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瞬く間春のうららを蹴散らして [2016年02月29日(Mon)]

fumihouse-2016-02-29T18_08_48-1-thumbnail2.jpgクロッカス紫花は満面の笑みに似てるよ春うらら
一晩でそこどけ冬のお通りだい春を蹴散らし肌痛い
きっとしぼんだあの花は春の使者なり暖かき
空気を連れてクロカスのニンフに恋した春の人
恋路じゃまする北の風激しき波浪人を刺す
雲の半分夕日が照らし天空あかねに染め上げて
どんなに冬が居座っていてもいずれは春が来る
桜花爛漫こころうずうず絢爛豪華な躑躅の頃も
寒くて辛い時季があり冬が懐かし時もくる
手と足と選んで人は人となる [2016年02月28日(Sun)]

fumihouse-2016-02-28T21_22_27-1-thumbnail2.jpg私たちは毎日選ぶ。あれかこれか、それとも別物か、悩んで選ぶ。あるいはさりげなく選ぶ。人生は選ぶことで成りたっている。いくつかの選択肢からより良いものを、悪くならないよう適切なものを取捨選択して毎日生きている。

選択肢は、選択糸ではない。それがいい。【肢】とは、胴体から枝分かれた手と足のこと。【糸】でなくてよかった。紡いだ細い繊維であったとしたら簡単に切れてしまう。切れてしまったらよしみを通じることはできないし、縁もゆかりもない関係では心もとない。

手や足は糸に比べれば太い。周りからもよく見える。選択の際に観察できる。よりどころにして選ぶよすがにしていく。つかみ損ねたとしても指や足首、手首につかまって不慮に転落することない。他人にあげる【選択し】は、【選択肢】であったほうがいい。

(少しだけ咲いた沈丁花に春の淡雪がシャーベットになって残っていた。金曜日の松江の街角にて)
超いいね!赤地に白で誉めまくる [2016年02月27日(Sat)]

fumihouse-2016-02-27T16_56_28-1-thumbnail2.jpgあなたって、わたしを誉めるときにいつも『いいね!』って言ってたわ。わたしの面白い体験をお話ししたとき。ステキな風景を見て写真におさめて見せてあげたとき。涙して観賞し終わった映画の感想を語りあったとき。深い思索をうながしてくれるためになる本を勧めてあげたとき。

でもねぇ、違和感もあるわけよ。大雪の朝、わたしが歩道橋で滑って転んで痛い目に遭ったのに、やっぱりあなたは『いいね!』。それってあんまりだわ。だいたいあなたは、語彙が少なすぎるのよ。

そのイヤミが利いたのかしら。あなた、最近変わったわ。「悲しいね」って返してきたのね。人助けをしたときに、「すごいね」もあったわ。大笑いしたジョークには「超いいね!」と反応したわねえ。心ない殺傷事件に「ひどいね」と言い合って共感もできました。あなたがバラエティに富んできたようで嬉しい。「うけるね」と言ったあなたからは温かいユーモアを感じるわ。

そうはいってもあなたは人間じゃあないものね。フェイスブックに加わった新しいリアクション。バリエーションが増えて微妙な関心を表現しやすくなったわね。でも、「超いいね!」のアイコンが赤地に白いハートというのは、ちょっと行き過ぎじゃないかしら?
聴いて発つ言い直いいなと語りあう [2016年02月26日(Fri)]

fumihouse-2016-02-26T23_45_48-1-thumbnail2.jpg同じ職責の者同士、呑んで語りあう機会をもった。楽しいなあ、わかるなあ、そうだなあ、わたしも経験したよ、なるほど、いいなあ……。

語る、聴く、また語る、聴いてうなずく。あんなこともあった。傾聴しあうとこんなことも思い起こす。同んなじ悩みをかかえていたのかと理解しあう。ほうーそれほどまでに考えていたのか、なるほどさすがだなあ。酔っていはしたが、記憶のかなたに逃しはしまい。自分だって次はこうしてみようと決意する。大丈夫さ、飲んでいても忘れはしまい。

同質な日本人とはいえ、所属する組織によって文化が違う。行動様式が違う。それはそれで当然だ。あれこれあれど、やってやるぞと決意して、仲間の声援この身に受けて、ともにやるぞと頼もしや。

(今朝の島根県庁中庭に積もった雪が好ましい。5センチの積雪はこの冬最後か? 昼前にはほとんど溶けた)
錯乱し狂った犬の病なり [2016年02月25日(Thu)]

fumihouse-2016-02-25T17_16_27-1-thumbnail2.jpg狂犬病の予防接種をする飼い主が減っています。すごい勢いで落ちています。厚労省によると平成26年度は72%。20年ほど前にはずっと99%以上だったそうですが、平成8年に9割を割って以来急降下しています。狂犬病は消えた病気だという認識があるのと(半世紀も狂犬病の発症がない)、室内で小型犬を飼うケースが増えて必要を感じないのも理由のようです。

登録していない犬も増えています。平成26年度の推計では犬の飼育数は1034万匹。市町村への登録数は662万匹ですから、差し引くと未登録犬は372万匹。500万匹以上が予防接種をしていないことになりそうです。

世界には狂犬病で危険な国も多く、日本では撲滅したかもしれませんが、危機感をなくすのは怖いです。世界中で年間5万人以上が狂犬病で死ぬというではありませんか。台湾では近年野生アナグマに感染が確認されました。危険はどこにでも転がっています。狂犬病の致死率はほぼ100%。狂った犬のように精神錯乱を起こして死に至る。恐ろしい病気です。

わが家では犬は飼っていません。散歩に犬を連れて歩く人も多いですから、せめて不用意に近づかないよう気をつけたいですね。

(寒風に吹かれるガマの穂には毒はない。撮ったあとでシコシコと揉みほぐしたら膨らんで弾け飛んだ)
励まそう力を抜いてお静かに [2016年02月24日(Wed)]

fumihouse-2016-02-24T18_41_57-1-thumbnail2.jpg日本語には、他人を励ますときの語彙が少ないのだろうか。今朝ラジオで視聴者が、5年前の震災でボランティアから別れ際に「ガンバってください」と言われて心が折れたと。伸びきって切れる寸前まで持ちこたえた状態なのに、もっと頑張れというのか。そんな気持ちになって立ち直れなかったそうだ。

確かに激励するときの常套句は、頑張れ!だ。ファイト! 行けー! 気張れ! 気合いだ! いずれも!マークを付けて強調するのが似つかわしい。励ますとは、精を出してつとめること。激とは、感情を高ぶらせ強く動かすこと。何らかの目的に向かって心を奮い立たせようとすれば、両肩に手を当てて揺さぶって、弱音を吐くな!もっと頑張れ!と言いたくなるのも無理はない。

力づけるのも、相手に重石を課すようだし、鞭撻にいたってはムチ打って厳しく励ます。叱咤激励は大声をだしてしかること。弱りきった人にはツラい仕打ちだろう。鼓舞したり鼓吹するのも勢いが強すぎる。発破をかけられると破裂してしまう。

踏ん張る人に寄り添って、 「もうひと息!」と声をかけ、「負けないで!」と心のなかで応援する。苦しみの渦中にいる人が打ち克って、「負けるもんか」と粘ってくれるとうれしいね。

(黄色は元気になれる色、勇気を与えられる色。目で癒されていくことも必要だ)
風吹いて河津桜と青い春 [2016年02月23日(Tue)]

fumihouse-2016-02-23T18_36_57-1-thumbnail2.jpg いちめんの早春の青空
 いちめんの早春の白雲
 いちめんの列車の暖気
 いちめんの早春に女性装う
 いちめんの早春にひと喜ぶ
 いちめんの早春の日本海
 いちめんの早春の日光
 いちめんの早春の星空
 かすかなる冬の退出
 いちめんの菜の花はもうじき

今日は山村暮鳥の『風景〜純銀もざいく』風。

(邇摩高校の寄宿舎近くにある河津桜の咲き始め。艶やかなピンク色にブルーの空が似つかわしい早春だ)
密室は蜜の味ではなかりけり [2016年02月22日(Mon)]

fumihouse-2016-02-22T18_23_06-1-thumbnail2.jpg密室は恐怖である。暴漢に襲われる恐怖? 痴漢の犯人にされてしまう恐怖? そんな深刻なものでなんかない。大仰な密室ではなく、ほんの数秒、長くても1分以内に終わってしまうエレベーターは恐怖なのだ。沈黙が恐い。

ドアが開く。誰も乗っていなければひと安心。だれかの顔が見えて、ああ!と残念に思う。行き先階のボタンを押す。ひたすら壁を見続ける。相手が先に降りてくれるとホッとひと息つく。こちらが先ならば数秒ののちに解放される。大したことではないのだが、気づまりで息苦しい。知り合いだった場合でも、どうもお久しぶりですと話が弾めばいいのだが、二の句がつげなくて目のやり場に困ってしまう。

同僚といっしょに乗りこむ。衆目の中で仕事の話の続きや噂話に興じるわけにはいかない。おのずと口は閉じていく。ジッと目盛りを見て、壁のチラシを読んで、窮屈な時間を耐える。陽気なアメリカ人のように「ハーイ」なんて言うわけにはいかないじゃないか。

あんなに短いときなのに、やるせない憂さまで感じるのはなぜだろう。なんであんなにいたたまれないのだろう。エレベーターは恐怖である。

(花は窮屈そうに咲いてはいるが、彼らは決していたたまれないとは思っていないだろう。人間だけが持つ、なかでも日本人が感じやすい距離感の空気のなせるワザ)
ルーカスとスピルバーグにコッポラよ [2016年02月21日(Sun)]

fumihouse-2016-02-21T21_52_38-1-thumbnail2.jpgジョージ・ルーカスとスティーブン・スピルバーグ、そしてフランシス・コッポラ。現代の映像づくりの先端をひた走ってきた騎手たち。ビッグなこの映画監督たちの作品が、わたしにはごっちゃ混ぜになっているので備忘録として。

【ジョージ・ルーカス】
1944年生まれの71歳。
主な脚本・監督作品は「スター・ウォーズ」シリーズ、「インディ・ジョーンズ」シリーズ、「アメリカン・グラフィティ」

【スティーブン・スピルバーグ】
1946年生まれの69歳。
主な作品は「ジュラシック・パーク」シリーズ、「ジョーズ」、「E.T.」、「シンドラーのリスト」、「インディ・ジョーンズ」シリーズ、「プライベート・ライアン」

【フランシス・コッポラ】
1939年生まれの76歳。
主な作品は「ゴッドファーザー」シリーズ、「地獄の黙示録」

(ブロッコリーの花が青空に映える。先週暖かな邇摩高校でのひとコマ)
父が泣きしみじみ老いに感じ入り [2016年02月20日(Sat)]

fumihouse-2016-02-20T22_10_27-1-thumbnail2.jpg父は泣いた。号泣こそしなかったがしみじみと泣き濡れた。映画『秋刀魚の味』で、名優・笠智衆の横顔に胸が詰まる。

思えばあたりまえのことだった。朝起きればご飯ができていて、帰れば風呂にするかご飯か聞いてくれる娘がいて、連絡もせずに呑んで帰っても文句の一つも言われない。アイロン掛けに忙しい娘の都合などおかまいなしに、話があるから座れやと指示すれば、はいはいと言うことをきく一人娘。妻亡きあとに、あたりまえのことだった日々の暮らしが終わった。娘の嫁入りした夜に父は泣いた。

日常が思うに任せなくなるだけの理由で父は泣いたのではない。長男は結婚し近くだが外に暮らし、学生の次男はのんきだ。先立たれた妻のことを思ったであろう。代わって家事一切を取り仕切ってくれていた娘は行った。孤独感がつのる。自分も若くない。老境期に入った自らの行く末を思ったであろう。娘を行かず後家にしてしまった恩師の残念な姿も目に焼き付けた。それに比べれば、自分は娘に幸せのきっかけを与えてやることができた安堵感もあったであろう。

日常が淡々と延々と続く。昔の俳優たちが早口で、あまり間をおかない演技で、気の置けない友人同士や家族が言葉を応酬する。喜劇的なやりとりがあるからこそ一層老いが身につまされる。小津映画の特長である定点カメラが動かない視点でさりげない日常を画面におさめ、人間を温かく描いていく。

場面ごとに階段、玄関、廊下、居間、バーの看板などが、のほほんとした音楽とともにインターバルを埋める。それはまるで日本人のコミュニケーションのようだ。あぁー、まあね、うーん、そうだね………。曖昧な言葉、明快でない言葉によってつながれている。意味はなくとも価値はある。白黒はっきりさせなくても、あなたのことは気にはなっているのですとメッセージを送る。

なぜ『秋刀魚の味』なんだろう。小津監督の遺作となったこの映画が封切られたのは1962年。近頃のように秋刀魚が不漁になることはない。庶民の秋の味として、あたりまえに味わえる。醤油と大根おろし(ポン酢も美味しい)でもって焼いた秋刀魚は旨い、甘い。安くてたっぷり満喫できる。しかし内臓は苦味がきいている。十分幸せな父。だがほのかに苦味がある。迫りくる老いと、やるせない別れが苦い。だから秋刀魚なんだろうか?

(ヒゲオヤジ顔の紫色のビオラ。喜劇的なおどけた顔ではあるが、哀愁感は深くひそんでいる)
少年の感性もどれ喜びよ [2016年02月19日(Fri)]

fumihouse-2016-02-19T18_14_53-1-thumbnail2.jpgとうに忘れてしまっていたが、少年のころのわたしにもこんな日があったことを思い出した。

≪毎朝目が覚めると、今日一日が始まることに、体中がワクワクと高鳴った。僕は世界が好きだったし、世界は僕に優しかった≫ (西加奈子著「サラバ!/上」小学館,2014年)

もう朝陽がさしこんでいる。よく眠った。ついさっき目を閉じたと思ったのに、目を開ければ朝がきた。目は冴えて一点の曇りもない。新しい朝に期待が膨らむ。今日はどんないいことがあるかなぁ………。それが今ではどうだ。長い夜を過ごすばかりか、眠気は消えずに体の芯にどんより残る。面倒なこと、ツラいこと、乗り越えねばならないことがふんだんにある。まっそれも大人の務めだ。やるっきゃないさ。

せめてレイチェル・カーソンがいうところの「センス・オブ・ワンダー」を身につけようじゃあないか。だれかと空を見上げる。夜空にまたたく星の美しさに心を開き、風の音をきこう。静寂に耳をかたむけてみれば、自然の声がきこえそう。雨に顔を打たせてみたら? 木々の思いはどんなだろうと想像をめぐらしてみたらどうかな?

センス・オブ・ワンダーとは、≪神秘さや不思議さに目を見はる感性≫だと。大人になって身につけた虚飾をはぎ取って、能率ばかりを求めずに、美しいものを素直に愛でてみることが必要だ。大人の身体に子どもの心を宿らせよう。

≪子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます≫ (レイチェル・カーソン著『センス・オブ・ワンダー』上遠恵子訳,新潮社,1996年)
キラキラと空と地上に春の音 [2016年02月18日(Thu)]

fumihouse-2016-02-18T07_43_34-1-thumbnail2.jpg未明から明け方にかけて帝王然と輝いていた明けの明星がくすんできた。太陽に近づくために明るさで負けてしまうのだ。一方で木星が西の空に王者のごとく輝いている。

夜も更けてくると木星が東の空に上ってくる。冬の絢爛たる一等星たちの中にあっても、一段格上の輝きだ。全天一明るいシリウスとてかなわない。恒星と惑星ではしょせん距離が違う。

地球の10倍の直径のある木星までは、平均して太陽・地球間の5倍。光の速さで8分だ。シリウスまでは8光年以上。光が8年かけて届く距離。遠いとおい彼方にあるのが恒星だから、木星に負けるのは当然だ。

木星の近くには獅子座、牛飼い座、乙女座が見える。春の星座が輝いて空から春は近づいてくる。地上では大陸から高気圧と低気圧が交互にやってきては、春と冬の色に列島を染めていく。春の足音を間近にするのはうれしいもんだ。

(江南駅の今の空。昨日までは冬。今日は放射冷却でマイナス2℃まで冷えたが、春そのものの一日)
江南に過ぎゆく時間楽しけれ [2016年02月17日(Wed)]

fumihouse-2016-02-17T08_01_06-1-thumbnail2.jpg朝の江南駅。愛知・木曽川流域の江南市ではない。中国・長江の南岸の江南でもない。JR山陰本線の出雲市駅から西に3つ目の駅である。旧湖陵町(出雲市と合併)の中心域にあり、出雲平野の田園地帯を見渡すことができる。

わたしが出雲市駅から乗った鈍行列車はそこで長く停車する。35分、長い。長すぎる。先月30日、田儀駅(江南駅から西に2つ目)で発生した土砂流入の影響だ。はじめJRは数日で復旧するつもりだったのだが、土砂が大量に落ちた駅上の山がさらに崩れる恐れもあるということで、地質調査のうえ工事に着手する。島根県も出雲市も含めた共同体制となるため、田儀駅の引込線に流れてきた土を処理して擁壁をつくるだけではすまないようだ。

そこでJRはダイヤをかえた。一部列車を運休してバス代行輸送もやっている。来週からは平日限定で邇摩高生向けに一部臨時列車を走らせてくれるものの、残念ながらわたしには恩恵がない。

山陰本線は単線である。列車を高速化するために昔は各駅にあった列車待機線路をなくして直線化し、構内でも特急列車はスピードを落とさずに進めるようになった。田儀駅は数少ない引込線のある駅であったがために、上下の列車がすれ違うことができなくなった。そこで多くの鈍行列車が江南駅で待機することになったのだ。

特急を一本やり過ごし、上りの出雲市行き鈍行列車が来てはじめて出発だ。長い長い待ち時間。恒例のダイヤ改正は3月中旬。間に合ってくれたらいいなあ。

前より30分間長い通勤はムダではない。仕事で今日行うべきことのリストを書き上げ、デッサンを描く。小さなことも大きなことも。お世話になった人にハガキを書くときもある。本がたくさん読める。小説(昨日は西加奈子著『サラバ!』を読み終わった)、歴史評論や現代リベラルアーツを概説した新書など行き帰りにたくさん読める。これはクルマ通勤にはない醍醐味である。

(先週土曜日の多伎の砂浜。暖かい日差しがうれしい昼下がり。田儀駅(たぎえき)は旧多伎町(たきちょう)の一角にある)
明晰に筋道通して真を知る [2016年02月16日(Tue)]

fumihouse-2016-02-16T18_25_25-1-thumbnail2.jpg映画『オリエント急行殺人事件』で名探偵ポアロの推理は冴え渡った。古今の歴史や現代の雑学、地理的知識にいたるまでスキがない。真犯人とも無関係ともつかない相手が放った言葉や表情から、すぐにピンと感じて推理を進め、あるいは修正して真実に近づいていく。アッパレである。穏やかでありながら、しゃべり過ぎる相手方を圧しては黙らせ、間を十分にとった語りで衆目を心から納得させる。

時は1935年。イスタンブールの西洋側からフランスのカレーに向かう大陸横断列車オリエント急行の一等寝台車には雑多な乗客が乗っていたが、名探偵ポワロはそこに仕組まれた事件のニオイを感じ取った。たまたま乗り合わせた客ではなく、計画的に恨みを晴らそうとした善意の者たちの心情まで暴き出す。頭脳明晰なだけでなく、人道的感情も多量にもつポワロの最終判断に注目したい。

(明晰な歪みのないビー玉はまっすぐに転がる。ポワロの推理と同様に)
チョコ贈りチョコを食べては幸せに [2016年02月15日(Mon)]

fumihouse-2016-02-15T17_06_10-1-thumbnail2.jpg聖バレンタインデーには昔から恋人同士でカードを交換していたらしいですね。もともとキリスト教の社会では。男女は相互に贈りあう。なぜか日本では女性から男性への一方通行です。しかもチョコレート。この奇抜な商魂たくましい発想は、1968年からという説もあれば、戦前の神戸にさかのぼるとする説もあります。

いずれにせよ、チョコ贈呈の手法をあみだしたことにより、女のほうから告白しては下品だという通念が揺り動きました。恋愛の主導権を女がとってはならぬことなどない。家父長制と封建的な抑圧に絡められることなく、自由にやろうと多くの女性を勇気づけたことでしょう。

それはもう過去のこと。女性が主導するどころか、恋愛するなんて面倒だとか、恋愛に足を突っこむなんて怖いと思う男が増えてきたと言われます。その結果、無婚化、少子化はますます進みそうですね。

深刻なことはともかく、私もチョコが大好きです。通勤鞄の中には緊急用という名目でチョコを入れています。お腹がすいたときにはボリボリ食っています。あの甘さがなんとも言えない。美味しいチョコレートを口に含んで、列車の座席で本を読むのは、幸せいっぱい、疲れが癒えますね。

(おくれてごめん、バレンタイン。と今日もまだ売っているチョコの山)
受験して黒いスーツに袖とおし [2016年02月14日(Sun)]

IMG_20160212_182555.jpg試験を執り行った。受験者にとっては、行く末を方向づけ生活の糧を得られるかどうかの瀬戸際である。就職先によって生活リズムが大きく変わることを考えると、人生がかかっていると言ってもいい・・・・・・。

ハローワークで求人を見つけ、島根県の広報で案内を知る。応募書類の志望理由や自己アピール欄を苦労して書いて履歴書を添えて、学校まで届ける。受験票が郵送されてきて、試験に向けて臨戦態勢だ。当日は作文と面接の二つの関門がひかえている。

どんなお題が提示されるのか、文字数はいくらか。小論文の書き方を教授するテキストを読んで課題をこなし、当日を迎える。書きやすい題が与えられるだろうか、面接では何を聞かれるのか、応募書類を慌ててコピーもとらずに送ったが何て書いたんだっけと心配は尽きず、気がかりなまま受付をする。

試験場に入れば狭き門にもかかわらず複数の受験者がいて不安が募る。トイレに行ったけれども、学校ってこんなもの?と思いつつも、まずは合格が第一だと気を取り直し試験場に戻る。ひたすら沈黙だ、気が重い。試験官はリラックスさせようと穏やかに説明してくれるけれども、不安は尽きない。

時間がきた。作文試験が始まった。書きやすそうなお題ではあるが、構成をどう描くのか、書き出しはどうしよう、隣の受験者はもう書き始めている。コツカツとシャープペンの音が響く。それに比べてなんて私の筆致は遅いのか。焦って頭が真っ白になる。力以上は所詮無理、私はわたし、あるがままに力を出せばよし、と思いきるしかない。

1時間は短い。1時間は長い。満足な答案を書き上げようとするととても短い。推敲して消しゴムで消して手を入れる。また見直しを繰り返す。できるなら一から書き直したいけれど、そんな余裕はない。この流れで完結させるしかないし、書き直したところでこれ以上の出来映えになるとは限らない。

ペンを置く。待つ。あと何分かと時計を見ればまだ時間はある。長い、気詰まりだ。30分たてば原稿用紙を出して退出してもよいと説明されだが、試験場を出ても行くところはないし、他の受験者にも動きはない。じゃあこのまま待とうと時計とにらめっこ。少々乱雑な字を連ねた答案が気がかりで、読みやすくひらがなを書き換えたりはしたけれども、中身を直すエネルギーはもうない。やっとこさ終了。

おぼつかないまま控室で面接の順番を待つ。ひたすら沈黙が続く。一人目が呼ばれた。何を聞かれるのかなあ、何度か想定を繰り返してきたが、もう一度やってみる。よしよしと思う反面、全く考えもしなかった質問が発せられたらどうしよう。胃がきゅんと締まるような心持ちだが、当たって砕けろだ! 私はわたし。ありのままに自分を出して、合否は天にまかせよう。人事を尽くして天命を待つとはこのことなり。

(受験者はこんなストライプのスーツではなく、皆黒いリクルートスーツだった。大変にお疲れさまでした)
クロカスとニンフの恋よ一会かな [2016年02月13日(Sat)]

fumihouse-2016-02-13T18_00_14-1-thumbnail2.jpgわが家のクロッカスが咲いた。暖かい南風で気温が上がり一気に咲いた。夜更けには春一番になるだろう。

悲しい美少年クロカスの化身である。ニンフに恋したクロカス。歌と踊りが上手で若くて美しい女の妖精となれば、むべなるかな。二人があまりにむつまじいので、ギリシャの神は嫉妬したのか、それとも純真無垢な愛を永久に残そうとしたのか、クロカスをクロッカスに、ニンフをイチイにしたという。

クロッカスはアヤメ科。わが家にも黄色の二種、紫、クリーム色の花が毎年咲いてくれる。咲き始めは、まだ冬。満開になるころに早春が来て、終わるころには梅が満開となる。

黄のクロッカスの花言葉は「私を信じて」。春は必ず来るものさ。紫色のは「愛したことを後悔しない」。覆水盆に返らずともいうが、一期一会の出会いを感謝しつつ。
インタビュー意外な答え引き出そう [2016年02月12日(Fri)]

fumihouse-2016-02-12T18_16_24-1-thumbnail2.jpgインタビューをする機会はそんなにないが、講演のあとに、せっかくの機会ですから質問をどうぞと司会者からふられて、人助けだと思って質問することがある。講演を十分咀嚼したうえで講師を誉めつついい気持ちになってもらって、内容を掘り下げてさらに講師の良い面を露わにしてみたいものだが、大抵はとおりいっぺんなぞるだけの質問になりがちだ。NHK元アナウンサーの山本浩氏がこう書いている。

≪インタビューの始まりは一対一の対話にある。(中略)とるべき方法論は、あらかじめ決まっている。
 @インタビューする人の顔を見る
 A具体的に聞く
 B大事なことを先に聞く
 C答えを不用意に質問の中に織り込んでしまわない
の四つだ。「具体的に聞く」とは、漠然とした質問、質問の体をなしていない質問を繰り出さないこと。「おめでとうございます」と言ってそのままマイクを突きつけたり、「これで三連勝ですね」というように、ポイントのはっきりしない質問をしたりするのは避ける。(中略)裸の質問をしない。≫
(山本浩『スポーツアナウンサー 実況の真髄』岩波新書2015年)

抽象的すぎて答えにくい質問は止めたいのだが、質問に困ると抽象に逃げてしまいがちだ。答えを質問に織り込んでしまうこと、あるある。質問するときはよくよく考えて、二の矢三の矢をあらかじめ考えておかなければいけないな。

(昨日の陽光の下の金柑の実。風のない青空だった。今日は一転して南の温かい風が吹く。春一番宣言が出るだろうか)
キラキラと空のようにと輝いて [2016年02月11日(Thu)]

fumihouse-2016-02-11T09_24_20-1-thumbnail2.jpg幸せであってほしい、際だったオンリーワンであってほしい。その願いが最初に結実するのが子供の命名です。かつてはDQN(ドキュン)ネームとも言われましたが、今は「キラキラネーム」で統一されました。個性的だけれども、奇抜すぎて読めない名前として話題になります。

さて何と読むでしょうか。
@黄熊 A希星 B光宙 C皇帝 D星凛 E快晴 F歯舞

印象深くはありますが、人気のキャラクターなどこれを一生使うかと思うと抵抗がありますね。名前を変える訴えを裁判所に起こしたひともいるという話です。一度覚えたとしても何度も確認しなければなりませんね。

@ぷう Aきてぃ Bぴかちゅう Cしーざー Dきらり Eたいよう Fはぼまい

Fはひっかけです。島尻沖縄北方担当大臣が記者会見で北方領土の「歯舞群島」を読めなくて非難されました。わたしも大した違いはありません。いままで「歯舞島」だと思っていましたから。アイヌ語源の北海道の地名を読むのは難しいですが、それは歴史的事実としてしっかり覚えていかなければなりません。

過激化してきた名前のキラキラ化も下火になって、和風ネームが復権してきたともいわれます。誰にも読める名前を付けてやるのは、親から子供への最初のプレゼントとして相応しいとは思いませんか。

(お目見えしたオオイヌノフグリ。春の空の色をしてキラキラ輝いている)
輝いて満天一の煌めきよ [2016年02月10日(Wed)]

fumihouse-2016-02-10T21_37_34-1-thumbnail2.jpg 満天の星です
 一人で眺めています
 PTAの役員会を終えて遅い列車に乗ります
 東天には木星がお目見えしています
 獅子座の逆はてなマークを押し上げる位置です
 全天一のシリウスは南中して最も高い位置に
 赤い巨星のベテルギウスと白面のプロキオンは正三角形
 昴がいつもより鋭く光るのは空気が澄んでいるからです
 北極星を挟んで左にはWのカシオペア座
 右には北斗七星の升の部分がおっ立っています
 昼間は東風が吹きました
 空はブルーの爽やかさ
 春は遅からずやってきます
 今夜は少々遅くはなりますが明日は休み
 ゆっくりの夜を過ごすといたしましょう
 こんな夜は大好きです

(朝方の空には黒い雲もあったが午後には澄み切った空が広がった)
暖冬に慣れた体は風邪をひく [2016年02月09日(Tue)]

fumihouse-2016-02-09T18_19_00-1-thumbnail2.jpgこの暖冬に慣れきって体は緩んでいた。晩秋にも朝夕に冷え込みはなく、年末年始をのほほんと暖かく過ごしたため、1月の後半にやってきた冷凍状態に体が急には対応できない。多くのひとが風邪をひいてしまった。幸いにわたしは風邪には一年以上も無縁だ。風呂上がりの冷水浴が効いているとみえる。

湯船で温まったらシャワーを水にして、太ももから下にかける。1、2、3、、、10まで数えたら、左の肩から腕にかけて右腕にかけて背中から胸に水を回してさらに10数える。冷たさに震えるのは確かだが、体は緊張に引き締まり、内側からホカホカとして快感だ。当分は湯冷めをすることがない。

心臓が悪い人にはおすすめしないが、自律神経を鍛えるにはいい方法だと思う。この荒行を始めてもう八年。風邪をひいたのは2、3回。ふつう人は年に平均して3回ひくというから、わたしは少なくすんでいる。鼻水が止まらなくて、微熱があって、体はだるくて重い。あの風邪症候群はできるならば経験したくないもんだ。

(風邪をひいたなら、花の布団に入って微香と温もりでもって眠りたい)
ジカ熱にうなされ半年五輪かな [2016年02月08日(Mon)]

IMG_20160203_200317.jpgリオ五輪に黄色信号がともった、いや赤信号かもしれない。ジカ熱でWHOが緊急事態を宣言し、ブラジル政府も大統領自らが蚊の駆除を訴えた。競技場や交通インフラの完成が遅れている状況にあって泣きっ面に蜂だとは思うが、ルセフ大統領は「ブラジルは強い。蚊にもウイルスにも負けないことを証明しよう」と国民に呼びかけた。軍人ら22万人を動員するという。

ジカ熱に妊婦が感染すると小頭症の新生児が生まれる恐れがあり、すでにブラジルでは四千もの症例がある。蚊だけが媒介すると思っていたら、キャリアからの輸血でうつった2例があるというし、性的接触でも感染するそうだ。

このウイルスに効くワクチンはまだ開発されていない。仮に開発されたとしても妊婦もしくは、その可能性がある女性にワクチンを打つことはできるのか。早急に安全な薬をつくることは簡単ではない。まずは蚊を減らすことが肝心だ。

中南米諸国も緊急会合を開き、ジカウイルスをもつ蚊の駆除を進めていくこととなった。米国だって危ない。この時代、蚊が飛行機や船で大陸を渡り、ユーラシア大陸やオーストラリア大陸に進出することは目に見えている。南アジアや東南アジア、中国でいったん広まったとしたら恐ろしいことになる。子供をつくろうとする意思が萎え、出生率は下がるだろう。人口爆発の抑制にはなるかもしれないが、人口ピラミッドは歪んでしまう。

蚊に刺されてから数日後に軽度の発熱、発疹、筋肉や関節痛、倦怠感が出るというが、たいした症状ではないだけに、これまでは見過ごされてきた。それがこの数週間で地球上を席巻する勢いだ。

リオ五輪が決まったときに、喜びの一方で反対のデモが渦巻いた。経済が低迷して大きな貧困問題をかかえているときに五輪なんかしていられるかという意見だ。いまでも政権の支持率は低い。しかし一度はやると決めたこと。国難と認識して、ブラジルの人びとはオリンピック成功と病気封じ込め、両方にガンバってほしい。

(蚊にこんなふうなヌクヌクした環境を与えてはいけない)
パディントン駅に迷いて熊の旅 [2016年02月07日(Sun)]

fumihouse-2016-02-07T14_07_37-1-thumbnail2.jpg映画『パディントン』では、ニコール・キッドマン、輝いていました。大柄な180センチの身長を感じさせない小顔。艶のある髪と肌に見とれます。カツカツとハイヒールで歩く姿は無欠の美でしょうか。年齢を重ねてその美貌が憎まれ役にぴったりですが、おしまいには笑いに包まれて楽しめました。吹き替えの声、パディントンの松坂桃李もいいし、なんといってもパディントンの毛並みの質感や笑顔の人なつっこい様子が可愛いですね。長年愛されてきた児童文学「くまのパディントン」の世界を裏切りません。

赤い帽子をかぶった小熊が南米ペルーのジャングルから旅します。すでに英語を自在に操ることができる出来るヤツ。それでも英国・ロンドンは右も左もわからない。そこで拾ってくれたブラウン一家にお世話になります。一方で博物館の剥製師(キッドマン)が007かミッション・インポッシブルを思わすようなアクションで、彼をつけ狙うのです。

『ハリー・ポッター』シリーズのプロデューサーが製作したということで、随所に魔法界を彷彿とさせるような映像が埋め込まれています。細かいところも行き届いたいい映画です。

(わが家にあるパディントン・ベアのぬいぐるみ。動かないけれど、私がパディントンで買ってきた可愛いヤツ。帽子は黄色)
泡くって逃げる2月と走れ君 [2016年02月06日(Sat)]

fumihouse-2016-02-06T18_55_44-1-thumbnail2.jpg逃げる2月は28日しかない。ところがどっこい、今年は夏季オリンピック・イアーでうるう年。嬉しいことに一日多い29日まで。

大切にしよう、この一日。
有効に使おう、この一日。
実になることをしよう、この一日。

2月29日(月)まで、あと23日。いやいや違うよ。今日2月6日(土)の一日と2月29日の一日の重みは同んじこと。ならば今日を大切にしましょうぞ。2月29日になってから後悔しないようにね。今日の終わりまであと5時間だ。
休眠を破ってむけるひと皮よ [2016年02月05日(Fri)]

fumihouse-2016-02-05T18_14_31-1-thumbnail2.jpg休眠打破。いかにも哲学的な文字なんだが桜のための四字熟語。桜が開花するためには葉を落として眠っていた木が起きる準備が必要だ。それが寒さにさらされること。だから沖縄のサクラは、山の上から北の方から咲くというから面白い。山頂から山肌を伝って降りていく薄桃色を見てみたい。

休眠打破は覚醒だ。覚醒剤で騒動をおこした迷球会の御仁あり。失礼しつれい名球会。華だスターだ、チヤホヤされて寒さに震えたことがない。一時のあだ花咲いたとて、桜のようにと咲いてみよ。魅せたもの、積んだもの、嘘ではないはずだ。幻に消えないないことと信じてる。断てよ目覚めよ、あの御仁。清い目澄ませて振り返れよ。寒さに当てられ、また咲けよ。咲けよ咲くんだ、開花せよ。
高速に過ぎて甘さが恋しくて [2016年02月04日(Thu)]

fumihouse-2016-02-04T18_09_43-1-thumbnail2.jpg高速に過ぎるこの三か月。

1月は「往ぬ」。正月をにぎやかに過ごすうちに日は進み、強烈な寒波をやり過ごして往ぬ。

2月は「逃げる」。節分を過ぎて春の気配が寄ってきて、バレンタインデーのチョコを頬ばるうちに逃げる。すでに今日は立春だ。

3月は「去る」。春一番が吹いて梅が咲き始め、南から届く桜の便りを聞くうちに去る。新年度に向けて慌ただしさとともに去る。早いというより高速すぎて驚いて行き過ぎる三か月。

(甘いものには目がないわたし。ドーナツ、チョコ、アイスクリーム。キャンディを除けば何でも大好きだ)
まく前に豆は喰うもの味わひて [2016年02月03日(Wed)]

fumihouse-2016-02-03T18_27_16-1-thumbnail2.jpg今日は節分。そして豆まき。スーパーには煎った大豆が小山に売っている。鬼は外、福は内と豆をまき、歳の数だけ食べておしまい。一家に一袋、せいぜい二袋もあれば十分だ。これでは売り上げは伸びない。恵方巻が関西発の文化としてあれよという間に全国に広まったのは、煎り豆では儲けにならないと考えたのだろう。商魂たくましい。

この時季わたしは昼となく夜となく、豆を食べている。口に放り込むと香ばしさが口中に広がる。噛むにつれ甘くなる。唾と混じり合ってペースト状になるとさらに甘い。咀嚼してアゴの筋肉を鍛えよう。脳にも刺激を与えて健康にもよいだろう。緑茶と一緒に食べれば和の味に引き立ち、珈琲となら別の味わいが楽しめる。喰うは食べるは、際限なく豆を噛んでいく。今夜も美味しい豆の味。

(節分が終わればバレンタインチョコが主役となり商売人は忙しい。私は買い置いた豆を食べるのに忙しい)
ノンポリは政治に背を向けのほほんと [2016年02月02日(Tue)]

fumihouse-2016-02-02T18_21_11-1-thumbnail2.jpg中国共産党が大学に指示した「七不講」があるそうです。講義したり議論してはいけないテーマが次の7つだというのです。(池上彰「第二の毛沢東か 習近平」青春と読書FEBRUARY2016)

 1 人類の普遍的価値
 2 報道の自由
 3 公民社会
 4 公民の権利
 5 党の歴史的錯誤
 6 特権資産階級
 7 司法の独立

人類の普遍的価値といえば、自由であり平等、さらに健やかに生きる権利でしょうが、中国共産党は認めないでしょうね。行政と立法と司法の三権の上に立つ権力を誇示する共産党なら、むべなるかな。当然、過去の過ちなど認めるわけがありません。

多くの中国人民が公民としての権利を主張し、国家主権の一翼を担って政治を動かしたいと言い出したら、中国社会は混沌とするどころか、社会システムまで崩壊しかねないと指導層は言うでしょう。1989年6月の天安門事件がまさにそれでした。民主化運動は完全鎮圧されました。今後も共産党は15億の人びとが流民化せずに安定して経済成長を続けていくためには必要な束縛だというでしょう。

政治参加しても自分の一票じゃあ何も変わらないと言って政治に背を向ける日本とは、考えてみればとっても幸せな国ですね。ノンポリでのほほんとしていればいいのですから。
あたりまえ失うときに気がついて [2016年02月01日(Mon)]

fumihouse-2016-02-01T18_26_12-1-thumbnail2.jpgスマホが鳴って目が覚める。あたりまえ。
蛇口をひねればお湯が出る。あたりまえ。
出かける前には弁当ができている。あたりまえ。
駅に行けば列車が来る。あたりまえ。
時間どおりに職場に到着する。あたりまえ。
ストーブやエアコンで暖をとる。あたりまえ。
メールやLANシステムで仕事をする。あたりまえ。
電話をすれば目的のお相手が出てくれる。あたりまえ。
リモコンを押せばテレビが見られる。あたりまえ。
クルマのエンジンをスタートさせれば動き出す。あたりまえ。
家に帰れば家族が温かく迎えてくれる。あたりまえ。

本当にあたりまえかな? あたりまえなことが当たりまえに出来るのは実は当たり前じゃあないってことは、とうから皆承知のことだよね。ついつい忘れがちなことだけど。

(花が咲くのはあたりまえ? 自然の摂理ではあるが、彼らも闘って開花を勝ち取る)