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大道芸ミュージシャンには投げ銭を [2015年04月27日(Mon)]

fumihouse-2015-04-27T21_18_35-1-thumbnail2.jpg大道芸人がパフォーマンスする姿に出くわすことがある。投げ銭を帽子や箱に入れるべきかどうか、入れるとしたらいくらか、悩む。見事な演奏を披露するストリートミュージシャンでも同じだ。

芸術を鑑賞したり、楽しいパフォーマンスを楽しむにあたって、私たちはあらかじめ決められた入場料を払う。売買価格に交渉の余地はなく、その値段を認めて払うか、コストパフォーマンスが低いと予想して入場しないかの二者択一だ。

その点、投げ銭は自分で価値を貨幣価値に換算してお金を出すという判断が必要だ。判断に自信がないから、ついつい「相場はいくらだろう?」と横並び意識が出てきて勘ぐる。

だが、投げ銭の判断基準はすべて自分に任される。満足したならたくさん入れればいいし、つまらないと思えばさっさとその場を離れるだけでいいのだが、中途半端な状態でもっと面白くなるかなぁと思ううちに最後まで見てしまったりしたら、投げ銭に呪縛される。判断は速いに限る。

その判断を決めるのは勘所をしぼりだす気合いかもしれない。そして幾度も失敗するうちに自分の中で基準ができていくのだと信じたい。でも、田舎に住んで都市部に通勤をしない今のわが身からすれば、投げ銭の判断を迫られることなど、残念ながらない。

(鳥取・砂の美術館のドイツ編で観たゲーテの砂像。ノイシュバンシュタイン城など名工が造った砂の芸術に投げ銭を入れるとしたら文句なしにお札が飛び交うだろう)