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咳に埋もれ精も根も尽き果てる [2016年10月31日(Mon)]

fumihouse-2016-10-31T18_18_35-1-thumbnail2.jpg風邪をひいた。春の連休後にもあったから、何とふがいなくも今年二度目。鼻水ズルズルは不快だし、青い痰がからむのはもっと嫌だが、咳の苦しさは表現のしようがない。続けざまに出ると腹筋がよじれてくる。精も根も尽き果てる。腹がよじれるのなら笑ってよじれたいものだが…。

強い咳は1回あたり2キロカロリーを消費するそうだ。咳をし過ぎて肋骨を折ることもあるから、さもありなんだ。1分に2回やったとして1時間で120回。5時間で600回。2キロi×600=1,200キロi。一食分を上回る。どおりで腹が減るわけだ。幸いに食欲だけはある。咳止めを処方してもらったから、早く治してしまいたいものだ。皆さんもどうぞご自愛ください。

(秋といえば菊の花。あるものは艶やかに、またあるものは爽やかに)
傾国の滅ぼすひとは無双かな [2016年10月30日(Sun)]

fumihouse-2016-10-30T17_42_12-1-thumbnail2.jpg傾国の美女と言えるであろう。女よりはるかに年老いた夫は、天皇に次ぐ権力の最上階に上り詰めたにもかかわらず、幼い後継ぎの行方を心配して死んでいった。女は政治的な駆け引きを頭におくことなく、幼子の成長を戦略的に企てることもない。ただ感覚的に好き嫌いを対人関係の軸において生きた美女は、まさに豊臣の国を傾けて滅ぼしてしまった元凶と言える。

大河ドラマ『真田丸』が佳境を迎えている。大阪に攻め入る家康といかに戦うか。理を尽くし外へ攻めるべしと訴える真田幸村に対抗して、天下無双の大阪城ならば籠城して敵を迎えるべし、兵糧も金も無尽蔵に蓄えてある、と反論がある。意見の主は淀君。それ以後も、茶々と呼ばれたこの女のチャチャでもって、豊臣は滅びた。

いずれにせよ、乱世は終わり、250年の大平がきたのだ。幕末の混乱はさて置いて、まずはめでたし。さて今夜の番組を見ることにしますかね。
ルーティンと言えどもフレキシブルだよ [2016年10月29日(Sat)]

fumihouse-2016-10-29T20_58_53-1-thumbnail2.jpg若手社員が担当する、一見すると決まりきったことを繰り返す業務であっても中身は千差万別であることを、豊田義博氏がこう述べる(長い引用だが)。

≪その多くは、日常の定型業務、ルーチンワークだ。(中略)高度な知識、スキルを要するものもあるし、機械的な作業もあるが、誰かが幾度となくやってきた仕事であることに変わりはない。
 しかし、その多くの仕事が、一方で、日々同じ仕事では決してない。同じ商品・サービスの営業をするのでも、顧客が違えば全く違うものになる。同じ製品を生産するのでも、原材料の仕入れ価格の違いや在庫状況、競合企業の動向などにより、日々の状況は変わってくる。店舗で販売するといっても、曜日、天候、近隣施設の催しなどによって、何がどれだけ売れるかが代わってくる。つまり、どのような仕事においても、未知なる状況が頻々と生まれる。いつもと同じことだけをしていたのでは、前に進まない、という状況が、どのような仕事でも必ず生まれる。そのような状況において、何が起きているか、何をすべきかを構想し、何かをすることを意思決定する≫ (『若手社員が育たない。―「ゆとり世代」以降の人材育成論』/豊田義博著,ちくま新書,2015年)

広汎性発達障害をもつ人が、仕事につまづいてしまうというのも、対人的なコミュニケーションにおいてパターン化した対応しかできない特徴に原因がある。ふつうの人にとって「日常の定型業務」でも、少しずつだが刻々と変わっていく「未知なる状況」に対処できなくて混乱してしまうところに生きづらさを感じてしまうのだ。

豊田氏は仕事の本質について、≪ほぼすべての仕事が、人とかかわりながらやっていくもの≫であり、≪それぞれの人とのやり取りは、担当者に一任される≫。よって、≪未知なる状況に立ち向かい、構想し、意思決定し、人を動かす。仕事の本質とは、そういうことだ。明示的な専門知識や技術・スキルによって構成されているのは、仕事の一部分に過ぎない≫と述べる。

肉体労働も含めて、すべて仕事というもののは、現在自分が置かれている状況を頭に入れ、何が起こっているのか、ならば今何をすべきかを考えていく。そして組織の了解を得た上で意思決定することの繰り返しである。とても高度な人間活動であると思う。

(リンドウの花は深い。5裂している。漢名の竜胆(りゅうたん)がリンドウと読まれるようになったらしい)
赤ペンを入れて校閲ガールかな [2016年10月28日(Fri)]

fumihouse-2016-10-28T21_34_15-1-thumbnail2.jpg『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』(日テレ水10ドラマ)を見ている。河野悦子(略してコウエツ/石原さとみ)のファッションが抜群に目を引いて楽しい。歯に衣着せずにズケズケと主張する悦子に惹かれる。ファッション誌編集希望で入社したのに、配属先は地味な校閲部。そこからはい上がるために彼女の奇想天外な校閲生活が始まる。

中身は置いといて、第2話でミズ校閲、堅物の藤岩さんを「鉄パン」と陰口をたたく若い女子二人に向かって悦子はぶち切れる。そしてこんな意味のことをまくしたてる。「鉄のパンツとは貞操帯のこと。パートナーに愛されている女性が身に付けて守るためのモノなんだ。意味も知らないくせにコソコソ言うんじゃない!」

おやっと思った。遠くへ出征しているうちに、愛する妻や婚約者が誰か邪なる男に貞操を奪われやしないか、あるいは気の迷いから純潔を捧げてしやしまいかと心配する中世の騎士が取り付けたのが貞操帯だ。

鉄製だから重い。鍵は男が持っているから女性には外せない。蒸れる、排泄のたびに風呂には入れないから不潔になる。金属アレルギーだってありうる。「パートナーに愛される」とはいっても、偏執狂的に、不信感をもって、生殺与奪の権を男が持ったままというのはいただけない。もし戦場で男が死んだら、女性は一生貞操帯を外せないではないか。なんか嫌だな。

(秋の風に揺れる紫苑。花言葉「君を忘れず」なのに、別名は鬼の醜草(おにのしこくさ)とロマンがない)
ひとは皆予想のつかないエラーする [2016年10月27日(Thu)]

fumihouse-2016-10-27T21_31_11-1-thumbnail2.jpgひとは、ときに信じられない行動にでる。まるで予想のつかない反応をみせる。そして思いがけないヒューマンエラーで不幸におちいる。

わたしもそのひとり。日曜日の昼間、田舎道を運転していた。だだっ広い田んぼの中を南に向かう。広い道に出たら東に曲がって県道を直進するつもりだった。ところが南に向かう途中で思っていたのとは違う道が東西に走っていた。左(東)からクルマが来るのが見えた。こともあろうか、わたしはそのまま停止もせずに、直進し横切ってしまったのだ。わたしの背からクラクションの音が聞こえた。わたしはイメージとは違う道の様子に戸惑っていたが、なのに何故止まらなかったのか、ぶつかっていたとしたらとんでもない事故になっていたと、肝を冷やした。

「クルマきた」
「なんか違う?」
「行くつもりだったし、行くか」
「クルマくるけど、まっいいか」
「あらら、行っちゃった」
「良かった、フウ」

独り言を口にしたら、そんな感じだったのかもしれない。自称『交通事故は確率論、人や車が来る可能性があるなら止まるべきだ安全運転者』たるわたしが、そんな信じられない行動にでた。事故にならなくてホントによかった。わたし一人に限らずひとはわからない。

(大きな木にギンモクセイが咲いている。キンモクセイとは違ってほのかな香り。事故を起こせばこの花も見ることは出来なかった)
甘くても甘美に酔うと体型が [2016年10月26日(Wed)]

fumihouse-2016-10-26T21_14_20-1-thumbnail2.jpg私にはいまでも抵抗がある。食後のデザートや甘い菓子類を「スイーツ」と呼ぶことを。なぜなら、出雲弁で「スイィもん」と言えば、酸っぱいものを指すからだ。

抵抗感があるといっても、それは言葉の世界でのこと。Sweetを食べること、飲むこと、大好きだ。キャンディだけは願い下げだが、あとは何でもこいである。ある端から食べてしまう。後先考えずに食べてしまう。満腹するまで食べてしまう。ご飯の代わりにしてもよいのだが、健康のためには欲望のままに生きてはダメだ。それにブクブクに太って着るものに困ることになるのも嫌だ。

Sweetには、快楽的な愉快さとか、甘ったるい感覚という意味もある。甘露の甘さに酔いすぎてはいけないよ。

(スイィもんではない。長芋の葉っぱのつけ根にはムカゴが出来ていた)
六角のシンメトリーが悪さする [2016年10月25日(Tue)]

fumihouse-2016-10-25T17_24_07-1-thumbnail2.jpgあっ いるーっ!
紙ガムテープに駆け寄り10センチほど千切りとる
そーっと近づく
ゆっくーりと手を伸ばしてヤツを狙う
ガムテープのねばねを六角の背中に押し当てて
クイーッとひっくり返す
ヤツは足をパタパタさせて嫌がるねー
表情は見えないが逃げたいのだーよ
素早くテープの片端を折り込んで
反対側も折ってひっつける ヨーシ
上下とも隙間なく覆ってヤツを閉じこめたぜー
もう動けない ウーン
けれども抵抗するかぁー
汁がジワーと染み出すのがわかる
ゴミ箱の奥深く捨てる グーイグイ
ほーっ さ、忘れろ

不快に臭うあの甘さ
他人はみな甘い臭いなどしないと言う
私にはなぜか甘いのだ
私の味蕾や嗅覚はヤツ特有の甘味を感じるのかもしれない
八つ当たりしたくなりそうな異常な甘味
この秋はヤツがうじゃうじゃいると聞く
その冬は寒くなって雪が多いとか
穏やかな秋、安らかな冬であってくれ

(ローズマリーの花を近くで見るとなかなかグロテスク。それでもハーブの芳香はカメムシとは雲泥の差。心地よい匂いだ)
どこへ行く救急サイレン聞こえてる [2016年10月24日(Mon)]

fumihouse-2016-10-24T17_23_01-1-thumbnail2.jpg救急車のサイレンが聞こえる。急患のもとへ向かうのか、一刻を争って救命救急センターへの道を急ぐのか。息の荒い息子の無事を祈る母の必死な表情が見える。意識のない母を思う娘の泣きじゃくる姿が見える。事故に遭った同僚を気遣う人の心は乱れる。

救急車のサイレンには生死のドラマがある。苦しむ人の焦りと悲しみがある。生老病死が織りなす人生の一端を表していることは間違いない。無事と早い回復を祈る。
貧困な想像力を広げよ市長 [2016年10月23日(Sun)]

fumihouse-2016-10-23T22_12_36-1-thumbnail2.jpg大津市長は5年前のいじめ自殺事件にどう対処したか。彼女は学校や市教委の事なかれ主義に業を煮やし、第三者調査委員会を設置した。いじめ防止条例をつくり、大津の子どもをいじめから守るための制度をつくった。国も動かし、いじめ防止対策推進法ができて対策は進みつつある。いじめを無くすには紆余曲折はあろうが、大津市の越市長は名を上げた。

黒石市長賞に内定していた黒石の祭りの写真コンテストで被写体となった女子中学生が自殺していたことを理由に、黒石市長は賞を取り消すという暴挙に出た。市長は「祭りの写真としてふさわしくない」と判断したという。つまり、写った人の死によって賞の印象が崩れ、縁起が悪いと考えたわけだ。

大津市長はいじめに苦悩した故人や遺族に寄り添った。黒石市長はいじめに苦しんだ彼女に想いを馳せることすらなく、狭い世間体と死は穢れという日本的死生観で狭量に判断した。両者の違いは大きい。

(秋明菊にはピンク色のもあるが、この白いのが品が良くてよろしい。別名、秋牡丹というのもいい呼び名だ)
来年の手帳手にして神無月 [2016年10月22日(Sat)]

fumihouse-2016-10-22T13_24_04-1-thumbnail2.jpg本屋に2017年の新・手帳が並んでいる。私はスマホやパソコンのスケジュール機能は使わず、もっぱら紙の手帳を使っている。なぜなら、デジタル画面では一覧性がなく、全体を見通すことができないからだ。クリックやタップを繰り返さないと必要な画面が出てこないし、メモしたいときに直ちに書き込めないのは欠点である。

ビジネスとプライベートは分けずに1冊でまかなっているのは、ダブルブッキングやメモ忘れを防ぐためだ。スケジュール帳としてのみ使う頃は、書く項目が減る時期には必要なことさえも書かなくなり、開く回数もおのずと減る。肝心の予定を忘れてしまうことがたまにあった。

そこでTODOリストを書くと、特に休日にそれをやっておくと、一日が充実することに気がついたので実践している。あれをやっておきたい、あの人に会ったあとはついでにあれを買いに行こうとか、動きに無駄がなくなっていく。

手帳を定期的に見直すとよいと聞くが、やったことはない。ここ数週間を振り返ってみることは確かに有益なことだし、数週間数ヶ月先の見通しを熟考するのもよいだろう。いわば手帳によってPDCAを行うことになる。三日坊主になるかもしれないが、一度やってみようかと思う。自分がこうしたいという願望をマインドマップにして、具体的なTODOを書き上げるという人もいる。これもまた楽しそうな気がする。

振り返りという点で思い出すのは、Facebookが1年前、2年前の今日の投稿を見せてくれるというやつだ。わたしはブログを毎日書いて冒頭部分をFacebookに転載しているが、それを毎日自動的に思い出させてくれるのが面白い。もうあれから1年?と感慨深く思うときもある。

(皇帝ダリアというと2mも3mもある高い茎が特徴だが、しまね花の郷にあったこれは私の身の丈ほどだった)
杞憂でなく災害は来る当たりまえに [2016年10月21日(Fri)]

fumihouse-2016-10-21T18_16_52-1-thumbnail2.jpg杞人の憂いを笑うことはできない。天が落ちて地が崩落しまいかと心配するのは取り越し苦労でしかないが、仮にUFOが落ちてきたとしても、その時はそのとき、やむを得ないではないか。意外と私たちは考えてもしょうがないことに神経を使っているものだ。

ただし地震は杞憂ではない。出雲工業高校の事務室では何台ものスマホが同時にしゃべりだした。緊急地震速報をけたたましく知らせる。鳥取県中部を震源地にして14時07分に震度6弱を最大を記録し、以降数分おきに揺れている。出雲でも震度4となった。新築2年あまりの校舎1階ではそれほどでもなかったが、4階の教室で授業をしていた教員は横揺れに恐怖を感じたそうだ。

気象庁は、今後1週間は震度6弱程度の地震に注意するよう呼びかけているけれども、さらに大きな地震が来たとすれば恐ろしい。日常は非日常となり、平常は非常時に切り替わる。平穏な暮らしが大きく変わってしまう。

只今出雲市駅にて列車待ち。あと何時間待たされることやら。ただただ待つのみ。本読みがたくさんできそうだ。

(サボテンの花? それとも長い棘? ともあれ面白いシンメトリー)
数字には漢の数字と算用と [2016年10月20日(Thu)]

fumihouse-2016-10-20T18_43_28-1-thumbnail2.jpg【四角四面】という字を見ていたら、字面がぴったりだと思った。態度や言動がまじめ過ぎて息詰まる感じが出ている。そう思って数字を使った語彙を思い浮かべてみたところ、これが面白い。

八面六臂は、八つの顔と六本の腕をもつ仏像から出た言葉であるが、才能豊かに活躍する人をいうのなら、【8面6臂】と算用数字を使いたい。8と6の曲線が、どこからでも多才さを引っ張り出してきそうに思いません?

一刻千金は【一刻1000金】と表現したい。時間は貴重で千金かそれ以上にも相当する。過ぎ去っていくかけがえのない時間を大切にしたくなる。千客万来は同じ理由で【1000客10000来】としたら、少しくどすぎるかな。

舌先三寸は【舌先3寸】としてみたい。口先だけの弁舌で他人を言いくるめようとするのは最低だ。人間の最後尾に位置づけるという意味で、ギリシャ文字のアルファベットで最終のω(オメガ)を使ってみたい。90°回せば3になる。ただし、三国志の諸葛孔明に三寸不爛の舌で説かれたら、誰もが喜んで納得するだろう。

【十年一昔】や【四苦八苦】は、もちろんこのままがいい。

(ユーフォルビアはカスミ草のように可愛らしい。葉は落花生に似ている。今日は幸いに四苦八苦の一日ではなく、ゆとりをもって過ごせた)
石蕗と島根に御縁来てごしない [2016年10月19日(Wed)]

fumihouse-2016-10-19T17_57_49-1-thumbnail2.jpg「島根には本物がある。」をキャッチフレーズにして、EXILEグループの青柳翔、AKIRA、小林直己が島根の魅力を発信してくれている。名づけて【ご縁の国しまね】。島根に来る人々には紺碧の海、薄紫の山々を臨み、豊かに織りなす四季を目の当たりにし、悠久の歴史や文化を感じていただけるだろう。

島根と「始終御」縁があるように願って、四十五(しじゅうご)箇条がささやかに発表されている。わたしも実践したいと思うものがあった。

【ご縁四十五箇条】
 二 1日10回「ありがとう」を言う。
 四 1日1回は人を笑わせる。
 三十八 寝る前に、今日起きた良かった事を思い出す。

【新・ご縁四十五箇条】
 十 社交辞令は真に受ける。
 二十二 月初めに財布と靴と鞄を綺麗にしてみる。
 二十七 「いってらっしゃい」「おかえりなさい」を笑顔で言う。

無断転載禁止なので、この程度にしておこう。古い縁を深め、新しい縁を育みたいものだ。皆さん、島根に来てごしない。

(石蕗(ツワブキ)の花盛り。葉はフキに似ていても、ツヤツヤ光っていることからツヤブキ。変じてツワブキとなったらしい)
紅藤のトルコギキョウと小町かな [2016年10月18日(Tue)]

fumihouse-2016-10-18T18_48_58-1-thumbnail2.jpg写真のトルコギキョウは、「島根オリジナル(SO)八雲小町」。何とも優しい淡い紅藤色をしている。くっきりと菜の花色をした雄しべの花粉とが、ゆるいコントラストをなす。花の奥は薄緑色で、まるで葉が透けて見えているかのようだ。

 花の色は うつりにけりな いたづらに
  わが身世にふる ながめせしまに

桜の花は移りかわって虚しく色褪せてしまうように、絶世の美を謳歌した私小町の容色もすっかり衰えてしまったものよ。長雨が降って物思いにふけるうちに。あぁ悲しや。

小野小町とは平安期の女性。絶世の美女であったとされるが、ホントかどうかは知らない。今の美女の基準からすれば、単なる下ぶくれの深窓の人に過ぎないかもしれないが、「小町」と言えば美人の代名詞。素晴らしいものの代名詞となった。小野小町、死んで巨大な幻想を残した。アッパレである。その名をもらった島根オリジナルの八雲小町。見る者を上品な幻想にいざなう。
神在の月は今月末に来ー [2016年10月17日(Mon)]

fumihouse-2016-10-17T18_25_27-1-thumbnail2.jpg今年の10月31日は旧暦に換算すると十月一日。すなわち神無月の始まりで、出雲では神在月となる。

出雲の周縁地域では、旧暦の神無月を「神空月(かみくうつき)」と呼び習わす。空は「空っぽ」であり、神々が所在を留守にすることを意味する。空は「食う」にも通じる。神を出雲で独り占めにして他地域の運を取ってしまうからだ。また、出雲のズーズー弁では「来る」ことを「くー」と言うのも語源となっている。

ウソはいい加減、ここまでにしておくが、ともあれ旧暦十月十日(今年は11月9日)夜から八百万の神々が集まって縁結びを司るとされて、全国的にも知名度が高くなった。こうしたイリュージョンは先に言ったもの勝ちである。広めた地域が先行して優位に立つ。わが国・出雲はなかなか上手にことを運んだものだと思う。

(セイタカアワダチソウの花盛り。アレルギーの元だと今もなお濡れ衣を着せられているが、なかなか可愛いヤツだ。よーく見ると小さな太陽が一杯あるのがわかる)
噛みしめて飯だ秋だと楽しもう [2016年10月16日(Sun)]

fumihouse-2016-10-16T16_18_08-1-thumbnail2.jpgわたしは飯が好きだ。特に新米は美味くて食欲が増す。「ご飯をおかずにメシを食う」ことができる。キラキラした米粒のひとつひとつが立ってくっきりしている。箸ですくうと、ご飯の匂いが鼻をくすぐる。新米の味と香りが口を満たし、噛むうちにとめどなく甘くなる。おかずと共に噛めば、おかずが引き立ち、ご飯がますます美味い。冷めた飯でも新米は旨い。 秋は食欲の大盛り。

なぜ「めし」なのか。高貴な人が食べる、すなわち「召す」が語源だろうか。そうだとすれば、元は高貴でも、今や「飯」は卑俗語の極にある。おもしろいもんだ。ご飯とは食事全般をさすが、元はといえば米飯のこと。それだけ日本人の主食の不動の位置にコメがあった。一人当たりの消費が減ったとはいえ、米飯が主体であることには違いない。

(島根オリジナル・トルコギキョウの「SO八雲ホワイト」も飯と同じ色だが、どちらを取るかと言われれば、花より団子かな)
ガンマンに良い子悪い子ふつうの子 [2016年10月15日(Sat)]

fumihouse-2016-10-15T19_35_52-1-thumbnail2.jpg映画『続・夕陽のガンマン 地獄の決斗』は、原題が『The Good, the Bad and the Ugly』。訳せば「いいヤツ、悪いヤツ、見苦しいヤツ」。まるで欽ちゃんの「よい子悪い子ふつうの子」みたいで、お気楽なマカロニウエスタンに思えるが、どっこい決闘シーンの息詰まる感覚が忘れられない。特に「いいヤツ」のブロンディ役のクリント・イーストウッドはたまらなくカッコいい。

やたらと演出が多彩で南北戦争まで盛りだくさんとなっているので、3時間もの長丁場になってトイレに立つ客が多かったのはやむを得まい。でも最後、3人での決闘シーンさえ見られたら十分満足できそうだ。

アメリカの中西部だろうか。何もかも干からびてしまいそうな乾燥地帯で繰り広げられたガンマンたちの喜悲劇。本当だとすれば、やけにカッコいい。負けた者ですら後腐れがない。

(ドンパチやって決闘に勝ち、ヒーローは胸に差していた黄の薔薇をつまんで心地よく香りをかぐ。カッコいいだろうなあ。くれぐれも棘に注意だが)
ラーメンに食わせる指はないものを [2016年10月14日(Fri)]

fumihouse-2016-10-14T18_12_12-1-thumbnail2.jpg「それで? なんで指なんかラーメンに入れちゃったの?」
「いえね、別に入れようとして入れたんじゃないんですよ。大変だったんですから」
「ほうっ、何が?」
「いやね、パートさんに一昨日、チャーシューやら鶏ガラを切ってもらってたんですがね。ギャー!って、この世のものとは思えないほどの悲鳴があがったんだなぁ。もう血の海、パートさんは何がおこったかわからんかったようで、泣きじゃくってましたよ。とりあえず傷口を洗って119番。もう、てんてこ舞いでした」
「ラーメンに切れた親指が入ってたんだよ。気がつかなかったの?」
「あたしはね、救急車に付き添って、残った従業員が後片付けをしてくれたんですがね。切れた指がラーメンのスープに混ってたなんて想像もしませんでした。ほんと、お客さんには悪いことしました。申しわけないです」
「子どもにラーメンを食べさせてたお母さんが見つけたんだよ。爪までついた親指の先だよ。気持ち悪くて食べられないよね! 気をつけてほしいな」
「ほんとに、すいません。衛生管理、これからちゃんとやります」

静岡で昨日起こったラーメン親指混入事件で。店主と保健所とはこんなやりとりをしたのだろうか? ちょっと甘すぎかな?

(洋菊のスプレーマム。ママがスプレーかけたらこんな色になった? しまね花の郷にて)
便利なり上手に詰めてパッケージ [2016年10月13日(Thu)]

fumihouse-2016-10-13T19_18_42-1-thumbnail2.jpg現代はパッケージで発展してきた。私はそう思っている。

ひとまとめにして包装し、詰め合わせて上手に運んでいく。荷造りが崩れることがないように四角い箱に入れて大容積に積み上げられるのもパッケージのおかげである。キャビンアテンダントが珈琲を紙コップに入れて、ミルクと砂糖とミニスプーンを詰めた袋を客に渡す。これも見事なパッケージだ。公共交通機関のバスや列車にしても、パックの中に人や荷物を入れて運ぶのだ。デジタル情報をネットワーク上でやりとりする際のパケット通信もパッケージといえる。

包装したり運んだりすることに限らないが、私たちはひとまとめにしたものを作ったり、売り買いしたり、ため込んだりして生活を享受していると言えまいか。さまざまな技術のイノベーションはパッケージとともに歩んでいき、生活に変化をもたらす。

(赤い薔薇に吸い込まれそうな画像。写真の枠にこれもパッケージされているかのような薔薇の美である)
先を見て儲けの口を探すひと [2016年10月12日(Wed)]

fumihouse-2016-10-12T18_32_57-1-thumbnail2.jpgトレーダー(trader)とは、もとは商人のこと。トレード(trade)は商売のことだ。商人のなかでも投機心にあふれた者は、貿易船に乗って世界の海を渡り行き、金になる品物を大量に仕入れ、場合によってはただ同然で手に入れて一獲千金の夢を現実にする。大航海時代のイメージだ。もちろん船が難破すれば、大損害を被るばかりか命すら危うい。鋭い嗅覚で利益を貪り、生き残った者が勝利者だ。

派生してできた言葉だと思うが、今やトレーダーとは投機的な投資家のこと。短期に(場合によっては瞬時に)、証券や先物売買をして莫大な差益を得るデイ・トレーダーをさすことが多い。気力に体力、情報収集力が問われる仕事だと思う。

今日はなぜこんなことを書いたかって? たまたまトレードという言葉が気になったのだ。クライマックスシリーズを経て日本シリーズが終わると、トレード(trade)の季節がやってくる。ストーブリーグとも言われる。一獲千金、スターを目指して人びとが動いていく。

(洋菊のゼンブラ・ライムで花占いをやったら、いくら時間があっても足らない。そんなこと言ってるから、トレーダーにはなれない)
夏過ぎて秋の残照穏やかに [2016年10月11日(Tue)]

fumihouse-2016-10-11T18_49_10-1-thumbnail2.jpg早春の残照は成長する赤子に似ている。笑った、泣いた、また玉のように笑った。周囲を幸福にして、目映くて生きる期待に満ちている。春の日足は日毎に伸びて、咲き乱れる花々とともに目映く進む。

秋の残照はゆたりと散歩する中年夫婦に似ている。若さを憧憬しつつも、老いていく互いを慈しみあう。烈夏の沸騰と喧騒を終えて、秋の残照は肌に心地よい。ゆっくり流れるようで時は速い。秋の日は釣瓶落としに暮れていく。辺りはあれよという間に闇に包まれる。

夏遠ざかりぬれば冬近し。淋しさ増して木々が葉を落とすのも近い。その前に、菊花や紅葉、おいしい食材、秋の風物を楽しもう。

(アンスリウムは熱帯原産でサトイモ科。そう言われれば葉っぱに雰囲気はある。真ん中の花にある幾何学模様が楽しい)
迷惑で悪質メール撃退す [2016年10月10日(Mon)]

fumihouse-2016-10-10T13_59_24-1-thumbnail2.jpg「ご案内内容を必ずご確._認願います。」と題して、迷惑でおそらく悪質であろうメールが、ときたま入ってくる。さっきも来たばかりだ。

依頼内容保持期限****************
2016年10月10日22時迄となっておりますので
下記内容を必ずご確認頂きますようお願いいたします。
【詳細確認下記よりお願いいたします】(以下、長い長いURL)
※依頼人様より振込依頼が届いております。
※振込依頼保持期限を過ぎても、ご確認頂けなかった場合は、送金組み戻しとなり弊社にてしかるべき対応を検討せざるを得ません事をご承知おきください。**************

「期限を過ぎたら、しかるべき対応を検討せざるを得ない」という文句が脅しとなって返信してしまえば、ヤツらの餌食になることは間違いない。自分は強い、と思っていても悪意の波状攻撃に人間は弱いもの。

アカウントはソフトバンクのものだが、auのときもdocomoのときもある。せっせと迷惑メール報告をして送信停止にしてもらうが、いたちごっこである。悪いヤツらは辛抱強い。そして知恵がある。

(パンパスグラスはもけもけの穂を秋の空に伸ばす。秋の七草のススキと同じ仲間だろう。しまね花の郷にて)
人と人水も入らず親密に [2016年10月09日(Sun)]

fumihouse-2016-10-09T12_44_39-1-thumbnail2.jpgふと思った。「水入らず」の『水』とは何のことだろうと。内輪の親しい者同士だったり、夫婦や親子だけで他人を交えないのが水入らずであるが、水を介在させるとは面白い取り合わせだと思う。

調べてみると、酒席で上役から部下へ献杯したり、「お流れちょうだい」と称して目下が目上に盃を要求したりする際に、以前は杯洗をやっていた(私も経験がある)。口をつけた盃をそのまま相手に差し出すのは無礼にあたるという発想であるが、他人が使った盃だからこそ親愛の情を示せるのであって、水で洗うのは逆効果なのだと皆が思うようになった。すなわちそれが「水入らず」。

水と油の関係が語源という説もある。油に水を入れて混ぜても溶け合わない。油がしっくりと容器に入っている状態が「水入らず」。この由来にも納得がいく。

相撲の土俵では、勝負の一時中断を「水入り」という。「水を差す」とは、うまい具合にいっているのに邪魔することをいう。生物が生きる上で水はなくてはならないものだが、時に人間の社会に差し出がましい所作をするモノのようだ。

(印象派セザンヌの絵画のような色合いを感じさせるから、この洋菊をセザンヌと名付けたのだろうか。しまね花の郷にて)
ケータイも財布も返る日本よし [2016年10月08日(Sat)]

fumihouse-2016-10-08T18_01_23-1-thumbnail2.jpg三連休初日、クルマが多かった。行楽地もショッピングモールも人出がたくさんということで、私も花の郷に楽しんで写真をたんまり撮った。お客も多く賑やかでよろしい。

帰宅する途中で図書館に寄ったのだが、雑誌を読みながらウトウト、いやかなり深く眠ったようだ。起きた時に幾分ふらついた。本読み中の眠りは気持ちがよいけれど、ほどほどにしておかなければね。

運転中に母から電話。図書館に財布を忘れたと電話があったと。トホホ、ほんとにトホホの週だった。

水曜日にはスマホを落とした。今日は財布を忘れた。スマホは同僚のクルマに同乗する際に道端に落としていたのを、拾って交番に届けていただいた。財布は図書館のソファに起きっぱなしだったのを、拾ってカウンターに届けていただいた。日本に生まれて、ホントによかった。しかし油断大敵!

(しまね花の郷に咲いていたガーベラの一種。色も艶やか、花びらも艶やかだ)
心して今を進めば未来過去 [2016年10月07日(Fri)]

fumihouse-2016-10-07T19_27_40-1-thumbnail2.jpg「人生が困難なのではない
 あなたが人生を困難にしているのだ」

とは、心理学者アルフレッド・アドラーの言葉。私の人生を決めるのは誰かに与えられた運命ではない。そういう考えに縛られる自分の問題なのだ。望ましくない自分になってしまった過去のしがらみやトラウマに問題があるのではない。困難が起こる責任を過去にかぶせる自分の問題なのだ。

「三日あれば人間は変われる」ともアドラーは言った。男子三日会わざれば刮目して見よ、とは吉川英治・三国志の呂蒙の言葉だが、その気になって努力すれば三日で変わる(男女の差はないと思うが)。

またアドラーはこう言う。「過去を後悔しなくていい。未来に怯えなくていい。そんなところを見るのではなく今この時に集中しなさい」

やってみよう。語ってみよう。食べてみよう。動いてみよう。開いてみよう。聞いてみよう。時間は有限だ。でも、未来は今の一念で変わる。その生命の変革によって、悔いていた過去も生きていく。深い意味を持ち始めるのだ。

(犬蓼は食用にならないタデ。今の季節、日陰の湿地に多く咲いている)
本日は私らしくにやれますか [2016年10月06日(Thu)]

fumihouse-2016-10-06T21_24_24-1-thumbnail2.jpg『本日は私です』
こう書いた三角札が職場の私の机に、今日はおいてあった。意味深長なるこの札だが、たいしたことではない。単に「今日は私が当番。忘れないようにね」ぐらいな意味でしかない。

ところが読み方によっては、本日は見失っていた自分を見つめ直して自分が自分らしくやる一日にしたい、と読めそうなのが面白い。

今日は私はわたしらしくできただろうか。やるべきことを懸命に努めながら、楽しみつつやれただろうか。そんなふうに思って過ごせたら、ステキな日々を繰り返していけそうだと思いません?

(ユリオプスデージーは秋口から冬も越えて咲く。好きな黄だ。スマホをなくして丸一日、焦った時間が終わって、穏やかな今の私の気分)
忘れたか何処に行ったかスマホくん [2016年10月05日(Wed)]

スマホが消えた。どこへいったのか。
職場では台風情報を確かめたからあったのだ(災害はなく幸いだった)。
机の上か引き出しに置き忘れたか。
それとも途中で落としたか。
駅までの途中拾ってくれたクルマの中に滑り落ちたのか。
いずれも帰宅して電話で確かめたのだが見当たらず。
警察にもJR西日本にも遺失物届けは出したが、連絡はない。
ブログはこうしてパソコンからアップ中。
ひさしぶりのスマホに煩わされないこの時間。
残念ながらこころは穏やかではない。
みつかってくれよ、明日には。
怖きもの地震・雷・火事・台風 [2016年10月04日(Tue)]

fumihouse-2016-10-04T17_56_07-1-thumbnail2.jpg台風18号により昨夜は沖縄地方に特別警戒情報が出され、久米島には大きな被害がありました。風速毎秒60mの風は恐ろしい。明日台風は東シナ海を進み、九州を右回りして日本海に突入します。

1991年(平成3年)9月末、台風19号を忘れることができません。いったん長崎に上陸したものの再び海上に出て日本海を進み、北海道まで至りました。多くの山林がなぎ倒され、塩害でもって広い地域が停電しました。青森では収穫前のリンゴが落ちリンゴ台風とも言われました。多くの死者も出しています。

真夜中に直撃された我が家で為すすべはありませんでした。恐ろしい音を立てて波状的に押し寄せる風。屋根瓦が持ち上がり飛ばされそうなことが何度もありました。窓ガラスが割れやしないかと不安で、妻と幼い息子と一緒に布団にもぐり込み、不測の事態に備えました(彼はぐっすり寝ていましたが)。風が猛烈だったのは1時間ほどでしたが、何倍にも感じた恐ろしい時間でした。朝あたりを見回すと、十数枚の瓦が飛んでいました。屋根ごともっていかれたお宅もありましたので、不幸中の幸いだったと言えるでしょう。

910ヘクトパスカル(hPa)を超えるものをスーパー台風といいます。今の18号は905hPaという時もありましたから、一時はスーパー台風だったわけです。猛威をふるう凶暴な台風は海水温度が高いほどエネルギーを得て勢力を増しますし、現に日本近海の海水温は高めです。被害がどうか最小限ですみますように。

(このコスモスたちも明日は暴風に吹き惑わされることだろう)
厳冬のハドソン川に不時着す [2016年10月03日(Mon)]

fumihouse-2016-10-03T20_43_25-1-thumbnail2.jpg映画の原題は『Sully』。サリーとは、サレンバーガーのニックネームで、2009年1月15日に乗客乗員155人が乗ったUSエアウェイズ旅客機の機長その人でした。両エンジンを鳥の群れとの衝突で破壊されたにもかかわらず、冷静な判断でニューヨークのハドソン川へ不時着水し全員を生還させた機長として米国では有名です。サリーと題名をつけても分かるのでしょう。当時世界中のメディアが『ハドソン川の奇跡』と報じたことから、邦題ではそれをとっています。

マスコミと世間はサリーを英雄視しました。彼は機長の職責を果たしただけで、すべてのクルーがプロとして立派に働いたのだと自信をもって訴えました。

ところが、全員の無事を確認して安堵する間もなく、彼は苦しめられるのです。事故調査委員会が、機体をダメにしたばかりか人命を極めて危険な目に遭わせたのは間違った判断だった、近くの空港に着陸するのも十分可能だったと疑ったのです。執拗な尋問で彼と副機長を痛めつけ、事態は不利な方向に動いていました。

しかし、彼ら二人には為すべきことをした確信がありました。他のクルーや乗客も含めた全員のチームプレーによって達成された勝利であるとの大確信でした。

主演のトム・ハンクスの抑えた演技が光ります。そして、夫婦の愛、親子の愛、同僚愛を人間ドラマとしてみせてくれます。彼らはアイラヴユーを端々に散りばめて会話します。不言実行ではなく有言実行あるのみとする即物的な思考ではありますが、日本人だって試練を乗り越えた時くらいは、「愛してる」を連発しても可笑しくはないと思うのです。

ともあれ、プロたる者はいざという時に備えて、訓練やイメージ想定を怠らず、個々の力をまとめて目標の実現に邁進すべし、という今の時代に即したリーダー像を示してくれています。見応えのある映画でした。
真田丸史実のほかにお楽しみ [2016年10月02日(Sun)]

fumihouse-2016-10-02T12_57_45-1-thumbnail2.jpg映画『真田十勇士』は舞台が元となって演出されたものらしい。主演の二人を同じ俳優がつとめる。猿飛佐助は中村勘九郎、霧隠才蔵を松坂桃李が演じた。

状況に応じて変幻自在、気分次第でアドリブに満ちた佐助。一方でひたすらシリアスな才蔵。しかし最後におちゃらけで才蔵も笑いの渦を巻き起こす。二人とも忍びの達人で腕力と剣術は滅法強い。もちろん敵には討たれない。史実には関係なく楽しんだ。

題名とは違って真田幸村は主役ではないのだが、ホンモノでありたい、なりたいという幸村の架空の葛藤が面白い。幸村は名将・知将の名を欲しいままにしたが、実は臆病この上なく、たまたま運良く戦いに勝ち続けた(そんなわけないけどね、まっいいか)。

紀伊の九度山で幸村と佐助が出会うことから話は始まる。佐助は思い描く理想形に向かって進む。天下を相手にデッカい嘘をつくという理想形。そこに才蔵ほかが集結し舞台は整った。

生まれついてホンモノである人は稀だ。よほどの天才を除けばだが、誰もが努力の末にホンモノになる。かといってホンモノという完成形が静的な状態であることはない。高みを目指し続けることでのみ、ホンモノは本物として輝く。そして嘘も演じ続ければ定着する。これもホンモノになる。破天荒な策士佐助、ホンモノになった真田幸村を見ながら、そんなことを思った。

(西洋風蝶草(せいようふうちょうそう)はつくろわない。ありのままの姿。西洋名はクレオーメ。おめぇをくれー、なんちゃって!)
対向すクルマに対抗それは無理 [2016年10月01日(Sat)]

fumihouse-2016-10-01T21_21_07-1-thumbnail2.jpg不快なものの一つに、夜対向するクルマに上向きライトで照らされることがある。歩く私は眩しくて目がくらむ。街灯がない所だと足下が闇に沈んで危険だ。おっ歩行者、見っけ!的にいじめられ続けると、石でも投げてやりたくなる。歩行者を視認したら上向きから下向きに換えてほしいものだ。

警察庁はクルマの運転に際し、上向きライトを使うよう推奨している。夜間の事故の多くは視認が遅れることに原因があるのは間違いない。上向きライトだと素早く見つけられる。だから上向きがいい、というのはわかる。しかし、よっぽどの田舎道か、明け方近くの深夜でもない限り、対向車はいる。前方車にもまぶしい光を当て続けるわけにはいかない。となるとほとんどの時間は、下向きライトですますことになる。

夜間の事故を防ぐにはどうしたらよいか。答えは簡単だ。下向きでも慌てることなく状況判断し速度を緩めたり停止できるよう、法定速度を守ることだ。天気のいい昼間には法定速度ってやつは実にもどかしい。だが夜間、特に雨など降っていると法定速度は意味を持つ。

夜間には目がちゃんと見えるように、スピードを緩めに行くこと。そしてスマホの画面に注意を向けるなどとんでもない。殺人者へ一直線だ。

(大きく目を見開いて運転しよう。北陸新幹線のはくたか号のように)