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朝起きてアリセプト飲む患者あり [2012年11月30日(Fri)]

__tn_20121130195527.jpgアルツハイマー型認知症の治療薬といえば、『アリセプト』が有名であり定番だ。1999年にエーザイが発売。一般名をドネベジルという。脳内の神経伝達を促進して認知機能や日常生活動作の低下を抑える薬効がある。残念ながら脳の活動が元のように回復することはない。

『認知症一期一会』というブログがある。アルツハイマー認知症を患った著者が書き綴っておられる。標題に続く書き出しは次のとおりだ。
  毎朝8時30分
  ケイタイのアラームが鳴ると、私はアリセプト5mgを飲み食卓を離れます。

ところが今年の6月17日をもって更新が止まったから、「ブログがあった」というべきかもしれない。

  ブログの発信ができなくなりましたので、
  本日を持って終わります。
  長い間、お世話になり
  ありがとうございました。
  (中略)
  私は二本の足で立っておれ、
  歩くこともできます。
  何か見つけて、チャレンジ出来たらと思います。
  75才、手さぐりの日々です。
  妻と共に深く感謝をこめて
  ブログを閉じさせていただきます。

この文は著者の次男さんが代理でアップしたもののようだ。残念である。この方の病状を回復させる夢の治療薬はでてこないものなのか。

昨年2011年に二つの認知症治療薬が発売された。一つはメマリー、第一三共発(一般名メマンチン)。二つ目はレミニール、ヤンセンファーマから販売されている(一般名ガランタミン)。いずれも神経伝達機能を調整して病気の悪化を防ぐ役割をはたす。

さらに、リバスチグミンという薬が承認申請中であるという。もうすでに300万人とも400万人とも言われる認知症の患者。この方だけでなく、わたしの家族にもわたし自身にもその可能性はある。可能性は高いといっていいだろう。早く夢よ、実現せよ。医学者の皆さん、頑張って!
非常識超えたる世界目に狂気 [2012年11月29日(Thu)]

__tn_20121129213507.jpg若者の静かな狂気に恐怖しながら、この暗い映画をじっと見た。怖い、スクリーンの全面から恐ろしさが漂ってきた。かといって、映画『タクシードライバー』は、ホラーやサイコサスペンスというわけではない。緊張感に満ちていると言ったらいいように思う。ごく若いロバート・デ・ニーロの演技は、その目や雰囲気から狂気を撒き散らしていた。

元海兵隊員のトラヴィスは不眠症。タクシードライバーとなって働き詰めとなって、ひたすら金を貯めた。彼はニューヨークの退廃ぶりに怒り嫌悪し、それを浄化したいとまで思っていた。一方で、大統領候補の選挙事務所に勤める美女に惹かれる。彼は彼女をデートに誘うことに成功するが、あまりの潔癖さと執拗さから彼女に恐れられ嫌われる。それをきっかけにして、彼の浄化作戦は始まった。

トラヴィスはわずか数分であれだけの人間を殺した。しかも大統領候補の暗殺に失敗した腹いせのようにして、少女売春宿のチンピラどもに襲いかかり、殺人鬼となって殺した。彼は逮捕されてのち、受けた傷が癒えると直ちに仕事に復帰していた。おそらく、家出少女を更正させるべく悪の巣窟に単身乗り込んだ若者は正義の味方、という物語によって陪審員は踊らされたのだと思う。彼はヒーローとして賞賛され世の注目を浴びた。

ところが彼は変わった。あれだけの狂気をたぎらせていたのに、目は静かに穏やかになっていた。狂気は消えた、まるで憑き物が落ちてしまったかのように。その大きな振幅にもわたしは恐怖する。活火山が突然マグマを噴出させてふもとの人々を襲うように、やがて彼もストレスが高じたときに、あの狂気を噴き出すときが再びくるのではないかと恐れるのである。

選挙事務所の美女は、彼のストーカー行為から逃げまくっていたにもかかわらず、彼がヒーローになってのちは彼を許すばかりか、憧れの目で彼を眺めているという展開が信じられなかった。そこまで有名人はモテるのか。わたしは嫌悪感を抱いたけれど、映画全体としてはトラヴィスの日記や手紙を独白する形で物語をリードさせていたので、実に安定感があった。しかし、人間の恐ろしさが身にしみた。
ビッグバンそののち破壊か創造か [2012年11月28日(Wed)]

__tn_20121128194329.jpg宇宙はビッグバンから始まった。存在するすべての物質とエネルギーが渾然となって一点に凝縮された状態が、一気に弾けて137億年前に始まったという。空間に広がった物質は塵となって漂い、やがて重力場ができる。引かれ合って塵の均衡が破れ、固まりが生じ、塵を集めて大きな大きな雲ができる。それが恒星の元となって核融合反応を起こし、光と莫大なエネルギーを発する。光る星になれなかった固まりも、自らの重力によって岩石の固まりとなる。大きな重力を持つ恒星にとらえられて、光らない星も惑星となり、岩盤となって宇宙の秩序ができた。重い星は早くに超新星爆発を起こし、宇宙の塵がかき混ぜられて新しい秩序ができる。新しい元素が生まれて、生命体も誕生する。その集合離散の延長線に今の私たちが存在している。

総選挙を前にミニ政党が乱立し連立する動きは、さながら宇宙の原初を見るかのようだ。政権党「民主党」、過去の政権党「自民党」と「公明党」に、第三局とやらが加わって混沌としている。

「大阪維新の会」が石原新党「太陽の党」と連合して「日本維新の会」となった。その際に脱原発の旗印を隠してまったために、既成勢力と対抗する第三局の中核になれず、小政党が乱立したまま割れている。そもそも、党綱領もない選挙互助・お仲間うちの集まりが政党と言えるかは疑わしい。党員すらいない集合体も多いことだろう。

「減税日本・反TPP・脱原発を実現する党」、「国民の生活が第一」、「みどりの風」、「社会民主党」、「国民新党」、「日本共産党」、「みんなの党」、「新党きずな」、「新党改革」、「新党大地」、「減税日本」、「新党日本」。。。

既成政党もあるが弱小である(またはこの選挙で確実に弱小になる)。今日のニューストップは、嘉田滋賀県知事を旗印とした「日本未来の党」の結成であり、脱原発を最大の目標とする。そこには、減税日本とみどりの風、国民生活第一まで糾合するという。争点は脱原発だけではない。太平洋経済連携協定(TPP)をどうするか、消費増税を路線どおりに進めるか、社会保障の行く末、震災復興等限りがない。何よりもどんな日本をつくる方向に軸足をさだめるかという大きな課題が残っている。

裏切られた三年間の反省を元に、私たちは今度こそ考えて投票すべき時にきている。集合離散が結果としてよき日本をつくるのか、それとも世界から笑いものにされるのか。小さな一票が塵として集まって星を作らなければならない時がきた。
ガラパゴス進化の海に呑み込まれ [2012年11月27日(Tue)]

__tn_20121127195722.jpg従来型のケータイを「ガラケー」ということを数日前に知った。「ガラパゴス・ケータイ」の略であろう。小さな空間に機能を目一杯詰め込んで、ユーザーの歓心を買う。こんな機能もあったらなあという要望に応え、特に若者はけっこう使いこなしている。だが多くの者にとっては無用の長物。電話、メール、ショートメール、カメラ、簡単なメモ機能。その程度があれば十分である。電話帳や住所録が流出しては事件になるから、暗証番号でセキュリティをかける。

おサイフケータイは危ないし、そもそもなくした場合は面倒だ。一覧性がないからスケジュール管理には不便で、可愛らしすぎるキャラクターや絵文字は使う必要もない。いろんな機能を使いこなしている人は多くはおらず、もて余す。アイコンや選択項目が多すぎて迷うし間違える。あげくのはては、必要な機能が見つからない、忘れるとかして、イライラさせられる。

まさに、ガラパゴス化して身動きのとれなくなった機能不全の巨大生物のようにも見える。嵩は小さくても詰め込んでいる機能は無限大のようにも思えるからだ。日本だけで進化したケータイは世界に通用しない。多くの人は必要な機能が必要な時に確実に使えることを望むからだと思う。

スマホの場合は、画面が広くてネットもそれなりに使えるから上の機能に付け加えてもよい。しかし、使えもしない機能が多すぎて困ってしまう。

昨夜、スマホのメジャー・アップデートをした。画面の構成がすっかり変わった。アプリケーションごとに再設定が必要だ。サクサク動くような気はするが、戸惑いが大きい。最大のショックは、ブログ用に撮りためた花の写真がほとんど消えてしまったこと。今夜は残された10枚ばかりのうちから掲載しておこう。また、たくさん撮らなくては。

(コメント)
ありゃりゃ・・・写真はSDカードに保存しないとね。
作成者 長男 : 2012/11/28 (水) 07:43

そのとおり! だが、形あるものは消える。生きているものは死す。諸行無常のものなれば・・・・なんて言っていないで、せっせと撮ることにするよ
作成者 消すをとこ : 2012/11/28 (水) 20:56
新米を食べて元気がモオリモリ [2012年11月26日(Mon)]

__tn_20121126181916.jpg新鮮な野菜、穀物はうまい。なかでも米は旨い。新米が出てから一か月あまり。新米はどこまでもうまい。

食欲が増す。茶碗一杯では足りない。「ご飯をおかずにメシを食う」と昔から言われるとおりだ。ほかほかに湯気が立ち上ぼり食欲をそそられる。色を見ると白い輝きが透明に光って堪らなく美しい。米粒は適度に広がって粒のひとつひとつが、くっきりと見通せる。陰影があって透明度をますます引き立たせる。

箸ですくう。ご飯が箸にくっついて容易に運べる。バラツキもせず、ごわごわもせず。ご飯の匂いが鼻に押し寄せる。口がパクンと受け取って歯の一撃をくらわすと、新米の味と香りが口を満たす。ムウムッと思わずうめき声が出てしまう。旨い。美味い。なんとも言えない美味しさだ。

噛む噛む、何度も噛む。甘くなる、甘くなる、ぐんぐん甘さが口や舌をからめとるようだ。ゴクンと喉を通らせて、ひとまず最初の満足だ。二口目にはちょっとだけ噛んで、喉ごしを楽しむもよし。おかずと共に咀嚼すれば、おかずが引き立つ、ご飯もますます美味い。冷めた飯でも新米は、やっぱり美味しや、嬉しいなあ。

食欲の秋。少しセーブしていなければ、体重増えて気になりもうす。腹は八分で我慢して、次のご飯を楽しもう。
電車には小の市民の後悔が [2012年11月25日(Sun)]

__tn_20121125115221.jpg土曜日の山陰本線は空いていた。いつも多目に客が乗ってくる駅に着く直前、わたしは窓側に席を詰めた。私と向かい合うボックス席には斜め向かいに若い女性が座っていた(窓側)。

駅に到着すると、いの一番にわたしの隣には男が座った。太ってはいなかったが、けっこう大柄。小型のiPADを操作する右肘が当たって鬱陶しい。席を詰めるのが早すぎたことに後悔した。向かい側に座るのを確かめてからでも遅くなかった、ならば誰も私の隣には座らなかったかもしれないと。

十日ほど前に夜7時台の列車に乗った。松江駅では時間調整のため長めに停車している。車両の前のほうのボックス席が空いていたので座ろうとしたら、異様な臭い。加齢臭である。ぼさぼさ髪の40歳くらいの男が座っていた。私はきびすを返して車両の後ろのほうに向かい、女性がひとり座っているボックス席に座って本を出して読み始めた。すると、向かいの女性はハンドバッグを持って立ちあがり、私が敬遠した前のほうの席に移っていった。私の行動に不審をいだいたからに違いない。痴漢行為と誤解されて訴えられないよう気をつけなければなるまいと思った。

ふたつの体験とも、善良なる小市民の小さな後悔である。
マッシュではマッシュマロ焼いて人を食う [2012年11月24日(Sat)]

__tn_20121124073437.jpg腕利きだが野放図でしかも女好きという軍医たちと乗せられて楽しむ看護婦たちの物語。映画『マッシュ』は、ベトナム戦争の前線からわずか5キロにあるマッシュという名の部隊でのハチャメチャな若者たちを描いている。

ひっきりなしに運びこまれてくる重傷者。各チームがてきぱきと手術をこなしながら常に死と隣り合わせた地獄。それらと対局にあるバカ騒ぎ。軍規などくそ食らえという若者のエネルギー。くそ真面目な者は排除されて除隊に追い込まれる放埒ぶり。男女のあからさまな愛の交歓など面白いシーンがたくさんある。

そのひとつだが、二人の外科医が日本の小倉に緊急手術のため呼び出しをうける。チンドン屋よりもレベルの低い「日本的な」音楽、中国と朝鮮を足して二で割ったような着物姿の芸者や調度品。 ベトナム人の街では何故かハングル文字が幅をきかせているなど違和感満載の風俗もあったが、米軍はベトナム戦争を東京や沖縄起点で戦っていたことがよくわかる。将兵たちが気安く外国で戦ってきたことの延長線上に、今の沖縄基地問題、若い兵卒の差別的な日本人への意識があるのかもれないと感じた。

観ていて楽しいとか、深い思想性を感じるとかいったことはなかったが、深刻にならずジョークで受け流しながら楽しくやろうよというメッセージが伝わってくる。

しかし、自殺は苦痛じゃあない、いつかくる死の先取りだという主題歌に冒頭からドキッとさせられたのであるが、どんなに気楽に構えているようでもベトナムでは兵士が自殺し、帰国後も心を患う元兵士が多かったことは、アメリカにとって大きな問題となっていたのだろうということがわかる。今でもイラク戦争で戦闘で死ぬのならまだしも、自殺によって兵士の命が奪われる問題が軍首脳を悩ましたのと同じである。

(追記)ベトナムだとばかり思っていたが、全くの勘違い。どうりでジャングルが出てこないはずだ。朝鮮戦争の従軍舞台だから、ハングル文字が出てくるわけだ。それとMASHとは、mobile army surgical hospitalの頭文字をとったもので、陸軍移動外科病院のことのようだ。
しんかいさん言葉の尽きぬ深海よ [2012年11月23日(Fri)]

__tn_DSC_1227.jpg恋愛とはなにか。ここに有名な辞書がある。

【恋愛】特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。
 (新明解国語辞典 第四版 P.1379)

おっと!リアルな二人の関係だ、常には一緒にいられない悲しさや悲恋を想像させる生々しい解釈である。三省堂の『新明解国語辞典』は「しんかいさん」と称し愛される辞書で、つとに有名だ。独断と偏見がいっぱいというか、思い入れが強くて説明がやたらと具体的なのが面白い。この辞書を読むと思わずニカッと楽しむことができる。編者は何人かいるが、一番の中心は山田さんという主幹である。三浦しをん著『舟を編む』に出てくる馬締光也の存在を思い浮かべればよろしい。類いまれな言語感覚をもちあわせた人であろう。

【夫妻】「[他人の]夫婦」に、やや敬意を含ませた表現。[接尾語的にも使う。例、「山田夫妻」]
【夫人】[昔、中国で天子のきさき、わが国できさきの次の位の女官の意]「奥様」の意の漢語的表現。[接尾語的にも使う。例、「山田夫人」]「夫人同伴」

山田さんとは、こうして辞書本文に自分を登場させてしまう人だ。お茶目なのか、それとも自意識過剰の目立ちたがりなのか。それはわからないが、【一気に】の語例では、「従来の辞典ではどうしてもピッタリの訳語を見つけられなかった難解な語も、この辞典で一気に解決」と自画自賛、大絶賛。この自信はすばらしい。山田さんは1995年に亡くなられたようで、今年出版された最新の第七版では山田色が薄まってマイルドになっている。

【恋愛】特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。

こんな「しんかいさん」であるから、例えば<自分>とは何かを考えたとき、
▼よりよいあるべき姿を求めて日々思い悩みつつも、捨て鉢になったり疑心暗鬼になったり三日坊主を悔やんだりして後に、再び決意して周囲の人との関係に苦慮しつつも暮らす主体。わたくし。

こんな解釈がされているのではないかと想像して楽しみにページを開いてみれば、
【自分】行動したり何かを感じたりする、当のその人。

なんだ!つまらん! だが、そうした期待はずれやギャップも逆に「しんかいさん」の魅力なのかもしれない。

ブログに「しんかいさん」のことを書こうと決めて、図書館で第四版(1989年発行)と最新の第六版(2012年1月発行)を借りて、四版の項目だけを読み始めて二週間、やっと目的を達した。言葉の森と海は実に奥深い。第四版から私が面白いと思ったものを抜き書きしてみる。

__tn_DSC_1248.jpg【生きざま】その人の、人間性をまざまざと示した生活態度。[「ざま」は、「様」の連濁現象によるもので、「ざまを見ろ」の「ざま」とは意味が違い、悪い寓話は全く無い。一部の人が、上記の理由でこの語をいやがるのは、全く謂れが無い]
▼わたしはこの「一部の人」だった。なるほど〜納得。

【ウイット】気まずさや相手の無神経・攻撃をやんわりとかわして、その場の空気を和らげたり自分に有利な情勢をもたらしたりする、気のきいた言葉やしゃれがとっさに出せる才知。機知。
【ユーモア】社会生活・(人間関係)における不要な緊迫を和らげるのに役立つ、えんきょく表現によるおかしみ。[矛盾・不合理に対する鋭い指摘を、やんわりした表現で包んだもの]
【洒落】1 [その場の思いつきとして]類音の語に引っかけて、ちょっとした冗談を言う言語遊技。例、富田という男が何か失敗して、みんなが気まずい思いをしている時に「とんだ事になったな」などと言って、しらけた空気を紛らすなど。 2(略)
▼とっさに出せるのはいずれも同じだが、ほんわりがユーモアなのだなあ。洒落とウイットはいくぶん似ている。

【うじうじ】歯がゆくなるほどいつまでも思い悩んでいたり自分の要求を端的に相手にぶつけることをしないでくどくど小言を言ったりすることを表わす。
【でれでれ】1 身なりがだらしなかったり動作にきびきびした所が無かったりすることを表わす。 2 相対する女性に必要以上に親切であったり親しそうに話しかけたりして、普通の仲ではないことを他人に誇示する素振りが見えみえであることを表わす。
▼擬態語もなかなかイケている。

【逆境】1 周囲の環境や経済的条件などが都合よくいかず、生活しにくい境遇。 2 能力が有っても認められなかったり、いつまでもうだつが上がらなかったりして、本人も早くそれから脱したいと願うような境遇。
【悔しい】自分の受けた挫折感・敗北感・屈辱感などに対して、そのままあきらめることが出来ず、どうにかして・もう一度りっぱにやり遂げてみたい(相手を見返してやりたい)という気持に駆られる様子だ。
【苦しい】1 肉体的・精神的にがまんの出来ない状態が続き、出来るだけ早くそれから抜け出したい気持ちだ。 2 困難な経済状態だ。3 (快くない状態に)耐えられない感じだ。
【励ます】もっとファイトを出して事に当たるように言葉をかけたりする。
【同情】差し迫って困っている相手の苦しみ・悩みを、相手の立場に立って理解してやり、そのうちにいい目も出ることが有るのだから、しっかり生きるようにせよと温かい言葉をかけること。
【救護】死の淵に臨む罹災者・傷病者に対して、すぐ役立つような生活援助を行うこと。
▼救護は客観的にみれば常に「死の淵に臨む」とは言えない。だが苦しい最中の本人には死を間近にするほど辛い状態であると、情愛に満ちた解釈。新解さんは厳しい境遇におかれた人に対して温かい。

▼だが、まじめ一方の人や努力しない人には厳しい。また先生と呼ばれる人にも警鐘を鳴らす。
【凡人】自らを高める努力を怠ったり功名心を持ち合わせなかったりして、他に対する影響が皆無のまま一生を終える人。[マイホーム主義から脱することの出来ない大多数の庶民の意にも用いられる]
【まじめ】誠実で、一生懸命事に当たる様子。「まじめ一方の人[=まじめなだけで、冗談などを解さない・(つきあって、おもしろみの無い)人。俗に、『まじめ人間』などとも言う]・どこまでがまじめ[=本気]なんだか分からない」
【先生】[もと、相手より先に勉学した人の意]指導者として自分が教えを受ける人。[狭義では教育家・医師を指し、広義では芸術家や芸道の師匠・議員などをも含む。また、けいべつ・揶揄の意を含めて言われることが往々ある。例、「先生と言われるほどのばかでなし」]

▼世の中は世知辛い。まじめな人にも苦労を重ねる人にも、あざなえる縄のごとく禍福がやってくる。
【世の中】1 同時代に属する広域を、複雑な人間模様が織り成すものととらえた語。愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。 2 現在の時点・環境を、これまで経験してきた環境となんらかの意味で比べて批評して言う語。時代。時節。

▼これは笑える。
【快諾】相手の・申し出(申込み)を、「はい、承知しました」と言って、その場で引き受けること。
【大便】消化された食べ物のかすが肛門から出るもの。くそ。うんこ。
【合体】1 起源・由来の違うものが新しい理念の下に一体となって何かを運営すること。「公武合体」 2 「性交」の、この辞書でのえんきょく表現。
講演にパネルにディスカスとりどりに [2012年11月22日(Thu)]

__tn_20121122181227.jpg学習の方法、人に知的な何かを伝達する手法としてパネルディスカッションには限界がある。一人ひとりの話が充実していればいるほど、分割して細切れの情報しか出せなければ、パネラーの力を発揮できないし、聴衆も不満足に終わる。そうしたパネラーであれば講師として時間をさしあげてたっぷり講演してもらったほうがよい。

目的や意図をコーディネーターが示し、自己紹介も含めて各パネラーが第一弾を主張する。コーディネーターがまとめ、次の視点を提供し、意見や実践内容について示す。まとめがあり、最後にひと言ずつ発表して終わり。コーディネーターの力量とパネラーの人選が一番のポイントとなるのは、いうまでもない。

事前の準備も重要だ。しかし予定した内容だけを調和的に発表することに終わってしまっては生産性がない。ここにイノベーションが必要なのだと思う。

講演会についても同様に、素人の聞き手が集まって偉い先生の話を聞いて、「はいそうですか」と感心して終わるだけでは満足度は低く、のちの発展性がない。受け身に終始した講演会や講習会は印象に残りにくい。もちろん演者が超有名人で話も抜群というのであればいいだろう。が、そんな幸運はめったにないことだ。

そこで注目されるのが、グループセッションである。ワークショップともいう。前段で聞いた講演について感想を述べあうという簡単なものから、ワールドカフェといった手法で構成員の内発的な気づきを引き出していくものまで、色々なやり方がある。

それらは能動的に参加して、語って聴いて、まとめて発表するから頭に残る。しかも横のつながりが出来るから新しい仲間から触発されるという利点もある。眠くならないのが、なんともいい。
現実よ犯罪被害のああ無情 [2012年11月21日(Wed)]

__tn_20121121184522.jpg犯罪被害者支援講演会で、遺族のお母さんから話を聞いた。痛ましい御体験に胸がつまる。それからすでに15年。歳月が薬となって癒されるかと思いきや、そうではないようだ。亡くした息子さんが生きていたら32歳になられるそうであるが、32歳の息子の姿を想像できないと。息子さんの年齢と面影をそのままにして、年月だけが過ぎ去ってしまうことへの怖れを感じていらっしゃる、と私には思われた。

中学生だった彼、教師が原因を作った不登校ではあったが友達を介して学校に行きたいと願ってきた彼。必死の願いも理不尽な暴力事件によって絶たれた。泣くことすらできず、黙して涙にくれて、現実が受け入れられず気が遠くなる。。。。

司法解剖を終わり茫然自失の状態で家に帰ると、とんでもない現実が待ち受けていたと。報道陣が押し寄せるのである。死んだという事実しかわかっていないのに、マイクを向けられる。非常識きわまりない報道機関の態度にどれだけ傷つけられたことか。しかも偏見に満ちたテレビや新聞には怒りの置き所もなかったようである。

続いて宗教家の勧誘、金借りに来る者もいるとか。賠償金が入ると誤解するのだ。さらには近所には冷たく差別的な態度にでる人もいて悲しい現実は遺族を苦しめる。

1997年に少年犯罪被害者当事者の会「WiLL」を立ち上げた。未成年の加害者によって子供を殺された4家族が集まったものだ。今回の講演会はその一環として開かれたもの。

講演会の副題には、〜子供たちを被害者にも加害者にもしないために〜とあった。演者は、直ちに被害者をなくすことは無理かもしれないが、まず加害者をなくすことによって被害者もなくすことができるという思いで活動を続けていると話を締めくくられた。あまりの現実にわたしは声も出なかった。
びろうなり尿意を忘れいつの間に [2012年11月20日(Tue)]

__tn_20121120213746.jpg尾籠な話ではあるが、年をとるにつれてトイレが近くなる。汗でもって排出されやすい夏の頃は問題がなくても、秋から冬にかけてだんだんとトイレが近くなる。面倒なことだ。せわしいことだ。ところが、話が弾むと違うのである。どんなにトイレに行きたくても話が弾むとそれを忘れてしまうことが、今夜はよくわかった。

ビールを飲む。焼酎のお湯割りを飲む。ハイボールを飲む。調子が上がる。話のとーんが高くなる。ときには卑猥な話題にもなる。話が弾むとあたりは高揚してくる。ところが、利尿作用が効いてくるとトイレが近くなる。膀胱に残尿感が大きくなって、駆け込みたくなるのだ。区切りがよくない、だから我慢して聞き続ける。ところが話が面白くなってくると、我慢していることを忘れてしまうのだ。しばらく前までには気になっていてことが、なんでもないことに感じてしまう、不思議にも。今夜ももちろん何度かトイレにたった。だが、三人で語るうちにトイレに立つことを忘れてしまった。精算し別れてのちに、そういえばトイレに行きたいのだったと思い出す。

語るのは楽しい。聴くのも快適だ。頷いているだけでも場を共有して楽しさが伝染していく。酔っぱらった体と頭は、不快よりも快を求めている。我慢していたことを忘れるのも無理はない。

語ることは難しい。語ることは誤解も招く。それでも語らなくては理解をしがたい。人間は言葉でしかコミュニケーションができないからだ。あうんの呼吸を期待していては、将来は開けない。やりくりして、最大の価値を計算して、勝利を呼び覚ましていかなければならない。

さあて、明日も仕事。何のために貢献するのか、何のためにこの歳末までの月日を大切にするのか。それを再確認しなくてはならないと、反省した。
最強の二人はきつくタッチして [2012年11月19日(Mon)]

__tn_20121119230552.jpg腹を抱えて笑った。体が揺れて座席も揺れた。『最強の二人』は笑える映画である。同時に人権や福祉や人生を考えさせてくれる深い映画だ。

ドリスは黒人、フィリップは白人。
ドリスは壮健頑強でスポーツ万能、フィリップはパラグライダーの事故によって頸椎損傷した重度障碍者。
ドリスの仲間は失業者ばかり、フィリップは金持ち階級の社交界に暮らす。
フィリップは高級邸宅に住み、ドリスは低家賃の母の住宅にも入れてもらえない。
フィリップは気難しく、ドリスは楽観的でハチャメチャもする。
ドリスは失業手当をもらうために汲々としていた、フィリップは富豪で24時間対応の介護者を募集中。
ドリスはあけすけな遠慮のない言葉をかける一方、フィリップは口数が少ない。
フィリップはクラシック音楽を好み、ドリスは強烈なポップスで踊り狂う。
ドリスは自由奔放に笑い冗談を飛ばし、フィリップは微笑む 程度で上品だ。
周囲の気遣いにフィリップは疲れるが、ドリスはフィリップが障碍者であることを時折忘れる。

フィリップの身の回りを世話をする介護者は数週間と努められない。フィリップは気難しく不機嫌で介護することは大変だ。どの介護者も腫れ物に触るような思いでフィリップの世話をして、結果として疲れ切って辞めてしまう。だがドリスは違った。ドリスは粗野で野性的でハチャメチャだ。フィリップはそのドリスに賭けた。ドリスは一見乱暴で何をしでかすか分からないが、不正なことを許せない正義感をもち、周囲がどうであれ物怖じせず堂々と自分のやり方を貫く好漢である。

人間として本音で何度かぶつかった結果、二人はうち解けあい、フィリップはドリスによって初めて生きるに楽しみを見い出した。笑顔が弾けて大笑いをして、挑戦意欲がわき出した。周囲は下層出身のドリスを雇うことに反対の者が多かったが、フィリップは意に介しない。この映画は実話であり、別々に暮らすようになった二人は今でも強い友情で結ばれているとエンドロールで紹介された。

障碍者に対する福祉、人権問題はデリケートである。気の毒だ、可哀想、世話してあげる、同情するといったステレオタイプの障碍観がある。デリケートであるだけに、あまり触れたくない、無難にやり過ごしたいという気分が一般的にあるのは確かである。この映画の原題が『intouchables(アンタッチャブル)』(英語題「untouchables」)となっているのはそんな意味だと解釈した。それに対して日本語題『最強の二人』はそのデリケートさに正面からぶつからずに、逃げていると思う。

フィリップは身動きができない重度の障碍者、しかも大金持ちの実業家で権勢は高い上に気難しい。周囲の取り巻きが腫れものに触るような態度で彼を扱うのも当然のことである。ところがドリスにそんな観念はない。ある面ハチャメチャで甘い恩情や福祉の理念などとは無縁であった。

では障碍者に接するに当たってドリスのようにすればいいのか。否である。彼だからこそできたことだ。圧倒的な体力、リズム感、明るさ、おそらく黒人総体として差別されてきた歴史も含めて、彼だからこそできたことかもしれない。わたしたちがそのようにやれば、直ちに非難を浴びて糾弾されることは間違いない。それでも、逃げてばかりでは共生への道は開いてこないと私は感じた。

(写真は、いよいよお出ましポインセチア。クリスマスの色で登場)
でくのぼう呼ばれて実は名城代 [2012年11月18日(Sun)]

__tn_20121118201143.jpg成田長親(ながちか)に率いられた『のぼうの城』は決して木偶の坊ではなかった。痛快な戦国映画である。武藏国・忍城(おしじょう/埼玉県行田市)での史実をもとに描かれた。秀吉の名代として石田三成を総大将に擁する連合軍は二万の大軍勢で北条方の忍城を攻めた。忍城は軍勢わずか五百。百姓たちが加わって三千の兵となりはしたが、もはや風前の灯火。戦わずして軍門に下る選択肢しかありえない。

ところが、城代たる長親(野村萬斎)は戦うと決断した。ふだんは「のぼう様」と無能呼ばわりされてはいても、親しみやすい人柄で不思議と領民の心をがっちり掴んでいる。彼の判断は決して木偶の坊ではなかった。忍城の誇りが石田軍に犯されたからである。「のぼう様が決めたのなら共に戦おう」と、領民たちは母性本能をくすぐられる。家臣たちも腹を決め一騎当千の力で敵にぶち当たった。初戦は大勝利。石田軍は何を思ったが、広い湿田地帯に囲まれた忍城を利根川水系でもって水攻めにする。脚本はここで三成の軍略のなさと統帥力のなさを批判する一方、強き者に憧れる実務家三成の庶民性を描いた。長親は自身の身命を賭けてただ一人で石田軍の陣に対し突飛な奇策を畳みかけたのである。そこから事態は急展開する。

この映画がクランクアップ後、しばらくは上映されなかった意味がわかる。水攻めの堰堤(えんてい)を切ったときに、村や城を襲う波は恐ろしく破壊力があった。あの津波を思い出すのである。おそらく現実にはそこまでの津波は押し寄せなかっただろうと想像する。平野に広がった水は、広がるにつれ勢いをなくしヒタヒタと水浸しにする程度だったのではないだろうか。ただし、稲をダメにし畑の作物の収穫を不能にして、城内にこもった武士や百姓は飢えたにちがいない。

主な部将として登場する佐藤浩市、山口智充、成宮寛貴、そして甲斐姫の榮倉奈々がよかった。個性的に魅力的に描かれている。かつ、三成役の上地雄輔と軍のお目付・大谷吉継役の山田孝之がいい味を出していた。野村の長親はNHK教育の「にほんごであそぼ」を思い出して笑ってしまった。武勇などひとかけらもない。全軍を奮い立たせる弁舌もない。ただ一つ、領民と家来のことを想い人気だけは抜群にあった男に、観た人は誰もが応援したくなる映画である。

(写真は松江城天守閣の横に埋めてある建造当時の古い瓦)
ニッポンと魚食を構築ひととして [2012年11月17日(Sat)]

__tn_DSC_1091.jpg会場の空気は重かった。その重いカーテンを開け放とうとする上田勝彦氏(水産庁加工流通課課長補佐)の元気な声で講演は始まった。『魚と人をつなぎなおす』と題した氏の講演(主催:島根県、ホシザキグリーン財団、宍道湖自然館ゴビウス)を聞くために今日ホシザキ野生生物研究所へ出かけた。氏のバイタリティーあふれた話と調理実演、なによりもその説得力に脱帽した。

漁業者は漁業権という排他的権利をもっているが、魚は本来無主物であって国民の共有財産。漁業者とは、消費者と生産現場をつないで魚介類を届ける代行者といえる。しかし現在魚離れが深刻だ。30年ほど前から進行してきたこの事態は、10年前に肉食と魚食の消費量が逆転して決定的になった。魚の生産―加工―流通―購買―食事という流れが途切れている。従来は年齢を重ねると魚に帰ってくると言われていたが、これからの高齢者は肉を食べて美味しく感じた幼児体験を原点に持つから回帰の可能性は低い。

繁華街には魚を食べさす飲食店が多くなっているのに、どうして魚離れは進むのか。魚食がおかずから嗜好品に変わってきたからだ。嗜好品とは経済情勢や好みによっては真っ先に切られる存在。幼い頃に魚の美味しさを旬の知識などを得ていなければ、いわば味が伝承されていないと、魚離れはさらに進む。日常的に魚に接しなければ、知らないものは買わない、食べない。売れないのは当然のことだ。

食べることは国そのものを作る。アメリカは広い草地に牛を飼って肉主体の食糧文化をつくった。インドは土地が痩せているから穀類や小麦を中心とし雑草を食べる羊を飼った。日本は豊かな森林と肥えた海を背景に極めて長い海岸線を利用して、魚と米と野菜、ときどき肉という食糧生産体制と食文化をつくってきた。朝昼晩、国民一人ひとりが何を食べるかが集大成されていく。だから食べることは国そのものであるのに、魚が中核の位置から外れてしまった。魚をなくすことは日本の国をなくすことと同義。離れてしまった【魚】と【日本人】をつなげるためには、魚の美味しさを紹介する【人】の存在が不可欠。その人への信頼をもとに魚食は良いという情報が広まっていく。ニッポンの食を、もう一度魚で始めてみよう。
   【魚】←←←≪【人】を介した信頼と情報≫→→→【日本人】

30年ほど前まで鰯バブルに沸いた。好景気に沸くバブル時代には中高級魚を都会に流通させたらそれなりに儲かった。だが今は資源を保護・管理しつつ、地域の魚資源の魅力を再発掘していく時代だ。魚は産卵し成長し回遊して再び戻ってきてくれる重要な恵み。山陰には原石の魅力がたくさんある。例えば今日実演したスズキをキャッチフレーズにするとすれば、「スズキは山陰のサケ」。

魚の郷土料理が山陰には比較的少ないのは、十二分に魚介類があったことの反映。今まではそれでもよかったが、魚から関心が離れた現在食べ方の工夫をしていかないといけない。それを「魚ルネッサンス」と言っている。どこへ向かってどんな媒体で伝えるかが大きな課題だ。いっそのこと今日の参加者で「宍道湖魚食文化伝道師協会」をつくって活動してみてはどうか。地域の食材と食文化を高めるためにやる気を出していこう。

お話の概要は上記のとおりであったが、調理の実演も満足度の高いものだった。簡単な手法で魚をさばき、生臭さを取り除く方法や意味をテキパキと説得力をもって説明された。具体的にはセイゴ(スズキの小物)の和え物4種である。

三枚におろして下処理・保存していた切り身(酒や粗塩で臭みを取る)を、茹でてポン酢や長ネギで食べたり、刻んで和える方法。レモン+オリーブオイルでマリネ風としたり、醤油+唐辛子、酒+塩といった和風和え物にする方法を実演された。私たちは新鮮な魚の調理は刺身を思い浮かべるが、刺身とは醤油と薬味との和え物。そのバリエーションを増やせば応用が利き魚の味を楽しめる。これはスズキだけでなく、他の魚肉に使える方法だと強調された。

上田氏は『Re-Fish』の代表であり、その設立趣意には次のようにある。http://www.re-fish.jp/
≪今、経済的あるいは国際的な発展の陰で、日常の食が大きく変わり、
 私たちの暮らしにとっての魚食がもつ本来の意味が、忘れ去られようとしています。
 世の中がどう変わってゆこうとも、私たちが日本という島国に自立しようとするならば、
 魚のおかげをもって生きるほかはなく、日常生活の中で魚と日本人が遠ざかってしまうことは、
 すなわち国の力の衰退にもつながることと危惧しています。(後略)≫

始まりは重かった雰囲気がなごやかに変わった。参加した人は「魚食の伝道師」となり、魚食を輝かせるため自分なりに努力しようと決意したに違いない。

(写真は宍道湖に流れる小川から見た1ヶ月前の朝焼け)
冬晴れ間かゆい痒いぞ赤く腫れ [2012年11月16日(Fri)]

__tn_DSC_1263.jpgかきむしる かゆい痒い 冬は乾燥肌になって痒い 肌が荒れる 痛々しく赤くなって 毛穴の周りが突起になっている 痒い 醜い 冬の肌 わかっている その事は でも痒さに耐えられない 掻いてしまう ボリボリかりかり掻いてまう 皮膚が赤く血がにじむ あああ わかっているのに やめられない 後悔しても やめられない 今しばらくは掻く手を休める 我慢する やがてさわるよ さするうち 爪を立てたは ガワリガリ いやいやダメだと 引っ込めて じっと我慢と 手を抑え しばしの休戦痒さとの じわりじわりと 痒さが勝り 掻いてしまえば もう負けた 手が出て 爪立てボーリボリ なかでもいけぬは お風呂なか お湯の温もり 地獄の責めよ 見る間に赤く 皮膚の色 破滅願望 こんなもの? いかんと思って 自制をしても やむにやまれず 堕落する 麻薬の依存 酒依存 買い物依存に 共依存 いろんな依存があるけれど 後悔しても 元へは戻れず せっかく大玉 山に上げれども 元の木阿弥 アトラスのよう 不幸になるとわかっても やめられないわ このわたし そんなふうにと 依存して 痒さもわたしは 依存症 この冬 痒さとどう戦うか 思案の末に 病院へ はやく行ったがいいけれど あさになったら 痒さを忘れ またまた夢を追いかける
叙位叙勲栄誉栄達ふしぎなり [2012年11月15日(Thu)]

__tn_20121115180247.jpg栄誉栄達その不思議なるもの。ひとは一人で生きるものではなく、他者との関係で毀誉褒貶を繰り返しながら生涯を終える。なかでも自分を認めてほしいという気持ちは大きい。マズローの五段階説でも承認の欲求は、自己実現の欲求に次いで高位にある。他人から実力を認めてもらい尊重されたいという思いは誰もが強くもっている。自己評価を高めて自尊の念高く生きる。その対局はイジメであることは論を待たない。

さて、承認欲求が公式的に華々しく満たされるのが、【叙勲】や【褒賞】である。晴れがましい授賞式に選ばれた人(多くは高齢者)が臨む。かつては【叙爵】や【叙位】というのがあった。

爵位には上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵があったが、戦後憲法の法の下の平等原則により廃止された。位階というのは正二位とか従三位とかいうやつであるが、2003年に廃止された。聖徳太子の時代に始まる冠位の伝統はなくなったかと思いきや、功績の顕著な故人は叙位の対象となり、位階がいまだ与えられる。

【勲章】の最高ランクは大勲位菊花章だ。次に桐花大綬章がある。さらに民間人を対象とする旭日章、自治体や政府関係者を対象とする瑞宝章があり、ランクが分けられている。

旭日大綬章/旭日重光章/旭日中綬章/旭日小綬章/旭日双光章/旭日単光章。瑞宝章も同じ。2003年栄転制度改正で一等二等はなくなったが、かつての勲一等に相当するのが旭日大綬章や瑞宝大綬章である。勲章の別格として文化勲章がある。

続いて【褒章】である。これも種類が多く色で分けられている。序列はない。

●人命救助に貢献した人に贈られる「紅綬褒章」
●社会奉仕を貫いた「緑綬褒章」
●その道一筋で技能を磨いた「黄綬褒章」
●学術・芸能・スポーツで際立つ「紫綬褒章」
●教育医療農林水産業などで成果を上げた「藍綬褒章」
●公益に私財を投じた「紺綬褒章」

あまりに多くて覚えきれない。だからこうして備忘録にしようと思う。栄誉栄達、まったく不思議なるもの、人を魅了するものだ。

(追記)勲章と褒賞の違いは何か。勲章がより格が高い。勲章は英語でorder。勲章そのものをdecorationという。褒章はhonor、こちらはmedalであるから勲章ほどゴテゴテしていない。
心してリンゲルマンを忘れるな [2012年11月14日(Wed)]

__tn_20121114215310.jpg心理学でリンゲルマン効果という用語がある。集団の構成員が増えるほど個々は力を出さなくなる、自分がやらなくても一緒だという手抜きの気持ちが生ずることだ。綱引きによく例えられる。

≪京都大学の山中伸弥教授は語る。「一番になるつもりでやらない限り、二番にもなれません。 オリンピックでも、金メダルを目指すからこそ、やっと銀メダルに手が届くこともあるでしょう。やはり金メダルを取るような準備が必要だと思います」(中略)▼「一番になる」という熱情の有無を自身に問いたい。≫
(「名字の言」聖教新聞11月8日付け)

スポーツでのチームプレーはもちろんのこと、仕事でも趣味の世界でもチーム戦は多い。一人で楽しんでいるように思っていても、多くのひとの世話を受けてその楽しみは成り立っているものだ。集団で物事に関わるときに、リンゲルマン効果に陥ってしまうと、成果は半減、いや半分以下になって勝負には敗れてしまうかもしれない。

チーム全員が一番を目指し、自分のなすべきことに全力を尽くし、気持ちがひとつになったとき、パフォーマンスは最大化する。

手を抜かない、周りに目を配る、何のためにやっているかという原点を忘れない。。。心していきたいものである。
木枯らしが吹いて散る葉はブールブル [2012年11月13日(Tue)]

__tn_20121113203913.jpg木枯らし吹いて 風が舞い ハーハぶるぶる 夏恋し ネクタイ締めたら ウォームビズで マフラー巻いたら 完璧だ

人みな寒さに背を丸め ヒューヒュかさかさ 枯れ葉翔ぶ 冷たき空気に 肌乾き クリーム塗ったら アアハすべすべ

空は一転かき曇り 風と雨粒落ちてきた 雷遠くでゴロゴロと 雪の予感がしてきたよ 季節は秋といってても 今まさここには冬がある ズドンズドンと 冬がある

今まだここに秋があり 雲の光彩 日の光り 前三後一で冬がくる さよなら秋は手を振って さあさ寝るかと また来年
ここはどこ私はだれとふと思い [2012年11月12日(Mon)]

__tn_20121112224538.jpg本に夢中になって、ふと我に帰ったときに、「ここはどこだろう? 今はいつ?」という感覚を時折もつ。列車に乗っているときだ。見当を失ってほんの一瞬戸惑うことがあるのだ。今は休日なのか、通勤途上なのか。そもそも時間の観念を無くしてしまう。もちろんほんの一瞬だ。直ちに我に帰る。二秒も三秒も、さらに長く続いてしまうことがもしもあれば病気である。認知症の治療が必要となってしまう。

同じように失見当となる感覚を寝起きに感じることがある。自分の家で目覚めたときではない。旅先や親戚といった普段とは違う環境で目覚めたときの感覚である。天井がいつもと違う。ここはどこだ?私はどこへ来ている?と、これも一瞬自分がわからなくなる。

某首相が「近いうちに解散」の真意を尋ねられて一瞬きょとんとした表情を見せることがある。三年前に体験した地滑り的大勝の爽快感、一年あまり前に喩えはどんくさいながら堅実なドジョウと期待されて上り詰めた総理の座。あの栄光から一転して、追い詰められた今の立場は必戦必敗、歴史に残る大敗の汚名を着せられるのは自明の理。

あの「きょとん」は、ここはどこ?私はだれ?と一瞬だが、わからなくなってしまった表情のように、私には思える。
湿潤に美肌のひとよ島根びと [2012年11月11日(Sun)]

__tn_20121111221257.jpg「しまねの女性は肌がきれいだげなね?」
「そげそげ。先週報道があったが。化粧品のポーラが全国8万人の女性をこの夏にぃ調べたとこーでは、島根のおんなのひとの肌はすごくいいげながね」
「美人は秋田だと思っとったけど、島根が美人ちゅーことだーかね?」
「そげだわね。なんだい、角層細胞を取ってメラニンの量なんかを分析して偏差値にしたとね。その順位が島根がダントツ一番だったと」
「そーで、島根はどこがいいだーか?」
「シミができにくいだの、シワができにくい、肌に潤いがある、化粧のりがいいらしーよ」
「で、島根の次はどこの県が美人かね?」
「2位が山梨、3位高知、4位岡山。秋田がなかなか出てこらんだども5位だと。次に山形、宮城と続き、なん と8位は東京。確かに東京いくと美人がおおいやな気がすーわ。9位が鳥取、10位は長崎と続くわ」
「島根が美人ちゅーことの原因はなんかね?」
「ポーラの研究員が言っちょーらしいわ。島根は日照時間が短かて紫外線の影響を受けにくいとか、湿度がたかて、肌がうるおいやすいことだと」
「気候もいいだども、島根のひとは生活習慣がいいけんね。だいたい夜遊びすーやなとこがあんまないけん。そーと、水もいいけんねぇ」
「なるほどねー。だども肌のことだけで美人っていえーだーか?」
「いんや。髪質や髪型、化粧の仕方、立ち居振る舞い。歩き方も大事だわね」
「そげだね。島根の女のひとにはますますぅ美人になってほしーがね」
ディーバとは憧れ歌姫アリアかな [2012年11月10日(Sat)]

__tn_20121110203342.jpgジュールは18歳の郵便配達人。黒人プリマドンナのシンシアが奏でるアリアの熱狂的ファン、いわばオタクであった。彼は彼女の歌声を配達中にも聞いていたいのだが、シンシアはコンサートでしか歌を聞かせない、録音やレコードの発売を許さない主義の持ち主だった。なぜなら、音楽とは音楽家と聴衆とが共に作り上げるステージがすべてであると考えていたからだ。一期一会ならぬ、一期一音ともいうべき考え方である。

ところがジュールはパリ公演で彼女の音を盗んだ。高性能オープンリールを密かに持ち込んでの悪行である。映画『ディーバ』はこの「盗み」を発端として他の盗みも錯綜しつつサスペンスが進行していく物語である。シンシアのドレスの盗難、謎のカセットテープの強奪、麻薬や人身売買組織の黒幕の動き、ベトナム人少女の万引きなど盗みの要素がたくさんある。

絵が美しい映画である。心を通わせあったシンシアとジュールがパリの街中を日傘の相合い傘で歩くところ。地下鉄での逃走シーン、枯れ葉舞うパリの街頭、雑然としたアパートの光景、逃走劇をやり過ごす市民の反応などパリに憧れるのも当然だと思えるシーンが頻出していた。美しい映画であると思う。やはりフランス映画『男と女』を思い出す。

波を止めること(意味はわからない)を目指す男ゴロディッシュ。膨大なピースからなるジグゾーパズルを解き続けていた。完成したときに彼はジュールの救出に向かい、無事助け出す。パズルは何かの暗示なのか、何らかの符丁なのかはわからない。その他にも文化的背景やベトナム戦争後の時代状況、暗躍する悪の組織活動など、私にはわからない謎がたくさんある映画である。

しかし満足感に浸ることができた。最後のシーン。客のいないオペラ座に立ち無伴奏で歌うシンシア。ジュールは「盗んだ」彼女の声をカセットテープから流し、彼女の声を返すことができた。二人は寄り添い、ゆったりと歌声を聴きながら彼女は言う。「わたし自分の歌を初めて聴いた」と。ここにもう一つのテーマがある。「自分の声を聴け」だ。私が感じたのは、シンシアはこれで自分の心の声を聴けた。録音させないことに関し、ひと悶着あったからだ。ジュールは自分勝手な盗みを働いたことを反省し、シンシアの心に耳を傾けることができた。

エンディングでは、カメラが引いていって二人が抱き合うシーンとなる。流れる曲はカタラーニのオペラ「ワリー〜さようならふるさとの家よ」。シンシアの流麗で芯があり透きとおった歌声だった。二人は共感し理解し合い、おそらく年の差を超えて愛しあうことになるのだろう。 そしてシンシアは真の歌姫(DIVA)となり一段と磨きがかかっていくことは間違いない。
挑戦と失敗すらも美しき [2012年11月09日(Fri)]

__tn_20121109192735.jpg懐かしい隠岐を旅した。十年以上も前に暮らした懐かしい隠岐を旅した。「旅」などというと大げさ過ぎるけれども、かつて暮らした一帯に車を走らせ、運転席をおりて秋の陽気にあたる。ただそれだけのこと。ほんの短時間の経験だった。昔の出来事が頭をよぎる。こんなことがあった、あんなやりとりがあったと思い出がよみがえる。

昨夜の酒を飲みながらの語らい。数々の思い出が反芻される。あんなこともあった、あいつがああしたこうした、笑った飲んだ、踊った遊んだとかまびすしく杯を重ねた。思い出は人と場所あってのもの。さらに食べ物と酒でもって思い出の質が高まる。

挑戦にやぶれて残念なこともあった。後悔もした。困難を乗り越え成功したこともある。いずれも私の生命に刻まれた大切な出来事だ。懐かしい気持ちにゆったりと浸ると、ほんわかと胸の奥が熱くなってくる。いままた日常に戻り、旅の疲れを癒す夜。明日から再び挑む日々でありたい。そしてまた思い出の地に帰ろうよ。

(写真は隠岐・玉若酢神社の銀杏。黄葉がピークを迎えて陽光に照り輝く)
ソーダ水飲んで食べては楽しみに [2012年11月08日(Thu)]

__tn_20121108173415.jpgソーダ水を買った。サントリーが出しているソーダ水。「ウイスキーをはじめとしたお酒を割るのにぴったりのソーダです」とのふれこみ。キャップを開けばジュワッと音をたてる。口にふくむと辛いような苦いような感覚が広がって口中が満たされる。味はない。ただの水とは違う味わいがあって、飲んでる!という感覚が生まれる。

ヨーロッパ旅行をしたときにレストランには必ずおいてあったソーダ水。当地では「ガス・ウォーター」と称していた。お酒が飲めないときに料理に合わせて飲むものとしてちょうどよい。甘い飲み物は料理の味を消すが、ソーダ水は酒のように美味しい味を引き立てる。

日本では売ってなかった。甘い炭酸はある。コーラなど甘い炭酸は好きではない。あるところにはあるのだろうが、今日こうしてコンビニで見つけて嬉しかった。ただちに買ってバスに乗った。着いた先は七類港。隠岐・西郷行きのフェリーおきに乗った。二等客室に落ち着いて本を広げてチョコを食べた。一緒にソーダ水を飲んだ。船がひく白波のような泡がボトルの中に広がった。二年ぶりの隠岐を楽しもう。
フェルメール増えるばかりのメールかな [2012年11月07日(Wed)]

__tn_20121107224423.jpg真珠の耳飾りを起点にして三角が美しい君よ
 なにか変な言いぐさだね。でもこれは誉め言葉だと思ってくれたまえ。三角は美しく安定感に満ちている。君の真珠のイアリングで輝く光、君のやさしく半開きになった濡れた唇、君の左目の輝く白い光。この三つのハイライトを結んでごらん。三角形になるだろ? 左右の眼光と唇のハイライトを結んでも三角形。イアリングと頂点に肩と背中、胸のラインも三角形。君の通った鼻筋も三角形。やさしい曲線をえがく顎の線を額まで伸ばしても三角形。巻いたターバンの端までも広がって三角になっている。三角形は美しい。三角に彩られ君はさらに美しい。

ハイライトを駆使して光り輝く君よ
 背景は暗いのに君の顔は明るく照らされている。ガラス窓から入った秋の陽光が君の顔面をまばゆく照らし、君の微笑みは光を放っているように見える。なんという素晴らしさ! 綺麗、可愛い、素敵、可憐、愛くるしい、華麗、どんな形容をしても君の美しさを表現することは不可能だ。しかも理知的な君。私は君に首ったけ。

トルコ風の衣装に身を包み、ラピスラズリの青色に包まれた君よ
 武井咲が同じ装束で君を真似たものだから、いかにも君は最近の人のような錯覚があるけれど、君は17世紀の人だ。スペインから独立したネーデルランド共和国が東インド会社など交易で栄えた。新興商人や市民がパトロンとなって芸術の花が開いた頃、音楽や建築はバロックの頃でもある。江戸幕府の日本では鎖国で国を閉じていた頃だ。400年近い歳月が過ぎたとしても、君の瞳は永遠だ。「君の瞳に乾杯!」と言っておこう。

マウリッツハイスにあって人気の的の君よ
 君は何を見つめているの? 言うまでもなく私だね。君とともに愛を語った日々、そしてこれからもまた語り合うであろう未来。その潤んだ目温かい眼でずっと私を見つめてほしいものだね。
信頼し委ねて日々は安楽か [2012年11月06日(Tue)]

__tn_20121106231249.jpg団体旅行は気が楽だ。ガイドに言われるままにバスに乗りレストランに入り、下調べをしなくても観光地のエッセンスを楽しめる。かつて海外への団体旅行では、添乗員が全員のパスポートを預かっていたということだ。大切なその鞄が盗まれたり強奪されたりして、一行が路頭に迷うという事件が続き、パスポートは本人が持つという流れになったと聞いたことがある。極めて大切なものを他人に委ねてはいけないという教訓であるが、パスポートを自分で持つということは別の効果もある。ここはお気軽な国内ではない、という感覚を持たせることによって、いざというときに危険から身を守る心構えをつくるという効果である。

わたしたちは大切なものを、しばしば他人やシステムに委ねる。電子メールで重要な情報をやりとりし、ネットバンキングでは一つしかないパスワードを打ち込む。車を運転するときには、自動車が確実に動くことを前提に、青信号を進み、他車が交通ルールやマナーを守ってくれることを当たり前だと思っている。職場では、依頼した仕事は期限内に報告されたり現物が届けられて期待が満たされることを信じている。恋人や家族に愛を注げば愛が返ってくると信じ、友情を信じる。電車は時刻表どおりに運行されると信じ予定を立てる。マスコミの流す熱烈な風説に従って投票すれば人気政党は地滑り的な大勝利をおさめる。こうした委任や信頼はしばしば裏切られて、わたしたちは不幸を感ずる。「しばし ば委ねる」と書いたが、わたしたちは便利な生活を享受する中で、スイッチを押せば明かりが点灯し蛇口をひねれば水や湯が出てくると信じているように、私たちの行動のほとんどは信じたり委ねたりすることによって成り立つと言えるかもしれない。

裏切られて不幸せな気分を味わう程度であればまだましだ。場合によっては生死を分かつことになるならば事は重大である。原発の事故が起こった、尼崎を中心に親族が殺し合う事件が起こった、万里の長城トレッキングツアーでは思わぬ豪雪で死亡事故が起こった。「こんなはずではなかった」というふうに予想外の不運や不注意が重なったときに重大事は起こる。「自分だけは大丈夫」という例の根拠のない楽観が頭をもたげてくれば危なさはさらに拡大する。

では、全ての行動を自分の努力と信念で貫き、他人に関わらせないようにすればいいのだろうか。現代社会では無理である(石器時代であっても集団の協調なくしては生き延びられない)。委ねたり信じることに併せて、適度な注意力を持たなければならない。危ないぞと自分の勘がささやいてきたら引き返す勇気もときに必要である。それでもわたしたちは基本、信じて委ねて生きていく。
霜月のブーゲンビリアの懐かしい [2012年11月05日(Mon)]

__tn_20121105181225.jpg木枯しだ 木枯しの前哨か
冬将軍の偵察部隊 ほんのジャブかな軽い風
鉛色の雲が重なる 冬型気圧配置の典型だ
帯状の雲が日本海を渡ってたどり着く
山に当たってとどまって 灰の色した雲を作るぞ
冷たい空気がやって来る 冬の最中になったなら
白い小雪がさらさらと 重いべた雪ずんずんと
重い水分吸い取って 山が空気を吐き出すと 瀬戸内太平洋側乾いてる
今はまだまだ秋の暮れ 揺れる日だまり楽しもう
今は6時だ 真っ暗で 秋の夜長はまだよいが
冬の寒さに当てられて 芯から冷えてぶるぶると 震えるあの冬 いやだもう
列車の中はぬくぬくと 汗が出るほど暑苦し
外へ出たなら地獄の吹雪
あああ想像するだに恐ろしい
今はまだ秋 霜月の深い風情を楽しもう

(写真は、松江イングリッシュガーデンの温室に咲くブーゲンビリア)
くりかえし日々はいつものくりかえし [2012年11月04日(Sun)]

__tn_20121104213617.jpg朝目が覚める 今日も日日のくりかえし
毎日起きてからくりかえすルーティン作業
眠った体を呼び覚ますストレッチ
何度もくりかえして洗う顔
ヒゲそりだって一日サボると気分が悪い
ご飯を食べる 朝昼晩とくりかえす
着替えてネクタイ締めて身支度をする
クールビズでしばらくやらないうちに速さが鈍る
歩く 足を交互に進めて前へ行く 百もニ百も何千もくりかえす
電車に乗る キョロキョロと空いた席を探す いつものくりかえし
松江大橋からのシジミかきを見る 毎日ではないが見慣れた光景
パソコンのスイッチをいれる これなくしては始まらない仕事
合間にトイレやお茶を飲む 休息のひととき
文書を作り会議して説明をして合意を得る 何度くりかえしてもいつも再び
幾度もくりかえした事柄 これからもまた
あいさつをする 同僚と上司と友人と そして家族と
何度くりかえしてきたことか
帰ったらテレビを見たり音楽を聴いたり本を読んだり 好みは似通っている
風呂に入る 体を清めてくつろいで毎度の作業
安らかな気分で布団に入る そうでなくともやがて訪れる眠りの時間
くりかえしは永遠にくりかえされるのか いや永遠はない
いずれは終わる 悲しいけど終わる
だからくりかえしを大切にしよう 二度とない貴重な体験として味わっていきたいものだ
秋深し3を重ねて日本一 [2012年11月03日(Sat)]

__tn_20121103213422.jpg野球は3で割りきれる。
不思議なゲーム、数学的な試合運び。
プレーヤーは9人。
3ストライクで1アウト。
バッター構えてリズムはイチニサン。
イチでスイング始動、
ニでトップスイング、
サンでボールをとらえる。
とらえられなければ1アウト。
アウトが3つで1回ごとの攻撃が終わる。
ボールが4つで四球。
割りきれないからバランス崩れて、バッターは塁に出る。
ピッチャーの投げた球がバッターに当たれば、これもまたシキュウで塁を与える(これはシャレ)。
先攻後攻を交互にくりかえし、9回でゲームは終わる。
監督は考え采配し、
個々の選手も自分がすべきことを考えて全力でプレーする。
その結果3で割りきれてゲームセット。
しかし何とも割りきれないのが、勝負の行く末。
日本シリーズはサッポロで日本ハムファイターズが五分に戻したが、今夜は巨人軍が王手をかけた。
行ったり来たりのシーソーゲーム。
一喜一憂、追い詰められて、今夜のヒーロー誰だろう。
ハムはここまでか、いやいや粘って1塁2塁を埋めて、しかれど残念。
3勝対3勝で明日まで日本一決定が先伸ばしになることを望んでいたが、無念なり。
4勝すれば3のバランス崩れて巨人の優勝だ。
得点も4対3。なんとも面白い。

(写真は雲南市・八重滝のもみじ)
本読みで絆を深め頭と体 [2012年11月02日(Fri)]

__tn_20121102215854.jpg10月27日から始まった第66回目の『読書週間』。その標語がふるっている。

  ホントノキズナ

「本との絆」と「ホントの絆」をかけてある。本と絆を結ぶ。経験したことのない人生を紙背に感じ、眠さが吹っ飛び、同じ本を読んだ同士が魅力を語り合い、よしやってやる!と決意に燃えることもある。読書との絆は人間を純粋にしてくれるような気がする。

≪終戦の2年後の1947(昭和22)年、まだ戦争の傷あとが日本中のあちこちに残っているとき、「読書の力によって、平和な文化国家を創ろう」と、出版社・取次会社・書店と図書館が力をあわせ、そして新聞や放送のマスコミも一緒になり、第1回「読書週間」が開かれました。(中略)
 それから60年以上が過ぎ、「読書週間」は日本中に広がり、日本は世界のなかでも特に「本を読む国民」の国となりました。
 今年の「読書週間」が、みなさん一人ひとりに読書のすばらしさを知ってもらうきっかけとなることを願っています。≫

実質的に国民のだれでもが気軽に活字に触れることができるようになったのは戦後。活字離れが心配される向きもあるが、新聞を読む代わりにネットのブログや論説を読む、フェースブックを使って自在に自分の考えを述べる。今の時代は新しい活字文化が根付いていく過程にあるのではないかと思う。その時代というものが読書週間の歴代標語によく現れておもしろい。

 1947年 楽しく読んで 明るく生きよう    1955年 読書は人をつくる
 1957年 そろって読書 明るい家庭      1962年 きょうの読書は あすへの希望
 1969年 いつでも どこでも たのしい読書  1975年 本との出会い ゆたかな時間
 1978年 翔べ心! 本はその翼である     1980年 素晴らしき人生 本との出会い
 1982年 読書はあなたの無限の宇宙      1984年 秋です 本です 読書です
 1986年 読書は永遠のニューメディア     1988年 昔を読む 今を読む 未来を読む
 1990年 一冊の興奮、一冊の感動。      1992年 無限の海へ 読書の旅立ち
 2001年 夢中!熱中!読書中!        2005年 本を読んでる君が好き
 2010年 気がつけば、もう降りる駅。     2011年 信じよう、本の力

さあ、本を読もう! 少々難しいときもあるが、楽しくて嬉しくて語りたくて書きたくてぞくぞくして涙を流して考えさせられる読書。読書の秋は本番だ。

(写真は、まだ青い柚子の実。見ただけで唾が溢れてくる)
瑠璃色の奈良の都に風立ちて [2012年11月01日(Thu)]

__tn_20121101232955.jpg科学的知識は乏しく(当時は最先端だったかもしれないが)、先端技術といってもたかが知れていた時代(現代技術からすればだが)。日々の暮らしが不安に満ちて死も身近だった頃、人は仏を信じ神を崇め人とのつながりを信じていた時代があった。正倉院の宝物は最高権力者が愛用した品々、社会の平和を祈って献上した写経など九千点に及ぶ宝物が収められている。

世界の中心であり世の頂であった唐の国に学び、豊かで安心できる生活を目指した。飛鳥や奈良や平安時代の仏師も権力者も仏の力を信じ、幸福な社会を到来させることを望んだ。興福寺を菩提寺とした藤原氏も同じであろう。興福寺の釈迦十大弟子は穏やかに世界を見つめている。有名な阿修羅像。穏やかな中にも険しさが見える。闘争心のようでもあり、煩悶する憂いのようでもあり、深い思索にひたっているようにも見える。紅顔で幼さの残る少年のように華奢な姿の神には人々を幸福にしたいという情けが見えるようだ。

千年以上も前の贅沢品を眺めて私の何かが変わるわけではない、利益になるわけでもない。だが何か感じるのである。今もあの時代も人は幸福や安穏、平和を求めている。ごく自然な人間の営みとして幸福になりたいと強く望んでいる。特にあの時代の人々は必ず幸福になれると信じていた。

『正倉院展』の今回の目玉は瑠璃坏(るりのつき)。山のように見物人の壁がうねる隙間から明るい紺色のグラスを眺めた(もちろんケース入り)。中に何を入れて飲んだら美味しいだろうか。ワインはダメだ。赤でも白でもグラス色がじゃまをする。お茶はもちろん不可。一番いいのは水かもしれない。あるいは透明なサイダーでもいい。銀製の台座を持って、聖武天皇や光明皇后は何をどんなふうに飲んだことだろう。そして幸福を感じていただろうか。

(写真は東大寺南大門の金剛力士像・吽像の足指。皆が何かを信じていた時代の産物)