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瑠璃色の奈良の都に風立ちて [2012年11月01日(Thu)]

__tn_20121101232955.jpg科学的知識は乏しく(当時は最先端だったかもしれないが)、先端技術といってもたかが知れていた時代(現代技術からすればだが)。日々の暮らしが不安に満ちて死も身近だった頃、人は仏を信じ神を崇め人とのつながりを信じていた時代があった。正倉院の宝物は最高権力者が愛用した品々、社会の平和を祈って献上した写経など九千点に及ぶ宝物が収められている。

世界の中心であり世の頂であった唐の国に学び、豊かで安心できる生活を目指した。飛鳥や奈良や平安時代の仏師も権力者も仏の力を信じ、幸福な社会を到来させることを望んだ。興福寺を菩提寺とした藤原氏も同じであろう。興福寺の釈迦十大弟子は穏やかに世界を見つめている。有名な阿修羅像。穏やかな中にも険しさが見える。闘争心のようでもあり、煩悶する憂いのようでもあり、深い思索にひたっているようにも見える。紅顔で幼さの残る少年のように華奢な姿の神には人々を幸福にしたいという情けが見えるようだ。

千年以上も前の贅沢品を眺めて私の何かが変わるわけではない、利益になるわけでもない。だが何か感じるのである。今もあの時代も人は幸福や安穏、平和を求めている。ごく自然な人間の営みとして幸福になりたいと強く望んでいる。特にあの時代の人々は必ず幸福になれると信じていた。

『正倉院展』の今回の目玉は瑠璃坏(るりのつき)。山のように見物人の壁がうねる隙間から明るい紺色のグラスを眺めた(もちろんケース入り)。中に何を入れて飲んだら美味しいだろうか。ワインはダメだ。赤でも白でもグラス色がじゃまをする。お茶はもちろん不可。一番いいのは水かもしれない。あるいは透明なサイダーでもいい。銀製の台座を持って、聖武天皇や光明皇后は何をどんなふうに飲んだことだろう。そして幸福を感じていただろうか。

(写真は東大寺南大門の金剛力士像・吽像の足指。皆が何かを信じていた時代の産物)
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