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芥川宇宙とともに悩みけり [2013年02月28日(Thu)]

__tn_20130228210408.jpg気温が上がった。風がなく体感は春を謳歌するにふさわしい気温だ。空は青い。雲はほとんどない。梅の花は満開だ。昼間はコートを脱いで人びとが歩き回った。水は温み日差しを浴びるのが嬉しくなる。太陽は惜しげもなく私たちに熱と光を届けてくれる。芥川龍之介は「侏儒の言葉」でこうも述べている。

≪宇宙の大に比べれぱ、太陽も一点の燐火に過ぎない。況(いわん)や我我の地球をやである。しかし遠い宇宙の極、銀河のほとりに起っていることも、実はこの泥団の上に起っていることと変りはない。生死は運動の方則のもとに、絶えず循環しているのである。そう云うことを考えると、天上に散在する無数の星にも多少の同情を禁じ得ない。いや、明滅する星の光は我我と同じ感情を表しているようにも思われるのである。≫
 (芥川龍之介「星」侏儒の言葉より)

銀河の大渦巻きの中心部から6万光年、少し辺境部にある我が太陽系。あと50億年もすれば太陽は大きく膨らんで地球も火星も飲み込んでやがて燃え尽きる。さらに宇宙の藻屑となって次の星の材料となり、高等生物の誕生を見るかもしれない、見ないかもしれない。絶えず循環する中で感情を有し喜怒哀楽に翻弄されると思うと、わたしは宇宙の中にあり、宇宙は私と別なものではない、と思えてくる。今夜は星が綺麗だ。今しがた冬のダイヤモンドを眺めたら、首が痛くなった。
思うまま鳥になりたい君と僕 [2013年02月27日(Wed)]

__tn_20130227183910.jpgわたしは鳥になりたい。都合よく鳥になりたい。

大空を自由に飛んでいく。翳りゆく春の夕景に染められて飛ぶ。春霞のなかを高く高く飛び回る。あるときは仲間と群れて飛ぶ。あるときは独り孤高にもの思う。

桜花爛漫のころ花見の人間たちを下に見る。コートを脱いだ人間は冬から解放された。私は自在に空を翔んで自由を満喫するだろう。

夏の陽射しが強いころ高木の枝にとまる。風に吹かれて気持ちいい。炎熱の地面には暑さにうだる人間よ。眺めて私は鳥でよかったと思うだろう。

柔らかい空気が満たす秋のころ飛んで翔んで飛び回る。澄んだ景色を眺めると私は高く翔びたくなる。上へ上へと飛んでいく。地球はどうして丸いのか。考え思索に我を忘れるだろう。

冬が巡って風すさぶ。私は暖かい南へ向かって旅立とう。南洋の果物をお腹いっぱい食べるだろう。

天敵よ私を見つけるな。見つけても襲ってきてはならぬ。食べ物よ私の前にあらわれよ。苦労なくして餓えさすな。どんなに高く上っても気圧の渦に負けないで地面と空を行き来する。私は自由どこまでも。

やがて鳥にも飽きたなら思うがままに人間に戻る力も保ちたい。あまりに都合がよすぎると非難されても馬耳東風。西へ東へ思うまま。ヒトとトリとを繰り返し生きてみたいな春の夢。
過去はある未来に向かって考えよ [2013年02月26日(Tue)]

__tn_20130226190848.jpg未来志向、ミライシコー。いい言葉だ。澄んだ音声でゴロもよい。未来に向かって目標を定め困難に立ち向かいながら変化を先取りし強く進むイメージだ。一定の方向に進むときに使う「指向」と比べると、目的観を含んでおり将来にビジョンを描く頼もしい言葉でもある。

麻生副総理が昨日、韓国の朴大統領の就任式後に会談し、両国は未来志向で緊密に協力しあうことを確認したという。先週22日「竹島の日」がらみで揉めたばかりだが、新政権の出発にあたり暗雲は吹き飛んだのだろうか。

朴大統領は、竹島の領有権問題や従軍慰安婦問題には言及しなかったが、「未来志向の協力のためにも歴史認識が重要だ。若い世代が未来志向で前進できるよう、今の世代が協力していきたい」と言ったらしい。

言い換えれば、日韓の関係改善のためには単に未来を見るのではなく、歴史を見据えることが大切だということだ。日本帝国の植民地時代の辛酸をなめた経験が伝承されている限りは、無体な李承晩ラインを理由に拿捕され塗炭の苦しみをなめた漁業者が生きておられる限りは、両国が過去を置いて未来だけに生きるわけにはいかないだろう。

それでもなお、真の友好関係に立つためには未来に向かって交渉を重ねることが大切だ。未来志向とは、事なかれ主義で様子をうかがうことではなく、戦うべきものは戦う、守るものは守る、交流すべきときは心から楽しみ、利益になることはビジネスに徹することだと思う。

国同士の関係は個人のようにはうまくいかない。個人の交流であれば、絶交してそれっきり会わないという選択肢があるが、隣国同士はそんなわけにはいかない。隣人として関わる中で国益は追求しなければならないし、国内からの突き上げにも対処しなければならない。

両国は北朝鮮の問題についてもっと多角的に発案し合うべきであろうし、日本が提供する精密部品の貿易を促進し、韓国の質の上がった電機製品の輸入もバーターで行うべきだろう。笑顔で交渉できることの一方で、国際司法裁判所へは竹島の件で提訴して国際社会を巻き込んで活発に話し合うべきであろう。どんなに大統領の機嫌を損ねたとしても。多面的に交渉を継続し、譲歩もし合いつつ大人の関係を両国は築けるんだということを世界に示さなければならない。それは中国や北朝鮮に対してもソフトな脅威となっていくに違いない。
サイクルと巡り来るはシクラメン [2013年02月25日(Mon)]

__tn_20130225185257.jpg歌謡曲『シクラメンのかおり』が大ヒットしたのは、もう何十年前だろうか。あの歌のおかげでシクラメンはメジャーになった。クリスマスの季節からあちこちで鉢植えが飾られるようになる。花言葉は「はじらい」「はにかみ」。なんとなくあの花にふさわしいような気がする。近ごろでは品種改良で絢爛豪華な種類も出てはいるが、紅、白、桃、藤色が可愛らしい。ギリシャあたりが原産地だそうだ。

ある病院にクレームがあったという。シクラメンには「死」と「苦」が含まれ不吉だから患者の心を傷つける、撤去してほしい、と。なるほど、不吉な語呂合わせをクレームの主は感じてしまったわけだ。

英語ではcyclamen。サイクラメンと発音すればよかったのに、シクラメンとしたから、この主の思い込みが始まった。この情報の発信者は次のように説明したそうだ。シ→「死」 ク→「苦」 ラ→「等」 メン→「免」だと。なるほど、納得した。

cyclaはcycleから来ている。次々と蕾が花開いて人を楽します。車輪のようにぐるぐる回るその花は、命の永遠性を意味しているのかもしれない。輪廻である。あっ、でもダメだ。病人に輪廻転生を言うと、「死」を意識させることになる。死や苦を免ずるほうが良さそうだ。
凶悪犯苦しめてやれ復讐で [2013年02月24日(Sun)]

__tn_20130224214415.jpg京都・亀岡で凶悪な暴走事故を起こし集団登校中の小学生とお母さんを殺した運転少年に京都地裁は、「目先の楽しみを優先し交通ルールを無視した」 として、懲役5年以上8年以下の判決を先日下した。自動車運転過失致死傷と無免許運転の罪である。結果の重大性と遺族感情にも配慮しての判決だ。だが本件の遺族や全国の交通事故遺族からは、茶番劇だとか、法に裏切られたという声があがっている。

犯人は、結果の重いことに責任を取るのではなく、過失や故意の重大性に対して責任を取らされる。そして国家のみが被害者に代わって犯罪者を処罰するのが、近代法の建前である。最愛の人を失ったが故に極刑かそれに近い罰を望む声が大きいが、それでいいのだろうか。

納得がいかないと訴える遺族の立場になって考えてみれば、少しはその気持ちはわかる。国家が代わって執行するなど生ぬるい。自らの手で犯人を八つ裂きにしても足りないかもしれない。殺せ!苦しめ!もっと苦しめ!私が苦しみ妻子が悶絶して死んだようにおまえも苦しんで死ぬがいい、とまで考えてしまう遺族感情。明治の初期まであった仇討ちの考え方である。

では、そうすれば犠牲者が浮かばれるのか。犯人が苦しむことによって、遺族の苦しみが解消されるのか。遺族の心は安らかになるのだろうか。仮に一時的に復讐の念が満たされても、死んだ肉親は戻ってこない。犯人が捕まえられて裁判に引き出されたのならば、できるだけ心を動かされず犠牲者の追悼に専念したいと、私だったら考えたいと思う。目には目を歯には歯をといった復讐法の世界は、限りない復讐の連鎖となる。

かけがえのない近親者の命の代償として取るに足らぬつまらぬ犯人の命を奪うことが、釣り合いのとれる行為なのか。おそらく購うことはできない。刑務所に入って犯人が更生していけば、なぜこいつだけ!という感情に満たされ、更生しなければ、このバカ野郎!と罵るだろう。死刑になって執行に立ち会ったとすれば、糞便にまみれた死刑囚のおぞましさに、死んだ肉親の価値との差が大きくなる。復讐すればするほど、愛する人の価値を落とすことになるだろう。その葛藤で遺族は永久に苦しみ続けることになる。

映画、小説、漫画もアニメにも正義の味方が登場する。ヒーローが悪者をやっつけるとスカッとする。ここには絶対悪が存在するが、現実はそうではない。捜査に間違いはあり得るし、思い込みで証言がなされる場合もある。死刑制度を廃止しようとする人びとが述べる大きな理由は、無実の人が不運にも凶悪犯として間違って殺されてしまうのを防ぐことである。

厳罰化の流れは着実に進む。被害者側がその一端を今後もさらに担うようになると、被害者の苦しみはかえって一層増し、無実の罪人を殺すことに荷担する恐れもありはしないかと私は心配している。
あれまあと電池切れには注意せよ [2013年02月23日(Sat)]

__tn_20130223221205.jpg今日はまさに「冬明け宣言」したらいいような晴れ間が広がった。私はスマホのカメラ機能を存分に使って、景色や花、雲や空を撮っていた。ふと気がつくと画面のバックライトが薄くなっていた。電池切れが近い。幸いに家に帰りつくまでに切れはしなかったが、充電器のない環境に置かれたらどうしようと心配することが時折ある。切れたらただの塊だ。

スマホ、ケータイは電話やメール、カメラ機能を持っているだけではない。ネットで調べもの、フェースブックやツイッターでの情報発信取得、ゲーム、お財布ケータイ、撮り貯めた写真集、電卓、時計、メモ、赤外線データ取得、カレンダーなど盛りだくさんだ。なかでも一番大きいのが電話番号簿・メールアドレス帳・住所録としての機能であろう。電池切れならまだしも、なくしたり盗まれたりしたら眼も当てられない。

こうしたデータベースは私たちの生活を支えるライフラインとなった。あって当たり前、なくしたら人生が変わるという人も多いのではないだろうか。よほど注意が必要だが、意外とおろそかになりやすい。

セキュリティとして暗号化する、データのバックアップをとる、なくさない盗まれない水中に落とさないという態度が不可欠である。私もただの金属の塊にしないよう注意がしなければならない。バックアップはとってある。暗号化もしている。あとは早めに充電すること、野外でも充電ができる充電器を買わなくてはなるまい。
冬明けに宣言だせば嬉しくて [2013年02月22日(Fri)]

__tn_20130222183737.jpg冬明け宣言が出た。出るわけがない。だから出しちゃおう(笑)。
今も雪がちらついて寒いのに、冬が終わるわけがない。
いやいや、季節は先取りしたほうが楽しいじゃあないか。だからさっさと出しちゃお。
そう思って辺りを見わたせば春のきざしはたくさんあるさ。
どこどこ、どこにある。
太陽の光は目映いし、雲のスリットから抜け出た陽光を伝って天使が降りてきそうだよ。紅梅や白梅が咲いている。サザンカは満開、椿は大輪の花を咲かすまでもう少し。水仙は今が盛り。
ところで煙たいようなあの空はなんだい。
黄砂だろうね。大陸から黄色い砂塵が舞い散るよ。ついでに近ごろPM2.5。環境破壊の印なら遥々きてもご遠慮願いたい。杉の花粉も混じってるかも。マスクで防御しましょうね。
海は春になるとどうなるね?
海の色が変化してる。灰色、鈍色(にびいろ)だった冬の海。ぐんぐん変わって静かになってきた。
山はどうかね、変わるかね?
木々のつぼみが膨らんで、枝も木も大きくなったように錯覚するとき、山笑うというんだよ。
明日は雪の予報だよ。
大丈夫。春の雪は淡くてすぐ消えるから心配しなさんな。日の出がぐっと早くなり日も長くなって気分も活動的になっていく。女性たちのファッションも春に向かって艶やかになるから、それでも楽しみにしたらいいかもよ。
暴力で白黒つけるは簡明さ [2013年02月21日(Thu)]

__tn_20130221183101.jpg芥川龍之介は暴力についてこう書いている。礼賛しているのでもなく、かといって全否定しているのでもない。

≪人生は常に複雑である。複雑なる人生を簡単にするものは暴力より外にある筈はない。この故に往往石器時代の脳髄しか持たぬ文明人は論争より殺人を愛するのである。しかし亦権力も畢竟はパテントを得た暴力である。我我人間を支配する為にも、暴力は常に必要なのかも知れない。或いは必要ではないのかも知れない。≫
(芥川龍之介「暴力」侏儒の言葉より)

説明して納得させて自発的に相手を動くように仕向けることは「複雑」な心の過程を経なければならない。それよりは鉄拳一発、言うことをきけ!としたほうが事は簡単だ。ましてや民主的手法という「複雑」なルールを尊重すべきだと建前が前に出る社会にあっては、そんな質面倒なことは言っていられないと、超法規的なやり方を好む者も出てこよう。さらに芥川はこう書いている。

≪理想的兵卒は苟(いやしく)も上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に批判を加えぬことである。即ち理想的兵卒はまず理性を失わなければならぬ。
  又
理想的兵卒は苟も情感の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に責任を負わぬことである。即ち理想的兵卒はまず無責任を好まなければならぬ。≫
(芥川龍之介「兵卒」同書)

これを読むと、学校教育の一環として行われ、先輩から後輩へ連綿と続くしごきやいじめといった暴力の温床となってきた部活動のことを思う。もちろんすべてがそうであったと糾弾するものではないし、私がその場に居合わせた頃と比べれば今は時代が違うのは当然だ。

しかし、日露戦争の頃から始まったという軍隊内での暴力が、日中戦争・太平洋戦争と戦い続けるなかでエスカレートしてきた歴史は、戦後も続いた。上下関係が厳しい組織や上官の命令を一子乱れずに遂行すべき組織には、その亡霊が今も跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているのではないかと想像する。「複雑」を簡明にする暴力という装置は、人間の魔性をくすぐらずにはいられないからだ。「絶対服従」される者は快感を得て、させられる者は人間として扱われない屈辱感でいっぱいになる。長い目で見ればこれが正常な状態で続くわけがない。

「無責任を好む理想的兵卒」というのも気になる。この気質が戦後も続いているのかもしれない。順境のときには集団として強みを発揮するが、後退局面では自壊し、無責任体質を露呈するという日本の組織によくある傾向。これも日本軍の負の遺産といえるかもしれない。ただし、軍人がすべて暴力ばかりだったと言うつもりはないし、部活動がすべて体罰に色塗られているというわけではない。「やって見せ言って聞かせてさせてみてほめてやらねば人は育たじ」と、丹念に人材を育成した山本五十六のような軍人もいたことを忘れてはならない。
サラリーマン川柳ひねり我が道を [2013年02月20日(Wed)]

__tn_20130220191915.jpg第一生命のサラリーマン川柳が今年も出た。100句のうち私が気に入ったのは次の分だ。サラリーマンというか、中高年親父の悲哀が伝わってくる。その悲哀感にはそれでもまだ明るさがあり、自分を突き放して眺める余裕があるのが救いだ。そもそも気持ちに余裕がなくなれば、川柳など作ってはいられないだろう。

 半世紀 綴ってみれば 反省記   窓際のオットちゃん
  *わかるわかる。私の反省記でもある。

 家のこと 嫁のブログを 見てわかり    リラックス リラックス
  *私は妻から、こんなふうに言われるときがある。

 孫の名が ふつうに読めて ホッとする    路散塵
  *地方紙や市広報誌の赤ちゃん誕生の記事ではいつも思うことだ。読めない読めない。

 会費制 元を取ろうと 酔いつぶれ    協一
  *欠食児童ではあるまいし、と思ってもついつい食べ過ぎる食べ放題。

 領土権 我が家はみんな 妻のもの    皿川一苦
  *よその妻は韓国や中国並みに、あからさまなのか!

 父からの 友達申請 ひく娘   ハノイっこ68
  *幸い、我が娘は私のツイートやブログをチェックしてくれている。

 今日します 明日しますと もう師走   読み人知らず
  *上の反省記、半世紀と同様身につまされる。

 独身の 残りものには 癖がある   おばちゃま
  *人間誰でも癖があるものだ。なくて七癖、大目に見てよ。

 「辞めてやる!」 会社にいいね!と 返される   元課長
  *これは架空の話であると信じたい。
中高生こころを詠んだ力作で [2013年02月19日(Tue)]

__tn_20130219203312.jpg東洋大学が今年も「現代学生百人一首」を発表した。応募は全部で5万4千首あまり。中高生の力作揃いだが、わたしが気に入ったのは次の歌である。好きな本を読んだり教科書に向かうときの喜びを詠うもの、受験や友人や恋を詠ったものである。

 入学式みんなの顔はのっぺらぼうこれから見つけるほんとうの顔  兵庫・中学2年
  *知らない人ばかりだとサルの集団が全部同じ顔に見えるように、区別がつかないものだ。

 「おかえり」がこんなうれしい言葉とは初めて知った寮に入って  奈良・高校2年
  *明かりの灯っていない部屋に帰る寂しさもある。でもじきに友の声が家族になるさ。

 秋と本ページをめく るスピードで世界はゆっくり呼吸している  長野・高校2年
  *本の世界観が頭を満たす喜びだ。快感なり。

 今日もまたやってしまった夜ふかしを本の魔法に勝てない自分  広島・中学2年
  *私の場合横になって本を読むと、どんなに面白くても睡眠薬が効いてくる。

 なんというおもしろさだろう世界史はページをめくれば時空旅行  茨城・高校3年
  *複雑さに頭を抱えることはあるけれど、数百年数千年世界のあちこちに心は飛ぶ。

 弱虫も本を開けば冒険家道なき道をどんどん進む  東京・中学1年
  *主人公の頭と体をもったわたしは勇気凛々、元気百倍だ。

 好きですとメールで届く告白文直接言え よ草食男子  神奈川・高校3年
  *おどおどしていても見つめられながら「好き・・・です」と言ってほしいんだ。

 過ぎてゆく高二の夏を止めたくて朝顔一つ押し花にする 新潟・高校2年
  *あの朝顔が金の思い出として残ってくれますように。

 角を折りぶ厚くなった参考書その厚さだけ夢にちかづく 千葉・高校1年
  *がんばれ受験生諸君! 私立に前期に後期試験が続々と続くよ。
隕石か小惑星かと大音響 [2013年02月18日(Mon)]

__tn_20130218183950.jpg星に願いを。夜空にきらめく一瞬の輝きをとらえて祈りを捧げる。光は短すぎて願いを込めるのには間に合わないが、流れ星はロマンである。

流れ星は宇宙をただよう塵が大気圏に突入して光るものであるが、ときに大きな隕石である場合がある。ロシアのウラル地方に落ちた隕石の推定直径は17mで重さは1万トン。ここまで大きいとミニ小惑星といってもいい。衝撃波で割れた窓などによって負傷者は1200人に及び、建物被害は半径100キロに広がっている。突然の襲来に、すわ核攻撃かと慌てたロシア人も多かったことだろう。

大気圏に突入したときの衝撃で隕石はいくつかに割れ、確認された湖では落下によって8mもの穴が空いた。20世紀初めに落ち、針葉樹林帯に落ちたとされる隕石もやはりロシアのシベリア地方。広大な領土を持つロシアではあるが、よほど隕石と縁の深いところらしい。

『アルマゲドン』や『ディープ・インパクト』など小惑星が地球に激突し、アメリカ人を中心にしたチームが身を賭して人類を救う物語が映画に描かれたが、そうした危機が計算上114万年後に来るという。人類がまだ見ぬ小惑星もあるだろうし、軌道が変わらないとも限らない。安心はできないが、それ以上に危ないのは国々の対立による核戦争が実際に起こることだ。地球に住む者として同士討ちだけは避けたいものである。
外敵をマスクで防げいつまでも [2013年02月17日(Sun)]

__tn_20130217201931.jpgインフルエンザのウイルスや風邪の菌を避けるためにマスクを掛ける。使い捨ての不織布マスクを使い、一日ごとに古いのを捨て新しいのを使うこと。よくわかっている。けれどもポケットの中に入れていた時間が長いし、まあ大丈夫だと思って翌日も使ってしまうことがよくある。

マスクの表面にはウイルスや菌が付着しているから、表面を触ってはならないこと。これもよくわかっている。けれども、だんだんとマスクがずれてしまうから鼻にかかった上部の針金をきちんと曲げて掛け直す。そうしないと眼鏡が曇ってしまうのだ。

手にはウイルスが付いているからマスクの内側に触れてはいけないこと。よくわかっている。内側に指先が触れればウイルスが付く。だから外すたびに外側から折り曲げてポケットに入れ、掛け直すときに広げて口の前にもってくる。そのときに内側に触れてしまうことはよくある。そもそもポケットの中にウイルスがいないとは限らない。

ならばマスクを外すたびに捨てて一回ごとに新しいのを出して使うのか。これももったいないし面倒だ。見えない'敵'に対するとき、人間の警戒心は弱くなってしまうものかもしれない。

ウイルスや菌といった連中との戦いはずっと続く。インフルエンザはやがて新型のウイルスを発生させ、各種の感染症は新しく生まれていく。マスクで防げるものはむしろ少ないかもしれない。それでも注意を怠らずウイルスを体に取り込まないようにすることだ。究極として頼るべきは、わが体力とわが運といえるかもしれない。
温かき水にあたって穴ひとつ [2013年02月16日(Sat)]

__tn_20130216213358.jpg明け方近くから雪が降った。風がなくユラリゆらりと舞い散る淡いぼたん雪。積もる雪ではない。春の雪だ。

北陸から北日本の各地ではこの冬の大雪で除雪費用が予算を上回った。地方交付税の追加措置がとられるという。それにひきかえ、出雲や松江では10センチ級の積雪は一度もなく助かった。平年だと大雪があたりまえの奥出雲方面も少な目で負担が少なかったことと思う。

積雪がある程度あって一面が白い雪原になっているときに、日が照っていれば、まばゆさに満たされて反射した光がまばたく。曇っていても、辺りは雪の白さがほんのりと照らして温かな雰囲気となる。こんなときは、道ばたや休耕田の隅に立って用をたすのが気持ちいい(軽犯罪法に違反する疑いもあるが、人前でやるわけではないので大目に見ていただきたい)。

雪は20センチ以上、深いほうがいい。小水は雪のきらめきを反射して雪をかき分けるように溶かしていく。その日の色にもよるが、溶けた周囲は黄みがかった壁となり、湯気が立ち上る。用をたす快感と穴が深くなっていく面白さに欲がでる。もっともっと穴を広げてやりたくなる。だが出るものは無尽蔵ではない。泉は尽きてしまうのだ。温かい液体が出てしまったために体が冷える。ぶるると体が震えておしまいだ。残されるのは小さな穴ひとつ。広大な雪の原っぱに穴ひとつ。ああ面白い。
春近し夜明け夕暮れ宇宙の美 [2013年02月15日(Fri)]

__tn_20130215174248.jpg≪夜明けが、だんだん早くなる。早朝、マンションの階上から、東の空を望む。七色にきらめく雲、解き放たれる黄金の矢……言葉を失うほどの絶景だ。都会の中にも、心を満たす大自然の絵巻が広がる▼(中略)四季の光に美しさを感じ、天空のドラマに感動を覚える“人間存在”そのものの不思議さを思う。ヒトという種は、なぜ誕生したのか。それは宇宙が、自らの美しさを感じてほしかったから。だから宇宙は、大自然の秩序を認識し、感動できる知的生命体を育んだ。「人間原理の宇宙論」と呼ばれる説である≫
(聖教新聞「名字の言」2013年1月○日)

朝はまだまだ寒い。布団から出るのは骨がおれる。それでも、星影きらめく夜中から、朝陽が生まれ出でんとする明け方までのバトンタッチが早くなってきた。心なしか速くなっているような気もする。もう2月も後半。逃げる2月から去る3月へ。月日は早く過ぎるものよ。季節は速く移り変わるものよ。

今日は小雨から晴れへ。高めの気温だったのが徐々に冷えて今は冬型の雲間となった。黒い雨雲の奥には夕陽に照らされた白い雲が見える、ただいま17時40分。ここにも宇宙の美がある。

(今は松江レイクラインバスに乗っている。外に見えるは宍道湖岸)
日記帳日々の糧とはなりますか [2013年02月14日(Thu)]

__tn_20130214181345.jpg朝日新聞土曜版『be』の1月26日付けに「日記をつけていますか?」というアンケートが掲載されていた。

■日記をつけていますか?
 はい 41%  いいえ 59%

■(はいと答えた人のうち)何につけてる?
 スケジュール帳や手帳 37%
 市販の日記帳 27%
 パソコンやスマホ 18%
 普通のノート 17%
 個人のホームページやブログ 9%
 家計簿 9%
 ツイッターやフェイスブック 7%
 その他 4%

■(いいえと答えた人のうち)つけない理由は?
 面倒くさい 61%
 あとで読むと恥ずかしい 23%
 忙しい 23%
 書くネタがない 17%
 つけようと思ったことは一度もない 10%
 つけていて空しくなった 9%
 過去は振り返らない主義だ 9%

なかなか面白い結果だ。私の場合、学生時代はときどきサボりながらもノートにつけてきたが、勤めだして忙しくなるうちにいつの間にか忘れていた。だがWindows3.1のパソコンを得てから復活した。以来、パソコンに日記をつけている。最初は反省的な心理描写を突っ込んで書くときもあったが、上にもあるように「あとで読むと恥ずかしい」とか、「つけていて空しい」に近い気持ちだろう。やがて軽いタッチで書いている。仕事もプライベートも合わせたもので、事実だけを書くようにしている。

読み返すことは滅多にない。仕事の備忘録を参照するときには役に立つが、それ以上でもそれ以下でもない。わたしの日記に相当するものは、このブログかもしれない。毎日の思いつきと感情の一部が盛り込まれている。
人類を幸せにする知恵どこに [2013年02月13日(Wed)]

__tn_20130213191028.jpg昨日2月12日には北朝鮮が3回目の核実験を行った。各国が厳しく非難を浴びせたが馬耳東風、まったく聞く耳を持たない。とうとう北朝鮮は核弾頭を搭載した長距離弾道ミサイルを配備できる国となったようだ。

敵対国が相互に報復が怖くて使えないはずの核兵器ではあるが、突発的なスレ違いが起こって核攻撃の応酬が起こらないという保証はどこにもない。

NHKの「今日は何の日」で、1960年の今日2月13日にフランスが初の核実験を行ったと聞いた。アルジェリアのサハラ砂漠でのことである。フランスは米ソ英に次いで4番目の核保有国となった。

砂漠と聞いて思い出したことがある。星新一のショートショートにこのようなものがあった。

地球に高度な文明を持つ宇宙人がやってきた。宇宙人たちは人類に宝物を授けようとしていた。どんな病気でも治す薬、飢えのない食糧生産、簡単に宇宙を旅する仕組み、全ての人が平和に暮らす方法。。。。。不幸にして人類はまだ原始の時代であり、それら高度な知恵を伝授するまでの知的段階には至っていなかった。そこで宇宙人は丈夫なカプセルにそのノウハウを残し、言語を解読する手法も残して、地球を去って行った。歳月が過ぎ、カプセルが置かれた大砂漠には砂嵐が吹き、カプセルは埋められて見えなくなった。再び顔を出しては強烈な太陽の光を浴びたが、カプセルとその中身はびくともしなかった。やがて人類は知識を蓄え科学技術を高度に発展させた。カプセルが開かれる時がきた。だが、歓呼に包まれて開けられたのではない。その砂漠で原爆の実験が行われたのである。強いカプセルではあったが、原爆の破壊力には耐えられなかった。人類を幸福にするはずの知恵は失われた。。。。。という内容であった。人類を平和に幸福にする知恵はいずこにありや。

(小さな幸せだが、白梅が咲いた。うれしい)
カストルとポルックス降り地上へと [2013年02月12日(Tue)]

__tn_20130212214453.jpgしばらく前の土曜朝に乗った列車。松江に到着し読みかけの本に栞をはさんで閉じた。目をあげると、すでに降りる客が通路に並んでいる。キャメル色の形のいいコートが二つほど目に入った。二人仲良く並んでいる。顔を見るとぱっちりとした目、小さく丸みがあって苺のように健康的な唇、頬は健康的にピンクに染まって、真っ直ぐで薄い栗色の髪を腰のあたりまで伸ばしている。女の子の双子だった。

たぶん一卵性双生児。そっくりな顔と体型をしている。小学校の高学年か、中学一年生だろうか。革の大きめのハンドバッグはお揃いだ。フリルのついた布地の柄だけが違う。浅い革のブーツも同じデザインで、ふわりとした毛皮の部分に違いを持たせている。側にお母さんとおぼしき人がいた。小学校の低学年の弟の手を引いていた。

今はお母さんの見立てでもってファッションが揃い、二人は傍目には区別のつかない双子である。やがて双方の好みに違いが表れ、出会う人や経験も分かれるうちに、容姿も違ってくるであろう。考えや思い、好きな勉強やスポーツ、周囲の友人など環境の違いによって遺伝子が同じはずの双生児もぐんぐんと違いが明らかになってくる。人間とは不思議なものだと思う。

双子座を思い出した。ギリシャ神話のカストルとポルックスは男の兄弟だが、なぜかあの双子を見たときに、冬の星空の双子座をイメージした。地上に降りた可愛らしいふたご座は、母と弟とともに駅の改札を抜けていった。
結婚と東京家族が重なりて [2013年02月11日(Mon)]

__tn_20130211225129.jpg昨日は姪っ子の結婚式であった。天気予報は曇りのち雨であったが、一日中太陽が顔を出すめでたい天気であった。そして今日は再び映画『東京家族』を観た。よくある家族のシーンを自分に置き換えて観ていた。笑いながら泣いていた。昨日のこともあったから感無量の思いで観た。

夫婦を単位に家族ができる。子供が生まれて新しい家族が増えていく。子供は独立して新しい家族を作る。独立したように見えても折に触れて家族の絆に気づき、相互の愛を再確認するときがある。日々喜怒哀楽を繰り返しながら、家族はそれぞれの人生を生きる。

それらが畳の目線で描いてあった。カメラを固定してローポジションで撮る小津映画の特徴は、畳に座って見る高さの視線である。小津安二郎監督へ捧ぐとした山田監督のこの『東京家族』は、市井人の生活を小津映画と同様に複雑なカメラ回しをすることなく、定点から眺めている。エピソードごとに余韻を残しながら次の場面まで間を置くのも、登場人物たちへの愛情を感じる。人物がカメラに向かって語りかけると、まるで自分に語られたように観客は錯覚してしまう。やがて作中に引き込まれて自身の人生とも重ね合わせて感慨深く観る。

母さんが死んだ。息子たちはそれぞれの家族を作って島を出ていった。自分は馴染んだこの島で生涯を全うする。世の行く末心配なことは多いが、自分の一生は自分が決める。分かれてはいても家族は家族だ。二度と来ない今を生きると覚悟を決めた父(橋爪功)の姿が心に残る。抑えた感情表現で(むしろ棒読みに近いほどの抑制で)、ドラマチックではない普通の人びとを描くことに成功している。

小津の『東京物語』は戦後すぐの高度成長期ではあったが、戦没者への挽歌があり変容する家族のあり方への冷徹な目があった。そして山田の『東京家族』は日本の経済が衰退しつつあるなか東日本大震災で国のあり方が問い直されることを憂えるとともに、家族の姿が変わっていくことを奏でてはいたが、まだ日本は大丈夫だと先々への希望を歌う映画でもあったと思う。

姪っ子の結婚式で私は最後の万歳三唱をまかされた。新郎新婦も含めここにいる全員が艱難辛苦を乗り越えて幸福をつかみ勝利の人生を迎えることを祈りつつ、全員で万歳をした。花嫁花婿が会場を出るときのBGMは福山の『家族になろうよ』。姪は両親への手紙で、二人のように仲良い夫婦になりたいと言った。

  いつかお父さんみたいに大きな背中で/いつかお母さんみたいに静かな優しさで
  どんなことも越えてゆける/家族になろうよ (作詞:福山雅治)

二人はいい家族をつくるであろう。披露宴会場から出るときに見えた冬の夕焼けは淡いオレンジ色であった。
ベアーズは熊の子ならず野球の子 [2013年02月10日(Sun)]

__tn_20130210063455.jpg1970年代半ばの映画『がんばれ!ベアーズ』を観て、今の日本スポーツ界を震撼させている暴力問題のことを考えた。アメリカ型経営とかつての日本式経営を比べてみるきっかけにもなる。

生まれたばかりの少年野球の弱小チーム・ベアーズだったが、やる気はないルールも知らない体力はない経済力もないと、ないない尽くしのチームで、しかも監督は飲んだくれの元三流プロ選手。誰も期待していない。この映画、なんと原題は『The Bad news Bears』。シリアス過ぎて目も当てられないから「がんばれ!」と日本語題をつけたのだろう。それでも野球をやりたいという彼らの願望を見てとった監督はコーチを始める。

リーグの初戦は強豪ヤンキースとの対戦。一回表で26対0という屈辱的な放棄試合を経験した彼らは、もうやめた解散だと多数決で決める。それを知らされた監督はそんな民主的手法は認めず、遮二無二少年たちを練習に強要する。補強もした。ピッチングに長けた元恋人の娘をチームに引き込み、名うてのワルだが肩が抜群にいい長距離ヒッターも獲得した。勝ちたいという気持ちに加え地道な練習が効を奏したか、ゴミ扱いされていたシーズン始めとはうってかわって優勝を決めるトーナメント戦で決勝まで勝ち残る。相手はあのヤンキース。

ヤンキースの監督は、手こそ出さないが言葉と権力で子供たちを縛っている。失敗したら罰を与え、徹底的に罵るのである。子供たちは恐怖によって支配されていた。この点暴力とパワハラでオリンピックチームをまとめようとした元柔道監督に似ている。恐怖政治であると同時にアメリカ型の経営手法でもある。成果を上げた者には褒美を与え、監督の命令に背いたりエラーした者には罰を与えるというやり方だ。

試合に勝ち優勝するためにヤンキース監督は太っちょバッターの敬遠を指示したが、ピッチャー君は勝負した。背いた少年を監督は殴った。そしてピッチャー君は反逆しベアーズにわざと点を与え、その場でチームを去った。個人が屹立した、さすがにアメリカ人だと思う。

ベアーズの監督は、初期の動機づけとして強い言葉で強制したが、最後の決勝戦は全員野球を貫いた。勝利至上主義ではなく、野球ひいてはスポーツとは楽しむため、成長するためだという原点を確認したのだろう。ヤンキース監督の姿を見ての自省もあったのかもしれない。

リーグ戦の初期に遡って、数試合目に惜しくも負けて、エラーをした少年少年を責めるチームメイトに監督は、負けたのはチーム全員の責任、勝ったとしたらチームの誉れという意味のことを述べて子供たちを教育したのが印象的だった。チームスポーツに限らず、個人競技にあっても、一人は皆のために皆は一人のためにというスポーツマンシップは、遠回りのようであっても自身を利していく。情けは人のためならずの諺のとおり(本来の意味の)である。恐怖による動機づけでなく、自主性を育む動機づけが、スポーツにも仕事一般にも必要なのだ。メンタル面を築く高い指導技術が不可欠なのだ。

(写真は春の牡丹。まさに咲かんとしている)
報道は報ずる道か虚構かと [2013年02月09日(Sat)]

__tn_20130209092237.jpg虚構新聞(http://kyoko-np.net/index.html)を読んでヘラヘラ笑っている。

≪世界中で多発しているバッテリートラブルは、全て787型機で起きていることが判明している。これらを踏まえ、事故防止に向け改善すべきは「787」という機体番号にあると結論付けた運輸安全委員会では、機体に明記されている「787」の塗装をうまく「737」に塗り替えることでトラブルを回避し、世界に先駆けて運航を再開させたい意向だ。≫ 【虚構新聞/社会面2月4日】

≪恋愛禁止ルールを破った「お泊まり」を週刊誌に暴露されたアイドルグループ「AKB48」の峯岸みなみメンバー(20)が、31日夜、頭を丸刈りにしてファンに謝罪した。この衝撃的な姿が波紋を呼ぶ中、切り落とされた峯岸メンバーの毛髪が来月にも発売されるシングルCDの封入特典として再利用されることがわかった。≫ 【文化・芸能面2月1日】

≪安倍内閣は、22日に日銀と発表した「デフレ脱却と持続的な経済成長に向けて」の共同声明を受け、目標とする物価上昇率2%を達成するため、財務省に対し「20兆円硬貨」の年内発行が可能か検討するよう指示していたことが、24日分かった。≫ 【経済面1月25日】

≪夏の甲子園を運営する全国高校野球実行委員会は、来年度の第100回記念大会から試合方式を現在のトーナメントから総当たり方式に変更することを明らかにした。指導に当たる野球部監督など関係者の間では、長らく「一回限りのトーナメント方式では各校の真の実力が発揮されない」との声が強かったことから今回の決定に至った。≫ 【スポーツ面2009年7月31日】

紙面の構成はいかにもネット新聞となっており、報道記事は大まじめでもっともらしい。ジョークの世界にひたるのも悪くないが、引用の仕方によってはホントの報道だと信じる人が出てきそうなので要注意。

ところで、報道とは報ずる道と書く。「道」は柔道や剣道、合気道、華道、水道、香道にあるように、技術を磨くとともに人が生きる道筋を探求するためのものである(仲間外れが1つあった)。報道が今のまま、儲け主義や当局の鵜呑み、付和雷同に染まり続けていてもいいのだろうか(いいわけがない)。
冬盛り春は近かり滑る道 [2013年02月08日(Fri)]

__tn_20130208121221.jpg雪道は思いのほか危ない。滑るのはもちろんのこと。それ以上に油断がこわい。

はじめはソロソロ安全運転。制限速度の10キロ減で・・・・。やがて慣れてくる。なんのことない大丈夫。

真っ直ぐ進むだけならなんのことはない。アクセルふかす。雪道順調、景色はキレイ。

ところが運が悪けりゃ破綻する。止まるべき時がやってくる。脇から車が人が自転車が出てきて突然止まれと命令す。

クルマは急に止まれない。制動力は普段の半分それ以下か。ハンドルが効かなくなったならゼロだ、慌てる、パニックだ。どこへ行くのかクルマと重力に聞いてくれ。

無事に止まれば万々歳。対向車と当たる、溝に落ちる、フェンスにぶち当たる、人の脇腹をかすめる。それはそれは運次第。

方向転換、角を回れば横滑り。スピード落とす度合いが悪ければクルマは制御不能なり。当たり前の道理でも油断が元で後悔す。

今朝は出雲もマイナス3℃。道路はガチガチ、風は吹雪で冬真っ盛り。冬来りなば春遠からじ、もじって言えば「冬盛りなば春遠からじ」。立春こえて春三月まであと三週間。油断を廃し、春の便りを待ちましょう。

(写真は、昨日松江城山公園の梅つぼみ。いい色だ)
無法者ジャックは切り札トムのもの [2013年02月07日(Thu)]

__tn_20130207182919.jpg原題は『ジャック・リーチャー』。それを何故日本では『アウトロー』としたのか。大時代的で二十世紀中盤の古臭さを感じる。

1つは人の名前では客を呼べないことが理由だろう。トム・クルーズ主演と副題をつけるのもカッコ悪い。もう1つ考えられるのは、元軍人のリーチャーがこのIT社会にあって銀行口座から金の出し入れをする以外には痕跡を残さないことだ。クレジットカードはもちろん、メールアドレスも車の免許証ですら持たないという影のような人物だからだ。法の裁きを待たずにさっさと悪を葬るのもその理由かもしれない。

出てくる女性たちが魅力的である。特に髪が素敵な女優さんをたくさん起用している。ロングやセミロングの金髪が艶やかでカールがかかる。肩や首にさわさわとなびいて蠱惑(こわく)的だ。特に弁護士ヘレン(ロザムント・バイク=以前のボンドガール)とサンディーがキリリとした強さも見せながら魅惑的である。

トム・クルーズの身のこなし。鮮やかで目に留まらぬ速さで相手を打ちのめす。銃だけには頼らず相手の弱点を見透かす。腹の贅肉は50代かとは思うが、さすがに超一流のアクションスターである。一匹狼で敵方のプロファイルを確実に行う。必要な支援者は常に味方につけている協調性もある。『ミッション・インポッシブル』のイーサン・ハントを超える新しいヒーロー像が登場したのではなかろうか。
景観を眺めて楽し雪と夜 [2013年02月06日(Wed)]

__tn_20130206215019.jpg雪景色が綺麗なのは、雪におおわれた屋根や木や道路を白一色に染めて、汚いものを隠してしまうからである(私が思うに)。しかも単純に真っ白ではなく、陰影や周囲の色を映して微妙に色合いを変える。なかでも好きなのは暗くなってからの雪景。雪明かりと人工の明かりを淡く反射して、えもいわれぬ情緒を感じる。

夜景が心を洗うのは、漆黒の闇をベースに色とりどりで大小の灯りが散りばめられているからである(これも私が思うに)。闇に目が吸い寄せられて、網膜に光の点が散らされて光のリズムを楽しむかのように。雪と同じで醜い物は闇が覆い隠してくれる。

広大な海、延々と続く草原や山並みが心を癒すのは、青や緑の単色でありながら、微妙な違いで目を楽しませてくれるからだ(これまた私が思うに)。感動の度合いは単調であればあるだけ、眺望が広ければ広いほど大きい。

島根県内にある構造物や建築物、土木事業、道路、緑景観保全の住民運動を対象に顕彰を続けてきた「しまね景観賞」が今年で20回目を迎えた。その受賞式典で審査委員長の藤岡大拙氏は、受賞した景観が次のような条件をもつとおっしゃった。

「何百年も引き継がれている営みのきびしさと美しさ」
「湖岸の道路から美しいコメント周辺の山々とをバランスよく眺めることができる」
「以前の校舎の面影をしっかりと残しつつ、さまざまな目的に活用できる」
「デザイン性に富みつつ、周囲に溶け込んでいる」
「個性と統一感を併せ持つ」
「親水性を有した豊かな自然を実感できる」
「引き締まったデザインと木の持つ柔らかさが安心感をもたらす」
「風格のある茅葺き屋根、力強い石垣、時代の流れを感じさせる田舎造りの玄関等懐かしさを感じさせる風景を守り継ぐ」

この受賞理由が、まさに美しい物が美しいものたる所以なのであろう。周囲に溶けこむ統一感があって、歴史の眼にさらされて耐えてきたものであると同時に新しみも必要なのだ。美しい物をそう感じられる審美眼を持ちたいと思う。

(花の名前は知らないが、捻りを入れたような花びらが広がるという。ピンクと白の折りたたみ傘のようだ)
レーダーは実弾蜂起の前触れか [2013年02月05日(Tue)]

__tn_20130205222711.jpg中国海軍の艦艇が自衛隊護衛艦に対し、火器管制レーダーを照射していたことが今夕発表された。それ以前にはヘリコプターにも照射されていたということだ。「照射」は「実弾攻撃」の前段階であるから、照射された方が攻撃間近と判断すれば反転攻勢に出ることもある。実弾が飛んで武力衝突の事態が生じれば戦争となってしまうわけで、レーダー照射は危険な行為である。なぜ中国はそんなバカげたことをしたのだろうか。

 1 現場の指揮官が勝手な判断で(面白半分に)実行した
 2 軍の中枢も関与した上で日本に対する警告行動としてやった
 3 機器の誤作動か誤操作があった
 4 日本側が照射されたと誤って判断した

護衛艦への照射は1月30日、ヘリコプターには1月19日ということであり、今日5日まで慎重に分析したということだから、4の誤判断の線は消える。すると尖閣諸島が浮かんでくる。中国は南沙諸島や西沙諸島で、ベトナムやフィリピンに対して攻勢を強めつつある。尖閣諸島に関してもイケイケで攻めてくるのは明らかだ。

そもそも尖閣は中国のものだと、彼らは信じ切っている。中枢部はどうか知らないが、少なくとも多くの中国人は国粋的に頭に血が上っている。このエネルギーが共産党政府打倒、国内動乱のきっかけになってはたまらないから、中国政府も対日本のカードを使わない手はない。軍の現場指揮官が日本憎しとの考えに染まっていれば、いつ短絡思考でもって攻撃してこないとも限らない。とても危うい。だから国際司法裁判所での話し合いが必要だと思う。

安倍首相は所信表明演説で「領土・領海・領空は断固として守り抜く」と表明したが、竹島については大統領交代で韓国との関係が良くなる期待感と経済交流が好調だという理由でもって、裁判所への提訴を棚上げした。しかし、関係がいいときこそ相互がにこやかに交渉のテーブルにつくチャンスである。

尖閣諸島について領土問題は存在しないという政府見解は従来と変わらないが、中国が仮想敵国として日本を敵視しているならば、外交問題は現に存在する。国際司法裁判所への共同提訴をして、公の場で歴史的な事実を判断していけば、軍人も含む一般中国人に対し冷静に知識を与えることができるだろう。

日本が支配している尖閣ですら国際裁判所で話し合いを始めた、となると韓国が支配している竹島に関しても交渉のテーブルにつくべしという説得力が出てくるのではなかろうか。中国大使を呼んで抗議することも必要だろうが、まずは中国に要人が飛んで(相手が起こした事件だからこちらに来るべきとプライドにこだわるべきではない)、誠実にかつ案件から逃げないで話し合いをするべきときだと思う(もちろん落ち着いて、ゆったりとお茶する気分で)。
辞書を引くキーを叩いて文字探す [2013年02月04日(Mon)]

__tn_20130204181639.jpgわたしは、Yahoo!Japan辞書をよく使う(http://dic.yahoo.co.jp/)。weblio類語辞典もときおり使う(http://thesaurus.weblio.jp/)。両方とも日常生活になくてはならない存在となっている。

辞書はふつう調べたい文字をズバリ入力して対応する訳語を探す。国語辞典しかり英和辞典もしかりである。Web上では、○○[と一致する]に入力するわけだが、広辞苑などに逆引き辞典があるように、Webでは簡単に逆引きができる。○○[で始まる]の○○に、例えば[人]と入れれば人間や人間性、人間関係などずらりと並ぶ。[を含む]にすると黄色人種や異人館らが並ぶ。[で終わる]を選択すれば東洋人や宇宙人となるわけである。

クロスワードパズルは新聞や雑誌になじみのものとなったが、それとは別に近頃「漢字熟語クイズ」が出題されるようになった。縦横に複数の漢字からなる熟語を並べて空欄を埋めていくものだ。これにはクロスワードのようなタテとヨコの言葉ごとにヒントを書く必要がないから、[〜を含む]とか、[〜で始まる]、[〜で終わる]を駆使すれば比較的簡単にパズルをつくることができそうだ。

weblio類語辞典では、シソーラス辞書で世話になる。言い換え辞典である。例えば【書く】をシソーラス検索すると、次のデータが出てくる。

■書・文字などを書く/揮毫・写経・書き初め・習字(を習う)・(見事な)筆使いで・すらすらと書く・(〜を)写す・書き写す・寄せ書きする・落書きする・筆耕(料)
■手紙などを書く/したためる・書きつづる・認める・書き付ける・筆をとる・ペンをとる・ワープロに向かう・(〜と)書き送る・言い送る・「一筆書いて(進ぜよう)」・絵手紙を楽しむ・口述による〜・代筆する・代書する

以下省略するが、用例別にみても、■論文・本などを書く■報告書・声明文などを書く■小説・作品などを書く■記事・投書記事などを書く■メモ程度を書く、というふうに多くの言葉が並んでおり、豊かな日本語の世界に驚く。もっと気のきいた表現はないだろうか?と思ったときにはシソーラスを使うとよい。漫然と同じような言葉を使ってしまう報告書で、目端を変えることもできる。

辞書は毎日手放せない。紙の辞書を使うことはめったにないから正確に言うと、毎日キーを叩いている。そして進化しているのを見ると頼もしく思える。
暴力を加えて自主は消え失せて [2013年02月03日(Sun)]

__tn_20130203185436.jpg理不尽な要求に耐えることが社会人として必要だからスポーツで根性をつけるべしという精神論がある。一面では妥当な考え方だが、そこに暴力や暴言でもって言うことをきかせるという発想が出てくると本末転倒する。叱ったり威張ったりして得られることは、指導する側の虚栄心を満たすだけである。

スポーツライターの金子達仁氏がスポーツニッポンにこう書いている(「金子達仁の春夏シュート」2013年1月31 日)。

≪日本においてはスポーツをやる人間、やらせる人間が、「理不尽に対する耐性」を重要視しているからである。
 社会に出れば思い通りにならないことはたくさんある。そのための予行演習をスポーツでやっておく。やらせておく。(中略)理由を考えることではなく、ただ従うこと。そういう人間であれば、上司からの理不尽な要求にも耐えることができる。(中略)欧米人には楽しみでしかないスポーツというものの中から、日本人は精神的な意味を汲み出し、試練の場ともした。(中略)スポーツに、スポーツ以上の意味と効能を求めている時点で、日本のスポ ーツは体罰の芽を内包しているのである。≫

子供サッカーのコーチをしている池上正氏はこのように仮説を述べる(インタビュー「コーチよ怒鳴るな」朝日新聞2013年2月1日)。

≪明治以降、欧米から入ってきたスポーツは、日本では武道の精神と合体しました。だから礼儀作法や忍耐力と行った精神論が出てくる。『ゲーム』という英語が『試合』と訳されたのも象徴的です。真剣勝負という武道色が強まり、逆にゲームが持つ開放的なお祭りの雰囲気が薄まりました。その結果、勝って1番になることが大事だという勝利至上主義も生まれたのです≫

この数日来、暴力のとがめを受けて厳重注意を受けた教員らがいる。大阪市の体育科の事件、柔道全日本女子への事件と続き、これだけ騒ぎが大きくなってなお暴力をふるってしまう教員たちの不思議。彼らはきっとこれまで衝動のままに暴行を加え、言うことをきけ!と生徒や自分の支配下にある者(例えば自分の子供)に暴行を加えてきたのだろう。それを愛の鞭とは言わない。人が発奮して自ら歯を食いしばって努力しとうとする心理のメカニズムに対する無知、人の心を推し量れない無能さの現れでしかない。オリンピック招致を成功させるためには、今のうちにさらに膿を出し切る必要がある。まだまだ醜いものは見えてくることだろう。

(冬枝の棘のように一部のスポーツ指導者は選手を傷つける)
古書堂にキュートで聡明どぎまぎと [2013年02月02日(Sat)]

__tn_20130202174348.jpg月9のドラマで『ビブリア古書堂の事件手帖』を放送している。剛力彩芽が主演し、古書堂の店主・篠川栞子を魅力的に演じている。店員の大輔はEXILEのAKIRAが助演し、素朴で吸収力をもった青年の味を出す。古書にまつわるドラマを解き明かすこの番組で、ある面主演は本だと言える。

栞子は、キュートででしゃばらず眼前の本から、持ち主の経緯や状況、性格まで推理してのける。古書に関する卓越した知識、本の造りや流通システムの理解、内容に関する理解度、さらにはそれを読んだであろう持ち主の心の躍動までも考慮に入れた推理に観る者は感心する(そんな小説だから当たり前か?)。

何度でも書くが、実にキュートで聡明である。言うべきときには毅然として持論を述べる。だが仮説がズバリと当たっても得意になることはない。むしろ当たってしまったことにおどおどと当惑してしまう。その表情がなんともいえずキュートだ。本と持ち主への愛情がなせる自然な反応なのかもしれない。他の登場人物とともに主を温かく見守り、主を主導するのではなく、主に気付きを与えて自主的に解決への道を歩ませる。

月曜日は休み明け。憂鬱なこともある日ではあるが、月曜日が楽しみな日に変わっている。
冷えた夜ダイヤの輝き君にあげ [2013年02月01日(Fri)]

__tn_20130201073608.jpgあなたに素敵なダイヤをあげる。夜の闇を背景にしてまばゆいばかりに輝くダイヤモンドをあげる。なんたる絢爛、とことん豪華。きっとあなたは病みつきになるはずだ。地球の何億倍を何乗にしても届かない雄大なやつをあげる。だから独りじめはできないよ。

晴れた夜の今時分、見ごろは8時か9時の頃。寒いけれど外に出てごらん。空に大きな線引けば輝く星のきらめきを底にひいてる丸い天。まずはオリオン座のリゲルから時計回りにいってみよう。どれもこれも1等星ばかりだ。

オリオン右足のリゲル。白面の騎士のようだ。
大犬座はシリウス。恒星では全天一の明星、雄渾な煌めき。
子犬座プロキオン。白々と冷静だ。
双子座のポルックス、黄みがかかった明るい方だ。隣にいる兄弟星カストルと仲よく座る。
御者座のカペラ。御者のひく馬車の姿が五角形。
牡牛座のアークトウルスは赤色の星。牛の血で赤いのか。
これらを結んで六角形。縦長ダイヤの出来上がり。

アークトウルスのすぐ横に瞬かぬ惑星木星が控えてダイヤを守る。昴は小さな宝石で、ダイヤの壮麗さがいや増して。リゲルの対角、ペテルギウスは赤色巨星、変光星。ダイヤの真ん中流れてる、ミルクの河は天の川。冬はうっすら流れてる。冬のダイヤは星の真綿で包みましょう。

さっそく今夜にでも欲しいって? 残念でした。今夜は雨。またの日をお楽しみにね。

(写真は、昨日島根県立美術館の上空に現れたフェニックス)
(追記2013.2.13)アークトウルスは牛飼い座の主星だった。春の星で、乙女座のスピカと近い。牡牛座の主星は正しくはアルデバラン。