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荒原に真っ直ぐな目で子供行く [2012年07月14日(Sat)]

__tn_20120714122805.jpgイラン映画を初めて観た(たぶん)。『友だちのうちはどこ?』である。もどかしくて観ながら身をよじる思いが最初から最後まで続いた。しかし、鑑賞後の気分は悪くない。

大人はいらだっていた。教師は児童を脅しながら強圧的な教育をする。身重の母は宿題をせよと命じながらも細切れに彼を使い回し、体調不良と忙し過ぎることへの苛立ちを隠さない。じいさんは孫の教育と称して難題を押し付けて困っている彼の心に思いをやることもない。

鶏の鳴き声も、赤ちゃんがぐずる声も、仕事ができなくなってたむろする年寄りたちの目付きも、見馴れない子供を好奇の目で冷たく眺め回す大人も、木のない乾燥地帯の荒れた道も、ゴツゴツと無骨な家の壁も、風の音さえも、彼を取り巻くすべてがいらだっているように思えた。おそらく、観ている私自身の意識にも苛立ちともどかしさが押し入ってきたことだろう。

主人公は8才の子供。線のほそい子で、大人の前では自己主張ができず、いつも戸惑っていた。が、友のノートを間違って持って帰ってしまったことへの責任を果たそうと、必死になって隣村への道を二度も往復し、知らない家を探しあてようと尋ね回った。そのいたいけなさに心打たれるのだか、もどかしくて、かわいそうでたまらない。

そして夜になっても友だちの家は見つからず万事休すと思いきや、彼は起死回生の索を思いつく…。終わりの数分でやっと安心させてもらった。これは一種のサスペンス映画だとも言える。

なぜそうしないのか? どうしてそこでもっと大きな声を出さないのか? その繰り返しにバタバタとする観客の心は、いってみれば神の目である。岡目から見ればベターな選択ができるのは当然だ。後知恵であればいいアイデアが出るのは当然だ。しかし、生身の人間にはできない。失敗し後悔し、大変な目にあっても、やはり懸命に前に進むしかないんだよ、というメッセージを感じたような気がする。