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朝飛行マガン飛びたしごゆるりと [2014年11月30日(Sun)]

fumihouse-2014-11-30T16_31_18-1-thumbnail2.jpgモーニングフライトは宍道湖からやってきた。日の出の5分前。マガンの一行はしわがれた赤ちゃん(?)のような鳴き声でやってきた。もう今朝は来ないとあきらめて帰ろうと思ったところにやってきた。霧の進軍とともにやってきた。地上はくっきり晴れていた。ところが何十メートルか上空には雲がたなびいていた。全天を覆うほど曇ってはいなかったが、宍道湖の方向から霧がひたひたと押し寄せていた。私はもっぱら霧の進軍と称している。

マガンはゆったりと、編隊を組んで飛んできた。300から400羽くらいの一群が3つほど。斐伊川の河口から数百メートルのあたりに降りてきた。昨夜はどこをネグラとしていたのだろう。まだ暗いうちからグワッグワ声を出し始めた白鳥の邪魔にならないところに降り立った。白鳥は全部で400から500羽はいそうだ。

やがて太陽が山の端から上ってきた。気温はそれほど低くなかったが、爽やかな冬の朝が始まった。
色つけて綾なしサザンカ冬飾る [2014年11月29日(Sat)]

fumihouse-2014-11-29T14_29_42-1-thumbnail2.jpg山茶花(さざんか)の季節だ。この花の寿命は長い。晩秋から早春まで長々と咲き続ける。一方でひとつひとつの花の命は短い。特に咲き始めの山茶花が好きだ。清楚でさっぱりした味わいがある。

出雲弁に【あやがない】という言葉がある。筋道がとおっておらず無茶苦茶という意味だが、単に乱雑で足の踏み場もない様子も指す。「あやがねのぉ」(汚いねえ)というふうに使う。派生して「あやくたがない」とか、「あやくちゃがない」という表現にもなる。古語の「あやなし 【文無し】」からできた言葉であることは間違いない。できたというか、京から広まった雅な単語が出雲で消えずに残ったというべきかもしれない。【綾無し】の字をあてるとすれば綾織物のようにいっそう雅な感じがするではないか。

同様に【らしがない】という出雲言葉もある。乱雑でだらしがないという意味であるが、私が推測するに、ネジに語源があるのではなかろうか。ネジは螺子と書くが、「螺」は螺旋(らせん)の字があるように巻貝の渦巻きのこと。雄ネジと雌ネジとを締めると両者はがっちりと結び合う。螺子(らし)が無ければおのずとだらしなくなるというものだ。

山茶花が咲き乱れるようになると、まさに【あやがない】のである。11月から春の初めまで咲き続ける。花芽の横にはピークを迎えた花が広がり、常緑の照葉の上には咲き落ちた花片があり、じめじめした地面には花の枯れた骸が土色になって張りついている。生も盛りも死も一緒くたになって、辺りは山茶花色に染まっている。あるものは紅赤色に、またあるものは白、あるいは白地に赤紫の斑入りに。そうした混在したありさまが、私には【あやがない】ように見えるのである。
笑ってはさらに笑って健康に [2014年11月28日(Fri)]

fumihouse-2014-11-28T18_45_31-1-thumbnail2.jpg新宿・末廣亭の昼の部を楽しんだ。ほんの1時間余りであったが、よーく笑った。無理にでも笑った。芸人さんたちが何度か言った。「笑うことは健康の元」と。漫才や落語、漫談。戦後すぐに舞台へ上がったという大御所も演じた。すくっと背筋を伸ばしてお客を楽しませた。楽屋に引っ込むときに背中が丸まっていて89歳という年を感じたが、演ずる姿はさすがプロのもの。芸の年輪は感じさせても老いを感じないところがさすがだ。客を笑わせ70年、笑いの年季さすがなり。

笑いとストレスと血糖値には相関関係があるそうだ。笑うとすっきりストレス解消、これは実感がある。このことが同時に血糖値を下げるというデータを示されると嬉しいものだ。血糖値が高くて健康診断でマークされた人。ストレス解消、血糖値を下げることの好循環。1日1回は大きく笑う毎日でありたい。

1日何回も笑っているように思えるが、実は意外と笑っていないもの。鼻で笑い、苦笑い、忍び笑う。冷笑し、失笑があり、うす笑いでごまかす。あざけり笑い、せせら笑い、追従して笑う。つくり笑いや虚ろな笑いは健康とはほど遠い。

笑う門には福来たるという。笑顔の種を見つけては、心を和ませ弾ませていきたいものだ。大声で呵々大笑とまでは難しいかもしれないが、ほほ笑みを交わし合い、笑みをのぞかせる。はにかむ笑顔もかわいらしい。笑いでもって心も体も健康になろう。

(さあさ、花といっしょに笑って笑って!)
抜けているスマホを忘れ降りない駅で [2014年11月27日(Thu)]

fumihouse-2014-11-27T21_18_58-1-thumbnail2.jpg朝起きてからスマホを充電した。そのまま忘れて家を出た。駅に着くまでに気がついたが後の祭り。そのまま列車に乗った。こんな日はどこか抜けているものだ。

仕事を無事に終えて帰りの列車に乗り込む。本を読んだ。パズルの本、多湖輝著『頭の体操』。昔読んだ本だ。しかし中身は全く覚えてはいない。夢中になってパズルを考えた。解けたのもある。わからないものもあった。固定的観念が邪魔をして思いつけないときもある。うまく解けて会心の笑みが浮かぶときもある。

時間がたつのはあっという間だ。特に真剣に考えているときはそうだ。ふと気がつくとワンマン列車の扉が閉じて出発するところだった。まだ一つ前の駅だと思っていたが、私の降りるべき駅、後の祭りだ。幸いに折り返しの列車は10分ほどで来た。少し遅めの夕食となった。明日は乗り過ごさないようにしよう。
おしゃべりに理屈なくとも楽しけり [2014年11月26日(Wed)]

10421639_730628497024176_8364368292351461776_n.jpg≪仲良し3人で予約したお店に入り、しばしペチャクチャ……(話題は大抵コドモとダンナ。しかし、大切なのは内容ではない。ペチャクチャしゃべるノが大事なのだ)。≫ 『斉藤由貴のつれづれな日々に』(毎日新聞11月24日付け)

この文章を読むと合点がいく。男はどちらかといえば「意味のある」ことをしゃべる。言語として意味が通じるということではなくて、伝えるべき情報として、あるいは受ける情報として自分にとって価値があるかどうかという点での「意味」がなければ、会話は弾まず、尻切れトンボで長続きしない。

ところが女性はこの文章にあるとおり、内容はどうあれ、その場にいて口が動いて耳で聞いて場が盛り上がっていること自体に価値を置くのだということがよくわかる。

もちろん男と女をステレオタイプに分け隔てジェンダー論を振りかざすつもりはない。それぞれ人ごとに個性がある。それでも傾向として男女の違いがあるのが面白い。
からまってしがらみだらけ生きていく [2014年11月25日(Tue)]

fumihouse-2014-11-25T18_56_07-1-thumbnail2.jpgNMB48が顔を連ねた駅の構内ポスターが目を引いた。おもしろい。ブラシの宣伝である。

≪からまってるのは、髪の毛だけじゃない
 女の子は、しがらみの中で生きている。≫

しがらみねぇ。からまってるかぁ。むろん女の子だけじゃないと思うけれど、大変だと思うよ。

しがらみは「柵」と書く。木+冊の形。紐で編んだ札の象形文字。さらに大きくなると、水流をせき止めるために杭を打ち並べて木や竹を渡して頑丈に結んだ垣根を表す。水はなくても何かをせき止める柵(さく)や柵で囲われた砦のことも意味するんだが、囲われているから、まといつく物という意味が生まれ、そこから「しがらみ」という精神的な呪縛を表すようになったらしいね。

顔を合わせているときは、場の空気を読みながら逸脱しないように言動に注意を怠らない。仲間と分かれても、LINEをはじめとしたSNSでもってがんじがらめでスマホを手ばなせない。「しがらみ」は大変だぁ。経験はないけれど大変だと思うよ。

しがらみは「絆」でもあるんだ。悪いことばかりではない。でも行き過ぎると、絆(きずな)はやがて絆(ほだし=家畜をつなげる綱な首輪)となって人を苦しめるんだよ。

(飛行機の翼は地球の引力と揚力のバランスをとって跳び続ける。しがらみも適度なバランスが必要だ)

(追記14.11.29)映画『アナと雪の女王』と主題歌の『Let It Go〜ありのままで』が今年大ヒットした理由もここらへんにあるのかもしれない。現実に絆(ほだし)に縛り付けられているが故に、「ありのままの姿見せるのよ/ありのままの自分になるの」という状態にあこがれをいだく人が多いのだろう。
かいとうを考えあぐね解凍す [2014年11月24日(Mon)]

fumihouse-2014-11-24T15_27_03-1-thumbnail2.jpg「かいとう」について考える。辞書を引きひき(ネットだが)考えた。

【解答】問題を解くこと、そして答を出すこと。出したその答のことでもある。模範解答を常に頭に想定して、想定しないまでも模範を示すことは難しい。

【回答】質問に対し解答を与えること、あるいは何らかの要求に対する返答。出したその答のことでもある。相手を満足させることは難しい。

【解凍】冷凍したものを冷凍したときよりも低い温度の中で解かして、元に戻すこと(たいていは変質するが)。転じて、圧縮した電子データを元の状態に復元すること。ただ単にOSソフトに指示されるままに操作すると、なんとなくできてしまう。

【解糖】体内で起こる糖の分解のこと。それによって生体はエネルギーを得られる。今朝も炭水化物を食べた。まだ解糖はされてはいないと思うが、お腹がいっぱい(一応腹八分目)になって満足感がある。

【怪盗】正体を知られない謎の盗っ人。ミステリアスな盗賊。幻影のように現れて煙のように仕事を終える。ルパン三世はにぎやか過ぎて怪盗とは言えないけれども、実写版の映画『ルパン三世』を見たかった。峰不二子を黒木メイサはどんなふうに演じたのだろう。

【会頭】会のかしら。商工会議所のトップは確か会頭と呼ばれる。とても立派そうにみえる。会長や所長と呼んでも中身は変わらないだろうけれども。

【快刀】解決困難な事柄や紛糾した事態を手際よく処理する様子を「快刀乱麻を断つ」と表現する。切れ味鋭い剣でもつれた麻を切ってまとめあげる。なんとも憧れの状態である。一度はそんなさばき方をやってみたい。

【開頭】外科医が頭蓋を切り開いて行う脳の手術。高度の知識と技術、そして繊細な注意力が必要だ。できれば開頭術が必要なことにはなりたくないものだ。

【解党】結党の精神を失って党内がバラバラになって解党。みんなの党が四分五裂してなくなったのは哀れである。理念なく、もしくは自己の利害のみあって国民の幸福を考えない政治屋集団の当然の結末とも言えるだろう。
純白の花嫁花婿旅立って [2014年11月23日(Sun)]

fumihouse-2014-11-24T00_23_21-1-thumbnail2.jpg純白のトルコキキョウ、けがれなき白のカスミソウ。生花のブーケを持った花嫁、同じ生花のコサージュをつけた花婿。二人は旅立った。独立した大人として新たな生活を始めた。二人だけで孤立して生活するというのではない。助けられ教えられ励まされ楽しまされる……。反対に助け教え励まし楽します……。しばらくは受け身のほうが多いだろうけれども、二人は新しい「社会」をつくってたくましく旅立った。

ケンカはしても一日で仲直りすると二人は誓った。結婚記念日にはサプライズのプレゼントとともに美味しいものを食べにいくとも誓った。ケンカをしたら意地がでる。すぐには謝れない。自分のほうから謝るのは沽券にかかる、と考えては一日で解決しない。でも謝れらないといけないよ。結婚記念日をいつも上機嫌で祝えるとは限らない。それでもサプライズ、そして一緒に食事。難しいかもよ。でも顔晴って笑顔でやるのも意地のうち。がんばれ新婚、やり抜け若者。

以上、甥の結婚式に今日は参列した。楽しくて、かつ清冽な印象をもった式で嬉しかった。
給食を懐かしみては思い出す [2014年11月22日(Sat)]

fumihouse-2014-11-22T17_42_26-1-thumbnail2.jpgどの人も学校給食にまつわる思い出をもっていることでしょう。世代や地域によって環境は違いますから、ひとくくりにはできませんが、給食が話題に上がる時、わくわくすることはありませんか? 職場や異世代の集まる場所でその話題で盛り上がるのは楽しいものです。

もう見ることがなくなった三角四面体の紙容器牛乳。これをテトラパックと言っていました。古びたアルミカップの脱脂粉乳がなくなり、ガラス瓶牛乳を経て登場したのがテトラパックでした。今は箱形がふつうとなりましたが、平成に入る直前までこれが使われていたようです。

そしてご馳走だった鯨の竜田揚げ。今食べれば多分変哲もない味でしょう。むしろ鯨肉の臭みを感じて不味いと思うかもしれませんね。カリッと揚げたてでもありませんでしたが、下味のしっかり付いた肉をほおばるのが幸せでした。

そもそも給食は、明治半ばに山形の私立小学校で始まりました。貧困児童に無償の昼食を提供したもののようです。給食が全国に広まるにつれ、目的は時代とともに変わり、今は食を通した教育、食育が中心です。

15年ほど前に調べたところによると、米国では子供の栄養欠乏状態を改善するために1945年にスクールランチ計画が始まりました(第二次大戦をアメリカも余裕綽々で戦っていたのではないことが、ここからもわかります)。日本の給食へ大量の物資を提供してくれたのもそうした流れがあるからでしょう。

やはりその頃オーストラリア・パース市の小学校にスクールランチの記事があったのを見つけ質問のメールを送ってみたところ、ボランティアさん(PTAのようなもの)から返信をもらったことがありました。生徒は基本的に家庭から弁当を持ってきますが、予約をした生徒は売店で紙袋に 入ったランチを現金と引き替えで受け取ります。食堂方式ではないようですので、各々好きな場所で昼食と昼休みを過ごすということでした。最も好かれるメニューはソーセージロールとメールに書いてありました。

今の日本での人気メニューは、1位がカレーライスで、以下鶏のから揚げ、ハンバーグだそうです。揚げパンやソフト麺の出る日をあれだけ楽しみにしていた中高年にとっては、ちょっと寂しい気持ちになってしまいます。さて、あなたはどんなメニューが好きでしたか?

(晩秋の今時分、皇帝ダリアが燦々と咲いている)
厳しくも勝負に挑め働けよ [2014年11月21日(Fri)]

fumihouse-2014-11-21T18_12_25-1-thumbnail2.jpg「今でしょ!」の名言で昨年一世を風靡した林修氏が著書でこう述べています。簡潔にして雄弁、かつ仕事人として納得のいく言説です。たくさんの苦労を買ってでもしてきたという印象を受ける方ですね。

≪(仕事の)"厳しさ"とは、結果を出すということです。結果が出なければ「私は努力した」なんて言えません。朝から晩まで働いているのに成果が上がらないなら、努力する場所を見直す必要があります。
 それには、努力を主観的に測るのをやめることが重要です。そうではなく、その努力からどういった結果が出たか。さらには、他者はどう評価したか――。そういうふうに、自分の努力を「外から」見るようにすべきなのです。(中略)努力を主観的に判断しない、そんな厳しい生き方がいつの時代にも増して必要な世の中に、我々は生まれてしまったようなのです。
 しかし、それに不満を言ったところでどうにもなりません。そんな世の中を根本から変える力がないのなら、世の流れに従いつつ、ベストの道を見出していくしかないのです。≫
 (林修著『林修の仕事原論』2014年,青春出版社)

苦労してきたように見えても甘いぬるま湯に浸るような生き方は許さない厳しさも合わせ持った人だと思いました。その「ベストの道」を進む一つの方策が著者は、勝負として真面目に取り組むことだと訴えます。

≪一つひとつの仕事を「勝負」だと思って、真正面から真剣に取り組む――うまくいけばそれでいいやという感覚を捨て、よりよい勝利を目指して貪欲に立ち向かう(中略)なんだ、当たり前のことではないか、と思われる方も多いでしょうね。しかし、仕事がうまくいっている人は、まず当たり前の真面目さを備えている人ばかりです。目の前の仕事に誠実になれない人に、幸運が訪れることなどありえません。≫(同著)

さすがです。毎日が「勝負」だなんて、私自身もよく言っておきながら、甘い感傷にひたって、まっいいかと逃げていることがよくあります。それは「当たり前の真面目」ではないのですよね。「誠実」さが欠けているんだと反省します。

さあ、また出発です。目標を決める→達成目標と実行目標を明快に分ける→踏ん張って真面目にやる→途中経過を評価する→1日を振り返って勝負や優劣を判断する→三日坊主にならずに続ける。

さあ奮闘開始です。いつからやるかって? 今でしょ!
故郷には景色と人と空気あり [2014年11月20日(Thu)]

fumihouse-2014-11-20T18_30_10-1-thumbnail2.jpg旅の楽しみの三要素は「景色」と「食」と出会う「人」、というのは私の持論ですが、『故郷』にも同じようなことが言えると思うのです。ふるさとには四つの要素があります。「景色」と「食」と「人」に加えて、「空気」です。

「景色」は言わずもがなです。生まれ育ち学校に通い喧嘩をして恋して道草を食って………。少年が青年となり、故郷を離れて帰って来ては見直す自分の舞台、懐かしの景色です。

「食」はなんでしょうか。郷土料理? 有名無名を問わず祭りや行事のたびになじんできた味。もうゴメンだと思いつつ、大人になって久しぶりに口に入れてみたら少年の頃が思い出されてジンワリきた人もいるかもしれませんね。母の味もその一つです。

「人」こそ故郷の骨格をなすものです。家族を軸にして、近所の友達がおり、近所のおじさんに小言を言われたり、おばさんから優しい言葉をかけてもらったりしたふるさと。交友関係が広がって遊ぶ範囲も質も変わるなかで、青年期への階段をのぼる。故郷の思い出は人とともにあるのです。

最後に「空気」とは何かと言いますと、空気感といえるかもしれません。自身がこの空気を吸いながらこの景色の中で育ち、美味しい物を楽しみながら食べて、家族や友と泣き笑い怒り落ち込んでいたというこれまでの人生を決算するという意味合いで、自分を包み込む空気です。その空気感が故郷を構成する重大な要素だからこそ、どんなに大きな災害に打ちのめされようとも、懐かしい人が転出したり亡くなっていこうとも、多くの人は故郷を求めるのです。

(私の故郷にも、こんなに赤い山椒の実が陽光に輝いて存在を主張していました)
健さんを偲ぶ話題に解散か [2014年11月19日(Wed)]

fumihouse-2014-11-19T18_26_41-1-thumbnail2.jpg安倍さんは運のいい人である。昨夜衆議院解散を正式表明。消費税10%への引き上げを一年半延期して、景気の腰折れを防ぐという決断(表向きは)。デフレから脱却し、アベノミクスでもって経済の成長軌道を確実にするという決意。国民に信を問った結果、連立与党で過半数を維持できなければ退陣するという背水の陣。一方で野党からは非難頻出で世論の動静は「大儀なき解散」。

一方でワイドショーが騒ぐのは高倉健の死去。映画スターとしての偉大なる軌跡。温かい人柄と深い思想を人々から慕われた83年の「健さん」の人生。わたしが観た映画はそれほど多くない。『幸福の黄色いハンカチ』『駅 STATION』『南極物語』『鉄道員(ぽっぽや)』など。いずれも寡黙ななかに相手を思いやり、とつとつとした言葉と行為全体で内面を表現する誠実な人格を演じた。単に映像に表しただけでなく、彼の人生観と一致していたように思う。また観たい映画ばかりだ。最後の主演映画『あなたへ』を映画館で鑑賞することはできなかったが、DVDでその姿を忍びたい。安倍さんのことはもうどうでもよくなっている。
泥棒が時間を盗む現にあり [2014年11月18日(Tue)]

fumihouse-2014-11-18T08_05_36-1-thumbnail2.jpg先々週のことですが、1日半ほどスマホ断ちをしました(禁断のスマホにはまる依存症 /11月7日])。必要なメール受信と発信、時計確認以外はスマホに触らなかったのです。http://blog.canpan.info/fumihouse/daily/201411/07

そこで分かったことは、まだ依存症にはなっていないこと。イライラしたり気になって仕事や作業が手に着かないことはありませんでした。気がついたことは、時間が濃密になることです。トイレに座ってポケットからスマホをおもむろに取り出してSNSをチェックする……そうした作業をしませんから、本来の目的に集中します。おのずと早く終わります。

読書をしていて気になったとしても、スマホに手を出してはダメだと律して読書を続けますから、早く読み進むばかりか、深く読めます。あとでSNSの投稿を読んだり書き込んだりしてもほとんど影響もないわけで、思いのほか時間が有効に使えます。一昨日の山陰中央新報にこんな記事を見つけました。

≪ネットは適度な距離で利用すれば便利で楽しいものですが、その魔力に引き込まれ、大切な時間をネットに奪われてしまう人もいます。問題は、当の本人が何を盗まれたのか気付いていないことです。(中略)常に使えるネット環境、他にも子どもたちから「遊び」「学習」「睡眠」「運動」「家族だんらん」などの時間を奪っています。(中略)大人だから分かる時間の大切さを伝え、子どもがそれを奪われていたことに気付くきっかけを与えていかなくてはならないと思うのです≫
 『遠藤美季筆「ネット依存は病気です/時間泥棒にご注意」山陰中央新報14.11.16付)』

そうなんです。時間は有限です。誰にも24時間ずつしか与えられていない、貴重でかつ平等な資産なのです。そのことに改めて気づかされます。

先日ファミレスに一人で入りました。正面に親子がいました。父と母、高校生と思われる娘。私がそこにいた一時間の間、彼らは一言もしゃべりませんでした。言うまでもなく、ひたすらスマホの画面をスクロールしタッチし続けていたのです。家族一緒に食事をする時間が、彼らには退屈な時間、やり過ごすべき時間になっています。それとも家族との会話は別の時にたっぷりとっているのでしょうか。そんなふうには思えませんね。

画面の向こうには、大切な時間を奪う魔力をもったネットの闇が横たわっているのです。モモが戦った「時間泥棒」との闘争が彼らには必要なのだと思います。
逆上し人を殺して祭りかな [2014年11月17日(Mon)]

fumihouse-2014-11-17T17_24_04-1-thumbnail2.jpg新宿の路上で二人の21歳男が、40歳代男性と口論するばかりか、前をふさいだ相手男性をトラックで轢き殺したという。二人は殺すつもりはなかったと弁解している模様。一方通行の路地を進行する犯人たちを男性がなじったところからトラブルは生じたらしい。犯人たちは現場を離れようとしたが、男性が背中を向けて前に立ちふさがったためトラックで轢いた。逃走したものの事の重大さに自首してきたらしい。相方の21歳は口論の際にスコップを振り回して威嚇したようだから立派な共犯だ。

トラックで轢けば人は大怪我するか死ぬ。スコップを振り回して相手を脅せば警察の世話になる。前を歩く歩行者を邪魔に思いクラクションを鳴らし散らせば反発される。ましてや相手が男であれば事は大きくなるかもしれない。一方通行の道路を走れば何なかのトラブルが起きる。。。。。いろんな想定ができる。犯人(容疑者でなく言い切ってしまう)は愚か過ぎるし、幼さ過ぎたと言えるだろう。

それでも彼らだけだろうか。暴力的な衝動に火がつけば人間は何をするかわからない。冷静に考えてみようとしても相手が逆上してくればストレートに反応してしまう。相方が怒りをあらわにしていれば自分もつられて怒り狂う。あとで考えれば何で? と後悔してしまうこと、暴力行為でなくても、自分自身を傷つけたり愛する人を虐待したりしてしまうこと、後の祭りである。わたしも含めて人間にはありがちなものだと思った。
新幹線走ってなんぼ止められて [2014年11月16日(Sun)]

fumihouse-2014-11-16T18_11_29-1-thumbnail2.jpg昨日15日の早朝に新幹線を止めた奴がいる。新横浜駅で停車中の新幹線車両の屋根に登った25歳男が感電した。この男は、死にたかったのだそうだ。全身を火傷する重傷で、警察は回復を待って取り調べをするという。ひかり号の最後尾車両の屋根によじ登ったところ架線に接触して感電し、3メートル以上を落ちて線路に体を打ちつけた。担架で運ばれる時に「死にたかった」とつぶやいたとか。

愚かな奴だ。死ぬのならもっと合理的に死んでほしいものだが、死ぬしかないと思いつめた者にそんな合理性は残っていないだろうな。衝動的に「死んでやる!」と突然思いつめたものか。それでも、ダイヤが大幅に乱れて何十何百もの新幹線が何時間も遅れ、何十万人の客が迷惑することを、多少は想像してほしかった。

仮に回復したとしても、賠償請求額の莫大さに感電死以上のショックを受けることは間違いない。そして可哀想なのは家族である。
暴風雨ほかの人には秋小雨 [2014年11月15日(Sat)]

fumihouse-2014-11-15T19_24_18-1-thumbnail2.jpg安倍首相はG20などの海外日程を終えて17日に帰国してただちに衆議院を解散し、最短で12月14日に総選挙が行われるようです。政局はいたって平穏な状態から暴風へと転じました。争点は消費税率10%の是非と言われています。しかし消費税法の附則に、「消費税率の引上げに当たって(中略)経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる」とあるとおり、国民に信を問う必要はないのです。

最新の世論調査で内閣支持率は前月より落ちて45%程度。それでも、民主党をはじめ各野党は消費税率の再引き上げの先送りを求めているわけですし、国民全般も消費税が8%のままであれば、自分の財布は痛まないのです。あまり争点になるとは常識的には考えられません。おのずと超低空の投票率となって、自民党が勝つという図式が見えてくるではありませんか。つまり安倍首相は政権基盤の強化をねらっているのでしょう。

そして長期政権の夢へ。日米安保で政権維持を断念せざるを得なかった祖父・岸信介。首相になること自体が果たせなかった父・安倍晋太郎。そして心身の不調で途中棄権を迫られた自身の初回首相の座。それらの実現できなかった長期政権への夢を、安倍首相は追っているのかもしれません。

もちろん道が見えているわけではありません。賭けです。来週頭に発表される2014年第3・四半期のGDP速報値は悪いと言われています。悲観的な数値であれば、アベノミクスへの批判が高まります。それでも、中国の習近平主席とは会談しましたし、拉致問題解決を渋る北朝鮮も交渉の舞台に引き込んでいます。中国漁船の珊瑚密漁問題にも解決の糸口を見つけつつあります。

9月の内閣改造後にあった女性2閣僚の辞任も痛手でしたが、その後のSMバーも含めておおかたの人には、そんなこともあったなあ、程度です。野党は全く選挙態勢ができていないし、与党公明党もここで議席を減らせば首相にとっては思う壺。そこで抜き打ちの解散を打つ。解散の大義がないと批判されても、思わぬ落とし穴という可能性があったとしても、首相には解散というカードが魅力的に映っていることでしょう。
おお寒い寒気に喚起コート出す [2014年11月14日(Fri)]

fumihouse-2014-11-14T18_37_52-1-thumbnail2.jpg冬用のコートを着込めばこっちのもんだ
冬型の気圧配置には負けないぞ
風邪ひいては身もふたもない
予期せぬ寒風に不意をつかれて思わず身震いすることもある
シャツの目地から忍び寄ってきた寒気の奴に対抗できる
コートを着たら守られて世界が変わる
手袋とマフラーを着けて百人力だ
体を寒い風から守ると俄然歩きは軽くなる
毎朝の列車に乗ってくる不思議なひとがいる
Tシャツ一枚にハーフのスポーツパンツ、運動靴とリュックのいでたちで乗ってくる
夏の頃と同じ格好で悠然と乗ってくる
夕方の今も乗っている
同じ格好でまた帰る
その強靭さに脱帽
寒さに強い、好奇の目にさらされても動じない強さに脱帽だ
ひとはどうあれ寒さに動じまい

(暖かい陽光のもとで花咲く頃が懐かしい。そして早くも来年の春がめぐってきてほしい)
島根の美ほめられさらに美しく [2014年11月13日(Thu)]

fumihouse-2014-11-13T18_21_27-1-thumbnail2.jpgポーラ化粧品が発表する「ニッポン美肌県グランプリ」の1位の座を、今年も島根県が獲得しました。3年連続です。2位には高知、3位は愛媛で四国勢が頑張っています。以下、4位は富山、5位が石川となりました。

昨年9月から一年間かけて集めた59万件の肌データを分析したといいますから、信憑性もそれなりに高そうです。美肌偏差値を出すにあたって、「肌のうるおい」「シワ」「シミ」「ニキビ」「キメ細かさ」「角質細胞の整い方」の6つの観点から数値をはじいています。島根の女性よ、アッパレですね。

ボーラの解説によると島根県は、日照時間が短く水蒸気密度が高い傾向にあって肌にやさしい環境が地理的に整っており、秋から春にかけて肌のうるおいを奪う肌荒風(はだあらしかぜ)が少ないことも大きいと分析しています。喫煙者の割合が低いことも大きいようです。これに満足せず、島根の女性よ、もっともっと美しくなあれ。

(邇摩高校の農場にできたきめの細かい美肌の大根。大根足もまんざら悪くない)
雷雲と冬の稲妻闇を突く [2014年11月12日(Wed)]

fumihouse-2014-11-12T18_12_46-1-thumbnail2.jpg冬が来た。今日から冬の来訪だ。ざわめきが聞こえた。海の方角から潮騒だ。昼間も西風が強かった。土砂降りになったり晴れ間がのぞいたりで変わりやすい天気だった。薄青の空に浮かぶ白と灰色の雲から見える日の光がまぶしかった。部屋の中は底冷えとまではいかないものの寒かった。一時間ほど前に、雷と強風と波浪の注意報が出た。川は波が逆立って逆流していた。海に向かって風に逆らって歩いた。海に近づくにつれ体が強い風に押された。仁万の浜は西風にあおられて高波が寄せていた。オレンジ色の残照が空を染めていた。切れ切れの灰色の雲がまだ青い空を覆いだした。どす黒い雲の塊が浜田方面から押し寄せてきた。遠くに雷の光が見えた。雷鳴は聞こえなかった。見る間に雷雲は空の半分近くを占領した。山のほうで幾筋にも分かれた稲妻が見えた。雷鳴はなかった。

まもなく雨が降り出すだろう。明日から急に冷え込むと予報されている。ひょっとしたら雪だろうか。暖冬の予想ではあるが、いよいよ冬がやってくる。
あるようでないものなんだ羅針盤 [2014年11月11日(Tue)]

fumihouse-2014-11-11T18_33_08-1-thumbnail2.jpgひとというものは、ナビゲーションを求めます。自分が進むべき道を指し示してくれる間違いのない行路を求めるものですが、養老孟司氏がこう言っています。

≪矢印がなければナビは使えないし、なければ困る。でも、タカが知れています。そして、矢印はそのときの目的‎に応じて場所を変えるものです。若いときと、もう少し歳をとったときの矢印の位置は違うし、仕事のポジションでも変わってきます。≫
 (「自分の"胃袋"の大きさを知るべし」養老孟司,婦人公論2014年9月7日号)

ここでいう「矢印」とは、別の言葉でいえば、羅針盤、外れることのない道筋や軌道をさすのだと思います。絶対的な確固たる矢印などないのです。高度経済成長のころならともかく、今やもう成功したり安定した生活を営めることを保証してくれる水先案内人はどこにもいません。

全般的に誤りのない針路があるとすれば、他人や自己を傷つけない、殺さないことくらいかもしれません。さらに幸福への基本方針があるとすれば、他人のために動く。それは情けは人のためならずで、巡りめぐって自己を豊かにたくましくしてくれることを基本とすることだと思うのです。

学校も組織も世間もどこを探しても、不幸せの芽はたくさん見つかりますが、自分の幸せを保証してくれる羅針盤は簡単には見つからないでしょう。他人からあつらえられた道は、自主的に再構成して心から幸せを噛みしめてみないことには、真の幸福はないと言えるのではないでしょうか。
春告げて秋になったらチッチッ舌打ち [2014年11月10日(Mon)]

fumihouse-2014-11-10T19_18_51-1-thumbnail2.jpgウグイスは春を告げ、夏を過ごすまでを鳴くものだと思っていた。春先は「ホケキョケキョケキョケキョ」と鳴く。やがて「ホーホケキョ」と見事な声音で鳴く。しかし秋の今時分にも存在を主張しているとは知らなかった。

先週朝の通勤時まだ日が昇っていない時間に、まるで舌打ちをするように鳴く鳥が林の中にいた。もちろん姿は見えない。「舌打ちをするように鳴く鳥」で検索してみると出た。ウグイスだった。ホーホケキョは繁殖期の「さえずり」で、いま時分の舌打ちが「地鳴き」なのだそうだ。チャッチャッチャッという速いリズムが心地よい。明日もまた聞こえるだろうか。ささやかな朝の楽しみとしておこう。

(ウグイスにはこの花がどんなふうに見えるのだろうか。彼らがいる藪の中からは見えないのかな?)
居てほしい側にいていて居てほしい [2014年11月09日(Sun)]

fumihouse-2014-11-09T20_40_59-1-thumbnail2.jpg問題です。次の物語は何という映画に描かれた世界でしょうか?

・ギャングエイジを越えて青春期にさしかかった少年たちの物語
・中学入学前のマセた四人組の彼らなりの大冒険の物語
・小さな町に住んで、ほかには世界はなく、その町が彼らの世界のすべてだと、のちに作家となってから反芻している物語
・仲間以外は敵とみなしがちで親や兄弟さえも視界から消えてしまうときがある年代の物語
・山中の鉄道線路を危ない目にあいながらも、怖いもの見たさに決然と歩き続ける物語
・期待の星の兄が春に死に、両親とも茫然自失のまま忘れられた少年の物語
・交通事故で死んだ兄の葬儀で、おまえだったらよかったと父に言われたことがトラウマとなっている物語
・声にならない声、声に出そうと思っても飲み込んでしまう少年のあきらめの物語
・群れて強がる悪者たちをバカにしつつも腕力にかなわない哀感に黙ってしまう少年の物語
・強がっていても、誰かそばにいてほしいと言いたい寂しがり屋たちの物語
・傍らに気持ちのわかりあえる仲間がいて、友情は永遠に続くものと信じていても数年もたたないうちにあの親密さが消えてしまうことの不思議物語
・その少年物語を不朽の名曲で忘れがたき存在となった映画

『Stand By Me(スタンドバイミー)』は仲のいい悪ガキ四人組がそれぞれ別の人生行路を歩んで別れゆく(華やかではなく、むしろ生を全うできなかった哀れや憐れみも交えて)、少年期への挽歌と言えるでしょう。少年期や青年期が前途洋々で明るさに満ちていると見えるのは、その頃のことを忘れてしまった中高年期の人びとが感じる錯覚なのです。それとも、その頃以上に辛い現実にさいなまれ苦悩する日々にあって、せめてあの頃に帰りたい、今よりまだましだったと憧れる人生挽歌の歌い手たちが抱く幻想なのでしょうか。
蒸しタオル安吾苦労しヒゲを剃る [2014年11月08日(Sat)]

fumihouse-2014-11-08T14_29_01-1-thumbnail2.jpg坂口安吾が自伝作品『三十歳』でこう書いています。

≪私は自分のヒゲズラがきらいである。汚らしく、みすぼらしいというより、なんだか、いかにも悪者らしく、不潔な魂が目だってくる。ヒゲがあると、目まで濁る。陰鬱で、邪悪だ。
 そのくせ無精な私は、却々(なかなか)ヒゲを剃ることができない。私のヒゲはかたいので、タオルでむす必要があるから、それが煩わしいのである。仕事をしながら頬杖をつくと、掌にヒゲが当る。すると私は不愉快になり、濁った暗い目を想像して居たたまれなくなるのであるが、無精な私はそれをどうすることもできない≫
 (『風と光と二十の私と・いずこへ/他十六編,岩波文庫』に所収)

そのとおり、私も安吾の感覚に同意します。「ヒゲがあると、目まで濁る。陰鬱で、邪悪」。よくぞここまで言い切りました。休日はたまには肌を休めて、などと理屈をつけて剃らないとまさにこんな気分になるのです。鼻の下から口の回り、顎からもみあげにかけてチマチマしたゴミがひっついている感じが一日中ぬぐえないのです。

私も蒸しタオルを使いますが、今は電子レンジで30秒ほどです。安吾の頃はどうしていたのでしょうか。理髪店のようにスチーマーを備えたところは少なかったでしょうから、沸騰したヤカンから吹き出す蒸気を手で持って熱さをガマンしながら蒸したのかもしれません。「私のヒゲはかたいので、タオルでむす必要があるから、それが煩わしいのである」のも気持ちがよーくわかります。

(スベスベのブロンズ像の肌。ヒゲがない。女性だから当然か…)
禁断のスマホにはまる依存症 [2014年11月07日(Fri)]

fumihouse-2014-11-07T07_41_32-1-thumbnail2 (2).jpg和田秀樹著『スマホで馬鹿になる/子どもを壊す依存症の恐怖』(時事通信社)を読むと本当に怖くなってきます。青少年をむしばむスマホ依存は、意志の問題だと思っていましたが、酒や麻薬、ギャンブルと同様に未成年者には規制すべきであると著者は訴えかけます。幾度もくり返して、依存状態ではなく、スマホ依存症という病気であるから治療すべきだし、積極的な法制によって青少年を守るべきだと。

SNSは友達同士の緩いつながりなどというものではなく、一日中スマホから離れられない状態に縛りつけ、ガマンして何事かをやり抜く自律的態度がなくなっていきますから成績が急降下します。著者は「人格を破壊する」とまで表現しています。面と向かって人間関係を取り結ぶ能力も落ちるでしょうから無用なトラブルも多くなるかもしれません。

もちろん陽の部分もありますが、それは分別のついた「大人」にのみ許されること。電車に乗って周りを見渡すと十人中7,8人まではスマホを使っている現況にあって早急に取り組むべき課題かもしれません。依存症になってしまえば、仕事などまともにできません。そんな勤労者の集団がどれだけの成果を上げられるやら。引きこもり状態の人も増えるでしょう。日本の将来にとってゆゆしき事態です。

ということで、私も今日はスマホ依存度を測るため、この記事をアップしたら、必要なメールの送受信以外はスマホに手を伸ばさないことにします。
夕景を闇に染め上げ夜が来る [2014年11月06日(Thu)]

fumihouse-2014-11-06T18_18_37-1-thumbnail2.jpg秋の夕景が暮れていく
すっぽりと弱い闇が薄いベールとなって地上を覆っていく
山の端はシルエット、真っ黒な影絵
高層の雲、低層の雲それぞれにホンワカして残照の中にある
夕日に照らされ万化する、薄桃色に薄紅に柿色に
揺れ動くかのような雲、女性の長い髪のようになびく雲、黒々と散りばめた雲
一秒としてとどまらない変化、形や色の変えよう
夜の静寂(しじま)と闇に沈んでいく
街灯と家々の明かりが闇に対抗して夜を照らそうとする
月が出てきた
昨夜ミラクルムーンと賞されて多くの人が観た次の十四夜の月
人工の明かりがなかった大昔はどうだっただろう
明るい月はさぞかし頼もしかったであろう
人の顔までは判別できないが道を迷わず歩けるほどの明るさ
提灯や松明を持たなくても歩けるほどの明るさ
月は頼もしい、月は輝かしい
特に秋の月は人の世の闇も照らしてあからさまにする
列車の外は闇、暗がりはほんまもん
闇で染め上げて夜の陰翳は完成した
野放図は野に放るものだと確信し [2014年11月05日(Wed)]

fumihouse-2014-11-05T18_28_00-1-thumbnail2.jpg【確信犯】という言葉が登場するたびに考える。意味はどっちだったかなと。あるいはその言葉を使う人はどっちの意味で使っているのかなと。

自分は正しいと確信をもって犯罪的行為に及んでいるという意味なのか、それとも悪いと知りつつその場の流れや放埒さからその行為をし続ける意味なののか、という惑いである。前者は強い信念を貫く者がとる行動であり、後者は軽いノリでむしろ無責任な者がとる行動である。

デジタル大辞泉で見てみると、補説として後者は≪もともと誤用とされていたが、文化庁が発表した平成14年度「国語に関する世論調査」では、50パーセント以上の人が1(筆者注:前者のこと)ではなく2(後者のこと)の意で用いると回答した≫と書いてあるではないか。今やもう、どっちでもいいのだ。これからは迷うことなく適当に使っておこう。

もう一つ思い浮かぶのが【野放図】。こっちは意味はよくわかるのだが、いつも読み方を迷う。勝手気ままに振る舞い、締まりがないことを指すが、いつも使うときに考える。「のほうず」と読むのか、「やほうず」なのかと。考えるくらいだったら、最初から「勝手気まま」と言い換えてしまえばいいのだと今思った。でもこの機会にちゃんと頭にたたき込んでおこう。『のほうず』だと。読み方の多い漢字はこれだから困ったものだ。
贈り合い物に心を携えて [2014年11月04日(Tue)]

fumihouse-2014-11-04T18_14_46-1-thumbnail2.jpg「贈りもの」とは贈り合うもの
贈られたら贈って返す
そしてまた贈られるのを楽しみに待つ
義理でやむなくという気持ちではないのがいい
「物」だけには限らない
「心」のこもった贈りものをもらいたい
利害や打算がやたらと感じられる贈り物は困りもの
どこまで心がこもっているのか
確かめるすべはない
ただ感じるのみ
「物」のほかにどんなプレゼントがあるの?
「声」のプレゼントはいかがかな
上機嫌でとびきりの明るい声で
相互が思いやり気にかけて心配し合い喜び合う
「合い」は「愛」につながっていく
「まなざし」のプレゼントもいかがかな
温かい表情とともに
柔らかく穏やかな声のプレゼントと一緒なら
極上の満足が得られるだろう
「合い」はお互いさま
もらうばかりじゃ良くないね
わたしも惜しみなく上げられれば
相手の「愛」は高まるだろう
ステキな「合い」の手が返ってくるにちがいない

(美味しい枇杷を贈るのもいいですね。種を口中で転がしながら話をするのも楽しいです)
礼状をしたため心晴ればれと [2014年11月03日(Mon)]

fumihouse-2014-11-03T17_55_59-1-thumbnail2.jpg精神科医の春日武彦氏がこのように書いています。ちょうどよい機会が今日あったばかりです。礼状をさっそく書いてみようと思います。

≪人生においてスムーズにものごとが運ばなかったり、何やら停滞モードに陥っているように感じるときは、おしなべて礼状が上手く書けないような、考えようによっては些細な「つまずき」と連動している場合が多い気がする。換言するなら、礼状がすらすら書けるようなときは、人生は順調なことが多い≫ (「礼状/ことばの玉手箱」11月2日付け公明新聞)

  停滞モード→→些細なつまずき→→さらに停滞
といった悪循環を断ち切るためには、
  順調でなくても→→気になることをサッサとやってしまう→→順調になる
と自分で決めてしまえばいいのです。
ということで、さっそく礼状をハガキにしたためることにしてみます。

(写真の花のようにスカッとしたいものです)
演劇祭ものを思うて秋深し [2014年11月02日(Sun)]

fumihouse-2014-11-02T16_40_43-1-thumbnail2.jpg第5回八雲国際演劇祭が開幕中です。松江市八雲町のしいの実シアターで明日まで行われます。わたしが昨日観たのはブルガリアの劇団が上演する『父さんのすることはいつもよし』という日本語劇です。

貧しくも愛し合う老人夫妻。夫は妻のキスをごほうびとしてガンバり、妻は失敗続きの夫をポジティブに奮い立たせながら愛で包みこみ、心から父さんのことが好き。二人は十分に幸せ。ところが老いた馬を市場に出した夫は取引を繰り返すたびに得た物は無惨に。とうとう最後には腐った林檎を家に持って帰る羽目へ。最後に大博打。夫は妻の身そのものを賭けてしまうという大失敗を犯し、ここまで人にダマされるムゴい男はあるまいに、と観客はハラハラするがそこで大逆転。すべては二人の愛に起因する災難だったが、最後はやはり強い愛によって二人は窮地を脱するばかりかお金持ちになれる……。

愛し合うことを賭博の質草とすることなど許されるのか? じゃあ、あなたはどうなのか?と鋭い詰問を浴びせられたような気分で見ました。でもそれはそこまで。二人の演技者の明るい笑顔で劇場をあとにしたのです。

残念ながら天気不調のため、『海と山のマルシェ』(音楽ライブや露天店)は中止となりましたが、ホールであった『各国パフォーマンス』では各国の芸能や入場者とのにやりとり抱腹絶倒し、腹が筋肉痛になりそうでした。

しいの実シアターは日本一小さい公立劇場とのふれこみです。小さな劇場からいつもステキなメッセージを発してくれる「しいの実シアター」です。ここで楽しんだ観客の皆さんは、「演劇は、こころの食べもの(Theatre is food for the heart)」というスローガンのままに、また明日から顔晴っていくことでしょう(わたしも含めて)。

そういえば先日、煎ったばかりのしいの実を食べました。久しぶりの熱々の味わいです。裂けた殻の割れ目に爪をかけてグイッとひき割りました。口に入れると香ばしさが広がります。噛むと焦げた苦味と実の甘味で口が満たされます。懐かしい味でした。

(写真はしいの実シアターすぐ横にあるドウダンツツジ。鮮やかな紅赤に染まって演劇と同様、目を楽しませてくれる)
上弦はやがて大きく月満ちて [2014年11月01日(Sat)]

fumihouse-2014-11-01T11_40_34-1-thumbnail2.jpg一昨日は上弦の月だった。しばらくは高気圧のおかげですっきりと秋晴れが続いていたが、低気圧の影響のせいか薄雲がかかっていた。上弦の月がぼんやりと雲を通して見えていた。その月であるが、人間の心身に意外と大きな影響があるらしい。

月が満月に向かうとき、人間も含めた地球上の生命は多くのものを吸収し成長するのだという。つまり満月を数日後にひかえた今は、生命力みなぎる時になるのだろうか。実感はわかないが、わからないでもない気がする。

目標へ向かってガンバローとやる気が高まり、アドレナリンが分泌されて行動力が増すとすれば、この時期を逃さない手はない。また、作物の種をまくのも満月の時がよいとも聞く。反対に満月が過ぎて新月へと向かう時には積極的な行動を自重すべき時なのだろうか。

あまり鵜呑みにすると、占いにがんじがらめにされた少女のようになってしまうから、適度におさめておきたいものだけれども、あらゆる生命は宇宙の運行と深い関わりがあることは間違いない。万物のバイオリズムは宇宙に依っている。そして私たちも宇宙の一部分なのだ。