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人間は歯車となり中庸に [2015年07月30日(Thu)]

fumihouse-2015-07-30T17_59_44-1-thumbnail2.jpg私たちはどちらかというと、『歯車』となるのを嫌う。巨大な組織や機構に動かされて我が身の存在の小ささを嘆く。チャップリンの有名な映画『モダンタイムス』がイメージの元になっているのかもしれない。主人公チャーリーが単純作業を繰り返すうちに歯車に巻き込まれるシーンが印象深い。

確かに私たちは、世の中にあってその一部分として日々を過ごす。現代文明によって個人が機械以下に成り下がるとモダンタイムスが風刺するまでもなく、個々人はあくまでパーツでしかない。

ただ思うのである。私たちは全能ではあり得ない。独りでは生きていけない。この地球で役割を果たすことで認められ、生きる糧を得ることができる。お金の面はもちろん、生きがいという点においてもそうだ。

歯車は即ち絆と言える。他者との健全な繋がりにほかならない。以前、絆は「ほだし」とも読むと書いたが、「きずな」は行き過ぎれば、家畜の自由を束縛する首縄や足かせともなる。

「モダンタイムス」でチャーリーとヒロインの二人は、冷たい現代社会から逃れて束縛のない自由を求めて旅立った。ほだしときずなが適度に釣り合う良い環境にたどり着いたのだろうか。