CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

«分断と統合の境いまここに | Main | 踏み荒らし部屋には象がタブーなり»
<< 2019年10月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
検索
検索語句
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新コメント
ふみハウス
心地よし父の胸にて寝入る子よ (02/05)
心地よし父の胸にて寝入る子よ (01/27) ふみハウス
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/26)
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/23) 駅伝ワクワクをとこ
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02)
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02) 食欲のをとこ
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (11/02) 正中館道場
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (10/28) 計算苦手をとこ
筋力と宇宙の闘い空間で (06/29) 計算する者
筋力と宇宙の闘い空間で (05/15)
http://blog.canpan.info/fumihouse/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/fumihouse/index2_0.xml
最新トラックバック
タラレバをタイムマシンで検証す [2019年07月26日(Fri)]

fumihouse-2019-07-26T17_29_56-1-thumbnail2.jpgタラレバがある。誰にでもある。ああだったらよかったのに、こうすればもっとましだったのに・・・。毎日はタラレバの連続だ。人生はタラレバでできている。

仮にタイムマシンで何十年か前に返ったとしよう。私の人生は順風に帆を満々と張って、自由自在の生活となって今に至るのか(他の人へ与える影響は無視する)。

意外とそんなことはないような気がする。さかのぼって違う選択をしたとしても、毎日は選択の連続だ。一瞬一瞬が選択と言ってもよい。行くか行かぬか、歩くかクルマか、定食にするか八宝菜にするか(今食べたい)、トイレに行くか我慢するか・・・。その連続で1日が終わり、1年10年と経っていく。

その人がもつ生命の傾向性というものは本質的にはそう変わらない。さかのぼったときには大違いの人生が開けても、いつの間にかおんなじようなところに収まっていくんじゃないだろか、と思うのだ。もちろん検証はできない。

(検証可能な梅雨明け、きのうの空)
コメントする
コメント