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大恩か世界平和か佐吉の愛 [2017年10月29日(Sun)]

fumihouse-2017-10-29T16_06_06-1-thumbnail2.jpg大一大万大吉の旗印。小さい一人なれども万人のために幸福をもたらすことは正義なり。石田三成はそう考えた。

頭が切れて先が読める。実務では格段の能力をもった男。近江出身だけに秀吉存命中から三河出身者とは反りが合わなかったが、死後は徹底的に嫌われた。冷たかった、他人を機能としてしか扱わなかったからである。太閤殿下の恩寵に応えて秀頼様に統一天下をお譲りするまで、家来は機能を果たせばよいと考えた。人間は感情の動物であることは眼中になかった。

映画『関ヶ原』は、謹厳で真っすぐなところが以前に描かれていた三成と同じだったが、三成の人物像に焦点を当てて岡田准一が三成になり切っていた点、ひたすらに太閤の恩義に応えきろうと努めた姿に感動を覚えた。

ただし、それが正義であると考えたところに難点がある。大一大万大吉を実現させること、民衆に戦争のない平安な世界を実現することを真の目的と考えるスケールはなかったのだ。

司馬遼太郎原作の小説「関ヶ原」を原作にしているとはいえ、映画『関ヶ原』では視点が違っていた。小説では家康率いる東軍が上杉討伐と見せかけて西軍を陽動した。下野・小山で三成憎しで全軍を統率し、西へ向かう。その間家康がいかに西軍を攪乱したか。そこらへんにハイライトが当たっていた。映画では、天下分け目の戦いまでは淡々と描かれる。周知の事実は結構省略されて、三成の太閤恩義の赤誠と、天下分け目の戦いの壮絶さを中心に描く。

ここまで戦国の戦闘を描いたものを知らない。雑兵が戦う。一人ひとりに表情がある。怖れおののき逃げ腰の兵がおり、奮闘し敵をなぎ倒す者もいる。敵の将を取り囲み、槍でくし刺す。敵味方入り乱れての戦いなのだが、部隊が違えば敵であっても知らぬ顔。味方が窮地に陥っていても知らんぷり。近代とは全く違う戦争の姿があった。

三成に付くか、家康に付くか。小早川秀秋の逡巡が興味深く描かれていた。伊賀者の女(有村架純)と三成の愛が、三成の人間味を表して巧みだったと思う。