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道急ぐもはや行く道なき人か [2015年04月24日(Fri)]

fumihouse-2015-04-24T19_33_48-1-thumbnail2.jpg駅への道を急ぐわたしは、「助けて・・」と力のない声を聞いた。見まわして声の主を探すと、あのおばあさんだった。日中がまだ長く暖かい頃に道路をオタオタと歩く人だった。手押しの四輪車にへばりつくようにして危なげに歩いていた。挨拶するとたまに返答があって、穏やかに老いをやしなっているように見えた。

冬場になるとさすがに姿を見ることがなかった。仕事納めのその日、わたしはおばあさんを久方ぶりに見たのだった。玄関の手すりにつかまって足を外へ向けようとしていたのか、それとも家の中に入ろうとしていたのかはわからなかったが、声の主はおばあさんだった。

わたしは駆け寄って手をさしのべた。「どうしますか」と聞いたが答えはなかった。玄関から30才くらいの若い家人が頭を出した。面倒くさげにおばあさんの手を引いていった。孫だろうか。彼は無言だった。わたしはそのまま駅への道を急いだが、帰りの列車を一つ逃してしまった。もやもやした気分が残った。

春になって暖かくなっても、おばあさんは出てこなかった。草が伸び放題の家の庭に、おばあさんが使っていた四輪車が置き捨ててあった。しかも逆さまになって投げ捨てられたかのような風情である。しばらく前からデイサービスの送迎車を見かけるようになった。おばあさんは要介護の認定を受けて定期的に通っているのだろう。虐待されているわけではなく安心していいのだろうが、不安はある。家の前で四輪車を見るたびに、大事にされていない老人が哀れに感じてならない。

(ピンクの芝桜は明るい。おばあさんは花を愛で、星や月を楽しみ、他人と会話して弾むひとときがあるだろうか)