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目を閉じて夢は虚空を舞い沈む [2015年04月13日(Mon)]

fumihouse-2015-04-13T21_06_23-1-thumbnail2.jpgわたしは寝たふりをすることができない。真面目だから、ではない。退屈な講義にも必死に食らいついて講者の言わんとするところをくみ取り、資料を一目見ればわかる会議で発言者の発句を丹念に記録するほどの真面目さを、わたしは持たない。つまらん!と思ってこれ見よがしに抗議のつもりで目をつむっていると、本当に眠ってしまうのだ。

わたしにとって眠るのは得意技だ。目をしばらく閉じるだけで、目の疲れがとれ、頭がすっきりし、気分爽快になり、楽しい夢など見たりすれば娯楽の世界にまっしぐら。眠りをいざなうには目を閉じるだけでいい。

ある時わたしは列車の中で眠っていた。正確にいえば寝たつもりはなかった。本を読むのに疲れただけだった。仕事に全力で取り組み、残業はせずに早く帰宅の途についていた明るい時分、読んでいた本を膝に置いた。なにげなく目を閉じたのだろう。ふと気がつくと降りるべき駅を過ぎていた。寝てなどいないつもりだったわたしは、車掌に尋ねた。「さっき駅で停車しましたか?」と。笑止千万の問いだったと思うが、車掌は誠実に「止まりましたよ」と曇りなく答えた(そりゃ当たり前だ)。次の駅で降りたわたしは、幸い数分後に来た反対列車に乗り込むことができた。本数が少なくて接続の悪い山陰線も、こんな接続は便利だなと思ったものだ。

ある時わたしは地下鉄内で眠っていた。寝てはいけないと思っていた。もう20年も前にイギリス旅行をしたときのこと。ロンドンから乗り込んで目的地の当てもなくノホホンと車内の空気を楽しんでいた。旅の疲れが出たのだろう。外国にいてしかも電車内でスキを見せてはならないとは思っていたが、心地よい揺れに居眠りした。ふと目を覚ますと電車は地上を走っていた。しかも終点らしい。次々と客が降りて残されたのはわたし一人。外には「Wimbledon Station」の表示。そうかテニスの聖地、ここがウィンブルドンなのだなと、ぼやけた頭で感激したことがあった。ホントに無事で良かった。

ともあれ、少々眠りこけていても安全なのが日本のよいところ(例外はなるが)。すばらしい日本の安全に乾杯しよう。

(眠りこけて夢に見たかもしれない木蓮の花。清純な感じのハクモクレンと違って手練手管の大人のイメージだ)