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見たものとキレイなものに本質が [2017年10月12日(Thu)]

fumihouse-2017-10-12T22_10_45-1-thumbnail2.jpg島根県立美術館で開催中の「夢の美術館」で見たエドガー・ドガの言葉。

≪見たものを写すことはとても有意義である。そしてさらにずっと良いのは、もはや記憶の中でしか見ることのできないものを描き出すことである。想像力と記憶が共に作用して生じる変化が重要なのである。感動させたもの、すなわち本質のみを表現するのだ≫

記憶を留めることは難しい。特殊能力をもつ人なら別だが、記憶はあやふやで場合によっては脳が勝手に創作していることだってある。だから描き出す。画家が見たものをカンバスに写し、写真家はフィルムに残し(今はメモリ)、随筆家は原稿用紙に文字を書き連ねる(今はディスプレイ)。数学者は数式を書き留め、音楽家は聴衆の耳に忘れがたい印象を残す。

それでも「感動させた本質のみを表現」することが、どんなに難しいことか。そもそも、本質を示しているのかどうか。真実はどこにある? 想像力で結びついたそれは独りよがりではないのか。絶対的な答えはない。それでも自分自身の心を震わせたものだけを表現していくうちに、本質に行き当たると信じよう。

(香川・高松のレグザムホールの壁画は元気がよい。これもまた作者の心に行き当たる本質なのだ)