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忽然とネット写真が消えたまふ [2011年08月01日(Mon)]

このブログに載せていた写真画像が消えた。約1年前からの分である。文字情報ばかりだと面白みに欠けるので、デジカメやケータイで写真を撮って載せるようになった。そうすると自身が面白くなって、私が悦にいるコレクションとなっていた。お気に入りは、花や果実の近影である。

無線LANが不調で数日間パソコンをネットにつなげられなかった。それを治したことが直接の原因なのか、ヤフーの技術的トラブルが原因なのかはわからない。ヤフーに問合せ中ではあるが、画像の位置にバッテンがついて文字情報しか見られないブログに寂しさを感じている。あの写真群はもう見られないのかと悲しく思っている(バックアップはとってない)。見てくれた人は、消えた画像に何ごとだろうと、不思議がっているかもしれない。

仮に忽然と、「ブログ〜鵜の目鷹の目,旅の目で」ごと閲覧ができなくなっていたとしたら、ネット死の疑いがかかっていたかもしれない。ネット死というのは私の造語で(誰かがすでに使っているかもしれないが)、インターネット上のブログやツイッターなどの更新をなんらかの理由でしなくなることだ。

たかがデジタルの世界のことだ。インターネットという仮想空間で、あるときは仮装し、匿名で意見を述べる。またあるときは実名で交流する。とはいっても肌を触れる温かみはなく、まさに仮の姿を見せるだけにすぎない。ネット以外に重大事があれば、ネットのことは二の次となるのが当たり前だ。ネット中毒か特定の職業でもないかぎり、電脳空間を充実させていくことは生活の本義ではない。

それでも平凡なる毎日にあって、自分の意見や感動、ふとした違和感や発見を記録していくことは、誰にとっても喜びだと思う。既知の知り合いであっても、顔を合わせたことのない人であっても、誰かとつながっているということも、心安らぐものだ。

ネット空間のテキストや画像が消えたとしたら、消された当人のアイデンティティというか、ネット上のその人らしさも消えてなくなるのだろうか。いや、そうではあるまい。写真を撮り、いい出来のものを選び、アップロードし、コメントに応え、ときどき読み返しては心の軌跡を振り返ったこと。それらは自分自身の生命に刻まれて、生きる糧となっているに違いない。

「たかがネット」と侮ってはいけないと、夏休みの今日、考えている最中だ。