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各駅でとろんと停まる車なら [2012年08月31日(Fri)]

__tn_20120831055848.jpg鈍行列車はおもしろい。
各駅で停まる。各駅でとろんとして発車を待つ。特急列車があれば待って待ってさきに行かれる。スピードだってたいそう遅い。車は古い。ガタガタギシギシきしんでいる。古いディーゼル機関車はゴトゴト進む。日本海を横目で見ながら山の緑にうずもれながら進む。空はいたって美しい。蒸した夏の気配は消えたかのよう。遅いけれども着実に進む。

鈍行列車は美味しそう。
飲み物とおやつを窓際におき窓に広がる景色を眺めて一口二口と。なかでもお気に入りはチョコボール。お茶に含んで噛み締めてゴクンと飲み込みああ美味い。窓の外には柿がなり無花果があり栗もある。野菜畑と稲の波。思わず腹が鳴ってくる。今夜は何を食べようか。

鈍行列車は田舎の暮らしを運ぶ。通学中の高校生が乗ってくる。部活帰りににぎやかに。買い物袋をさげてお年寄りが降りていく。日々の暮らしがここにある。げた履き気分の気安さか。石見弁なり軽快に。声は高めに楽しそう。過疎の地域に採算取れず。それでも列車は必要で。日々の暮らしを乗せて行く。

鈍行列車は考える。
別に列車に意志があるわけではない。乗ると考えてしまうのだ。空を見て海を見て山の緑を見てもなお。客に似た顔思い出す。あの人何をしているやら。彼とはどれだけ会ってなかろうか。昨日の会話あれでよかったの?数ヵ月前のあのことどうなった?あれこれやること多いよな。それでも時間は有限だ。残り少なくなったならいっそ何やり過ごすだろう。

鈍行列車は眠たくなる。
眺めて食べて考えて。そのうちやがて眠くなる。腕を組んだら目を閉じて揺れにまかせて寝入るのみ。これは夢見か現実か。ガタンゴトンと揺れている。首がガクンと折れ曲がりおっととお目め目が覚めた。

鈍行列車に乗ろう。
列車に乗って小さな旅に出よう。各駅停車ではそんなに遠くへは行けない。小さな駅に咲く花を見よう。木々の茂りを眺めよう。知らなかった地名に思いをはせよう。もしも故郷の近くなら過ぎたかなたを思い出す。心のひだに溶けていた母の情けを思い出す。小さなな旅は大きく広がり無限大。
基礎となる財務の諸表三つなり [2012年08月30日(Thu)]

__tn_20120830103321.jpg浜田へ向かっている。先日、財務諸表基礎研修を受けたので、その備忘録をのせておく。

1■概況/何のために帳面を付けるのか。会社の金の流れを明確に分析し、どう対処するかを明確にすべきだが、現実はできていない。なぜならば決算書類が読めていないから。それでは地方公共団体や会社のことがよくわからない。公務員として経営者として、大きな視点で見るためのツールとなるのが、財務諸表である。

2■貸借対照表の仕組み
 流動資産┬現金    流動負債┬買掛金
       ├預金         └支払手形
       ├売掛金   固定負債─長期借入金
       ├受取手形  
       └商品    資 本┬資本金
 固定資産―車両        └利益
 *左側/お金の使い途  右側/お金の出所

3■貸借対照表を見るポイント/大局的に見る、上二桁で見る、覚える
(1)負債・資本合計 ⇒ (2)負債合計《(1)−(2)=資本》 ⇒ (3)流動負債《(2)−(3)=固定負債) ⇒ (4)流動資産《(1)−(4)=固定資産》
 *資本とは「払わなくていいもの」、流動負債とは「すぐに払うべきもの」、流動資産は「すぐ現金化できるもの」

4■損益計算書の仕組み
 売上
 売上原価(仕入れと現場経費)
 売上総利益(別名:粗利)
 販売費及び一般管理費(事務所と店舗の経費)
 営業利益
 営業外収益
 営業外費用(銀行利息がほとんど)
 経常利益
 特別利益(不動産による益出しがほとんど)
 特別損失
 税引前当期利益
 法人税等
 当期利益

5■損益計算書を見るポイント/大局的に見る、上二桁で見る、覚える
 (1)経常利益 ⇒ (2)営業利益 ⇒ (3)粗利 ⇒ (4)売上

6■キャッシュフロー計算書
 営業キャッシュフロー/商売でいくらの金を生んだか
 投資キャッシュフロー/いくら設備をしたか、いくら設備を売ったか
 財務キャッシュフロー/借金をいくらしたか、借金をいくら返したか
  *2期分の貸借対照表を用意し、当期分から前期分を引き算すればよい
  *フリーキャッシュフロー(会社が自由に使える金)=営業CF+投資CF
  *身の丈を知らない過大な設備投資、商売でも投資活動でも赤字の経営音痴、リストラ途上、慎重な借金返済途上、攻めの投資、固定資産売却で利益は出るが本業立て直しが要など会社の性格が見えてくる。いい会社のポイントは、フリーキャッシュフローをプラスにしている。フリーキャッシュフローがマイナスになると金利増。

7■3つの表の意味と関連性
 貸借対照表=その時点の資金の使い途、出所をあらわす
 損益計算書=一定期間の儲けがどれだけあったかをあらわす
 キャッシュフロー計算書=お金の流れ
  *それらを組み合わせて経営分析をする

8■経営分析の手法
【安定性/貸借対照表からみる】
 流動資産/流動負債×100=流動比率
  *短期的な資金繰りが良いか。高いほどいい
 資本/固定資産×100=固定比率
  *長期的な資金繰りが良いか。高いほどいい
 資本/資産合計=自己資本比率
  *どれだけ自分の持ち金で経営できているか。高いほどいい

【収益性/損益計算書からみる】
 売上総利益/売上高×100=売上総利益率
  *いわゆる粗利はいくらとれているか。高いほどいい
 営業利益/売上高×100=売上高営業利益率
  *営業上の正味利益はどうか。高いほどいい
 経常利益/売上高×100=売上高経常利益率
  *事業活動上の正味利益はどうか。高いほどいい

【効率性/貸借対照表と売上高でみる】
 資産合計/売上高×365=総資本回転日数
  *つぎ込んだお金を何日で回収しているか。短い方がよい
 売上債権/売上高×365=売上債権回転日数
  *何日で集金しているか。短い方がよい。売上債権とは売掛金、受取手形
 棚卸資産/売上高×365=棚卸資産回転日数
  *在庫を何日分かかえているか。短い方がよい
  *棚卸資産とは商品、製品、材料、在庫

  仕入        売上       回収
 ─┼────────┼────────┼─
   └棚卸資産回転日数┴売上債権回転日数┘

【生産性/損益計算書と従業員数でみる】
 売上総利益/従業員数=一人当たり売上総利益
  *多い方がいい
 人件費/従業員数=一人当たり人件費
  *多い方がいい
 人件費/売上総利益×100=労働分配率
  *稼ぎのうち人件費の占める割合。低い方がいい

9■損益を考慮する際に、基本となる公式
 目標売上=(固定費+目標利益)/粗利益率
 固定費=販売費・一般管理費+営業外利益−営業外費用
  *これらに必要な変数Xを代入して一次方程式を解けばよい

10■経営分析、向上の考え方は三つだけ
 導き出すアイデアを当てはめて目標とすれば経営向上が具体化できる
 (1)売上を上げる
 (2)固定費を下げる
  (2)-1 事務費を減らす
  (2)-2 営業外費用を減らす
  (2)-3 営業外利益を上げる
 (3)利益率を上げる
さあ降るぞ神話のしずくどこに降る [2012年08月29日(Wed)]

__tn_20120829212611.jpg雨が降る。台風外れに雨が降る。昼はどんより雲広がって、いつの間にかとカンカン照りに。やはり暑いぞ、熱さがこもる。かかる暑さはいつまで続く。早く雨降れ、地面を冷やせ。

雨が降る。昇る熱さが気流を作り、雨の雲を広がらす。いつ降る、いつから涼しくなるんだね。夜のとばりが来るころに、雨はヒタヒタやってきて、森の木々をば濡らします。よくきたよく降れ、この雨よ。

雨が降る。しとしと雨は春のよう。夏の爆発見られない。いいぞ、いいぞとこれがいい。爆発雨はたまらない。被害の果てに人が泣く。泣かす人なら少ないほうが、どんなにいいか思い知れ。

雨が上がった、いつの間に。上がったならば涼しくなれよ、頼むから。なのにどうして暑いのか。『神話は、山陰にある』。JRデスティネーションキャンペーン。雨の神話はどこに降る。灼熱の夏に終わりはあるか。神話を連れてやってきて、早く早くよ真夏を終わらせろ。
自戒せよ命が大事まずもって [2012年08月28日(Tue)]

__tn_20120828193708.jpg大型で非常に強い台風15号、続いて14号が韓国方面に大きな被害をもたらしている模様だ。幸い日本では、史上空前の大風が吹くとされていた予報が外れて、被害はすくないようだ。それにしても、天災がおこるたびに「なんで?」と首をかしげるような事故や被害が報告される。

例えば、田んぼを見廻りに行って流されたとか、大きな津波が来るのに逃げなかったとか、木の下に雨宿りしていて雷に打たれたというたぐいである。危険なことは充分予知できる、報道でも外に出ないよう忠告もされているはずだ。わたしには、原因が三つあるような気がする。

まず、常日頃気にかけているものが心配でたまらないから。丹精こめて作った稲が収穫間近になって大水に浸かるのを見るのは耐えがたいものがあろう。屋根瓦が飛びはしないかとヒヤヒヤすることもあるだろう。が、命には代えられない。

次に、怖いもの見たさの気分があるから。人生経験のなかでかつてないほどの大雨が降って、どこまで川の水位が上がるかは興味深いことかもしれない。が、客観的にみれば自分にも危険は迫っている。

最後に、自分だけは大丈夫だと思うから。根拠のない安心感である。自分の身にはきっと降りかからない、自分は別だ、今までだってなにもなかったという気分は誰にでもある。が、それは確信ではなく、薄弱な祈りでしかない。心の奥では一抹の不安をいだいているが、それを打ち消して無謀に行動する。たいていは破滅にはいたらなくても、不運にも奈落に落ちると、「こんなはずではなかった」という悲鳴があがり後悔に襲われる。

災害に限らない。あらかじめしておくべき準備、リスクマネジメントなど、この三つは様々に当てはまると思う。と、自戒を込めて。
酷熱に傷む葉っぱを観る晩夏 [2012年08月27日(Mon)]

__tn_20120827230914.jpg酷暑に晒される木々の葉っぱを見てみると傷んでいる。
数ヶ月前、芽が顔を出し、若芽がぐんぐん伸びて、やがて若葉に。
若芽の頃は色鮮やかに目を楽しませてくれる。
飴色,虹色,緑黄色,若草色,草色,淡萌黄,玉蜀黍色....。
若葉は萌え出ずる新緑の群となって、木を染め、林を明るくし、山を輝かす。
陽光が増すにつれ新緑は深い緑となって山は黒っぽくなる。
炎熱の頃は太陽の光に焼かれて、日照りに水分を抜かれて、葉っぱたちは弱々しい。
すでに枯れ葉になって落ちて朽ちていくものも多い。
秋風が吹けば働きに働いて光合成で木を育ててきた葉っぱは抜け殻のようになる。
晩秋の頃には落ち葉の山を作る。
生まれることは貴重だ。かけがえのないもの。
若さは逞しい 。可能性に満ちている。
壮成する姿は頼もしい。目を細めて世の中を眺められる。
老いてやがては死ぬ姿。やむを得ないし生きるもの流れ。
それでもいつかはやってくる。葉っぱのように精一杯生きて朽ちていく。
養分となって次世代を育て自らも再び生じるときが来る。
葉っぱを見ると傷んでる。その痛みは痛ましいものではなく、誇らしい。
会い別れ縁を結んであと何回 [2012年08月26日(Sun)]

__tn_20120826212747.jpg夏休み最後の日曜日。出雲縁結び空港は旅行客、帰省客でにぎわっていた。子ども連れの親子、その親や孫を送り出す故郷のじいちゃんやばあちゃん、帰っていた若い娘や息子を送る父や母、送迎する旅館関係者と旅行者が多い。お盆開けや夏休みの終わり時分、正月休み明け、連休明けにはよく見られることだろう。搭乗ゲートの向かう別れ際に長々と別れを惜しむのは、ビジネスマンが多いふだんの日中には見られないシーンだ。

別れて暮らす家族と久しぶりに会う。別の家庭をつくって暮らす親族と会う。数ヶ月、場合によっては数年ぶりに旧交を温め、互いの成長を喜ぶと同時に老いも確かめることとなる。離れて暮らせば日常のことはなかなか想像ができない。話を聞いても実際に生活ぶりは伝わりにくい。田舎の父母が娘息子のところに行ったからといって生活の全貌がわかるわけでもない。個人は個人、それぞれがまかされて生きている。それは毎日同じ屋根の下に暮らす家族も同じだ。わかっているようで実は生活の内実や気持ちはわからないものだ。

今日は元気な姿を見せることができた。だが明日のことはわからない。数ヶ月後、数年後、数十年後のことを考えると、一生のなかであと何回会って話して、温泉に出かけて、いっしょに何かして楽しむという経験ができるのか。意外と少ないのではないだろうか。同じ家の家族にしても日々積み重ねていけば会うことは会うのだが、互いに「よかった!」と思える交流が生涯のうちに何回できるかを思うとそれほどの回数は期待できないのだろう。一期一会とはよくいったもので、今の一瞬を大切にしなければならない。
フクロウは大きな目で見て何を知る [2012年08月25日(Sat)]

__tn_20120825211012.jpg大きな目。金色の目。虹彩にオレンジ色の輪郭をもった目。まばたきもせず見つめ続ける目。磨いた水晶玉の奥に黒い碁石をしいたような目。アニメの脇役のようにまじめくさって前を向く目。ふさふさした長い睫毛を触ってみたくなるような目。クチバシを包むように長い毛が伸びてアクセントを与えられた目。三白眼で黒目が小さい怖そうな目。上向きのひょうきんな感じの目。哲学者のように身じろぎもしない目。二つの目が寄って愛郷のある目。ミミズクの耳が威圧感を加える茶に染まった白目。ほとんど黒目でえたいの知れない目。左右の大きさが違うどこか猜疑心を抱いたような目。涙型の楕円形の目は眠そうだ。

夜行性で音もなく忍び寄り飛んできて獲物をつかまえるフクロウ。彼らの目はさまざまで魅力的だ。松江フォーゲルパークで眺めていると飽きない。目は口ほどにモノを言う。確かに彼らは何かを語りかけているかのようだ。外を自由に飛び回りたいという本能に基づく欲望か、それとも今ただちに餌をくれという生きる本能か。多くは大きくて丸い目をもっている彼らの目には何が見えるのだろうか。人間はどのように目に映っているのか。暑さを避けて入った梟の飼育舎でわたしは飽きずに彼らを眺め続けた。

(写真はオオコノハズクの目)
雲うたう笑い怒って雲踊る [2012年08月24日(Fri)]

__tn_20120824212232.jpg雲は歌う。腹は灰色だ、いや黒い。横から背にかけて白くなる。頭のあたりはコバルトに輝いて歌う。入道ぽわんと浮かんでる。積もった乱れがもくもくと。数分後には形は消える。あれよという間に刻々と変化のリズムを刻みおる。小さな窓を覗いたら夏の青さが輝かしい。

雲は怒っている。黒い波乗り怒ってる。ザバンずぶんドボンぼかんと怒っている。積乱雲が真上に来たら空気の乱れすぐそこに。遠くで稲妻ピカリと光り。やがてドカンと音がする。イチニサンシゴロクと数えたら、まだまだ大丈夫と安心す。イチニ、ピチピチと来たならば雷すぐ上危ないぞ。雲の言葉は雷ぞ。雲の音楽雨の音。はるかに屏風が見えたなら、雨の音はといざそこに。小林秀雄はこう書いた。

≪もともと言葉と音楽とはいっしょに人間に誕生したものである。一つの叫び声は一つの言葉です。リズムや旋律の全くない言葉を、私たちはしゃべろうにもしゃべれない。歌はそこから自然に発生した。古い民謡は、音楽でもあり詩でもある。しかも歌う人は、両者の渾然たる統一のなかにあるのであるから、その統一さえ意識しませぬ。彼はただ歌を歌うのだ。≫(小林秀雄「表現について」)

雲はリズムよご機嫌な音楽家。稲妻は詩なりとどろく不機嫌よ。それでもわずかで機嫌を直す。
決勝はひとりの勝者敗者決め [2012年08月23日(Thu)]

__tn_20120823224429.jpg80人ほどでジャンケン大会をやる機会があった。賞品は用意したが、優勝者にだけあげるという厳しい選抜だった。二人ひと組、もしくは三人ひと組を作って一斉にジャンケン。勝ち残った者は次の相手を探して再び勝負。数がある程度絞られたところで前へ出てもらって、衆目のなかでジャンケンをする。準々決勝となって8人が残ると会場の注目はいやがおうでも集まる。準決勝に4人が戦い、さらに決勝戦での最終勝負はあっさりと決まった。次々と勝者を選抜して最後の一人になるまで勝利者を確定していくトーナメント方式は厳しい戦いだ。準決勝まで残っても、負けてしまえば敗者の一人でしかないからだ。

オリンピックでさまざまな銀メダリストがいたが、煎じ詰めれば金メダル勝負に負けた選手が銀メダルをもらうことになるわけで、人によってはとても悔しそうに金メダリストの国家を聞き国旗掲揚を眺めていた。運試しで気軽にできるジャンケンとは違って、それまで死にものぐるいで鍛錬してきて世界最高峰の金メダルを求めて精進してきたことが、最後の負けで無に帰すと思ってしまうのも無理はない。実際は各国の予選を経過してオリンピック代表に選ばれるだけでなく、五輪の舞台で決勝戦まで勝ち上がっていくことは並大抵のことではない。世界の超一流であることは間違いない。それでも負けた者は悔しい。

今日は夏の甲子園・高校野球の決勝。ず抜けた好投手・藤浪を擁する大阪桐蔭が3対0で青森・光星学院を完璧に抑えて優勝した。今日の決勝戦は史上初という春の甲子園と同一カード。春の雪辱を決勝戦で晴らそうとした光星学院であったが、敗れた。昨年夏の甲子園でも西東京・日大三高校との決勝で準優勝に終わっているから、三回連続の雪辱戦に敗れた。

甲子園準優勝は最高峰の栄誉である。だが、光星学院の選手や監督はその名のように「光り輝く星」になりたかったであろうに、その栄冠を大阪桐蔭に譲ってしまったことに、さぞ悔しい思いを抱えているであろう。これも負けて悔しい「銀メダル」である。準優勝校は記録に残っても記憶には残りにくい。だが、その価値は年月を経て彼らの頭上に輝くであろう。
雲降りて地面にくっつく夕立や [2012年08月22日(Wed)]

__tn_20120822184638.jpg雲降りて 地面にくっつく 夕立や
夕立だ しぶきのたびに 風変わる
夕立後 乾いて再び 蒸す街よ
雷が 鳴るやいなかに 夕立ちて
夕立に 神代の混沌 想像す
夕立が 騒ぐ気配に 暗くなり
雲厚き 彼方に屏風 夕立や
天変わり 雷鳴轟き 気流落つ
風乱れ 夕立のあと 光満ち
夕立や 雲間乱して 光燦々
夕立や 枝を鳴らして 数十分
ひと騒ぐ ビルの谷間に 夕立や
稲光 節電効果 協力せよ
雲分けて 稲に力を 雷鳴を
稲光 会議中断 目を窓に
夕立よ 涼しくなれや 明日こそは
夕立や 帰宅の足を止めたまふ

列車乗車中30分。時間これまで。季語は夕立と雷(雷は夏のもの?)
思い遣り暑さ負けじと秋を待つ [2012年08月21日(Tue)]

__tn_20120821183824.jpg暑さは続く
つくつくぼうしと共に鳴くミンミンゼミ 遅れてやってきた夏の風物詩
孤高に鳴く 群れずに鳴く じんわりと鳴く ためらわずに鳴く
柳の淡い陰 くっきりと日陰の陰影がついて鋭い日射しにおそれをなす
バスに乗れば車内は冷えている 青色の空が目に映える 川面が静かだ 穏やかな昼間に見える
外は灼熱の蒸し風呂 再びバスに逃げ込みたい 光を避けて影を探して歩く
行き着いた先は居酒屋 仲間との飲み会 苦労を分かち合った者同士が知る陰影の過去 思い出しては今の想いを語る 今の姿はそのときの苦労にも負っている
思いやりとは思い遣り 思いを相手に遣ること さあどうぞと渡すこと
発案者にありがとう 幹事の思い遣りにありがとう その場に集まってくれて有難いと思う
長い日照りが続いたが先週から幾度か雨が降った 今日の昼下がりにも降った 炎熱はおさまりしばしの休戦 だが数時間もすれば暑さにぐうの音も出なくなる
今日は火曜あしたは水曜 今週は八月来週も八月 それでも九月はくる秋はくる
めぐる巡る季節の狭間に暑さは続く

(ミッキー誕生! ミッキーマウスは実は蓮の葉の上で誕生したのだ)
いざという事態はおこる災害時 [2012年08月20日(Mon)]

__tn_20120820192613.jpg以下、中央防災会議防災対策推進検討会議が7月31日に出した最終報告の冒頭から一部を引用する。

≪発災後(中略)、対応の遅れは深刻で回復困難な事態をもたらしかねない。被災者にとっても、社会にとっても、すべて「時間との競争」であることを意識し、時々刻々と変化する状況を的確に把握しつつ、あらゆる場面において状況に応じた迅速な対応をとることが重要である。≫

災害はいつ起こるかわからない。危険が予測されても、それを信じて行動するかどうかはその人次第である。普段から減災を目指して準備することも大切だ(なかなか実行できないが)。だが、いざ災害というときには手をこまねいてはいられない。時間と競争しながら事態を収拾し、二次被害最小限に押さえなくてはならない。

「対応の遅れ」が深刻で修復不能な事態をまねくのは、災害時だけに限らない。友人とすれ違って対立したとき、職場で誰かと犬猿の仲になってしまったとき、得意先との約束を忘れてしまったとき、街灯でのイザコザが、起こったとき、いろいろな場合が考えられる。

他人どおしはまだしも、家族間の関係がこじれてどうしようもなくなったときには、極めつけの不幸が待ち受けていることがある。家族だけに、可愛さ余って憎さ百倍だからである。たまに報道される虐待、暴行事件、尊属殺人や実子殺しなどがそうだ。

暑い、いらいらのつのるこの夏。よもや、対立関係が沸騰し対応が遅れることのないようにしたいものだ。
達成し自ら鍛えるモチベーション [2012年08月19日(Sun)]

__tn_20120819213835.jpg山陰中央新報に掲載された(2012.8.14付け「五輪想論」)村上龍氏の寄稿が興味深い。ロンドン五輪で女子サッカーがブラジルと戦った準々決勝、フランスとの準決勝をテレビ観戦しての所感である。

≪日本は波状攻撃を受けても慌てず、しかも苦しそうな表情をいっさい見せなかった。むしろ、この相手と、この舞台で、試合ができるのが楽しくてしょうがないという意気込みが伝わってきた。この強烈なモチベーションはどこから湧いてくるのだろう、そんな疑問を持ちながらゲームを見続けた。
 日本の女子サッカーが国民的な注目を集めるようになったのは、昨年W杯で優勝してからだ。それまでは国内のリーグ戦でも観客はほとんどいなかったと聞く。そんな状況で、選手たちは黙々と愛するサッカーを続けた。彼女たちのモチベーションは、そのときに鍛えられたのだと思う。
(中略)金メダルは逃したが、なでしこジャパンは、重要な事実をわたしたちに示した。何かを楽しむことはそう簡 単ではなく、モチベーションは自ら鍛え上げなければ本物にはなりようがない、ということだ。≫  (村上龍『五輪想論』12.8.14付け山陰中央新報)

ここでいう「モチベーション」とは、スポーツ心理学でいうところの「達成動機」のことである。上手くなりたい、強くなりたい、パスの精度を高めたい、ドリブルで突破力をつけたい、相手のフェイントに立ち回れる守備力を付けたいなど、さまざまな面での実力を高めようとする努力をあくなきまでに続けた人たちにしかわからないものであろう。心理学には達成動機のほかに「親和動機」を説く。チームで練習すると楽しいから、監督が誉めてくれるから、(反対に)練習をさぼると叱られるからといったものも苦しい練習を続ける動機にはなる。だが、自律的な達成動機に裏付けられないとチームの和や仲良しの輪にひびが入ったときには、「強力なモチベーション」は湧いてこない。

仕事でも日常でも、「モチベーションは自ら鍛え上げなければ」、高みに達することは難しい。自分で目標達成というご褒美を設定して、少々の苦しさを辛抱づよく克服していきたいものである。
砂浜が始めと終わり道結び [2012年08月18日(Sat)]

__tn_20120818214905.jpg巨匠フェリーニ監督の映画『』にはどんな言葉が似合うのだろうか。哀愁といらだち、別れと悲哀、涙と笑顔、貧しさと最果て、後悔と懺悔、帰らぬ過去。プラスイメージのものがないが、観た感想は悪くない。

そして、ひとは日々の生活を営み旅をし経験を重ね成長し恋をし裏切り後悔し楽しみ苦しみ家族をつくり失い老いていく。一本道ではなく、様々に分岐していく道がひとには用意されている。あるときは自ら選び、栄光にひたり、またうちひしがれる。

知恵遅れのジェルソミーナを旅芸人ザンパノは1万リラで買う。彼女の姉ローザも同様に買われていった。四人の幼い妹たちを食わすため仕方がないとはいえ、口べらしのために唯一の世界だった家からジェルソミーナは引き離された。

ジェルソミーナは家族のため金で買われたこと、故郷のことは忘れようと自覚したことを考えると本当に知的障碍だったのだろうか。理知的で意志の強そうな表情をしていた。その大きな目にいっぱい涙をためて、それでも泣くまいと堪えるところが愛らしくもあった。ニコニコと道化芸人の化粧の奥に哀しみを隠して大人っぽい姿が瞼に残る。綱渡り芸人との対話を通して彼女は、ザンパノが猛々しくて暴力をふるうだけでなく、優しさと寂しさも併せもつことに気がついた。まるで母のような慈悲深い雰囲気を出していたのが印象的だった。

意外にも道化や管楽器の演奏に才能を示したジェルソミーナだったから、むごい扱いばかりで虐待するザンパノから逃れればサーカス芸人として生きることができたかもしれない。だが、彼女が選んだのは、ザンパノを独りぼっちにしない道。ザンパノにほのかな愛を与える道。自分の幸せを求めない道。哀れにも死んでしまったが、彼女は与えることで贖罪したのだと思う。

一方でザンパノは、ジェルソミーナが死んではじめて彼女がかけがえのない存在であることに気がついた。ラストシーンではザンパノが砂浜で深く後悔し煩悶する。冒頭にジェルソミーナかわ故郷の砂浜で幸せそうに登場したこととオーバーラップして感慨深かった。綱渡り芸人から教わって彼女が吹いた主題歌のメロディが、美しく哀しかった。
国境は交渉なくして保たれぬ [2012年08月17日(Fri)]

__tn_20120817222110.jpg暴力団による脅しや理不尽なクレイマーから不当要求を受けた場合の対処にはノウハウがある。

1 相手の一方的な主張は仮定でしかないので、それを前提とせず、真実か否かはこちらが調査すると断言する。
2 相手方の行為(脅しなど)を確認、記録する(聞き取り、録音)。
3 こちらの主張は簡潔に繰り返す。議論をせずに短くしゃべる。
4 背筋を伸ばし相手をまっすぐ見つめて毅然たる態度で。

さて、国際レベルの脅しやクレイマーがこの8月15日を前後に頻出している。香港の反日団体14人が【尖閣諸島】に上陸。沖縄県警と海上保安庁は共同して不法上陸容疑で逮捕し、このほど入国管理局に引き渡す。その上で強制送還される模様だ。

●日本国は、尖閣諸島を無人島であり清国の支配がないことを確認した上で、1895年に日本国の領土としたこと
●尖閣諸島は、サン・フランシスコ平和条約において日本が放棄した領土に含まれず、アメリカから沖縄返還とともに施政権が返還されたこと。当時戦勝国たる中国は異議を唱えなかったこと
●1970年後半に石油資源が見つかって、中国は尖閣諸島の領有権を突如主張しだしたこと

これらを簡潔に何度でも、画像・映像も含めて公式に主張し続けることである。「嘘も百編言えば真実となる」ことを相手方に許してはならない。

さらに、10日には韓国の李大統領が竹島に上陸した。韓国が軍事力がらみで支配しているため、日本は指をくわえて見ているしかないが、主張は続けなければならない。経済交流への弊害を心配しては足下を見られ後悔することになる。

■江戸時代から鬱陵島へは日本人が渡り、漁猟や木竹の伐採を行って途中寄港地として竹島が利用されていたこと
■のちに幕府は鬱陵島への渡航を禁じたが竹島への渡航は継続した。明治になって再び多くの漁民が鬱陵島と竹島に渡航していたこと
■日本国は1905年に竹島を領有する旨決定し、島根県知事は同年に五箇村の所属として告示したこと
■太平洋戦争後の混乱に乗じて、1952年に突然李承晩ラインが宣言され韓国が竹島の領有を主張したこと

これらを何度でも繰り返し日本は主張すべきである。北方領土についても同じことが言える。繰り返しくりかえし繰り返し・・・・。嘘を百編言われたら真実を二百編繰り返すのだ。英語、ハングル、中国語でもって情報を出し、洗脳されて信じきっている民衆の目を覚まさないといけない。一昨年の中国漁船侵犯事件でユーチューブ映像が流出したとたんに中国民衆の非難がおさまったごとくに。そこからやっと交渉が始まる。むろん戦争となってしまったら元も子もない。民間外交も含めた交流を変わらず保ち続ける努力も忘れてはならないと思う。

【追記 2012.8.28】
日本の高校生が作った竹島問題検証動画が凄すぎる.avi  内容は検証していないが、あちらこちらで評判のいいユーチューブである。
夏終わりメダルのランク気にかけて [2012年08月16日(Thu)]

__tn_20120816221013.jpgロンドンオリンピックでの金メダル数ランキングのトップ10は次のとおりであった。

アメリカ 46 中国 38 イギリス 29 ロシア 24 韓国 13 ドイツ 11 フランス 11 イタリア 8 ハンガリー 8 オーストラリア 7 日本 7 カザフスタン 7

アメリカ合衆国が断トツの一位で、前回北京から落としたとはいえ中国は強い。開催国イギリスも後半大きく伸ばした。韓国は依然として強く北京と同じ数を維持したのも目を引く。

四年前もやったのだが、人口比でもランキングを計算してみた。人口データは外務省の各国・地域情勢による。本当はGDP比もやってみたくて途中までやったのだが、ドル建て換算が面倒で断念した。

栄光ある第1位は、カリブ海の小国グレナダで人口は10万人。ボルト二世と呼ばれるキラニ・ジェームス(19歳)が男子400mで獲得した金メダルによって栄冠をつかんだ。第2位はこれもカリブ海に浮かぶ小島バハマであり、男子1600mリレーで金を獲った。そして第3位はウサイン・ボルトを擁するカリブ海ジャマイカ。ボルトの100mと200m、リレー男子400mと女子100mの4個を得たものだ。

以下は次のとおり。1位から4位まで、6位と10位とトップ10のうち6国が英連邦というからすごいことだ。

4位 ニュージーランド 5個
5位 ハンガリー 8個
6位 トリニダード・トバゴ 1個
7位 クロアチア 3個
8位 リトアニア 2個
9位 スロベニア 1個
10位 イギリス 29個

狂騒の夏が終わり、メダル総数では史上最高だったのに対し、金メダルが目標より少なかったことの反省があちこちで聞かれる。称賛の一方でバッシングも多いことだろう。人口比では金メダルが39位、メダル総数でいえば36位。悪くない順位だと私は思う。
雨上がり自由な夏が流れゆく [2012年08月15日(Wed)]

__tn_20120815181419.jpg自由な空気が流れている 通勤列車は人が少ない 乗客にはいさかさ気が抜けているような雰囲気がある 職場もお盆休みをとっている人が多い かかる電話が少なくてよろしい

森に鳴く蝉の声もどこかほんわかしているのは錯覚か イソヒヨドリが鳴く 華やかに楽しげに鳴く 鳥の恋の季節は続いているのか

短パンTシャツサンダル履きでのほほんと歩くオヤジたち 薄いミニのスカートやワンピをまとい涼しげに夏を闊歩する少女たち 観光地松江では駐車場への入場を待つ車が列を作っている 堀川遊覧の観光客に手を振ったら満面の笑みで手をふり返してくれた

今日は67年後の敗戦の日 終戦記念日 ちょっぴり身の引き締まる空気がお昼の黙祷に漂う 将兵と民間人合わせて三百数十万の死者がいた その方々の犠牲の上に成り立つこの自由な空気 むろん愚かな戦争指導者に対する恩情は持ちようもない 一方で加害者も被害者も時代の空気に乗って御輿をかついだ一員であるのも真実だ 京都地方に甚大な雨を降らせてお盆の今日は追悼の連なり

雨で蒸し暑さがぶり返した だが空は高い 空の青さが際立ってきた 空模様も暑さから自由になっていくのだ 今夜は地元の小さな花火大会 自由に奔放に花火がはじけるだろう 雨が上がり自由な夏が流れていく
段取りをとらえて命長らえて [2012年08月14日(Tue)]

__tn_20120814175728.jpg段取り力向上研修を先日受講した。講師は株式会社行政マネジメント研究所の中村講師。肝に命ずべきは講義でも紹介されたこの格言であろう。

 「時間こそは最もユニークで、しかも最も乏しい資源である」 ピーター・ドラッカー

つかみどころがなく、ボヤッとしていればたちまちに過ぎてしまう「時間」を改めて考える機会になった。配られたテキストにはこうある。≪"右肩下がりの自治体経営の時代"には、戦略的思考に基づく政策選択と効率的な政策執行が求められ、これらを可能とするのが"行政マネジメント技術"である≫と。

人口減少⇒職員減少、年齢構成比の変化⇒経営資源(人、もの、金)の減少。右肩下がりのこの時代に経営資源の選択と集中をしようとしてカリカリし過ぎると、心身不調をきたす者が増えることは自明だ。かといって効果的マネジメントを管理者が放棄するわけにはいかない。各担当レベルにおいても効率を上げずして、求められる財やサービスを手広く提供しようとし続ければいずれ破綻する。

講師は、従来のリアクション型職員(問題発生時や指示に対して適切に行動する)から、プロアクティブ型職員(自発的に先々を考えて事前に対策を講じる)へのシフトが大切だと言われた。これはメンタル面でも重要なことで、自身のワークライフバランスを適切にし良好なライフマネジメントを自己学習する態度にもつながることだと。

タイムマネジメントとは、「仕事を管理すること」で、そもそも仕事とは、目的達成のためにその結果を利用する人の要求機能を満足させようとする行為と定義される。そして仕事管理のキーワードは次の5つ。

1 目的/はっきりさせないとゴールを見誤る。見誤ったためのやり直しは時間の無駄
2 締切/締切が中・長期にわたる場合は中間地点での締切を自ら設定。仕事とは自分の時間を売り命を削る、人生には終わりがあると心得よ。時は金なりではなく、時は命なり
3 優先順位/重要度と緊急度で判断するが、重要度が高い仕事は困難なことが多く、人はえてして簡単なものから着手してしまう。パレートの法則を意識すべし(2割の重要な仕事をこなせば8割の成果を達成)
4 所要時間/まず着手してみて5分で全体像を把握し、所要時間の見積りを計るクセを
5 量と質のバランス/両者は相反するが、質を追求するとはいかに早く正確に楽にやるかということ

そうした仕事管理の行く末に見えるものは、「強き者や賢き者が勝ち残るのではない。変化できる者が勝ち残る」という有名な格言(ダーウィンが述べたと後世に創作)。それに加えてテキストは、「未来に合わせて、他者から学び続けた者だけが…日々是学、日々是新」という言葉で締めくくった。だが人は流されやすい、心していかなければならない。流される人の思考的習慣は次のとおり。

1 できる方法よりも「できない理由」を考える 2 「誰が言ったか」を優先する 3 これからよりも「今まで」を重視 4 全体最適よりも「部分最適」を重視 5 まだ○年もあるでなく「もうあと○年」を強調する。

どちらかといえば保守的で流される層は年配者に多い。ではそれらが退職したら組織は刷新されるかといえばそうではなく、次々と予備軍が流される層に変化していくという。働きアリのうち怠けアリを排除しても同じ割合で新たに怠けアリが生じる「働きアリの法則」を思い出した。

流されないためには、「時間を見える化」することが重要。一日の始まりに毎日計画を書き表すべきだという。たとえ「今日もこれだけしかできなかった」と落胆することが続いたとしても、継続によって業務改善ができタイムマネジメントが向上する。仕事を何十年も続けて見えるものがある一方で、習慣という手垢によって見えなくなってしまったものもある。仕事の手順を考えて改善して見直して再び実行するというPDCAサイクルを実践しなければならないと改めて思う。まずは朝に「今日やることメモ」を書き出していこう。
半月の夢中が終わり空虚ろ [2012年08月13日(Mon)]

__tn_20120813232022.jpgロンドンオリンピックが終わった
悲喜こもごものドラマを催して4年に一度の祭典が終わった
テレビをつけてもライブ映像は見られない
寂しくなった
鈴を転がすような虫が鳴いている
秋の虫だ
雨が降っている
秋を誘う雨が降っている
ところによっては少々激しすぎる雨で閉口するが大地の熱を冷ます
アスファルトが濡れて雨の匂いがする
草むらから水気が立ち上る香りが漂う
まだ暑さは続くだろう
殺人的な暑さではない
秋はきっちりやってくる
明日はお盆の中日
通勤列車も寂しかろう
明日も元気にやりたいもんだ
はじまりのものを語って迫力に [2012年08月12日(Sun)]

__tn_20120812225815.jpg『神話博しまね』に行ってきた。神話の物語を映像化した「神話映像館」。石見神楽で見慣れている八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は、人間と同じ大きさである。ところがはじまりの物語では度肝を抜かれた。超がつく巨木のように林立するヤマタノオロチ。スサノオと戦う大蛇はゴジラのように火焔を吐く。負けじとスサノオは切る、叩く、突く、そして舞う。激しい動きと鋭い目の迫力で小さな子どもたちは泣き叫ぶほど迫力があるエンタテイメントであった。

「おもてなし広場」では、古代のチーズ"蘇"を賞味するのを期待していたが、午前中に行かないとすぐに売り切れてしまうとか。奈良・平安時代のころ、牛乳を煮詰めて固めた蘇。食べた人の弁によればチーズというよりは濃厚牛乳の味だという。期間中にはぜひ買って古代の味を楽しんでみたいものだ。蘇の発売も島根のはじまりの物語である。

「しまね魅力発信ステージ」は県内各地の伝統芸能を見せてくれるところであるが、私が入った時間帯には、島根キャラのしまねっこが軽快なダンスを披露していた。楽しい歌と紹介嬢の引っぱりで特に子どもたちは大喜びだった。島根の総合的キャラクターとしてしまねっこは、島根のはじまりの物語と言えるだろう。

古代出雲歴史博物館(略して歴博)へも行った。数年前に発掘された心の御柱の現物は、京都で開催中の大出雲展に出品しているため、張りぼてしかなかったのは残念だが、古代出雲大社本殿の10分の1復元模型が展示してある。巨大建築のはじまりの物語だ。荒神谷遺跡などで発掘された国宝の銅剣や銅鉾は実物があり、古代の風情を十分伝えてくれた。

石畳の舗装がされたばかりの「神門通り」まで足を伸ばすと、風格のある松並木の中で出雲そばや出雲ぜんざいを楽しむことができる。伊勢神宮前の「おかげ横丁」のような賑わいで、飲食や物販の名所としようという意図である。これもはじまりの物語。たおやかな視点で『神話博しまね〜見どころ&大社町あるき』。これもお楽しみのはじまりの物語。http://www.kankou-shimane.com/mag/12/8/shinwa/index.html

曇って激しい直射がなかった昨日土曜日は、朝方に4週間ぶりで雨が降ったこともあり、少し風が涼しく感じられた。それでも扇風機型のミストの風に当たるのは気持ちがよかった。殺人的な暑さがひと段落したということで(たぶん)、昨日は秋へのはじまりの物語。
過ぎたるは及ばざるがごとしと銃を撃つ [2012年08月11日(Sat)]

__tn_20120811123953.jpg映画『フレンチ・コネクション』を観た。ニューヨーク市警のポパイこと刑事ドイル。相棒ルッソとともに麻薬密輸の犯人たちを追う。密輸犯の舞台は地中海の美しい港町マルセイユ。ボスのシャルニエが統括するフレンチコネクションという密輸ルートがつなぐ先は、ニューヨークのブルックリン。

ドイルたちは取り引きの現場を押さえようと徹底した張り込みを続ける。ニューヨークの冬は寒い。彼らは凍えながら犯人逮捕のときを待つが、思うようにはさせてくれない。しかし執拗に諦めず追う。

ドイルは正義感が強い。強すぎて容疑者に暴行するのはもちろん、令状なしで現場に飛び込み、市民の車を奪うようにして犯人を追う。地下鉄を追うカーチェイスで目が覚めた(実はうとうとしてフランス場面での筋がわからなかった)。逃げる犯人を容赦なく一発で仕留め、狙われた現場では勇敢に独りで立ち向かう。

当局にとってみれば危なっかしくて見ていられない。上司は通常勤務に戻そうとやっきだが言うことをきかない。だが、悪党どもにとってはドイルは脅威である。ジーン・ハックマンが魅力的に演じていた。

だが、過ぎたるは及ばざるがごとしのとおり、銃撃戦では仲間を誤射で殺し、シャルニエも逃がしてしまう。激しすぎる対応は副作用も強い。ドイルの行く末はどうなるのだろう。

マンハッタンとともに今やニューヨークの看板地域であるブルックリン。街は活気にあふれ再開発で人々は潤う。それが夢かうつつかと思えるほどに、スラム的な光景が広がるころの物語である。
テレビ見て競技種目に目がくらみ [2012年08月10日(Fri)]

__tn_20120810225934.jpgオリンピックにはあまりにも競技数、種目数が多い。注目の日本選手がいなくて、映像で見ることのない種目もある。備忘録に一部を抜き書きしてみた(参照は、yahooジャパンロンドンオリンピックの競技一覧・ルール)

【陸上】
 トラック(100m、200m、400m、800m、1500m、5000m、1万m、400m障害、3000m障害、400mリレー、1600mリレー。男子110m障害、女子100m障害)
 フィールド(走り高跳び、棒高跳び、走り幅跳び、三段跳び、砲丸投げ、円盤投げ、ハンマー投げ、やり投げ)
 男子10種競技(100m、走り幅跳び、砲丸投げ、走り高跳び、400m、110m障害、円盤投げ、棒高跳び、やり投げ、1500m)
 女子7種競技(100m障害、走り高跳び、砲丸投げ、200m、走り幅 跳び、やり投げ、800m)
 ロードレース(マラソンと競歩(男子/20キロと50キロ、女子/20キロ))

【競泳】
 50m自由形、100m自由形、200m自由形、400m自由形、1500m自由形、800m自由形、100mバタフライ、200mバタフライ、100m平泳ぎ、200m平泳ぎ、100m背泳、200m背泳、200m個人メドレー、400m個人メドレー、オープンウォーター(10キロ)、400mリレー、800mリレー、400mメドレーリレー

【新体操】
 個人総合(フープ、ボール、クラブ、リボン)、団体(ボールとリボン・フープ)。演技の難しさなどを表す難度点(Dスコア)、音楽との同調性などを表す芸術点(Aスコア)、出来栄えを表す実施点(Eスコア)で採点

【レスリング】
 男子グレコローマン、男子フリースタイルがそれぞれ7階級。女子はフリースタイルのみで4階級

【フェンシング】
 個人と団体(男子のフルーレとサーブル、女子のエペとフルーレ)
 フルーレ/胴体への突き エペ/全身への突き サーブル/上半身への切りと突き

【近代五種】
 フェンシング(1分間エペの総当たり戦)、水泳(200m自由形)、馬術、射撃・ラン(5発の射撃と1キロのランニングを3度)

【自転車】
 ロード/ロードレース(男子250キロ、女子140キロの)と個人タイムトライアル(男子44キロ、女子29キロ)
 トラック/チームスプリント、スプリント、ケイリン、団体追い抜き、オムニアム
 マウンテンバイク(MTB/クロスカントリー)、バイシクルモトクロス(BMX)

【ボート】
 スイープ種目(こぎ手1人に対してオールが1本)/かじなしペア、かじなしフォア、軽量級かじなしフォア、エイト
 スカル種目(こぎ手1人に対してオールが2本)/シングルスカル、ダブルスカル、軽量級ダブルスカル、4人スカル

【カヌー】
 カヤック(こぎ手が座るコックピット以外は閉ざされており、両端に水かきのついたパドルで左右交互に水をかいて進む。1人乗り、2人乗り、4人乗り)とカナディアン(立て膝の姿勢で、片端に水かきのついたパドルで片側だけ水をかく。1人乗り、2人乗り)
 それぞれ、スプリント(静水面で一斉スタートし着順を競う)とスラローム(流れのある河川でゲートを通過しタイムを競う)がある

【重量挙げ】
 スナッチ(バーベルを頭上へ一気に引き上げ立ち上がる)とクリーン&ジャーク(第1動作(クリーン)で肩まで、第2動作(ジャーク)の一挙動で頭上へ差し上げる)の合計

(コメント)
こんにちは。
オリンピックって、やっているんだなっていう種目がありますね。
ケイリンって、おそらく日本からの競技ですよね。
射撃・ラン(5発の射撃と1キロのランニングを3度)
というのは、撃ってからランニングしてっていうのを繰り返すのでしょうか。
なんでこうなったのか、なにか理由があるのでしょうね。
作成者 前進 [URL] : 2012/10/18 (木) 16:09

ケイリンは日本発なのでしょうね。
射撃・ランはいかにも狩猟民族が考えそうな種目だと思いませんか。強さと正確さを求められるのですから。
作成者 ロンドンをとこ : 2012/10/18 (木) 21:45
不穏なり泉の縁に少女いて [2012年08月09日(Thu)]

__tn_20120809221647.jpgルノアールの『泉による女』を観た。倉敷の大原美術館にはピカソ、モディリアーニ、モネ、クールべ、マネ、シャガール、エルグレコなど有名どころの絵、教科書でもおなじみの絵画が目白押しだ。今日はなかでも、「泉」が気に入ってじっくりと観た。

明るい陽光のなか、ごく若い裸婦がカールした髪に手をやるポーズで画面右前方を見ている。そこに主題となった泉があるのだろう。すべてが柔らかく気品に満ちた曲線でできている。

栗毛のウェーブがかかった髪、丸みを帯びた手や腕、ふくよかな顎の線、ピンク色の唇、肩から脇、腰にかけての柔らかさ、適度な大きさの乳房、健康的な肌、恥部から下を隠す薄い布地、足下から腰のあたりまで包み込むような藁束、空、雲、額縁までも明るい曲線、柔らかくほわっとした曲線に囲まれて画面が全体的に幸せ感に満ちている。だのになぜだろう。少女の目線が虚ろで暗いのは。目の周りにクマができて辛そうなのはなぜだろう。恋い焦がれる人のことを思い描くのか。ほかの心配ごとか。なぜか気にかけてあげたい、守ってあげたいような裸婦のたたずまいである。ルノアールもそう感じながら、絵筆を握っていたのかもしれない。

図録にはこんな説明があった。
≪古今の数多いかたちのうちでも、ルノアールほど率直に女性の美しさを歌い上げた画家は他に例が少ない。≫
≪明るい太陽の光に輝く豊麗多彩な色彩の饗宴であったが、それと同時に、すべてが光と色の中にとけ込んでしまう印象派の世界ではなく、飽くまでも生きた肉体の存在と息づかいとを感じさせる人間の世界であった。≫

人間讃歌のルノアール、女性美を多彩に描いたルノアール。魅力的な絵の数々である。絵葉書を買って帰った。
事故するな露出の夏よ目をひかれ [2012年08月08日(Wed)]

__tn_20120808222739.jpg夏は前方不注意による自動車事故が増える季節らしい。特に男性にその傾向が強く、7月8月の2ヶ月間は女性に比べ2割増しの高い確率でそうした事故が起こるということだ。何で読んだかは忘れたが、その稿は「女性の露出度が高く、男性が目をひかれてしまうからだろう」と仮説を立てていた。

確かにわたしの目から見ても、ミニスカート、ミニに見える刺激的なキュロットスカート、大きく開いた胸元、薄い生地、派手な色合いなど目をひかれることが多い。心理的には夏の解放感も色濃い。事故が増えるのも当然なことと思える。

ただいま倉敷に来ている。夏休み真っ最中。家族連れ、恋人どおし、女性が連れだってたくさんのブランド店を歩き回っている。良いものをできるだけ安く手に入れようと血眼になっている。一緒に来たお父さんたちはお疲れ気味で早々に店回りから離脱し、休憩場所で時が過ぎるのを待つ。女性たちは精力的に動き回って、身を飾り家での必需品を揃えることに忙しい。

アウトレットで好きなブランドと出合うことは、翌日から露出か増えることにつながるのだろうか。もちろん、惹き付けた者に罪はない。ただ、見たいという欲望に負けるから、事故が起こるのである。

(コメント)
ほんとに暑い日が続きますね。
「ぬくてぬくて、どげにかな〜やなね。雨がふってほしと思っちょーけどふらんがね。どげしたもんだ。晴れの国もやっぱ、いい天気かね?しかし、不思議なもんで田舎の出雲におーより、倉敷へ夏行くと蝉の鳴き声がまげに聞こえーやな気がすーずね。書いちょらいやにほがみさんこにもどってごしないよ」
投稿者 好司 : 2012/8/8 (水) 23:42

まげに鳴いちょりますわ。ホテルの自動ドアが開くたんびにクマゼミがジュワジュワ、ザワザワっと騒いじょーます。午後になーと彼らは沈黙のとき。都会のセミは不気味ですわ。こっちもちったあ涼しんなりました。34度予想ですが
投稿者 倉敷おとこ : 2012/8/9 (木) 08:13
風変わり命が見えて立秋や [2012年08月07日(Tue)]

__tn_20120807183618.jpgおぬし変わったな 今日は立秋
夕方の風が違う どことなくひんやり感がある
おぬし変わったな なでしこジャパン
強敵フランスにしのぎ勝ち 最強敵アメリカとの決勝戦に堂々と臨む
おぬし変わったな 関口ジャパン
試合のたびにスピードつけて 強い当たりにも負けじと走る 次なる準決メダルをかけて
おぬし変わったな 水泳ジャパン
圧倒的強者の北島はいなくとも チームがもり立て励まし合い鍛えあう 泳ぐ一人の泳者でも 26人支えるぞ
おぬし変わったな 空の雲
ずっと快晴青く澄んだその色が 白い絵の具を混ぜたよう もくもく入道雲となり にわかな雨を期待する
おぬし死んでしまったな 地面に転がるアブラゼミ
ジージー鳴いて鳴き疲れ 子孫は無事に産んだかな
暑さはいまだ殺人的 まだまだ続く熱帯夜
それでもやがて季節は巡る めぐる巡るよ秋は来る 早く涼しくなれ
手仕事よ時を隔てて美術品 [2012年08月06日(Mon)]

__tn_20120806190844.jpg先週、島根県立美術館で開催中の『民藝〜手仕事の美』を鑑賞してきた。

≪「民藝」とは、大正15年に柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司の3人の創始者によって生み出された美の考えで、高級な個人的美術品ではなく、名もない工人達が作る実用的工芸品に美しさを見出し、「民衆的工芸」を略称して、「民藝」という言葉が作られました。≫
  (展覧会主催者のあいさつより)

花鉢、茶碗、湯呑、水滴(墨用の水差し)、文箱、大鉢、小鉢、皿、湯桶、箱、家具、書掛軸、羽織、暖簾、箪笥、椅子、電気スタンド、ネクタイ、文字絵、ピッチャー、壺、瓶、仏像など生活用の品々が並んでいる。木や竹、木綿、和紙、ガラス、陶器・磁器といった素材が、少し古風な手仕事の力によって強い存在感を発している。

これらは「民衆的工芸」である。民衆が平常の生活のなかで多彩な使い方をするのが自然であり、そのころの家庭ではごく当たりまえにゴロゴロしていた品物たちのはずだ。使ううちに芸術的価値を高めるものもあろうが、たいていは使い古されて、壊れ擦りきれ捨てられる。生活様式の変化によって、今やそれか普通に日常的場面で使われることは少なくなり、美術館、博物館の中に陳列されている。そこでは多くの人が観賞することはできても、使用感を実際に確かめることはできない。

品のいい古風な家で使われているうちは、外の人に知られることなく、ひっそりと限定的にでしかない。しかし生きている。博物館で展示されることは、美術工芸品として大事に丁寧に扱われるかもしれないが、すでに死んでいる。実用品としての民藝ではなくなっている。

奇しくも今はロンドンオリンピックが真っ盛り。山陰にゆかりの深い英国人バーナード・リーチの作品もたくさんあった。

リーチは1887年香港生まれの陶芸家。幼少期に日本に長期滞在した経験がある。ラフカディオ・ハーンの著述に惹かれ再来日。柳宗悦らと親交を結び帰英後セント・アイヴスに登り窯を築き民芸作品を創作。以後も度々来日し民芸運動の推進や思想の海外普及に努めた。1979年没。

写真を見ると、長身で面長、口元に髭をたくわえた紳士で優しげな風貌である。移民が増えて、ロンドンのスタジアムには多種多様な顔立ちがあるが、リーチの顔は典型的な英国人のものである。今夜は選手や観客の顔に注目することにしよう。
掛け軸を蓮に描いて夏の夜 [2012年08月05日(Sun)]

__tn_20120805233852.jpg荒神谷史跡公園で開かれた『D-Kライブ〜デジタル掛け軸』を観てきた。神話博しまねの関連行事として行われたもので、デジタルメディア・アーティスト長谷川章氏が制作したデジタル絵画100万枚を次々と多数のプロジェクタで投影する光のアートである。

島根県内を次々と巡回しており、島根県立美術館や清水寺、八重垣神社など建造物に投影することが多いのだが、今回のスクリーンは古代ハスの田んぼである。まだ青々とした葉、種子の実った花托の群生とバックに茂る林に色とりどりの絵が映し出される。きっちりした建物ではないので何が写っているのかよくわからないところはあったが、不思議な光のページェントを体験することができた。

空を見上げれば、暗い空にくっきりと天の川、夏の大三角形が見事だ。射手座、さそり座から西に目をやれば、おとめ座のスピカの近くには土星と火星。3者がきれいな二等辺三角形をつくっていた。北極星は薄雲に隠れて見えなかったが、北斗七星は逆向きにひっくり返り、カシオペア座はきれいなW字を描いている。

熱い空気の塊がときおり被さってきて今夜の暑さを思わせたが、ひとときの清涼感を感じて家路についた。
柔術が道を究めて王者なり [2012年08月04日(Sat)]

__tn_20120804165251.jpgオリンピック柔道の競技が昨夜終わった。男子は金メダルなしに終わり、女子もメダル総数が3個で過去最少であったと反省の弁が多い。世界ランキング制により出場機会を絞って大事な大会に備えることができなくなったこともあるが、お家芸柔道が過渡期を迎えたことは間違いないだろう。

柔道は1964年東京オリンピックから男子の正式種目となった。1968年メキシコでいったん中断したが、ミュンヘン大会で復活。60kg級(超軽量級)と66kg級(軽軽量級)は1980年モスクワ大会から開始。81kg級(軽中量級)と100kg級(軽重量級)は1972年ミュンヘンから開始。無差別級は1984年ロサンゼルス大会をもって終了。東西冷戦のあおりでモスクワ大会とロサンゼルス大会は棄権多数という不規則開催となった。女子は1992年バルセロナ大会から正式種目となっている。

私は思うのである。昨日書いたように、柔道はフェンシング、ボクシング、テコンドーといった【対決型】の一角を占めている。そのなかでも防具なし、グローブなし、攻撃の手段は生身の肉体のみで、取っ組み合いくんずほぐれつの格闘をし、叩きつけ投げるという狩猟民族的な闘争本能をくすぐるのではないだろうか。レスリングより攻撃手段は多彩でもある。だから世界各国の競技者数が増えているのだと思う。

東京オリンピックから男女別に、メダル獲得国数、日本のメダル占有率、日本の金メダル獲得数を調べてみた。

1964年東京    【男】9カ国 25% 3個
1968年メキシコ 柔道競技なし
1972年ミュンヘン 【男】11カ国 17% 3個
1976年モントリオール【男】13カ国 21% 3個
1980年モスクワ  【男】15カ国 棄権のためゼロ
1984年ロサンゼルス【男】13カ国 16% 4個
1988年ソウル   【男】13カ国 14% 1個
1992年バルセロナ 【男】14カ国 18% 2個  【女】13カ国 18% 0個
1996年アトランタ 【男】15カ国 14% 2個  【女】12カ国 14% 1個
2000年シドニー  【男】17カ国 14% 3個  【女】13カ国 14% 1個
2004年アテネ   【男】17カ国 14% 3個  【女】12カ国 21% 5個
2008年北京    【男】19カ国 7% 2個  【女】14カ国 18% 2個
2012年ロンドン  【男】14カ国 14% 0個  【女】16カ国 11% 1個
過去の合計    【男】47カ国 14% 26個  【女】27カ国 16% 10個
(注)分離独立した国、統一した国は別々にカウント

メダル獲得国数は増える傾向にある。それに反比例して日本のメダル数が減るのはある面仕方がない。農耕民族は狩猟民族や牧畜民族に比べれば、一般的に骨格筋肉は弱く、性格的には穏やかで決闘的な戦いには向かないのだから。

フランスの柔道人口は日本の何倍もあるという。中学校での武道の必修化が話題になっているが、そこで議論されるのは柔道の競技人口を増やすということではなく、柔道は事故率が高いということが中心である。競技人口が増えないと裾野は広がらない。となると、少子高齢化の現日本にあってロンドン・柔道競技でメダルを7個を獲ったというのは、破格な成果といえるだろう。

日本選手は敗れても相手と行う一礼と握手、競技場の畳から出る際に一礼する様子は美しい。日々の練習という修行によって確立した型、柔道原理を体現している。嘉納治五郎が柔術に理論と技術体系を加えた上で目指した「自他共栄」を立派に実現していっているとは言えまいか。彼が国内外で柔道の普及に努めてきたことが、今こうして実っている。このことは日本の国際貢献として世界に誇ることができる。

今国際柔道連盟に加盟する国と地域は200近く。柔道は日本発の国際スポーツとして王者の地位を占める。日本の競技者は卑屈になることはない。お家芸として勝って当然の立場ではなく、挑戦者として世界柔道に挑めばいいのである。
戦いは対決バトルか競争か [2012年08月03日(Fri)]

__tn_20120803161057.jpg昨夜、男子100kg級穴井と女子78kg級緒方が負けたとたんに、柔道はどの局でも放送しなくなった。今朝、結果を見てみると1本勝ちも多く迫力ある試合を見ることができたろうに残念だ。穴井が悔しくて泣くインタビューもそれなりに感慨はあるが、やはり見たいのは超一流のアスリートたちが見せる見事な勝利の姿なのだ。

さて、オリンピックの競技を大別すると、【対決型】と【競争型】がある。競技を細かく分けた種目ごとに見ると多少違いはあるだろうが、大まかにいえば次のようになる。

【対決型競技】
柔道/レスリング/フェンシング/ボクシング/テコンドー

これらは相手に直接接触して打撃を与え、攻撃するもので、突き叩き投げぶつかり倒し足蹴にする。言葉は悪いが戦闘する相手方を殺す競技である。

サッカー/卓球/バドミントン/バレーボール/ビーチバレー/テニス/ハンドボール/水球/バスケットボール/ホッケー

この対決型は直接的な接触はしないか、避ける。ただしサッカーやハンドボール、バスケット、水球は審判の目を盗んで打撃を加えることは当たり前の競技だ。ホッケーもそうかもしれない。意図的でなくとも勢いよくボールに向かえば衝突は避けがたい。卓球は玉は軽くて小さくとも、気持ちでは相手を射抜くばかりの迫力はある。

続いて【競争型競技】である。横一列に並んで、あるいは順々にスタートしタイムや得点を競う。

陸上/競泳/シンクロ/飛び込み/体操/新体操/トランポリン/自転車/セーリング/ボート/カヌー/重量挙げ/トライアスロン/近代五種/アーチェリー/射撃/馬術

だが、思うのである。これらとて、周囲の環境に左右されずに自分のもつ力を発揮しようと戦うことは、相手への対決姿勢なくしてはできないことだ。ましてやライバルとの精神的駆け引きは見えざる対決バトル、決闘である。オリンピックは前半戦から後半戦になっていく。素人目にもわかりやすい勝負判定で、世界からますます注目が集まる。さらに素晴らしいパフォーマンスを見たいものである。

(写真は百日紅の鮮やかなピンク。サルも滑り落ちそうに木はスベスベだ)
戦いの骸の末にメダルあり [2012年08月02日(Thu)]

__tn_20120802192758.jpg数知れない敗者の骸の上に、勝者の栄光はある。とくに一対一で戦って勝った者だけがトーナメントをかけ上がることのできる柔道は、激しい戦いぶりからも「骸」や「屍」という表現が似つかわしい。

男女とも7階級による個人戦。団体戦はない。男女とも軽い階級からひとつずつ一回戦から優勝戦まで決着をつける。敗者復活戦はあるが厳しい。準々決勝までいかないと対象にならず、各グループごとに敗者どおしで復活戦をして勝った者が、準決勝の敗者と戦って勝ってはじめて銅メダルに手が届く。金メダルを争う者どおしの戦いとなると生半可なものではない。まさに、世界超一流の死闘というにふさわしい。

最長で8分の死闘。両者ともポイントの優劣がなければ、3人の審判の旗判定で勝敗が決する。ジャッジが間違っていればジュリー(審判長)からクレームがついて判定が覆る。一本を取るのは美しい。引き手を取らせまいとパンチをくり出すように手技で守る相手から技ありを取ることすら難しい。小さな有効や指導を二つ積み上げた有効であっても、勝ちは勝ち。出場選手は階級ごとに唯一の祖国代表として破壊的なプレッシャーとも戦う。

まさに、骸や屍を踏み越えてメダルに向かって突き進む戦士と言って差し支えないほどの迫力である。男女は問わない。今夜も戦士は戦っている。
熱光り熱戦集まるこの夏に [2012年08月01日(Wed)]

__tn_20120801224215.jpg先週松江では水郷祭が土日両日にわたって行われ、たくさんの花火で人々が楽しんだ。線香花火も乙なものだが、大輪のあでやかさ、巨大な響きが地を揺らすさま、間髪をおかない連射。地上数百メートルに広がる絵巻にかなうものはない。

花火に代表される日本の夏は、今盛りだ。

夜から始まるオリンピック中継。テレビをなにげなく点けて期待の選手が登場となると画面に引き込まれる。ズルズルと見続けるというのではない。夢中になって観ているうちに深夜になっていつの間に明け方が近いという人も多いかもしれない。

四年に一度の夏の祭典も、今が盛りだ。

(写真は、宍道湖自然館ゴビウスから臨んだ夏の一場面)