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活動は当事者あらねば動かしえぬ [2011年10月22日(Sat)]

松江市市民活動センターが主催する市民活動フェスタ2011講演会に参加してきた。基調講演は、社会福祉法人大阪ボランティア協会の常務理事である早瀬昇氏による『「新しい公共」が目指すもの〜みんなが「当事者」となれる元気な街を創るために〜』。

「市民」の位置は、行政や企業と3角形の位置にあるのではないと。非営利活動の【NPO】と【行政】と【企業】は、≪市民≫を含めて4者が混じり合う関係にある。

      【NPO】
     役員・寄附者
     ボランティア

      ≪市民≫

  有権者      消費者
  納税者      労働者
【行政】          【企業】

市民活動としてのボランティアはフレキシブルに対応できるのに対し、行政はそのようにはできない。なぜならば、役所は公平であることが第一の原則であり、災害時であっても全体を掌握するまでは迅速に動けないからだ。反対に、ボランティアは自発的であるが故に「私」の判断でやれ、不公平であっても問題はない。不公平でOKであることは、自分にだけという優先感をもてるし、それが温かさにもつながる。公平は一律であり一面冷たさにつながる。しかも「私」は多彩であることがメリットとなる。

多彩な「私」は行政の穴埋めではない。「当事者」となることである。例えば震災のボランティアに○○市に出かけたことによって、行為による当事者となる。それまでは関係がなかった一般市民が当事者になり、その地の人に共感し、その地域のひいきになっていく。当事者という概念がとても重要であることを知った。

他分野の関係者がパートナーシップを組んでいくためには、自分だけで完璧にできるわけではないという弱みの自覚が必要だという。不十分な部分を補い合うことでより高いレベルを実現することが、新しい公共が目指す協働のまちづくりにつながっていくのである。そこで必要なのがネットワーク。「百面相でネットワーク。ネットワークはフットワークの足し算」という印象的な言葉もあった。いろいろな立場・姿で多くの面識をつくる、面識は絆につながると。

阪神大震災のボランティアセンターで「何かすることはありませんか」と御用聞きすると見物に来たんかと拒否された。それはMay I help you?という「私」が主語になるからだ。「近くで困っておられる方を知りませんか。教えてください」と聞くと「実は私が・・・」となる。「あなた」が主語になるからだそうだ。ここにも「当事者」の重要性がある。相手を当事者として引き込めば、自覚が生まれ、気持ちが動く。