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呼び捨てて責任感を呼び覚まし [2018年05月31日(Thu)]

fumihouse-2018-05-31T07_18_22-1-thumbnail2.jpg部長や課長、校長といった役職者を呼ぶときに、役職名自体に尊称の意味あいがあるので、私も多くの人も役職名を呼び捨てにする。学校文化では常識となっている「校長先生」「教頭先生」といういい方は、行き過ぎの感があって私にはいまだに馴染めない。

会社によっては役職に一律「さん」を付けて呼ぶところがある。私はフランクな感じで好ましいと思っていたのだが、どうもそうではないようなのだ。『役職者を「さん付け」する会社が崩壊するワケ』(5月30日付け東洋経済ONLINE)で、江口克彦氏はこう述べる。

≪「部長」「課長」と呼ぶ際には「あなたは部長としての自覚がありますか」「責任感がありますか」という意識をこめて呼≫ぶべきであり、
≪「さん付け」をしてしまえば、「責任感なき部長」「自覚なき課長」を生み出します。当然、会社全体、組織全体が「無責任集団」になります。会社が「無責任集団」になれば、やがて衰退、はては倒産、あるいは現状のままで発展成長しないのは当然≫だと説く。上役からその部下に対するときも、役職名・呼び捨ては、自覚を促すという大切な意味があるとのこと。

氏は、≪会社組織というものは「理の世界」です。そこに「情の世界」である家庭や友人関係の感情を持ち込んでしまっては、会社は成長しない≫と結論づける。

今日はやたらと引用が多い点で著作権法上問題があるけれども、お許しいただこう。それだけ私にとって目から鱗が落ちる読み物だったということだ。

さらに氏は、風通しの良い職場は上司の姿勢次第だと。方針を示して部下をその道に赴かせる。感謝の気持ちをもって社員と接し、耳を傾け、励ましつつ自分も率先して遂行上の障壁を取り除く。事の手柄は部下におき、失敗の責任は自分がとって詫びる。頭の痛い話だが至言である。

(爽やかで凛とした、そしてブレのないビオラの群れ。こんな上司にわたしはなりたい)
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