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冬枯れや平凡な道あきらかに [2011年12月31日(Sat)]

≪寒風の中、白い息をはきながら、きょうも職場へ向かう。毎朝、同じ時間に同じ道を歩く。そんな平凡な毎日を、今年ほど有り難いと感じた年はなかった。≫
 (聖教新聞一面コラム「名字の言」2011年12月26日付け)

まさにそのとおり。平凡であることは有り難く、平凡であることほど尊いものはない。しかし、平凡であることに私たちは不満を抱き、非凡にあこがれ、多くの刺激を求める。

この世紀の大震災で私たちは平常の絆がいかに大切で、いの一番に守らなければならないものであることを知った。大震災だけではない。経済の不調もイスラム社会の変調も、テレビのことの中だけではなく、日々の生活に直結していくことを知った。

当たり前のことが当たり前でないことは当たり前のことだ、ということを私はあらためて知り、平凡を続けることは決してつまらないことではないと感じた。

明日から新しい年が始まる。かといっても暦があらたまるだけで大きな変化があるわけではない。しかし私たちの心のもちようと行動は明らかに社会に影響を与える。まずは私自身が変わることだ。

ナポレオンは言ったという。
「状況? 何が状況だ! 俺が状況をつくるのだ」
状況に流されずに、状況をとらえつつ、状況を変え作る思索と行動の時を大切にしていきたい。
新年に龍の飾りか幸あれと [2011年12月31日(Sat)]

インターネットリサーチ・マクロミルが「年末年始の過ごし方に関する調査」をした。2千人から回答を得ている。

年末年始を過ごす予定の場所は、「自宅」が73%、「(親・義親の住んでいる)実家」が21%で、合計して94%の人が家で過ごす予定だという。年明けの瞬間も86%が「家族」と過ごすとのことだ。正月は家族との絆を再確認する絶好の機会である。帰省するのが62%、予定なしが28%と圧倒的に帰省派が多い。

帰省して、両親や親族に会い、美味しい料理を食べて、のんびりして充電して、また新年の仕事や学業にがんばろうとするのだ。その美味しい料理・おせち料理だが、手作りする人は約3割、買う人は約7割だという。もちろん買う人の中に、一部手作り派も多い。手作りの割合は減少気味とのことだ。手作りでも買ったものでも、家族の団らんが幸あれと願う。

川中美幸が歌っている。AKBの選抜とパパイヤ鈴木の親父ダンサーズをバックに歌っている。頭には龍の髪飾り。明日から辰年元旦。仕事の人もたくさんいるが、日本中が正月気分に満たされて年が明ける。

数時間前に近所でボヤ騒ぎがあった。幸いに火事は最小限ですんだもようでよかったが、はしご車や救急車、消防車、消防団の車など十数台が道路一杯に集結していた。だれもがよい新年を迎えたいけれども、多くの障害と困難が押し寄せる。それでも人間は生きていく。生き続けることで喜びを感じ、課題を乗り越えるエネルギーを得ていく。艱難は押し寄せようとも幸あれと、私も含め家族も友人も多くの方々とともに生きる2012年でありたい。
望郷のズーズー弁に復興を [2011年12月30日(Fri)]

ユーチューブでおらほのラジオ体操が話題になっている。宮城・石巻を舞台に住民参加で撮影された動画であり、参加者の笑顔がステキだ。復興に向けた石巻の意志、つながった人々の思いが画面から伝わってくる。そして見ている者も温かい気持ちになる。最初のところを表記してみた。

「んでば めーがら 上さ あげで おっきぐ 背伸びっこ すっぺし はい いずぬぅさんす・・」

東北弁の温かさ、東北の人の強さが感じられる。石巻といえば、黒澤さんという看板屋さんが『がんばろう!石巻』という巨大看板を瓦礫の中にいち早く設置して、復興への大きな励みとなったことを思い出す。

先日、雲南市の加茂ラメールで劇団四季の演劇『ユタと不思議な仲間たち』を鑑賞してきた。お母さんの実家がある東北に引っ越た都会っ子でひ弱な勇太が、座敷わらしの助けを得つつたくましく育ち、人間界でも仲間を得ていくという物語だ。

東北訛りで「ユタ」と発音され、誰もゆうたと呼んでくれないばかりか、「ユタ」がある面蔑視の呼び名と化していく。悪ガキだけが悪いのではなく、自分の本分は都会にあると思っている勇太が同級生たちに心を開かないというのも問題なのである。座敷わらしは、身体的なたくましさとともに心を解放し仲間として受け入れていくという心構えも勇太に教え込んでいく。勇太と母以外は全編が東北弁。舞台は温かくかつ郷愁に満ちている。座敷わらしが子どもの格好ではなく、歌舞伎の隈取りで登場したのに度肝を抜かれた。

劇団四季はこの夏、震災で大きな被害を受けた岩手・宮城・福島の13都市を巡演した。学校の体育館を舞台にした招待公演では、地域の子どもたちが招待されたそうである。ことばは岩手の南部弁をモデルにしたそうであるが、ふるさとの訛りに近い発音に、鑑賞した人びとは懐かしさとともに愛郷の念で勇気がわき上がるのを感じたにちがいない。

島根・雲南でもカーテンコールの拍手は鳴りやまず、会場の大人も子どもも力一杯の手拍子で感動を表現していたようにみえた。出雲弁は東北弁と同様にズーズー弁だ。ふだんから耳にし口に出す私たちにも、存分に懐かしく望郷の気持ちが満ちてきた。
怒る人正義もとめて丁発止 [2011年12月29日(Thu)]

20111229221522.jpg名画『12人の怒れる男』(原題:12 Angry Men)を観た。父親殺しの容疑で逮捕された不良少年を尊属殺人で死刑にするべきかどうかを、12人の陪審員が議論するという設定だ。いかめしい法廷に高くそびえ立つ円柱が冒頭に出てくる。人を裁き、人に死をももたらす裁判所の威圧的存在を指ししめすものであろう。

忙しそうに歩きまわる人々、無罪判決なのか一同が喜び合う光景。裁判所で繰り広げられる人間模様の一端を示してから、カメラは法廷へ。裁判長がこの事件の帰趨は陪審員にあり、有罪か否かは全員一致の結論でなければ評決は流れることを告げる。被告少年が悲しげな大きい目で彼らを見ていたのが印象に残った。そして上映時間のほとんどを占める一室に、陪審員たちは缶詰にされるのである。

法廷で説明された証拠や証言は被告少年がクロであると立証しており、8番(名優ヘンリー・フォンダ。逝去前年、これも名画『黄昏』を観た)以外は有罪であることを疑いもしなかった。しかも、その一室は暑く扇風機も回らず空調もない。ヤンキースのナイトゲームを楽しみにする者がおり、商売のことで心ここにあらずという者もいた。要は陪審員たちはさっさと帰宅したいと願っていたのだ。

しかし、8番は納得できなかった。その時点で無罪派対有罪派は1対11。早く終わらせようとする圧力に8番は負けずに、証拠に疑問が多いことを論証していく。注意深く人間洞察にすぐれた年寄りが、納得し無罪派に転向する。推理が進むにつれて他の陪審員も徐々に心を動かされていく。

ここで印象的だったのは、裁判での原則「疑わしきは被告人の利益に」を貫くことはとても難しいということだ。予断と偏見によって、人がひとを見るときの観点は180度変わる。そうした過ちはあることはやむを得ないことであっても、アメリカ的良心を感じるシーンがあった。スラム街住人への差別心をあからさまに出し、臆面もなくあの不良少年は悪と決めつけ、正義の執行者として少年の有罪を主張した男が、有罪派も含めて全員から白眼視された。自由と機会の平等の価値を信じていた頃のアメリカの価値が底流にあることを感じた。

なぜ「怒れる男」なのか。陪審員たちは部屋の環境が劣悪なことに怒り、陪審員が発したこころない言葉に怒り、議論が思うように進まないことに怒っていた。8番は違った。1対11から2対10へ、さらに勢力が伯仲しても8番は冷静ではあった。が、彼は事実が曲げられて無罪の少年が死刑になるかもしれないという状況に怒っていた。幾人かの陪審員が極めて感情的になって憎しみを他者にぶつけていたのに対し、8番はあくまで真偽がないがしろにされていたことへの怒りを静かに発していた。12人が一様な「怒れる男」ではなかったことに、人間描写の深い魅力を感じる。

狭い一室にはまっとうな議論だけでなく、茶化しがあり、ふざけや諦め、気取りも脅しも駆け引きもある。さまざまな怒りがそれらと渾然となり、タバコの煙で充満した部屋はむせかえるほどの不快さに満ちていたはずだ。なぜ女は登場しなかったのかという疑問が残る。もし女性の陪審員がいたら、場の空気は相当違ったものになっていたことだろう。

11対1と攻守が逆転してもなお有罪を主張した男が、最後に「無罪だ」と折れたきっかけは、確執から息子を殴りそれ以降一度も会うことができなくなったこの男が、息子と被告少年をダブらせて、少年の悲しみを想像することができたからだった。すなわち、父を惨殺したという勝手な物語を作りあげてしまったがゆえに、少年の行動を決めつけたばかりか、少年の悲しみに想像が至らなかった自分の過ちに気がつき「怒った」から、彼は無罪を信じたのだと思う。他の陪審員も同じであろう。誤った内面的自己に怒りが向かったからこそ、この評決はくつがえったのである。

議論の途中から屋外は豪雨が降り続いていた。12人のそれぞれの怒りが象徴的に現れていたシーンだと思う。そして無罪が決まり、陪審員たちが裁判所から去るときに雨は上がりさわやかな空気が流れていた。とても深い印象を残した映画であった。

(コメント)
今年も残すところ、僅か2日となりましたね。
いろいろと、お世話になりました。
平成24年壬辰(みずのえたつ)閏年、西暦2012年、皇紀2672年を迎えます。
明治以来145年、大正以来101年、昭和以来87年目の年。1日多い366日だから有効に活用しましょう。
閏(うるう)が潤(うるお)う年となりますように・・・良いお年を
投稿者 好司 : 2011/12/30 (金) 00:06

こちらこそありがとうございました。
「来年の閏年が潤う年に」・・・なるほど、年末の締めにふさわしいステキなウィットです。
来年もどうぞよろしくお願いします。
投稿者 ふみはうす : 2011/12/30 (金) 11:11
師走暮れ仕事納めて吟じ行く [2011年12月28日(Wed)]

今日は仕事納めの日。一年の風流納めとして友と吟行ミニ旅行と洒落てみた。遠くに行くわけではない。単に宍道湖岸を歩き、ことばを探し、やりくりして五七五に収めようと苦吟しただけであるが、ここ数日には珍しく夕陽が暖かに照り映えて湖面に無数のグラデーションが輝きわたる夕方だった。気持ちいいとはこのことで、我ら二人は日常ながら非日常の体験をひっさげて、蕎麦屋で一献かたむけたのであった。もちろん呑むだけではない。俳句を形にし、意見を述べ合い、美味い蕎麦とともに吟じる世界を楽しんだ。

自信はないが備忘録として掲載しておこう。友にも許しを得たので一部を紹介する。まずはわたしのから。

  稜線に雪をたたえて冬木立

  冬鳥や さざなむ湖面やわき陽の

  道路端黒き残雪 春遠し
 
  語らって蕎麦湯のみこむ星月夜

  熱燗や机へだてて句を吟じ

続いて友のぶん。

  マフラーを渦高く巻く通学路

  きんちゃくの飯に隠したミカンかな

  雲海の氷のごとく流れけり

  息白し 晦日に友と蕎麦啜る

  酔うほどに冴え渡りけり 牡丹雪

俳句の世界には「多作多捨」ということばがあるそうだ。捨てるほどたくさんの句を吟ずることにしようか。
足元に雪のかけらかアイスかな [2011年12月27日(Tue)]

強い冬型の気圧配置がゆるみ、雪は昼前から冷たい雨となった。こんな夜は足元に気をつけねばならない。熔けかけて残った雪を踏みつけると滑る。道路の状態や材質によっては大いに滑る。盛んに積もって真っ白い道を歩くときもそうだが、ずんずんと大またで歩いてはならない。歩幅を小さめに、着地のときは多少膝を曲げたままで、間違っても踵から降りてはならない。踵がズルッと滑り、踏ん張ろうとした反対の足まで滑ればもんどり打ってひっくり返ることになる。暗くて寒いなか転倒するのは惨めったらしい。それだけならまだしも、大怪我でもしたら目もあてられない。

滑りそうなときは、りりしくカッコよく歩いてはならない。転ばぬ先の杖で、むしろ腰をかがめて三十も年をとったようなつもりで歩くのがよろしい。

凍った路面のアイスバーンが恐いのは当然だが、ブラック・アイスバーンはもっと恐い。薄く均等に凍った路面は白く反射せず、黒々としている。歩く人には気がつきにくいから極めて危険だ。

昨日の朝、気をつけて歩いていたつもりが、ビルの中に足を踏み入れたとたんに滑った。濡れた靴底がツルツルの床材にかかったとき滑ったのである。幸い転倒はまぬがれた。隠れたブラック・アイスバーンといえる。ご注意ご注意。
鎮魂の言葉ながれて時ながれ [2011年12月26日(Mon)]

昨日最終回を終えたNHKのスペシャルドラマ『坂の上の雲』第三部。三年間にわたる放映で司馬遼太郎の世界を描いた。この物語は架空の「小説」としてではなく、百年ほど前に起こった奇跡の日本、その軌跡を克明に描くドキュメンタリーとして読むことができる。歴史考証はがっちりしてあったとしても、場面ごとにやりとりされる人と人との言葉はもちろん、人の思考は著者の想像の産物である。しかし、それが事実であったかのように読む者に迫ってくる物語である。

今回のドラマ、なによりもここまで戦争の無惨さを映像に現したテレビや映画を知らない。夏には焦熱の修羅場、冬には極寒、そして板子いちまい下は地獄という厳しい条件のもとで、ロシアと日本の若者たちが肉弾となってもがきながら散る。双方の苦しみが余すところなく表現されていた。しかもそこは中国民衆の生活の場であり、彼らの大不幸をも招き寄せた。戦争とは、勝っても地獄、負けたら奈落の地獄だと、いやというほど感じることができた。

「小説」の冒頭は、≪まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている。≫で始まる。「小説」あとがきで、≪楽天家たちは、(中略)前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう≫と司馬遼が書いたように、維新後の新生国日本ががむしゃらに上を向いて走りつづける楽天的な成功物語であるかのように思えるが、実は鎮魂に満ちた物語だ。二百三高地攻防戦で死んだ幾万の若者への鎮魂という意味はもちろんだが、この戦争に勝利した成功体験があったゆえに、神がかり的な必勝信仰を生み、数十年後にその犠牲となった数百万の人々への慰霊という意味を含んだ物語であろう。

≪要するにロシアはみずからに敗けたところが多く、日本はそのすぐれた計画性と敵軍のそのような事情のためにきわどい勝利をひろいつづけたというのが、日露戦争であろう。≫と、司馬遼は「小説」のあとがきで、日露戦争をひとことで言い表している。この部分はドラマの最終回でもそのまま紹介された。さらに司馬遼は続けるのである。

≪戦後の日本は、この冷厳な相対関係を国民に教えようとせず、国民もそれを知ろうとはしなかった。むしろ勝利を絶対化し、日本軍の神秘的強さを信仰するようになり、その部分において民族的に痴呆化した。日露戦争を境として日本人の国民的理性が大きく後退して狂騒の昭和期に入る。やがて国家と国民が狂いだして太平洋戦争をやってのけて敗北するのは、日露戦争後わずか四十年のちのことである。敗戦が国民に理性をあたえ、勝利が国民を狂気にするとすれば、長い民族の歴史からみれば、戦争の勝敗などというものはまことに不可思議なものである。≫
 (司馬遼太郎・文庫版「坂の上の雲八 あとがき二」(昭和44年10月))

秋山真之が起草したという連合艦隊解散の辞は、次のように結ばれている。
≪神明はただ平素の鍛錬に力(つと)め戦わずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安(やすん)ずる者よりただちにこれをうばふ。古人曰く、勝つて兜の緒を締めよ、と≫

『坂の上の雲』は、「安ずる者」すなわち愚かな政治・戦争指導者によって死なねばならなかった兵卒や軍属、そして塗炭の苦しみをなめた一般民衆への鎮魂歌である。
クリスマスイブの夜中は混雑で [2011年12月25日(Sun)]

一平はふと目を覚ました。イブの夜から吹き荒れた風は、まだやんでいない。いま何時ごろか。雪はまだ降っているのか。寝る前に窓から外をながめて、ホワイトクリスマスを楽しんだのを思い出した。風の中でグキッ、ボシャと音がした。クイーーンという何か鳴き声のようなのも同時に聞こえた気がする。電気スタンドを点けた。もう中学生の自分にはサンタは来てくれないかもと不安ではあったが、寝る前に空の靴下を枕元に置いた。いまも平たいままだ。明かりが消えた。停電か? なにか動く気配があったと思ったら明かりは再び点いた。靴下は大きくふくらんでいる。開けてみると、一平が秘かに願っていたボードゲームだ。あの一瞬のうごきはサンタだったのか! 鼓動が飛び出しそうに大きくなった。驚きのあまりゲームをプレゼントされた喜びは湧きあがってこない。落ちつこう落ちつこう、と目を閉じて深呼吸するうちに、一平は気が遠くなった。

目が覚めた。もう窓は明るい。手元のプレゼントはそのままだ。あれは夢ではないのだ。外に出た。雪も風もやんでいた。冷たい空気だ。玄関先や道路には雪が真っ白に積もっている。雪の上にはうすい茶色の毛があちらこちらに散らばっている。点々と赤いシミまである。多くの子どもに届けられるクリスマスプレゼント。一人のサンタクロースではとても間に合わない。衝突事故が起こるかもしれないし、配送計画に手違いもあることだろう。そういえば口論するような声が聞こえたような気がするが、あれはサンタどうしで言い争っていたのかもしれない。一平は新聞配達の車が立ち去っていくのを、ぼんやり眺めて夢見心地だった。
臓腑ぬき凍りカレイにイブの夜 [2011年12月24日(Sat)]

カレイの干物の作り方を教わったので、さっそく昨日試してみた。華麗なる作業とはいかなかったが、冷たい水で凍えながらやり終えた。

【手順】
1 生のカレイを買う。スーパーに行ったら、エテガレイとミズガレイを売っていた。エテガレイが高いことを知った。
2 包装を解いて、金だわしで鱗を両面のこすり落とす。ごそごそ取れる。
3 エラの上から割箸を一本ずつ刺し、内臓まで貫通させる。ミズガレイはエテガレイほど大口ではないので、箸を2本刺すのに少々苦労した。
4 箸をガッチリ挟んでゆっくり1周させて内臓まで引き抜く。カレイの臓腑がボリボリと音を立てる。
5 残った内臓をほじくり出すようにして水洗いする。
6 塩をまんべんなくふる。
7 頭を下にして日陰干し。1日から2日で出来上がり。

昨夜から寒波が来襲し平地でも雪となった。今夜のクリスマスイブ、我が家はカレイの干物を食す。

ちなみに、沖合底引き網船が浜田漁港で水揚げしたカレイで200グラム以上のものは「どんちっちカレイ」としてブランド化されている。今回買ったのは出雲・大社産のカレイ。

【追記】 美味しかった。雪まじりの寒風で表面はすっかり乾き、旨味も凝縮されたようで、家族も喜んで食べてくれた。○藤さん、ありがとう。ふだん料理などしない私が、なぜ干物をつくろうと思ったかといえば、彼が日干しのことを説明するときの表情がいかにも美味しそうに見えたからだった。彼の生き生きしている顔に反応して、私の食指は動いたのだった。
不調にてがまんの数日ボール追う [2011年12月23日(Fri)]

昨年2010年12月11日のこの欄で、ゴルフ賞金ランキングのことを書いた。

≪スポンサーの懐具合によりけりで大会ごとに賞金額が違うので、賞金王の称号はあまり当てにならないと思っている。だいたい、強さの指標をカネにおくというのがどうも気に入らない。そこで指標を単純化して考えてみた。大会で優勝したら10点、2位なら5点、3は4点、4位は3点、5位は2点、6位から10位は1点、11から19位は0点、20位以下はマイナス1点。≫

勝負の世界は厳しい。去年の10傑のうち、今年もベストテンに入ったのは、石川、谷口、藤田の三人だけである。そして、新指標で計算した2011年日本ツアーの結果は次のとおりだ。

 1位 ベ・サンムン 151,078,958円(3勝) 新指標は45点で1位
 2位 高山 忠洋   98,718,202円(2勝)  15点 6位
 3位 石川 遼    98,282,603円(0勝)  21点 3位
 4位 谷口 徹    96,888,944円(1勝)  18点 4位
 5位 藤田 寛之   94,355,200円(1勝)  16点 5位
 6位 小田 孔明   92,046,659円(1勝)  26点 2位
 7位 近藤 共弘   78,374,189円(1勝)   9点 9位
 8位 武藤 俊憲   77,694,778円(1勝)  13点 7位
 9位 平塚 哲二   73,482,234円(1勝)  11点 8位
10位 久保谷健一   72,934,339円(1勝)   3点 10位(ただしこの10人だけで算出)

石川遼の3位が光る(新指標でも)。1勝だけしてランキングに登場している選手が多い中、石川は残念ながら1勝もできなかったが、うまくいかなくても決定的に崩れはしない、そこそこの我慢のゴルフをすることができるという一流の証明であろうと思う。しかも一時は崩れても早めに復調させるという心身の技を持っている。去年1位の金庚泰は12位に落ちた。今回1位のベ・サンムンは去年まで見えなかった新星であり、浮き沈みが激しいとも、韓国勢の選手層の厚さを示すものだろうか。

来年は優勝ガッツポーズをする石川の姿を見たいものである。今年二十歳を迎えたので、お酒のCMが解禁される模様で、アサヒビールと契約したとか。テレビでの露出もさらに多くなる。
悄然もここだここだと上り坂 [2011年12月22日(Thu)]

心は折れやすい。そして心は傷つきやすい。けれど心は修復し、癒される。

大きな失敗をする、小さなミスもある。人間関係でささいなすれ違いに悩む。道行く途中の不運で落ち込み、ふて腐れて、ふさぎ込む。ときに打ちのめされて、挫折感をかかえたまま悄然とわびしさを漂わす。

≪新渡戸稲造博士は、さまざまな場面で、「ここだな」と自らに言い聞かせたという。苦難に直面し、心が折れそうな時、「ここだな」と、諦めずに全力を注いだ。惰性に流されそうな時は「ここだな」と初心に帰った。「ここだな」の積み重ねが、万能の国際人を育んでいったに違いない▼未来部員と話していると、こんなクイズを出された。「日本では上り坂と下り坂、どっちが多い?」。答えは「同じ」。同じ坂でも、上から見下ろせば「下り坂」、下から見上げれば「上り坂」となる。“試練”という坂も、「ここだな」と一念を定めて上り切り、悠々と見下ろす人生でありたい≫
 (聖教新聞「名字の言」12月19日付け)

凹んで、意気消沈したときには、絶望感や虚脱状態に陥るのではなく、「ここだな」「これからだな」と言い聞かせよう。友人や家族と励まし励まされ、坂を上っていけば、いつの間にか坂は下りと転じていく。
極限も使う言葉で違うかな [2011年12月21日(Wed)]

野田総理大臣は先日、福島第1原発の原子炉が冷温停止状態であると宣言し、廃炉に向けて30年という長い道のりであるステップ2が始まったと言った。政府と東京電力の公式見解であるが、それが識者の非難を浴びている。

冷温停止状態の条件としては、次の2点をあげている。
(1)原子炉温度が安定的に摂氏100度以下に維持されている
(2)発電所敷地境界での放射線影響が年間1ミリシーベルト以下である

確かに原子炉圧力容器底部は100度以下であったとしても、その内部温度を測定する方法はない。お湯が沸くような温度が続いているとすれば、冷温停止とはとても言えず、冷温停止状態とオブラートをかけて表現したとしても欺瞞である。しかも、地下に貯蔵している高濃度汚染水の一部が、トレンチ(電線用地下トンネル)に流出したということからすると、事態が収束しつつあるとは思えない。

思えば、状態という言葉は便利だ。Web大辞林では「変化する物事の、その時その時の様子」と説明している。何かの単語に状態をくっつけて「○○状態」とすると、柔らかく婉曲的で曖昧さも出るから責任を回避できるような感じがするではないか。

ちなみに現代日本語書き言葉均衡コーパス少納言から、「○○状態」を拾ってみた。「少納言」というのは、書籍、雑誌、新聞、白書、教科書、法律、国会会議録などを1億語以上のデータベースとしたものである。25320件も抽出されたので300件だけ拾い上げた。

「健康状態」という表現がもっとも多かった。複数計上されていたのが、興奮状態/欝状態/経営状態/障害状態/精神状態/パニック状態/財産状態、といったところである。その他、順にあげてみる。

原生状態/生活状態/内面的平静状態/精神的状態/混乱状態/放心状態/長時間の起立状態/連結状態/丸呑み状態/馬場状態/膨張状態/心理状態/宙吊り状態/野生状態/心神耗弱状態/昏睡状態/品薄状態/極限状態/どん底状態/光線状態/真空状態/分布状態/目標状態/無効状態/騒乱状態/経済状態/衛生状態/猫に小判状態/ビジー状態/財務状態/不登校状態/壊死状態/疲労状態/感情状態/試料状態/静止状態/絶交状態/恐慌状態/錯乱状態/横ばい状態/ローリング状態/爆燃状態/初期状態/緊張状態/高血糖状態/全身状態/無菌状態/低酸素状態/ムンクの叫び状態/飢餓状態/クラッシュアイス状態/仕様状態/品薄状態/満車状態/未完成婚状態/労災一歩手前状態/減速状態/漁業資源状態

どちらかというと、心のありさま、世間のありさまを表現する場合であっても、どちらかというとマイナス場面であったり、意に沿わないケースを表現することが多いような気がする。事実を曲げるために言葉をもてあそんではいけないのだ。
朝暗い昼間短く冬至かな [2011年12月20日(Tue)]

12月22日は冬至。言うまでもなく昼間が最も短い一日。
ちなみに松江では、日の出が7時13分、日の入りが16時59分となる。
ところで松江で最も日の入りが遅いのが16時55分で、11月30日から12月12日までの間。
だから、年末が近づく今頃は終業時刻には明るくなってくる。
ところが朝は起きにくい。
あんのじょう、元旦から1月15日までは日の出の時間が最も遅く、7時17分となるからだ。
冬至を過ぎれば昼間の時間は徐々に長くなる。
しかし、朝は寒い上に暗くてまだまだ起きにくい季節である。
わたしはよく、「冬眠暁を覚えず」と表現している。
これから厳冬、玄なる濃い灰色か黒い季節。
つらく厳しいが、いずれは暖かい春はかならずやってくる。

(時刻は東京天文台ホームページの暦による)
突然に金の旅路となるや否 [2011年12月19日(Mon)]

今日正午のNHKニュースは野田首相の動静から始まったが、その途端切り替わり、金正日総書記の死亡を伝えた。二日前の朝8時半に列車乗車中に心筋梗塞で急逝したとのこと。しばらくテレビに出ていないので失脚したのかと話題になっていた女性アナウンサーが、沈痛な表情で総書記の死を伝えていた。

朝鮮中央テレビは次のような内容で発表している。

≪偉大な領袖金日成同志が開拓した主体革命偉業を継承し完成させることを畢生の使命に掲げた金正日同志は、革命と建設を領袖の思想と意図通りに粘り強く前進させてきた。
 金正日同志は、軍事優先政治で父なる領袖の高貴な遺産である社会主義の獲得物を守護し、わが祖国をいかなる敵も手出しすることのできない核保有国、無敵の軍事強国へと変貌させた。
 今日わが革命の陣頭には、主体革命偉業の偉大な継承者であり、わが党と軍隊と人民の卓越した領導者である金正恩同志が立っている。≫

韓国は不測の事態に備えて緊急配備の態勢をとっている。日本政府も、島根県も態勢を整えるための緊急会議を招集した。北朝鮮軍がやぶれかぶれの攻撃を開始するかもしれない。軍と指導部との連携が崩れて前線で砲戦が始まる可能性だってある。十数年も続いてきた経済運営の失敗、特に食糧事情の悪い状態が続いて人心が離れているとすれば、中国国境や日本海を目指して多くの難民が流出しないとも限らない。それを恐れて指導部が強面の策をとれば世界に暗雲が垂れ込むことだってある。中国が北朝鮮支援のために経済力が落ちれば世界全体の景気牽引力に陰りが生じかねない。無事に時間が過ぎ、北朝鮮の多くの一般人民が無事であることを祈る。

ともあれ、風貌や雰囲気も含め好きな人ではなかったが、金正日氏の死に弔意を表する。
合掌
ゴビウスに水の豊かさ音楽を [2011年12月18日(Sun)]

≪水辺に近づくと、とても落ち着いた気分になります。どうしてなのか考えてみると、水辺の周りにあふれている音が気持ちを落ち着かせてくれるのだと気がつきます。それはまるで音楽のようです。
 季節で変わる虫や鳥の声、川面をわたる風の音、風にゆれる草木のざわめき。そして、水の流れる音は水辺の音楽のなかでも特に際立ちます。
 水の音色は、場所によって変わります。
 浅瀬を流れるせせらぎは、サワサワと軽妙に鳴ります。
 急流を流れ下る水音は、心までうばわれそうな迫力のある重低音が響きます。
 流れの穏やかな場所では、音のない音が満ち、心が吸い込まれていきそうな感覚にとらわれます。
 今年ほど、水の恐ろしさが心に焼き付いた年はないかもしれません。しかし、水の恐ろしさを知るほど、水の優しさにも改めて気づけるのではないでしょうか。≫

 (宍道湖自然館ゴビウスのニュースレター「しまねっ湖」第40号にあるしまねの水辺紀行35「水辺の音楽」から引用)

まさに至言である。水は私たちの暮らしを豊かにし、気分を安らかにしてくれると同時に、残酷さも併せ持つ。大津波はもちろん、この夏秋は大雨に恐れおののいた一年であった。

ゴビウスでは、特別企画「生きものの色ともよう」が始まった。同じホシザキグリーン財団経営の宍道湖グリーンパークとの共催で、魚や虫、鳥たちの鮮やかな色や模様を特集している。じっくり観ると見飽きない。豊かな水と自然を感じられる絶好の機会なので観覧をお勧めする。

(写真は宍道湖グリーンパークに据え付けの単眼鏡から見た宍道湖の光景)
白黒の犯人探せば友人よ [2011年12月17日(Sat)]

20111217182138.jpg映画『第三の男』を観た。アメリカの三文小説家のホリーと闇商人ハリー、そしてハリーの恋人だったアンナとの物語である。ウィーンの石畳の上を主人公たちが走る足音。重厚に夜の静けさを断ち割っていく。ウィーンの巨大な地下構造物・下水道で繰り広げられる捕り物。都市基盤が古くから整備されてきたことがよくわかる。

第二次世界大戦後、米英仏ソの統治下にあったウィーン。ハリーライムを訪ねたホリーは、ハリーの突然の訃報に接する。ホリーはアンナとともに事件の真相を究明しようと私的捜査を始める。やがて、死んだハリーの遺体を処理した者には、第三の男がいたことがわかる。二人には危機が訪れるのだが、やがてホリーは第三の男と出会う。なんとその人はハリーその人であった。というサスペンスなのである。1949年の映画だからもちろん白黒。

冒頭から誰でも知っているあのテーマ曲が流れる。全編を通じて音楽はチターのみ。単一楽器とはいえ、静かなサスペンスに多彩な表情を与えるBGMとなっているところがすごい。チターという楽器をホームページで見ると、ギターのようなフレットが手前にあり左手指で押さえ、和琴のように横たえて、右手でハープのように数十本ある弦を弾く。軽やかでかつ異郷的なあの響きが心地よくて、わたしは睡眠不足もあって眠り込んでしまったときがあった。ということでスジをあとから聞かなければならなかったというのは御愛敬。
暖かき雪舞う師走にハートかな [2011年12月16日(Fri)]

風が舞う
鳥も舞う
トンビが吹く風に押し戻されつつ飛ぶ
カラスは羽ばたかない
低く滑走し降りたらチョンチョン跳ねている
雪が舞う
この冬初めて大粒の雪が舞う
最高気温は5度くらい
寒いサムイと会う人ごとにつぶやいて
不幸せな寒さではない
やっと来た来た冬将軍
今はまだ余裕をもってお出迎え

帰りの道を急ぐとき
松江の京店通りにある短い路地へ
敷かれたレンガに二つのハートがあり
ひとつは大きく目立つもの
もうひとつは隅っこで小さくてわかりにくい
ときどき旅の女性二人が探している
腰をかがめて楽しそうに探している
恋の幸運を求めて
次はカレと来なさいね
きっと松江に帰っていらっしゃい
右ひだり選ぶ果てには人の生 [2011年12月15日(Thu)]

勤め始めてからまだ日の浅い若者と飲んで語らう機会があった。楽しく弾む会話が続き、わたしにとってはもちろん彼らにとっても印象深い夜となってくれたようで感謝にたえない。3時間が流れるように過ぎて、時間の経過を忘れてしまうかのようだった。

「きく」という言葉には聞く、聴くのふたつがある。尋問する訊くもあるが、ここでは置いておこう。いや、取材しつつ相手の心の懐に入っていくとすれば、訊くというのもまんざら間違ってはいないが…。

話を「聞く」うちに、物理的に耳に言葉が入ってくるだけではなくて、胸襟を広げ心も開放されてくるようになると、「聴く」態勢になる。相互に聴くようになると、相手方に心情を吐露するだけではなく、自分自身に自分の心が開いていくようになる。実に有益な時間となってくる。

そうするうちに様々に「効いて」くるのだろうし、能力を発揮する「利く」にもつながっていくのだと感じた。まるで旧知の間柄のように話をしあえたということは幸福なことだ。何度会ってもぎこちない関係のままの人もいれば、会ったその数十分のうちに打ち解けられる人もいる。思えば不思議なことだ。その不思議な縁にも乾杯したい。

日々は、いや今の瞬間も、選択することの連続である。その結果が明日の自分の立ち位置を決め、5年後の姿を形作る。当たり前のことであっても、その繰り返しを丹念に行っていくしかない。昨夜はそんな話もしつつ、今夜も忘年会を終えて酔っ払った頭で考えている。

P.S.
ところで「忘年会」。年忘れの意味であるが、忘れてはならない年となった。3.11があったこの2011年、平成23年の卯年を忘れてはならない。
霜降りて奇声発するアオサギや [2011年12月14日(Wed)]

今朝は薄く霜が降っていた。
幅5mほどの川にアオサギがいた。
じっと動かない。
彫像のようだ。
動きはないけれど、ほとんど360度を見渡せる視野の広い眼でもって、こちらを観察しているのが気配でわかる。
案の定、わたしが7、8mまで近づくと跳躍の構えに入った。
さらに行くとバッと飛び立った。
あのやかましくて少し不気味な奇声を発し、大きく羽ばたいた。

さきほど松江城お堀のほとりを歩いた。
アオサギがいる。
暗がりにやはりじっとたたずんでいた。
考えるひとのように見えた。
タイトルは悔しねじふせ雄叫びを [2011年12月13日(Tue)]

プロ野球楽天の田中将大投手は今シーズン19勝5敗をあげ、最多勝、最優秀防御率、最高勝率、ゴールデングラブ賞、ベストナイン、そして誉れ高い沢村賞も獲った。

2年ほど前にダルビッシュから「もっと力まずに」とアドバイスを受けたのをきっかけに、ストレートの質が一段と高まり、キャッチャーミットに突き刺さるようになったという。低めに力強い球が集まることが、このタイトル総取りにつながっている。大震災の地仙台のファンにエールを送りたいと全力投球を続けたシーズンであることも、野球力の向上につながっていることは間違いない。

沢村賞の選考委員が注文をつけた。「ガッツポーズは品がない。沢村賞にそぐわないから改めよ」という意味合いだ。マウンドでガッツポーズをしたり、雄叫びをあげることは不謹慎なのか。

野球は戦いである。実際に死人はでないが、刺し、殺し、盗み、撃つのが野球というスポーツだ。スポーツには殺すか殺されるかという戦争の代理機能がある。それを置いて、「平和的にみんな静かに仲良く、負けた人の悲しみをおもんぱかって」などという温情主義は、負けたほうにもいい迷惑だ。「あなた三振よ。ごめんなさいね」とねちっこい態度をとられるよりは、スカッと雄叫びをあげてもらったほうがいい。今度こそ、と勝つために力をつけ工夫をする。その繰り返しにスポーツの面白さがある。やたらと品格が求められる相撲とも違うのだ。吠えるな!と言われたら。田中の自然さはなくなってしまう。

【追記】スポーツもかわれば違うもので、剣道のインターハイで一本とった高校生がガッツポーズをした瞬間、審判は直ちに手旗を下で交差させ、その一本を取り消したそうだ。ガッツポーズに注意だ。
展覧の茜の色に壺が映え [2011年12月12日(Mon)]


島根県立美術館で日本伝統工芸展が始まった。陶芸、染織物、人形、漆器、金工、木竹工など各分野で、人間国宝から新進気鋭の作家まで力作が並べられている。わたしが気に入ったのは山本浩彩作の焼物「焼締窯変茜壺」。高さ38センチ、大きめの壺である。

夕闇まではまだ早い薄明かりの頃、冬の雲を透かすように陽光が不思議に雲り空を茜色に染めあげている。木とおぼしき縦にせり出す模様が胴体の中央部分を巻いている。土色の地面はうねって、すぐ下まで迫る濃い茜色が熱いマグマのようだ。壺の下半分はずっと底までマグマの色か、それとも地球を照らす太陽の恵みの色なのか。明るい茶、くすんだ茶、茜色、様々な灰色がうねる、曲がる、豊かな曲面を見せてくれた。

こうした工芸展や絵画展を観るたびに思う。本物を識眼する目はどのように獲得されるのかと。おそらくひたすら本物を観る触る感じるまた観る、その繰り返しによってどこかに潮目がくるのだろう。そうした分水嶺を超えた人のみが名人の領域を知ることができるのだ。

(写真は県立美術館のクリスマスイルミネーション。宍道湖側の窓を飾る)
潮風を背に受け走る韋駄天よ [2011年12月11日(Sun)]

第20回しおかぜ駅伝(浜田−益田間駅伝大会)が、今日開催された。益田市の益田陸上競技場をスタートし、浜田市のしまねお魚センター前をゴールにして毎年行われてきた。区間は9つで総距離は42.195km。同僚も出場しているので結果はどうだったのか、気になるところだ。

出場チームは57あり、チーム名を見ると興味深い。島根県には数年前まで59の市町村があった。それが平成の大合併で今やわずか19市町村。この大会は市町村対抗であるので、出場していないのは隠岐・島前の3町村だけにしても57も出場するというのはなぜかといえば、旧市町村の単位でエントリーしているからだ。大合併によってかなりの市町村名がなくなった。だとしても、旧単位のつながりは強い。できうる限りはその単位で出場したいという郷土意識のあらわれなのだと思う。

今日は昨日ほど風は強くなく、雨も降らなかった。師走にしては暖かめの気候の中で、選手たちは沿道の人たちから声援を受け、郷土の期待を背にして懸命に走ったことだろう。会心の走りはできただろうか。

ともあれ、お疲れさまでした。今夜はぐっすりとおやすみください。

(写真は、友人が送ってくれた朝霜の写真)

【追記】57チームが出場と書いたが、39チームの誤りだった。57というのは、かつて59市町村のうちほとんどの市町村から代表が出ていたという名残りで、最高57がエントリーされたことを意味するようだ。それでも39ものチームが出場すること自体がすごいことだ。

(コメント)
しおかぜ駅伝
へとへとになって帰ってきました!
我がチームは39チーム中24位。
過去最高順位が23位なので、
今回はまずまずの成績でした。
どこのチームも限られた予算。
昔のようにマイクロバスを仕立てて出場することは
できません。
私も必死になってタスキを渡した後、すぐさま
中継点に用意したマイカーで、
走り終わった中高生の回収にまわりました。
しかし、
個人のタイムに悔しさが残るのは
まだまだ若いという証拠なのかな? と
思っているところです(笑)。
投稿者 きゃど : 2011/12/12 (月) 12:39

中継点からただちに車の運転とは・・・驚異ですな。すばらしい。
タイムに不満足とのこと。体力と気力の端境期にあって、楽しみと必死な挑戦とをどのあたりでバランスをとっていくか。まさに人生後半期にあっての終わりなき命題といえるかもしれませんね。
ともあれ疲れをゆっくりとってくださいな。
投稿者 ふみはうす : 2011/12/12 (月) 21:53
輝いて年の瀬向けて寒い朝 [2011年12月10日(Sat)]

明け方に外へ出た。昨夜の雨はやんで、雲は全天の半分が吹き消されていた。そこに見えるは、オリオン座のペテルギウスとこいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウス。冬の大きな正三角形がくっきりと南西の空に見える。ぎょしゃ座の五角形も形よく広がっている。近くにはふたご座の二つの一等星、カストルとボルックルが仲良く並ぶ。

今夜には満ちる月が、西の空低くに薄い雲を通してぼんやりと見えた。今宵満月は皆既月食。あまり期待はできないが、見られれば天体ショーを楽しむこととしよう(珍しいものではないが)。

昔の人には月食はどんなふうに見えたことだろう。ぼんやりと縁から欠けていき、だんだんと赤銅色に染まる月は気持ち悪く見えたことだろう。見た目は変わっても、実際当の衛星には全く影響はない。ただ単に見た目だけが変わる。

ひとも同じことが言える。当人にとっては変わらず振る舞っているつもりでも、周囲が解釈によって、違う人物に仕立てあげる。反対に環境によってひとは、どうにでも染まっていく。キャラの使い分けもその一様であろう。月と違うのは、月はまさに見た目だけだが、ひとは本当に染まっていくことだ。朱に交われば赤くなるといった類いである。

しばらくして空を見上げるといつの間にか雲が広がって冷たい小雨となった。満月一日前の月は雲に隠れていた。
暖かに鍋を囲んで冬型の [2011年12月09日(Fri)]

冷たい風が、耳を切る、額を刺す、鼻の穴を突く。
雨の冷たい雫が、手を凍えさせ、足をすくませ、コートを濡らす。
寒波の襲来である。襲来というには大袈裟だか、外を歩くのには、マフラーをして手袋をつけ完全冬支度をしてちょうどいい。
鍋を囲んで談笑し、昔のことや今のこと取り混ぜて、賑やかにパーティーを。

障碍児の療育の今はどんなふうに変わってきたのか?
脳神経小児科医師の日常は?
在宅の福祉、施設福祉の現状は?
言葉の言い換え、言葉狩りとは?
人事や仕事のやり甲斐とは?
武道と勘どころについて?
野菜づくりと安全な食べ物?

などなど楽しく談笑しながらの3時間近くを過ごす。
外に出るとやはり、いやもっと寒い。
けれど気持ちは暖かだった。元気に免疫力が高まったような気がした。
セクハラに表裏一体気をつけよ [2011年12月08日(Thu)]

昨日の続きを。引用は「教育とエロス」(内田樹,2002年2月,『「おじさん」的思考』,角川文庫)より。

≪学校というところは、すべての制度的虚飾を削ぎ落とせば、「知」に対する欲望を持つ者(=教師)の欲望が、「知」に対する欲望を持つ者(=学生)の欲望の対象となる、という「欲望の欲望」構造に帰着する。(中略)人間の欲望が照準するものは、モノやヒトではなく、「他者の欲望」である。私たち人間は「他者そのもの」を占有したり、「他者と一体化」することを望んでいるわけではな≫く、
≪「他者の欲望の対象となること」、「他者に欲され、愛され、承認されること」を欲望している≫。この≪「他者の欲望を欲望する」構造がもっともあらわになるのは(中略)性愛の場である。≫と。

そして著者は、教育は性愛と同様の構造を持つにもかかわらず、それを理解しない教師は、学生の知への愛を誤解すると説明する。

≪「知のありかを知るもの」という機能的立場ゆえに、教師は学生にとって必然的にエロス的欲望の対象になる。その欲望を推力としてはじめて教育の事業は成立する≫から、学校でセクハラ事件は起こると。

≪実際のセクハラ事例が教えてくれることは、(中略)ほとんどの場合、教師は学生と「それぞれ合意の上に恋愛関係を取り結んだ」と信じている、ということである。≫

教育において、≪学生が自分に示す欲望をおのれの個人的な性的魅力の効果であると考えて「恋に落ちる」教師と、学生が自分に示す畏敬の念をおのれ個人の博学と識見の効果であると考えて「威張り散らす」教師は、師弟関係の欲望の力学を見落としているという点で、実はまったく同類なのである。≫

まさに今回の内柴事件を彷彿とさせてくれる。彼は柔道家としては一流となった。しかし、教育者の卵としては、まだ若すぎて知性と想像力に欠けていたということなのだろう。
両性の合意のもとでセクハラ疑惑 [2011年12月07日(Wed)]

二つの金メダリスト内柴正人氏の懲戒解雇(九州看護福祉大客員教授)。9月に柔道部の合宿先で未成年女子部員と飲酒の上でホテルでセクハラ行為に及んだとの疑いである。そして昨日は逮捕と、急転直下で事態が進んだ。先週記事になった時点で、私には違和感があった。セクハラとは性的嫌がらせではないのか。実際にことに及んだのであれば、強姦や強制わいせつではないのかと。

【セクハラ】をWeb大辞泉で引いてみると私の感覚に近い。

≪性的いやがらせ。特に、職場などで男性から女性に対して、または女性から男性に対して行われる性的、差別的な言動をいう≫

だが、ウィキペディアでは、

≪相手の意思に反して不快や不安な状態に追いこむ性的なことばや行為≫と説明し、さらに
≪法律的には、2つの段階に区分される≫として、一次被害としての強要(部下・同僚の異性の意思に反して性的関係を求める)や、場合によっては強制わいせつなどの刑事案件についてもセクハラに含められることがあると説明している。いや〜知らなかった。

刑法にあるわいせつ関係の罪をあげてみた。

●公然わいせつ罪(第174条) 六月以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金ほか
●わいせつ物頒布等罪(第175条) 二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金ほか
●強制わいせつ罪(第176条) 六月以上十年以下の懲役/致死傷は無期又は三年以上の懲役
●強姦罪(第177条) 三年以上の有期懲役/致死傷は無期又は五年以上の懲役
●準強制わいせつ罪及び準強姦罪(第178条) 176条と同じ
●集団強姦等罪(第178条の2) 四年以上の有期懲役/致死傷は無期又は六年以上
●未遂罪(第179条) 強制わいせつ、強姦、準強制わいせつ・準強姦、集団強姦の罪の未遂は罰せられる
●親告罪(第180条) 第176条から第178条までの罪と未遂罪は、告訴がなければならない
●淫行勧誘(第182条) 三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金

神戸女学院大学名誉教授 内田樹氏の文章に「大学でセクハラが起こりやすい理由、起こしやすい教員の傾向」が記されていた。内柴氏は「合意の元ホテルへ行った」と供述しているが、その心理も含めて、また明日紹介する。
凛として日々の習慣ひとつくる [2011年12月06日(Tue)]

美は生活習慣だと思う。美しい人は生活習慣によってつくられる。素質によって美しい人はいる。けれど素質や才能に慢心し、磨くことを怠った者は衰える。

ドラマ『坂の上の雲』第三部が始まった。小さくて貧しい国、明治日本。列強の勢力下にあった東アジアにあって、植民地になるのも当然といった情勢にあって、その悲劇を押し止めたものは、明治人の凛として美しい生き方であった。テーマ曲「Stand Alone」(作曲:久石譲/作詞:小山薫堂)の曲が何度も頭をよぎる。

  ちいさな光が 歩んだ道を照らす
  希望のつぼみが 遠くを見つめていた
  迷い悩むほど 人は強さを掴むから 夢をみる
  凛として旅立つ 一朶の雲を目指し

自分をあきらめず希望を沸きたたせ、人の魂を明るく啓発する人は美しい、凛々しい、麗しい。その人が端然として歩く、静かな緊張感をたたえて事務を執る、気品にあふれた姿で他人の話に相づちをうつ。そうした日々の集積が生活習慣となって美をつくる。醸し出す温かい雰囲気が周囲に精彩を放つに違いない。
空に青こころ震わせしらとりが [2011年12月05日(Mon)]

松江城のお堀にコハクチョウが一羽いる。先週あたりから姿が見える。優雅に泳ぎつつ、時折首を水面下におろして、魚を捕っているのだろうか。毛づくろいをしているときもある。近くには白鷺やアオサギが餌をあさっている。ジョバンニと友人カムパネルラが銀河鉄道で旅する途中、鳥を捕る人が登場する。鶴や鷺、白鳥をいとも簡単に獲っているシーンがあるのを思い出した。

若山牧水の歌がある。

  白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ

青年期の感傷か、孤独の影が濃い。白色は染まりやすい、だが白鳥の白は空の青にも海の碧にも染まらない。牧水は孤高に孤独であったのだろう。

残念ながら牧水が歌うような抜ける青色はない。ただ冬型の鉛色の曇天と波状に寄せる青空が交互にやってくる。冷たい雨が降り落ちる日もここ数日あった。忙しいこの季節。頼るべきは健康と目標に進む突進力のみ。哀愁にひたる余裕はない。週末も今日も忙しかった。明日も忙しかろう。

さて、今年の漢字は何になるだろう。わたしが思うに『震』ではないかと。一説には「絆」と言われるが、捻って考えると「震」だ。

大地震があった、大津波が起こって東日本の沿海側は悲劇の3・11となった。原発の安全神話が崩れ、安心感が揺らいで震えた。日本中、世界の人々が悲惨に心を震わせ、自分に何ができるかと自問し、誰しもが自答して心も体も動かした。震災後の一時的景気回復も観測されたが、民主党のふがいなさや欧州経済崩落の危機にも影響されて、日本の消費マインドや起業心は冷水を浴びせられた。寒くて震える日本列島。

むろんこのまま冷却してなるものか。冷やすは福島の廃炉だけにしてもらいたい。熱い血潮と粘り強き行動で、列島を厚く震わせ希望をたくさんにする感動の震えでありたいという気持ちを込めて。だから『震』。

(コメント)
今年の漢字は感動の「震」。なるほどね。なんせ、暗いことばりだったからね。いい振動がほしいね。
でも「震」や「災」は過去に選ばれているからどうなんだろ?
このふたつはあたり前に考えて今年の漢字にピッタリなのだが、、んー、私は「波」と予想してみましょうか。
投稿者 アタル : 2011/12/5 (月) 22:46

温かく人の波動が万波をおこし、世のため人のためキラキラ波を輝かす。そんなふうになりたいね。
投稿者 house21 : 2011/12/6 (火) 22:17

来年は、よい波動がやってきますよ。きっと
「待て、而して希望せよ!」
投稿者 アタル : 2011/12/6 (火) 22:29

さあ、今日は今年の漢字を発表するとのこと。何がでてきますやら、楽しみです。
投稿者 house21 : 2011/12/12 (月) 06:43
タンタンは淡々となり仮の名で [2011年12月04日(Sun)]

20111204173130.jpg映画『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』は、タンタンとハドック船長、そして相棒犬スノーウィとの冒険活劇である。海と船中、砂漠、街中で暴れ回って悪党海賊レッド・ラッカムと対決する。

冒頭に英語のタイトルが出てきて驚いた。『The Adventures of Tintin』。「チンチン(またはティンティン)の冒険」である。あとで調べてみると、原作はベルギーで生まれた漫画で日本語版は福音館書店からシリーズものとして出版され子どもたちに人気があるそうだ。かつ「Tintin」はフランス語では「タンタン」と読むとのこと。おそらく翻訳者は子どもたちのヒーローがチンチンという、聞いて笑いだすか赤面するかの名前にしたくなかったのだろう。

荒唐無稽、手に汗握るアクションの中で、「壁にぶつかったならば、たたき壊せ」という台詞が何度も使われていた。それを聞いて思った。わたし自身が壁にぶつかったときに、正面から向きあって高い壁を乗り越えようとしたのか。力ずくでも壁を壊そうと死力を尽くしたのかと。あるいはリスクをとる気概を持っていたのかどうかと。

壁の厚さや高さに足がすくみ、立ちつくしていたのではないか。最初からすごすごと、迂回路ばかりさがしていたのではないかと思った。挫折などという言葉で甘美に自分を慰めていやしないか。現実に挑戦していこう。競馬場のパドックからレースに出ることを躊躇する臆病な馬であってはならない(ハドックの洒落)。

肌や髪の毛、服の繊維が毛羽立ったようなところまで、ともかくアニメーションの質感がすごかった。はみ出した船長の鼻毛など迫真だった。自信を取り戻して、戦う気概に満ちたときには、だらしないはずの鼻毛が迫力いっぱいに感じられるから不思議だ。
食うべきか食わざるべきかを考えて [2011年12月03日(Sat)]

先日ニンニクを食べた。男二人で飲んで、最後に日本酒を飲みながら揚げたニンニクを食べた。ホクホクと美味しい、舌鼓を打った。多少気にはなった、臭くなるのではないかと。しかしそんなことは忘れるくらい美味しくて、楽しく話が弾んだ。

家に帰った。家族にたちまち見破られた。ニンニク臭くて嫌われた。翌朝起きると部屋がニンニクの臭いで充満していると非難された。恐縮はしたが、わたしにはわからない。全然自分では臭いとは思わない。少々飲み過ぎた日本酒が残っている程度だと思った。

コンビニでブレスケアを買って飲んでおいたほうがよいとアドバイスされたので、忠告に従ってレモン味のブレスケアを何粒か口に入れて職場まで行った。誰にも、臭いとは言われなかったが、あえて聞いてみると、なんとなく臭うねと。

仕事を終えて帰宅した。家族に、まだ臭いと言われた。ショックだった。飲んだ夜、わたしの周囲に座った電車の乗客は嫌な臭いを嗅いだかもしれない。それがまる一日たっても残っているとはショックだった。ニンニク食べれば、吐く息だけでなく毛穴から臭いをまき散らすだろう。だが、やはりニンニクは美味しい。

今日の教訓
  食うべきか 食わざるべきか それが問題だ
  臭いわたしか 美味しいわたしか それは悩ましい

(シクラメンと臭うのは全く関係はない)

(コメント)
ニンニクはたしかに美味いね。
連休前とかには、めちゃめちゃ食べますよ。
臭いさえ残らねば毎日食べるんだけどね。
なんせ、あのドラキュラさえ、ニンニクの臭さは苦手だからな〜。
ふと、思ったけど、このニンニクはポパイのほうれん草と一諸で「強さの源」のイメージが古代よりあったという話???
古事記や日本書記でも蒜(ひる)=ニンニクが登場しますね。確か食べていた蒜で攻撃して目潰しする?(どの話の中だったのか忘れました。)
それと、ピラミッド造りの労働者にはニンニクが配給されていたそうですね。
現代の技術でもピラミッドの建設はむずかしいのだから当然、ニンニクの効用も知っていたのでしょうね。
わが国には1300年前、エジプトでは、3000年?前にはニンニクは存在していたのは事実のようです。
投稿者 アタル : 2011/12/3 (土) 23:24

いやあ。ほんとに美味かった。
へえ〜 蒜山の蒜というのは、韮(にら)だと思っていた。ニンニクとはねえ。臭いのは一時の我慢。美味いよねえ。ところでほんとに滋養強壮になるの?
投稿者 house21 : 2011/12/5 (月) 21:41

>蒜というのは韮だと思っていた。
わが国の古代人は同じ呼称で複数のものを呼び表していることが多いから、韮も「蒜」に含まれていたのかもね。
投稿者 アタル : 2011/12/8 (木) 00:17
傘の下松江にしずく情けあり [2011年12月02日(Fri)]

12月2日付けの山陰中央新報によると、以前このブログでも伝えた「だんだん傘」が、だんだん、どんどんなくなっているとのこと。

縁雫(えにしずく)とイキななまえで城下町の雨を楽しんでもらおうと、NPO法人まつえ・まちづくり塾と松江サードプレイス研究会が企業などの協力を得て、観光施設や土産物店に配置し、使い終わったら返してもらう仕組みとなっている。しかし、トータル千本用意したものが今や200本まで減ったと。しかも朱色に黒縁の和傘は100本あったのに、今や数本にまで減ったという。確かにステキなデザインだから持ち帰りたい気持ちはわかる。肝心の傘が一定数なければせっかくの取り組みも成立しない。

わたしは職場でアリババ方式と称して、持ち主不明の傘をみんなで利用したり、急な雨でお困りのお客さんに使ってもらっている。触れ込みはこんな感じだ。

  持ち主不明の傘の整理をいたします。
  傘の柄に白いテープを貼りつけますので、
  ご自分の傘であればテープをはがしてください。
  テープが貼ったままの傘は持ち主不明ですので、
  急な雨模様ときに利用させてもらいましょう。
  名付けてアリババ方式。ご協力ください。

アリババの賢い召使が、すべての家の門にバッテンを書いたことにちなんでいる。傘立てに不明傘があふれているようなところでは、このようにして、しばらく周知した上でサードプレイス研究会に贈ったらどうだろう。もちろん取得物として貰ってしまうのではない。あくまで松江市民の共有財産として役立てるのである。松江に観光に来たひとが、雨の日に当たってしまってげんなりしているところに、この傘はきっと笑顔をあげることができると思う。
カラコロとありがとうなり松江城 [2011年12月01日(Thu)]

松江・カラコロ工房の支配人からメールが届いた。「12月18日、松江城・天守閣前広場で会いましょう」と。以下一部を引用する。

  松江市民有志が集まって
  “ありがとう!松江城”を計画しました。

  松江城で、何かが起こる!?
  400歳のお城にありがとう!
  12月18日(日)午後2時、天守閣に集合!
  荒天決行! 誰でも参加OK!

  1 手をつないで「ありがとう」を叫ぼう!
  2 天守閣に登ろう!
  3 感謝の“き餅(!?)”をプレゼント!

  江戸、明治、大正、昭和、そして平成
  400年の長きにわたって
  松江のマチを見守ってくださった、松江城。
  市民で“松江城”に“ありがとう!”を言おう。

  みんなで、大きな声で松江城にむかって
  “ありがとう!松江城”と叫びます。
  10回くらいは叫ぼうと思っています。
  “ありがとう!”の言葉に慣れるためです。
  家に帰っても、職場に戻っても
  無理することなく“ありがとう”と言えるように
  なるでしょう。
  2012年は、“ありがとう!”で始まるようにしましょう。

広報はせず、マスコミにも事前の予告は控え当日のみ取材に出かけるよう頼んでいる。フェースブック、ツイッタ―、ブログ、その他口伝えでもって、何人の市民が集まるかを楽しみにしていると。いわば社会実験だ。すばらしい取組みだと思う。そして、来年辰年には「ありがとう」の言葉が満ちあふれるようになっていけたら、周囲にさわやかな空気が満ちることだろう。