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沈黙か寡黙か神よ助けよと [2017年02月10日(Fri)]

fumihouse-2017-02-10T21_00_46-1-thumbnail2.jpgキリスト教を禁じたばかりか、鎖国して通商すら止めてしまった江戸幕府。究極の保護政策、トランプ大統領顔負けの徳川ファースト主義です。4世紀前は海を隔てていれば人も物も情報も船の速度でしか進まなかったのですが、現代はたちまち地球上を駆けめぐります。今と昔を比べても意味はないにしても、キリシタン禁制は列強の植民地化の先鋒隊と化したキリスト教から日本を守る役割を果たしました(踏み絵や拷問など非道なやり方は別にして)。

マーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙−サイレンス−』は、遠藤周作の小説『沈黙』を読んだ監督が長年構想を練った力作です。

≪踏むがいいと銅版のあの人は司祭にむかって言った。踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ≫

小説のクライマックス、若い司祭ロドリゴが「転ぶ」シーンです。棄教を迫られるぎりぎりの状況で、なぜ神は沈黙したままなのか。ロドリゴは葛藤します。苦悶します。そこで黙示された神意が上記なのです。

≪あなたにたいする信仰は昔のものとは違いますが、やはり私はあなたを愛している≫とロドリゴは心の中で主と言葉を交わしますが、これはまさにキチジローの論理です。主の前にあっては、変節漢キチジローも布教に命を賭けたロドリゴも、同じ小さな存在なのかもしれません。たやすく転んだかと思うと、舌の根も乾かないうちに神を求めるキチジロー。この男と、煩悶の末転んだロドリゴは同じなのです。棄てた結果は同じなのですから。良きも悪しきも二面性をもつ人間というものを象徴的に表わします。

私たちは多くの沈黙を経験します。話すことがなくて困った寡黙。無視されて辛いパワハラ。心が通わない沈黙。打っても響かない無言。目の前の人に口をつぐむ黙秘。絶句して言葉を失う……。沈黙を受け止めて私たちは生きていかなければなりません。

沈黙は悪いことばかりではない。自分の全存在を賭けて考え、言葉を尽くし、行動の起点にしていくきっかけになるのが沈黙です。人間のため神が十字架を背負ってくれているのかどうかは知りませんが、沈黙は人間にとってなくてはならないものなのです。

その証拠にキリスト教を基にした西欧では科学技術が発達しました。キリストは若くして死に、答えを示してはくれなかったから、人間は必死に考えるしかなかったのです。反対にイスラム世界では世界の探求が進みませんでした。神は“正しい”世界観をコーランに啓示してくれていたからです。沈黙とは、人間が自らの心の宇宙を探索し、知識欲を高めるためには大いに役に立つのです。

(睡蓮のような花が咲くから睡蓮木。池の上の睡蓮に似ているような似てないような)
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