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クレイマー困り人でなく人の姓 [2011年08月15日(Mon)]

20110815171522.jpg 冒頭のシーンは深刻なジョアンナの顔。名優メルリ・ストリープの若いころ、細く美しい。だが神経を病んだやるせない表情。息子ビリーを置いて去る場面だ。アイラブユーを眠たいビリーに投げ掛け、さよならのキスをまるで相手の命に刻印するかのように繰り返す。

残されたテッドが孤軍奮闘するときも、愛する言葉と態度は何度も繰り返された。言って態度に示さなければ、愛する証明にならないとする強迫観念にさいなまれているかのように、私たち日本人には思える。契約事項を実証し続ける欧米人の律儀さだ。

原題は「クレイマー、クレイマー」ではなく、『クレイマーvs.クレイマー』だと導入部で先日知った。Mr.クレイマーとMis.クレイマー(離婚後は姓は違うが)どおしが子供の養育権をめぐって法廷で争うという意味だ。今のわたしが過去のわたしと対決して、来し方を白日のもとにさらし、過去をえぐり出すようにして振り返らざるをえない意味もある、と私は感じた。

裁判シーンがこれほどまでに多いとは驚きだ。人生は闘争の異名、注意深くかつ大胆に生きよというメッセージかもしれない。裁判所とはあらゆる証拠を記憶から引きずり出し、記録を洗い出し、いかに適切に判事にむけて表現できるかという巧拙が問われる。

結局ビリーは幼く母の養育が必要だという理由が重視されて、テッドは親権を失う。ところが、引き取りの日、子供の成長には愛情だけではなく「場」の力が必要だとジョアンナは気づいた。「ビリーの家はここなのよね」とジョアンナが涙ぐみながら口にした言葉に象徴される。

これも名優-ダスティン・ホフマンが、激情に対する微細な感情のさざ波をあらわす演技に私はうなった。有名なシーン、フレンチトーストをうまく作れないいらだち、息子の前で権威をつくろっていた初期のころから、一人の人間として息子を遇することができるようになった父の成長の物語を見事に現した。