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リスクみて感覚あげて遅刻せず [2011年10月10日(Mon)]

≪なるべくリスクの所在を明らかにし、可視化すると共に、市民にも、もう少し高いレベルでのリスク・リテラシーを持ってもらい、自分たちでそのリスクを管理するという発想を強く持つべきだというものです。
 これは、決して自己責任論ではありません。リスクの管理は市民と日本でいう「お上」が共同で行うべきですが、それをお上だけに頼るのはやめようということです。
 たとえば、振り込め詐欺や資格商法詐欺などがその典型です。このような商取引のような場面において何か心に引っかかるものがあった場合、「これって、ちょっと危険な匂いがするから、やめておいた方がいいんじゃない?」と気づいてその商取引をストップできるか否かということです。あるいは、組織内においてグレーなコンプライアンス違反を命じられた場合、すぐにそれに気づき、論拠立てながら拒否できるかどうかが重要です。
 すなわち、これがリスク・リテラシーです。そして、ここでのリスク・リテラシーとは、これまで私たちが「お上がやってくれる、政治家がやってくれる、上司がやってくれる」と外発的なリスク管理をしていたことを改め、もう少し内発的なリスク管理に上げていこうではないかという発想のことです。
 おそらく、現代に生きる私たちは、リスクに対する感覚が鈍っている状態にあると思うのです。たとえば、食品偽装の問題にしても、その原因を注意深く見ていくと、リスクに関して過保護の状態になり過ぎたこともその一つだと思います。
 賞味期限は厳密に計算してぜんぶ書き出すようにとか、入っている成分は全部書き出せとか、ISOの基準をつくれとか、安全マークを入れろとか、そうした状態にあると、あかえって作る側が束縛され、結果的に問題を誘発する事態を招くのではないでしょうか。
 一方、そうした過保護な状態にあると、消費者である私たちは、いわばお上に対して何の疑念も抱かなくなり、たとえば「前沢牛」とか「米沢牛」といったラベルが書いてあるとすぐにそれを信用し、自分の目や口を信じないことにつながるのではないかと思います。五感が鈍っているといっても同じことです。あるいは、自分の経験の中でリスクを管理する力が鈍っているといってもいいかもしれません。≫

 (勝間和代『会社に人生を預けるな リスク・リテラシーを磨く』光文社新書)

今日は昼前の飛行機に搭乗する予定が、こともあろうに乗り遅れてしまった。幸い次の便をとることができて事なきを得たが、余裕を持って時間に間に合うように準備して電車を乗り継ぐ。そうした当たり前のことができていなかった。まっ、これはリスク・リテラシー以前のことであろうが…。