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ディーバとは憧れ歌姫アリアかな [2012年11月10日(Sat)]

__tn_20121110203342.jpgジュールは18歳の郵便配達人。黒人プリマドンナのシンシアが奏でるアリアの熱狂的ファン、いわばオタクであった。彼は彼女の歌声を配達中にも聞いていたいのだが、シンシアはコンサートでしか歌を聞かせない、録音やレコードの発売を許さない主義の持ち主だった。なぜなら、音楽とは音楽家と聴衆とが共に作り上げるステージがすべてであると考えていたからだ。一期一会ならぬ、一期一音ともいうべき考え方である。

ところがジュールはパリ公演で彼女の音を盗んだ。高性能オープンリールを密かに持ち込んでの悪行である。映画『ディーバ』はこの「盗み」を発端として他の盗みも錯綜しつつサスペンスが進行していく物語である。シンシアのドレスの盗難、謎のカセットテープの強奪、麻薬や人身売買組織の黒幕の動き、ベトナム人少女の万引きなど盗みの要素がたくさんある。

絵が美しい映画である。心を通わせあったシンシアとジュールがパリの街中を日傘の相合い傘で歩くところ。地下鉄での逃走シーン、枯れ葉舞うパリの街頭、雑然としたアパートの光景、逃走劇をやり過ごす市民の反応などパリに憧れるのも当然だと思えるシーンが頻出していた。美しい映画であると思う。やはりフランス映画『男と女』を思い出す。

波を止めること(意味はわからない)を目指す男ゴロディッシュ。膨大なピースからなるジグゾーパズルを解き続けていた。完成したときに彼はジュールの救出に向かい、無事助け出す。パズルは何かの暗示なのか、何らかの符丁なのかはわからない。その他にも文化的背景やベトナム戦争後の時代状況、暗躍する悪の組織活動など、私にはわからない謎がたくさんある映画である。

しかし満足感に浸ることができた。最後のシーン。客のいないオペラ座に立ち無伴奏で歌うシンシア。ジュールは「盗んだ」彼女の声をカセットテープから流し、彼女の声を返すことができた。二人は寄り添い、ゆったりと歌声を聴きながら彼女は言う。「わたし自分の歌を初めて聴いた」と。ここにもう一つのテーマがある。「自分の声を聴け」だ。私が感じたのは、シンシアはこれで自分の心の声を聴けた。録音させないことに関し、ひと悶着あったからだ。ジュールは自分勝手な盗みを働いたことを反省し、シンシアの心に耳を傾けることができた。

エンディングでは、カメラが引いていって二人が抱き合うシーンとなる。流れる曲はカタラーニのオペラ「ワリー〜さようならふるさとの家よ」。シンシアの流麗で芯があり透きとおった歌声だった。二人は共感し理解し合い、おそらく年の差を超えて愛しあうことになるのだろう。 そしてシンシアは真の歌姫(DIVA)となり一段と磨きがかかっていくことは間違いない。
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