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紅白の歌を聴きつつ明日想う [2012年12月31日(Mon)]

__tn_20121231194226.jpg紅白歌合戦が始まった。ただいま7時17分。この文を書き終わる頃には7時25分くらいになるのだろう。淡々と着実に早まることもなく遅くなることもなく、時間は進む。今年も多くの人にお世話になった。関わりを持った。来年のことはわからないけれど、そのことを忘れてはならないと思う(残念ながら忘れてしまいがちだからこう書いている)。

≪成果のことを考えず、漫然と毎日同じことを繰り返しているサラリーマンは少なくないと思う。柳井(注:ファーストリテイリング会長)は、「放っておくと、経営者にも社員にも、『組織保存の法則』が働き、安定を求めはじめ、毎日同じことを繰り返すようになる」と言う。だが、世の中が動いているなかでは、「安定=衰退」となる。経営者にとって、安定経営はマンネリ経営でしかなく、その延長線上には倒産しかないというのが、柳井の考え方だ。(中略)社員に成果を考えさせ、危機感を持たせるためには、柳井は、「働け!」とは言わずに、「働くふりをするのをやめろ!」と言う。面白い経営者である。≫
  (『人を惹きつける新しいリーダーの条件』田原総一朗,2012年,PHP研究所)

こつこつと繰り返していくことは尊い。その繰り返しは上で言っている「毎日同じことを繰り返す」こととは違う。変化が見えて、微妙な違いを感じながら微細な調整を行いながら繰り返すルーティンは惰性ではない。進歩である。そうした地味な進歩は必要であるとともに、どこかで冒険的と見えるような飛躍が必要なときもある。ホップ、ステップ。そしてジャンボ。わたしの座右の銘は「悠々として急げ」。ラテン語の原語が「fetina lente」。名刺にも入れている。亡くなったアマチュアゴルファーの中部銀次郎さんが使っていた言葉をもらったものだ。

テレビを見ながら、家族とうだうだ話しながら書いていたらもう19時38分。早いものだ。今年もあと4時間。来年もどうぞよろしくお願いします。飛躍の年でありますように、落ち着いた穏やかな年でありますように。
選択のリスクをとるかお仕着せか [2012年12月30日(Sun)]

__tn_20121230221942.jpg今夜の日本レコード大賞では、去年に続きAKB48が選ばれた。受賞曲は『真夏のSounds good!』。かつてのように、国民的ヒット曲となって多くの人が口ずさむような存在の歌ではない。CDが売れて曲のダウンロードも多かった結果ではあるが、熱狂的なファンを除いてはそれほどの感慨はない今回の受賞であったに違いない。あまたある楽曲から各人が好みの音楽を選んで楽しむ。当然と言えば当然のことだ。選択肢が少なかった昔と多すぎて目が行き届かない今との違いである。

コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授に『選択の科学』という本がある。そこでは、選択のパラドックスが説かれる。

スーパーの棚でジャムを販売する。24種類のジャムが並ぶ棚と、6種類に絞ったジャムが並んだ棚が分けられている。24種類の棚は6割の買い物客を集め、6種類には残り4割が行った。選択肢が多い方に目がいくのは当然のことだ。ところが、実際にジャムを買ったのは24種類の方が6割のうちの3%、6種類の方は4割のうち30%。実購入率を換算すれば、24種類が1.8%(6割×3%)、6種類が12%(4割×30%)となる。圧倒的に6種類の棚が売れている。

選択肢が多いということは自由度が高いことを意味する。私たちは自由を求める。しかしこの実験から言えるのは「選択肢が多いのは辛いこと」ということだ。自由も度を過ぎると負担になると言えはしないだろうか。ということは、私たちは、だれかの手によってあらかじめ選んでもらった方が楽に感じるということになる。

毎日は選択の連続である。やるかやらないか、今動くか様子を見るか、私たちはいつも悩んでいる。「選択の科学」では、選択肢が少ないが楽に暮らせる動物園の動物たちは短命だという例を引いて、与えられたものを鵜呑みにするのではなく、自分で判断し選択のリスクを自分が取ることが重要だということも説かれている。自由さと選択のリスク。偏りすぎてはいけない。何ごとも適度であることが重要だ。
ゴジラ去る紳士たるもの素晴らしき [2012年12月29日(Sat)]

__tn_20121229225718.jpg昨日、松井秀喜が現役引退を発表した。ヤンキースからエンジェルスへ、さらにアスレチックスとレイズへと移ったが、思うように活躍することができなくなっての引退表明である。はにかみの表情もあるが、原稿に頼らず堂々と、誠実に、思いを込めて語った。

「10年前にメジャーリーグに挑戦するときに、命がけでプレーする気持ちで、この10年間やってきましたが、結果がでなくなったことで、その命がけのプレーが、ここで一つの終わりを迎えたんじゃないかと思ってます」

自分の生い立ちから、巨人への入団、メジャーリーグでのプレーと各チームへの感謝、20年間を通じてファンの声援へのお礼と続けられた。特にヤンキースとの運命的な出会いをこう紹介している。

「(1999年に観戦した)ヤンキースのゲームが僕にとっては大きな運命だった気がします。やはりヤンキースタジアムでヤンキースの選手の放ってる空気といいますか、そしてヤンキースタジアムの雰囲気、本当にこれは一言で表せないくらいの衝撃を受け、その3年後に自分がフリーエージェントになるのはわかってたんですけど、そこで3年後にこのチームにほしいといわれるくらいの選手になりたい、その気持ちでジャイアンツの四番バッターとしてやっていくんだという気持ちでやってきました。」

ヤンキースの公式ホームページでゼネラルマネージャーはこう絶賛している。「松井秀喜はさまざまな点で、ヤンキースという組織が寄って立つ価値を体現している」と。「パワフルなスイングからゴジラと名付けられた松井は日本で332本を、メジャーリーグで175本ものホームランを打った。うち140本はヤンキースのユニフォームを着て打った」と。引退した者へのサービスもあるだろうが、ここぞというときに打点を重ねた松井、謙虚にチームメイトと協力してきた松井への賞賛の声である。

ジャイアンツの長嶋監督からマンツーマンで指導を受けたことが大きな礎になっているという。20年間で一番の思い出は何か、と記者から聞かれても、
「いっぱいありますね。(しばし考え)やはり、長嶋監督と毎日、2人で素振りした時間ですかね。一番印象に残っています」と答えた。

今自分にかけたい言葉は?という質問には、「よくやった、という気持ちはありません。頑張ったね、というのもない。そんなに苦労した思いもないですし、もう少しいい選手になれたかもね、ですかね」

すばらしい選手であった。今度は別のステージで感動を与えてくれる人であるに違いない。十大ニュースは発表されてしまったが、特大のニュースが番外としてマスコミを飾った。
冬本番日の出日の入りクロスして [2012年12月28日(Fri)]

__tn_20121228183950.jpg先週21日は冬至。実は最も日の入り時間が遅いのは12月の上旬だ。国立天文台のホームページで暦計算を見てみた。冬至の21日に松江の日の入り時間は16時59分だが、最も早いのが11月29日から12月11日の16時55分だ。真ん中をとって12月5日が最も日の入り時間が早いことになる。

日の出はというと、冬至の日に7時13分。ところが、日の出が最も遅いのが12月31日から新春1月14日の7時17分で、真ん中をとれば1月7日が最も遅いことになる。

したがって、冬至の頃には夕暮れが遅くなったような印象を受けるのに対し、それ以降も朝の闇は深く起きるのが年を明けても当分は続くことになるわけだ。違いはたった4分だと言うなかれ。大きい4分だ。

冬本番はまだまだこれから。寒さはいっそう厳しくなる。布団から出るのがつらい季節のことを、私は「冬眠暁を覚えず」と言っている。

年忘れのこの歳末、一年を振り返る大切な時期でもある。辰年から巳年へ、今年もあと3日。寒さに負けずに、この3日を大切に過ごしていきたい。
カナリアよ鳴けよ哭けよと北の風 [2012年12月27日(Thu)]

__tn_20121227175241.jpg映画『北のカナリアたち』では、ハンカチが必要だと言われていたが、涙は出なかった。重い映画だった。利尻富士は気高く、雪原の光景は美しく、ひとの心も美しい。しかし、各人が抱えてきたものは重く、これから抱え続けなければならない重みもズシッと響く。

かつての生徒たちは先生の手を借りながら、過去を紐解く。いびつに歪んでいた過去を紡ぐ。北海の小さな島にあって歌で鳴いたカナリアたちが、運命に泣かされた。二十年の時を隔て再び鳴く姿を見て泣かずにはいられない。が、私は泣けなかった。

はる先生は清廉で真っ白な聖職者というわけではなかった。他人を救うためだったとはいえ、背徳の呵責にさいなまれ、それが原因で島を追われた。遠く関東で図書館司書としての仕事を得たが、自身と教え子たちの重い過去を抱えつつも島には一度も帰れなかった。

そして定年退職。そこに訪れてきた二人の刑事。先生は、重い過去の封印を解き過去を紐解き雛鳥たちの再出発を寿ぐために旅立った。二十年の歳月は教え子たち6人をすっかり大人にしてはいたが、過去を封印し寂しく泣き濡れる可哀想な姿であった。

吉永小百合演ずる先生が凛として若鳥を見つめるときの目。温かく慈愛をもって老境に入った先生が、雛鳥たちの苦しい胸の内を紐解き、温める。6人の歌声が廃校になった分校に響いたとき、雛鳥は若鳥になった。巣を飛び立ち、各々の生を凛々しく生きはじめたのである。利尻富士の雪景色と合わせ、胸が熱くなった。
要かな腰は体の真ん中に [2012年12月26日(Wed)]

__tn_20121226181412.jpg腰を痛めた。時おり鈍痛がある。腰を酷使したというわけではなく、立ち上がる際にひねっただけなのだが痛い。くしゃみをすると痛い。立ち止まったところから強くステップを踏むと痛い。腕立て伏せをしても痛いし、鞄が重いと痛い。

先週半ばに痛めたのが第一段。そして昨日が二回目。姿勢が悪いのか、疲れがたまっているのかはわからない。が、体の調子が万全ではないことは確かだ。

腰の漢字の「月」は身体という意。「要」と合わせれば、身体の要となる。腰砕け、腰のある、腰を入れる、腰が強い、腰が重い、腰が折れる、腰が据わる、腰が抜ける、腰を浮かす、腰パン(これは違うな)、腰を折る、腰掛けといった言葉があるとおり、腰には重要な役割があり、比喩としても大切な存在である。

ふだんは意識しないが、こんなときに腰の重要性を思い知る。腰が痛ければ踏ん張ることは難しく、軽やかに腰から進むステップで歩くことはできない。癒えよ腰。治まれ痛み。年末年始を健やかに過ごすために。
水星に氷冷たくあるという [2012年12月25日(Tue)]

__tn_20121225192134.jpg水星に氷が発見されたとか。水星には、太陽のすぐ近くを回る灼熱の惑星というイメージがあるが、信じられない気分だ。NASAの無人探査機メッセンジャーが見つけたらしい。

地球を1mの球と仮定すれば、月は近いようだが意外に遠く、バスケットボールほどの球が38mも離れた場所を回っている。水星はそのバスケットボールより少しだけ大きいが、太陽(直径109mの燃えたぎる光球)から6kmのところを公転している。太陽は大きいし表面温度は6000度もあるが、6kmは遠い。思ったほどの灼熱ではないのかもしれない。水星にほとんど空気はないから保温性も低い。

記事によれば、水星の表面温度はところによっては400度以上だが、水星の北極や南極のクレーターの中には太陽光が当たらない場所があって、マイナス173度以下になるという。

かつて水星にぶつかってきた彗星や小惑星がこの水をもたらしてきたらしい。太陽系が誕生した50憶年も昔にどんなドラマがあったことだろう。想像だにできないが、想像するのは面白い。
名言を広む教師にたれがなる [2012年12月24日(Mon)]

__tn_20121224134432.jpgウィリアム・アーサー・ワードに名言あり。

  可もなく不可もない凡庸な教師はしゃべる。
     The mediocre teacher tells.
  まあいい教師は説明する。
     The good teacher explains.
  優れた教師は実際にやってみせる。
     The superior teacher demonstrates.
  最高の教師は生徒を鼓舞しやる気にさせる
     The great teacher inspires.

我以外みな我が師とは、学び続ける謙虚な人が使う言葉であるが、いい触発者に恵まれる人生は幸せだ。

(年賀状にひとことを書き添えながら)
一瞬の刻々日々が境目に [2012年12月23日(Sun)]

__tn_20121223221704.jpg一瞬一瞬 一刻一刻 一日一日
切れ目なき 時間の経過のなかで
なにかをする なにかをしない 絶え間なく選択がくり返される
地球上の誰もが いや宇宙のすべての高等生物が 経験する時間の流れ
時間があることが 当たり前になっているがゆえに
それはダイナミックに変化していることに ふだんは気がつかない
節目となる一瞬は 今のこの時しかない
その重要さに気がついた時に ひとは輝き なにかを変える
最大の節目が 年越しから年明けへの境目
去り行く今年に想いを馳せ 来るべく明年に期待と決意をこめる
年末は慌ただしい
だからこそ 今を謙虚にふり返る絶好の機会だ
よい年を迎えるために こころしてこの一週間を過ごそう
あと十日年末回顧で四字熟語 [2012年12月22日(Sat)]

__tn_20121222143735.jpg住友生命保険が発表した『創作四字熟語』が面白い。それを使わせてもらって、一年をふり返る。

まずは政治。【税途多難】(前途多難のもじり)。3党合意で消費税導入が決まるが政局は大混乱。野田さんの「近いうち解散」【確欠近々】(斯々然々)は守られず混乱に拍車。【船船境航】(戦々恐々)、【島々発止】(丁々発止)に適切な対応ができず、島の問題でも墓穴を掘った。民主党は離党者が続出し、国民の生活云々という長名の小沢党ができた。結局日本未来の党と合併するも、支離滅裂に議席争奪に残ろうと形相を変えた面々多数。これを【党奔政争】(東奔西走)という。私は「営利党略」と名づけたい。

選挙結果は【晋帰一転】(心機一転)で安倍総裁が大勝ちして政権奪還を決める。石原都知事が辞職して橋下大阪市長と合流して日本維新の会。選挙人は【興味慎慎】(興味津津)で見つめたが、投票率は史上最低で【維新揚揚】(意気揚揚)とはいかず、維新の会はキャスティングボートを握れない。

最高裁は一票の格差が大きすぎて違憲状態との判決を下したが、未だに【過大票価】(過大評価)は続き参院選も同様。この選挙の無効を求め一斉に提訴がされた。来年の参議選ではダブル選になるかもしれない。なんたる税金の無駄遣い。

山中教授のノーベル医学生理学賞受賞【伸弥万称】(森羅万象)はうれしい話題だ。iPS細胞の開発で再生医療実現への道を開いたのは【待望医療】(細胞医療)。

ロンドン五輪は獲得メダル数過去最多、しかも女性陣が頑張って【史上彩多】(史上最多)。その後レスリングの吉田は【史嬢最強】(史上最強)、世界で13連覇を果たす。五輪で競泳チームが「康介さんを手ぶらで帰せない」と【共存競泳】(共存共栄)したのは印象深い。体操男子個人総合で内村が金メダルを獲り【航平夢至】(公平無私)、フェンシングの太田が残り1秒から逆転勝利して狂喜したのは【騎士回生】(起死回生)として記憶に残る。一方で【判定懐疑】(判定会議)で物議を醸した柔道審判の問題であるが、さっそく来年からジャッジは変更される模様。

その他のスポーツでは【春夏秋桐】(春夏秋冬)。大阪桐蔭高校が甲子園の春夏に続き、秋季国体で三冠達成。藤浪投手は阪神に入団。ライバル巨人はペナントレース、日本シリーズとも逆境をはねのけて見事な【巨軍奮闘】(孤軍奮闘)だった。米国のジャイアンツも優勝した。大相撲では日馬富士関が精進の甲斐あり横綱になったが頂点は甘くない。初場所に【切磋日馬】(切磋琢磨)で雪辱を期す。

経済では、格安航空会社(LCC)が国内線に参入し【安価航路】(暗夜行路)だが欠航などのリスクも大。リスクといえばAIJ年金消失事件。納めた保険料が【運散霧消】(雲散霧消)し多くの厚生年金基金に損失を与えた。家計に打撃は【電値上昇】(天地創造)。化石燃料輸入代金のアップで軒並み電力会社は料金値上げ申請した。新エネルギー開発はなるのか。アメリカ並みのシェールガスが出るといいのだが、【油岩採滴】(油断大敵)は秋田。アップル社はiPhone5など好調だ。【林檎秀産】(離合集散)の勢いでアンドロイド系との訴訟合戦は当分続く。便利なウェブだが、ウイルス感染パソコンを使って男性4人を誤認逮捕させた【遠隔操詐】(遠隔操作)事件。ウイルスに注意。

私がまだ観ぬものは東京スカイツリー。【威風堂塔】(威風堂々)と楽しもう。東京駅の復元【復駅呈舎】(各駅停車)でライトアップした明治の美を楽しみたい。食べ物はといえば【無理鰻代】(無理難題)し稚魚が不漁で養殖うなぎが高騰。生食用レバーもそう。【肝臓断念】(ネバーギブアップ=レバーギブアップ)とは考えたものだ。美味しい塩麹ブーム【麹利用食】(公序良俗)があった。生麺に近い食感のラーメン【袋麺繁売】(対面販売)も美味しい。

5月に島根では金環食にはならなかったが【衆金環視】(衆人環視) 、【金環仰上】(金科玉条)、さらに金星の太陽面通過は6月に。【独唱三昧】(読書三昧)してても楽しいの? 一人カラオケが若い世代で流行っているとか。スギちゃんの「ワイルドだろぉ?」は言葉尻が上がって自信なさげだが【野生自慢】(痩せ我慢)で流行語大賞。スペインでフレスコ画を修復したのが下手すぎて有名に。【美画悲惨】(自画自賛)でキリスト可哀想。【三枝襲名】(山紫水明)桂三枝が六代目桂文枝を襲名。吉本から島根に派遣されている弟子・桂三段の落語も面白いよ。私もひとつ考えた。中村勘三郎亡くなる。勘九郎時代から親しんできたのに残念で「勘三辛九」(艱難辛苦)。

かつては新聞やテレビが年末時期に発表する十大ニュース的な記事や番組によって、その年をふり返ったものだが、サラリーマン川柳(第一生命)、新語流行語大賞(自由国民社)、今年の漢字(日本漢字能力検定協会)、そして創作四字熟語にその地位を奪われたようだ。今年もあと10日。
華麗なる駆引きなれば秘密知る [2012年12月21日(Fri)]

__tn_20121221210644.jpg若いフェイ・ダナウェイ(警察と協力する保険調査員のビッキー役)が魅力満載で迫ってくる映画だ。場面ごとに変わっていくファッションもさることながら、特にチェスの対戦場面がすばらしい。主演を張ったスティーブ・マックイーン(大富豪トーマス・クラウン役) を相手に、沈黙したまま静かに激突する駆け引きを繰り広げる。

照明を最小限に抑えた豪邸にあって、暖炉の明かりと暖かみが伝わってくる静かな環境。そこに白熱するのはチェスの対戦だけではない。駒を置く動作、指し手を考え迷い爪をたたく動作、ダナウェイが指を舐める動作。勝負の駆け引きの先に、肉欲の虜にしてベッドへ誘う駆け引きがあり、ひいては男が銀行強盗の黒幕であることを暴こうとする駆け引きがある。すべての勝負に勝つために、ダナウェイは持てる力を結集する。

官能的な場面であった。腕、肩、背中が露わになったセクシーなドレスを着て、獲物を狙う目で男を捕らえ、これ見よがしに腕を撫で上げて胸の膨らみをチラと見せる。男はあくまで動かず平静を保ったようにみせていたが、実は平静ではなかった。男が勝負に負けるやいなや(早く終えたかった)、男は立ち上がり、女の顎に手をかけ濃厚な長いキスを交わす。チェスが前戯となってあとは想像するまでもなく・・・という展開に観客は心臓を鳴らしたであろう。

その後に始まる丁々発止の駆け引き、策謀に観客はここでも心を奪われてしまう。男と女は華麗なる情婦と情夫の甘い関係にあると同時に、捜査員と被疑者としても緊張関係にあった。

華麗なる賭け』はマックイーン主演の映画ではあるが、ダナウェイが中心にいる。「賭け」という邦画役は適切でない。「駆け引き」が正しい。原題は『The Thomas Crown Affair』。トーマス・クラウンの事件とはあっさりしすぎだが、邦題はダナウェイのあまりの美しさ、大胆不敵さ、明晰な都会的華麗さにぞっこんとなった人がつけた題であろう。

強かった女も自ら仕掛けた駆け引きに結局敗れた。なぜなら、女は男に心から恋してしまったからだ。男の次なる銀行強盗を止めさすことができなかった。そして南米への逃亡を許してしまったばかりか、自分も追いかけて行きたいと思っていたからだ。ともあれ、駆け引きに女のエロティシズムと男のダンディズムが合わさって、見ごたえのある映画である。
古代から生きた魚よ子孫たち [2012年12月20日(Thu)]

__tn_20121220193005.jpg来年は2013年(平成25年)。十二支は巳年、蛇の年である。宍道湖自然館ゴビウスでは恒例により元旦から開館し、企画展『干支水族館』が始まる。題して「ヘビと名のつく生きものたち」。

それに先立つ12月22日(土)からは特別展『タイムスリップ!?〜古い魚から新しい魚を見てみよう〜』が始まる。古い地球の頃から進化を止めた古代魚が数々登場する。凍てつくこの冬に、化石にならなかった魚たちを眺めながら地球の歴史に想いをはせるのもよいだろう。

魚の祖先が出現した「古生代」は、フズリナ、サンヨウチュウの時代。今展の代表選手はオウムガイ。巻き貝のように見えるがタコの仲間。4億5千万年も前から生きている。ギョロりとした目を楽しむのがいいだろう。ただし彼らは夜行性。動く姿は見られないかもしれない。

生物の宝庫、中生代。アンモナイトと恐竜がこの世の春を謳歌した時代。代表選手はポリプテルス。どこか恐竜を彷彿とさせてくれる顔つきの魚である。

新生代はナウマン象の時代。変わった形のタウナギが面白い。ウナギと名はついているが、仲間ではない。ヒレが退化して、胸ビレ、腹ビレがない奇矯な形をしている。小さな目は愛くるしいか不気味かは、見る人次第だ。

古生代に栄え数千万年前に絶滅したと言われていたシーラカンスも実物大の模型で登場する。動かないが十分迫力があって楽しめる。冬休みは水に囲まれ、大切な人と水入らずのひとときをゴビウスでお過ごしください。

(写真の花も、ひょっとして古代の昔から咲いていたのかも・・・)
忘年の希望の会は望年会 [2012年12月19日(Wed)]

__tn_20121219181945.jpg忘年会の季節である。アサヒグループホールディングスがサラリーマンに行ったアンケート「今どき忘年会事情」によると、7割近い人が2つ以上の忘年会に参加するという。2回が35%、3回が22%となっており、5回以上という猛者も6%もいる。最小の1回は31%だが、そもそも世の中には0回の人もいるに違いない。

二次会の出席には顕著な傾向がある。ここ5,6年のトレンドによれば、「必ず参加する」「多分参加する」が減少し、「絶対参加しない」「多分参加しない」が増加傾向にある。2011年調査では「必ず参加」が7%ほどに減り、「絶対不参加」が13%と多数派を形成しそうな勢いだ。

かつては二次会へ行くのは当たり前のことだった。カラオケ、スナック、両者の混合で梯子を重ねた人びとで、このシーズン中は繁華街が溢れるようだった。わたしもその1人たったが、今や二次会は行かない。せいぜい年に1、2回というところだろうか。

その代わりに一次会の場所で長らく粘る。たっぷり話をすることで、以前より満足度が高いような気がする。今は昼にやるランチ忘年会も花盛りだ。いい料理が安く食べられて、しかも混んでないという。

明日も忘年会。希望の来年に想いを馳せる「望年会 」としたいものである。
白を黒クロをシロへと化ける妙 [2012年12月18日(Tue)]

__tn_20121218224404.jpg映画『カラスの親指』にはどんでん返しがあった。そして家族の物語があった。疑似家族が一時的につくられ、それぞれが自立する過程でバラバラになったが、実は本当の家族だったという結末が語られた(実は結末ではなく、ここでもどんでん返しがあった)。「親指」とはそんな意味のメタファーであり、「カラス」とはプロの詐欺師のこと。「鷺を烏と言いくるめる」という慣用句から来ているという。白鷺は白、烏は黒。だからカラスは詐欺師なのだ。

石原さとみが、ハチャメチャな甘ったれで無教養で知性がないお姉ちゃん役をやった。でも妹思いで決めるときには頼りになるほのぼのとした素敵な役だった。疑似家族でともに暮らしながら詐欺の片棒を担ぐうちに、いきいきと変身していくようすが頼もしかった。妹のまひろも貫太郎も共に成長した姿を見せてくれて微笑ましい。

オヤジのテツ役だった村上ジョージの素人演技が実にいい。ボー読みが如実で、それがかえって新米詐欺師の初々しさを伝えてくれた。でも実はどんでん返しで、下手な演技も実は演技だったのではないかと思わせる演出の妙があった。悲しい過去を背負って詐欺師になったベテラン・タケ役の阿部寛もいい(『テルマエロマエ』など近頃喜劇づいている)。

何度もどんでん返しがあって驚くことがしばしばだったが、この詐欺師の物語、実は詐欺にあったのは観客そのものだったのではないかと思える。もちろん被害はなく利益ばかりだ。それだけ楽しい、笑った。ほろりときて涙を誘われる。映画っていいなあ、と思って映画館を出たのは2週間ほど前だった。
首を取り闘い済んでいざ次に [2012年12月17日(Mon)]

__tn_20121217194531.jpg圧倒、圧勝、独占、回帰、雪辱、大勝、奪還、復権、独走、貫禄、オセロゲーム、漁夫の利。。。。。総選挙後に報道を埋めている言葉を羅列してみた。

選挙結果を伝える報道で民主党の顔ぶれを眺めていると、「討ち死に」という言葉が頭に浮かんでくる。前議員たちが軒並み落選している。現職閣僚たちも例外ではない。小選挙区との重複立候補をしていても、復活当選して救われた者も少数だ。生首こそ挙げられてはいないが、軒並み討ち死にした人びとを見ることは痛ましい。

一方で投票率は戦後最低で60%を切った。敵失や民主党自滅という面もあるとおり、安倍新総理は自陣が緩まないように手綱を引き締める。が、勝利した将軍の陣営は意気上がるのが当然だ。

私たちは幸せな日本に暮らしている。400年前までは同じ日本の者どうしが血で血を洗う戦闘を繰り返してきた。70年前には外国と勝てない戦争を闘い、幾百万の同胞を殺した。今は首をあげない、命を取らない。別の道を生きることもできる。臥薪嘗胆、復活に賭けることもできる。命あってのこと。私たちは幸せだ。
野薔薇咲き童は見たりと永遠に [2012年12月16日(Sun)]

__tn_DSC_1328.jpg『野ばら』はゲーテの詩をもとにした歌曲で、ウェルナーとシューベルトの曲が有名である。ウェルナーはゆったりとしたバラード調の長調、シューベルトは軽快な長調だ。二十歳代前半のゲーテが数歳下の少女と恋に落ちた。おさげ髪の少女はフリーデリーケ。交際は1年続いたが、ゲーテは突然彼女の前から姿を消した。そのあとでゲーテが作ったのが「野ばら」の詩だという。ゲーテが恋人を深く傷つけてしまった自責の念がこめられている。

  童は見たり 野中のばら
  清らに咲ける その色愛(め)でつ
  飽かず ながむ
  紅におう 野中のばら

  手折(たお)りて行かん 野中のばら
  手折らば手折れ 思い出ぐさに
  君を刺さん
  紅におう 野中のばら

  童は折りぬ 野中のばら
  手折りてあわれ 清らの色香
  永久(とわ)にあせぬ
  紅におう 野中のばら

日本語訳は近藤朔風。明治の訳詞家で「ローレライ」「シューベルトの子守歌」もこの人の手になる。ところで、二十代前半のゲーテがモデルであるのに、なぜ「童」なのか。不思議に思う。童とは少年。青年期に入る十代中盤以降のひとを童とは言いにくい。童は「わらわ」とも読むが、近藤が貴族の雅な言い方で文豪ゲーテの一人称を表現したとは考えにくい。ゲーテのふるまいが子供じみていて、恋人の気持ちを斟酌できずに無残に傷つけてしまったことを、わらべと表現したのかもしれない。

 野に咲く薔薇よ。君は美しい。
 ずっと見ていたいから君を連れていってもいいかい?
 君は嫌がるだろうねえ。でも連れていきたいんだ。
 君よ。永遠に美しくあれ、いつまでも。
 清らかな色と香り。
 君はあるがままで美しくあれ。
 二人はいつまでも紅の熱い血潮だよ。

(写真は白薔薇のような山茶花の花)
忌み言葉つかう言葉に意を添えて [2012年12月15日(Sat)]

__tn_DSC_1327.jpg使うのがはばかられる言葉を私たちは言い換える。慎み深いとも言えるし、言葉に引き寄せられて不吉なことが起こるのを怖れるという言霊信仰ともいえる。忌み言葉は日本語だけにあるものではないが、私たちの周りにはたくさんある。

【便所】→はばかり、雪隠、厠、手水(ちょうず)=これらはもはや死後。今は手洗い、化粧室、トイレ、用足しに行く。
【するめ】→あたりめ。賭け事でお金をすることを連想させないように言い換え。
【終わり】【閉会】→お開きにする。おめでたい席、楽しい席を縁起悪くしないように言い換え。
【葦】→よし。悪し(あし)に通じないように言い換え。
【梨】→ありの実。無しを連想しないよう言い換え。
【死】→なおる、亡くなる、身まかる、永眠、逝去。
【切り身】→刺身。腹を切る(切腹)を連想させないよう言い換え。
【障害】→障がい。障害者は「害する」者ではないことを強調。
【月経】→月のもの、アンネ
【強姦】→いたずら、乱暴、暴行。マスコミに顕著だが 、強姦と言い切らないと罪一等減じたように思ってしまう。
【醤油】→むらさき。醤油の「し」が「死」に通じないように。
【塩】→浪の花。塩の「し」が「死」に通じないように。
【フグ】→ふく。「不具廃疾」(差別用語として今や死後)に通じることから。下関で使う。
【豆腐】→豆富。腐るという言葉を嫌って。
【プレステ】→プレイステーション、PS。「捨て」に通じるから。

天皇もかつては実名で呼ぶことがはばかられ(今もそうだ)、死後の諡(おくりな)で呼ばれた。中国の伝統を援用している。性的に中立でない○○マンなどの語、上にもあげたような差別用語、結婚式や受験生への配慮としての忌み言葉もある。言葉を使うことで私たちは意志のすり合わせをする。便利なことだが、難しいこともたくさんある。

明日は衆議院選挙の投票日。各党は言葉を尽くしただろうか。明日の今ごろは結果を伝える言葉が世に満ちる。
なぜならば疑問わきだしなぜ力 [2012年12月14日(Fri)]

__tn_DSC_1321.jpg≪学べば学ぶほど、分からないことは増えていく。しかし、分からないことをたくさん抱えていることは、人生の豊かさの一つの表れだろう(中略)「喜び」の意味するところは、いろんな人や、さまざまな世界を知って、人間はこんなに素敵なんだ、世界はこんなに奥行きがあって広いんだ、と 知ることである――と▼「なぜ」との疑問は、前へ進み続ける限り、いつか答えを導く縁になってくれる。≫
(10月12日付け聖教新聞「名字の言」)

明日も新しくステキな世界を知ることができますように。別の角度からものを眺めて問いかけができますように。奥行きのある縁に出会って豊かな気持ちになれますように。
停電に死活の冬よ考えて [2012年12月13日(Thu)]

__tn_DSC_1133.jpg昨日の朝、出勤の準備を始める頃に停電となった。

懐中電灯を点ける。LEDの明かりをともす。ロウソクに灯をともす。LEDでは頼りない。懐中電灯は一ヵ所を集中させて見るときには役に立つが、周りをほんのり照らすにはそぐわない。

ロウソクで照らして髭をそった。徐々に目は慣れるもので、ロウソクでなんとかなった。ロウソクの炎が柔らかく温かい感じをかもし出すのが気に入った。古のひとびとがロウソクや行灯で室内の明かりを点すとき、こんな穏やかな光のもとで過ごしていたのだなあと思う。心まで穏やかになってくる。

と、ロマンにひたれるのは少しだけ。この弱すぎる光では、本は読めない。新聞はもちろんのことだ。

第一、暖がとれない、動力源がとれない。ファンヒーターは動かず、電子レンジは使えず、冷蔵庫は止まる。ガスと水道は使えるけれども、停電が長引けばきっとどこで止まるだろう。先日の北海道での停電は二日に及んだ。二年前の松江方面の大雪では三日近くも停電した。場合によっては生死にかかわることになる。電力問題は反原発と否とにかかわらず、わたしたちが生き延びることに直結してくる。一筋縄ではいかないことだ。

幸い我が家の停電は二時間あまりで解消した。ふだんは当たり前と思って考えても見ない電力の大切さを思い知らされた。
ミサイルと漢字のつながり何ごとか [2012年12月12日(Wed)]

__tn_20121212193346.jpg今年の漢字は「金」に決まった。日本漢字能力検定協会が今日発表した。金環日食、ロンドン五輪での日本人活躍、東京スカイツリー(いわば現代の金字塔=ピラミッド)、山中伸弥教授のノーベル賞など、「多くの金字塔が打ち立てられた」ことが理由として挙げられている。

このイベントは阪神淡路大震災の年に始まった。歴代の漢字は次のとおり。

1995=震、1996=食、1997=倒、1998=毒、1999=末、2000=金(シドニー五輪の年)、2001=戦、2002=帰、2003=虎、2004=災、2005=愛、2006=命、2007=偽、2008=変、2009=新、2010=暑、2011=絆

今日北朝鮮が人工衛星ならぬミサイルを発射した。今年の漢字は「キム」とも読むのだろう。人騒がせな帝国総帥・金正恩=恐るべし。
幸せに魚を食べて日本人 [2012年12月11日(Tue)]

__tn_20121211222920.jpg「魚の国のしあわせ」というプロジェクトがある。おとぎの夢の国、そこに住む主人公がお魚というわけではない。魚離れがすすみ、魚介類の消費がぐんぐん落ちている日本にあって、水産庁が中心に進める魚食普及の計画である。

魚離れの原因は何か。骨があって食べにくい、水気が多いし保存が難しい、調理に手間がかかる、調理法を知らない、生ゴミがたくさん。。。。など考えられる。それに対応するために、「ファストフィッシュ」という言葉がよく使われるようになった。手軽においしく食べるために商品を開発し、食べ方も普及させながら、水産物の消費拡大を図ろうとするものだ。魚介類の国内流通消費量は10年で2割も減った。一人当たりの魚介類と肉類の摂取量は、もう何年も前から逆転している。全年齢層で魚介類主体から肉類主体へ移行し、魚食回帰への流れは見えない。

ところが日本の周辺海域は世界有数の漁場で、日本は魚介類の資源大国である。日本の海が含まれる太平洋西部北方面というのは、世界の漁獲量の2割を占めるように水産資源の宝庫である。地球全体で食料危機が叫ばれる時代にあって、豊富な魚を逃す手はない。

健康のことを考えると、肉類より水産物が優れているのは明らかだ。季節感を感じられるとか、ご飯とよく合うことも魚に長がある。魚離れを食い止め「さかなの国ニッポン」をために、魚の国のしあわせプロジェクトに期待したい。

魚を食べなくなったことには、私なりの考えがある。日本人が貴族化したのだ。別に、麿は○○でおじゃる、という言葉を使うようになったわけではない。大事なことを外部委託をするようになったのだ。食べるとは対象物の命をいただいて、代わりにこちらが生き延びるという厳粛な意味を持っている。残酷ではあるが、対象にとどめを差し、血抜きをし、肉をさばいて、調理することによってはじめて魚の調理は成立する。貴族はそれをしない。武力鎮圧など血を見る仕事は武士に任せて、自らは手を汚さずにいた。

すでに死んでいるとしても、魚をさばくことは命にとどめを差すことであり、気持ちのよくないことだ。肉類は肉片になったのちに消費者にお目見えするが、魚は必ずしもそうではない。だから貴族化した現代日本人にとっては、魚の調理は煩わしいものとなったのではないかと私は推測する。

先月紹介した『Re-Fish』の設立趣意には次のようにあった。

≪世の中がどう変わってゆこうとも、私たちが日本という島国に自立しようとするならば、
 魚のおかげをもって生きるほかはなく、日常生活の中で魚と日本人が遠ざかってしまうことは、
 すなわち国の力の衰退にもつながることと危惧しています≫

日本人が貴族化したということは、日本の力が衰退したことをひとつ証明しているような気がしてならない。魚食から日本の力を甦らせよう。
新聞に文句はあっても役に立つ [2012年12月10日(Mon)]

__tn_20121210180710.jpg新聞はきらいだ。
ごわごわした紙の手ざわりが気に入らない。めくろうとしても次のページがうまく出てこないことがある。余分にめくったり空振りしたりするとイライラしてくる。端の裁断の具合もあるのだろうが、どうも気にさわる。

新聞紙は大きすぎる。
横に寝転がって読むと目が届かない。手前から真ん中までは読めても、奥の方は遠すぎる。畳の上に正座して読んでもいいが、足がしびれてくる。図書館にある新聞書見台があれば一番だが、わが家にあるわけがない。

新聞はインクで印刷してある。
当たり前のことだが、黒色のインクが手に残る。そのままでもいいのだが、場合によっては手を洗いに立たねばならない。面倒だ。

新聞は一覧して紙面が眺められる。
ページをめくって目に飛び込んでくるニュースを、編集者が強調して読者に伝えたいんだなとよくわかる。ネットニュースや検索ではこうはいかない。編集者の意のままになってしまう恐れもあるが、アナログ的なつかみがものをいう。

新聞は意外と内省的だ。
前回の衆議院選挙で大政翼賛的に民主党を礼讚してしまったがゆえに大勝を導き、結果として政治の大空白を生んでしまったことへの反省もあるのだろう。今回は自制的だ。ただ反対に、世論調査は自民党の優越ぶりを伝える。やたらと右傾化した主張には警戒すべきである。

新聞は勤勉だ。
毎日配達される新聞も今日は月一回の休刊日。全国紙や地方紙が一斉に休む。販売店が複数の新聞を扱うことが原因だと思うが、カルテルを組んで一斉にやることだろうかと疑問に思う。それでも配達員の皆さん、毎日お疲れさまです。たまにはゆっくり休んでください。
列車より愛をこめてとボンドかな [2012年12月09日(Sun)]

__tn_20121209143430.jpg二人の出会いには作為があった。女は組織の作戦どおり策略で男を騙そうとした。男は納得ずくで謀略の裏をかこうとした。女は極めつけの妖艶さで男を手玉にとった。やがて作為は崩れ、女は駄々をこねる恋する人となった。男に魔の手が及び、恋する二人には亀裂が入ったものの、愛憎を越えて再び恋の炎が燃え上った。女は恋する色香で観客を魅了した。ロマンチックなブルースが二人のロマンスに熱い情感を与えた。二人は結ばれて幸せになりましたとさ、とお姫さま物語にならないところが、007ボンド物語『ロシアより愛をこめて』の面白いところだ。

薄い唇、けれども薄情な感じはない。切れ長の目、これも冷酷ではなく、謎めいて観る者を誘う。長身にして細身、だがグラマラス。ロマノヴァ役のダニエラ・ビアンキが歴代ボンドガールとして抜群の人気を誇る理由がよくわかる。髪をアップにまとめたときは気高く、髪を下ろして滑らかな金髪をなびかせるときはセクシーだ。

しかし、いやらしさはない。前半にボンドをもの欲しげに上目遣いで眺める女たちが何人も登場するのが効果を出して、ダニエラが白雪姫のように清楚に輝いてみえる。実にチャーミングな色気である。

映画の山場で、ボンドか秘密結社スペクターかと迷ったとき、ロマノヴァは決断した。女上司を撃ち、ボンドとの愛を貫いた。が、二人が結ばれることはない、別れが来ると割りきった上でボンドの胸に顔をうずめる。ベニスの水路を借景にして(昔の映画は画像埋め込み技術が稚拙だ)、主題歌とともに終わりとなる。しばしの夢に満たされた思いに浸りつつ、エンドとなる。

秘密兵器がものをいう。今回は催涙ガスが噴出するアタッシケースがボンドを救った。オリエント急行内でのアクションを筆頭にヘリコプターや警備艇との戦いも爽快だ。イスタンブールの世界遺産群や情緒など見処は多い。スペクター側のチェス名人がプーチン大統領に似ているのも見処である。比較として『007スカイフォール』を観てみようかという気分になってきた。
大捜査かたち残るは踊る大捜査線 [2012年12月08日(Sat)]

__tn_20121208173419.jpg「大捜査線」とは名ばかりの貧弱な捜査線。線とは言えない、黒人のティッブスだけが動き回る捜査点でしかない。が、点と点をつないで彼は犯人にたどり着いた。さすが、フィラデルフィアの敏腕刑事だけはある。

舞台はアメリカ南部の貧相な警察署。留置場はあっても取調室すらない。新任の署長は神経質にガムをクチャクチャと絶えず噛み、いつも機嫌が悪い。殺人事件のノウハウはなく無能な署員ばかりだ。休暇中たまたま居合わせたティッブスは、南部の黒人蔑視社会にまともにさらされる。蔑視どころではない。黒人が憎くて堪らないという連中ばかりが住んでいる恐ろしい地域にあって、捜査に関わったのだ。

原題は『In the Heat of the Night』。ヒートとは映画にあったうだる暑さのほかに、捜査や追跡という意味があるようだ。白人たちが黒人刑事のバージルを殺そうと追い回した狂態も指しているのかもしれない。

署長の差別意識たるや、凄いのひとこと。今の我々には想像もできない。映画『夜の大捜査線』は「暗い捜査線」でもあった。「黒い人種」を憎みつつも、その能力の高さゆえに「闇に混迷した」捜査の助っ人として重用せざるを得なかった署長。黒人差別だらけの「暗黒世界」をこの映画は描いた。その代表格としてあの署長がいた。見事に演じてあの俳優は主演男優賞をとったということだ。それほど黒人への憎しみが、全身から発せられていた。

では、ティッブスのように能力が高ければ差別から逃れられるようになるのか。確かに能力ゆえに尊敬されるようになるかもしれない。身体能力が図抜けていれば高い収入を得ることもできる。

しかし、能力がなければ偏見の目で見られても仕方がないのか。そうではないはずだ。人が生まれながらにして持っている人間らしく生きる権利がないわけがないではないか。大分ましになったとはいっても、黒人差別はまだ厳然として存在する。その他あまたある差別についても、人権擁護の掛け声の陰に隠れて、ずるく陰湿に生き残る。別種の新しい差別が生まれてくる構図もある。

事件が終わり、ティッブスが去るときがきた。絶えず衝突していた彼と署長との関係。あからさまに嫌悪感を向け侮辱してきた署長。ここまで来て署長の感情は変化していた。だが、感謝の言葉が明快に述べられ、笑顔で抱き合ったわけではない。差別と憎しみの感情はこれからもずっと残るだろう。それでも徐々に解けていってほしい。
勘三郎ヒャラリヒャラレロ飛んでいく [2012年12月07日(Fri)]

__tn_20121207222218.jpg  ヒャラーリ ヒャラリコ ヒャリーコ ヒャラレロ

トンビが飛んでいる。トンビが鳴いている。悠然と高くたかく飛んで鳴いている。
風に乗って羽ばたきもせず飛ぶ。上昇気流をとらえてグライダーのように飛ぶ。
何羽もの仲間が群らがって飛んでいる。右へ左へ交差しながら群れている。
空が青い。青い空を楽しむかのように風に乗って彼らは遊んでいる。
飛ぶために必要な膨大なエネルギー。風に乗ることでエネルギーは最小限に飛んでいる。
狩りはしないのか。鷹の仲間は激しい狩りをする猛禽類だ。餌は決して逃さない。
今は楽しんでいる。生を楽しんで青空に浮かんでいる。

中村勘三郎が幼い子役のころ『笛吹童子』をやったことがあった。そのときの主題歌が、ヒャラーリ ヒャラリコだった。物語の内容もなにも覚えていないのだが、多分あのテレビ番組が初めて私が勘九郎を認識した番組だったと思う。その中村勘三郎が先日亡くなった。豪胆でありお茶目であり繊細な人情家であったとのこと。梨園だけではなく、テレビのバラエティや対談、大河ドラマ、司会でも活躍したかただった。伝統芸能の伝承と拡大のため、飛びに飛び、走りに走ったかただった。

 ヒャラーリ ヒャラリコ
 ヒャリーコ ヒャラレロ
 誰が吹くのか 不思議な笛だ

勘三郎はもう笛を吹かない。もう踊らない。もう不思議な隈取りをしない。もう喋らず、人を笑わせない.....合掌
幕閣に天変地異は魑魅魍魎 [2012年12月06日(Thu)]

__tn_20121206073746.jpg昨日のブログで書いた福和教授の講演で、災害年表を紹介された。なんとまあ、日本には震災被害が多いことか。江戸幕府が制度疲労して弱体化していたのは確かだが、天変地異が続くのは徳川将軍に徳がなくなった、天命は幕府を見捨てたと当時の人々は思いはじめたのだろう。だから幕府は倒れるべくして倒れたと想像できる。

1828■三条地震
1830■京都地震
1833■出羽・越後・佐渡地震
1837 大塩平八郎の乱
1841 天保の改革
1843■十勝沖地震
1846■弘化の大洪水
1847■善光寺地震
1853■小田原地震
   ペリー来航
1854■安政東海・南海地震/伊賀上野地震/豊予海峡地震
   日米和親条約
1855■安政江戸地震/陸前地震
1856■安政三陸沖地震/安政江戸暴風雨
1857■伊予安芸地震
1858■飛越地震/コレラ発生
   日米修好通商条約
1859 安政の大獄
1860 桜田門外の変
1861■宮城沖地震
1962 公武合体運動/生麦事件
1863 薩英戦争
1864 蛤御門の変/長州征伐
1867 大政奉還/王政復古
1868 江戸城開城/戊辰戦争/明治維新

これだけ災害が集中すれば、諸藩は対策に忙殺され財政難ともなる。長州征伐など本気で参加する藩は少なかっただろうし、幕府官僚だってそれなりに真面目な対応をしたことだろう。内外の圧力に自然災害が加わって、いかんともしがたく、グシュグジュ状態で維新へ巻き込まれたのが実状かもしれない。時代は人的要素だけで動くものではない。自然や宇宙のリズムにも密接なかかわりがある。
今やるか意識は防災まず率先 [2012年12月05日(Wed)]

__tn_20121205215914.jpg名古屋大学減災連携研究センター長の福和教授の講演『防災から「減災」への転換』を聞く機会を得た。氏は、東京に親族が住んでいればすぐに呼び戻したほうがよいと。ともかく東京への一極集中は個人にとっても国家にとっても問題があり過ぎると強調された。

首都直下地震となれば東日本大震災とは桁違いで、南海トラフ巨大地震、富士山噴火と大断層が影響しあえば、一気に国の破綻ともなりかねない。広域災害時には相対的に人口が少ない地域は救助の優先順位が落ちるから、自助態勢を強めなければならない。幸いに日本海側は巨大な被害は受けにくい。だから無傷であれば太平洋側へ助けに行くこともできる。徹底して各地が防災力を高めていってほしいと。

それにしても、重要な建物が河川や湖沼の埋立地、海辺に集中している日本。例えば火力発電所はほとんどが海辺にあるが、火電は原発に比べ十分の一しかない。東日本大震災では火電の電源はすべて失われた。例えば、横浜の山下公園周辺には市役所、県庁など中枢が集中するが、関東大震災の瓦礫で埋め立ててある。当然地盤が弱く揺れて液状化もしやすい。東京スカイツリーの場所も元は湖沼地であり、あれだけ重要な電波塔をそこに建てる愚かさ。霞ヶ関官庁街、大手町虎ノ門のビジネス街も江戸の昔は入り江で、揺れが大きく激震地となるから、いざというとき役に立たなくなる。

気象庁など重要な組織に行ってみると、乱雑な上に家具等の固定が一切されていなかった。口やかましく自分が怒り続けたらやっと最近変わった、と写真をパワポで見せながら、島根県庁の実態もこのあと見学させてもらうと。また、緊急地震速報が県庁舎内で自動放送されるか、各学校で自動放送されるようになっているか点検をしてほしい。どんなにシステムがあっても実際に使える状況になっていなければ意味がないとおっしゃった。

安政の南海大地震(1854年)で紀州・広村の人びとを救った「稲むらの火」全文を読んだことのある聴衆は、3名だけだった。戦前は教科書に載っていたのに今は危機感が伝承されていない。明治三陸地震では津波に巻き込まれ死ぬ人びとの姿を絵に残したが、東日本大震災では死者の写真、流される人の映像はすべて隠した。結果として残念な死を忌み嫌って隠してしまえば反省は生まれず、津波は悲惨であることを実感として各人が取りこめない。

明治三陸地震で宮城県の死者が3,452人でそれが東日本大震災では11,497人(行方不明含む)と三倍に増えた。一方岩手県では18,158人から6,090人と三分の一に減った。岩手が県を上げて本気で取り組んだ結果である。科学技術の問題ではなく、自分の力で自分と家族を守る心を育てた。津波てんでんこの教訓的伝承が生きたことの証明であるという。

愛知県はこの17年(阪神淡路大震災以降)、建物の新築を抑え、耐震と事務用家具の転倒防止対策を徹底したという。氏が各家庭で家具の固定をしている人は?と聞くと、たった3人だけだった。先延ばしではいけない。防災減災システムの構築といった大きなことも、家や事務所の家具止めといった細かなことも、防災・減災の意識の現れである。約束してほしい。今夜帰宅したらすぐに枕元の安全を確かめ、必要があれば枕の位置を変えよう。さらに週末には家族で点検しさっそく対策を立てよう。家具固定の道具を買うためにホームセンターに行って、県職員が率先垂範してほしいと。災害を他人事と考えず、人任せにせず、自分の命は自分で守り、さらに家族・地域を助ける発想をもってやってほしいと強調された。
風おそれ風を楽しみ将軍と [2012年12月04日(Tue)]

__tn_20121204183441.jpgああ風を恐れまい いや風を恐れよ
突風に人はなすすべもない
風を恐れよ だが用心あれば風は友だち
冬将軍は風と雨と雪を引き連れている。

空には雲がある 雲は常に灰色か
いやいや雲の切れ間から 淡い桃色柔らかな光
冬に震えて冬に凍えいる
どうか観測史上最高のなどと 超のつく大雪や風よ来ないで

日本の冬は楽しめる 冬将軍とともに
凄まじいゴーゴーと唸り声 ゴヤの絵画に出てくるモンスターのよう
ふわふわとつきたての餅のように 雪の盛り上がって
冬鳥が群れて列を作っている朗らかさ
つんととんがって怜悧な冬の空
山茶花咲いて華やかなルンルンと生垣

けれど寒い寒いサブイ 早くぬくぬく暖まりたい
湯船につかってァアパァと口がついて出る
蒲団にもぐって本を広げてあの解放感
冬には幸せかたくさんあるぞ
飛び込んで見えぬ朝なり霧プール [2012年12月03日(Mon)]

__tn_20121203123616.jpg宍道湖西岸晴れていて 冬の青空広がった
風はないけど冷え込んで 道の温度は2度だった
列車進むと太陽消えて 湖面はくっきりみえてても
対岸の山見えません
まだらまだらに霧が濃い 霧の進軍猛攻中
松江に着けば辺りは海のよう 霧のプールに飛び込んだ
霧の大群押し寄せて シジミかく舟やりにくそう
宍道湖大橋渡ったら 白い絨毯ミルクかな
橋の真ん中右手に渋滞 左手なにも湖面も見えず
橋のかなたにホテルの影が
前から人があらわれて 幻想の美女霞んでる
川と景色が一体に 白きは汚濁をかき消すよ
今日の天気は晴れマーク 半時のちの空澄んで
霧のかけらも見えません
霧のプールに流れた時間 夢か幻かはてさてと
霧が晴れたら師走の仕事 今日もやっぱり忙しかろう
綺麗な出雲富士を眺めて楽しもう
ああいやだ危険な車は誰のもの [2012年12月02日(Sun)]

__tn_20121202223621.jpg10月20日にこう書いた。
≪車を運転していると不審な車が目につくときがある。蛇行する。片側に極端に寄って走る。スピードが定まらない。原因は何であれ、いずれ悪い結果がおこる可能性が高いであろう。迷わず、車間距離を大きくとり離れる。≫

今日の朝方、国道9号線を走っていた。150mほど離れた対向車がセンターラインを越えた。ビクッとした。ブレーキを踏んでスピードを落とし、不測の事態に備えた。幸い、すぐに自車線に戻ってくれたので安心した。

それから数キロ。小さな交差点で対向車が右折しようとウインカーを出した。信号機はなく、右折車線などもちろんない。スルスルっと車はセンターラインを10センチほどこちら側にはみ出して、車が途絶えるのを待っていた。しかもハンドルを大きく右に切っている。後ろから追突されたらどうするのだろう。こちらの車線の車がぶつかってきたらどうするのだろう。その大胆な運転(無神経?)にドキドキしながら通り過ぎた。

まもなく遅い軽自動車のすぐ後に付いた。60キロ制限のところを40キロでトロトロ走る。対向車も多いので無理して追い越しはしない。やがて信号で止まり、左にウインカーを出した。ところが停止車線をオーバーし横断歩道の上で停車している。どんな運転手か興味があった。ルームミラーに映った顔を見ようとしたが、ミラーには腰のあたりのシートベルトが映っているだけだった。この運転者はミラーを使っていないのだ。さらに右側のドアミラーも明後日の方向を向いていた。危険な運転者には気をつけなければ、と思いつつ青信号に転じた道路を直進した。

そこで私は気がついた。私自身がウインカーを左に出していたのだった。前の車にシンクロして左に指示を出しながら、そのまま直進するという危険な運転をしていたのは、私自身であった。まずは自分から安全運転に努めよう。

(写真は乱舞するかのような皇帝ダリア)
穏やかに年輪刻み和蝋燭 [2012年12月01日(Sat)]

__tn_20121201223902.jpg 和ロウソクに火を点けた
 蝋燭と書くのが相応しい
 芯が太い
 炎が洋ローソクに比べると太くて揺らぎが少ない
 断面が年輪状になった和蝋燭
 手づくりの温かみを感じる
 紅 橙色 黄金色 菜の花色 白色 微細に色が交わり合って
 気分がゆったり落ち着いてくる
 停電があったら蝋燭を点けようか
 今どき火事が心配だ
 懐中電灯にしておこう
 けれど本来は蝋の燭
 すなわち蝋をつかった灯火なり
 かつては燭台か提灯に蝋燭で炎を灯した
 その他光源は菜種油の行灯かまたは松明程度だったろう
 それにひきかえ今の灯りの明るさよ
 科学の粋を尽くし化石燃料資源を蕩尽しながら
 日々暮らす私たち
 電気の明かりを消して
 ときには再生可能なエネルギーを考えるきっかけにするのがいいだろう