見上げてごらん 夜の星を
 ぼくらのように 名もない星が
 ささやかな幸せを 祈ってる

作曲は、いずみたく。ゆったりしたバラードだが、YouTubeで聞いてみると、坂本九は朗々と天真爛漫に歌っている。日光ジャンボ機墜落事故で亡くなったのが40代の前半。坂本九といえばオジサンのイメージがあるが、青年期の充溢した歌声で日本を元気にしてきた人だった。

見上げてごらん。外へ出てみようよ。今夜は星がいっぱい見える。小さい光だねえ。細かな星々がささやかに幸せを感じていると感じないかな? 僕には豊かな宇宙の幸せを謳歌しているように見えるよ。見上げてごらん。あの星を。僕らのように名もない、、、いやいや僕らにも名前があるように、あの星にだって名前があるはずだよ。周りの惑星に住む宇宙人が恒星に名前をつけて日々営みを続けていると思わない? そして太陽と地球に向かって、幸せであれ、と祈りを捧げてくれている。そんな気がしてならないんだよ。
大相撲波乱いっぱい福岡で [2016年11月24日(Thu)]

fumihouse-2016-11-24T22_13_19-1-thumbnail2.jpg大相撲九州場所は波乱含みで面白い。鶴竜は一敗を守ったが、日馬富士は二敗の稀勢の里に二敗目を喫した。鳥取出身の石浦も初入幕で二敗と大健闘している。千秋楽まで目が離せない。

去年の秋場所でもやったのだが、幕内力士の出身県、出身国を番付表から並べてみた。

モンゴルは10名。さすがに大所帯であるが去年は14人もいた。ジョージアが2人(去年と同じ)、ブラジル、ブルガリア、中国は去年と同じで各1人。去年はロシア、エジプトもいたので、相対的には日本人力士が力をつけてきたと言える。

一番多いのは大阪で、3名を維持して大健闘だ。2名ずつが東京(去年は5人)、石川、福岡、熊本(3人)、茨城の各県だ。1名ずつは青森(4人)、岩手、秋田、長野、埼玉(2人)、三重、兵庫(2人)、島根(隠岐の海は相変わらず頼りない)、鳥取、山口、香川(3人)、高知(2人)、大分、鹿児島(5人)となっている。

愛知は去年2人もいたのに今年はゼロ。北国は少ない傾向が続いている。北海道の出身力士はいなくなった。あんなに人材を輩出していたのにもかかわらず。千葉、奈良、長崎からも消えて、幕内力士を擁するのは20都府県となった(去年は24都道府県)。
長い夜いきいきしてる?団欒で [2016年11月23日(Wed)]

fumihouse-2016-11-23T23_04_37-1-thumbnail2.jpg寒い。東京では今夜、半世紀ぶりに11月の雪が降る予報が出ており、急激に冷え込んでいる。出雲でも現在8℃。あわてて冬物を用意した人もいるに違いない。こんな夜は、家族のある人は一つの部屋に集まって団欒するのが楽しい。

団欒の「欒」の字は、一つ部屋に集まって車座になり和やかにリラックスした時間を過ごすこと。二つの糸が言を挟んで木が台になっている。言葉を交わしながらちゃぶ台をはさんで糸を紡ぐ絵が見えてきそうだ。

鍋を囲むのもよし、コーヒーとお菓子で会話を楽しむのもよし(頻尿にならない程度に)、テレビを見るのもよい(今夜は「地味にスゴイ! 校閲ガール」の日)。寒いけれども長い夜を楽しみたい。

(サルビア系統の花、アメジストセージ。綿というか、ベルベットのような肌をもつ。言われてみれば紫水晶の色合いだ)
しゃくりあげ命の大事思うとき [2016年11月22日(Tue)]

fumihouse-2016-11-22T20_02_16-1-thumbnail2.jpgしゃくりあげそうになった。朝6時のNHKのニュースはヘッドライン掲示と同時に緊急地震警告音を不気味に流し、アナウンサーは緊急態勢に入った。先日ラジオで聞いたばかりだったのたが、従来は冷静に事態を伝えるやり方に固執するあまり、即刻避難する行動につなげられなかった、事態の緊迫度が伝わらなかったのではないか、と東日本大震災後にアナウンサーたちは反省したのだそうだ。今は切迫感がスタジオから伝わってくる。素速いテンポでアナウンサーは声を発し続けた。

 いのちをまもってください いそいでにげてください いますぐにげてください すぐにかいがんからとおくにはなれてください いそいでにげてください ひがしにほんだいしんさいをおもいだしてください こえをかけあってにげてください いのちをまもるためににげてください

アナウンサーたちの決意が頭にあったから、なおさら胸が熱くなった。私も5年前のことを思い出して命を守ろうとする営みに心を打たれた。

なぜ平仮名を使ったかというと、今回の放送では誰にでも分かる易しい日本語を使うという姿勢が、画面にも貫かれていたからだ。

  津波(つなみ)! 避難(ひなん)!
  つなみ! にげて!

ふりがなを振って、感嘆符を付けて、わかりやすくする工夫が随所に見られた。ラジオ第二放送を聞いてみると、英語→中国語→韓国語→ポルトガル語(あるいはスペイン語か?)で交互に津波警報と逃げる行動を促していたのが印象に残る。

津波が観測されるとアナウンスの様相を変化させ、情報と警告を交互に繰り返す。「まっ、大丈夫!」というバイアスに振れて油断することがないように。最終的に140センチメートルの津波が最高であったから、警報というには大袈裟だとみる向きもあるだろうが、それでいいのだ。いわき小名浜港の映像には高台に避難している人々が見える一方で、海沿いの道路にはクルマが何台も走っている。通勤だろうか。彼らには日常がいつもどおりに続いているに違いない。アナウンサーたちはどう感じただろうか。

福島など津波観測M7.3(後刻M7.4に改められた)震度5弱。津波警報は福島県沿岸から宮城県にも広がった。幸いにそこまでですんだ。凄惨な悲劇は少なくてすみますように。
上機嫌面倒臭いはご法度で [2016年11月21日(Mon)]

fumihouse-2016-11-21T21_47_11-1-thumbnail2.jpg出雲工業高校の改築工事に絡めて、7月16日『槌音を響かせ新の塩冶ヶ丘に』でこう書いた。

 現場事務所をのぞくと、「作業者の安全心得」が貼ってある。≪ちょっとしたミス、エラー、慣れすぎ、無雑作、手抜き、横着、自分勝手、無確認な動作が取り返しのつかない大きな災害を招くことを常に念頭におこう≫と。

そうなのだ、そのとおりだ。ミスやエラーを大目に見て修正しない。慣れっこになって自分勝手に判断して手抜きをする。確認を怠ったり、先輩に尋ねることもせず横着する・・・・・すなわち、「面倒くさがる」ことが労働災害の原因となる。舌打ちして、七面倒くせぇー!と悪態をつくのが諸悪の根源だ。

一方で面倒くさがるのは、進歩や改良のエネルギーともなる。単調で気鬱になるような作業をサクサクすますために工夫を凝らす。生産性を上げて達成感を感じたり、楽になって喜ぶ人の顔を見るのは悪くない。

ただ思うのである。億劫がって不愉快に顔をしかめ鬱陶しさを顕わにする人には、改革するエネルギーは備わってこない。刷新には上機嫌でなくてはいけないね。もちろん、危険な『ながら族』は御法度だよ。

(千両の実が鮮やかである。千両だけでなく、万両もある。百両や十両も実をならす。私には千両しか馴染みがない)
日毎夜毎君を思うと名を書いて [2016年11月20日(Sun)]

fumihouse-2016-11-20T22_16_22-1-thumbnail2.jpgポール・エリュアールのこの詩(安藤元雄訳)。4行のまとまりごとに「君の名を書く」と。片思いに悩むのか、それとも愛し合う女性を思うのか。誰でも恋歌だと思う。

  学校のノートの上
  勉強机や木立の上
  砂の上 雪の上に
  君の名を書く

  読んだページの上
  まだ白いページ全部の上に
  石 血 紙 または灰に
  君の名を書く

三段目から様相が変わる。締めくくりの修辞は同じだが、「兵士たちの武器」や「国王たちの冠」が出てくる。いったい全体何なんだ、この硬質感は。

それでも再び甘酸っぱいに題材になる。「白いパン」「切れ切れの青空」「湖のきらめく月」「鳥たちの翼」「途方もない山」「嵐ににじむ汗」「色彩の鐘の響き」「伸びひろがった街道」「いま消えるランプ」「心のこもる唇」の上に、君の名を書く。

  立ち戻った健康の上
  消え失せた危険の上
  思い出のない希望の上に
  君の名を書く

こうして恋を憧憬する言葉のゆく宛先が示された。作者が恋い焦がれるのは、単なる恋患いとは違う大きな普遍的価値だったのだ。

  一つの言葉の力によって
  僕の人生は再び始まる
  僕の生まれたのは 君と知り合うため
  君を名ざすためだった

  自由と。

エリュアールが愛慕するのは「自由」と明かすのだ。詩の題名は『自由(リベルテ)』。ナチスと命がけで闘争し求めた「君」だった。
災禍越えショパンの調べピアニスト [2016年11月19日(Sat)]

fumihouse-2016-11-19T20_08_08-1-thumbnail2.jpg禍福は糾える縄の如し。幸不幸は交互に、たいてい釣り合うものですが、大戦争となるとそうはいきません。世の中の背景が不幸一色に塗り込まれて、幸福は縮こまり姿を出せなくなってしまいます。

映画『戦場のピアニスト』(原題: The Pianist)を見ました。ポーランドのユダヤ人ピアニスト、シュピルマンの体験を元に描かれたこの物語は、戦争という社会の大禍がいかに人間を不幸にしていくか。戦禍という災いばかりで縄をよっても、縄はひたすら不幸色になることを教えてくれます。

シュピルマンは辛くも生き残りましたが、彼の家族は強制収容所で死に絶えました(説明がなかったので、おそらく)。ナチスによるホロコーストで犠牲になったユダヤ人は600万人以上とされますから、その数だけの悲惨が公然と起こっていたのです。ショパンの名曲に合わせて、取り返しようもないあの惨禍に対する鎮魂が奏でられました。染みるピアノの調べでした。

ワルシャワ市内のゲットー(隔離区域)におけるユダヤ人に対する酷い非人道的な扱いが描かれていました。不服従ならば即刻殺す。上官の機嫌が悪ければ壁に寄せて撃ち殺す。街路は餓死したり行き倒れ者だらけ。そもそもドイツ人はユダヤ人が人間だとは思っていなかったのです。

≪ヒトラーが優生思想に基づいて知的障害者や精神障害者を「生きるに値しない」として、およそ二〇万人も抹殺した“T4作戦”と呼ばれる安楽死政策≫ (福島智・東大先端科学技術研究センター教授「誰もが生きやすい社会」第三文明11月号)

ナチスはユダヤ人も、障碍者も「生きるに値しない」と考えていたのです。効率性や好悪、成績の良し悪しなどで人間を切り捨てる社会に未来はありません。福島氏はさらにこう述べています。

≪多様性を受け入れ、その人が人間として、あるがままに生きていけるだけの社会の懐の深さがなければ、その社会は持続性を失ってしまうでしょう(中略)障害者の存在は、社会がどれだけ多様性を認め、人間を大事にしているかということの”リトマス試験紙“のような存在といえる≫

社会の懐が狭く息苦しくなる究極が戦争です。絶対に起こしてはならないはずなのに、いまでも世界は戦争だらけなのです。

(赤いめしべが糸状に伸びるサフラン。秋咲きクロッカスとも呼ばれる。めしべはせき止めや強壮の薬用。これも多様性なり)
逃げるのは恥か名誉か長らえて [2016年11月18日(Fri)]

fumihouse-2016-11-18T22_26_49-1-thumbnail2.jpg秋のクールでは、毎週火曜夜10時にTBS系山陰放送でドラマを見ている。「逃げるは恥だが悪くない」。うんっ?違うな。略して「逃げ恥」。だから前半は合っている。でも語呂は、悪くない。

元はハンガリーの諺だそうで、得意分野を選んで勝負するのがよろしい、という意味なのだそうだ。日本式に言い換えれば「逃げるが勝ち」。「急がば回れ」とも言えるのかもしれない。真正面からぶつかって玉砕覚悟で戦ったのは旧日本軍まででよろしい。

「逃げるは恥だがいいもんだ」。ここまで快適に肯定はしない。「逃げるは恥だが仕方ない」。これもまた極端だ。面白い言い回しでもないな。「逃げるは恥だが秋風が立つ」。淋しさが募ってしまう。

『逃げるは恥だが役に立つ』。そう、これこれ。これでいい。みくり(新垣結衣)と津崎(星野源)のキュートなやり取りにもどかしさを感じつつ、共に暮らすことで心の距離を縮めていく様子が心地よい(脚本は野木亜紀子)。

いったん退却して逃げて(大本営は転進という言い換えもしたが)、命や組織を長らえておけば、長い目で見て勝利する可能性は残る。まずは負けないことなのだ。

(松江イングリュシュガーデンの噴水池は心を和ませる。だが、不慮の水には参ったマイッタ)
ながら族命があってのものなれば [2016年11月17日(Thu)]

fumihouse-2016-11-17T17_47_12-1-thumbnail2.jpg私たちの生活は「ながら」でできている。テレビを見ながら食事をする。食べながら会話をする。歩きながら景色を見る。運転しながら音楽を聴く。コンピュータ界の言葉だがマルチタスクとも言う。意識すると意識しないとに関わらず、タスクは進む。心臓を動かしながら、食べ物を消化するというのは無意識にやる、ながらである。

ながら族に運動エネルギーや位置エネルギーが伴っていると注意が必要だ。運動エネルギーが大きいほど(歩くなり、クルマを運転していること)、また位置エネルギーが大きいほど(地面より高い所にいること)、ぶつかったり落ちたりした場合の衝撃が大きくなる。だからやってはいけない、ながらがある。クルマのアクセルに足をかけながら美女の後ろ姿を追うこと。両手にモノを持ちながら階段の途中で落ちている何かに手を伸ばして拾おうとすること。運動エネルギーと位置エネルギーがある状態はよほど注意が必要だ。

昨夜は身をもって学習した。歩きスマホは危険です。命を大切にしましょうね。生きてるってステキですね、ホントに。

(3mを超える皇帝ダリア。昨日の朝、青空に映えていた。楽しみながら写真を撮るのも、ながら。立ち止まって撮るからこそ安全なのだ)
深い闇落ちた落ちたとびしょ濡れだ [2016年11月16日(Wed)]

fumihouse-2016-11-16T22_52_15-1-thumbnail2.jpg落ちた。
宙に浮いたと思う間もなく叩きつけられたというのが正しい。
蹴つまずいて反対の足で踏んばろうとしたのだろうが、地面はなかった。
なにが起こったのかわからなかった。
夢ならいいが、うつつであることだけはわかる。
落ちた先が適度な深さの水だったのが幸いした。
起き上がって水に浸かった鞄を歩道に放り投げ、
水没したスマホを真っ暗な中、腰をかがめて探した。
生きていた、明かりはついた。
180センチほどの高さ壁をよじ登った。
髪の毛まで塗れていた。
右の掌から血がにじんでいた。
右膝が痛い、怪我をしているのだろう。
右の肘も痛い。右半身で突っ込んだんだろう。
真っ黒なコート、幹線道路に街灯は少ない。
びしょびしょでも目立たない。
生きていたスマホで電話した、迎えに来てと。
声が通らない、向こうの声も聞こえにくい。
30分がとても長く感じた。
震えながら待った。
私も生きていた、メガネも無傷だ。
左足首を少しくじいたようだが、生きててよかった。
風呂に入ると深いため息が出た。
なぜに落ちたか。
私が常に非難してきた歩きスマホだ。
油断召されるな!

(菊花と樒(シキミ)に囲まれて葬儀の主役になるにはまだ早い。油断召されるな。突然の死は意外と足下にあるものだ)
カフェラテをソイに替えたら面白し [2016年11月15日(Tue)]

fumihouse-2016-11-15T17_49_36-1-thumbnail2.jpgカフェラテが好きだ。エスプレッソの深煎り味が牛乳によって円やかになる。苦い珈琲の泡に牛乳の甘みがほんのり加わってよろしい。カフェオレも好きだが、ふつうの珈琲に温かいミルクを入れただけだから飽きがくる。

ソイラテを飲む。ソイラテは飲んだことがなかった。ソイとは大豆。すなわち牛乳の代わりに豆乳を温めてエスプレッソ珈琲に混ぜてある。これもなかなかのもの。クセのある豆乳の味が個性となってくる。

のどが渇いたときに牛乳ならばゴクゴク飲めるが、豆乳はそうはいかない。以前に比べれば改善されて飲みやすくなったものの、独特の臭みはある。温めて珈琲に入れてカフェオレ式に飲むのがよろしい。ソイラテにならえば、ソイオレ。なんかオレオレ詐欺みたい。

(酷暑に痛めつけられたはずなのに、この秋は紅葉がいい。松江の竹島資料館前の桜は紅海老茶に染まっている。ケヤキ類は一つの木ながら紅や黄、両方を楽しめた)
無垢なるかすけべぇなるかは紙一重 [2016年11月14日(Mon)]

fumihouse-2016-11-14T19_35_12-1-thumbnail2.jpg若い頃、むっつりスケベだとわたしは言われていた。純で無垢なるわたしをむっつりスケベとは何事か!とわたしは怒ったか? いや、ニコニコしていた。それが他人には意味不明のニヤニヤ笑いに見えて、胸にいちもつあるスケベに思われていたのだと、今になってみるとわかる。哀れなるかな、若きわたしよ。

当時のわたしは猥談を競って喜ぶ友達がうらやましかった。知識もなくウイットある言葉も持たない、世間ズレしない男の子だったのだ。だから笑っているしかなかった。

今はどうか。その素朴さはどこへやら。スケベ話はとっても好きだ。年相応に話の輪に加わることができるようになった。ただし、手を出さないように気をつけている(当然だ、行動に移せば犯罪だ)。対象となった人や周囲を傷つけないようにも気をつけている。クールな感じで客観を装って静かに語るときもある。いやらしいとか、淫らという和語を使わずに、淫乱とか淫猥、猥雑、淫靡など漢語を多用して上品な言い回しができないか工夫している。

それって要するに、むっつり助兵衛そのものではないかな? 人間はなかなか変わらないものらしい。

(世間ずれしたように見える、少し淫靡な薔薇)
野鳥たち飛び立て朝だフライトだ [2016年11月13日(Sun)]

fumihouse-2016-11-13T17_20_59-1-thumbnail2.jpg日曜日の未明、澄んだ夜空。オリオン座が西に傾き、しし座は南の空に見える。東天に目立つのは牛飼い座アークトゥルスと木星だ。空が白んでくると、朝霧が斐伊川から堤防にかかり、乗り越えて田んぼに低く這っているのがわかる。枯れ草を焼いた煙がたなびいて雲に同化する。雲は少しだけ東から南、西にかけて薄いのがかかる。堤防を河口に向かって歩くうちに停めた車が見えなくなった。川霧のせいだ。

マガンのモーニングフライトを見ようとクルマが何台か停まっている。アイドリング音がうるさい。ラジオをつけた者さえいる。カメラを構えてはいるが、朝の静寂において五感で野鳥を楽しむつもりはないようだ。

伯耆大山のシルエットが浮いている。切りたつ夏の積乱雲が屏風となって立ちはだかるような険しさに加え、出雲富士と言われる柔らかい稜線の両方が楽しめるのがいい。手前松江の山の端に雲がかかり浮かぶ大山の遠景は、この時間しか見られない幻影。

今朝は濃い茜色に空は染まらない。慎ましい朝の色だが、グレーから淡いトキ色、ほんのり薄い紅色やオレンジ色へ。朝が生まれていく。やがて南東の空に太陽の兆しあり。茜色の光彩が雲を金色に変えた。今朝の誕生だ。宍道湖面もきらびやかに変わる。

コハクチョウは河床で目を覚ました。クークー鳴く声が響く。全部で三百羽くらいが点在している。羽ばたいた4羽がいる。首をまっすぐ伸ばし、水面とは違うせわしなさで体を揺らして餌場に向かったのか。近くに白鷺がいる。ふだんはS字に首を曲げているのに伸びている。白鳥に影響されたのか。白鷺が飛び立った。女の字の形をしている。太宰治『人間失格』の一節を思い出したので引用する。≪背後の高い窓から夕焼けの空が見え、鷗が、「女」という字みたいな形で飛んでいました。≫

宍道湖内では鴨がクェクェガーガー騒々しい。彼らは暗いうちから群れて泳ぎ回っている。宍道湖の東方からマガンが来た。20から30羽ずつの小規模の編隊で緩いVの字を描く。編隊は次々とやってくる。マガンは白鳥に似てクークー鳴く。図体に比例して(コハクチョウよりふた周り小さい)声は白鳥より小さいが、小編隊がいくつもの飛び回るとなかなかどうして、キャーキャークークー、クワクワと賑やかだ。朝が誕生する頃が最も鳴り物入りだ。数十の編隊ごとに河口や田園の辺りを朝を起こすようにしてぐるりと旋回している。思い思いに、高く低く上に下に南に西に。への字Vの字、横一列の斜めがけ。しめて千羽は下らないマガンがいる模様。たいそうな朝のごあいさつに私はご満悦。

太陽がすっかり上ると茜の色は褪せてしまった。北山山系の風力発電の風車が白く、刈り取った田んぼに生えたひつじに朝日があたる。私の影も葦原に延びていく。マガンの編隊はさらに集まりつつあるが、多くは川面に降り立った。かしましいのは同じでも、鳴き声が斐伊川の内側にくぐもっている。強い太陽の光彩に隠されて大山のシルエットが薄く見えなくなった。朝の始まりは終わったのだ。

(冬の到来とともにシクラメンの季節がやってくる。cyclamenはギリシャ語のkiklos(円)が語源とか。そこからcycleへ。すなわち循環。冬がひと巡りしてきた)
ハーモニー仲間と我が身未来へと [2016年11月12日(Sat)]

fumihouse-2016-11-12T21_50_13-1-thumbnail2.jpgドイツの詩人ツェーザル・フライシュレンの『心に太陽を持て』は、山本有三の訳で名高い。

心に太陽を持て。/あらしが ふこうと、/ふぶきが こようと、/天には黒くも、/地には争いが絶えなかろうと、/いつも、心に太陽を持て。/唇に歌を持て、/軽く、ほがらかに。/自分のつとめ、/自分のくらしに、/よしや苦労が絶えなかろうと、/いつも、くちびるに歌を持て。

信長貴富氏が詩を再構成して作曲した男女混声合唱『くちびるに歌を』を、出雲市立斐川西中学校の合唱部員たちが聞かせてくれた。全日本合唱コンクール全国大会の報告演奏会での印象深いステージだった。男子たちの多くは体育部や吹奏楽部との掛け持ちだという。女子も含め、仲間とのハーモニーを楽しみ、がっぷり四つに組む若者たちの姿を見た。頼もしい。

フランスのポール・エリュアールの詩『わたしは孤独ではない』も心に残る。これも信長貴富氏の作曲だ。レジスタンス下のフランスで祖国のため仲間と懸命に戦ったポール・エリュアールの心情があらわれている。ナチスなどに拘束されない、命をかけて自由に生きるという心情だ。

『ゴンドラの唄』(吉井勇作詞)を若い彼女らが歌うのも新鮮だった。黒沢映画「生きる」で志村喬が演ずる市民課長のあの歌だ。

いのち短し恋せよ少女(おとめ)/朱き唇褪せぬ間に/熱き血潮の冷えぬ間に/明日の月日はないものを
いのち短し恋せよ少女/黒髪の色褪せぬ間に/心のほのお消えぬ間に/今日はふたたび来ぬものを

恋せよ乙女たちよ。恋して告白せよ、少年たちよ。君たちに未来はかかっている。恋することを恐れるな。恋するたびに君たちの心は開き、一歩上の地平から人生を眺める。「くちびるに歌を持て/心に太陽を持て/ひとのためにも言葉をもて」と歌った君たちだ。仲間との絆をさらに深め、もっともっと大きくなってくれたまえ。

(大文字草という名前の草花。京の送り火、大文字に似ている)
夕暮れて幸せの道歩いてる [2016年11月11日(Fri)]

fumihouse-2016-11-11T22_06_24-1-thumbnail2.jpg日が暮れて夕闇がかぶさった街中を歩くのはまんざら悪くない。街路灯、民家の門灯や部屋の明かりで街路を照らしてくれる。歩きやすい。人通りもそれなりにあって寂しくはない。こんばんはと声かけて、こんばんはと返ってくる。夕食の匂いがただよう。腹が空いてきた。空に残るわずかな残照。風はない。昨日に比べれば暖かい夜。幸せの道をわたしはつかつかと歩む。

(夕暮れ時ではないけれど、枇杷(びわ)の花が咲く朝の光景)
長すぎた夏から秋へ今は冬 [2016年11月10日(Thu)]

fumihouse-2016-11-10T18_03_49-1-thumbnail2.jpg長い夏だった
長すぎる暑さが体を痛めつけた
6月には厳しい暑さがやってきて
7月と8月は日照りの日々が恨めしかった
雨雲よ来い、さっさと雨降らせや
願いも虚しく、いつも天気は晴れ
明日も晴れ、明後日も晴れ予報ばかり
猛暑日と熱帯夜続きでへとへとだった
くりかえしてばかりでうんざりした夏
終わったとたんに台風の恐怖、長雨が続いた
好ましい秋の晴れ間が続かない
日照時間は少なかった
そしたらどうだ、短い秋のあとに冬がきた
西高東低、冬が来る
北の国では大雪で、こちらはカメムシ多いんだ
紅葉のときが早いのか、それとも初雪見るのかも
せめてぬくぬく手袋で
マフラー巻いてコート来て
今度は風邪をひくまいと心を締めてまいりたい

(八王子の東京富士美術館の近辺に咲いていた山茶花。典型的なピンク色のサザンカがこれからは冬の寂しさを埋め合わせてくれる)
トランプのカードを切ってどこへやら [2016年11月09日(Wed)]

fumihouse-2016-11-09T20_05_36-1-thumbnail2.jpgあるアメリカ人の手記。トランプが勝つことなどないと高をくくっていた日本人への手紙のようなもの。

 日本じゃセクハラ問題でトランプは終わったと思ったようだな、関係ないんだよ。クリントン絶対優勢ってはずが、支持率の差が縮まらん、なぜだ!って言った日本人も多いだろーな。いい女とやりてーと言う、それがトランプなんだ。少々手も出したかもしんねえな。トランプなら、さもありなんだよ。適当に言わしときゃいいんだ。トランプは既成の権益をぶち壊す。巨万の富を誇るトランプが言ってのけるところに魅力を感じるね。おたくの国に小泉さんっていただろ? 自民党をぶっ潰すってね。あんな熱気を感じたんだよ。

 なんでクリントンを選ばなかったかというとなー、ウザいんだよ。夫は大統領、スケベなヤツだったな。そのころから政権の中枢にいて、民主党の指名ではオバマ大統領に負けたけど、国務長官として世界を股に掛けて活躍した。次は大統領? まだやるんかい、長すぎるだろ。そこまでにしとけや! 私はエスタブリュシュメントでござい、ていう上流意識にガマンがならんかったな。もうやめてくれや! 私用メール問題だって特権意識そのもんじゃないのさ。

 でもよー、あんただって最後はクリントンが勝つと思ってただろ? 多くのアメリカ人にとってもそうよ。そりゃ選択肢がない選挙だったよ。危ない橋を渡るおそれはあるよ、トランプがやったらな。やらせてみりゃいいんだよ。おたくらだっていつだったか、雪崩を起こして民主党に政権交代させたことがあったろ。もっともトランプなら、あそこまでヒドい政治はせんと思うがね。

 米軍基地のある国はカネを出せと言ってるだろ? 日本もカネが嫌なら身の丈にあった軍でやればいいんだ。アメリカが世界の警察官だなんてもう古い。TPPも止めとけや。交渉するにしても日本が好きなようにはやらせないぜ。大豆買えや、小麦もってけや。遺伝子組み換え作物? そんなの関係ねーよ。トランプにはこれからも本音でやってもらうぞ。歯に衣着せずに言いたいことをやってのけるのに期待してるんだ。トランプがオバマみたいに紳士になったんじゃツマランだろ。欲かいて好きなようにやるトランプにアメリカ人は快哉を叫ぶんだ。米国大統領がいかさまのペテン師野郎っぽくなるのも、たまにはいいんじゃない?

 しばらくアメリカは保護主義にして、ウチに籠もろうやないの? ここまで貧富の差が激しくなったんなら無理することないよ。不法移民という外敵に対してどう戦うかも注目だ。怖いもの見たさで何か変えてみたいという欲もあるしね。まっ既存政治への失望感が今回の結果だな。不謹慎で非常識な態度も新鮮だったしな。たぶんみんな建て前ばかりの政策論争に飽き飽きしてたのさ。ただしトランプ支持とは表だって言えない雰囲気はあったな。オレもそうだ。トランプに投票することは他人には内緒にしてたよ、恥ずかしいからな。でもこれからはオレも本音でいくからね。

(松江イングリュシュガーデンの玉砂利は白で左右を分けた。トランプとクリントンは大差がついた)
つながって会話は魔法ハナミズキ [2016年11月08日(Tue)]

fumihouse-2016-11-08T22_31_39-1-thumbnail2.jpgソーシャルメディアを使いその気になれば、世界の誰とでもつながれる時代になった。技術の発達に見合って人間の絆は強まったのか。意外とそうではない。

グーグルは会話の重要性を経営方針に掲げている。「会話はいまでも最も重要かつ効果的なコミュニケーション手段である」と。

会話はキャッチボールだ。単に要件を伝えるだけでなく、表情やしぐさ、声の抑揚によって、気持ちを伝えあう。ソーシャルメディアによる文字情報だけの情報に比べれば(絵文字もあるにはあるが)、はるかに膨大な情報量がある。会話はひょっとしたら魔法かもしれないな。

(冬空のように澄み渡った東京・八王子の街路樹のハナミズキ。赤い実と青い空、紅の葉と陽光にまぶしい街灯)
道々に言葉書き留め出会い旅 [2016年11月07日(Mon)]

fumihouse-2016-11-07T21_38_50-1-thumbnail2.jpg羽田空港JALの出発ターミナルに詩が掲示してあった(旅する日本語展/文:小山薫堂、絵:片岡鶴太郎)。

『道々』 みちみち

 私はいつも、
 葉書と万年筆を持って旅に出る。
 旅先で心が見つけた言葉を
 移動の合間にしたためるのだ。
 旅の途中だからこそ出会えた
 心の中に眠っていた言の葉たち。
 葉書の宛先は・・・自分自身。
  (緑の万年筆と便箋の挿絵が描かれている)

今回の東京への旅にハガキこそ持たなかったが、愛用の太字万年筆を鞄に忍ばせた。帰りの便に乗る前に上の言葉に出会って書き留めた。「宛先」は誰だろう。まっ、ブログにこうして掲載するのだから、宛先は「自分自身」も含めた読者なんだろうね。明日から平常の生活。どんな言葉に出会えるだろうか、楽しみだ。

(唐時代、中国歴代唯一の女帝則天武后の見事な行書を元にした石碑の拓本)
三千年漢字とともに生きていく [2016年11月06日(Sun)]

fumihouse-2016-11-06T22_47_52-1-thumbnail2.jpg展覧会『漢字三千年 ─ 漢字の歴史と美』を見てきた(八王子の東京富士美術館で開催中)。漢字は今や現存する唯一の表意文字だという。古代エジプト文字などの象形文字が滅びてしまった現在では、他に表意文字はない。ひらがな、カタカナを含めて全ては表音文字である。

清国最後の最高権力者であった西太后の朱筆が心に残る。『福禄寿』と書いてある。「福」とは、神に酒を供えることによって神から与えられる幸せを意味するという。酒を入れた壺を神に供え祭るため手で支えている象形だ。300年の長きに渡って栄えた大清国。漢人を征服した満州の女真族でありながら、漢族以上に中華文明を深めた。

末期には西欧列強に蚕食され、新興国日本にすら戦争に負けた。最後の舵取りを任された西太后が配下に与えた書である。決して美しい文字とは思わないが、豪気に大清国の誇りを体現しようとした西太后の心意気を感じられる。

商(殷)の甲骨文字に始まり、全土で篆書体に統一した秦代、兵馬俑に刻まれた作者名「不」の文字、漢字が芸術となった王羲之や顔真卿の拓本も見応えがあった。今や中国、台湾、日本でしか使わない漢字だが、大切にしていきたいものである。
やってみよトゥビーオアナットトゥビー [2016年11月05日(Sat)]

fumihouse-2016-11-05T21_56_01-1-thumbnail2.jpg書棚に本が増えなくなった。本屋に行っても、膨大な知の集積にぼおっとなってしまって、触手を伸ばす感覚になれない。やりきれなくなるという感じもある。くだらなく迎合的な本もたくさんでウンザリしてしまうということもあるけれども、買うか買わないかで迷った時に「買わない」選択肢をとってしまうところに原因がある。面白くなかったらどうしようと、臆病になってしまうのだ。買わなければ、その本との出会いはもうない。出版物の売れ行き不振やネット販売の増加によって、本が店頭に並ぶ期間はますます減ってきていると聞く。

「挑戦した者だけが勝利者になれる」とは、近頃コマーシャルで見るフレーズだが、本との出会いも同じことが言える。つまらなかったら古本として売ればよし、面白く読めたのなら儲けものだ。買うか買わないか迷ったら、買ってみようではないか。何かをやろうかやるまいか迷うときも同じこと。やってみようではないか。地平は開く。

(八王子の創価大学での菊花展。秋たけなわの青い空が広がる一日だった)
お笑いは時に禁句と思い知る [2016年11月04日(Fri)]

fumihouse-2016-11-04T18_29_21-1-thumbnail2.jpgスピーチでは笑いを取りたい人なのだろう(誰もがそうだが)。内輪だけ集まる席では、ついはしゃいでしまい、壁に耳あり障子に目ありという重要な諺を忘れてしまう人らしい。

山本農林水産大臣がTPP協定の国会審議をめぐる一連の発言で、今日午後に陳謝したそうであるが、野党から辞任を求める声は当分消えないだろう(与党公明党からも?)。

TPP関連法案の衆議院での審議をめぐって、失言したのは、自民党議員のパーティの席上。「強行採決するかどうかは佐藤委員長(衆議院議院運営委員長)が決める」と。さらに今月1日には別の自民党議員のパーティで「冗談を言ったらクビになりそうになった」などと発言している。実に脇の甘い人、気の緩みやすい人である。

誰でも張り詰めた空気から解き放たれて自由になれたと思う時がある。そんな時が一番危ない。山本さんだけではないよ。御注意ご注意!

(緊張を解きほぐす夕陽に映えるカリンの実)
言霊は祈りの力不思議じゃな [2016年11月03日(Thu)]

fumihouse-2016-11-03T21_53_06-1-thumbnail2.jpg日本では古来、言葉には不思議な霊威が宿っている。口に出すと、そのとおりの事象がもたらされた。それが言霊だ。特に悪い結果をともなうものは嫌がられて忌み言葉となった。

そんなのは迷信だと断じきれる人は意外と少なく、多くの人が言霊の呪縛から逃げられない。結婚式に「別れる」だの「離れる」だのといった忌み言葉があるのはその証拠。飛行機に乗る人に、飛行機事故の話題は禁句だ。天気や環境にいたるまで、「あんなことを言ったからひどい結果になった」と非難する空気は今でも根強い。大地震や大水害が起こったときの危機管理や被害想定は近頃では真っ当にするようになってきたが、以前は「縁起でもない」と拒否する人は多かった。

大野靖志さんという人が、言霊の効果を自分自身で検証している。

嬉しい/楽しい/幸せ/ありがとう/感謝してます/愛してます/許します/ついてる
この8語を選び、周りに人がいない時などに半年間つぶやきまくったそうである。するとどうなったか。

・人間関係が良好になった
・イライラすることがなくなり、精神的な波が落ち着いた
・半年風邪をひいていない。毎日体調が良い
・知り合いや仲間が増えた
・自分を含め周りもいろいろな面で良くなっている

スゴい結果ではないか。氏は、≪言霊は効く。むしろ言葉は現実的に魔法と言っても良い≫という。氏によれば、≪潜在意識の奥底に言葉が染みわた≫り、≪広大な無意識内に良い言霊を叩き込む事により≫、良い状況を作り出すことになるのではないかと。さらに氏は、≪他人や世界の幸せを願い感謝の念を放出すると宇宙意識とマッチする≫と考えている。すでに言霊を超えている。祈りの効用と言い換えてもよいのかもしれない。

(瓢箪木 (ひょうたんぼく)というらしい。春に咲いて白から黄に変わり、赤い実が瓢箪のように二重にくっついている)
黄昏て木枯らし吹いてコート着て [2016年11月02日(Wed)]

fumihouse-2016-11-02T18_04_42-1-thumbnail2.jpg木枯らしが吹いた。マフラーに手袋、コートまで着た。冷たい風に当たっても安心感がある。風邪が完治していないこの身には、寒さに震えるなどもってのほか。暖かくして、風邪くんにはおとなしくしておいてもらいたい。

夕焼けの残照はたちまち消えて、上空はたれ込めた黒い雲が寒々しい。よもやこのまま冬型の天気が続くわけはなかろうが、気の重い季節はそこまで迫っている。重さを吹き飛ばすかのようにしてクリスマス商戦が始まる。ハロウィンで賑やかししたあとは、街中はクリスマスで一色となる。寒い気分を緩和するのにはもってこいのクリスマス。この冬、いいことがありますように。いや、いい冬にしてみせよう。

(南天の実が今朝の陽光にキラキラしていた。この艶、好きだなぁ)
至上なり話し合いなり皆さんで [2016年11月01日(Tue)]

fumihouse-2016-11-01T22_00_49-1-thumbnail2.jpg十七条憲法は紀元7世紀に聖徳太子が作った国の根本法です。第一条だけでもこんなに長いとは知りませんでした。しかも和を以て議論すれば全てうまくいく、と話し合い絶対主義の立場をとっています。聖徳太子がこう決めたからこの道を歩んできたのか、それとも元々基盤があったのを太子がとらえたのかはわかりませんが、日本人の本質を表現するにふさわしいように思います。

「第一に、和を大切に尊び、争いごとを起こさないようにしなさい。人は誰も党派をつくり、わきまえた者は少ない。ある者は君主や父親に従わなかったり、近隣ともうまくいかない。しかし上の者も下の者も仲良く協調して話し合うならば自ずから道理にかない、何事も成し遂げられないことはない」

結びの第十七条では、ものごとは独断で判断せず、必ず皆で論議しなさい。重大な判断において誤らないために、皆で検討して道理にかなう結論を得るようにしなさい、とこれも話し合い至上主義を訴えています。集団心理では付和雷同して過ちが起こることは今や常識ですが、この時代には集団の危険性は認識されていなかったのでしょうか。

常識とは書きましたが、私たちは相変わらず話し合い主義でやっています。東京都の豊洲市場の地下構造をどのように決めてきたかが問題になっていますが、これも同じことなのでしょう。

(柿の季節。皮をむくのは面倒だが、甘い実は滋養になりそうだ。でも種が多いのもめんどくさい)