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草原の椅子に座って見つけたり [2013年03月02日(Sat)]

__tn_20130302195314.jpg小説『草原の椅子』で遠間と富樫はこう語り合う(大阪弁が富樫)。

「日本人は、なんでそないに働かなあかんのや? 人生を楽しむ暇もない経済大国が不景気になったら、どないなるんや?」
「もう、そうなってるよ。不景気になったら、さらに働く。それが日本ていう国だ」
「心根の貧しい国になってしもたなァ」
(宮本輝『草原の椅子』1999年,毎日新聞社)

今の日本に生きる日本人へ著者は問いかける。ゴビ砂漠を歩き、パキスタン・フンザの高原にたたずんだ富樫と藤間、さらにキーとなる人・貴志子。映画『草原の椅子』を観ると、大切なひとと共に深くてゆったりとした旅に出たくなる。草原の椅子とは、勝手な解釈をすれば青い鳥。ひとがそれぞれが幸せを見つけ、満足感をもって生活するための拠り所となるものだ。登場人物たちは、草原の椅子をそれぞれが見つけた。

カメラのトガシ、店頭の壁に掛けられた一枚の写真。海をバックにした草原に置かれた木製の椅子。障碍をもつ人のために富樫の父が丹精込めて作り上げたオーダーメイドの椅子だ。気持ちよく座りたいというひとの要望に応えた力作である。

人は立つ、地に拠って立つ。力強く立つ。だが疲れて立っていられない時がある。体が弱って立てなくなる時も来る。ひとは誰でもゆったりとした草原に置かれた専用の椅子に座って、体と心を癒したい。写真には広々した草原に見えてもフレームの外は意外にせせこましいかもしれない。やりくり算段は大変だということだ。それでも人はひとときでも安らぎを得て、再び決意を五体に満たして明日をがんばる。

遠間と貴志子、富樫の三人は圭輔を連れてフンザを旅し、草原の椅子を探した。圭輔も実の母に虐待されて心に大きな傷を負っていた。4歳と幼くはあったが、彼にとっても草原の椅子を探しあてる旅であった。哀愁を乗り越え(遠間ときしこはフンザの砂漠に埋めてきたと表現した)、今までの絆を改めて磨きなおして、50代の坂を上っていこうと決意する。

絵本『ぼくを探しに』(シルヴァスタイン作)で、何かが足りないと不全感を持つ丸い「ぼく」が足りないぼくのかけらを探しに旅に出る。野で山で海や沼で大変な思いもしつつも、ぴったりのかけらを探しあてる。すると速く転がり目的にもすぐたどり着く。ところが友と話はできない、花の香りもかげない、歌も歌えない。幸せになったと思いきや、そうではないと気がついてかけらを離してまた旅立った。ぼくは求め続けることが幸せなんだと。

映画では、そのような日々の連続に疲れた現代人を代表して3人の大人が登場した。気のおけない親友に加えて、新しい伴侶と子どもを得た遠間は、どんな人生の坂をこれから上っていくのだろうか。幸せを願いたい。
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