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暮れていく晦日の仕舞う時間なり [2013年12月31日(Tue)]

__tn_20131231205902.jpg大晦日も暮れていきます。ただいま夜の九時前。紅白歌合戦が盛り上がっています。

ところで「晦日」(みそか)。もともとは三〇日目の月の日。太陰暦では月の最終日ですが、太陽暦に替わったのちは二八日でも三十一日でも晦日といいます。そして暦年の最終月の最終日が大晦日。

さらに「晦」という字。みそかの他には、カイとか、つごもりと読みます。暗いとか、くらますという意味があるのですが、もともとは月が隠れるということです。月の三〇日目は新月で月齢ゼロ。太陽と地球との位置関係では月が真ん中に入るので、ときどき月食がおこります。

私たちは日毎日毎の営みを繰りかえし、月の最終日がやって きて、「今月も終わったか」と感慨を憶えます。それを十二回繰り返すうちに、今日の大晦日にいたるわけです。

なんだかんだと言いながら、ことしもあと3時間。この一年、このブログをご愛読いただきありがとうございました。皆さまにとってステキな午年になりますように。どうぞよい年をお迎えください。

(写真は大晦日の出雲の空。明るい太陽が時折きらめいた)
かぐや姫天にも上るその気持ち [2013年12月31日(Tue)]

__tn_DSC_4404.JPG「天にも上る気持ち」と言う。本当に上ってしまったらどうなるだろうか。望みがかなえられると天に上る。仏法でいうところの天上界、略して天界である。だが、天界の寿命は短い。喜びはたちまち色あせて、獲得したのが物であれば、存在することが当然となって有り難みが減っていく。得た喜びが行為や事であれば、次第に感謝の心が薄らいで天上からは落ちていく。

かぐや姫にとって天に昇るとは、罪を許されて月に帰ること。だが、罪深い月人が流される先の星、穢れた地球で悩んだり苦しんだり、悩ませたり苦しませたりするうちに、彼女はここが唯一無二の故郷となっていく。翁と嫗を、ととさま、かかさまと慕って喜怒哀楽をともにする。

映画『かぐや姫の物語』では、かぐや姫に「張り合いがあればよく生きることができる」という意味合いの台詞がある。困難を乗り越えることを張り合いとして彼女は生きる証をつかんだのだ。そして、私は誰のものでもないし、私は私だ。私は誰かが幸せにしてくれるのではなく、私が私を幸せにするのだと心に決める。

そうした葛藤と決意がかぐや姫のいきいきした目と伸びやかな動線に表れているのが実にいい。どこか他所によいところがあるのではない。困難もあって張り合いのある生活こそが私の生きる道。そう思って彼女は、悩み苦しみがない天上界、月世界を飛び出した(どんな罪を犯したかは不明)。苦しみなどない世界。おそらく何千年も生きて病気にもかからないであろう。生老病死の悩み自体がないわけだ。

その地上界では、竹取の翁も含めた男たちは金と権勢を持つことが幸せになる道と信じているのに対し、かぐや姫や嫗は自分の等身大で手の届く範囲で手すさびでも何かをやっていることに自分らしさを保ち幸せを感じていける。対して、翁をはじめとして男たちは、美しい妻を娶ることも含めて身分と世間的威力で自分を飾ろうとする。

単調で雑とも思える描線に、繊細で力強い魂をのせたアニメーションであった。月から天上人がかぐや姫を迎えに来る。その音楽がSMAPの世界にひとつの花に似ていたのがやけに不自然で、その格好が蓮の池の傍らに立つ釈迦のイメージで仏像的なところが滑稽だった。目に輝きはない(瞳が描かれていない)。天上人とは、内裏に上がることを許された官位の高い殿上人のことも比喩的に表しているのであろう。男たちが官位と財産を得ることに汲々として、温かみのあるイキイキした目を失っていくことを風刺していると見たのは私だけだろうか。

難しく言えばなんとでもなるが、かぐや姫は要するに退屈だったのだろう、天上での刺激のない生活が。お転婆過ぎたのだ、たぶん彼女は。あえて地球という娑婆世界に飛び込んでみたら、思っていた以上に刺激はあった。しかし傷つきもし、大切な人たちを傷つけた。そればかりか、関わりの薄いと思っていた人の人生をも変えてしまったことにショックを受けた。その体験が、彼女の悲しみの表情により深みを増したような気がする。

幸せとはなんだろう? わたしは今幸せだろうか? わたしは私を生きているだろうか? と疑問をもつときに観るとよい映画だと思う。
年賀状勢いもって馬の年 [2013年12月30日(Mon)]

__tn_20131230180601.jpg年賀状を投函しました。投函というよりは手渡しです。出雲郵便局の本局へ行くと、局の前にはアルバイト生が袋を持って、押し寄せる車から直接年賀状の束を受け取っていたのです。

混雑を少しでも少なめようという策でしょう。思いがけなく、車を停めて局に入って投函する手間がはぶけて私も助かりました。それでも局の出入口は車で混雑していました。

本来であればもっと早く年賀状を出すべきなのですが、昨日の夕方に家族写真を撮ったものですから、それを年賀状に入れ込んでダッシュで印刷し、今日やっと送ることができました。年賀状の束を手放すと、肩の荷が降りたような気がします。

来年うま年は「午」。正午の午です。「牛」ではありません。正午の前後二時間が午の刻。午前と午後を分ける正午。太陽がもっとも盛んで勢いをます正午。方角でいえば午は南。暖かい南のイメージと騎馬の勢いでもって前進していける一年にしていきたいものです。
小さいが大きなおうち日本とは [2013年12月29日(Sun)]

__tn_20131229092924.jpg靖国神社への参拝。南スーダンでのPKO韓国部隊に対する銃弾提供。安倍総理が判断して突然動いたことに、戸惑いと非難が広がっている(もちろん賛成もある)。

必要があれば国会を召集すればいい。堂々と議論の場に提示すればいい。が、それをできないほどに焦る案件なのか。特に靖国については、首相が一個人として行ったと言い張っても、「英霊に哀悼と尊崇の念をささげる」公人であるが故に内外に大きく波紋を広げる。

まず戦犯の合祀を解消すべきだ(単なるイリュージョンだが大事なことだ)。合祀された台湾や朝鮮の元軍人軍属に対し恩給などの戦後処理をしていないことは、大きな矛盾だ。山ほどある課題を解決してからにしてほしい。

≪僕だって、一生懸命やっている(中略)国を思う気持ちも人後に落ちないつもりだ。しかし、その我々をすら、非難する者があらわれる。文壇とは恐ろしいところだ。なんだか神がかり的なものが、知性の世界にまで入ってくる。だんだん、みんなが人を見てものを言うようになる。そしていちばん解りやすくて強い口調のものが、人を圧迫するようになる。抵抗はできない。急進的なものは、はびこるだろう。このままいけば、誰かに非難されるより先に、強い口調でものを言ったほうが勝ちだとなってくる。そうはしたくない。しかし、しなければこっちの身が危ない≫
 (中島京子著『小さいおうち』小中先生の言葉)

なし崩し的に世の大勢がナショナリズムへと動いていく恐れを感じる。戦中に世の空気がひとを苦しめて縛り、期せぬ強制力でもって望まない行動をせざるをえなかった不幸。そんな時代を繰り返してはならない。

≪靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいるが、私が安倍政権の発足した今日この日に参拝したのは、御英霊に政権一年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことのない時代を創るとの決意をお伝えするためだ。≫と首相は談話で述べる。

この正論に反論する者は体制を破壊しようとする者⇒これはテロにも匹敵する⇒特定秘密保護法にのっとり監視対象⇒公安警察の強化⇒特高警察の復活⇒一部の急進派が醸し出す空気も利用しながら国民生活への圧迫……。

風が吹けば桶屋が儲かるほどの唐突感はない。こんな時代がふたたび来たらどうしよう。
リズミカル歩く速度にゆとりあり [2013年12月28日(Sat)]

__tn_20131228204143.jpgわたしは歩くのが好きだ。リズミカルに早足で歩くのはもちろん、ブラブラとまわりの景色をうかがいながらゆったりと歩くのも好きだ。少々寒いときでも、歩くうちにほかほかとしてくる。暑ければ汗は吹き出すが、そんな季節だと思ってやりすごす。

歩くうちにいい被写体が見えてきてスマホをかざすこともある。ああこの角度がいいなあ、そうだもう十歩さがってみようかなどと思う。住宅街だと草木や花が飾られる庭に目がいく。洗濯ものの干しようでそこのうちの生活ぶりが想像されたりする(不審者に見られないようにしよう)。詩想がわいてくるのも歩いているときが多いような気がする。歩くのは自由だ。時間さえあれば思うがままに観察と想像の翼を広げることができる。

≪人間的な速度の限界は、馬車に乗っているときの速度だと言った人がいます。それを超すと、まわりの風景はどんどん流れ始めて、目にとまらなくなってくる。見えるのは遠景だけで、身のまわりの小さな花なんかは、存在しないのも同じことになる。≫
 (天野祐吉著『成長から成熟へ―さよなら経済大国』集英社新書,2013年)

馬車に乗る速度とは自転車でゆっくりと進むまでのスピードだ。確かにそれを超えると、もはや目的地まで一直線にしかならない。急ぐときもある。焦ってジリジリとすることもある。そうでないときには少しはゆとりの時間を感じていきたいものだと思う。

(今日の積雪は15センチほど。雪の重みで竹がしなっていた)
句をひねり友と語りて年惜しむ [2013年12月27日(Fri)]

__tn_20131227193703.jpg年末の句会を友と二人でやってきた。互いに意見を述べつつ推敲しながら楽しいひとときを過ごした。私の俳句は次のとおり。即物的ではあっても写実ではない中途半端なものだ。字句の使い方も美文調でいささか恥ずかしい。

  乗客が少なし汽車よ冬休み
  暖かき日ざし転じて時雨傘
  時雨傘さし上げ見れば山眠る
  流れゆく雲また雲や寒の月
  洒落ものは着ぶくれせぬと鳥の肌

友のはなかなかのものだ。スッと頭に映像が浮かんでくる。大したものだと感心する。

  詠み納め仕事仕舞ひて珈琲屋
  煤ごもりショパン流るる店の隅
  みぞれ降るトラック路地に分け入りて
  くりひむをひとつ取りおき太鼓焼き
 
場所をかえて飲んだ。目の前にあったノドグロが題材となった。

  のどぐろや赤い目をして熱い燗

これが私の分。そして友のはこれだ。ノドグロの大きな黒目の周りを囲む部分が泣きはらしたかのように赤くなっているのが想像できる。さすがである。今夜はノドグロ(アカムツとも言う)を口に入れることはなかったが、いずれまた。

  のどぐろに涙のふくろ燗の酒
早見して今日は何歳想像す [2013年12月26日(Thu)]

__tn_20131226182015.jpgある手帳の年齢早見表を見た。最も古い年齢が大正2年生まれで101歳。明治生まれは表から除かれていた。百歳以上の長寿者がほぼ明治生まれだとしても、その人数は約5万人。日本の全人口のうちの2500人に1人の割合でしかない。実に少数派となってしまっとことに驚く。

明治は遠くなりにけりという言葉があったが、大正はもちろんのこと(『永遠の0』宮部久蔵が大正生まれだった)、昭和も遠くに行ってしまったことに感慨を覚える。来年は昭和に換算すると昭和89年。平成も26年になるのだから当然といえば当然だ。

今日は木曜日。明日の仕事納めの日を過ぎると今年の仕事は来年に持ち越しとなる。年度末ほどの慌ただしさはないにしても、ひとつの区切りとして明日は重要な一日となる。

街の飾り付けが昨夜から今朝にかけて一晩で模様替えしてしまうと、急に年越しが迫って来るようだ。今年もあと5日。うかうかしてはいられない。
掛け算はゼロに掛けては永遠に [2013年12月25日(Wed)]

__tn_20131225230026.jpg映画『永遠の0』は三段重ねのクライマックスが見事だった。そして、魂魄を留めるという言葉がぴったり当てはまる物語だった。

祖父・宮部久蔵のことを姉と共に調べ始めた健太郎。彼の年は宮部が戦死したときと同じ26歳。生きることに悶々と悩む青年だ。調査は最初から挫折気味だった。祖父のことをよく言う人はいないのだ。「海軍一の臆病者」「飛行機乗りの名折れ」だと。彼は常々「生きて家族のもとに帰る」とばかり公言していたと聞くと健太郎は折れそうになる。

うんざりし始めたところ、入院中のかつての部下が語り出す。そこが最初の山場だ。飛行技術が並外れていたこと、将来のために生きよと部下を指導していたことを知らされる。次は、古参搭乗員で宮部のライバルだったヤクザ親分が強面で宮部を称えた。聞くうちに祖父のことがわかってくる。一方で謎も深まる。

そして、よもやこの人がと思った人が最後のトリをつとめた。その役を亡くなられた夏八木勲がやった。死してなおも魂魄を留めて愛する人を守ろうとした宮部を語りきった。死を前に役者魂の集大成として魂魄を残した作品であったとも言える。この方、『そして、父になる』でも印象深い。

どんなに飛行機がよくても搭乗員は人間だ、負けるとわかっている作戦では戦争に勝てないのは必然、と合理的に考えることが真っ当とされなかった狂った時代。圧倒的不利な状況は敵愾心と大和魂で乗り越えよ、と精神論がまかり通っていた時代。その時代を甘い感傷でもって振り返ってはいけない。

日本が大きな傷を受けた時代を感傷で振り返るのはたやすい。ひとは物語を紡ぐ。紡がないと生きてはいけない。自分の生きた証を残し、価値ある人生だと感じるために紡ぐ。紡がれた物語は独りよがりの場合もある。反対に謙虚過ぎて物語にさえなっていない場合もある。それを後世に残すのは歴史家の役割であり、小説家の力量にもかかっていると思う。今回の物語は原作が小説で語られ、今回は映像によって紡がれた。映画だから当然なのであるが、ふつうの対話ではそうはいかない。小説の力、映画の力を存分に発揮している物語であったと思う。

永遠はないことはわかっている。家族の談笑も友との語らいも終わりが来る。永遠はない。だのに、つまらぬ行き違いで腹をたて、意地になって対立する。そんな日常を反省する機会ともなる。静かに内省しながら映画を見たり、小説を読んだりするのはいいものだ。
ポピンズはメリーの幻想クリスマス [2013年12月24日(Tue)]

__tn_20131224204010.jpgメリー・ポピンズ』はミュージカル映画の名作だ。出てくる挿入歌やメロディーはどこかで聞いたことのあるものばかり。ウォルト・ディズニーの世界が私たちにとっていかに身近なものであるかがよくわかる。なかでも有名な「チムチムチェリー」。大道芸人兼絵描き兼煙突掃除人のバートがメリーとともに歌う。生きる人は誰もがもの悲しくて淡い、しかし誇り高く歌いながら頼もしく生きていく。躍動する踊りもある。ロンドンの夕陽が美しいように、あなたの住む街にも美や善はたくさんあるのだよ。あなたはそれを見てますか?と訴えるような歌と躍りだ。

家庭教師のメリーは魔法使いというか、歌って楽しいだけでなく、凛とした厳しさも兼ね備えたイリュージョニストといえまいか。メリー役のジュリー・アンドリュースが若くて綺麗。娘のような純真さもあわせ持って魅力を存分に発揮している。

アニメと実写の合成は技術的に劣るが(1964年の映画だから仕方ない)、メランコリーな気分をかもし出し、メルヘンの世界に浸るのに何の障害もない。ディズニーその人がイリュージョニストだという証明と言える。

イリュージョンと言えば、今夜はクリスマス・イブ。これだけ多くの子供たちがサンタクロースは自分のためにプレゼントを持ってきてくれると信じて、保護者もまたその願いを密かにかなえてやる。世界中で繰り広げられるイリュージョンだ。子は幸せになり、それを見る親もまた幸せを感じる。

さて、メリーはそのイリュージョンで誰を救ったのだろう。バンクス家の子供たちはもちろんだが、厳格なだけで少しのゆとりさえ持たなかったバンクス氏を救ったのだと思う。彼はメリーのおかげで見失っていた大切なものは家にあることに気づく。メリーの役目は終わった。彼女は静かに雲の上に消える。幸せを届ける次のターゲットを探すために…。「青い鳥」もそうだ。幸せは今ここにあるのだよ、と伝えてくれる物語だった。
手を挙げてビンゴと叫ぶ嬉しさよ [2013年12月23日(Mon)]

__tn_20131223095823.jpg忘年会で定番のビンゴゲーム。備後国(広島)と関連があるのかと思いきや違っていました。ウィキペディアによれば、その起源は500年くらい前のイタリアにあるとのこと。19世紀にはヨーロッパに広まり、さらに20世紀前半にアメリカに伝えられれば、世界に広まることは必然です。元々ビーノゲームという名前だったのが、おもちゃのセールスマンが間違って「ビンゴ」と大声で叫んだことをきっかけにビンゴゲームと呼ばれるようになったそうです。

単純にして手軽なドキドキ感がいいですね、ビンゴゲームというやつは。商品がもらえそうでなかなかもらえないやりきれなさもいいですね。「ビンゴォ!」と手を挙げて叫ぶときの嬉しさったらありゃしません。

勝って奢らず、負けて腐らず。勝者は次もまた幸運を望み、敗者は捲土重来を期しつつもたかがゲームと割り切りましょう。

私の忘年会での成果はどうだったかというと、最初は窓が開かずにヤキモキしましたが、あれよという間にダブルリーチとなり、二番手で抜け出しました。翌日のおかずに直ちに使えた魚やイカの干物類。おいしくいただいたのです。幸運に感謝して、幹事さんたちどうもありがとう。
歳時記を離さず生きて人は生く [2013年12月22日(Sun)]

__tn_20131222222944.jpg歳時記がある。俳句を詠むひとには手放せない書物だ。もともとは、宮中で年中行事や四季の風物を季節ごと月ごとにまとめたものであり、のちに一般に広まった。近世以降俳句が普及すると、季語事典のことをもっぱら歳時記と言うようになった。

1日、1週間、1カ月、1年というサイクルの中で暮らす私たちにとって、暦はなくてはならない。大雪や冬至といった二十四節季(そういえば今日は冬至)。迷信が過ぎて使いたくはないが六曜などの歴注。方位などから吉凶を占うこともある。これは誕生花や花言葉、星座占いはマスコミの紙面や番組の片隅に必ずある。結構な人がその日の運勢を気にする現れだ。

NHKラジオ第一では毎日数回、「今日は何の日」が放送される。何年か何十年前、あるいは何百年前の「その日」には何があったのかを知らせる番組だ。これも一種の歳時記といえる。

ドコモのアンドロイド・スマホのiコンシェルでは、気象情報や列車運行情報、渋滞情報に併せて、今日の主なイベントや誕生花に花言葉、今日の記念日、今日起きた過去の出来事、有名人・歴史上人物の生誕日、逝去日まで知ることができる。これらも全ては暦から派生した情報である。すべては歳時記につながっている。

ひとは時の刻みを意識するために、時間を発明し、暦を生み出した。人は今日も時間と暦とともに生きていく。

(椿が咲いている。うっすらと淡い桃色の白地に薄いピンクの線が入っている。自然が彩る歳時記だ)
空間に時間を足せばあとは人 [2013年12月21日(Sat)]

__tn_20131221220903.jpgある人がエッセイに書いていた。良質な旅宿が旅人に提供する良質な「間(かん)」は、時間と空間だと。

確かにそうだと思う。空間には、旅館の趣味のいい調度品や品よく盛りつけた料理が並ぶ。絶景はもちろんのこと、地元の人が見過ごしている景色に掘り出し物のような空間を見つけたときの楽しみも旅の醍醐味かもしれない。胃袋と心が満たされていくのは嬉しい。日常と違う異空間に自分がいることに不思議な感慨もおぼえる。

旅の場で流れるゆったりした時間。いそいそと目的地に移動するときにちょいと急くのもまたいい。日常と異なる時間が流れていくことは、思いのほか良質な体験となる。

もうひとつ私なりに加えるならば、人間(じんかん)がある。旅に出て行く先々で出会った人と交流する。言葉を交わすことはなくても、当地で繰り広げられる日常のひとこまを見る。自分にとっての異空間で違う時間を過ごしながら、人間に関わると思いがけない自分を発見したりする。それがいい宿であるならば言うことはない。

時間、空間、人間。旅に欠かせない3つの「間」だ。そして旅の三要素といえば、以前この欄に書いたことがある。「食べ物」、「景色」、「人」。ああ、いい旅に出たいなあ。もちろん出たら出たで、すぐに帰りたくなるのではあるが…。
規制して偽装を防ぐよきことか [2013年12月20日(Fri)]

__tn_20131220182002.jpg世間ではもう忘れられた感があるが、メニューの食材虚偽問題があった。きのう19日に消費者庁が、阪急阪神ホテルズ、阪神ホテルシステムズ、近畿日本鉄道に対し、景品表示法を根拠とする再発防止の措置命令を出した。

芝エビをバナメイエビと称したり、自家製パンが他社製のパンだったり、牛脂を注入したビーフステーキがあったりと、いろいろな嘘があった。今回措置命令の対象となってはいないが、その他の嘘つき団体がここぞとばかりに頭を下げた。

消費者庁は措置命令に併せて、ガイドラインと称する運用基準や算定基準、多くの通達を出した。パブリックコメントなどで一般の意見も聞くそうであるが、食品偽装なのか、そうでないのか、それとも灰色かの定義がされることになる。

かくして、行政による規制は強まる。いち段落すると今度は規制を嫌う人々から「緩和しろ」と声が上がる。元はと言えば、お上が民を守るために不正や不安に応えるべしという発想がある。それが根強いから、日本では放っておいても規制強化が進むのだと思う。あまり官に頼るのは危険を伴うと思うのだ。

自分の利益のためならば、他人を欺いても平気だという腐った性根がこうした事件を生む。皆さんやってるから、という集団同調圧力があるから歯止めがきかなくなる。困ったことだが、わたしの中にもそのDNAは宿っているのかもしれない。

(今朝は松江でも5センチの積雪があった。平野部では初めて積もった。寒いけれども少しワクワクした)
縁結び行く末耐えてしあわせに [2013年12月19日(Thu)]

__tn_20131219075938.jpg一昨日は縁結びとお礼参りのことを書きました。さあ縁は結ばれた、新しい生活が始まった、というときに使われる常套句が「末長くお幸せに!」です。そんなことはあり得ないのです。生活文化の違う二人が同じ屋根の下で暮らし、こんなはずではなかったと首をかしげることも多くなります。内外に困難が立ちふさがり甘い気分も吹き飛んでしまうでしょう。それは当然です。

≪人間がいかに「快適」に暮らせるかということに主眼をおいた社会ができ上がってきたことで、どうにもならない不合理を乗り越えるメンタリティを人々が失ってきてしまったように思います。
 そのカベを越えていくための精神の基軸を持たなくなってしまった。だからひとたび何かがあったとき、感情のコントロールができなくなって、心が折れてしまう。
(中略)すぐに答えが欲しい、わかりやすい答えが欲しい。それは社会全体がスピードアップしていてのんびりしていられないということも一つにはありますが、「引き延ばされる」ことに耐えるメンタリティもなくなっているからです。(中略)非婚率と離婚率が共にどんどん高まっているのも、違う環境で 育ってきた他人を受容して、共に生活することに耐えにくくなっているからでしょう≫
 (齋藤孝著『結果を出す人の「やる気」の技術―"特訓"式モチベーション術』角川oneテーマ21,2011年)

結婚するということは、都合のいいことばかりではなく、不快なこと辛いことも引き受けるという責任を伴います。耐えられなければ直ちに離婚に至るでしょうし、あらかじめ心配しすぎると結婚の決断はできません。新しい人間関係ができ、子供が生まれ……、刻々と自分の立ち位置は変わります。答えだって与えられないケースも多い。でも、いつも快適であろうはずはなく、耐えなければならないことが多い。

いつも快適だったらどうなるでしょうか。顔の筋肉は弛緩し、歩く姿には張りがなく、目にも力がなくなることでしょう。不快さをしのいで時間をかせぎ、キレることなく感情を制御し、工夫して課題を克服し、泣き崩れても耐えて祈って乗り越える……。その合間に喜びがある。乗り越えること自体が喜びとなれば、日々の景色は違って見えることになるのでしょう。もちろん簡単なことではありませんが…。
謀年は望年なれど忘年会 [2013年12月18日(Wed)]

__tn_20131218172132.jpg歳末となり、松江の繁華街もそれなりに賑わっている。この冬は各店が趣向を競って客を呼び込もうとしていると、広告界関係者が言っていた。その強い意志が売上げ結果にも反映されるといい。わたしも及ばずながら協力したいと思う。ちなみに今夜は職場の忘年会。

ところで忘年会。年を忘れる会とは、ネガティブな名前がついているものだ。一年の間にあったいろいろな憂さを晴らすというのでは、ネガティブすぎる。不快に思い、一刻も早く避けたかったこともあったけれども、そればかりではなかった。じんわりと一年を振りかえる場であってもよいはずだ。

以前、「望年会」と称する人のことを紹介した。希望の来年に想いを馳せる望年にしたいものである。この一年をポジティブに思い返し、来たる年に希望と意欲をもって臨みたいものだ。

(写真は季節感あふれるポインセチア。猩猩の緋色、深緑色の組み合わせで、クリスマスのイメージそのものだ)
御礼とは感謝か恨み分からずと [2013年12月17日(Tue)]

__tn_20131217163852.jpg出雲大社に縁結びを願った女性が結婚を成就させ、当の夫を引き連れて御礼参りをしたと、テレビ番組で紹介していた。「御礼参り」、久しぶりに聞いた言葉だ。私には怖いイメージが強いが、一般的にもこちらの意味に転じているのではあるまいか。

『御礼参』(広辞苑第三版より)
[1]神仏にかけた願(がん)の成就した礼に参詣すること。
[2]釈放されたやくざ、不良などが、自分の悪事を告発した人に仕返しをすること。

純な感謝の気持ちを行動に表したはずの言葉が、一部の抗争のやり取りを説明する際に転じて使われる。神仏も、眼(がん)を付けられやしないかと、さぞ当惑しているにちがいない。

12月に入って出雲路を歩くお客さんたちは減ってきたと言われるが、今日も松江市内には旅行かばんをひくペアがたくさん見られる。神在月は終わったけれども、神さんは言うこと聞いてくれますか?

(写真はブルーローズ。かつては交配を重ねてもできなかった薔薇。愛好家たちの垂涎のまとだったにもかかわらず、今はバイオ技術でできるようになった。これも神の手になるものなのか)
誕生は祝いか呪いか紙一重 [2013年12月16日(Mon)]

__tn_20131216175437.jpg友人がフェースブックで○○歳の誕生日を祝われていた。おめでとうメッセージがたくさん来ていた模様だ。この年になってまで今さら、という気持ちもあると思うので、私はおめでとうを送らなかった。もう若くはない。年々に体に不調が出る。老眼になり、膝が痛くなり、無理もきかなくなってくる。

それはともかく、彼にとって○○歳は初めての経験である。そりゃ…あたりまえのことだが、なにか不思議な気分があるのは私だけだろうか。

時間はさかのぼらない。一秒は誰にも平等に進み、一分ごとに時は流れ、一時間たてば時計の短針は一つ回る。一日過ぎればホッとして床につき、一週間がやけに早く過ぎると嘆き、一ヶ月前のことを大昔のことのように反芻する。すぐにカレンダーは新しくなって一年が過ぎる。

思えば妙な…この誕生日というやつ。誕生日を祝う気持ちには、どんな気持ちがあるのだろう。良くも悪くも一年のうちについてなかったこと。善からぬことを企んでしまったこと。目標を達成するどころか、取りかかりもしなかったことへの後悔。ご無沙汰している人にご挨拶もできない不義理……。いろんなマイナスの思いを清算して、スタートラインに立ちたいという思いがある。おそらく再生の意味もあるのだろうと思う。

もうじき冬至。昔のひとは太陽が再生すると信じていたとか。つまり太陽の誕生日である。年が改まれば暦が変わる、新年の誕生となる。人の誕生日がくれば、それぞれが一新した気持ちで課題に立ち向かう。誕生日とはなかなかいいもんだ。

(山茶花の芽は次々と花を咲かせ、寒い冬を彩る)
切迫のときにも日常穏やかに [2013年12月15日(Sun)]

__tn_20131215230226.jpg映画『桃(タオ)さんのしあわせ』は、香港における老人介護を題材にして、なにげない日常に幸せはあることを描くものだった。

幸せと不幸せは裏表の関係にある。不運だと嘆いたことが実は思いがけない幸運へつながることがある。ラッキーと口笛吹いたら、悪魔が来て笛を吹くことだってある。禍福はあざなえる縄のごとしという諺もあるとおりだ。桃さんは劇的な幸せなど望まない。地味で色合いはないが、その平穏さにこそ幸せを見いだす。平凡で変哲もない香港の日常の風景、殺風景ともいえる光景を愛していた。

桃さんは60年もの間メイドとして働いてきた。豊かな家族はロジャーを残し国外で生活していたため、今はロジャーだけの面倒を見ている。物心ついたときには桃さんがいたロジャーにとって、桃さんは空気のような存在だった。しかし平穏は崩れた。桃さんが脳卒中を起こして倒れたのだ。ロジャーは温かかった。というか、桃さんがかけがえのない、ひょっとしたら親以上に大切な人だったことに気づき、桃さんのために老人ホームを探し、いい介護が受けられるよう奔走した。映画プロデューサーだったロジャーだが、忙しい合間をぬってホームを訪ねては桃さんの支えとなった。桃さんはなにげない平常を愛し、ロジャーと過ごす日常が好きだった。しかし病気が彼女を蝕んでいく。かけがえのない日常は遠くなったように見えたが、桃さんはそれも受け入れて穏やかに暮らす。むしろ桃さんのしあわせは病気になってから増したともいえる。一時的に麻痺を克服し、ロジャーとともに出歩く。化粧をし髪型を変え服装に気を遣い、桃さんは華やかに生き生きしていた。そして生涯を終える。

淡々と大きな山場もなく描かれた桃さんの後半生。むしろ小説として描いたら細やかな心情を表すことができたであろうが、エンターテイメントとして映画にすると少し見るほうはつらかった。特に睡眠不足の私には…。
落日の宍道湖に立ち無上かな [2013年12月14日(Sat)]

__tn_20131214114306.jpg先日は田山花袋の文を紹介した。今日は渡辺淳一でいこうと思う。

≪夕陽は湖を美しくする。
 だがそれを認めたうえで、なお、宍道湖の落日の美しさは、日本の湖のなかでも抜きんでている。
 この理由はおそらく、宍道湖のまわりがゆるやかな丘陵にとり囲まれているからであろう。(中略)宍道湖の落日は、遠く長く、太陽がいま一日の仕事を終え、ゆっくりと地の果てに沈み、かわって夜が訪れることを、刻々と伝えてくれる。
 湖のまわりでは車が行き来し、人々が行き交うが、落日はその動きも呑みこんで、大地を朱に染める。そして人々の営みがいかに小さく、自然がいかに大きいかを実感させる。
 この落日の透明感は、まさしく山陰の澄んだ空と空気と風が生み出したものである。そして松江という街の静かなたたずまいが、その美しさを、さらにきわだたせる。
 まことに宍道湖ほど、都会という世俗のなかにありながら、汚れずにおだやかで、かつ自然のおおらかさをたたえている湖はない≫
 (渡辺淳一『みずうみ紀行』より)

旅人の感傷もあろうが嬉しい言葉である。私も以前こう書いた(2007年10月06日「夕景は夕日だけにはあらずとも」)。

≪夕日も含めた夕景を楽しまずして宍道湖の夕方の楽しみはない。雲と空、夕焼けと残り火のような残照、そうした微細な美を感じるためには、カメラは脇によけておいた方がよい。その上で、一人でもの思いにふけるもよし、友と語るもよし、恋人と寄り添うのも旅の思い出に彩りを添えてくれるであろう≫

今日も一段ときびしい寒波がやってきて宍道湖は荒く波だって、浮かぶ水鳥が波間に隠れる。鉛色の雲が覆いかぶさって時おり粉雪が舞い散る。それでも青空がのぞき晴れ間が広がる時間帯もある。鈍色(にびいろ)の湖水に立つ白波に太陽光があたると、これがまたいい。天使がダンスしているように見える(天使を見たことはない)。日が当たる湖面とそうでないところが層となって潮目のようにも見える。寒風吹きすさぶ宍道湖を眺め出雲路を楽しむのも、ときにはよかろう。
粛清しされてこの世の見納めに [2013年12月13日(Fri)]

__tn_20131213181159.jpg粛清という言葉。わしには無縁だと思っていたよ。する側であったわしが粛清されようとは。不純で不正なものを清め、独裁政党が反対派を追放するものだと辞書には書いてあるが、独裁体制のわが国にとっては、主流でなくなれば即粛清の対象じゃ。粛清とは死を意味する。衆目の中で逮捕され投獄されたわしが、刑場の露と消えてしまうのは時間の問題だ。

わが国の権力はあの方一人に限られて、ほかは存在してはならないのだ。わしはそんなつもりはなかったが、あの方はわしが権力の一部を握っていると思われたのかもしれんな。「あの方」じゃと? くそっ青二才めが! ああ、いかんいかん。この負けず嫌いな性格が、あの方の逆鱗にふれてわしはこうなったのだったな。もう遅いがのぉ、長いものには巻かれよという処世訓をすっかり忘れていたようだ。

あの方の父君は偉大な領袖であった。その妹を妻にもらったわしは、出世の階段を確実に登ったよ。そして父君亡き後、わしはあの方の側近としてそれなりにリーダーシップをとってきた。周囲がだんだんとわしを遠巻きにして恐れ多いと感じるようになってきているのは、わしも近頃感じておった。わしがあの方と一緒にいないときにも、あれやこれやと指示を出したり、がんばって結果を出した者を褒め称えたり、怠けておる者がいれば指導してやったことは確かだ。それがあの方には、わしが過剰に権力を握っているというふうに伝えられたのかもしれん。

あの方の側近ナンバーワンだったこのわしが、あれよという間に失脚し、逮捕されて、軍事裁判で反逆罪を言い渡され、今まさに刑を執行されようとしている。人の運命とはわからぬものよ。わしは妙な野心をもって国家を転覆させようとしたことなど一度もないのだがねえ。テレビや新聞は当局の発表するとおり、わしのことをあることないこと、報道しているだろうよ。わしを反面教師として、あの方に忠誠を誓い、豊かで強い国家を造るのが大切だと呼びかけていることだろう。

隣国の報道を聞きかじって、わしはこの国のナンバー2だなどと浮かれているうちに、あるいは周囲の官僚や人民がわしを大事にしてくれるもので、わしは増長してしまっていたのかもしれん。あぁそもそも、「わし」などと自分のことを呼ぶこと自体が誤りだったかもしれん。だが断じてあの方を踏み倒して自分の国家を造ろうなどと、毛筋ほども思ったことはないからな。

こうなったからには自慢しておくが、わしの若い頃はいい男じゃった。容姿端麗、明眸皓歯。見目麗しいだけでなく、酒も強かった。友だちも多かったし、女にもよくもてた。よく遊んだものだよ。国家の中枢に入ってからは、領袖の側近として力をふるった。毀誉褒貶がつきものの人間社会にあって、少々干された時期もあったが、あの方が若くして権力の座につくと、わしは後見人として権勢をほしいままにできた。あの方の力が勝ってきてからは、わしも遠慮してきたつもりだが…。わしに不正などなかったと言い訳はせんがの。多少の袖の下で潤って豊かな生活をしてきたものだが、国家転覆はないじゃろー。

死刑判決が出ればこの国では早々に刑は執行される。たいていは公開処刑になる。反逆・反革命の罪は大きい。腐敗堕落した者の末路はこうだと糾弾されて、人民の目に晒されてわしの人生はこれまでじゃ。もう今となっては豊かさなど遠い遠い昔話になってしまったわ。あぁ今となっては詮ないことじゃ。さいなら。
宍道湖に波は高くも寒椿 [2013年12月12日(Thu)]

__tn_20131212171625.jpg作家の田山花袋が『山水小記』でこう述べている。宍道湖の景色を誉めちぎってある。住民のひとりとしては嬉しい。

≪宍道湖は私の考えでは、琵琶湖などよりもぐっと景色が好い。霞ヶ浦よりも好い。猪苗代湖、諏訪湖、すべて瞠若として、この下にある。日本三景のつぎに指を屈っせらるるのも尤もであると思う。(中略)汽船で松江に渡ったが、落日の宍道湖の美は容易に他に求めることが出来なかった。琵琶湖はひろいけれど、風景がやや散漫である。霞ヶ浦も、麻生あたりはやや好いが、これも宍道湖のように変化に富んでいなかった。やがて大きな笠のような又は金盤のような日は湖の半を染めて、キラキラと美しくかがやきわたった。ことに宍道の人家の白壁が湖の夕日に照されて並んでいる形は絵も及ばなかった。≫

もちろん、「宍道の人家の白壁が湖の夕日に照らされて並んでいる形」をわたしたちが日常的に目にすることはない。そもそも漆喰の白壁は今やそれほど残っていない。それでも、緩やかな山並みが南北に連なり、西には簸川平野の広々した空間が開け、東には松江の中心街が都市的な景観をつくる。それらと一体になって有名な夕景美が醸し出されてくる。やはり今でも「絵も及ばな」いことには変わりはない。

今日は強風波浪注意報が出ている。荒ぶる白波が宍道湖面を波立たせ、浅い湖底から土砂を巻き上げて湖水は濁っている。周囲の松並木が枝を鳴らし、コンビニの買い物袋が地を走る。波状的に雪雲がやってきて粉雪を降らせたかと思うと、数十分後には乾いた晴れ間が現れる。こんな日の宍道湖もまた、趣を感じるものだ。

(白椿が咲いている。寒風に向かい凛として孤高にたくましく咲いている)
風景を心に残す難しき [2013年12月11日(Wed)]

__tn_20131211210645.jpg出雲大社遷宮をきっかけに今年は多くの観光客が島根に来てくださった。千変万化する八雲に彩られた松江城の勇姿、日本一と言われる夕景に燦然と輝く宍道湖の景観、リニューアルなった大社本殿が弥山の山から流れる霧に沈む幻想、日ノ御埼を中心とした山陰沿岸の絶景、一畑電鉄の電車に造形された島根のゆるキャラしまねっこなど、数限りない被写体にカメラが向けられたことと思う。

≪みなさん、写真撮り過ぎ。自分や仲間が入った記念写真ならともかく、素人が風景を撮影しても、自己満足なだけ。せっかくの光景を、ファインダー越しで見るのはもったいない。感動はメモリーではなく、心の中に残るのです≫
 (とがみ淳志「旅の途中/インタビュー・型破りな挑戦者百田尚樹)SKYWARD2013.12月号)

そうなのだ。百田氏が言うとおり、感動は電子のメモリには残らない。心のメモリにこそ残るものだ。プロならまだしも素人には景観の撮影は難しい。感動する眼前の光景を他のひとに伝えようとしても、空気感も含めて感覚は伝わらないばかりか、全体のイメージですら十分の一も伝えることは不可能だ。ひとによっては、一目見て「わぁ!」と、ガイドブックにあったそのままを確認するやいなや、次の瞬間にはカメラのファインダーをのぞいている。実に残念な光景である。ガイドブックの場所へ確かに行って来ましたよ♪という証拠にしかならない写真を量産するのはいかがなものだろう。
警告に歩きスマホにパンチあり [2013年12月10日(Tue)]

__tn_20131210180357.jpgよく朝に出会うひとがいる。彼は奥さんを駅におくる行き帰りに私を見かけて合図してくれる。おはよう!と。

どう合図するかというと、すれ違う時には手を上げてクラクションを鳴らす。わたしの後ろから追いかける形になると、クラクションだけを鳴らす。ところがその音が元気いいのだ。後ろから突如鳴らされた時には飛び上がるほど驚いてしまう。

クルマのクラクションは警告の意味がある。「危ないぞ」「邪魔だぞ」という強い警告だ。ほかに使い道があるとすれば、道を譲ってくれた相手方にたいし感謝の意を伝える合図くらいだろうか。

当のひとに対しては、クラクション鳴らすのを止めてほしい、特に後ろからのは止めてと頼みたいのであるが、今のところ伝える機会がない。せっかく朝のあいさつを気持ちよくやってくれているひとに何か悪いような気もするし……小さな悩みをかかえているところだ。

自分の不快感を伝えることが難しい世の中になったものだ。歩きスマホに繰返し注意をうけた59歳の男が、相手の54歳を殴った事件があったが、虫の居所によってはひどいことになりかねない。他人といかに距離をとればいいのか、迷うことが増えてきたような気がする。それが高じて引きこもってしまうひともいることだろう。とかくこの世は難しい。
大小の違いで男は悩むもの [2013年12月09日(Mon)]

__tn_20131209181339.jpg小学生のころ女になりたいと思っていたことがある。べつに深刻な原因ではないが、女子はいいなあと思っていた。トイレの問題だ。女子は大小兼用で扉の向こうで用をたす。だが、男は扉の向こうに行くときは大と決まっている。そのことが恥ずかしかったのだ。

なぜか私の学校ではトイレで大便をすると、はやしたてられた。それどころかバカにされて差別された。いま思えばバカらしい。排便は誰もがするもので、差別する当の生徒も家ではしているのだ。学校で便意を生じることもあったのに違いない。しかし子供のわたしには差別される恐怖しかなかった。嫌だった。小心だった。大人になって他のひとに尋ねてみると同じようなことはあったようだ。いったいどうした集合的な無意識があったものか。今となってはわからない。

金曜日にコーヒーをたくさん飲んだ。その前の日から出ていなかった。帰宅の列車で急にもよおした。あとひと駅。尻の筋肉をぎゅっと閉めて耐えた。列車が到着。いなか道を懸命に歩いた。何度かヤマが押し寄せた。ケツをグッと閉める、耐える。ヤマが過ぎると少し落ち着く。ホッとして歩みを速める。ところがまたやってくる。歩きが遅くなる。顔がゆがむ。口で息をした。息をすすり上げて細かく吐いていく。収まった。またきた。それを繰り返してようやく帰宅した。トイレにかけ込んで事なきを得た。天にも上る気分だった。

小学生のころを思い出した。隠れて学校のトイレに入って用をたしたはいいが、ちり紙を持ってなくて途方にくれたこと。あわてていたものだからカギをかけ忘れて、二つ年上の先輩がドアを開けて入ってきてしまったこと。家に帰る途中で我慢ができなくて、橋の下で草をちり紙にしてやったこと。どうしようもなく漏らしてしまって家に帰ると、母が優しく処理してくれたこと。ああ母よ、優しい母よ、親孝行するからね。いろいろなことを思い出した。そして思いを新たにした。

(写真は白木蓮の冬芽。ネコヤナギに似てふわふわだが、ウンチとは全く関係ない)
真珠湾記念の日なのか復讐か [2013年12月08日(Sun)]

__tn_20131208231603.jpg今日は真珠湾奇襲攻撃の日。72年前の今日、太平洋戦争が始まった。アメリカとの緒戦に大勝利し、国民各層が大喜びで祝ったその記念日。アメリカにとっては屈辱の日。リメンバー・パールハーバーと言いあって復讐を誓った。日本では帝国海軍はすごいと軍人に尊敬のまなざしが向けられ、その後中国、南方と転戦を続けた陸軍もひたすら勝利の戦果で国民を喜ばせた。あのころ、もし日本の国力の実際を国民が知っていたら、熱狂があっただろうか。もし太平洋艦隊の主力空母は真珠湾におらず被害を免れたという事実が報道されていたとしたら、狂信的な軍国主義への道は開かれただろうか。

そしてジョンレノンが熱狂ファンから撃たれて殺されたのも1980年の今日。ファンだったとはいえ、暴力で支配しようとしたテロリズムであった。テロを防止する、スパイの暗躍で国力を削がれないために情報を秘匿しなければならない場合は確かにある。しかし際限なく網をかけてしまうと、とんでもない情報統制国家がつくられてしまうかもしれない。

特定秘密保護法の施行に際し、国家安全保障会議(NSC)が機能的に動くためには、外国の情報機関との機密情報を漏れないようにすることは当然だ。公務員によってポロポロと漏れ出していては話にならない。だから特定秘密を保持するということは、防衛と外交の分野に関しては必要性は高い。

しかしテロ防止やスパイ防止にまで広げると、今度は過剰な統制を与える口実になりかねない。石破自民党幹事長が「絶叫デモはテロ行為と変わらない」とブログに書いたことで、為政者によってはデモや集会、さまざまな活動に網がかかっていく可能性が生まれた。

第三者のチェック機関がないという決定的欠点も解決されなかった。政府内に監視委員会などをつくる改善策が出ているが、官僚どうしの内輪ごとで厳正な審査がされるとは思えない。

興味本位でもって人権無視の取材を押し通す今のマスコミに、知る権利をやたらと振りかざしてほしくはないが、それでも特定秘密保護法が官僚の誤りを隠蔽し、不遜な為政者が出てきた場合に情報統制の武器とならないように、今の国会議員は十分に監視の役を果たしてほしいものだ。しかし、与党なかでも公明党は安倍内閣の腰巾着になっている印象を受ける。確かに一部の修正はさせてきたかもしれないが、本質的な意味で多くの人の不安を解消するにいたっていない。消費税増税に際し軽減税率を食品など生活必需品に適用するという些細なことには血眼になっているが(税率が8%になるかどうかは死活問題という業界もあるので、あらかじめ失礼をお詫びする)、こうした国家の根幹に関わることに公明党は今回無関心なように見える。独裁者の手にかかってしまえば、国会議員に対しても情報を秘匿でき、国会は無力となっていく。これでいいのだろうか。
おだやかに和食の文化世界へと [2013年12月07日(Sat)]

__tn_20131207141931.jpg和とは何だろう。そもそも日本や日本式のことを、なぜ和というのだろう。聖徳太子の有名な「一に曰く、和を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ」とする十七条憲法の冒頭が、日本人の規範となって今の世に伝えられてきたから、和の国日本と称せられるのかもしれない。広辞苑(第三版)にはこうある。

(1) おだやかなこと。なごやかなこと。のどかなこと。「−気」「柔−」「温−」
(2) 仲よくすること。「−を結ぶ」「平−」「−解」
(3) あわせること。そろえること。「−音」「調−」「中−」
(4) 二つ以上の数を加えて得た値。「総−」
(5) 〔大和国の意〕(イ)日本。倭。「−漢洋」(ロ)日本製・日本風・日本語などの意を表わす。「−船」「−服」「−訳」

先日ユネスコ(国連教育科学文化機関)が、和食文化を無形文化遺産に登録することを決めた。日本人の伝統的な食文化として、世代を越えて受け継がれていることを理由としている。日本からの登録は、能楽や人形浄瑠璃、歌舞伎に始まり、和食が22件目となる。島根県西部でつくられる紙漉の石州半紙や松江・鹿島の里神楽である佐陀神能も登録されていることをお忘れなく。

和食とは何だろう。日本のオリジナル食材・日本の調味料を使って作った料理。アレンジされて発達したカレーライスやラーメンは和食になるのか。日本食と和食は違うのか。おそらくラーメンは日本食ではあっても、和食ではないのだろう。

和食とは、食材や味付け、調理法、調味料の独特の手法で組み合わせ、独特の作法があり(例えば椀を手にとって口をつけて汁を飲んでもよい)、飯と一汁三菜といった組み合わせや懐石料理などの構成をもち、多種多様な食器と盛りつけに季節感をにじませた工夫。日本の風土の中で発達した料理にたいし、和食という名前を冠するのだろう。デザートとしてお茶と和菓子との組み合わせも楽しい。

和食の代表と言えるおせち料理を食するときも、あと三週間ほどに迫ってきている。ああ忙しい忙しい。
駆けめぐるニュースの主よマンデラさん [2013年12月06日(Fri)]

__tn_20131206074432.jpg95歳
長身痩躯のりりしさ
反アパルトヘイトの闘士
27年に及ぶ獄中闘争
復讐ではなく融和
ラグビーワールドカップ南アフリカ大会
映画『インビクタス』
ノーベル平和賞
愛嬌のある満面の笑顔(⌒‐⌒)と短髪
春風のような温かいまなざしと物腰
南アフリカ初の黒人大統領
礎となって南アリカの曼陀羅のような存在
ネルソン・R・マンデラ氏に追悼の意を表する
合掌
淡々と師走は早くも五日目か [2013年12月05日(Thu)]

__tn_20131205182348.jpg街にはクリスマスのイルミネーションがあふれている。季語は「クリスマス」「師走」でいこうと思う。

きらびやか 聖夜の意味を 知らぬ我
師走来る イルミネーション 明々と
走るべき 師走に膝痛 走られぬ
クリスマス 緋色と緑の ポインかな
楽しみな 師走前にて 彗星(ほし)消える
先生が 強行採決 クリスマス
クリスマス 国会前の 人と波
クリスマス 祝う隣は 異邦人
誰もみな 聖夜の輝き 楽しめや
点滅し 電飾あでやか 刹那かな
来るひとを待つ駅にあり 聖夜の火
遷宮の聖夜は続く 出雲かな
もういくつ 寝たら喜べ クリスマス
バターから生にかわった クリスマス
年中で輝きみごと 師走かな
入れ替わり 寒波来たって クリスマス
この聖夜 雨か雪かと 気をもんで
恋人が 期待あふれて クリスマス
有頂天 聖夜の包み 子は知らぬ
子は知らぬ 親の悲哀とクリスマス
風すさぶ 我関せずと 聖夜かな
規則的列車の音も 聖夜かな
万年の筆にはあらず染み入って [2013年12月04日(Wed)]

__tn_20131204183456.jpg万年筆は気持ちいい。とくに太めのやつがいい。わたしの字の欠点を補ってくれる。毛筆も太い細い字を自在にあやつることはできるが、筆遣いの巧拙が如実にあらわれていけない。太い万年筆は欠点すらも、どこかいい個性に仕上げてくれるような気がする。紙質を問わない。ふつうの紙はもちろん、とくに和紙にペン先をのせるとじわっとインクが広がって味わいがでる。

≪書きたてホヤホヤの万年筆の筆跡は、みずみずしさにあふれている。この感覚は他の筆記用具ではちょっと味わえない。(中略)万年筆で文字を書くと、一つの文字の中にインキのやや濃いところや薄いところが出てくる。これは書いた時の力の入れ具合が出ているものだ。その時の自分の感情がそのまま表れているように感じられる。(中略)万年筆は自分の文字を優しく包み込んでくれるという面もある≫
 (土橋正「文具の余韻/心地よい万年筆」2013.11.22付日本海新聞)

そのとおりだと思う。紙質を問わないと書いたが、インクジェット専用のハガキには不適だ。プリンターのインクを透いとり易くなっているために、万年筆のインクはみるみる染み入ってハガキに定着する。だからインクが出てくる速さが追いつかないのだ。かすれる、線が途切れる。気分が悪い。年賀状に一言添えるときには、ボールペンか、細筆がいい。

そもそも「万年筆」だなんて、大時代的な名前が今も通用しているのがいい。インクを補給しなくてはならないのに、万年筆とはこれいかに。ずっと書き続けられるという点からいえば、ボールペンこそ万年筆と言うにふさわしい。英語ではfountain pen。意訳するとすれば「インク源ペン」「流れペン」。しかし万年筆という響きが実にステキな言葉だ。字面も言うことない。万年筆はやっぱり万年筆としか言いようがない。

わたしの字もなかなかじゃあないか、と自己満足にひたりながら、今日も万年筆を使うことにするとしよう。
嫌がらせ恨みハラスは悲しくて [2013年12月03日(Tue)]

__tn_20131203182123.jpg【パタニティ・ハラスメント】、略してパタハラという言葉があることを知った。パターニティ(paternity)は、[父であること]という意味だそうだ。育休をとってイクメンになろうとする男性に対し周囲が妨げようとする動き。女性の育休を妨げようとするのは【マタニティ・ハラスメント】、略してマタハラだ。

ネットで見てみると、あるはあるはいくらでもハラスメントがある。人間が存在する限り、相手を見下し、弱い者いじめをし、自分のストレスを発散させる心が出てくるものなのだろうか。人間とはなんと醜いものだろう。

【セクシャル・ハラスメント】性的な言動や環境をつくって行う嫌がらせ。上下関係を利用し性的行為をする対価型もある。
【セカンド・ハラスメント】セクハラ被害を訴えたら、反対に会社側から嫌がらせを受ける二次被害。
【アルコール・ハラスメント】酒を無理に飲ませたり、酔っ払って迷惑をかけること。
【スモーク・ハラスメント】受動喫煙を断りきれない状況。
【モラル・ハラスメント】言葉や態度等によって行われる精神的な暴力。
【人種ハラスメント】特定の人種や民族を差別すること。
【エアー・ハラスメント】場の空気や雰囲気を壊す嫌がらせ。
【スメル・ハラスメント】きつい香水や体臭など臭いによる嫌がらせ。
【ペット・ハラスメント】ペットへの虐待。破棄、放任、着せ替え人形化など。
【ジェンダー・ハラスメント】女性に対する差別意識からくる嫌がらせ。
【テクスチュアル・ハラスメント】女性作家に対して、手伝ってもらったのではないか?と嫌がらせを言うこと。
【ラブ・ハラスメント】恋愛や性に関するあからさまな話題を持ち出し、周囲を不快にさせる。
【テクノロジー・ハラスメント】パソコンなどに詳しい者が、そうでない人に対する嫌がらせ。テクニカル・ハラスメントとも。
【マリッジ・ハラスメント】結婚はまだなのか?と未婚者に対する失礼な発言。
【エイジ・ハラスメント】家庭や会社で中高年に対する差別的な嫌がらせ。
【シルバー・ハラスメント】介護の疲れから介護者が被介護者に対し行う嫌がらせ。
【リストラ・ハラスメント】会社がリストラ対象者に行う嫌がらせ。
【カラオケ・ハラスメント】歌いたくない人に強制的に歌わせる。
【ブラッドタイプ・ハラスメント】血液型性格判断を鵜呑みにして偏見の目で見ること。
【アカデミック・ハラスメント】大学教員や職員が学生や自分より格下の教員に対して権力的に行う嫌がらせ行為。高校などで行われると、キャンパス・ハラスメント、スクール・ハラスメントと言う。
【ドクター・ハラスメント】医者や医療従事者による患者への嫌がらせ。

これからも次々と新しく言葉が生まれてくるのだろう。それだけ世の中にはイジメの種がたくさんあり、弱肉強食があるということなのだ。そういう私も無意識にハラスメントをやっているかもしれない。注意しなければ‥‥。
ねえ私いくつに見える禁句かな [2013年12月02日(Mon)]

__tn_20131202183716.jpg「ねえ、私、いくつに見える?」と尋ねられることがある。飲み会とか、パーティなどの楽しい席でのことだ。実に酷な質問である。自分は年のわりには若いと確信しているひと。体や肌の手入れは怠りなく、化粧やファッション、持ち物にも気をつかう。容姿や醸し出す雰囲気に自信をもっている。男女の違いは問わない。実年齢よりも10歳も15歳も若く言われることを期待するそのひとに、残酷な宣言をするわけにはいかない。欠点をあげつらって年取っていると答えるのはもちろん酷だが、この場合4,5歳若く言うというのも残酷な部類に入る。

実年齢を知っていればいいけれど、よく知らないから、全体像から推測するしかない。相手の機嫌を損ねてはならない。となると、思った年齢から6,7歳を引いて答えることになろうか。その場合でもタイミングが重要だ。「そうだねぇ、うーん」。そこで10秒を超えて考えたらマズイ。リップサービスしたことがバレてしまうからだ。5,6秒くらいがいいのだ。そもそも、こんな質問をするひとは失礼なひとだ。自分からは決してやってはいけない。

こんな失礼なヤツに罰として、想像した年齢に5歳を加えて答えたらどうだろう。相手は奈落の底に落ちるだろう。私にたいして失礼な質問をしたことを思い知るがいいさ…。とは、なかなか思い切れない。キレられても困るし、関係がとぎれてしまうのもつまらない。

となると、おとなしく上のやり方を実践するとするか。それとも、こう答えるのはどうだろう。「とても若く見えるけど、意外に大人びているねえ…うーんでもわからん!」。中年域に達したひとならば、「とても若く見えるけど、円熟味を感じるねぇ…でも、あなたは年齢不詳です」。さあ、今後こんな時にはどうしたらいいものだろう。いや、私はどう反応するのだろうと、楽しみにしている。誰か質問してくれませんか?
虚と実が清洲に会議木霊して [2013年12月01日(Sun)]

__tn_20131201225159.jpg三谷幸喜監督の映画『清洲会議』では意外と笑えなかった。喜劇の要素を盛り込んでお笑い満載の劇に仕上がっているのでは?と思っていたが、「会議とは戦さなり」という心理戦が随所にあって、その駆け引きの虚々実々を楽しんだ。会議というものが、準備の段階で万端整えた者が有利にたち、度胸でもってその場を誘導した者が勝つという真理を感じさせてくれた。笑ったといえば唯一、前作の亡霊が特別出演していたところだったかもしれない。

新しい時代をつくるのは、進取の気性を持ち勇気をもって行動できる者であることがわかる(すなわち秀吉)。古い皮袋から新しい容器に替わる転換点に立つ時、ひとは何を考えるのか。そもそも時代の節目にいるひと自体は変わり目であることをなかなか自覚できない。自覚して考え抜いて行動して失敗しても修正しながら前に進めるひとだけが勝利者になれる。さらに、どんなに万能なひとであっても死からは逃れられない。後継者を育てた者のみが、一族としての勝利を得ることができるといえる。そういう点では、信長はもちろん秀吉も敗者である。家康のみが勝者となって2世紀半にわたる一族支配をものにしたのだ。そんなことを真面目に考えさせられた映画だった。

「虚と実」という対語だけでなく、いろいろな反対の概念を思い浮かべた。

「陰と陽」 秀吉一派は陽 、柴田勝家一派は陰。
「静と動」 秀吉は動、勝家は静。秀吉が静に転じると不気味だった。お市の前では両者とも動揺していたが…。
「正統と傍流」 勝家が推す織田信孝は傍流、三法師は正統。
「速と遅」 秀吉は本能寺の変から間髪を入れず明智を討ち、勝家や丹羽長秀は後れをとった。
「視野の広狭」 秀吉は知恵でもって時代全体を見通し、勝家は猛将でも目の前しか見えなかった。
「笑いと怒り」 恫喝の笑いがあり、行き場のない悲しみを伴う怒りがあった。
「舞台と実物」 清洲城天守の庭に面した円周に配置された各部屋で行われる情報戦は、演劇の舞台であるかのような錯覚を起こした。大声で秘密を議していても、障子一つを隔てると秘密は漏れない。
「エリートとその他大勢」 清洲城の門番オヤジだけは身分は低くても存在感があった(秀吉や勝家の若き頃の知り合いとして)が、他の下級家来は台詞すらなかった。役者の立場から見ても、台詞のある役者とない役者の違いにもつながっていく。

戦国の世がダイナミックに変遷し、安定した中世社会を形作っていくこの時期。映画や舞台、小説といった虚構の世界でも、歴史の本当の姿を追う研究の世界でも、これからも魅力は尽きない時代である。それから400年余とはいっても、人類の歴史と比較すればつい昨日のことだ。興味はまだまだ尽きない時代だ。