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害をとき命の教育想像す [2015年07月28日(Tue)]

fumihouse-2015-07-28T19_27_41-1-thumbnail2.jpg子供が自殺したり、陰惨な事件を起こすたびに、教育関係者が「命の大切さに関する教育」に力を入れると発言する。

命は大切だと感じるためには、自分自身が取り替えのきかない大切な人間だと無条件で信じていなければならない。勉強ができるから大事にされる、スポーツ万能だから一目置かれるという条件付きではない。存在すること自体がかけがえがなくて、自分は価値あるものと信じられれば、それを基礎にして他者を大切に思えるはずだ。

親にギュッと抱きしめられて大切にされる経験が積み重なって原点となるわけで、命の教育は一朝一夕にできるものではない。修羅場も経験しながら親と子が成長しつつ、命の貴重さを実体験していく。命はかけがえがないと百万回繰り返しても、言葉だけでは観念論だ。

しかし遠回りなのだ。現実に自己や他人を傷つける可能性がある子供をギュッと抱きしめてやれるかというと難しい。すでに大きくなった子供は嫌がるだろう。家庭的にもいろいろな事情があるからとても時間がかかる。私は「利害」を説き聞かせたほうが、短期的には効果があると思う。

例えば、目の前に殺したいほど憎い奴がいて、それを殺すメリットは何かを考える・・・・・奴が死ぬのを目の当たりにして満たされる。モヤモヤした気分が晴れる。SNSにツイートして注目される…。大きな「利」はない。たちまち消え失せる。

一方でデメリットは際限ない・・・・・ゲームと違って遺体は消えずに目の前に残る。処分しようと思っても重く手に余る。腐敗しだすと信じがたいほど臭う。逃げても捜査の手がいつ及ぶか心配で眠れない。逮捕されれば友達からの評判が地に落ちる。相手の家族から深く恨まれる。学校へは行けなくなる。取り調べや裁判を受けなければならない。マスコミからはあることないこと叩かれる。臭い飯を食ったあと社会復帰は困難で就職や結婚も難しい。殺したことを一生後悔し続ける…。キリがない。

両者を比較すれば、殺したいほど憎いヤツでも殺しては損だ、「害」しかないと思える。もちろん比較の上で惨劇を起こすわけではないが、少しは抑止力になるだろう。その刹那ではなく数日後の損得を想像さえすれば、無惨な事件を起こさずにすむ。自殺についても深く考えていけば必ず、ダメという結論が出てくると思う。

命の大切さを考えさせる教育は様々にある・・・・・誕生日を祝ってもらうなかで、家族や友達と自分が生きる意味について考える。悲惨な事故をきっかけにして、日常に潜む危険を想像し普段から事故を起こさないように決意させる。植物の芽が出て葉を広げ花が咲いてやがて枯れることを目におさめる。ペットが生まれ育ち、死んでいく姿を見て悲しみに耐える経験をさせる。家族や祖父母、親戚など身近な人の死から人間の命について考えさせる。毎日食事ができることに感謝し、食物となっていただく命を有り難いと思う。

いろいろな教育実践があるけれども、イメージの中だけで他人や自分を殺したらどうなるかを考えるタブーに挑戦する意味はあるのではないかと、私は思う。本当に殺したらどうするんだ、自殺幇助になりかねないと心配する向きがあるのは当然だ。しかし、自分は生きるにふさわしいという自己効力感(セルフィ・エフィカシー)を高め、命は大切だという肯定感を育むのには時間がかかる。しかも人間は利害得失には特に敏感にできている。全ての人間が持つ闇の部分を避けるのではなく、一点突破するのも一つの方法ではないかと考えた。

(このイシガメ君も大切な命をもつ。つぶらで潤んだ瞳は情が深そうで、じっと私を見ていた)