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落日の宍道湖に立ち無上かな [2013年12月14日(Sat)]

__tn_20131214114306.jpg先日は田山花袋の文を紹介した。今日は渡辺淳一でいこうと思う。

≪夕陽は湖を美しくする。
 だがそれを認めたうえで、なお、宍道湖の落日の美しさは、日本の湖のなかでも抜きんでている。
 この理由はおそらく、宍道湖のまわりがゆるやかな丘陵にとり囲まれているからであろう。(中略)宍道湖の落日は、遠く長く、太陽がいま一日の仕事を終え、ゆっくりと地の果てに沈み、かわって夜が訪れることを、刻々と伝えてくれる。
 湖のまわりでは車が行き来し、人々が行き交うが、落日はその動きも呑みこんで、大地を朱に染める。そして人々の営みがいかに小さく、自然がいかに大きいかを実感させる。
 この落日の透明感は、まさしく山陰の澄んだ空と空気と風が生み出したものである。そして松江という街の静かなたたずまいが、その美しさを、さらにきわだたせる。
 まことに宍道湖ほど、都会という世俗のなかにありながら、汚れずにおだやかで、かつ自然のおおらかさをたたえている湖はない≫
 (渡辺淳一『みずうみ紀行』より)

旅人の感傷もあろうが嬉しい言葉である。私も以前こう書いた(2007年10月06日「夕景は夕日だけにはあらずとも」)。

≪夕日も含めた夕景を楽しまずして宍道湖の夕方の楽しみはない。雲と空、夕焼けと残り火のような残照、そうした微細な美を感じるためには、カメラは脇によけておいた方がよい。その上で、一人でもの思いにふけるもよし、友と語るもよし、恋人と寄り添うのも旅の思い出に彩りを添えてくれるであろう≫

今日も一段ときびしい寒波がやってきて宍道湖は荒く波だって、浮かぶ水鳥が波間に隠れる。鉛色の雲が覆いかぶさって時おり粉雪が舞い散る。それでも青空がのぞき晴れ間が広がる時間帯もある。鈍色(にびいろ)の湖水に立つ白波に太陽光があたると、これがまたいい。天使がダンスしているように見える(天使を見たことはない)。日が当たる湖面とそうでないところが層となって潮目のようにも見える。寒風吹きすさぶ宍道湖を眺め出雲路を楽しむのも、ときにはよかろう。