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二重唱ジュワジュワジージと大音響 [2015年07月31日(Fri)]

fumihouse-2015-07-31T17_10_42-1-thumbnail2.jpgジュワジュワ、ジュジュッと叫んでる。
俺たちゃ素早く回転し、十数秒の息続く。
余韻ないけどプツンと切れて、無粋なヤツらと言うなかれ。
寝苦しい熱帯の夜過ぎて涼しくなって、太陽が昇ったころに鳴き出すぞ。
待ってましたと騒ごうぞ。
集団で騒ぎ叫ぶと腹立たしい、それは人間の勝手な言いぐさだ。
耳障り? 騒音か? 俺には知ったことじゃない。。
ニイニイゼミとアブラゼミ、夏の通奏低音とぬかすヤツがいる。
ヤワなこと言ってるんじゃねえ!
そんなもんなら消してやる。
ミンミンなんぞ、群れを作らず鳴くうちに絶滅危惧種じゃねえのかい。
ざまあ見ろっえんだい。
そこのけそこのけ、俺さまがとおるぞぃ。
俺たちゃ天下のクマゼミだい!
でも俺の声をよーく聴いてみな。
ひとり二重唱をやるんだせ。
ジュワジュワの「ワ」の拍で、ジージの音を出すんだい。
器用なもんだろ〜。
日本列島、夏列島。
クマゼミ大挙で街路を占める。
そこのけそこのけ、我らの世界。
人間は歯車となり中庸に [2015年07月30日(Thu)]

fumihouse-2015-07-30T17_59_44-1-thumbnail2.jpg私たちはどちらかというと、『歯車』となるのを嫌う。巨大な組織や機構に動かされて我が身の存在の小ささを嘆く。チャップリンの有名な映画『モダンタイムス』がイメージの元になっているのかもしれない。主人公チャーリーが単純作業を繰り返すうちに歯車に巻き込まれるシーンが印象深い。

確かに私たちは、世の中にあってその一部分として日々を過ごす。現代文明によって個人が機械以下に成り下がるとモダンタイムスが風刺するまでもなく、個々人はあくまでパーツでしかない。

ただ思うのである。私たちは全能ではあり得ない。独りでは生きていけない。この地球で役割を果たすことで認められ、生きる糧を得ることができる。お金の面はもちろん、生きがいという点においてもそうだ。

歯車は即ち絆と言える。他者との健全な繋がりにほかならない。以前、絆は「ほだし」とも読むと書いたが、「きずな」は行き過ぎれば、家畜の自由を束縛する首縄や足かせともなる。

「モダンタイムス」でチャーリーとヒロインの二人は、冷たい現代社会から逃れて束縛のない自由を求めて旅立った。ほだしときずなが適度に釣り合う良い環境にたどり着いたのだろうか。
ミンミンとジージニイニイ暑盛り [2015年07月29日(Wed)]

fumihouse-2015-07-29T17_49_20-1-thumbnail2.jpgミンミンゼミが鳴いていた
孤高の蝉よ強く鳴け
鳴けばなくほどリズミカル
思わず数えて シーゴーロク
低く厳か 何度でも
君はなわばり主張するのか 哲学か
おまえにあげたい称号を
「ミスターサマー」と呼ばれなさい

ニイニイゼミとアブラゼミ
ニーーーーー ジーーーーー
夏を彩る通奏低音
微妙に音程変えながら
ミンミンゼミに和声となって
夏を奏でよ最期まで
害をとき命の教育想像す [2015年07月28日(Tue)]

fumihouse-2015-07-28T19_27_41-1-thumbnail2.jpg子供が自殺したり、陰惨な事件を起こすたびに、教育関係者が「命の大切さに関する教育」に力を入れると発言する。

命は大切だと感じるためには、自分自身が取り替えのきかない大切な人間だと無条件で信じていなければならない。勉強ができるから大事にされる、スポーツ万能だから一目置かれるという条件付きではない。存在すること自体がかけがえがなくて、自分は価値あるものと信じられれば、それを基礎にして他者を大切に思えるはずだ。

親にギュッと抱きしめられて大切にされる経験が積み重なって原点となるわけで、命の教育は一朝一夕にできるものではない。修羅場も経験しながら親と子が成長しつつ、命の貴重さを実体験していく。命はかけがえがないと百万回繰り返しても、言葉だけでは観念論だ。

しかし遠回りなのだ。現実に自己や他人を傷つける可能性がある子供をギュッと抱きしめてやれるかというと難しい。すでに大きくなった子供は嫌がるだろう。家庭的にもいろいろな事情があるからとても時間がかかる。私は「利害」を説き聞かせたほうが、短期的には効果があると思う。

例えば、目の前に殺したいほど憎い奴がいて、それを殺すメリットは何かを考える・・・・・奴が死ぬのを目の当たりにして満たされる。モヤモヤした気分が晴れる。SNSにツイートして注目される…。大きな「利」はない。たちまち消え失せる。

一方でデメリットは際限ない・・・・・ゲームと違って遺体は消えずに目の前に残る。処分しようと思っても重く手に余る。腐敗しだすと信じがたいほど臭う。逃げても捜査の手がいつ及ぶか心配で眠れない。逮捕されれば友達からの評判が地に落ちる。相手の家族から深く恨まれる。学校へは行けなくなる。取り調べや裁判を受けなければならない。マスコミからはあることないこと叩かれる。臭い飯を食ったあと社会復帰は困難で就職や結婚も難しい。殺したことを一生後悔し続ける…。キリがない。

両者を比較すれば、殺したいほど憎いヤツでも殺しては損だ、「害」しかないと思える。もちろん比較の上で惨劇を起こすわけではないが、少しは抑止力になるだろう。その刹那ではなく数日後の損得を想像さえすれば、無惨な事件を起こさずにすむ。自殺についても深く考えていけば必ず、ダメという結論が出てくると思う。

命の大切さを考えさせる教育は様々にある・・・・・誕生日を祝ってもらうなかで、家族や友達と自分が生きる意味について考える。悲惨な事故をきっかけにして、日常に潜む危険を想像し普段から事故を起こさないように決意させる。植物の芽が出て葉を広げ花が咲いてやがて枯れることを目におさめる。ペットが生まれ育ち、死んでいく姿を見て悲しみに耐える経験をさせる。家族や祖父母、親戚など身近な人の死から人間の命について考えさせる。毎日食事ができることに感謝し、食物となっていただく命を有り難いと思う。

いろいろな教育実践があるけれども、イメージの中だけで他人や自分を殺したらどうなるかを考えるタブーに挑戦する意味はあるのではないかと、私は思う。本当に殺したらどうするんだ、自殺幇助になりかねないと心配する向きがあるのは当然だ。しかし、自分は生きるにふさわしいという自己効力感(セルフィ・エフィカシー)を高め、命は大切だという肯定感を育むのには時間がかかる。しかも人間は利害得失には特に敏感にできている。全ての人間が持つ闇の部分を避けるのではなく、一点突破するのも一つの方法ではないかと考えた。

(このイシガメ君も大切な命をもつ。つぶらで潤んだ瞳は情が深そうで、じっと私を見ていた)
暑ければ熱くなるぞとスマホ君 [2015年07月27日(Mon)]

fumihouse-2015-07-27T17_20_48-1-thumbnail2.jpg各地で最高気温が軒並み上がっています。人間にとって暑さへの備えが大切なように、スマホにも熱中症対策が必要です。

スマホを使ううちに熱くなってきます。バッテリーやメモリが発熱するのです。コンピュータの処理速度が遅くなるだけならまだしも、バッテリーが変形しスマホを壊すことだってあるようです。

私も熱くなったスマホを胸ポケットやチノパンのポケットに入れていると体温でさらに熱くなるのを感じます。塩分を含む汗にさらし過ぎると基盤を傷めることにもなります。

30℃以上の場所での長時間操作を続けると、CPUに相当負荷になりますから、異常発熱しないうちに避難させてやりましょう。スマホが耐えられる上限温度は45℃だそうですから、この時季閉め切った自動車内にスマホを放置して直射日光に当てると、場合によっては爆発します。今やライフラインの重要な位置を占めるスマホが壊れると後悔の元となります。

暑いこの季節、時々じっくりと休めてやりたいものですね。そのためには、スマホ中毒から脱しなければなりません。それが心身を健康に保ち、機械も大事にしてやる秘訣です。
先生が火花を散らし連作を [2015年07月26日(Sun)]

fumihouse-2015-07-26T16_12_50-1-thumbnail2.jpg「先生」と称される職業はけっこう多い。教師、医師(おっと師匠の「師」まで付いている)、議員を三羽がらすとすれば、その他弁護士など法曹界の面々、漫画家や作曲家などクリエーターの面々。ほかにもたくさんあるのであろう。

芥川龍之介賞(芥川賞は通称だと最近知った)を受賞した新人・又吉直樹が近頃「先生」と呼ばれるようになって、このように言っている。

「だれも本気で『先生』と思っていない。それで勘違いしたら本当の大馬鹿野郎になってしまいます」と。「勘違い」という言葉に、天狗になって鼻高々で他を見下す哀れな自惚れ屋にはなるまいと含ませているのだと思う。

シンカイさん(新明解国語辞典)の第四版では「先生」をこう定義している。なかなかいい解釈をしてくれている。

≪[もと、相手より先に勉学した人の意] 指導者として自分が教えを受ける人。狭義では教育家・医師を指し、広義では芸術家や芸道の師匠・議員などをも含む。また、けいべつ・揶揄の意を含めて言われることが往々ある。例、「先生と言われるほどのばかでなし」≫

純文学の『火花』で、お笑い芸人を通して人間とは何かを描いた又吉が、次作ではどんな人間模様を表現してくれるのか楽しみだ。以降も長けた作品を連発すれば、正真正銘の「先生」として尊敬を受けることは間違いない(まずは早いとこ『火花』を読まなくちゃ)。

(先生とは全く関係のない花。しばらく前に荒神谷遺跡公園の池の水際に咲いていた)
7月の最後の週末夏盛り [2015年07月25日(Sat)]

fumihouse-2015-07-25T17_29_46-1-thumbnail2.jpg日差しを浴びるとヒリッとした。
日に当たり続けるとジリッと痛む。
日陰に逃れるとサッと涼やかだ。
爽やかに風を感じて心地よい。
車の車外計は37℃を表示していた。
県都・松江にいる。
南に広がる中国山地は空との境目をハキッとさせて常盤緑。
北に延びる北山山系に白銀の雲が浮かんで瑞々しい。
東には大山がうっすらだが近くに見える。
松江城は夏空にクリッと浮き出て見える。
松の緑が鮮やかで、これぞ国宝!と自らを誇っている。
宍道湖が青い。
空に紺色の絵の具を混ぜ込んでググッと群青色。
これぞ夏、これこそ夏休みだ、オーッ。
五時をまわったというのに、道路の温度表示は32℃を示す。
今夜も天の川がサラッと流れるのが見られそうだ。
きっと涼しい夜になるにちがいない(なってほしい)
悩ましき蜩鳴いて人も泣き [2015年07月24日(Fri)]

fumihouse-2015-07-24T18_35_19-1-thumbnail2.jpg蜩(ひぐらし)のことを、またもや書きます。≪出だしは低く、徐々にスピードと音量を増して、再びゆっくりと収束していく。その揺らぎには、地から湧き出してきたかのような得体の知れな≫さがあると。

違っていました。出だしからトップスピードです。しかも音は低くない。カナカナカナとやや金属的に飛び出して一秒間に4,5回も音を繰り出す。持続はせずに2,3秒で声は収まる。せわしない印象がないのは、音が切なく響いてくるからでしょう。遅くなって消え入るように終わる。思う間もなくすぐに鳴き出す。これを繰り返します。

彼らに特筆すべきは、シンクロするところです。山全体がザワザワっと揺らぐのです。若干ズレることで声の塊に揺らぎを感じさせ、いっそう切なさを募らせるのです。やるせなくて悩ましい感じが存分に出ています。日が暮れるまで続きます。

怪談話にはいい素材になりますね。「おめぇのことを好いている、必ず連れ添って所帯を持つからなぁ」と言った舌の根も乾かないうちにあたしを手込めにするなんて……死んでも死にきれないよぉおまえさん。あんたをすぐ迎えに行くから、三途の川を一緒に渡りましょうよ……。

そんな怪談劇があるかどうかは知らないけれど、今夕も悶々と悩ましく蜩は、日を暮らしていくのです。

(夕陽に照らされてムクゲが咲いている。さすがにて今日は邇摩高校も暑かった)
ミルコメダ新たな銀河40億年 [2015年07月23日(Thu)]

fumihouse-2015-07-23T18_43_47-1-thumbnail2.jpg私たちの地球がある天の川銀河(ミルキーウェイ)とお隣のアンドロメダ銀河はいずれ衝突し、二つの渦巻き星雲は混然と溶け込んで一体化する。2012年にハッブル宇宙望遠鏡を使った観測で明らかになった。

「いずれ」とはいつか? 40億年後だそうだ。われらの太陽が赤色巨星となって、ついに収縮し白色矮星となり活動を終えるまで50から60億年と言われているので、太陽が生きているうちにその時はやってくる。

衝突といっても大爆発などしない。星と星との間隔は、宍道湖にピンポン球が数個浮かんでいる程度なので、当たる確率はほとんどゼロに等しい。ただし星間の重力が影響しあってその巨大銀河の形は変わる。

名前はすでに付いている。『ミルコメダ銀河』。ミルキーウェイとアンドロメダを足しただけなのだが、どこかしらロマンチックな響きがある。ついでにどこかの珈琲屋チェーンのブランド。

そのころ人類はどうなっているのか。地球は大きくなった太陽の熱で煮沸されて生物は死滅する。人間はその英知でもって宇宙の他の星に新しい住処を作り出しているのか。それとも巨大な宇宙船で宇宙を放浪しているのか。確率としては滅び去る可能性が高いのだろうが、生き残ってほしいものだ(と40億年後は全く他人事だ)。

なんせ今の人類、ホモサピエンスが誕生してまだ数万年しか経っていないんだもんね。あぁなんて宇宙の時空は巨大なことか。

(赤色巨星というと、邇摩高校の熟したトマトのように赤くなるのだろうか)
凛として女王が行く川下り [2015年07月22日(Wed)]

fumihouse-2015-07-22T19_19_38-1-thumbnail2.jpg映画『アフリカの女王』は、オンボロ船「アフリカの女王号」に乗った男女の冒険譚です。カッコいい男の代名詞たるハンフリー・ボガート(チャールズ役)は飲んだくれでしがないオンボロ船長で、村々を回って行商をしていました。

キャサリン・ヘップバーン(ローズ役)は兄とともに東アフリカの小さな村でキリスト教の宣教活動にいそしんでいました。それなりに幸せでした。ところが一次大戦で敵国となったドイツ軍に村人を根こそぎ徴用され、兄もショック死させられました。憎っくきドイツに一泡吹かしてやろうと、ローズは英国人として敵国に戦いを挑むのです。チャールズもしぶしぶ同意します。

川下の湖には当時最強だった敵艦ルイザ号がおり、それを攻撃するのが目的でしたが、川下りは困難です。ドイツ要塞や激流を越え、蚊やヒルの襲撃に怯え、広大な葦原に行く手を阻まれ戦闘の前に干からびそうになります。それでもローズの執念は船を湖まで導いたのです。手製の魚雷を装着し、ルイザ号を襲撃だ!という段になって嵐が起こりあえなく女王号は沈没。二人はドイツ軍の捕虜となりました。

いよいよ艦上で処刑という時に、なんと沈んだはずの女王号が浮かび上がって、雷管がルイザ号に触れ大爆発。軍艦は炎上沈没しました。

チャールズは捕縛された時、ひたすら知らぬ存ぜぬを通しました。ローズを守るという気持ちがあったとはいっても、彼は柔弱な敗残者となり果てようとしていました。それをローズは救ったのです。

誇り高き英国人として祖国のユニオンジャッを掲げてこの艦に魚雷で攻撃を挑んだが嵐で沈没したと堂々と陳述しました。凛とした誇り高き女性の姿を顕示したのです。まさに「女王」そのものの誇り高き自尊の姿でした。『アフリカの女王』とは彼女自身のことだったのです。

日本で「ヘップバーン」といえばオードリー・ヘップバーンですが、アメリカではキャサリン・ヘップバーンがイメージされるそうです。長身で常にパンツスタイルがカッコいい女性です。ハリウッドの黄金期を支え4回のオスカー賞を受けた大女優。晩年の『黄昏』もヘンリー・フォンダと組んで素晴らしかった。そのカッコよさが存分に出た名作と言えるでしょうね。

(ローズの血潮のように赤い熱いハイビスカスの赤色。仁万駅の近くのあるお宅に咲いている)
ヒグラシが寂びの静けさ連れてきて [2015年07月21日(Tue)]

fumihouse-2015-07-21T19_22_02-1-thumbnail2.jpg夜の静寂(しじま)を破り、朝を告げる音があります。鶏と蜩(ヒグラシ)の鳴き声。けたたましく安眠を妨害するのが鶏鳴で、じわりと朝を感じさせるのが蜩です。

カナカナカナと形容されますが、表しきれない面白みがあるのです。深山から神々がのぞき見をして、幽玄なる谷を木の精霊が駆け回るような不可思議な感覚になります。

出だしは低く、徐々にスピードと音量を増して、再びゆっくりと収束していく。その揺らぎには、地から湧き出してきたかのような得体の知れない感覚をもってしまうのです。わびやさびの世界でもあるでしょう。

夕方の日が暮れる頃に鳴きますが、昼でも深い山に入るとよく鳴いており、別世界に入ったようです。朝に鳴くのは「日暗し」というよりは「日明かし」と言えるでしょう。

日が昇り、ニイニイゼミが金属のような音を響かせ、アブラゼミが暑そうな音で間断なく鳴く頃には、ヒグラシは静かになってしまいます。蝉時雨の質が変わるのです。

今日も全国的に熱中症が多発して厳しい暑さが人間を襲いました。夜にひと息ついて、また明日の早朝にヒグラシの幽寂な音で目を覚ますことにしましょうか。

ところで、蜩という字をついつい「タイ」と読んでしまうのです。魚の鯛と似ているからです。そんなことありませんか?

(出雲・高瀬川の清流をバックにして菊系の花が咲きます。この梅雨は島根では雨が不足していましたが、水量は安定している斐伊川から分水されて高瀬川も豊かに流れます)
夏空に吸いて入って始発便 [2015年07月20日(Mon)]

fumihouse-2015-07-20T09_39_34-1-thumbnail2.jpg飛行機が滑走路に向かおうとするときに整備士が敬礼。出発便に手を振る:::::私たちが万全を期して送り出す機体です。ご安心ください。どうか乗務員とともに、ご無事で、楽しいフライトとなることを願っています。また帰ってきてください。お待ちしています:::::そんなメッセージが込められている。

セッカが鳴いている。草むらで規則正しく甲高く、キュッキュッと鳴いている。雀は展望デッキのフェンスの上でチュンチュン鳴いている。滑走路の端に行き着いたJALの始発便は加速を増して疾走する。半ばを越えるとまずは前輪が上がり、全体が浮く。ジェットの加速にまかせて宍道湖上空の空に突き刺さる。

飛行機は空を独り占めして飛んでいく。枕木山を下に見下ろし空を行く。右手の伯耆大山もよく見えるだろう。西の方から晴れが寄せてくる。太陽を穏やかに覆っていた雲は脇役とばかりに蹴散らされていく。陽光がまぶしい。暑い一日が始まった。今日の最高気温予想は、松江も東京も33℃。

(暑さが降ってくる出雲の夏空にムクゲが満開となった)
わたくしの党派をなくし参議院 [2015年07月19日(Sun)]

fumihouse-2015-07-19T21_41_59-1-thumbnail2.jpg参議院選挙制度はどうなるでしょうか。自民党の10増10減案を実現したとしても、一票の格差は依然として大きいことから、公明党と民主党は大胆にも二つの県を合わせた合区を10に増やそうとしています。前回参院選で5倍近かった格差が2倍未満に縮小し、裁判所が違憲と断じた状態を避けられますから、早速来年夏の参院選から適用できればいいですね。

県別の選挙区がなくなる自民党議員は「地方切り捨てだ」と反対していますが保身です。国会議員の地位を私有財産視した反論に思えます。

吉田松陰は小大の用を足すたびに走っていたそうです。「用を足すことは私事であり、私(わたくし)のために使った時間を取り戻すために走る」という理由です。ここまで純粋に公(おおやけ)の利益を考えていた松陰。その純朴な大真面目さが長州の若者を動かしました。空想的な天皇中心主義に染まり過ぎたきらいはありましたが、松陰あって始めて長州藩による明治維新は成し遂げられたのです。

国会議員は天下国家を議論しなければなりません。広い視野に立って判断しなくてどうするのですか。自分の出身地に誇りをもつのは当然としても、選挙区の利害だけにとらわれることなく、一票の格差という大きな課題を解決せずして前進はありません。

ただし、合区される島根県の住民として条件をつけたいと思います。この際参議院には党派をなくしたらどうでしょう。党議拘束を外してしまって、より高い価値を大所高所に立って求めるのです。党派中心から民衆中心の議会の仕組みにするのが政治家の責務ではないでしょうか。それが日本の民主主義を育て、地方創生の本流を確かなものにします。

ついでに衆議院の小選挙区制も変えてしまいましょう。小選挙区制には地滑り的に第一党を決めて政権交代が容易になるという性格はありますが、死票が増えます。中選挙区制に戻したいですね。個性的な小政党も活躍できる、有権者の関心が高まる、区割りを変えなくても一票の格差を正せる。いいことは多いと思いますよ。

衆議院の一票の格差を縮めるために、高野克則氏の意見(各議員の出身選挙区の有権者数を議決の際の持ち点として集計する)に加えて、直近の投票率を掛けて割り引けば、自分たちの代表にできるだけ多くの持ち点を与えたいと支持者は選挙活動に力が入る。すると投票率が上がる。若い人も関心を持ってくれる。ちょうど選挙権が18歳になる機会でもありますしね。選挙に地殻変動が起こると思いませんか。
星々が見守る夜よ台風一過 [2015年07月18日(Sat)]

fumihouse-2015-07-18T22_41_52-1-thumbnail2.jpg今夜はやけに空が静かだった。星がまたたいてチカチカすることがない。大気が安定しているのだ。さそり座の心臓アンタレスは赤々と、S字のカーブを巻いて尻尾の先までくっきりしている。

すぐ西には土星が明るい。東には射手座の南斗六星があって銀河の中心が濃い。天の川が最も明るいところだ。天頂に向かってミルキーウェイは真っすぐ伸びて白鳥座が大の字になっている。

対岸を隔てて織女星と牽牛星。別名、琴座のベガと鷲座のアルタイル。天の川の星々に浮かんで仲良くやっている。イルカもいるし、カシオペア姫も近くで見守っていてくれる。北極星を隔てて北斗七星の大熊座も健在だ。今夜の星々は頼もしい。

昨日までの台風11号がゆっくりと鎮座して各地に大雨をもたらした。特に四国や近畿、東海に関東まで雨の被害は広がった。幸いに島根では風も雨も大したことはなかったけれど、天災はいつなんどきやってきて人を悲嘆の底に突き落とすかわからない。油断はならない。自然を畏れよ。
集団で戦うか否か民主制 [2015年07月17日(Fri)]

fumihouse-2015-07-17T20_25_13-1-thumbnail2.jpg虚構新聞が、楽しめるニュースを7月3日付けで配信した。

≪事実上の債務不履行(デフォルト)に陥ったギリシャ政府は2日、同国発祥の「民主主義」を国際特許として出願、政体として採用する世界各国に使用料を求めていく方針であることが分かった。年間数兆円規模の特許収入が見込まれることから、財源確保と健全化に道筋をつけたい考えだ≫  http://kyoko-np.net/2015070301.html

もちろん大嘘である。仮に実現したとしても、膨大な債務を前に焼け石に水。ギリシャ再建策の関連法案が可決されはしたものの前途は多難だ。

デモクラシーという言葉も、ギリシャ語のdemos(民衆)とkratia(支配)が語源だそうだ。≪人民が権力を所有し行使するという政治原理。権力が社会全体の構成員に合法的に与えられている政治形態。ギリシャ都市国家に発し,近代市民革命により一般化した。現代では,人間の自由や平等を尊重する立場をも示す≫【大辞林 第三版】

現代ギリシャとは何の関係もないし、今のギリシャでは少しおぼつかない原理だと思う。もちろん他国のことばかり言ってはいられない。日本の現実もおぼつかない。

一昨日の特別委員会から、昨日の衆議院本会議。安保法案の強行採決が取りざたされている。当初は数の上で圧倒的多数の与党であり、高い支持率を保っていた安倍政権は議論をリードしていた。しかし、憲法審査会で自民党の参考人まで「憲法違反」を主張した。自民党若手勉強会で右翼文化人の発言に便乗して「沖縄地元紙をつぶせ」と増長した。安倍首相が委員会で汚いヤジを飛ばすのも、「この人は危なっかしい」と判断されてマイナスイメージとなった。潮目が変わったのだ。

集団的自衛権の行使にあたっては厳しい条件を課しているわけで、日本が平和国家路線を逸脱することはないと私は思う。ましてや野党が主張するように、徴兵制の復活などあり得ず、突拍子のないことなのだ。民主主義の最終決断は多数決で決まる。少数意見を尊重して意見を述べる機会を与えたり、事情に応じた個別対応は必要であるが、決めなければ何事も始まらない。

図に乗って軍事的に国境線を越えようとする中国を牽制し、北朝鮮の不気味な存在感に対応するためにも、集団的自衛に融通をつける法整備は必要だと思う。

ただし現行憲法の解釈では無理がある。憲法を変えなければ多くの国民から納得されにくい。堂々と憲法改正の発議を行うべきなのだ。

さらに安全保障上、特に中国へは経済的門戸をますます開いて、笑顔を保ちながら交渉を続けることが必要だ。眉間にしわを寄せて不機嫌に対応すれば相手を心底怒らせてしまう。アメとムチ、喜と怒の両面を駆使して外交的に対するべきなのだ。

さて、日本は民主制の国や否や。ギリシャ国は仮想の特許使用料を日本に請求してくるだろうか。
瀬戸内の島々眺めて幾年月 [2015年07月16日(Thu)]

fumihouse-2015-07-16T20_31_47-1-thumbnail2.jpg岡山県の長島愛生園に暮らす221名の入所者は、その全てがハンセン病ではありません。もう何十年も前に治療は終わっているのです。かつて癩病(らいびょう)と言われた病気は治っているのですが、後遺症で日常生活に支障がある障碍者なのです。

病気は治っても、かつて患者であったということ、そして顔や手足に異な容貌があるという点で、偏見の目と差別にさらされているのです。ケガレていると蔑まれてきたのです。もちろん今でも伝染すると信じて鼻をつまんで避ける人もいます。昭和初期に始まった強制隔離政策というものが、全ての患者をどん底に突き落としただけでなく、周囲の差別を強力に助長してきたのです。

ハンセン病の原因となる癩菌は感染力が弱いうえに、1945年に開発されたプロミンによって簡単に治ります。衛生状態が悪い環境にあって抵抗力の低い人が発病することはごく稀にあっても、現代日本では年間でほんの数人が罹患する程度です。それも錠剤の服用ですぐに完治します。

理不尽な隔離政策は1996年まで続きました。差別は一朝一夕にはなくならず、ホテルへの宿泊拒否は今も多くあり、飲食店の予約が取れないとか、クリーニングを嫌がられる、路線バスの乗車を拒否されることもあります。家族が就職や結婚にあたり酷い仕打ちを受けるような差別事象が過去のものになったわけでは決してないのです。

少年が家族から引き離されて思いもよらぬ生活に突然投げ込まれる。青年が勤務先を追われるようにして施設に収容され、専用の着物に着替えさせられたときに社会との断絶を覚悟する。若妻が幼い我が子と泣く泣く別れて、やがては夫とも離縁して生涯会うこともない。偽名で過ごすことが家族を安らかにさせると説得されて自分の名を捨てた者も数多くいる……。そうした悲劇が数多く引き起こされてきたのです。

長島愛生園の入所者の手記です。三、四十年前のものでしょう。

 らいはなおる時代となりました。/らい院ではお医者さまが退屈し/お医者さまがいらなくなりました。/社会復帰者は数を増し/日本のらい政策は終わりました/だから国立らい院に/眼科医もおりません/眼科のお医者さまは/二週間に一度 らい院にやってきて/一日百五十人の患者を診察しておられます/らい政策の終ったらい院で/ぼくはだんだん光を失っております

ハンセン病の症状として、らい菌により末梢神経が障害を受けて知覚が麻痺したり運動神経が不調となります。すると痛みがありませんから、ケガや火傷に気がつがす、場合によっては指の切断といった結果になることがあります。皮膚のただれなど見た目の変化もありますから、そうした二次障害から「らい病は手足が腐る。遺伝もする」といった誤った認識を生み差別をさらに深めてきました。プロミンが万能薬といっても負ってしまった障碍を治すほどの力はありません。

村八分にされた家族は苦しみ、助けになろうとする支援者にまで差別は及びます。すると患者は覚悟を決めるのです。「施設に収容されよう」と。子供たちの多くは事情もわからないまま理不尽に嫌われて、挙げ句の果てにだまされるようにして療養所に連れてこられて一生故郷には帰れない。家族にも二度と逢えない。こんな暴虐を制度として日本は強いてきたのです。

納骨堂を参拝しました。3607名の方が入っておられるそうです。半数は偽名のままで、親族が遺骨を受け取れなかった方々です。亡くなったのちも差別を受け続けることがどれほど残酷なことか。去年亡くなられた入所者30名もすべてここに葬られています。

説明してくださった学芸員は、入所者と家族を苦しめた周囲の残酷な振る舞いを、「我々の目」と表現されました。私の心の深層にも差別する生命はあるのです。ですから悲劇を再び生み出さないためにも、人権の侵害がされてしまう現実を直視し、関心を持ち続けて、差別をしない善良な輪を広げてほしい、ハンセン病以外のことにも皆さんの力で、と話を締めくくられました。

(入所者が上陸した収容桟橋。今は残骸となっているが、ここが送ってきてくれた家族との別れの場所となった。湾内には養殖用の牡蠣筏がたくさん見える)
お祈りをするなら理由聞かせてよ [2015年07月15日(Wed)]

fumihouse-2015-07-15T18_37_56-1-thumbnail2.jpg「お祈りメール」というのがある。企業から就活生に対し不採用を通知するメールの俗称だ。大手企業の就活解禁が今年度から、4年生の4月から8月に変更された。今ごろ就活生は、協定に組しない外資系や中堅企業から盛んに内定通知を受け取っていることだろう。内定をもらう以上に、お祈りメールを受け取って気落ちする者のほうが多いかもしれない。

○○○○様
このたびは弊社の選考試験にお越しいただきありがとうございました。
種々慎重に検討させていただきましたが、誠に遺憾ながら貴意にそえない結果となりました。せっかくご応募いただきながら、心苦しい限りでございます。あしからずご了承いただきますようお願い申し上げます。
○○様の今後の就職活動ならびに社会人生活でのご活躍を心よりお祈り申し上げます。

お祈りメールを見て、就活生は奈落に落ちる。人によっては何十回も落ちる。なぜ自分が不採用になったのか理由を知ることはできないまま、ストレスはたまりまくる。しかも、この慇懃無礼なこと。「祈り」ではなく「呪いメール」と言い換えてもよい。

若者よ、なんて大変な経験をしているんだ。歩き疲れて足が棒になるだろうね。心をえぐられる質問に心が折れるかもしれないね。ああ言っておけばよかった、あるいはもっと違う学生生活を送っておけばよかったと後悔の念も起きただろうね。でも君が決めた道。厳しいけれども決勝点に向かって邁進するしかないんだよ。一日も早く勝利の女神を微笑ませられるよう祈っているよ。君の願いを「叶えて」くれたまえ。
黄の薔薇よ暑い季節を健康に [2015年07月14日(Tue)]

fumihouse-2015-07-14T18_34_09-1-thumbnail2.jpg台風11号が迫って今週末に心配はあるものの、今日も暑い一日だった。暑いと食べられなって、痩せてしまうという人がいる。ガッツリしたものが食べられなくて食欲自体が落ちる。しかしお腹はすくから、アッサリして冷たいものを食べがちになって栄養不足、ミネラル不足になる。清涼飲料水をガブガブ飲んだりすると余計に食べられなくなる。体力も落ちていく。せめてぐっすり眠れればいいのだけれども、夜は寝苦しい。しかも忙しさにかまけているうちに、体のケアも疎かになってしまうというもんだ。

体力は体重に左右されるという。一定以上の体重があることによって血液量が増えて体温が安定的に保たれる。身体の発熱量があることで抵抗力が増す。体重は体力なのだ。肥満過ぎるのは問題だが、ぽっちゃりした体型、ガッチリした筋肉質の体の持ち主は健康である可能性は高いのだ。

幸いに私も適当な体重を保っている。BMIが今のところ22強。23を超えると肥満の領域になるそうだから、ちょうど健康的でよろしいようだ。もちろん健康は体重だけに負うものではないけれど、このレベルを保っていきたいと思う。

(五月も末の頃、松江イングリッシュガーデンで撮った薔薇の花。健康そのものの真っ黄色)
声高にヒヒヒッと鳴くよ雪の下 [2015年07月13日(Mon)]

fumihouse-2015-07-13T18_42_46-1-thumbnail2.jpg邇摩高校の南に広がる仁万田台(にまでんだい)は広々とした米作地だ。そこに春の盛りから田の中干しの今頃になっても声を響かす鳥がいる。点々とある葦原の辺りから聞こえてくる音だ。気になるのだが、どんな鳥なのかがわからなかった。

「ヒッ」とも「キュッ」とも形容のつかない音で規則正しく鳴く。仮にキュウッとしておこう。「キュウッ・キュウッ・キュウッ・キュウッ・キュウッ・キュウッ……」。1秒に2音で甲高く声を響かせて20回くらい鳴く。不快な音ではない。

例えれば健康診断でする聴力検査。音を遮断した狭い箱部屋に入って赤青のヘッドホン付ける。音が聞こえてきたらボタンで合図する。最初は高い音が、次に低めの音で試されるのを、耳を澄まして集中する。鳥の声は、その高い方の音を少しだけ速くした音なのだ。

ある時、鳴き声が葦の茂みではなく、上空から聞こえてきた。10mくらいの高みに羽ばたいて静止しているように見えた。ヒバリではないかと思った。YouTubeで調べてみたものの、ヒバリにそんな鳴き方はない。

やみくもに他の鳥のさえずる声を聴いてみた。見つかった。まさしくあの聴力検査の高い音だった。鳥の名は「セッカ」。スズメ目に分類されるスズメより少しだけ小さい鳥。体の模様はスズメにそっくりだ。

セッカは、「雪下」あるいは「雪加」と漢字を当てられている。夏鳥なのに、なぜ雪なんだ。よもや春夏秋と気ままに遊び暮らして、雪の降る頃に力尽き雪を墓場に死ぬんだろうか。まさか、イソップ寓話みたいな教訓めいた話にはならないとは思うが、名付けの意味を知りたいもんだ。

(写真は、昨年9月に仁万田台に咲いていたツユクサ。爽やかな露草色)
三日目の暑い夏の日思うさま [2015年07月12日(Sun)]

fumihouse-2015-07-12T17_07_29-1-thumbnail2.jpg三日前の夜遅く、地中から這い出した。泥の圧迫から逃れられたのは嬉しいが、外気温がこうも急に暑くなるのは困ったもんだ。殻を脱ぎ捨てて身軽になったら地面が恋しくなった。まあいい。空を飛べるんだ。好きに鳴くことだってできるってもんさ。

木にとまっている。針状の口を突き刺して樹液をすすっている。ケヤキは酸っぱいレモン味、しいの木は甘めのカルピス状、松の汁は油っぽくて異質な味だ。竹にも挑戦してみたが歯(針)がたたなかった。

オレは鳴いている。木の汁を吸っているときもひたすら鳴いて、伴侶を求めている。一週間から十日で私たちの命が尽きるというが本当か? 短すぎやしないかい。でもそんなもんだと思ってしまえば、そこまでさ。あきらめもつく。

オレたち蝉は人間にこう分類されている。動物界≫≫節足動物門≫≫昆虫綱≫≫カメムシ目≫≫セミ科。なんでカメムシなんだよお。なんであの臭い奴らと一緒にしてくれんなよ。口が針状になっているのが似ているといっても、カメムシ目とは心外だね。セミ目と名を付けてくれていればよかったのにねえ。まあ圧倒的に奴らには数で負けているから、やむを得んか。残念だ。それともバルタン星人に似た我らの形状が嫌われたのか? まさかそれはあるまいな。

ともあれこの暑さで仲間も増えてきた。一緒に騒ごうぞ。オレたちの季節が来た。鳴いて鳴いて鳴きまくって、この夏をもっと暑くしてやるさ。

(蝉の複眼とは違うが、あっちこっちを見つめているムーディ先生の目のような古代ハスの実)
決め台詞モロッコに咲く白い華 [2015年07月11日(Sat)]

fumihouse-2015-07-11T16_25_05-1-thumbnail2.jpgイングリッド・バーグマン(イルザ役)は、カサブランカと見まがうばかりの衣装を身につけていた。スノーホワイトのドレスの襟にゴージャスなブローチを付けていっそう美貌に気品を添える。恋に揺れるはかない女心を揺れる瞳に託した。映画『カサブランカ』には、カッコいい男の味わいある台詞も満載だ。ハンフリー・ボガート(リック役)の抑えた表情がたまらない。

EUを思う。フランスが悲願としたヨーロッパ統合は二度の大戦に起源がある。暴れまわったドイツを最終的には押さえ込んだものの、ドイツを敵対化させず取り込んで力を削ぐことにヨーロッパ共同体の主旨がある。汎ヨーロッパ主義を目指したクーデンホーフ=カレルギー伯爵を思いだす。通貨まで統合した結果が行き過ぎなのかどうか、今ギリシャ問題で真価が問われているが、ユーロを支える中軸となったドイツが暴れん坊になることは最早ないだろう。

映画にはフランスへのオマージュがある。国歌のラ・マルセイエーズが冒頭から幾度も編曲されて登場する。ドイツが国境を侵してフランスを征服し、ドイツにすり寄るヴィシー政権が本国を牛耳っていようとも、各地でレジスタンスの炎を絶やさないフランス人を賞賛していた。

リックの経営する酒場でドイツ軍将校たちがドイツの歌を我が物顔で歌うシーンも印象深い。対抗してフランス人たちが(ほとんどが亡命目的でモロッコのカサブランカに滞在中)、ラ・マルセイエーズを歌って押し込むところに胸がすく思いがした。

この映画の公開は1943年。世界大戦のまっただ中にあって、連合国よ負けるな!ファシズムなど何するものぞ!という矜持を示す映画でもある。米国生まれのリックは目下ドイツ軍と戦闘するアメリカを象徴していた。カサ・ブランカは白い家。ホワイトハウスは米国権力の象徴。アメリカへのオマージュでもあるのだ(アメリカ映画だから当然か)。ドイツの腰巾着のようだった警察署長が最終場面で、レジスタンス運動に理解を示すシーンも気持ちよい。

「君の瞳に乾杯!/Here’s looking at you,kid.」という天下の名訳とともに、何度も流れた曲「時の過ぎ行くままに/As Time Goes By」 が重なって頭の中を巡る。

酒場の女とリックのやりとりでカッコいい言葉を最後に備忘録として。
女「夕べはどこにいたの?」
リック「そんな昔のことは覚えていないね」
女「今夜、会ってくれる?」
リック「そんな先のことはわからない」

(カサブランカではないがササユリ。春の終わり、夏を呼び込むスノーホワイトの秘めたる熱情)
ホウレンソウ食べるがいいよポパイ君 [2015年07月10日(Fri)]

fumihouse-2015-07-10T18_19_06-1-thumbnail2.jpgポパイは、ほうれん草を食べて始めてパワーを出すと思われているが、実は違う。

彼は、オリーブに横恋慕する大男ブルートと争う。コテンパンにやられて絶体絶命のピンチになる。そこでほうれん草を食べるのだが、食べる前から尋常ではない怪力を発するのだ。缶詰のそれを一握りにつぶして缶から押し出して飲み込む。その力たるや人間業ではない。どれだけの握力が必要か。ほうれん草の栄養素を消化してから超人的怪力を発し、ブルートを倒すのではない。もともと偉大な力を持っているのだ。

ポパイは小男だ。セーラー服姿で口にパイプをくわえている。両腕には錨の形の入れ墨をしてはいるが、強そうには見えない。しかし、ほうれん草を食べるという行為を経ると強くなるのだ。ほうれん草は単なるきっかけでしかない。彼は自分の潜在的力を信じていないのだ。

信じよ、ポパイ君。君はほうれん草を食べなくてもブルートを倒せるのだよ。同様に誰もが力を持っている。自分だけの偉大な力を持っている。

(梅雨の始まりのころ、火星人のようなアジサイが咲いていた。アジサイを食べたのではポパイは力が出まい)
ペンペンと叩けるもんならやってみな [2015年07月09日(Thu)]

fumihouse-2015-07-09T18_11_27-1-thumbnail2.jpg宇宙に向けてキリッと切り開げる青空が広がった。今日の昼前のことだった。朝方の雨が嘘のようだった。高い空にとぐろを巻くような巻雲、巻積雲の一種であろうが何百もの蝶々が羽を広げたかのような雲。遠い山の向こうには積乱雲まで見える。夏だ、暑さだ、梅雨明けだ。夏休みはもうすぐだ。

嬉しくなって、勝手に梅雨明け宣言してしまったが、そうは問屋が卸さない。4,5時間ほどで低い雲が上空を隠してしまったので、梅雨明け気分はそこまでとなった。

島根の東部西部ともに、今夜は急な強い雨や落雷に注意しろと天気予報は言っている。まだ梅雨前線は目の前にある。明日も雨かもしれない。

まあ雨は必要だ。適度な雨なら降ってよし、許してやるよ。でも適度を超えるなよ。超えたらダメッ、尻をペンペンしてやるからな!

(昼過ぎの邇摩高校の向日葵。燦々と太陽を浴びてサンサンと周囲を照らすかのようだ)
生きている腹が減ったよ生きている [2015年07月08日(Wed)]

fumihouse-2015-07-08T18_32_59-1-thumbnail2.jpg谷川俊太郎の詩『生きる』より抜粋。

  生きているということ
  いま生きているということ
  それはのどがかわくということ
  木もれ陽がまぶしいということ
  ふっと或るメロディを思い出すということ
  くしゃみをすること
  あなたと手をつなぐこと (以下略)

今日は気温こそ25℃程度にしか上がらなかったが、蒸して暑い、イライラするような天気だった。激しめの雨が降ったら、しばらく涼しさを感じたものの、やがてムシムシとすることの繰り返しだった。

それでも生きている、生きていた。仕事や日常に思うに任せぬことはたくさんあるが、ともあれ当たり前の一日が過ぎていくことは感謝すべきことだ。今夜も明日も同じような繰り返しであっても、そのこと自体が奇跡なのだ。

腹が減ったなあ。今夜の晩御飯なんだろう、と楽しみに出来ること、幸いにも恵まれている。サラダが欲しいなぁ。レタスをたっぷりに南瓜など添えてバリバリ噛み砕きたい。魚の煮付けやあら汁もいいかもしれない。腹減った。何でもいいから食べたいよぉ。よだれが出るぞ。ああ生きている。

(ゴーヤの花が咲いた。苦い瓜を水にさらしてドレッシングでたっぷり食べるのも良いなあ)
七夕にひとは祈って渇え去る [2015年07月07日(Tue)]

fumihouse-2015-07-07T19_02_24-1-thumbnail2.jpgひとは願う。ギリシャ人のわがままで世界経済が混乱しないように。
ひとは望む。赤く腫れた虫さされが早く治ってほしいと。
ひとは希(こいねが)う。舌の先で探るたびに痛くて飛び上がる口内炎が治ってくれることを。
ひとは求める。局地的な豪雨で水害の被害が大きくならないことを。
ひとは欲する。ビルや列車の中の冷房が強すぎて寒さに震えないように。
ひとは餓(かつ)える。我が子の就活がうまくいくように。
ひとは涎が出るほど強く思う。美味しいものが食べたいと。
ひとは食指が動く。店頭に並んでいる好きな本や道具を買いたいと。
ひとは夢をもつ。自分の個性をいかして世の役にたつことをしたいと。

今日は七夕。梅雨前線がのし上がって島根に雨を降らせる。南海の熱い空気を台風が押し上げて蒸し暑くもなってきた。牽牛星(アルタイル)と織女星(ベガ)は厚い雲にはばまれて今夜は見えそうにない。それでも天の川とともに、かの星たちは存在する。雨の向こうには煌々たる星空がある。星に向かって願いを届けよう。祈りが強ければ思いは必ず通じるはずだ。

ひとは祈る。愛する人よ、幸せであれ。苦難にあっても悠然と乗りきってくれることを、ひとは祈る。

(出雲・斐川の荒神谷遺跡公園にある古代ハスが綺麗な時季を迎えた。蓮は花を開くときにポッと音を出すというが聞いたことはない)
ゴケグモの雌に注意だ手を出すな [2015年07月06日(Mon)]

fumihouse-2015-07-06T18_13_35-1-thumbnail2.jpg7月1日に浜田市内でセアカゴケグモが発見された。県当局は、素手でさわらないで!と注意を促す。攻撃はしてこないものの、触られれば防衛のために強い毒で刺す。毒を持つのはメスだけで体長は1p程度。全体が黒光って腹の一部が赤い。オーストラリア原産だ。

咬まれると痛みや腫れを引き起こし、場合によっては吐き気や腹痛、筋肉麻痺などの全身症状が出るという。陽の当たる地面のくぼみに巣を張るというから土作業のときは軍手がいる。プランターやエアコンの室外機の裏にも要注意。

重症化すれば抗毒素血清を注射しなければならないので、できれば退治した蜘蛛は捨てずにとっておくとホームページには書いてあるが、そこまで冷静には対処できそうにない。ともあれ踏みつぶす。不幸にして咬まれたら応急処置として、温水や石けん水で洗い落とし、痛むときは冷やして圧迫はしないこと。

ところで、なぜゴケグモなのか。ほかにも亜熱帯地方に原生するハイイロゴケグモというのがおり、これも1cm弱で強い毒がある。漢字で書けば「背赤後家蜘蛛」「灰色後家蜘蛛」。

咬まれた後に死ぬ確率が高く、奥さんが後家になるという俗説はあるが、実際は交尾後に体の小さなオスを食ってしまって、大きなメスは後家になるところから付けられた名前だそうだ。おーこわい。

(セカアゴケグモの赤をイメージできそうな、ハデハデのドクダミの葉っぱ)
華麗なる高貴な紫アザミかな [2015年07月05日(Sun)]

fumihouse-2015-07-05T06_49_25-1-thumbnail2.jpg巨大なアザミです。アーティチョークというのを近頃知りました。別名チョウセンアザミ。ふつうのアザミに比べると5倍以上は大きくてゴージャスな花です。花の色はアザミは赤紫だが、こちらは藤色の艶やかさ。ガクの部分がアザミより太っていて寸胴です。葉っぱもデカいですが、アザミと同じ形で棘があります。

この花、食用なのだそうです。ヨーロッパやアメリカではポピュラーな野菜だとか。花が開く前のつぼみを茹でて、肉厚な芯を食べます。ほくほくした食感だということですから、百合根のような味でしょうか。それともクリやサツマイモのような甘さがあるのでしょうか。食物繊維が豊富なのは当然ですが、ミネラル分も高く、ダイエットやアンチエイジングにも効果的だとか。一度は食べてみたいものですよ。

(写真の上は開いたアーティチョークの巨大花。下部に写るつぼみの棘をハサミで切って茹でて食す模様)
アバカンな薄紫の知的花 [2015年07月04日(Sat)]

fumihouse-2015-07-04T17_25_54-1-thumbnail2.jpg写真は、アガパンサス。梅雨時季から夏にいたるまで楽しませてくれる。薄い紫がかった涼やかな空色が冴えている。南アフリカ原産だ。白色のも見たことがある。ラッパ型の小花がいくつも集まって一茎ごとに一つの楕円球状に広がる。

ギリシア語のアガペ(愛らしい)とアンサス(花)を組み合わせてアガパンサス。花言葉は「知的な装い」。明日に国民投票を控えたギリシャ国民にも、知的で他国から愛される振る舞いを求めたい。

ところで、出雲弁で手に負えないことを「あばかん」と言う。「あのさんは酒のんと、あくだれてあばかんが(あの人は酒を飲むと暴れてかなわないねー)」というふうに使う。

あばかんと混同するのだろうが、アガパンサスを「アバカンサス」と言っている人がいて笑った。実は私も毎度確認しないと、言い間違えてしまいかねないのだ。
外来のお尋ね者はそこかしこ [2015年07月03日(Fri)]

fumihouse-2015-07-03T18_11_17-1-thumbnail2.jpg写真はオオキンケイギク。お尋ね者の悪党である。鮮やかなイエローで鶏のトサカに似た花びらで、漢字で書けば「大金鶏菊」と絢爛豪華な名をもらっているにもかかわらず、悪党とはこれ如何に。5月頃から土手や河原に群生して背の高い黄色が目立つ。この光景を私はとても綺麗だと思う。

ところがオオキンケイギクは特定外来生物に指定される危険な花なのだそうだ。繁殖力が極めて強く、在来植物を駆逐する。観賞用として明治初期にアメリカから移されているのだが、明治維新からこのかた、アメリカさんにはどうもかなわない。

この花が生態系に影響をおよぼさないようにするには、根っこから抜き取って乾かして枯死させてから捨てるのが一番だというが、そこまでしなくても!と情けをかけるのはいけないことのようだ。

ウシガエル、ヌートリア、カミツキガメ、アライグマ、ブルーギル、オオクチバス、セアカゴケグモなど特定外来生物は多い。セアカゴケグモは積み荷に入って来たものだから仕方がないとしても、あとは人間のエゴで入ったもの、良かれと思って入れたものばかりだ。病原菌やウイルスも含めて、このグローバル化した現代にあっては過去に戻ることは不可能だ。
葵立ち梅雨の彩り夏近し [2015年07月02日(Thu)]

fumihouse-2015-07-02T18_48_06-1-thumbnail2.jpgタチアオイ(立葵)が咲いています。紅があり、濃いピンクがあり、赤紫、淡い桃色や肌色もあります。白いのや薄黄色も含めて、今の時季に貴重な彩りを与えてくれる花ですね。

その名のとおり真っすぐに茎が立ちます。高さは1mから2m以上のもあります。入梅の頃、茎の下のあたりに花が咲き始めます。だんだんと上方に咲いて広がり、梅雨明けすると花がほぼ終わるのです。ぼちぼち上に花が咲いてきていますから、梅雨明けも近いのでしょう。

梅雨の末期は梅雨前線が北上してきます。沖縄・奄美地方の梅雨が明け、九州や本州太平洋側に雨雲が停滞し、さらに日本海側に大雨を降らせるのもこの頃です。被害がないことを願っています。

梅雨を指し示すということで「梅雨葵」ともいう立葵ですが、「花葵」の名前もあります。花言葉は平安、あるいは熱烈な恋。熱烈に恋するときに平安などあり得ないと思うのですが、源氏物語を思い出します。六条御息所に呪い殺されてしまうのは、光源氏の妻・葵の上でした。恋多き光源氏と、平安の結婚生活をおくりたい葵の上だったのに、心に平安はないばかりか、源氏の浮気と御息所の霊に苦しめられる。さぞかし苦しい胸の内だったことでしょう。そのとき立葵は、さだめしウキアオイ(憂葵)と名前を替えたのかもしれません。
うるう秒余分な時間さにあらず [2015年07月01日(Wed)]

fumihouse-2015-07-01T12_31_19-1-thumbnail2.jpg今日はうるう秒の日。8時59分59秒のあとは、8時59分60秒。次に9時0秒がきた(らしい)。今回が26回目で2012年7月1日以来とのこと。

「うるう」とは「閏」。余分なことであり、正統ではなく傍系であること。でも貴重な時間。一秒だけだが、長い一日を大切にしよう。そして刻々と間断なく過ぎる時間を愛しみたい。時間を大切にするとは自分の生命を大切にすることだ。そして他人の人生に敬意をはらうことなのだ。

昨日東海道新幹線のぞみ号で焼身自殺した71歳の男。アパートで老人が孤独をはかなんで命を自ら断ったという図式であれば同情の余地もあるが、周囲が止めたにもかかわらず、やってしまうとは。しかも他人を巻き添えにして、多大な経済的損失を被らせてでも、死にたかったのか。ここまで愚かなんじゃあ、開いた口がふさがらない。

あんたの人生は閏だったと悲観したのかもしれないが、それでもやっぱりかけがえのない命だったはずなんだがねえ。ましてや巻き込んで死なせたり怪我をさせてしまった他人は、もっとかけがえがないんだよ。哀れな老人だ。いやいや、あれほど悲惨に他人を巻き添えにした憎っくき奴だ。