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赤貝に舌鼓なりサルの頬 [2011年08月31日(Wed)]

出雲地方の冬の味として欠かすことができない味、赤貝。おせち料理の定番で、かつては中海で山ほど採れたが、今は資源がないために県外(岡山)から入ってくる。3センチ程度の殻に赤みが強く堅めの実がぷりぷりしている。醤油とミリンで煮付けたり、同様の味つけで殻蒸しにする。炊き込みご飯にするときもある。こうした調理は出雲独特の食文化だということだ。

赤貝は正式にはサルボウという。本当のアカガイはサルボウの仲間ではあるが、高級な鮨ネタで10センチを超えるとのこと。いつも食べている赤貝が、サルボウという名であるとはつい最近まで私は知らなかった。

殻蒸しを食べ始めると止まらない。器の横には赤貝の殻が山積みになる、私にとってついつい癖になる食べ物だ。酒のツマミにも合い、簡単に実をはずすことができるから、手を使わなくとも箸だけでよい。食べ過ぎてしまうあの味。今すぐにでも食べたくなってきた。水産関係の機関や団体では、この貝の水揚げが復活するよう地道な努力を続けている。中海産のサルボウ(赤貝)をたっぷり食べられるときがきてほしい。

語感はあまりよくない。サルボウは「去る暴」か、「猿暴」か。調べると、漢字で猿頬貝と書く。野生の猿が頬を丸めて口中に頬張って食べている画が思い浮かんだ。

(コメント)
あれから、毎日拝見してますがほんとうに「為になる」ことばかりでありがたいですね。
貝の入ったみそ汁の定番として子供のころから「しじみ」しか飲んだことなかったのですが22才頃?だったと思うけど、はじめて赤貝のみそ汁を飲みました。大根島でね。
美味くて何杯もおかわりしました。食いごたえがあったな〜
それ以来、飲んだことないんですよね。よその家庭では赤貝のみそ汁をつくられるのかな?私は一度しか飲んだことありません(泣)。
「臼ひき新話」はよく練ってあって最高!流石!
「アオコ退治」楽しみにしてます。オロチからは剣が出てきましたが勾玉でも出てきそうな・・・予感!
投稿者 好司

赤貝の味噌汁は食べたことがないですね。しじみ汁と違って濃厚な感じかな?
退治したアオコからは勾玉? それとも退治したからアオコの汁? それとも宍道湖7珍かも
投稿者 house21

「斐川・出雲」あたりだと宍道湖&神西湖のしじみの宝庫があって定番はやはり、「しじみのみそ汁」となるんでしょうね。はじめて、「赤貝のみそ汁」を目にしたときは「何でみそ汁の中に赤貝があるの?」って感じでした。向こうは赤貝のみそ汁がはじめてということに驚いていましたけどね。今思うに赤貝の宝庫ですね。
我々の祖父母の年代の方の「島言葉」は全くわからなくて通訳してもらって共に食事をした「赤貝の思い出」です。しじみほどでもないですがわりとあっさりしてましたよ。
アオコから勾玉?・・・わけのわからないこと書いてましたね。オロチから草薙の剣つながりで三種の神器でも出るのじゃないかと。(一説では三種の神器はもともと出雲にあった)
house21さん、くだらない、たびたびの「粘着」、誠に申し訳ございません。
投稿者 好司
大丈夫意味はなくとも大丈夫 [2011年08月30日(Tue)]

「晴れていたのに、急に強い雨 天気の急変から身を守るために!」として、政府広報をしていた。発達した積乱雲によっておこる局地的大雨が発生したときに、事故や災害に巻き込まれることのないように、という注意である。

河川や渓流、下水管、用水路の近くが危ないのはよく言われるところ。さらに、地下街や地下鉄、アンダーパス(立体交差で地下をくぐる道路)にいるときも注意するようにうながしている。

「局地的大雨が発生したときにどのような危険があるのかをイメージし、いざというときの身の守り方を考えておくことが大事で」あるとのこと。外出の際には天気予報を確認し、大雨警報のたぐいに注目した上で、「危険を感じたら、すぐに水辺から離れ、安全な場所に避難」することが大事だと訴えている。

ここ数日、離岸流に流されて死ぬ人、からくも救助される人がたくさんいる。台風が接近したことで波浪注意報が出ていることは承知のうえだろう。8月も後半になれば離岸流が強まるのは常識だ。無防備に泳ぐのは自殺行為であるのに、どうして人は海に入るのか。

「暑いから」というのが第一の理由だろうが、誰もが楽観的になるからだと思う。しかも根拠のない楽観主義。「自分だけは大丈夫」という考えだ。この楽観主義によってこの大震災でもどれだけ多くの人命が失われたことだろうか。

地震、津波、大雨といった自然災害はもちろん、予期せぬ事態が発生したときに、「いざというときの身の守り方」をその場その場で考えて行動する、あるいは行動しないという選択をしていくことが、生き残る確率を高めることは間違いない。
ほん山で向かう頂上めざすもの [2011年08月29日(Mon)]

子供のころ、オリンピック中継を見ながら、スターターがマイクを通す声が「ホンヤマ、セッ」と私には聞こえた。本山とはなんだろう、「ほんやまをせい」というのは、短いけれどつらい競争の山を登れかな?などと考えた。

さて、韓国・大邱の世界陸上二日目。100m決勝でウサイン・ボルトがフライングで失格した。今回の大会から適用されるようになったフライング一発即失格のルール。最強の競技者がその"犠牲"になったことから、物議を醸している。

今まで使われていたルールは誰でも知っている。「1回目は不問。2回目以降にフライングすれば誰がやっても失格」というやつだ。

全神経を集中してスタートに備える。交感神経は最大限に緊張し、心身ともに極限状態となる。スタートしたと思う間もなく、誰かがフライングして同じ集中作業をまた強いられる。ひとによっては集中力を再現できずリズムを崩す。繰り返された重圧につぶれる場合もあるかもしれない。ライバルを蹴落とすために意図してやられたらたまらない。意図しないまでも、いい加減な競技者に邪魔をされてはかなわない。

競技進行やテレビ中継に影響があることも考慮すれば、フライングを一切認めないという今回のルール改正は当然のことといえよう。

スターターの言葉は「オン・ユア・マーク・・・セット」。号砲とともに(正確には一瞬あとで)飛び出し、わずか9秒あまりで決着がつく。陸上競技、特に徒競走は、単純だからこそ、魅力たっぷりだ。
宍道湖が翡翠の色に染まるわけ [2011年08月28日(Sun)]

昔々、大陸には翡翠(ひすい)が大好きな神がいたそうな。名前は悲翠命(ひすいのみこと)。朝から晩まで翡翠石をながめて暮らしておったとさ。翡翠というのは、不老不死の力があると中国で信じられてきたあの宝石よなあ。ちなみに翡翠色とはこんな色じゃよ。

ながめるだけでなく、加工もよくたしなんだ。削って彫刻の置物にしたり、腕輪・指輪にして楽しんでおったとさ。なかでも石臼で細かい粒にしてお風呂につけたり、飲用水にして翡翠づくしの毎日だった。ところが、他の神はこの悲翠命を嫌っておった。なぜかといえば、清水は清らかで海は底まで透けて見えたほうがよいと思っていたからだった。悲翠命はよかれと思ってやったことだが、川も海も翡翠色に染まって、神々はとても迷惑に思っておった。

ちょうどその頃、大陸のとなりに新しい国ができた。しかし狭くて不便であったそうで、大陸から少々土地を分けてほしいと望んだ。大陸の神は交渉団の代表・八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)に条件をだしたんじゃよ。「土地は分けてやる。その代わりに悲翠命も引き取れ」と。条件はのんではみたものの、新しい国でも水が青緑に染まるのはごめんこうむりたい。そこで新しい国の神々はよってたかって無惨にも、悲翠命を汽水の底に閉じこめたそうな。

汽水の底では今も自由を奪われた悲翠命が泣く泣く石臼をひいている。神の石臼にかかると、翡翠の粒は生を得て微細な藻に変わる。今も何かの拍子に地が割れると、藻が宍道湖を水面を覆い尽くし青緑色の粉をまいたように見える。これを人間はアオコと呼んでいるそうじゃよ。

(写真は国引きのときの摩擦熱で岩石が沸騰して泡状になったものが冷えてできたという日御碕の柱状石)

追記:ここまで書くと、上に書いたことも含めて本気にする人もでてきそうなので、冗談はここまでにしておこう。

(コメント)
「国引き神話」は知っているが「臼ひき新話」があったとは知らなかった。「オロチ退治」があるように「アオコ退治」の話もできそうだね。
本日は出雲大社平成の大遷宮「千木奉曳式」(ちぎほうえいしき)に参加し、旧大社駅から出雲大社まで白装束姿に変身して約800名で千木を曳きました。沿道では日の丸の旗が振られ、とても賑やかな「大社町」でした。
投稿者 好司

白装束ですか。覚悟の装いですね。気分一新、いい週の初めを迎えられたことでしょう。
投稿者 house21

「アオコ退治」。またいずれ創作してみましょうかね。それにしてもミクロキスティスという微細な藻。退治するのは難しそうです。
投稿者 house21
現在を変えて未来は我のもの [2011年08月27日(Sat)]

  過去と他人は変えることはできない。
  でも、現在と自分は変えられる。
  私は、その可能性を信じたい。
   (お好み焼きチェーンの千房株式会社代表取締役中井政嗣氏)

過去の積み重ねて現在がある。現在は刻々と過去に切り替わり、未来は現在と入れ替わる。現在を我が意志で変えていくならば、未来は我のもの。可能性は高まる。よく言われる、無限の可能性というのは現実には難しいとしても、今が限界だと思ってしまっている我には信じられないような我を産み出すことは可能だ。可能ならば挑戦しよう。
夏バテに寝ても覚めても眠いもの [2011年08月26日(Fri)]

眠い、眠い
朝の電車で新聞読んでコックリと
昼に本を読みつつウトウトと
帰りに汗だく電車にてマタマタ舟をこぐ
畳座敷に横になりズルズル夢みて目を腫らす
明日もやっぱり暑いのか
夏バテせぬよう眠るのみ
魚の種は名付けより奇なり面白し [2011年08月25日(Thu)]

備忘録として、うお偏の漢字を拾ってみた。知ってはいても書けない字が多い。もちろん初めて知った字も多い。

あじ  あゆ  鰯・鰮・鰛いわし  ぶり  うなぎ  かつお  さけ  さば  さめ  ふか  たい  すずき  たら  まぐろ  ます  きす  ひらめ  かれい  このしろ  はぜ  ごり(ハゼ科)  鯔・鰡ぼら  鰊・鯡にしん  さわら  はたはた  はも  かじか  鮟鱇あんこう  こち  かがみだい  こい  鯲・鰌どじょう  なまず  ふな  ひがい(鯉科)

■魚の部位
うろこ  ひれ  数の子  うきぶくろ  えら

■魚ではないが・・・
鮨・鮓すし  鮑・鰒あわび  あさり  鮹・鱆たこ  するめ  くじら  しゃち  いるか  えび  山椒魚  わに(さめ)  やもめ(妻を亡くして再婚しない夫。寡は再婚しない妻)  なます  こん(中国古代の想像上の大魚)

なんとたくさんの字があることよ。だが、WEB魚図鑑http://fishing-forum.org/zukan/index.htmには2425種もの魚類が登録されている。事実は名付けより奇なり、だ。むろん実際には人間に知られていない未知の魚類はもっともっとあることと思う。

(コメント)
義務教育で習う漢字は約2000字。
大漢和辞典には約50000字が載っているという。
・・・10分の1も読み書きできれば天才だと思う。
わが輩は2000字を要復習である。
投稿者 好い司る : 2011/8/25 (木) 20:45

鰐=鮫?
日本には爬虫類の鰐は存在しないのだから、古来からの鰐はどう考えても鮫だったんだろうね。因幡の白兎の話もあることだし・・・
鰐と聞けば今では、ほとんどの人がアリゲーターを連想すると思うがどこでどうなったのか不思議。
つまらん連投でした。
投稿者 好い司る : 2011/8/25 (木) 23:47

どう猛なワニ⇒アリゲーターが情報として輸入されたときにどう猛さゆえに「ワニ」と同じ名前をつけたんですかね?
読めても書けない、かつては書けたけど今は書けない字が多いこと、多いこと。でもいいんじゃないですか。
投稿者 ふみ : 2011/8/26 (金) 22:10

スーパーサイトですね。
私の役立ちリンク集とてもありがたいです!
語源由来辞典から「ワニ」
元々、日本に生息しない生き物であるが、上代からその名は見られる。古代の日本では「サメ」に対して用いた呼称で鋭い歯が並ぶ口や獰猛な性格が似ていることから、爬虫類の「ワニ」の名が用いられるようになった・・・。なるほど、なるほど。
三連投すんません。
投稿者 好い司る : 2011/8/26 (金) 22:10

同タイム書き込み「すごい」
投稿者 好い司る : 2011/8/26 (金) 22:12

リンク集使ってもらってありがたいです! 自分のパソコンでなくても、お気に入りサイトがすぐに使えます。
同タイム書き込み。。。シンクロしましたな!
投稿者 house21 : 2011/8/27 (土) 22:40
任せるかいかに管理をリーダーは [2011年08月24日(Wed)]

20110824181016.jpg≪リーダーシップはしばしば厳格的であるよりは放任的であった。部下にすべてを任せて報告のみを求め、責任については引き受けるというリーダーが優れているとされた。こうしたシステムは官僚機構にも見られる。決定権はなにもない現場の末端官僚が作成した決定が、いくつもの上司のチェックを経て、決定権を持つ組織のトップまで届き、トップは自分のところへ至るまでに経たプロセスに決定の正当性を見てそれを承認する。≫
 (「新書で大学の教養科目をモノにする政治学」浅羽通明著,光文社新書,2011年)

確かにそのとおりだ。戦中の参謀たちが関東軍で勝手きままに軍を動かし、なし崩し的に事後承諾を受けたのもそうだ。東電の危機管理や隠蔽にいたる道すじも似たようなものかもしれない。私の上司でも「好きなようにやりなさい。責任は私がとる」と軽いタッチで許す人がかつてはいた。

成果主義や人事考課が厳密に適用される現在では今は昔との感もあるが、所管する組織の仕事すべてを網羅することはできない。信頼し任せて、なおかつ要所を締めることは難しい。

一方で、政治主導・官僚従属をかかげた民主党政権。3年目にして3人目の首相が誕生する見込みだ。自民・公明政権から数えて、安倍・福田・麻生・鳩山・菅と短命内閣が続いた。粘り腰を発揮した菅さんは1年3ヶ月で、むしろ長期政権ともいえる。来年の今頃は誰が首相の椅子を射止めることになるだろうか。
苦節して空へ向かって羽ばたく [2011年08月23日(Tue)]

20110823214726.jpg名画『ショーシャンクの空に』を観た。

アンディがレッドに向かって「希望を持ち続ける」と言ったのに対し、レッドは「望みを捨てよ」と返した。それでもアンディは捨てずに大切にした。

刑務所の鬼主任は所長とグルになり、アンディの能力を吸い尽くすように利用するばかりか、虐待の限りを尽くした。それでもアンディはじっと堪えて時を待った。

アンディは刑務所に友を求めなかった。19年の歳月をレッド以外に親しみを表さなかった。それというのも、シャバの世界こそ自分の本分だと信じていたからだった。

希望は捨てない。日常に埋没しない。しかし人のためにギブ&ギブ&ギブ、ギブ、ギブでいくところに活路は開けるというメッセージを感じる。

原題は『The Shawshank Redemption(ショーシャンクの贖い)』。刑務所ショーシャンクの救出ととれるし(無実のアンディが脱獄して自由の身となった)、約束ともとれる(アンディとレッドとの約束、救済)。また、所長や主任の罪に対する贖罪とも解釈することができる。そもそも刑務所は罪を犯した囚人が贖罪する場でもある。

二人が眺めた太平洋の広さがまぶしく、波立つ海面が美しかった。
ひとをして脅しに屈せぬ暴力に [2011年08月22日(Mon)]

暴追しまね最新号に掲載された島根県警組織犯罪対策課長の寄稿が「経済界に暗躍する闇勢力との対決」である。県としてこの4月に暴力団排除条例を施行し、「暴力団を利用しない/暴力団に協力しない/暴力団と交際しない」という決意を表明している。

暴力団による不当要求防止のための講習を受けた。県警と公益財団法人暴力追放県民センター(略称:暴追センター)の方々が講師となって、行政組織に暴力的脅し行為が降りかかった場合の対処法を学んだ。今やシノギ(暴力団の収入を得るための手段)は麻薬密売、賭博、地上げや不良債権処理、総会屋、金貸しなどにとどまらず行政対象の暴力行為も頻繁に起こっているらしい。

指定暴力団の全国や県内状況を聞き、暴排ビデオの視聴をしたあとで、ロールプレイがあった。県立高校に苦情を申し立てる父親に暴力団関係者が付き添って、事務方(実の事務長、二人が演技)を脅すという設定だった。警察官の演技が迫真で目を見張った。官僚らしいまわりくどい言葉と説明にマル暴がつっこみ、事実関係を認めるならば一筆念書を書けとか、一般的教育論に広げて心理的に圧迫しようとしていた(シナリオなしに)。二人の事務方は参加者の衆目にさらされている緊張感はあったと思うが、手を震わせながらも毅然とした立派な態度で対応されていた。

説明しすぎるとボロが出やすく、それで相手を図にのせやすい。マル暴にかかわらずクレイマーが来たときには、扉を開けて部屋の奥に座らせる。呼び出されても、こちらの管理権の及ばない相手のテリトリーに行かないことが肝心。仮に行くことになっても複数で行き、残るものは一定時間を経たら業務連絡の名目で携帯電話で状況を確かめる。難癖つけられないように車は相手の敷地に止めない。そして早めに警察の援助を受けることが大切といった講評に併せた対応術が述べられた。

話し合いにあたり、相手の要求は仮定であるから仮定を前提には話を進めず、事実関係をまず相手から取材することと、さらにこちらでも調査する旨を主張する。同じ話であってもかまわない、何度でも繰り返すこと。議論をせずに短くしゃべることともアドバイスがあった。

その他たくさんの収穫があった。

・彼らが大声を出したり、机をたたいたり、「直ちに誠意を見せよ」と脅すのはあくまで営業トーク。
・警察や弁護士に駆け込むそぶりを見せると深追いはしてこない。
・逮捕される可能性と得られる利益の費用対効果で彼らは考えるから、意外とあきらめは早い。
・そのためにも、背筋を伸ばし相手をまっすぐ見つめて毅然たる態度で対応することが大切。
・これらはマル暴だけでなく、理不尽なクレイマーに対処するときの原則でもある。
・身の危険を少しでも感じたら、警察へ躊躇せず通報し、退去を命ずるべし。
・不当要求を拒否した場合でも、9割はそのまま引き下がるもので、嫌がらせや人的危害に及ぶケースはきわめて稀だから、毅然と。
日常か平時かいまを考えて [2011年08月21日(Sun)]

今回の大震災は千年に一度の巨大地震と言われる。原発災害も含めると二千年に一度と言えるのかもしれない。百年、二百年に一度の災害に備えるためには、あらゆる不便や不自由はやむを得ないとする考えがある。確かに、この大震災で私たちは惨劇を目の当たりにした。いざ災害!との思いが強くなるのはよくわかる。

しかし、もし仮に海岸が十数メートルの高さをもつ巨大城壁のような護岸に囲まれたとしたら、あるいは川下の両岸10kmは高い堤防を築くことによって川に親しめなくなってしまったとしたら、どうだろう。白砂青松の向こうの穏やかな海に夕日が沈むのを見つめる風流は消え去る。不便すぎる平常、強いられすぎる我慢はいやだ。

そして天竜川の川下り船転覆死亡事故があった。その他の船遊びでもライフジャケット着用義務化、より安全な操船をするような規制がかかってくると思う。涼やかさや爽快さを求めて川下りをするのに、ごわごわと暑くなることは耐え難い。スリルを求めて船に乗るものなのに、ぞくぞく感を封印されれば間違いなくアトラクションの人気を落とす。

安全・安心のためのリスクマネジメントとは、「万が一」に備えることである。字のとおり、一万分の一、めったなことではないが一万回やって九千九百九拾九回はおこらない代わりに、一回はおこるかもしれない可能性に対処するということだ。ただし、中(あた)れば百発百中は不幸に見まわれる。中らないときだけが「万が一」なのである。

医療にも同じことが言える。医療行為には手術や新薬の使用といった侵襲行為が伴う。体を傷つける代わりに処置や薬によってそれ以上のメリットはあるのだが、失敗の可能性はある。手術の成功率は九割と聞けば安心するかもしれないが、百のうち十回は確率的には失敗する。こんなとき人は楽観主義者になって自分が九十に入るのが当然とする。だが、十に入ってしまえば、「想定外」だと叫んでも現実は現実だ。どんなに完璧に事故や災害、失敗に備えたつもりでも、一定の確率で不幸に見舞われることは、いたしかたない事実である。

≪今回のボランティア活動が(注:阪神淡路大震災のこと)、日常的な市民のつながりの中で、いまという時代をよりよく生きるためのネットワークによって幅広く支えられているという事実から考えると、私たちは有事でなく平時の生き方、暮らし方や人と人とのつながり方が大事だということではないか。何か遠い未来の有事に備えて、いまというときを費やすのではなく、「今日、私たちは何をなすべきか?」を日々自らに問い続ける道が、震災を他人事ではなく自分のこととして引き受け、真に未来に備えることになるのだ。≫
 (加藤哲夫『市民のネットワーキング 市民の仕事術T』1995年5月執筆分)

加藤氏の文章にもあらわれているように、有事にばかり目を向けてしまうと、「いまというとき」―平時を忘れてしまいかねない。建物や構造物、規制といったハード的な面の備えだけでなく、「暮らし方や人と人とのつながり方」という面をもっと考えていくチャンスなのだと思う。
野球とは敗者を決めてまた明日に [2011年08月20日(Sat)]

4013校の敗者を決める戦いはようやく終わった。7月から一ヶ月半かけて、各県の地方予選を経て、憧れの決勝点である甲子園球場でも一試合ごとに一つの負けチームを決めてきた。

『がんばろう!日本』をキャッチフレーズに第93回全国高校野球選手権が繰り広げられてきたが、紫紺の大優勝旗は西東京代表の日大三高が獲得した。11対0の大差ではあったが、青森代表の光星学院も全力プレーを見せてくれた。被災された方々にも大きな力となったことと思う。

日大三高は4014校の頂点に立ったわけだが、あとの4013高は悔しさと涙にまみれて敗れたことになる。思えばトーナメント選というのは、負けたら終わり。とても残酷な仕組みだ。

(コメント)
人生は、トーナメント戦でなく、どちらかと言えばリーグ戦ですよね。
毎日、覗いてまーす。
投稿者 好い司る(いいつかさどる) : 2011/8/20 (土) 21:42

たしかにたしかに、リーグ戦です。負ければ次の勝ちを期し、勝っても兜の緒をしめる。休みがないですが、日々勝負を「司る」ために
投稿者 fumihouse : 2011/8/22 (月) 06:37
神々の里にたなびく朝霞 [2011年08月19日(Fri)]

20110819224447.jpg≪町の人たちの生活が始まる早朝の物音に起こされて、私は小さな障子を開けて朝の様子を眺め渡す。
(中略)
 その光景の魅力はどうだろう。あの靄に浸されて定かならぬ朝の最初の艶やかな色合い。こういう朝の色綾は眠りそのもののように柔らかな靄から軽く抜け出て目に見える蒸気となってうごく。ほのかに色づいた霞は長く伸び広がって湖の遙か彼方の端にまで達する。それは古い日本の画帖で読者も見たかもしれない長い帯状の雲で、それまで実物を見ていない限り、画家の気まぐれな思い付きと片付けてしまったかもしれない代物だ。山々の裾はすべてその霞で隠される。さらに霞は果てしなく長い薄織り布のように、より高い峰々をそれぞれ違った高さの所で横切って進む。この奇妙な霞の有様を日本語では霞が「棚引く」と言うが、そのため湖は実際より比較にならぬほど大きく見え、現実の湖というよりも寧ろそれは曙の空と同じ色をした美しい幻の海となり、空そのものと見事に溶け合う。幾つもの峰の頂が濃い靄のなかから島のように浮かび、山並みのかすかにたどれる輪郭の幾すじかは果てしない土手道のように伸びつづけながら先細りして消え失せる。それは素晴らしい混沌の領域で、淡い朝靄がごく穏やかに立ちのぼるについれていみじくも変化してやまない。≫

 (『神々の国の首都』神々の国の首都,小泉八雲著,講談社学術文庫)

前線が日本列島に停滞しており、暖かく湿った空気が流れ込んでいることで各地で激しい雨が降っている。出雲地方も夕方から断続的に雨が降り続いている。幸いに気温がぐっと下がって過ごしやすくなった。これから一気に秋が迫ってくるという予報もあるが、ラフカディオ・ハーンが描いた「淡い朝霞」が棚引き、宍道湖が「美しい幻の海」になる光景が見られる秋となる。

まだまだ夏の残照は残るが、冬へのもの悲しさも含んだ艶やかな秋がやってくる。去年ほどではなかったとはいえ、暑さに苦しんだこの夏。汗みどろになって過ごしたこの夏。室外に出ると暑さで体が浮き上がりそうになったこの夏。ようやくおさらばできそうだ。
なでしこの美を作るのみ五輪にて [2011年08月18日(Thu)]

なでしこジャパンが今日、国民栄誉賞を受けた。副賞は熊野の化粧筆。世界の美容アーティストたちが好んで使う名品である。ピッチでは使えないが、日常で美を磨いてほしい。そして彼女らはこれから合宿に入る。場所は岡山の美作。美を作る場とはなんという偶然か、それとも意図したものだろうか。美作で練習し美技を磨き、温泉に入り身も心もリフレッシュして美しくなってくれることだろう。

ともあれロンドン五輪の予選は、日本は混戦となる。 韓国、中国、北朝鮮、オーストラリアと戦って勝ち上がらなければならない。美技の続出でなくてもかまわない。無骨なかっこうでもいい。ゴールネットを揺らしてほしい。
広々と空をのぞんで縁雫 [2011年08月17日(Wed)]

松江の新大橋商店街がアーケードを改装している。ニ車線の道路を挟んで両側に商店街が続く。歩道には古びてボロボロとも言える屋根があって、道行くひとを雨や日差しから守る。今そのアーケードを撤去中だ。

まだ西の半分を取り払っただけだが、空が見えて明るい。大きなビルが少ない松江では、元々空は広い。晴れた日に明るい空は気も晴れる。商店街の人たちが集まってワークショップをくりかえしていたから、ここも素敵な街に生まれ変わるものと思う。

雨は遮らなくとも傘をさせばいい。雨は観光地では嫌われものだが、今松江ではそれを逆手にとって「縁雫(えにしずく)」というネーミングで運動がすすみつつある。

雨が降れば傘をさす。狭い街路で行き交えば、傘を傾け心を遣う。心遣いで縁がつながり、人情の厚みで心を残す。傘がなければ貸せばいい、借りて互いに縁つけて、雨の雫が縁結ぶ。

そんな発想だと思う。縁雫をブランドにした新しいデザインの傘もできた。友人が応募したら、当選した模様である。新たな縁(えにし)で絆強まる。

旅人よ、来たれ松江に! そして傘もたず街に出よう!
東野に太陽の花ひとは逝く [2011年08月16日(Tue)]

東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ
ひんがしの のに かぎろいのたつみえて かえりみすれば つきかたぶきぬ
(柿本人麻呂)

一昨日の朝、まさにこの光景に近い姿を見た。昼間の熱が冷めやらぬ夜が明けて、満月が下りようとする頃に東の空が茜雲に染まった。

朝から灼熱を予想させる太陽は、太陽の花 ヒマワリの群落をまばゆく染めた。一昨日もやはり暑かった。

一日後の昨日、病気のおじが身まかった。シャクナゲと菊を好んだ人だった。そしてこよなく愛した松の木々を残し逝った。一族の者どおしの絆を改めてつなげ、こどもの頃より音信が絶えていた者どおしを再び結び付けてくれた。人に記憶を残し、人は逝く。

(コメント)
人麻呂のこの歌は、過去を振り返り、未来を思う・・まさに心の中の輪廻転生ですね。別れはとても辛いですが、人の心にいつまでも生き続けます。
リンクさせて戴きました。
投稿者 飯塚 悟 : 2011/8/17 (水) 18:41

悟さんへ どうもありがとう
西に沈む月 東に頭を出す太陽 やがて太陽も西へ・・その連続のなかに別れがあるのですね
メールアドレス、消しましたのであしからず
悪いやつから迷惑メールがくると困りますから
正中館もリンクをはっておきました
投稿者 house21 : 2011/8/17 (水) 18:45
クレイマー困り人でなく人の姓 [2011年08月15日(Mon)]

20110815171522.jpg 冒頭のシーンは深刻なジョアンナの顔。名優メルリ・ストリープの若いころ、細く美しい。だが神経を病んだやるせない表情。息子ビリーを置いて去る場面だ。アイラブユーを眠たいビリーに投げ掛け、さよならのキスをまるで相手の命に刻印するかのように繰り返す。

残されたテッドが孤軍奮闘するときも、愛する言葉と態度は何度も繰り返された。言って態度に示さなければ、愛する証明にならないとする強迫観念にさいなまれているかのように、私たち日本人には思える。契約事項を実証し続ける欧米人の律儀さだ。

原題は「クレイマー、クレイマー」ではなく、『クレイマーvs.クレイマー』だと導入部で先日知った。Mr.クレイマーとMis.クレイマー(離婚後は姓は違うが)どおしが子供の養育権をめぐって法廷で争うという意味だ。今のわたしが過去のわたしと対決して、来し方を白日のもとにさらし、過去をえぐり出すようにして振り返らざるをえない意味もある、と私は感じた。

裁判シーンがこれほどまでに多いとは驚きだ。人生は闘争の異名、注意深くかつ大胆に生きよというメッセージかもしれない。裁判所とはあらゆる証拠を記憶から引きずり出し、記録を洗い出し、いかに適切に判事にむけて表現できるかという巧拙が問われる。

結局ビリーは幼く母の養育が必要だという理由が重視されて、テッドは親権を失う。ところが、引き取りの日、子供の成長には愛情だけではなく「場」の力が必要だとジョアンナは気づいた。「ビリーの家はここなのよね」とジョアンナが涙ぐみながら口にした言葉に象徴される。

これも名優-ダスティン・ホフマンが、激情に対する微細な感情のさざ波をあらわす演技に私はうなった。有名なシーン、フレンチトーストをうまく作れないいらだち、息子の前で権威をつくろっていた初期のころから、一人の人間として息子を遇することができるようになった父の成長の物語を見事に現した。
鳴く夏よお相手求めてそれぞれに [2011年08月14日(Sun)]

ニイニイゼミは小さな蝉だ。透明な翅(はね)をもちキーンとした高い声で目立たず鳴く。だが、数はもっとも多いかもしれない。バロック音楽の通奏低音のように、夏の始めから終盤のころまでずっと流れる基調となる音だ。ときおり高低を変えながら鳴く。ニイニイというよりはニーーーーーーーーーーと、息がきわめて長い。

今はもうヒグラシの季節は終わったようだ。朝暗い時分から求愛のために鳴く。翅は透明で茶色ということだが、実は私はその姿を見たことがない。日暮れどきに鳴くから「日暮らし」、朝から鳴けば「夜明かし」となる。曇った日や薄暗い林の中でも集まって重奏して鳴く。カナカナ・・・ カナカナ・・・と寂しげに鳴き、消え入るまで余韻をもって鳴きやむ。一匹ごとはそうだが、次から次へと重なって合唱するのは趣がある。

アブラゼミは日中暑いときに鳴く。耳障りな低めの声でジージー言っている。その名のとおり、油紙のような大きめな茶色の翅だ。もっとも近頃はクマゼミに耳障りな座を譲っている。

クマゼミは大きな蝉だ。ミンミンゼミをひと周り大きくした感じ。ヒートアイランド現象で暑い都会地の街路樹に群れている印象があるが、近年こちらでも当たり前に鳴くようになった。午前中だけ盛んに鳴いて午後は昼寝(?)する。ジュワジュワジュワと空気を引き裂く音だ。終わりは余韻なくブツッと途切れる。大阪で街路樹の下で枝を見上げたら無言の大群が止まっていて、ゾッとしたことがある。

ミンミンゼミの大きさは、アブラゼミとニイニイゼミとの中間くらい。翅は透明で緑がかっている。群れず孤高に強く鳴く。低く厳かに長く続く。なわばりを主張するかのように。ひと呼吸で「ミンミン」を5、6回。それを何度も繰り返す。最後はグジュグジュ・・と消え入る。

ツクツクボウシは透明感のある姿と声で穏やかなリズムを奏でる。夏の後半になってこれが聞こえだすと夏休みの終わりへカウントダウンだ。

蝉は面白い。蝉の鳴き声が聞こえなくなると夏は終わる、淋しくなる。
進みつつチャーリーとレイの兄弟愛 [2011年08月13日(Sat)]

20110813185513.jpg映画『レインマン』を観てきた。トム・クルーズとダスティン・ホフマンとが見事な共演をした。冒頭は運搬船からクレーンで下ろされた高級スポーツカーを、自信満々にして冷徹な表情で見つめる青年社長チャーリーのところから始まった。エンディングは同じチャーリーではあっても、その表情は兄への愛情とこれからの期待感に満ちたもので、大きく変化を遂げていた。

チャーリーは一方的に決めつけて自分がよしと思うことは相手にもよいと思いこむ激しいタイプ。「クレイマー、クレイマー」のダスティン・ホフマンが役をやったテッドと同じような性格だ。

「クレイマー」では、子が育つには愛情だけでなく「場」が必要だということが示されたが、『レインマン』も似ていた。兄弟でも恋人どうしでも場が不可欠だ。一緒になにかをしたり目的を同じうする場を共有すればするほど、両者の絆は強くなる。過去の絆にあぐらをかいて努力を怠ればたちまち弱くなり、今のこの時からと思い定めれば一気に溝は埋まる。

物語では、誘拐同然に年の離れた兄弟による1週間の旅が始まった。自閉症のレイとのコミュニケーションは当然ながらうまくいかず、チャーリーは不機嫌だ。そのうちにレイの記憶の扉が開き、幼い弟−チャーリーがお湯で火傷を負ったことを思い出しパニックを起こした。障碍のあるレイがチャーリーを傷つけてはいけないという両親の愛から、レイは自発的に施設に入り。そしてチャーリーも「寂しいときにはレインマンが来て歌ってくれる」と幼い頃、兄−レイを慕っていたことを思い出した。チャーリーはずっと、自分は家族から見捨てられてきたと思いこんでいたのだが、それが間違っていたことにチャーリーは気づいたのだ。

チャーリーは兄との心の絆を感じ、不器用ながら肉親としての情に目覚めた。兄の病気へも十分に配慮できるようになっただけでなく、自身の気持ちをコントロールすることも含め大きく成長していた。

アメリカ大陸を東から西へと旅するうちに見える広い農地、荒涼たる大地、田舎町の風情。行ったことはないが、なぜか懐かしい感じがした。トム・クルーズの演技、特にいらだつときの表情や会心の場面での笑顔が印象的だ。ダスティン・ホフマンの演技もすばらしい。この映画で自閉症に対する世の理解もかなり進んだのではないだろうか。
雨上がりでんでん虫が死の床に [2011年08月12日(Fri)]

雨が降って上がったあとに、辺りに生ぐさい臭いがする。
なにかといえば、カタツムリのにおいだ。
雨がやんで一段落すると、周囲の草場から小さなカタツムリが出てくる。
雨を待ち望んだ彼らは、待ききれなかったように体を広々とした道にさらしていく。
道路には車が走る。カタツムリなど運転手の目には入らない。
一匹、二匹・・・次々とつぶされる。
その屍臭が生ぐさい臭いとなって感じられるのだ。
血生ぐさくはない。熱かった空気を鎮め、暑い夏を冷やすさわやかな雨。
そのさわやかさはカタツムリの命と引き替えに生じた。

今日昼は松江に半時間ほど雨が降った。
カタツムリが出たかどうかは知らない。
少し涼しさを感じる夕方だった。
気まぐれな雲は、我が家には雨を降らさなかった。
それでも立秋以来、少々空気が変わった模様。
暑さに耐えるのももうじきに終わる(はず)
美しく感動させて西東 [2011年08月11日(Thu)]

『光が照らす未来』(岩波ジュニア新書,2010年)の著者、照明デザイナーの石井幹子氏は中高生に対して、このように述べる。

≪私はあなたに「自分を信じよう!」と声をかけたいのです。
 (中略)
 自分が美しいと思ったことは、人も美しいと思うのです。
 自分が感動したことは、人も感動させるのです。
 ですから、自分が美しいと思ったこと、自分が感動したこと――そういう自分の感じたことを、どうぞ素直に信じてみてください。≫

そうだ、そのとおりだ。
美しいと思った景色、美しいと思うふるまい、美しい文章、美しい形、美しい愛情・・・・・・・。
感動した映画、人を感動させる言葉と態度、感動するリズムと音、感激する温かい心・・・・・・・・。
感性を鈍らせずに、感じたことを素直に、言葉にし、態度にし、イメージしていけたらいいなあと思っている。
湖畔にて夏に遊ぶと色を染め [2011年08月10日(Wed)]

型絵染(かたえぞめ)の人間国宝・芹 沢 金圭 介(せりざわけいすけ)の展覧会『模様に遊び 色に喜ぶ』を観てきた。伝統的な染色民芸を独創的芸術の域まで高めたひとである。独創的とはいえ、日常的に使用することができるものばかりだ。屏風や暖簾、着物、染絵など興味深く楽しんだ。染め色は渋いなりに、テンポのいい(?)構成で現代的な感覚だと感じた。

屏風の「春夏秋冬」のうち、夏をスケッチしてみた。反物を織り込んだような「夏」の文字。その周囲には涼しげな水流と花、魚まで織り込まれている。書体は毛筆の草書体を十分体得した人ならではのものである。

展覧会は9月5日まで宍道湖畔の島根県立美術館で開催。閉館は日没してから30分後。今の時期なら閉館時間は7時半頃。まだまだ暑い時間帯だが、そのころの夕景を楽しむのはオツなものだ。
こっくりとぐっすり眠り船をこぎ [2011年08月09日(Tue)]

ふとんにはいり 灯りをつけて
本に見入って 活字読む
こっくりコックリ 船をこぐ
こっくりぐっすりと 寝入る人
男も女も 暑さにやつれ
秋の日差しを 待つ身なり
立秋過ぎて こころなしかの秋の風
やがて吹く風 爽やかに
パレートはメールやらせにつながって [2011年08月08日(Mon)]

パレートの法則。別名は二八の法則。成果や影響の大部分(8割程度)は、一部の部門や要素(2割程度)が稼ぎだすという説である。イタリアの経済学者パレートが編み出した経済原則以外にも、自然や社会現象に当てはめて経験則のように使われることがある。

7月31日付けで九州電力は、6月21日の古川佐賀県知事との面談の事実についてという表題で弁明した。主な事柄は次のとおり(ホームページ掲載分から)。

■6月21日に副社長らが面談した際に、知事はやらせ質問をさせるよう示唆したのではなく、「自分のところに来るのはほとんど反対意見ばかりだが、電力の安定供給の面から再稼動を容認する意見も経済界にはあると聞く。そういう声も議論を深めるには必要だ」という趣旨であった。

■面談の事実や発言内容のメモが存在したのは確かだが公表はしなかった。なぜなら、
1.原発の再稼動を期待する声を表に出したいとの思いは、もともと九電も共有していたので、知事の発言によるものとは認識していなかったから
2.知事の政治生命に影響を及ぼす可能性があると認識していたから
3.公表すれば九電が知事に責任転嫁しようとしているように受け止められてしまうから

などの理由により、知事との面談の事実に関して公表は差し控え、第三者による客観的な調査・解明に委ねることにしたものであって、隠蔽の意図は全くなかったと、理解を求めている。

後付けの理由もあるようには感じるが、もっともな事柄である。

パレートの法則に戻るが、フクシマ以前は、体制側の原発容認が8割、反原発が2割と仮定しよう。今は即座に脱原発が3割、長期的に脱原発が4割、慎重に現状維持が2割、慎重に推進が1割というところだろうか(極めて主観的な仮定である)。

体制側は安定的電力供給のニーズに応えるため従来に準じたやり方で原発を稼働させたい。その説明には論旨がほぼ尽くされている。体制側の人がさらに加えて意見を述べようとすることはあまりないと思われる。意見の8割は2割の反体制側(今は割合が違うが)の人たちが表に出すのだ。

乗り越えて騒動のちはこれまでか [2011年08月07日(Sun)]

映画『大鹿村騒動記』を観た。大鹿村での心温まる騒動記である。盛りの紅葉に染まった大鹿村。台風が来ると気象情報が伝えられ騒動を暗示して物語は始まる。過疎の村のバスから降り立ったのはタカコとオサムちゃん。若い頃この村から出て行った駆け落ちカップル。若年性の認知症でタカコの面倒をみられなくなったオサムは、生き恥さらして出身地のこの村に帰ってきて騒動が巻き起こる。認知症を患ったタカコは夫・善ちゃんのことすら思い出せない。まだらボケの状態のなかで騒動を引き起こす。

収穫期を終えたこの時期は年に一度の大鹿歌舞伎、村にとっては一大騒動。オサムとタカコのカップルとともにバスから降りたのは性同一性障碍の雷音で、小さな騒動が起きる。むろん彼にとっては男として生きるか、馴染んできた女として性を転換するかという一大選択のとき。村では新型超高速新幹線の誘致をめぐって対立が起こり、騒動の火花が散っていた。

騒動だらけの設定とされたのは、長野県の山懐深い実在の大鹿村。日本アルプスを臨む美しい景観と300年以上という大鹿歌舞伎の伝統を守る地域を題材にして、悲劇と喜劇の騒動物語が展開した。先日亡くなった原田芳雄の魂魄を留める演技だったと思う。村歌舞伎に登場した平景清のセリフ「仇も恨みも、これまで、これまで」が印象的だった。
冷房下チリモン探し目を皿に [2011年08月06日(Sat)]

ゴビウスのワークショップを楽しんだ。『チリメンモンスターを探せ!』、略して「チリモン」。チリメンジャコ(カタクチイワシの稚魚)に入っている異物を、チリモンというのを寡聞にして知らなかった。タコやエビを見つけては喜んだ子供の頃を思い出した。

聞きかじりによると、5,6年前に大阪・岸和田の飲み屋さんが発祥で、3年ほど前に全国的に有名になったとか。勇壮で荒っぽいだんじり祭りと細かいより分け作業のチリモン。そのコントラストがおもしろい。今日の講師は本場岸和田のきしわだ自然資料館の花崎アドバイザー。何を聞いても的確に答えが返ってきて頼もしかった。

異物たっぷりの選り分けてないチリメンジャコをひと握り取り、黒紙をしいたバットに入れる。ピンセットを使ってチリモンを探していく。小さなエビやアジ、イカがたくさんあるのがわかる。

フィロソマという伊勢エビの幼生が目についた。カニの幼生ゾエアやメガロパは顕微鏡で拡大すると、映画エイリアンにそっくりである。鯛とエソ、カワハギ(ニヤケたカワハギだ)をイラストに描いてみた。

タツノオトシゴが欲しかったが、これは見つからなかった。ワークショップ全体で30種類くらいの魚介類が出現したもようだ。気に入ったものを紙のカードに貼り付けて無事終了。広い海、底知れぬ海には莫大な生きものが連鎖し合いながら地球を養っている。生物の起源、母なる海の恵みの一端を感じた。

会場のホシザキ野生生物研究所を出て、ゴビウスへ。水族館や動物園で長々と見入ってしまうのはどうしてだろうか、と考えた。広い大きな水槽や囲いの中でゆったり動く魚や動物たち。ちょこまか動き回るのでは落ち着かない。敵のいない安全な環境で安心して象やキリンがゆっくりと歩き、鯉やヤマメ、小魚の群れが回遊しているのを見るのは癒される。そこで会話すると穏やかな時間が流れる。今の時期、冷房の効いた水族館に行ってみよう。十分に楽しめる。ただいまはぜ学のススメ実施中。はぜがこんなに多種類で、あんなに美しいとは!
大中小かわには色々あるものさ [2011年08月05日(Fri)]

小川というには大きな川のほとりで親友かつ妹田鶴の夫佐久間を討ち果たした朔之助。
小川というには滔々と流れる川(利根川の支流か?)で川下りをする朔之助と新蔵。
小川というには幅のあり過ぎる川の辺で幼少期の事件があった朔之助と新蔵と田鶴。

藤沢周平ワールド『小川の辺』を観てきた。様式や型を感じる鑑賞だった。まずはいつもながらの海坂藩が舞台で主人公は中下級の武士。なんらかの騒動がきっかけで抜き差しならぬ真剣勝負をせざるをえなくなることへつながっていく。

「武士というものはまことに難しいものだ」と朔之助が新蔵に心情を吐露する。単純にして明快な表現だ。米の石高というサラリーと引き替えに、主命には逆らえない。いくら理不尽なる主命であろうとも。徳川幕藩体制、朱子学が金科玉条とされた時代にあって、主命とはお上の声、いや神仏の声以上のものである。服従するのが当然というのは、当時の様式化された世界観である。

物語の進行も様式があった。冒頭に家老から主命を伝えられ、旅をしながら思いだし語り合うなかで、観客にお家騒動と理不尽な主命が下された顛末を知らしめる。少しくさい子役の演技も使いながらのパターン化された脚本である。ただその語りは、朔之助の目から一方的に見た事件の顛末しかなく、佐久間や田鶴、父母などの出演者の描かれ方に不満の残る様式であった。

迫力ある剣術試合のシーンや殺陣にも様式美を感じた。まるで舞台上での剣舞のように舞い踊るイメージである。敵役である佐久間を歌舞伎の片岡愛之助がやっていたのも様式的と感じた理由かもしれない。

また、旅の途中を映した山々の美しさ。海坂藩を出るときは鳥海山であろうか。雪解け途中の模様が旅情をさそい、山懐の新緑のなかを主人公たちが歩き続ける姿は江戸の昔にいるような錯覚をおこした。朔之助と新蔵二人の旅に交差して、庶民がよく歩いて旅をしているのも印象的だった。着飾った女たちも男とともに旅をしていたのだろうかと私は疑問を感じた。

田鶴と婿佐久間の出奔。その佐久間を討てとの主命。武芸に覚えのある田鶴は朔之助が斬り合うのではないかという不安。戌井家に残された父母と妻には心配が尽きない。戌井家に春はくるのか? 「いつもの年でしたら咲いておりますのに」と朔之助の妻がクチナシの大木を気にする。下総において結末が訪れたときに、クチナシは遅れて白い花を咲かせた。戌井家にも遅い春がきたのである。
満天に三日月清し降る星よ [2011年08月04日(Thu)]

暑い一日だった。太陽の底に横たわったようなジリジリと照りつける昼間。
青い空の一日。この夏はいつも空にはうっすら霞ががかっていた。
一転し今日は澄んだ空には青さ引き立つ。
夜になり満天の星。西空には低い三日月。手を伸ばし届けよ届け。

BSで『周恩来』を見た。毛沢東と並び立つ革命の太陽。
片やカリスマ、片や実務家。
革命が成じたあとに起きた変動の時代。大躍進運動に文化大革命。
個人崇拝と権力固持のために戦った毛沢東。豪勢に女色もたっぷり。
民衆の幸せと大中国の安定化に尽くした周恩来。質素質実で常に仕事を。

周りまで焼き尽くす太陽か、適度な距離で暖かく人を慈しむ太陽か。
焼き尽くす太陽によって革命は成った。
慈しむ太陽には、国民は頼り親しんだ。他国も胸襟を開いた。
両太陽が逝きて35年。中国は行き過ぎた感はあるけれど、世界第2の経済大国となった。
魔の夏にクールに決めて仕事師は [2011年08月03日(Wed)]

2005年夏がクールビズ元年。それから今年は7年目。もはや夏には不可欠のものとなった。首元から中心軸を貫くネクタイがないことが、始めはなんとなく不安で格好が不安定だった。いまとなっては、そんなおしゃれ心には縁がない。年々暑くなる(ように思える)夏。もはやクールビズは生命線ともいえる。今年は電力不足、節電の夏でスーパークールビズが解禁された。もはや涼しさを求める流れには際限がない。

インターネット調査のマクロミルが「クールビズに関する調査」を先月実施した。クールビズを来年も実施してほしいと答えたのは、98%。もう十分定着したといえる。

一方で、スーパークールビズはやりすぎだと感じるのは、56%。夏に気になるのは、男性で、1位「体臭」、2位「汗ジミ」、3位「顔のテカリ」。女性から男性を見ると毛が気になるようであり、すね毛、わき毛、胸毛は要注意だ。女性のほうは、「お腹の見える服」、次いで「ローライズ(腰履き)」、「胸元の開いた服」の順となっている。私はとんとお目にかからない。

クールビズが過ぎるとだらしなくなる。外目にだらしないだけでなく、当人がダラッとしてくるのは間違いない。歩き方がダラダラし、猫背になり、目はどろんとしてくる。それはリラックスしている証でもあるが、仕事をするうえでベストパフォーマンスをするには程遠い。もちろん暑すぎるとダラッとするわけであり、そのバランスが重要だ。
恋愛に夢とうつつを重ねつつ [2011年08月02日(Tue)]

100年以上も前のパリを舞台にした名画『天井桟敷の人々』を観てきた。

「愛し合う者同士にはパリも狭い」という女たらしフレデリックの台詞が3回も出てきたように、実に男が女に言い寄ること。いい女の歓心を買おうと徹底的に男はくどく。甘い言葉をささやき、独白する。ときには激情も込めて修辞のテクニックを駆使する。対句、誇張や冗語、詩の朗読のように。ときには遠回しに、またズバッと直球も。もちろん詭弁や嘘だってたくさんある。緩急自在に手練手管の限りを尽くしていく。言葉だけでなく、ジェスチャーも目も表情も存分に働かせて。

口から生まれたようなフレデリックはもちろんのこと、口べたでシャイなバチストまで自分なりの手法で女をくどく。

そして褒める。いえ美しくなんてないわ、と謙遜されても切り返して褒める。歯の浮くような言葉であっても浮いていない、浮かせない。照れずにきちっとまとめるところは、さすがフランス人。

天井桟敷(入場料が安い)の庶民は劇場の中で楽しみ、ブーイングも浴びせながら笑いを求める残酷な存在だ。劇場外では、役者が世間のゴシップにさらされるのを観ては喜ぶ。庶民は娯楽に飢え、群衆は祝祭的なにぎやかさを好む。

天井桟敷という場に情け容赦ない庶民のエネルギーを代表させていたが、エンディングの街のカーニバルでも群衆の無責任で巨大なエネルギーが噴出した。

そこに挿入されたバチストとガランスの別れのシーン。夢を現実のものにすることを望んで、まさに夢見て現(うつつ)を抜かそうとしたバチスト。現実は妻子があり、無言劇の人気役者稼業があるにもかかわらず、現を忘れてガランスと暮らそうとした。

一方で、夢は美しい夢のままにしてバチストと別れて現を生きようとした年上の恋人ガランス。愛し合うという気持ちは同じでも、二人の夢と現は正反対だったのが印象的だ。

何かを求めて一所懸命になればなるほど、世間の好奇の目にさらされ幸福を得られない役者たち。覚悟を決めて恋の想像の翼を広げ続けるか。それとも過去の思い出に浸りつつ現実を生きるのか。中途半端を恐れてはいけないよ、と映画はいっているのかもしれないが、バチストが恋に没入しすぎるところは、私には少し冗長で鬱陶しく思えた。暇つぶしにはもってこいだが、人生の糧にはならないと感じる。

だが当時、天井の真下に垂直にある席に陣取って、手すりに乗りかかり、酒瓶を抱えて騒げば、ウサを晴らすことができたのだろう。
忽然とネット写真が消えたまふ [2011年08月01日(Mon)]

このブログに載せていた写真画像が消えた。約1年前からの分である。文字情報ばかりだと面白みに欠けるので、デジカメやケータイで写真を撮って載せるようになった。そうすると自身が面白くなって、私が悦にいるコレクションとなっていた。お気に入りは、花や果実の近影である。

無線LANが不調で数日間パソコンをネットにつなげられなかった。それを治したことが直接の原因なのか、ヤフーの技術的トラブルが原因なのかはわからない。ヤフーに問合せ中ではあるが、画像の位置にバッテンがついて文字情報しか見られないブログに寂しさを感じている。あの写真群はもう見られないのかと悲しく思っている(バックアップはとってない)。見てくれた人は、消えた画像に何ごとだろうと、不思議がっているかもしれない。

仮に忽然と、「ブログ〜鵜の目鷹の目,旅の目で」ごと閲覧ができなくなっていたとしたら、ネット死の疑いがかかっていたかもしれない。ネット死というのは私の造語で(誰かがすでに使っているかもしれないが)、インターネット上のブログやツイッターなどの更新をなんらかの理由でしなくなることだ。

たかがデジタルの世界のことだ。インターネットという仮想空間で、あるときは仮装し、匿名で意見を述べる。またあるときは実名で交流する。とはいっても肌を触れる温かみはなく、まさに仮の姿を見せるだけにすぎない。ネット以外に重大事があれば、ネットのことは二の次となるのが当たり前だ。ネット中毒か特定の職業でもないかぎり、電脳空間を充実させていくことは生活の本義ではない。

それでも平凡なる毎日にあって、自分の意見や感動、ふとした違和感や発見を記録していくことは、誰にとっても喜びだと思う。既知の知り合いであっても、顔を合わせたことのない人であっても、誰かとつながっているということも、心安らぐものだ。

ネット空間のテキストや画像が消えたとしたら、消された当人のアイデンティティというか、ネット上のその人らしさも消えてなくなるのだろうか。いや、そうではあるまい。写真を撮り、いい出来のものを選び、アップロードし、コメントに応え、ときどき読み返しては心の軌跡を振り返ったこと。それらは自分自身の生命に刻まれて、生きる糧となっているに違いない。

「たかがネット」と侮ってはいけないと、夏休みの今日、考えている最中だ。